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東京地方裁判所 平成3年(ヨ)2315号 決定 1992年6月23日

主文

一  債権者が、債務者の中国四国営業本部米子営業所に勤務する義務のないことを仮に定める。

二  申請費用は債務者の負担とする。

理由

第一  申請の趣旨

主文第一項と同旨

第二  当裁判所の判断

(被保全権利の有無について)

一  当事者間に争いのない事実及び《証拠略》によれば、次の事実が一応認められる。

1 当事者

一  債務者

債務者朝日火災海上保険株式会社(以下「債務者会社」あるいは単に「会社」という)は、肩書地に本店を置き、全国主要都市に支店二五か所・営業所五〇か所を設け、資本金二四億五〇〇万円、従業員数六六七名(平成三年一一月三〇日現在)を有して火災保険・自動車保険などの名種の損害保険業を営む株式会社である。

二  債権者

債権者は、昭和一二年二月二〇日生まれで、昭和三四年三月に大阪府立大学経済学部を卒業後、昭和三四年四月一日に債務者会社に入社し、入社と同時に大阪支店に配属され、昭和三七年一月三一日に京都支店、昭和四三年一一月一日に東京本店、昭和五八年一二月一日に東関東営業本部木更津営業所に各異動し、以後右営業所で勤務していた。

債権者は、債権者会社入社と同時に、債務者会社従業員で構成される全日本損害保険労働組合(以下「全損保」という)朝日火災支部(以下、「朝日支部」あるいは「組合」という)に所属し、昭和四〇年から五六年にかけて朝日支部の副書記長、書記長、委員長、副委員長を歴任したほか、昭和五〇年、五一年には全損保本部書記長の職に就いていたが、本件配転命令発令時点においては組合役員には就いていなかつた。

なお、昭和四〇年一一月一日から昭和四三年一〇月三一日までは朝日支部の、昭和五一年四月一日から昭和五二年九月三〇日までは全損保の各組合専従となつたため、会社は休職(人事部付)扱いとなつた。

また債権者は、肩書地に家を所有し、五〇歳になる妻(無職)、二五歳になる長男(会社員)及び二二歳になる次男(大学生、いずれも独身)とともに住み、そこから木更津営業所に通勤していた。

2 配転命令

債務者会社常務取締役・東関東営業本部長中恒造は、平成三年一一月二二日、債権者に対し、口頭(電話)で、債権者を同年一二月一日付けをもつて東関東営業本部木更津営業所主事から中国四国営業本部米子営業所主事への異動の通知(以下「本件配転命令」という)をした。

3 債務者会社における人事異動、定年制に関する定め等

債務者会社における人事異動に関する基本的な規定は職員就業規則並びに債務者会社と組合間の労働協約に定められているが、まず就業規則においては第三一条に「業務上の必要により転勤を命ずることがある。前項の場合職員は正当の理由がなければこれを拒むことは出来ない。」とされ、労働協約には第一六条に「人事の方針」として、「会社はすべての人事について従業員の能力・能率・体力・生活条件等を慎重に考慮して公平にこれを実施する。」と定められており、更に第一八条には組合役員の人事として「会社は下記の各号に掲げる組合役員の転勤、または役職変更を行なう場合には、事前に組合に通知し、かつ第一号から第三号までに掲げる組合役員の場合に限り、組合と協議する。1執行委員長、2執行副委員長、3書記長、4執行委員、5常任委員、6分会委員長」と定められている。

また、債務者会社の就業規則第五五条第一項では、「職員は満五七歳をもつて定年とする。但し、職員が定年に達した後引き続き勤務を希望し、かつ心身共に健康な者は、原則として満六〇歳を限度として特別社員として再雇用する。」と定められている。

会社の職能資格は、管理職として理事格、部長格、副部長格、課長格の四区分があり、一般職として代理格、主任格、一般一級・二級・三級の五区分があるが、債権者は一般職代理格・主事に格づけされていた。

