東京地方裁判所 平成3年(ヨ)3223号
債権者
世古圭助
債権者
荒巻良一
債権者
大熊安弘
債権者
古賀信久
債権者
渡辺恭子
各債権者訴訟代理人弁護士
前田知克
同
小川原優之
同
星正秀
右訴訟復代理人弁護士
鈴木達夫
債務者
サイゴンマリタイム株式会社
右代表者代表取締役
グェン・アン・チュン
右訴訟代理人弁護士
浅岡輝彦
主文
債務者は、債権者荒巻良一、同大熊安弘、同古賀信久及び同渡辺恭子に対し、それぞれ、平成三年一〇月から平成四年九月まで、毎月二五日限り、別紙目録(一)記載の各金員を仮に支払え。
二 右債権者らのその余の申請を却下する。
三 債権者世古圭助の申請を却下する。
四 申請費用は、債務者と債権者世古圭助との間に生じたものは債権者世古圭助の負担とし、債務者とその余の債権者との間に生じたものは債務者の負担とする。
理由
第一申請の趣旨
一 債権者らが債務者に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
二 債務者は、債権者らに対し、平成三年二月から本案判決確定まで、毎月二五日限り、別紙目録(二)記載の各金員を仮に支払え。
第二事案の概要
一(争いのない事実等)
1(当事者)
(一) 債務者は、昭和五八年六月一一日に設立された海上運送事業を業とする会社であり、その代表取締役は、ベトナム国籍を有するグェン・アン・チュン(以下、単に「債務者代表者」という。)である。
(二) 債権者世古圭助は債務者の取締役兼営業部長、債権者荒巻良一は同取締役兼経理部長、債権者大熊安弘は業務部長、債権者古賀信久は営業課長、債権者渡辺恭子は総務係長である。
(三) 各債権者の平成三年二月当時の賃金額は別紙目録(三)記載のとおりであった(<証拠略>)。
2(事実経過)
(一)(債権者らの債務者への入社)
(1) 債務者代表者は、昭和五五年七月一〇日、自動車、電気製品等の輸出等を業とするタイビン貿易株式会社(以下、「タイビン貿易」という。)を設立し、同社の代表取締役をつとめており、また、ベトナムでサイゴンオートという輸入等を業とする企業を経営している。
(2) 債務者の本店所在地は、設立当初は、タイビン貿易と異なっていたが、昭和五九年二月、両社とも現在の本店所在地に移転し、タイビン貿易が貸借した事務所の一区画を壁で区切り、そこを債務者がタイビン貿易から借り受ける形となっていた。
(3) 債権者荒巻良一、同大熊安弘、同古賀信久及び同渡辺恭子は、昭和五八年六月、債務者に入社し(債権者世古圭助の入社時期については争いがあり、債権者らは債権者世古圭助も同時に入社したと主張し、債務者は昭和五九年二月に入社したと主張する。)、その後、債権者大熊安弘、同古賀信久及び同渡辺恭子は、昭和五九年初めからタイビン貿易に出向している。
(4) タイビン貿易も債務者代表者が代表者をしており、両社とも経営面でも人事面でもすべて実質的な決定権は債務者代表者が握っていた(もっとも、この点は当初争いがなく後に債務者において争う。)。
(二)(債務者の業務内容と債権者らの担当業務)
(1) タイビン貿易は、ベトナム法人である船会社サイゴンシッピングカンパニー(以下、「サイゴンシッピング」という。)やその他の船舶を利用して輸出業務を行っており、債務者は、サイゴンシッピングの日本総代理店として荷主であるタイビン貿易から海上運賃を収受し、そのうち船にかかわる諸費用、代理店手数料を差し引いた金額を代理店契約に基づき、サイゴンシッピングに送金すべき立場にあった。
(2) 債務者の具体的業務としては、サイゴンシッピングに関係する船の日本寄港に伴う、<1>日本各港における入出港、港湾関係采配の一切、<2>輸出貨物の積荷積込み等運搬にかかる船長補佐、<3>日本寄港地での本船アテンドなどがあり、過去繁忙時には、年平均八隻程度が来日しており、さらに、サイゴンシッピング他ベトナム各企業からの船舶購入要請に対し、買船の引合い、適船の検船、売買契約の取纏め、本船の引取り、その後の船主代行としてのドックにおける修理、改装のアテンドがあった。
(3) 債権者大熊安弘及び同古賀信久は、タイビン貿易出向中も、同社と債務者事務所入口の鍵を所持し、各債権者らの出入りも相互に自由であった。また、債権者らは、両社の名刺を所持し、必要に応じて使い分けており、債務者へ入電したベトナム語のテレックスをタイビン貿易のベトナム人社員が翻訳したり、両者の間で、会社の通信業務を相互に見せたり、提示し合うなどして日常業務を進めており、右出向社員もタイビン貿易の仕事を行いながら、債務者の業務をも行っていた。
(4) 債務者の従業員は、取締役を兼ねる債権者世古圭助及び同荒巻良一のほか、タイビン貿易に出向していた債権者大熊安弘、同古賀信久及び同渡辺恭子の計五名であり、一方、タイビン貿易の従業員は、右出向社員のほかベトナム人であるファム・コン・タム(同人は、タイビン貿易の取締役と債務者の監査役をも兼ねている。)、ブォン・トリ・タン(以下、「タン社員」という。)の二名である。
債務者の経理を担当していたのは債権者荒巻良一であり、タイビン貿易の経理を担当していたのは同渡辺恭子であった。
