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東京地方裁判所 平成3年(ワ)10231号 判決 1992年9月28日

原告

熊谷顯敬

右訴訟代理人弁護士

木本三郎

被告

吉村株式会社

右代表者代表取締役

杉田雛子

被告

株式会社吉村商会

右代表者代表取締役

杉田雛子

被告ら訴訟代理人弁護士

吉村徹穂

主文

一  「被告吉村株式会社の原告に対して行った懲戒解雇は無効であることの確認を求める。」との訴えを却下する。

二  被告吉村株式会社は、原告に対し、金四七七万円及びこれに対する平成三年八月四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告株式会社吉村商会に対する請求及び被告吉村株式会社に対するその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用については、原告と吉村株式会社との間に生じたものはこれを三分し、その一を同被告の、その余を原告の各負担とし、原告と被告株式会社吉村商会との間に生じたものは原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告吉村株式会社の原告に対して行った懲戒解雇は無効であることの確認を求める。

二  被告吉村株式会社は原告に対して行った懲戒解雇を取り消せ。

三  被告らは、原告に対し、連帯して金一四六二万八二〇〇円及びこれに対する年五分の割合による金員(遅延損害金)を、被告吉村株式会社は平成三年八月四日(同被告に対する訴状送達の日の翌日)から、被告株式会社吉村商会は同月六日(同被告に対する訴状送達の日の翌日)から、それぞれ支払済まで支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  被告吉村株式会社(以下、「被告東京吉村」という。)及び被告株式会社吉村商会(以下、「被告大阪吉村」という。)は、いずれも服飾生地の販売等を主たる業とし、被告訴訟代理人を筆頭株主とする株式会社であるが、原告は、昭和三八年三月日本大学法律学科を卒業した後、三社の勤務を経て、昭和四三年被告東京吉村に雇用され、その後昭和五七年四月一日から被告大阪吉村に六年間在職して同社の営業業務を統括し、昭和六三年四月、再び被告東京吉村に帰って就業していた(以下、原告の被告東京吉村での勤務のうち、昭和四三年から昭和五七年までを「前期」、昭和六三年四月以降を「後期」ということがある。)。

2  原告は、被告大阪吉村から被告東京吉村に戻った際、昭和六三年六月一四日付で被告大阪吉村から七五万二〇〇〇円の支払を受けた(右金員の趣旨については後記のとおり争いがある。)。

3  被告東京吉村は、原告に対し、平成三年四月二三日到達の内容証明郵便で懲戒解雇(以下、「本件解雇」という。)の意思表示をした。

(一) 被告東京吉村における懲戒解雇事由を定める同社就業規則五八条五号には、「故意または重大な過失によって会社の設備、器具、備品等を毀損し損害を発生させたとき」という規定が、同条九号には、「その他前各号に準ずる不都合の行為のあったとき」という規定がある。

(二) 平成二年七月以降、被告東京吉村の新入社員浅野誠、増田亘彦、根本真樹、山口正が次々と退職していった。

(三) 本件解雇は、右各社員の退職の原因が、原告が平成二年初めころから右社員らに「こんな会社は将来性がなく駄目だから、君たちは今のうちにどこかへ移った方が利口だ。」と話したことにあるとしてなされたものであり、被告東京吉村は、それが同被告就業規則五八条五号、九号に該当するとしている。

4  本件解雇当時の原告が被告東京吉村から支給されていた基本給は一八万円であった。

5  被告東京吉村における退職金は、同被告退職金規定上、「会社都合による退職」の場合には、勤続二三年では基本給額に二四を乗じた金額、勤続二八年では三一を乗じた金額と定められている。

6  同退職手当金規定六条には、「懲戒解雇(就業規則五八条)に該当するときは、退職手当金は支給しない。」旨定められている。

7  被告東京吉村は、平成三年九月一七日の本件第一回高等弁論期日において、原告が同被告で働いた前期分の退職金が労働基準法一一五条により同被告退職の日から五年間の経過をもって既に時効が完成しているとして、右時効を援用した。

8  被告東京吉村の就業規則上、定年は五五歳と定められている。

第二争点

一  原告の主張

1  (退職金請求〔四三二万円〕について)

(請求原因)