4 いわゆる「ふるさと人事」について

債務者会社は、昭和五八年四月一日付けで定年制を改定したが、昭和五八年三月二九日に開催された定年・退職金制度改定等にかかる団体交渉において、特別社員制度における勤務地について「勤務地は本人の希望を尊重し、転居を伴う人事異動は行なわないこと」との組合要求に対し、会社は「もし、ある地区にこの人達が固まつた場合、組合のいうとおりでは会社は動きがとれない」として、右組合要求には応じなかつた。

その後、昭和五八年七月一一日に至るまでの事務折衝の中で、特別社員の勤務地について、組合は、「組合は五七歳を過ぎて、年収ダウンの下単身赴任は困るので要求してきた。会社も趣旨は理解されたと思うので、以下の内容を何らかの形で確認したい。特別社員の勤務地及び人事異動については労働協約に基づくことを原則とするが、会社は組合の要求趣旨をふまえ、極力本人の生活条件を尊重し、単身赴任となるようなことのないよう努力する。」との要求をしたが、会社はこれに対し、「組合の主張をうけて検討したが、活字では無理である。社員と別扱い明記もできないし、同一箇所に固まり、そのために仕事を作るという余裕もない。活字では無理、しかし組合のいう何かないかと考えている。今あえていえといわれればケース・バイ・ケースとなるが、制度が稼働すれば、現実の運営で示していきたい。」と回答した。

その後、債務者会社は、昭和六二年度からは高齢社員に対して特別社員の勤務場所を配慮する趣旨で、毎年一回社員に提出を求めている「社員現況表」に、調査時点において満五五歳に到達している社員については勤務希望地や満五七歳以降の具体的計画等を記載させ、満五七歳以降における勤務地について配慮を行うようになつた(以下これを「ふるさと人事」という。)

5 債務者会社における高齢者の人事異動の実情

債務者会社は、昭和五三年度以降の会社再建策の一環として昭和五七年度まで新入社員の採用を一切しなかつたが、その影響もあり社員の高齢化が進んでおり、平成二年度にみれば、損害保険同業他社の五〇歳から五五歳までの男子社員の割合は一〇・一パーセント、五五歳以上のそれは四・三パーセントであるのに対し、債務者会社ではそれぞれ一六・六パーセント、一〇・一パーセントといずれも高率である。

ところで、昭和六一年度からの五三歳以上の高齢者の異動例は、別紙のとおり全部で二〇件、本件を除くと一九件(同一人が二回異動している例が四人あるので、人数的には一五件である。以下、本件を除く。)あるが、そのうち五三歳代が四例、五四歳代が五例、五五歳代が四例、五六歳代が五例、五七歳代が一例あり、以上のうちで一般職の昇格を伴わないいわゆる「平行移動」は六件(同一人、千葉格也が二回異動しているので人数的には五人である。)に過ぎず、他はいずれも管理職の異動である。そして、右五人のうち、和田富男及び八木隆の場合はむしろ定年後のことや家庭の事情等本人の希望を入れて異動がなされたものであつて、本件の場合と比較することはできず、右千葉の場合も、同人は当時福岡支店にいたが、本人の最終希望地仙台ではなく東京本社に異動となつたものであり、最終希望地に近づく異動である(なお、同人はその後わずか一年四か月で最終希望地に異動していることからすると、東京への異動は経過措置的なものとも推認される。)。残る二人は大野信夫(発令時五三歳五か月)と高山泰明(同五三歳六か月)であるが、高山は、最終希望地は高松であるが、高知営業所から姫路支店に異動になつたものであり、大野は大分営業所から徳島サービスセンターへ異動となつたもので最終希望地は不明であるが、いずれも自宅以外に住んでいる者である。また、管理職についても明らかに現在の勤務地より最終希望地から離れる異動で転居を要するのは、北関東営業本部長から長野営業所長に異動した(一年で首都圏損害調査部の部長として東京に戻つている。)原勇雄と、南関東営業本部長から大阪支店長に異動した道家義章(同人の最終希望地は不明であるが、南関東営業本部長の時は自宅から通勤していたことからすると東京が最終希望地と推認できる。)のみであり、他の管理職は大宮支店調査課長から岡山支店調査課長に異動した斉藤敬二(発令時五三歳)と本店の公共法人部から京橋営業所課長に異動した鶴田浩司(発令時五四歳一か月)を除いては(同人らの最終希望地は不明である。)最終希望地に近付くか、あるいはさらにそこから短期間で五七歳定年前に最終希望地またはそこから通勤可能なところに異動している。