(三)(債権者らの解雇)
(1) 平成二年九月一〇日、債権者らに対し、ベトナム出張中の債務者代表者から、次のような通知があった。
すなわち、<1>債務者は赤字会社であり、このまま会社を継続すると倒産するおそれがあるので、業務停止し、名前だけを残す、現在の債務を返済できるまで業務を停止する、<2>債権者世古圭助は六〇歳で定年だから退職してもらう、<3>債権者荒巻良一は、債務者からタイビン貿易へ移籍する、という通知があった。
なお、債権者世古圭助は、本件借り処分申請以前に満六〇歳に達している。
(2) 退職の通知を受けた債権者世古圭助は、同年九月一九日、退職時一〇〇万円の支給を受けられることなどを条件に退職する旨回答したが、債務者代表者は、これを拒否し、同債権者は、債務者代表者に対して、引続き現職で業務を行う旨連絡した。
(3) その後同年一〇月一五日、債務者代表者から債権者らに、次のような手紙が届いた。
すなわち、<1>サイゴンシッピングの経営状態は、ここ数年大きな赤字が出ており、所有船舶を処分している状況である、また、債務者代表者は、サイゴンシッピングの経営陣と意見の衝突があって、この二年間、内部問題、経営問題について意見を出していない、以後、サイゴンシッピングから、日本への配船はなく、債務者のサイゴンシッピングの代理店業務はなくなった、<2>タイビン貿易の決算はこの二年間赤字であり、今年もまた赤字の見込みである、<3>債務者の決算もこの二年間は赤字であり、今年も当然大きな赤字となる、もし債権者世古圭助が債務者を維持できるのであれば、債務者の経営は同債権者に任せる、という内容の手紙が届いた。
(4) 右手紙に対して、債権者世古圭助は、同年一一月二日、「スポンサー及びインベストバンクの協力を得てサイゴンマリタイムを引継ぐことを真剣に検討、関係先と協議中である。公認会計士は関係帳簿、証票をすべて調査する必要があると指摘しており、債務者代表者にも協力してもらいたい。」旨の手紙を債務者代表者に出した。
(5) 債務者代表者は、同債権者に対し、同年一一月一二日付けで定年とする旨の通知をした。
(6) 平成三年一月、債務者代表者が帰国し、同人は、債権者らに対し、サイゴンシッピングが大赤字であり、社有の船舶を売船したから、今後債務者の仕事はなくなる旨説明した。これに対し、債権者らは、四月二四日、「運営に関する要望及び改善」と題する債務者会社維持のための要望書を提出した。
その後、債務者代表者から、債権者大熊安弘、同古賀信久及び同渡辺恭子に対して、平成三年一月三一日付けでタイビン貿易への出向を解除するので債務者会社に復帰するようにとの指示がなされた。次いで、同年二月八日、債務者代表者から債権者ら全員に対し、「当社は恒常的経営不振と業務の払底にあえいでいて、近い将来にこの状態が回復する見込みは皆無であるため解雇する。」旨の通知(以下、「本件解雇通知」という。)がなされた。
二(当事者の主張)
1(債権者の主張)
債務者には、就業規則が存在するが、本件解雇は、そこに規定された解雇要件を充たしておらず、また、債権者らが、「運営に関する要望及び改善」と題する要望書を提出したため、不正経理の発覚を恐れた債務者代表者が、債権者ら全員を解雇したものにほかならないのであり、解雇権の濫用として無効である。
(一) 債務者は、平成三年二月八日、債権者ら全員に対し、本件解雇通知をなしているが、本件解雇は、整理解雇の要件を充たしておらず、債務者就業規則三九条四号の「会社の業務都合上やむを得ない場合」に該当しない。すなわち、やむを得ない整理解雇であるといえるためには、人員整理の必要性、人員削減の手段としての整理解雇の必要性、人選の合理性、解雇手続の妥当性を要するものと解すべきであるが、本件解雇は、いずれの点からも無効である。
(1) そもそも債務者はタイビン貿易の船積み部門にすぎない。本件解雇当時、債務者ないしタイビン貿易の経営状態は切迫した危機的状況にはなかった。債務者自身の経営不振という点についても、不正な経理操作による債務者代表者個人の蓄財の結果にすぎず、真実経営不振とはいえない。しかも、仮に経営不振であったとしても、人員整理以外の方法による努力は何もなされておらず、むしろ、債権者らが具体的合理化案を提案したのに対して解雇が行われたのであり、人員整理の必要性自体がない。
(2) もともと債務者は、債権者らのうち三名をタイビン貿易に出向させていたのであり、債権者荒巻良一に対しても平成二年九月一〇日の通知では債務者からタイビン貿易への移籍する方針を示していたのであって、タイビン貿易への出向という方法による合理化が十分可能であったのだから、人員削減の手段として整理解雇が必要であったとは到底いえない。また、債務者は、本件解雇が事業全体の永続的な休廃止に伴うものと主張するが、右通知においても、あくまでも一時的な業務の停止を予定していたものであり、債務者において本来行っていた業務はタイビン貿易の名で行われており、債務者は真実永続的な休廃止に至っているわけではない。
