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東京地方裁判所 平成3年(ヨ)2256号 決定 1992年3月24日

債権者

鈴木昌孝

右訴訟代理人弁護士

草島万三

債務者

株式会社奥野技術研究所

右代表者代表取締役

奥野節子

右訴訟代理人弁護士

白谷大吉

徳岡宏一郎

主文

一  本件申立てをいずれも却下する。

二  訴訟費用は債権者の負担とする。

理由

第一申立て

一  債権者が債務者に対し雇用契約上の権利を有することを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、平成三年七月以降本案判決確定に至るまで毎月二五日限り一か月金四一万七〇九七円を仮に支払え。

第二当裁判所の判断

一  事案の概要(争いのない事実)

1  債務者は、恒温恒湿室設備の製造販売を主たる業とする資本金六〇〇万円、従業員数約三〇名の株式会社である。

債権者は、成蹊大学工学部電気工学科を卒業した技術者で、昭和六三年五月に債務者と雇用契約を締結し、営業技術を担当していた者である。

2  債務者は、平成三年六月二五日債権者に対し、同月一四日付け懲戒解雇通知書を交付して懲戒解雇の意思表示をした(以下「本件懲戒解雇」という)。右通知書には、懲戒解雇事由として債権者が「職務上の指示命令に反抗し職場秩序を乱した時」債務者の就業規則四九条四号)に該当する旨が記載されていた。

二  当事者間に争いのない事実及び本件疎明資料によれば、次の事実が一応認められ、これに反する疎明資料は採用することができない。

1  債権者は、入社以来、上司に対し反抗したり暴言を吐いたりすることが数多くあり、平成元年二月ころには技術部長である金田安夫及び工事部主任の巽直忠と業務上のことで口論となって暴言を吐き、同三月には債務者代表取締役(当時)の奥野宏から工事に関し質問を受けた際、同人に対し「あんたは印を押していながらそんな質問はおかしい。社長としてあるまじきことだ。」等と罵声を浴びせた。また、得意先との関係では、同年一月ころ、債務者代理店であるアツベ科学株式会社の富島営業部長から債務者に対し、顧客から債権者が自社の都合のみ主張して話を聞いてくれないとの苦情が寄せられているので、債権者を顧客との打合せには連れて来ないでほしいとの申入れがあった。さらに、債権者は、同年三月一〇日に部品購入のため債務者の自動車を運転中に交通違反(車線変更違反)の容疑で警察に検挙された際、交通違反ではないと言って担当警察官と口論したことがあり、同年三月一五日に出社した際、奥野宏社長や吉田部長から右交通事故の件で「みんな心配していたのになぜ連絡しなかったのだ。」と聞かれたのに対し、会社には迷惑をかけておらず、個人的な問題なので連絡の必要はない旨述べた。

債務者は、平成元年四月二〇日、右上司に対する反抗、得意先とトラブル等を理由に債権者を解雇(以下「第一次解雇」という。)した。これに対し、債権者は同年六月二六日、東京北簡易裁判所に給与の支払を求める調停を申し立てて右解雇の効力を争い、当事者双方とも弁護士を代理人に選任して話合いを行っていたところ、債権者が平成二年二月四日に王子労働基準監督署から労災認定(平成元年三月一一日に現場作業中に腰痛を発症したもの。同年六月一四日に同労働基準監督署に療養補償給付等を請求した。)を受けたことにより右解雇の効力が労働規(ママ)準法一九条との関係で問題となったこと等から、債務者は解雇を撤回し、債権者を翌五日付けで復職させた。

2  債権者は、復職後しばらくは勤務に問題となるような点はなかったが、平成三年になってから、現場に行くようにとの上司の業務命令を拒否することが多くなり、作業計画をたてるのに支障をきたす状態になった。債務者の代表取締役奥野隆資(当時)は、このような債権者の勤務態度が目に余るとして、同年三月ころ債権者を呼んで転職を勧告しようとしたが、話を切り出す前に債権者が一方的に労災に関する話をまくしたてたため、話合いにならず終わった。その後も債権者には、次のとおり業務命令の拒否等があった。