そして、右の事実及び別紙異動表からすると、債務者会社においては、社員の高齢化が同業他社より進んでいるとはいうものの、五五歳以上の高齢者の異動については、前記「ふるさと人事」の趣旨に沿つて特定の管理職を除いては最終希望地に沿つた異動がなされているだけでなく、五四歳代の人事異動においても、最終希望地を考慮に入れたうえでそれなりに社員の生活の実情に添つた人事異動がなされているものといえる。債務者会社は、最終希望地は満五五歳になつて初めて「社員現況表」に記載されるので、会社にはそれまで把握し難い旨主張するが、社員現況表には持ち家の有無等を記載する欄があつたり、前記八木の場合のように事前に打診が行なわれていることからして、高齢者については何らかの形で会社は異動者の将来の希望を把握していることが窺えるのであつて、右会社の主張は採用し難い(そうでないとすれば、前記高齢者の比率からしてもつと高齢者の異動は多くなるはずである。)。

確かに、管理職については、高齢者の場合においても一部において広域異動が行われていることが窺われるが、管理職の場合は一般職と違つて報酬の面においてもそれなりの手当がなされ、また当然のこととして人数の点においても限られることから一般職に比べて代替性が低く、したがつて人事異動の業務上の必要性が高いのが通常であるから、管理職の異動と一般職の異動とを同一レベルで比べることは相当ではない。

そして、右の観点からすると、自宅から通勤している一般職の五四歳九か月の債権者を、本人の意に反して平行移動ではるか遠隔の地に異動するという本件人事異動は、債務者会社の疎明によつてもこれに匹敵する例はこれまでになく、異例というしかない。このことは、債権者と同期入社の一一人全員(しかも一〇人は管理職である。)が自宅通勤可能の範囲に異動していることからも明かである。

二  本件人事異動の業務上の必要性

当事者間に争いのない事実、《証拠略》によれば次の事実が一応認められる。

1 債務者会社における平成三年一二月一日付け定期人事異動

債務者会社においては、毎年四月一日付け、六月一日付け及び一二月一日付け各定期人事異動がなされるが、右のうち四月一日付け定期人事異動は新入社員の配属を主たる目的としており、六月一日付け定期人事異動は定時株主総会を控えて役員人事が固まつた時期に、部課長クラスの見直しを含めて行なわれるものであり、一二月一日付け定期人事異動は管理職一般職を問わず、右六月一日付け定期人事異動の半期目の見直しとして行なわれるものである。

平成三年一一月一一日、債務者会社は、人事部と統括本部長である各役員との間で個別的に意見交換を行ない、全役員及び人事部長が出席し、平成三年一二月一日付けの定期人事異動の具体的な立案作業に入つたがその際、次の点を人事異動の主眼とした。<1>長期滞留者の見直し(七年以上)、<2>長期単身赴任者等特殊事情者の配慮、<3>法人部強化、三母店(東京、名古屋、大阪)の強化、<4>営業管理職強化のための見直し、<5>査定部門の組織見直しと強化、<6>新人配置に伴う欠員見直し(若手ローテーションに伴う適材配置)

その後各役員から出された個別の異動案を集約し、人事異動素案をまとめたうえ、右具体的人選基準に沿つて再度見直しと調整を行つて人事異動原案をとりまとめた。

2 米子営業所の状況

平成三年五月三一日現在、米子営業所(含む傘下鳥取駐在)の人員構成は、所長、所長代理二名(内一名は鳥取駐在)、主任一名、嘱託一名、計男子五名であつたが、同年六月一日の定期人事異動において、所長猪瀬敏昭が本店火災新種業務部画保険課長へ転出し、所長は中国四国営業本部長山田平司の兼任となり、事実上一名の減員となつた。また、嘱託社員田中薫は、平成四年三月三一日付けで嘱託期間満了となり、更に一名の減員が予定されていた。