(3) 債務者の従業員は、債権者世古圭助と同荒巻良一のほかは、タイビン貿易へ出向中のその余の債権者のみであり、他方、タイビン貿易の従業員は、右債権者三名のほかは、ベトナム人であるタム、タンの二名である。債務者代表者の言いなりになる右二名のみを残して、経営改善案を提出した債権者ら全員を解雇対象としたのであって、人選の合理性もない。
(4) 債権者らは、債務者代表者から、整理解雇の必要性等について説明されたことはなく、前記改善案を提出したのに対して、何の理由も示されずに一方的に解雇されたものであって、妥当な解雇手続を経ていない。
(二) 本件解雇の実態は、同年一月二四日に債権者らが全員で債務者会社の経営の明朗化を望んで「運営に関する要望及び改善」を提出したため、債務者代表者が、不正経理の発覚を恐れ恣意的に債権者らを解雇したものにほかならない。
債務者代表者が債務者を利用して不正な蓄財をしていた一例は、次のとおりである。すなわち、サイゴンシッピングの代理店として債務者がサイゴンシッピングに支払うべき金員は、平成二年末現在までの間に、合計七億五五四一万余円であったが、債務者からベトナム現地のベトコン銀行のサイゴンシッピング口座に送金された金額は二億六三六八万余円であり、債務者代表者が代理人となっているサイゴンシッピングの国内の非居住者口座に振り込まれた金額は二億七三五一万余円に上る。この非居住者口座に振り込まれた金銭は、同一銀行のサイゴンオートの非居住者口座やタイビン貿易に振り替えられ、資金は、タイビン貿易から債務者、債務者からサイゴンシッピング、サイゴンシッピングからサイゴンオート、さらにサイゴンオートからタイビン貿易へと流れているものがかなりある。サイゴンオートは債務者代表者が設立し、代表者をしているベトナムにおける輸入業者であり、日本からの輸出業者であるタイビン貿易からサイゴンオートへの支払があるはずはない。こうした点について、公正な会計処理が行われれば、債務者もタイビン貿易も赤字会社とはいえない。
また、債務者が債権者ら全員の解雇を必要とするほど切迫した状況になかったことは、債務者代表者が、平成二年九月に、債権者世古圭助のみを退職させ、債権者荒巻良一をタイビン貿易に移籍させ、その余の債権者らは残留させるという提案をしていたことからも明らかである。しかも、その後、同年一二月と平成三年一月には、それぞれ本来債務者がなすべき船内荷役の手配や代理店業務をタイビン貿易の名で行っているのであり、このことは、タイビン貿易の船積み部門が全体として必要な業務であり、債権者らの担当すべき業務がなお存在すること、また、債務者代表者が、その一存で代理店業務ないし船積み業務を債務者名義で行うか、タイビン貿易名義で行うか決定し得る関係にあることを意味している。
債務者は、債権者五人が徒党を組んで別会社であるタイビン貿易を事実上食い物にする結果を招来したと主張するが、まったくの言い掛かりである。債務者代表者がタン社員に担当させた前記船内荷役についての料金が債権者らの担当したときよりもかなり低額であるとしているが、そもそも船内荷役料は運輸大臣による認可料金であり、ダンピング行為は禁止されているのであって、タン社員の担当した荷役こそ問題である。債権者らの解雇が債権者らの不正をも理由とするというのであれば、重大な事実誤認に基づくものとして無効であることは明らかである。また、債権者らがタン社員の解雇を求めるに至ったのは、同社員が債務者代表者に対し虚偽の報告ばかりして、社員間の協調性を著しく乱したからにほかならない。
なお、債権者世古圭助に対する定年の通知については、債務者代表者は、同債権者に対し六〇歳での定年を求め、債権者荒巻良一に対して、平成二年一一月一二日、「荒巻さんは、世古さんの定年に関する制度(規定)を私に報告して下さい。その上で私は決定します。」との書面をよこしているが、債権者世古圭助は、単なる従業員ではなく、取締役の地位をも有するものであり、六〇歳定年を強要することは不当である。
2 債務者の主張
本件解雇は、債務者の事業全体の永続的な休廃止に伴ってやむを得ずなされた全従業員の解雇である。
資本主義経済社会においては、企業は採算を無視して事業活動や雇用を継続する義務を負わないし、事業規模の縮小により不必要となった労働力を引続いて使うことを強制される理由はない。債務者は、昭和六二年度以来恒常的に赤字であり、債務者代表者は、債務者と自分自身の対外的信用を維持するために、債務者の恒常的赤字をタイビン貿易からの援助、負担によって補ってきたが、それでも債務者の累積損失は資本金額の二倍に達し、平成三年三月期においては年間売上げのすべてを給与に充てても債権者一人の給与をすら賄うに足りない状況である。まして、債務者は、設立後数年を経ただけの超零細企業であって、窮状を凌ぎ好機を待つだけの資産もなければ、のれん、ノウハウも有していない。将来の展望としても、債務者の売上げの多くを頼ってきたベトナム経済の急速な失速と不況の長期化により、企業業績の回復は絶望的であり、債務者の営業は休廃止する以外にない。
