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東京地方裁判所 平成3年(ヨ)2270号 決定 1992年3月04日

債権者

松田章

右訴訟代理人弁護士

藤田康幸

斉藤豊

債務者

ナショナル・シッピング・カンパニー・オブ・サウジアラビア

右代表者

モハマッド・S・アルージャルボ

右訴訟代理人弁護士

笠原俊也

木村宏

主文

一  債務者は、債権者に対し、金一二五万円及び平成四年三月から平成五年二月まで毎月二五日に金六二万五〇〇〇円を、平成四年三月一五日及び平成四年九月一五日に各金一〇〇万円を仮に支払え。

二  債権者のその余の申立てを却下する。

三  訴訟費用は、債務者の負担とする。

理由

第一申立て

一  債権者が、債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位を仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、平成三年八月一七日以降本案判決確定に至るまで毎月二五日に月金六四万〇四七八円及び毎年三月一五日及び九月一五日に各一八〇万円の金員を仮に支払え。

第二当裁判所の判断

一  本件事案の経過

本件疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。

1  債務者は、サウジアラビア政府と民間の共同出資で昭和五四年一〇月二二日に創立されたサウジアラビア国法上の会社であり、船舶の購入、傭船、貨物及び旅客運送を目的とした船舶の運航その他海運に関連したすべての事業を行うことを目的としており、現在は北米と中東、極東と中東の間で、重車両、パレット積雑貨、プラント、コンテナの輸送を行っている。

債権者は、いわゆるオペレーションと呼ばれる海事技術を背景とした船舶運航業務、技術を有する専門家であり、平成二年八月一六日に債務者と雇用契約を締結し(以下「本件雇用契約」という。)、債務者の東京事務所(住所略)においてセントラルプランナーの肩書で勤務していた者である。

2  債務者のシニア・マーケティング・マネージャーであった平山浦生は、平成三年五月二八日債権者に対し、口頭で理由を示すことなく同年七月一五日付けで債権者を解雇する旨を通告すると共に解雇に伴う条件を呈示したが、債権者はこれを拒否した。債務者の東京在アジア地区代表アリ・ハッサン・アル・ラマダンは、同年六月一五日付け文書で債権者に対し本件雇用契約書に基づき一か月前の解雇予告をする旨通知したが、債権者は同月二二日付け文書で、債務者に対し右解雇通告の撤回を求めた。債権者は、予告された解雇の日である同年七月一五日以降も出勤して債務者の業務に従事していたところ、債務者のリアド本社管理部長モハメド・アリ・ムハナは、同月二二日、債権者に対し同月一八日付け文書で、債務者の日本への十分な航海数不足からもはや債権者の就労を必要としなくなったとして、本件雇用契約書一一条(一か月前の書面による通知によって本件雇用契約を解約できると定めている。)に基づき債権者の最終就労日を同年八月一六日とする旨の解雇通知(以下「本件解雇」という。)をするとともに、本件に関し従前債権者に宛てられた書状は一切なかったものとされたいと通知した。これに対し、債権者は、同年七月二四日付け文書で右解雇理由には何ら根拠がないとして債務者に対し本件解雇の撤回を求めたが、債務者はこれに応じなかった。

二  期間満了による雇用契約終了の有無

債務者は、本件雇用契約の期間は一年であると解すべきであるから、その契約締結日である平成二年八月一六日から一年を経過したことにより当然に終了したと主張する。債務者は、右主張の根拠として、本件雇用契約書一二項が「この契約書に含まれていないすべての事項については当社規則の条項が適用される。」と定めているところ(証拠略)、右「当社規則」に該当する債務者のパーソネル・マニュアル(以下「PM条項」という。)中のデフィニッション・オブ・タームズ一一項が「雇用契約期間」につき、債務者との契約締結日から一年間と記載していること(証拠略)を引用する。しかしながら、PM条項の右「雇用契約期間」に関する記載はその表題の示すとおり用語の定義について定めたものであるにすぎないと解されること、PM条項自体期間の定めのない雇用契約の存在を予定していること(<証拠略>によればPM条項の一四章五五条は期間の定めのない雇用契約の一か月前の適当な通知に基づく当事者の一方からの解約の場合に退職手当が支給される旨を規定している。)からみて、PM条項は本件雇用契約の期間を定める基準とはならないものというべきであり、他に本件雇用契約の期間が一年と定められたことを認めるに足りる疎明はない。そして、本件疎明資料によれば、本件雇用契約の締結の際に雇用契約の期間について特に話し合われたことはないこと、本件雇用契約書に雇用期間に関する記載がないことが一応認められ、右事実によれば本件雇用契約は期間の定めのない雇用契約であると解するのが相当である。したがって、期間満了による雇用契約終了の主張は理由がない。