他方、米子営業所の業績(収入保険料)は平成二年度においては一般型(掛け捨て)約一億三〇〇〇万円、積立型約二億円であつたが、一般型収入保険料の約八五パーセントを一大手法人契約者と旧国鉄関連契約先に依存しており、営業所運営の安定性の面から、右以外の市場を開拓し、契約先を多様化することが強く求められていた。

かかる状況の下で、現地から欠員補充と営業体制強化の強い要請があつたが、全般的な人手不足から、補充は全く無理なため、担当役員、営業本部長とも協議のうえ、昭和五九年八月着任以来七年以上の長期滞留者である武田敬伍所長代理が、仕事上もややマンネリズムに陥つているとみて、適切な人材との入れ替えで強化を図るべく、人選を開始した。

3 本件異動の人選とその合理性

債務者会社は、米子営業所から前記武田を転出させるに当たり、後任の人選については、七年以上同一箇所に長期滞留している営業部門代理格から選任することとしたが、該当者は右武田を除くと、債権者のほかに、高松支店営業課(課長代理)薄井栄喜次、所沢営業所(所長代理)橘邦昭、神所支店営業課(課長代理)野口英機、甲府営業所(主事)倉田優、松山営業所(所長代理)大倉文徳、千葉支店営業課(課長代理)伊藤英雄の七人であつた。

そして、右のうち薄井は、高松支店がもともと手薄なうえに営業課では一名の定年退職後人員を補充していないことや、課長代理が入院中であり、主事が退院後間もないということで同人の移動は困難であり、橘及び野口についてはそれぞれ妻が債務者会社に在職中で、本人を米子に配属した場合、妻の適当なポストがないことから無理と判断し、また倉田については既に五七歳定年が迫つており(平成三年一二月八日)、かつ、本人からは最終勤務地として京都、大阪方面の希望が出されていることからこの時期の米子への異動は無理と判断した。

これに対し、会社は、債権者については右と同様の条件は見当たらず、むしろ経験・能力等において、営業、損害調査、業務の各部門をまんべんなく経験し、かつ、木更津営業所に昭和五八年一二月より八年間勤務していることから、債権者を最適任者として人選したものであり、本件異動は、「本件の能力開発」「勤労意欲の高揚」「労働者の適正配置」「業務の能率増進」という人事異動の一般的必要性にも適合する旨主張する。

しかしながら、債務者会社の右主張は次の点からすると極めて疑問である。

まず、前述のように、債権者の年令や職能資格からすると、本件のような異動例は異例であり、到底「本人の能力開発」や「勤労意欲の高揚」に資するとは常識的に考えられず、明らかに右の点に関する業務上の必要性は認められない。また、米子営業所強化のために必要とされる。新市場を開拓し契約先を多様化するという営業目的からすると、少なくともある程度の期間が必要であると考えられるところ、債権者は定年まで二年三か月しか期間が残されておらず、その点からすればもつと長期間勤務できる者を選択するのが合理的であつて、「業務の能率増進」の観点からも相当とは思われない。もつとも、前述のように債務者会社では、希望すれば原則として六〇歳までは勤務することができる制度になつているのであるから、債権者がそれを希望した場合になお米子での勤務を命ずればその点はクリアーできるとしても、債権者が千葉に自宅を持つていることは前述のとおりであり、債務者会社もそのことは社員現況表等で知つていることは明らかであるから、それを命じることは債務者会社が昭和六二年頃から取り入れている前記「ふるさと人事」に反することが明らかであつて、債権者についても「ふるさと人事」に従つた配慮をするつもりがあるなら、本件異動時にもそのことは当然考慮に入れるのが自然である。

また、債務者会社は、七年以上の長期滞留者の見直しという点を強調し、本件異動についてもそれ以下の滞留者については全く考慮をした跡が窺えないが、七年以上の長期滞留者についても今回の異動ですべて是正したものでないことは債務者会社自身認めているところであつて(債務者会社の主張によれば、七年以上の長期滞留者は三八名おり、今回の異動で是正されたものは債権者を含めても六名に過ぎない)、そうであるとすれば、米子営業所の補充人事についてのみ、七年以上の長期滞留者に限定した合理的理由を疎明すべきところ、この点についての疎明はない。