債務者は、支払停止、債務超過という企業自体の整理、清算原因がありながら、企業規模の零細、自己に対する債権者数の寡少、法的整理に要する時間、労力、費用といったもろもろの事情に対する考慮から、破産その他の法的整理の申請や解散という社団法上の手続をとることなく、休眠又は事実上の事業の廃止をしたのであり、破産その他の法的整理の手続をとった場合に必然的になされる従業員全員の解雇が有効と解される以外ないのと同様に、本件の場合にも、解雇は有効と解すべきである。
なお、債権者らは、債務者がタイビン貿易の一部門であると主張するけれども、債務者は、業務上も、また、企業採算上も、タイビン貿易とは別の独立した存在として設立されたものであり、資本構成からいっても、タイビン貿易がベトナム資本であるのに対して、債務者は債務者代表者と債権者らのジョイントベンチャーであって、債務者代表者は、終始、スポンサーにすぎず、債務者の営業活動は債権者世古圭助を筆頭とする債権者らがすべてを仕切っており、債務者代表者が口を挾むことは殆どなかった。債権者らを債務者において雇用した経験は、債権者らが働いていた弘栄海運東京事務所の閉鎖に伴って、債権者ら全員が解雇される事態に直面し、やむを得ず債務者代表者が債権者世古圭助のたっての要望により、当初の企画になく、かつ、設立後日が浅く収益をあげ得ず、従業員を雇用すべき業務上の必要性もない債務者において債権者らを収容するという配慮に出たのである。タイビン貿易への出向も、債務者の収益が出ないという状況下で、債務者独自の収益を上げるまでの一時凌ぎの窮余の一策として行ったことで、タイビン貿易側に業務上の必要があったわけではない。債権者らは、新規顧客を獲得して収益を上げ得るかのように言いながら、これを殆ど実現せず、タイビン貿易が発注する船荷のみを扱う事態が恒常化し、タイビン貿易の寄生虫的存在となり、数年前から企業としての存在意義を確定的に失っており、本来であればその時点で整理されるべきものだったのである。債務者の経営不振は、ベトナム経済の停滞という客観的要因を除けば、債権者ら自身の怠慢のせいである。タイビン貿易も、平成元年三月期、平成二年三月期と欠損を計上し、資産内容も極度に悪化するに至ったため、債務者の整理を遷延すれば、タイビン貿易からの資産のたれ流しが継続し、タイビン貿易自体が倒産すること確実と判断して、債務者との出向契約を解消することにしたものである。要するに、債務者の営業は、それ自体一年以上にわたって実質的に停止状態であって、企業としての存在意義はなく、出向を前提とする本籍企業としてのみ存続させることに意味があろうはずはない。
また、債務者は、全員解雇の事態を回避すべく、平成二年九月、債権者世古圭助のみを退職させ、債権者荒巻良一をタイビン貿易に移籍させ、その余の債権者らは残留させる提案をしたのである。その上で、かかる整理案が不可決である事情を書面で債権者全員に懇切丁寧に説明した。しかるに、この提案は、債権者世古圭助、同荒巻良一によって直ちに拒否されたばかりでなく、労使関係の通常の範疇を超え、唐突に弁護士に委任し、さらに債権者五人が徒党を組んで、別会社であるタイビン貿易を事実上食い物にする結果を招来し、加えて同社の従業員であるタン社員の解雇を債務者代表者に強要する趣旨の逆提案を行うに至った。債務者代表者の前記提案は、債務者と債務者代表者の企業の生存をかけたぎりぎりの努力であり、債権者らの回答は何らこの努力に応えるものではなく、かえって、今後の企業運営を、経済面でも、また、組織面でも窮地に追いやるものであった。
第三当裁判所の判断
一(債権者らの解雇に至る経過について)
1 平成二年九月一〇日、債権者荒巻良一及び同渡辺恭子は、ベトナム出張(帰国)中の債務者代表者からタイビン貿易のタン社員を介して次のような内容の通知を受けた。
すなわち、その内容は、(一)債務者は赤字会社であり、このまま会社を継続すると倒産するおそれがあるので、業務停止し、名前だけを残す、現在の債権を返済できるまで業務を停止したい、(二)債権者世古圭助は六〇歳で定年だから退職してもらう、(三)債権者荒巻良一は、債務者からタイビン貿易へ移籍する、(四)債務者は前年が一〇〇〇万円の赤字だったので、このままだと今年は一五〇〇万円くらいが赤字となるのではないかとみられ、苦しい状態になる、(五)債権者荒巻良一の今回のボーナスは、今の状態では出せないので、我慢されたい、(六)債権者世古圭助がなぜ自分だけ辞めさせるのかというような反応を示したときは、債権者荒巻良一も債権者世古圭助とともに一旦退職し、一か月後に債権者荒巻良一だけタイビン貿易に復職する、(七)債務者は整理しないと倒産するので、名前だけ残し、従前から債権者世古圭助が大阪でやっていた業務は大商海運株式会社と大阪埠頭倉庫株式会社にやらせる、また、タイビン貿易はサイゴンシッピングの代理店もできるので、債務者の役割をタイビン貿易がやるかもしれない、というものであった。