三  本件解雇の効力

1  債務者は、本件雇用契約書一一条が「この契約は、一九九〇年八月一六日より発効するが、いずれの側からでも相手方に一か月前の書面による通知によって解約できる。」と定めている(証拠略)ので、本件雇用契約を何らの理由なく解約できると主張する。しかしながら、前記のとおり本件雇用契約書一二条は右契約書に記載のない事項については債務者の規則の条項が適用されると定めているのであるから、解雇に理由が必要かどうかについても契約書の文言からのみではなく債務者の規則の条項と総合して解釈すべきであるところ、本件疎明資料によれば、本件雇用契約書一二項にいう「当社規則」に該当するザ・ナショナル・シッピング・カンパニー・オブ・サウジアラビアにおける労働構成に関する規則八八条は、「契約の期間に定めがない場合、どちらの当事者も月単位で給与を支給されている雇用者に関しては三〇日の予告通知、その他の雇用者に関しては一五日の予告通知をすることによって、有効な理由の基に契約を解除できる。それに従わない場合は、解約をした当事者は他の当事者に対して予告期間あるいは予告期間の残期間に相当する保証金を支払わなければならない。」と定めていることが一応認められる(右規則が雇用契約書一二条にいう「当社規則」に該当することは債務者の自認するところである。)。右事実によれば、本件解雇が有効とされるためには「有効な理由」の存在することが必要であると解される。この点につき債務者は、本件雇用契約の準拠法はサウジアラビア法であり、サウジアラビア法によれば使用者は理由のいかんを問わずに被傭者を解雇できることになるので本件解雇には特に理由は必要でない旨主張するが、右のとおり本件雇用契約において解雇には「有効な理由」が必要とされることが契約内容に含まれていると解釈できる以上、本件解雇の効力の判断は右契約内容に従って行われるべきであるから、準拠法のいかんを問題とする必要はないというべきである(なお、本件疎明資料によれば、サウジアラビア労働法七三条は雇用契約につき「契約期間が特定されていない場合、正当な理由をもって契約を解除することができるが、月額の給与を得る労働者に関しては三〇日、その他の労働者に関しては一五日以前の通告を条件とする。」と規定し、解雇に「正当な理由」が必要であるとしていることが認められるから、仮にサウジアラビア法によったとしても、債務者の主張が認められないことは明らかである。)。

2  そこで、本件解雇について「有効な理由」が存在するか否かについて検討するに、債務者は、<1>債務者がセントラルプランナーを東京事務所に配置する必要性が消滅したこと、<2>債権者の東京事務所での稼働状況が満足すべきものではなかったことを解雇の理由として主張している。しかしながら、<1>の主張については、これを認めるに足りる疎明がない。また<2>の主張については、(証拠略)にはこれに符合する記載部分があるが、(証拠略)によれば、(証拠略)の作成者で債務者のシニァ・マーケティング・マネージャーであった平山浦生は平成二年一二月二五日付けの成績報告書で債権者に対し一九項目の評価項目中一四項目について最高点を与え、総合で一〇〇点満点中九五点と高い評価を与えていたことが一応認められ、この事実と(証拠略)(債権者の陳述書)の記載とに照らすと(証拠略)の記載部分は採用することができず、他に右主張事実を認めるに足りる疎明はない。

そうすると、本件解雇には「有効な理由」があるということはできないから本件解雇は無効であり、債権者は債務者の従業員たる地位及び賃金請求権を有するというべきである。

本件疎明資料によれば、債権者は債務者から給与として毎月二五日に月額本俸六二万五〇〇〇円、通勤交通費一万三八七八円、特別手当六六〇〇円を支給され、さらに賞与として年額三六〇万円を毎年三月一五日と九月一五日の二回に分けて均等に支給されていたことが一応認められる。

四  保全の必要性

本件疎明資料によれば、債権者は妻及び三名の子(いずれも私立大学に在学中)を扶養していること、債務者からの賃金を唯一の収入としており債務者から賃金の支払いを受けられないことによって生活に困窮することが一応認められる。そして、本件疎明資料によって認められる債権者の支出内容(特に教育費年額約四〇〇万円、住宅ローン年額一一六万円の支出を要する。)等諸般の事情を考慮すると、平成四年一月から平成五年二月までの間、毎月本俸月額に相当する六二万五〇〇〇円及び賞与年額二〇〇万円(平成四年三月一五日及び同年九月一五日に各一〇〇万円)の範囲で賃金仮払いの必要性があると認めるのが相当である。

債権者は、雇用契約上の権利を有する地位の保全も求めているが、右のとおり賃金仮払いを命ずる以上に右のような地位保全の必要性があると認めるに足りる疎明はない。

五  結論

よって、本件申立ては、主文第一項の限度で理由があるからこれを認容し、その余の申立ては失当として却下することとする。

(裁判官 阿部正幸)

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