更に、債務者会社の主張によれば、債権者は昭和五八年一二月に木更津営業所に着任以来、債務者会社が「新市場開発担当」業務を命じたにもかかわらず、債権者に右業務を命じたのは「みせしめ」であり、「無意味な仕事」であるとして度重なる上司の指導にもかかわらず右指示に従わず、右業務を怠つたものであつて(なお、債権者の毎年の人事考課はAからEまであるうちの最低のE評定であつた。)そのことが債権者を木更津営業所から転出させるべき事情の一つであつた旨主張している。この点については債権者は、当時の東関東営業本部長・営業所長と具体的な業務につき相談したところ「小人数(三人)の職場だからなんでも手伝つてほしい」といわれ、査定業務を中心に処理していたものであつて、上司から注意されたことはない旨主張し、これを否定しているが、どちらの主張が真実であるかはさておき、仮に債務者会社の主張が真実であるとすれば、八年間にわたつて上司の命令に従わず、命ぜられた新市場開拓の業務を怠つてきた債権者を(そのことが債権者を木更津営業所から転出させることの理由にはなりえても)、新市場の開拓がまさに要求されている米子営業所に所長代理格で異動させるということについては到底合理的業務上の必要性があるとは思われない。むしろ、債務者会社の右主張からすれば、債権者を木更津営業所から異動させることに会社の主眼があり、米子営業所の強化については真剣に検討しなかつたことが窺われるといわざるをえない。

以上からすると、債権者を木更津営業所から異動させるべき業務上の必要性についてはともかく、同人を米子営業所に異動させるべき業務上の必要性の存在については、それを全く否定することはできないまでも、極めて疑問であるといわざるをえない。

三  債権者と債務者会社とのこれまでの関係

債権者は、本件配転命令は、債務者会社が債権者を敵視し、債権者に対する報復として「不当な動機・目的」をもつてなしたものであるから、人事権の濫用として無効である旨主張するのでその点につき検討するに、当事者間に争いのない事実、本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば次の事実が一応認められる。

1 債務者会社は、昭和二六年に野村証券株式会社、株式会社大和銀行、株式会社第一銀行などの出資によつて設立された会社であり、昭和四〇年に興亜火災株式会社の一組織であつた鉄道保険部を吸収する形でこれと合体し、以後会社の社員は当初から債務者会社の社員であつた者と、右合体によつて社員となつた者とが混在することとなつた。

債務者会社は、昭和五二年度においては一七億七〇〇〇万円の赤字を出し、昭和五三年度三月に朝日支部からなされた同年度の賃上げ要求に対しては、会社の右状況を説明して「ゼロ回答」をし、その姿勢を変えなかつたため、朝日支部は同年五月及び六月に連続して一五分から三〇分の早退ストライキを行なうなどして賃上げを迫つた。

そのような中で、昭和五三年六月二二日に日本経済新聞が債務者会社が経営危機で倒産する恐れがあるかのような報道をしたため、会社の内外に深刻な不安・動揺がおこつた。そこで会社は、体内的には新規採用の抑制・欠員の不補充及び合理化により人件費等の圧縮管理内務部門の合理化・組織改正等及び低効率営業所の整理縮小等による営業強化のための要員再配置等を主内容とする「合理化実行計画案」を策定し、同年六月二九日に朝日支部にこれを提示して合理化を推進しようとした。

当時債権者を執行委員長とする朝日支部執行部は、右報道は経営者が賃上げゼロと大合理化を一方的に強行するため、意図的にその契機を作り出すためになされたもので、会社が昭和五二年度決算につき大幅な損失を計上することとなつたのは、会社が内部留保されて保険金支払いの担保となる責任準備金及び支払い準備金を前年度に比して大幅に積みましたことによるもので急激な経営内容の悪化によるものでないから、賃上げの要求は維持するとして、その後も早退ストライキを実施するなどした。