右伝言を聞いた際、債権者荒巻良一及び同渡辺恭子は、タン社員からタイビン貿易や債務者等にかかわる情勢として次のような話を聞いた。すなわち、サイゴンシッピングは現在二五〇万ドルの赤字で、日本への配船は、タイビン貿易が確実な復航貨物を保証しない限りできないと言っている、今年は一一月末が一二月初めにBINH―THANHが一隻来るだけである、サイゴンオートで今売れる車種はゴミ車、バス、二トン車だが、タイビン貿易は資金不足のため扱わない、ベトナム市場に新車が沢山あって値下げ乱売されているため、中古車は売れなくなっている。債権者世古圭助が担当していたバスの扱いは、債権者大熊安弘の担当に変更する、などの話を聞いた。なお、その際、債権者荒巻良一がタン社員に対し、「債務者が赤字というが、一二月までに船が一隻しか来ないのでは、タイビン貿易だって明らかに赤字になり、両社の社員一〇人が食っていけないのは目に見えている。」と指摘したのに対して、タン社員は、「タイビン貿易のことについては社長は何も言っていなかった。部品等を他の船に積んでいるので売り上げはある。また、現地で未回収の集金が一億はあり、さらに車両もまだ沢山ある。」旨答えた(<証拠略>)。
2 債権者世古圭助は、同年九月一九日付けで、債務者代表者に対し、退職時一〇〇万円の支給を受けられることなどを条件に退職する旨書面で通知した(<証拠略>)が、債務者代表者は、退職時一〇〇万円の支払は拒否する旨回答した。これに対し、債権者世古圭助は、同年一〇月一日付けで、採算がとれなくなったのは債務者代表者の経営方針によるものであるとしてこれを非難する一方、社員に対するボーナスの支給停止等も不当であるなどと指摘し、併せて、取締役としては任期満了まで在住する旨明記した上、債務者代表者帰国時に退任する際の功労に対する報奨についての取り決めを願うと記載した書面を送付した(<証拠略>)。これに対し、債務者代表者からの回答はなく、同債権者は同月四日付けで、引き続き現職で業務を行う旨連絡した(<証拠略>)。
3 その後、債務者代表者から、「タイビン貿易とサイゴンマリタイムの皆様及び世古様」と宛てた同年一〇月一五日付けの書面が債権者らに届いた。その内容はかなり詳細なものであるが、概要次のようなものであった。
すなわち、サイゴンシッピングとサイゴンオートの状態について
(一)「債務者とサイゴンシッピングとは代理店の関係はあるが、サイゴンシッピングと債務者代表者、タイビン貿易、債務者(代理店業務以外)は何も関係がない。また、債務者代表者は、サイゴンシッピングのもう一人の副社長と意見の衝突があって、この二年間、内部問題、経営問題について意見を出していない。サイゴンシッピングの経営状態は、ここ数年大きな赤字が出ており、所有船舶を処分している状況にあり、現に運航しているのは二隻であって、日本向けの配船はないとみなされるので、債務者にはサイゴンシッピングの代理店業務はなくなった。タイビン貿易と債務者とは、サイゴンシッピングに対して何も影響力を行使できる状況でなくなっている。」
(二)「ベトナム経済の停滞と自動車市場の動向の下で、サイゴンオートの売り上げが減り、その従業員の三〇パーセント削減を考慮中である。同社からタイビン貿易への支払が滞り、八ないし九月には、自分の方から何とかタイビン貿易へ送金したが、一〇月のタイビン貿易の支払のための資金を取引先から回収するのが非常に難しい状況にある。この状況は、来年半ばまで続くものと思われ、タイビン貿易から車を輸出してもサイゴンオートの在庫が増えるだけで、サイゴンオートからタイビン貿易への支払ができず、タイビン貿易は一層困難な状況になるので、既に約束済の分はともかく新規購入はしないように。」
と述べ、タイビン貿易の他の取引先の状況とタイビン貿易への支払いの見込みが厳しいことを説明した上、債務者の「整理ないし縮小」の方針について、
(三)「タイビン貿易の決算はこの二年間赤字であり、今年もまた赤字の見込みである。債務者の決算もこの二年間は赤字であり、今年も当然大きな赤字となることが予想され、同社を維持する策がない。もし債権者世古圭助が債務者を維持できるのであれば、債務者の経営は同債権者に任せ、自分は債務者会社から引退する。」
(四)「債務者の縮小に際しては、従来からの赤字分については自分が責任を持ち、自分の給料は放棄する。債権者世古圭助は退職し、債権者荒巻良一は残って残務整理をしてほしい。タイビン貿易と債務者との仕切り壁は撤去し、全部をタイビン貿易の部屋とし、債務者のテレックス電話は返却するなど、債務者の一般経費は発生しないようにし、債務者のすべての経費は債権者渡辺恭子を通じて行うこと。」
などを債権者荒巻良一に指示し、また、同債権者に、債権者世古圭助の退職に伴う処理につき、
(五)「退職時一〇〇万円の支払いはできないが貸付金との相殺勘定とする。」としてその処理を依頼し、
(六)「債権者世古圭助の在籍は同年一〇月二〇日までしか認めない。同債権者の仕事は、債務者関係のものは債権者荒巻良一に、タイビン貿易関係の者はタン社員に引き継ぐこと。」
を命じ、以上の方法でタイビン貿易と債務者の困難を乗り切りたい、というものであった。(<証拠略>)