(一) 債権者は、平成三年五月一六日、上司である上野光圀から現場(三菱化成ポリテック株式会社の筑波工場)での作業を命ぜられたにもかかわらず、これを拒否し、債務者の代表取締役である奥野節子(同年五月に就任)の説得に対しても「あんた、そう言うけど自分の仕事がたまっているので行きません。」と大声で言い、結局現場へ行かなかった。また、債権者は、同年六月一二日に東京都板橋区にあるジーシー株式会社の現場へ行くようにとの指示を拒否し(ただし、本件疎明資料によれば、債権者は、同日はいったん命令を拒否したものの、その後同日中に指示された現場に行って作業をしていることが一応認められる。)、さらに同月一四日にも神奈川県綾瀬市にある東缶興行株式会社の現場にメンテナンスのため行くようにとの指示を拒否して早退してしまった。

(二) 債権者は、同年五月二九日から三一日までの間債務者製作機械の納入先であるオーケープリント株式会社に赴いた際、債務者の設置した加湿器の水漏れ事故に偶然遭遇し、その原因究明にあたったが、三一日にオーケープリント株式会社、債務者代理店の旭光学工業株式会社及び債務者の者約一五名で原因究明や今後の対策を検討している最中に「やることはやったが原因はわからないからしようがない。」等検討作業に水をさすような発言をし、「もういても無駄だから早く帰りたい。血圧が上がった。」等と行って、他の人が天井裏へ潜り込んで調査しているのに椅子に座ったままでいて、昼食後には帰宅してしまった。右債権者の態度について、後日、右の場に居合わせた右旭光学工業の社員から債務者に対し、苦情が出された。

3  債務者は、右2の債権者の行為が就業規則の定める懲戒事由に該当するとして、平成三年六月一四日債権者に対し懲戒解雇通知書を手渡そうとしたが、債権者が受領を拒否したのでやむなく右通知書を内容証明郵便で債権者の自宅に郵送した。ところが、債権者は、同月二五日に債務者を訪れ、対応した奥野節子代表取締役に対し、「会社へ来ているのに家へ内容証明郵便を送るとは何事だ。あんたのしていることは人間のすることではない。あんたは頭悪いですね。あんたが会社をやっていたらうまくいきっこない。最低ですよ。何が起きてもかまわないですね。」等と語気荒く言い、立ち上がり際に持っていた右内容証明郵便の封筒で奥野の右前腕部を叩いて立ち去った。

右一応認定にかかる債権者の2の行為(平成三年六月一二日の行為については、業務命令拒否の態度を表明した点において職場秩序を乱したことは否定できないから、情状は別として懲戒事由該当性が認められる。)は、債務者主張のとおり、就業規則四九条四号の懲戒事由に該当するものである。

三  債権者は、<1>本件懲戒解雇は債務者が第一次解雇の撤回を余儀なくされたことに対する報復措置であること、<2>債務者は平成三年五月に債権者を営業技術職から工事作業職へ配置転換したが、右配置転換は債権者の職種を営業技術職とした雇用契約に違反するうえ、債権者が腰痛症及び高血圧症の治療中で体調不十分であることを知りながら行った点において不当な配置転換であり、右事実によれば債務者が債権者を退職に追い込む目的を有していたことが明らかであるから本件懲戒解雇は解雇権の濫用に該当する旨主張する。

しかしながら、本件懲戒解雇の事由は前記二2で一応認定したとおりであるから、同解雇が第一次解雇の撤回を余儀なくされたことに対する報復措置であると認めることはできない。また、雇用契約上、債権者の職種が営業技術に限定されていたと認めるに足りる疎明はないし、右配置転換当時の債権者の腰痛症及び高血圧症の症状の程度は不明であって工事作業職に従事することが困難であったと認めることはできないから、右配置転換を不当であるということはできず、債務者が債権者を退職に追い込む目的を有していたとは認められない。そして、懲戒事由とされた前記2の各行為を総合すると債権者は債務者の職場秩序を著しく乱したものであるといえること、債権者の入社以来の勤務状況が前記二1認定のとおりであったこと等の事実に照らすと、本件懲戒解雇が解雇権の濫用に当たるということはできない。

四  以上によれば、本件申立ては、被保全権利の疎明がないから、これを却下することとする。

(裁判官 阿部正幸)

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