昭和五三年七月三一日の債務者会社の株主総会において、代表取締役三名及び筆頭常務取締役の経営陣が右大幅欠損等の責任を取つて辞任し、新しく野村証券の専務取締役であつた田中迪之亮を代表取締とする新経営陣が経営の衝に当たることとなつた。

以後、債権者を執行委員長とする朝日支部執行部は、新経営陣と賃上げ問題、会社の提案する「人事諸規定の改定」、「退職金制度の改定」、「定年の統一」(前記鉄道保険部に所属していた社員と、それ以外の社員との間には定年に関し異なる取扱がなされていた。)等の問題につき交渉をすることになつたが、両者の意見の対立は激しく、昭和五四年六月には、債務者会社の団体交渉における人数制限をめぐつて組合が不当労働行為の申立てをなし、更に同年一二月には同年度の賃上げ要求を「定年の統一」などの条件と切り離して表現できるように東京都地方労働委員会に対し実行確保の措置の申立てを行なうと共に、同年一〇月以降、全損保の支援を得ながら「朝日経営、野村証券を社会的に包囲しよう」というキャンペーンを掲げ、全国的に、債務者会社やその実質的な主要株主である野村証券に対する抗議行動を行なうといつた「外に出る闘い」を遂行した。

他方で、朝日支部の中においても、執行部の「外に出る闘い」に批判的な組合員も出始め、昭和五四年一一月以降は、営業の課所長組合員を中心に「外へ出る闘い」の中止を求める署名運動が展開され、更に昭和五五年二月の臨時支部大会以降は、支部大会へ右意見に同調する代議員を送る活動を行うようになり、朝日支部内には、執行委員長の債権者らの合理化政策に反対する方針に賛成する組合員と、右合理化に賛成し、債務者会社に協調的な組合員とが生ずるに至つた。

その後、昭和五六年一一月の定例支部大会において、債権者に代わつて太田忠志が執行委員長に当選し、執行部役員も債権者に反対する者の方が多数を占めるに至つた。

債権者が執行委員長を退いた後である、昭和五八年一二月頃においても債務者会社の幹部である中部営業本部長が、四日市営業所の全従業員が出席した会議において、全損保は政治闘争をして会社を危機にさらしたなどと全損保の活動を批判した後「太田は朝日火災の貧乏神だ」、「太田、樋口は癌細胞だ、だにだ」等と発言し、債権者に対する嫌悪の情をあらわにするということなどもあつた。

2 なお、債務者会社と同社の社員との間には次の訴訟事件ないし不当労働行為救済申立て事件が係属している。

<1>樋口事件 配転命令が不当労働行為に該当するか否かが問題で、債務者会社が上告中、<2>高田事件 福岡高裁、<3>石堂事件 神戸地裁、<4>伊藤事件 債務者が上告中、右いずれも定年・退職金に関する協定の効力が問題となつている事件、<5>不当労働行為救済申立事件 東京都地方労働委員会、昇格昇給差別の有無が問題

そして、債権者は、右<1><2><3>の事件につき、昭和五九年三月から平成二年四月までの間に合計一三期日にわたり社員側証人として証言をなし、<5>事件については現在も申立人の一人としてその中心となつて手続を進めている。

3 特に、右<1>事件は昭和五八年三月一四日に、当時朝日支部神戸分会の委員長であり、神戸地方協議会副書記長の地位にあつた樋口勇を債務者会社が当時同人が勤務していた神戸サービスセンターから金沢営業所新市場開発担当に配置転換したことが組合活動を封じるためになされた不当労働行為であるか否かが争われた事件であり、第一審神戸地裁判決(昭和六一年九月一二日)のみならず第二審大阪高裁判決も本件配転命令がなされる直前の平成三年九月二六日に右配転の不当労働行為性を認め、配転を無効とする判決を言い渡したが、右樋口は、前記組合内部の対立においては債権者と主張を同じくする者であつた。

右事件において、債権者は証人として出廷し、前記太田が執行委員長に立候補するのは業務命令そのものであると債権者に話したのを聞いた旨の証言をし、右第二審判決もその旨の事実を認定している。