4 右に対して、債権者世古圭助は、同年一一月二日付けで、右の説明は、債務者代表者がサイゴンシッピングの実権を有しており、また、同社からの配船の定期船化があるかのように述べていた従前の態度と矛盾しているとの不満を述べた上、同債権者が「スポンサー及びインベストバンクの協力を得てサイゴンマリタイムを引き継ぐことを真剣に検討、関係先と協議中である。銀行と公認会計士は、関係帳簿、証票をすべて調査する必要があると指摘しており、債務者代表者にも協力してもらいたい。」旨の書面を債務者代表者に出し(<証拠略>)、続けて、同年一一月五日付けで、「同日朝、タン社員から債権者世古圭助は六〇歳になったので定年退職とし、退職金は債務者代表者が帰国して決めるという話を口頭で聞いたが、債務者代表者の指摘する債務者会社の危機的現状を回復再建するため、取締役営業部長として業務を続行する、なお、前便記載の案のとおり債務者会社を継承するので協力いただきたい。」旨の通知をした(<証拠略>)。しかして、債務者代表者は、同債権者に対し、「継承策は何らの維持策がない。」として同債権者による継承の提案は白紙に戻す旨通知したため、同債権者は、債務者会社の実情把握もせずに継承することを提案したのかと非難する一方、債務者再建策を前記提案どおり進めるとして、協力を要請した(<証拠略>)。
しかし、債務者代表者は、同年一一月一二日付けで同債権者に対し、「サイゴンマリタイム代表者取締役として、貴殿に再度通知する。貴殿は定年に達し、サイゴンマリタイムとして再び採用する予定はない。貴殿はこの通知の日付で定年とする。サイゴンマリタイムの荒巻が自分の代行として貴殿の定年の件を解決する。」旨通知し、併せて、債権者荒巻良一に対して、「サイゴンマリタイム代表者取締役として、同社の荒巻に対し、債権者世古圭助の定年に関し実行することを指示する。同時に、債権者荒巻良一は債権者世古圭助の定年に関する制度(規定)を報告するように。その上で決定する。」旨の指示をした(<証拠略>)。
5 こうした状況下で、債権者世古圭助の委任を受けた弁護士から、債務者代表者に対し、同月一四日付けで、「定年規定の適用は取締役には当てはまらない。」とし、また、「荒巻良一に対する命令は違法であるとして同人に警告したところ、同人は他の者と相談して独自に弁護士に相談を始めた由である。」とする一方、話合いによる解決を求める書面が送付されたが、これに対する応答はなかった(<証拠略>)。
6 平成三年一月、債務者代表者が帰国し、同人は、債権者らに対し、サイゴンシッピングが大赤字であり、社有の船舶を売船したから、今後債務者の仕事はなくなる旨説明した。
これに対し、債権者らは、同月二四日付けで「タイビン貿易(株)、サイゴンマリタイム(株)、サイゴンオート(株)運営に関する要望及び改善」と題する債務者会社維持のための要望書を提出した。この債権者ら連名の書面には、経費節減、平成三年中の社員全員の一二パーセント賃金カットなどのほか、債権者世古圭助と同荒巻良一のタイビン貿易への出向、而後の会社運営についての取締役会、部課長会での協議など合議的決定方式の導入、タン社員の退職(同社員が債権者らからの債務者代表者への連絡や要望をそのまま取り次がないことなどを理由とする。<証拠略>)、債権者世古圭助への退職勧告の撤回、タイビン貿易、サイゴンマリタイム、サイゴンオート三社の収支、取引の状況や資金状況等についての報告説明を求める要請が社員全員の総意である旨の記載があった(<証拠略>)。
7 債務者代表者は、右に対する直接の返答はせず、債権者大熊安弘、同古賀信久及び同渡辺恭子に対して、平成三年一月三一日付けでタイビン貿易への出向を解除するので債務者会社に復帰するようにとの指示をし、なお、債権者荒巻良一に対して、債権者大熊安弘、同古賀信久及び同渡辺恭子についてのタイビン貿易と債務者との間の出向契約に関し、それが各期更新されてきたが、同年二月一日以降更新せず、平成三年一月三一日の期間満了と同時に終了させることを合意した旨の債務者とタイビン貿易の間の同日付け覚書(債務者代表者の双方代理によるもの)を渡した(<証拠略>)。
次いで、債務者代表者は、同年二月八日付けで債権者ら全員に対して、「当社は恒常的な経営不振と業務の払底にあえいでいて、近い将来にこの状態が回復する見込みは皆無であるため解雇する。」旨の本件解雇通知をした(<証拠略>)。
二(債権者らの地位の存続について)
1(本件解雇の有効性について)
債務者は、本件解雇が債務者の事業全体の永続的な休廃止に伴ってやむを得ずなされた全従業員の解雇であると主張する。なるほど、債務者の事業全体が、株式会社たる企業体の意思決定により、永続的に休廃止されるに至ったのであれば、そのこと自体は特段の事情のない限り企業者の自由であるといわなければならない。けれども、本件では、債務者の主張どおりにその事業全体が株式会社たる企業体の意思決定により永続的に休廃止されるに至ったものとまでは認めるに足りないものというべきである。