以上の事実関係からすると、債務者会社が債権者を会社に対し敵対する者として嫌悪していることが窺われる。

四  本件配転命令の有効性

前述のように、債務者会社の就業規則には会社は業務上の必要により転勤を命ずることができる旨定められており、債権者も入社に際しては、入社のうえはどこに転勤しても差し支えない旨の書面を差し入れていることが一応認められ、したがつて債務者会社は業務上の必要に応じ、その裁量によつて債権者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、それは無制限に行使できるものではなく、当該転勤命令に業務上の必要性が存しない場合または業務上の必要性があつても当該転勤命令が他の不当な動機・目的を持つてなされた場合もしくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるような場合は、当該転勤命令は権利の濫用として無効となるものというべきである。

これを本件についてみるに、前述のように、債権者の米子営業所への本件配転命令は、債務者会社のこれまでの高齢者の人事異動からすると異例なものであり、しかも、その業務上の必要性は全く否定することはできないとしても極めて疑問であり、更にこれまでの債権者と債務者会社との前記関係からして債務者会社においては債権者を嫌悪していたことが窺われることからすると、本件債権者に対する配転命令は、債権者がこれまで債務者会社の諸方針に反対し、組合内で会社に強く対抗する姿勢を取つてきたこと及び組合の指導部を退いた後も、自らと同じ姿勢をとる者と会社との訴訟において中心となつてこれを支援し、訴訟において会社を批判する証言をし、また現在も会社に対して中心となつて不当労働行為救済申立てを続けている債権者を嫌悪し、これに対し不利益な取扱いをなしたものと推認することができ、したがつて、債務者会社の債権者に対する本件配転命令は、不当な動機・目的をもつてなされたものとして権利の濫用に該当し、無効であるというべきである。

よつて、債権者主張の被保全権利の存在はこれを認めることができる。

(保全の必要性について)

当事者間に争いのない事実、疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、債権者は、平成三年一二月六日に、債務者会社による配転拒否を理由とする解雇処分を避けるために、債務者会社に対し本件異動につき異議を留めたうえで赴任する旨を伝え、同月九日に米子営業所に赴任し、勤務を開始したが、債権者の妻は高血圧で一〇年ほど前から自律神経失調症にかかり時々発作が起きる状態であつたことから債権者は単身赴任をしており二重生活を強いられていること、債権者は他の一八名の者と共に債権者が中心となつて東京都地方労働委員会に対し、債務者会社の賃金・昇格差別を理由とする不当労働行為救済申立てをなしているが、右事件の調査審問手続きはおおむね一か月に一回のペースで期日が設けられ、債権者は右期日に出頭することはもちろんそのための打ち合わせ等事前準備をしなければならず、右事件を遂行するために上京する費用は多額なものとなり、債権者にとつては経済的にも精神的・肉体的にも大きな負担がかかつていること(この点につき、東京都地方労働委員会は、債権者の実行確保の措置申立てにつき、平成四年二月一二日に債務者会社に対し審査委員小早川光郎名で「会社が、平成三年一二月一日付で都労委五八不一〇三号ほか五件の申立人である大田決を米子営業所へ配置転換したことは、当該事件の円滑な審査に支障を及ぼすおそれがあると考える。会社は、今後、審査に重大な支障が生じないよう必要な具体策を検討すること。」との要望書を交付した。)、定年の直前は定年後の生活設計をする必要からも定年後の生活の本拠地の近くで生活することが一般的に必要であると解されるところ、債権者には債務者会社によつて定年までに生活の本拠地に異動させてもらえるという保証はなく(債務者会社自身必ずしもそれが実現するものではない旨主張している)、しかも本訴を提起しても事案の性質からして定年以前に判決が確定する可能性は極めて低いことなどの諸事情が一応認められ、右諸事情からすると、債権者は民事保全法二三条二項にいう「著しい損害」を受けているということができ、保全の必要性も認められる。

(結論)

よつて、債権者の本件仮処分申請は相当であるから、事案の性質上、債権者に担保を立てさせないでこれを認容することとし、申請費用の負担につき民事保全法七条、民訴法八九条に従い、主文のとおり決定する。

(裁判官 高田健一)

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