すなわち、債務者は、経営不振で恒常的赤字となり、企業業績の回復が絶望的であるため、事業全体の永続的な休廃止をすることにし、その結果債務者の従業員全員を解雇することとしたものである旨主張する。しかしながら、本件解雇に至る経過をみると、前記のとおり、債務者は、本件解雇の前年の九月には、債権者大熊安弘、同古賀信久及び同渡辺恭子についてタイビン貿易に出向させた状態のまま債務者での雇用を継続し、さらには、債権者荒巻良一はタイビン貿易に移籍する形式をとるという方針を示していたものであり、しかも、債権者世古圭助に対する定年の告知について同債権者の反発があるときは、形式的に債権者荒巻良一も一旦退職して一か月後に戻るように指示していたことからみて、債務者代表者の当時の意図は、債権者世古圭助のみを排除しようとするところにあったことが明らかである。その後、債権者らが債務者代表者の右の方針に反対する意向を示して後の経緯から、債務者代表者の考えが変わったものと推認されるが、その真意が、債権者らが主張するようなところにあったのか、それとも他の点にあったのかは必ずしも明らかでない。しかし、いずれにせよ、前年の九月当時、債権者世古圭助さえ排除すれば、前記債権者三名の雇用を債務者会社において継続する意思であったことは明白であることからすると、その約四か月後に至って、特段の経営上の事情の変化もないのに、突然、前言を翻して前記債権者三名の出向を終了させ、債務者会社に復帰するように命じておいて、直ちに、債務者からの解雇を告知するという経過は、いかにも不自然であり、本件解雇の理由、原因が単なる債務者としての事業の休廃止に存するものとみることはできない。そして、そもそも、債務者とタイビン貿易とは別個の法人格を有し、それぞれの経理、決算も形式上別個に行われていたとはいえ、本件疎明資料によると、その資本関係は大方債務者代表者に属するものであり、事務所も前記のように相互に出入りが自由な状態にあって、形式的にも従業員の一部を共通にするのみならず、実際の日常的業務は各従業員によって共同的に行われており、とくに、債務者が近年は専らタイビン貿易の船積み関連業務のみを担当し、双方の経理処理も、経営上の実質的決定も、債務者代表者の指示のもとに、相互に深い係わりをもって一体的に進められていたことが一応認められる。債務者代表者は、(証拠略)の陳述書で、タイビン貿易の業務は債務者代表者と他の二、三人の従業員で行ってきたもので、債権者らの働きはなく、もともと債権者らは不要な人材にすぎなかったかのごとくに述べるが、本件疎明資料によると、債権者らがタイビン貿易の業務をも行っていたことが一応認められるのであって、債務者は輸出業務を行うタイビン貿易の船積み業務を担当して一体的な企業活動をしていたものといえる。また、債務者とタイビン貿易との前記のような関係を基礎として、債権者らの賃金は、実質的にタイビン貿易の資金によって賄われてきており、そのことを債務者は、債権者らがタイビン貿易に寄生してきたと表現するが、債務者がタイビン貿易の輸出業務の補助的役割を担っていたこと、現に債権者らがタイビン貿易の業務をも遂行してきたことなどからすると、本件の紛争が生じるまでの間債権者らの賃金を実質的にタイビン貿易で負担してきた理由は、それを債権者らの働きによってタイビン貿易が受ける利益に対する対価とみていたためであると解するほかはない。こうした点を前提として検討すると、債務者がタイビン貿易と無関係に、従業員全員の解雇を必要とするほどの危機的状況に陥っていたかどうかについては無視し得ない疑問があるといわざるを得ない。なるほど、債務者の決算関係をみると、(証拠略)によれば、第六期(昭和六三年四月一日から平成元年三月三一日までの事業年度)末に約二五三万円の欠損を計上していること、(証拠略)によれば、第七期(平成元年四月一日から平成二年三月三一日までの事業年度)末に約三六六万円の欠損を計上していること、(証拠略)によれば、第八期(平成二年四月一日から平成三年三月三一日までの事業年度)末に約五三六万円の欠損を計上していることが一応認められる。しかしながら、前記のような一体的関係にあるタイビン貿易は、第一一期(平成二年四月一日から平成三年三月三一日までの事業年度)こそ、損失を計上して準備金の取崩しによって次期への繰越利益を計上している(証拠略)ものの、第五期(昭和五九年四月一日から昭和六〇年三月三一日までの事業年度)、第七期(昭和六一年四月一日から昭和六二年三月三一日までの事業年度)、第八期(昭和六二年四月一日から昭和六三年三月三一日までの事業年度)、第九期(昭和六三年四月一日から平成元年三月三一日までの事業年度)と一〇割配当を継続してきた(<証拠略>)もので、第一〇期(平成元年四月一日から平成二年三月三一日までの事業年度)の営業報告書(<証拠略>)にも経営不振というような特段の兆候は記載がないなどの点からみても、本件当時、同社が差し迫った危機に直面していたものとは到底いいがたいのであり、現に、債務者代表者は、前年の九月には、債権者大熊安弘、同古賀信久及び同渡辺恭子はタイビン貿易に出向させた状態のまま債務者での雇用を継続し、さらには債権者荒巻良一はタイビン貿易に移籍する形式をとるという方針を示していたのであって、従来の債務者の業務をタイビン貿易で担当し得ることを前提として、債権者世古圭助が大阪で担当していた業務のみを発注先に委託する方針を示していたところからみて、債務者を整理あるいは縮小するといっても、債務者の事業全体を全面的に廃止してしまう意向ではなかったことは明らかである。そして、その後、何らかの事情の変更があったかというと、債権者世古圭助の排除という債務者代表者の構想にその余の債権者が従わないという事態が生じたことのほかには、特段の事情を一応認めるに足りる疎明がない。債務者代表者は、債権者世古圭助において担当していた船内荷役業者への発注業務による従前の船内荷役料金が通常の料金より高いのではないかと疑ってこれを試してみたいというタン社員の申し出により、HAI YEN 01号についての代理店業務を、債務者でなくタイビン貿易の同社員に担当させてみたところ、実際に五七パーセントも安くて済んだという事情を述べ、債権者世古圭助が船内荷役業務と結託して通常よりはるかに高い船内荷役料金を設定していたことが判明したとして(<証拠略>)、この点をその後の事情の変化、あるいは、債権者らの解雇を正当とする理由として加えるかのようであるが、(証拠略)によると、タン社員によるHAI YEN 01号の船内荷役の手配の経過は、まず同社員が債務者の従前からの依頼先である大阪埠頭倉庫株式会社に依頼したところ、同社から船内荷役料の前払いという従来にない条件を提示されてしまったため、急遽他の業者として丸新港運株式会社を探して依頼した状況であったことが一応認められ、同代表者の述べるような経過によるものとはにわかに認められないのであり、むしろ、右の事情は、前記のような本件解雇前に示されていた同代表者の方針と併せてみると、同代表者が従来は債務者に担当させていた業務が、なお同代表者の支配下にあるタイビン貿易にとって必要な業務であり、現にタイビン貿易担当者によって遂行されていることを推認させるものといわざるを得ない。以上のような諸事情を総合すると、まずもって、債務者の事業が全体として全面的廃止の事態に永続的に立ち至ったものと断ずるには疑問があり、本件解雇が債務者の事業全体の永続的休廃止に伴うものにすぎないとみることはできず、前示のような債務者の整理方針をまったく転換して全員解雇という選択に至ったことは、企業経営者としての合理的な経営判断の裁量の域を超えた解雇権の濫用であると解さざるを得ない。
なお、債務者は、債務者会社には就業規則が存在しないと主張するが、前記認定のとおり、債務者代表者は、本件解雇に先立ち債権者世古圭助の定年による退職を通知しており、それは就業規則に基づくものと一応認められるから、この事実に本件疎明資料(<証拠略>)を総合すると、(証拠略)(なお、<証拠略>)はこれに基づく従業員旅費規定)は債務者会社の就業規則であると一応認めるのが相当である。しかして、同規則には普通解雇に関する三九条の規定があり、本件で問題となり得るのは、その4項の「その他、会社の業務都合上やむを得ない場合」という規定と解されるが、以上の判断によれば、本件解雇がこれに該当すると解することもできない。
したがって、本件解雇は無効であるというべきである。
2(債権者世古圭助の定年について)
債務者会社に就業規則が存在していることは前記のとおりであり、その二五条及び二六条によると、債務者の従業員の定年は満六〇歳で、定年に達した日の月末をもって従業員としての地位を失うものとされ、その例外は、業務上の必要がある場合に嘱託とする合意があったときのみとされている。そして、債権者世古圭助が満六〇歳に達していることは当事者間に争いがない。したがって、同債権者の債務者従業員としての地位は、本件申請以前に既に失われていることが明らかである。
3(その余の債権者の賃金額について)
債権者荒巻良一、同大熊安弘、同古賀信久及び同渡辺恭子についての賃金額について、同債権者らは、あるべき昇給があれば別紙目録(二)(略)記載のようになると主張するもののようであるが、これを一応認めるに足りる疎明はない。
三(債権者荒巻良一、同大熊安弘、同古賀信久及び同渡辺恭子についての賃金仮払の必要性について)
債権者世古圭助以外の債権者について、左の各疎明資料により、次の事情及びいずれもが従来専ら債務者から支払われる賃金によって生計を立てていたことが一応認められる。
1 債権者荒巻良一は、妻と未成年の子三人を扶養しており、住宅ローン一四万余円を含めて、毎月少なくとも五〇万円の仮払を必要とすることが一応認められる(<証拠略>)。
2 債権者大熊安弘は、妻と私立大学生の子二人を扶養しており、二人の子の学費計約一五万円を含めて、毎月賃金全額に相当する金員の仮払を必要とすることが一応認められる(<証拠略>)。
3 債権者古賀信久は、妻と未成年の子二人のほか父を扶養しており、毎月九万円、ボーナス月五〇万円の住宅ローンを含めて、毎月賃金全額に相当する金員の仮払を必要とすることが一応認められる(<証拠略>)。
4 債権者渡辺恭子は、母を扶養しており、毎月少なくとも三〇万円の仮払を必要とすることが一応認められる(<証拠略>)。
そこで、右債権者らについて、平成三年一〇月から一年間の右仮払の必要性を認める。
四(その余の仮処分の必要性について)
債権者荒巻良一及び同渡辺恭子についての前項の限度を超える賃金仮払仮処分の必要性を一応認めるに足りる疎明はなく、また、債権者荒巻良一、同大熊安弘、同古賀信久及び渡辺恭子について任意の履行を期待するにすぎない地位保全の仮処分の必要性を一応認めるに足りる疎明もない。
(裁判官 松本光一郎)