(一) 原告に支払われるべき退職金額は、次の事実により、四三二万円である。

(1) 本件解雇は根拠のない事実に基づき解雇権を濫用してなされたものであるから、原告の退職は、被告東京吉村就業規則上の「会社都合による退職」に該当する。

(2) 原告が被告らに勤務していた期間は、通算して二三年間である。勤続期間を通算すべき理由は、次のとおりである。

<1> 被告らは、それぞれ形式的に別個に法人登記されているが、実質的には同一体である。

すなわち

ⅰ 両被告とも代表取締役社長は杉田雛子が、監査役は被告ら訴訟代理人が、また、取締役は森幸平、中尾博一らが兼ねている。

ⅱ 被告ら会社の実権は被告ら訴訟代理人が持っており、原告が被告大阪吉村に勤務していた六年間に、着任当時の山林社長もその後の杉田社長も、同被告会社に姿を現したことがなく、原告は、同人らから何事も一度も指示されたことがない。

ⅲ 理屈の上では本件訴訟の結果は被告ら相互間で利害が相反するはずであるのに、本件訴訟における訴訟代理人も共通である。

<2> 原告は、被告大阪吉村に移るに際して、被告東京吉村から解雇されたことがないのはもとより、退職とする扱いをされたことは一切ない。

ⅰ 原告は、東京に在勤していた昭和五七年、被告ら会社取締役森幸平から、被告大阪吉村に経営責任者として五年間くらい行ってくれないかと言われ、これを受けた。

ⅱ 原告は、被告東京吉村を退職する扱いになると言われたことはない。

ⅲ 原告は、被告東京吉村から、被告大阪吉村に移るに際し、退職届の提出はもとより、退職の意思表示をするよう求められたこともない。

ⅳ 退職ならば送別会くらいはあって当然だが、それもなかった。

<3> 被告らは、原告が被告東京吉村から被告大阪吉村に移るに際して退職金の請求をしたことがないと主張するが、原告は被告東京吉村を退職したわけではないから、退職金の請求をしなかったのは当然である。

<4> また、原告が東京に戻ったのは、大阪に行って五年を過ぎた昭和六三年三月中旬、来阪した本件被告ら訴訟代理人から、「東京に戻って営業で頑張ってほしい。」と言われたからであり、被告大阪吉村を退職して帰京したわけではない。

<5> なお、原告が被告東京吉村勤務中の昭和六三年六月一四日付で被告大阪吉村から支払を受けた七五万二〇〇〇円は、赤字会社であった被告大阪吉村を立て直したことに対する功労報奨金にほかならない。

<6> 被告ら会社においては、原告の勤務は常に通算されてきた。

昭和六一年六月、同年一二月、昭和六二年六月、同年一二月の賞与考課表には、原告の勤続年数が、それぞれ一八年四か月、一八年一〇か月、一九年四か月、一九年一〇か月と明記されている。

以上のとおりであって、被告らは形式的に法人格を別個にしているものの、実質的には同一体であることからすると、被告東京吉村及び被告大阪吉村での原告の勤続を通算するのは当然である。仮に、被告東京吉村と被告大阪吉村とが別個の法人格を認められるとしても、原告が被告大阪吉村に転属になったのは在籍出向であるというべきである。

よって、原告に支払われるべき退職金額は、基本給額である一八万円に二四を乗じた金額である四三二万円である。

(二) 被告東京吉村と被告大阪吉村は形式的には別法人として登記されているが、実体はまったく同一体である。原告の東京、大阪での勤務は、全期間を通じて経済的にも手続的にも一体のものとして行われてきた。被告らが同一体である以上、退職金支払義務は、一体としての両被告に生ずべきものである。

(懲戒解雇による退職金不支給の抗弁に対する反論)

原告に支払われるべき退職金の性格は賃金である。懲戒解雇の場合でも全額不支給とする就業規則規定の定めは問題であり、過去の労働全体に対する評価を一挙に零にしてしまうほどの重大な不信行為がない限り退職金を支給しないことの合理性は認められない。原告には、このような事由はもちろん懲戒解雇事由もないから、原告に対する退職金の支給も拒む根拠はない。

被告らは、被告大阪吉村から被告東京吉村への業務報告に粉飾があったなどと主張するが、事実無根である。

被告東京吉村の新入社員らが退職したことは原告には無関係である。本件解雇前、被告ら訴訟代理人が、退職者続出について、「森幸平こそ責任者である。森を首にしてやる。」と言っていたことは周知の事実である。

(被告東京吉村の時効の抗弁に対する再抗弁)

原告は、被告東京吉村から被告大阪吉村に転属になる際、誰からも退職扱いになるが退職金は支払われないとは言われなかった。前期のような被告ら会社の相互関係、被告大阪吉村への転属に際しての経過、原告が何ら問題なく被告ら会社での勤務を全うしてきたばかりでなく、被告大阪吉村での六年間は、被告大阪吉村の経営の責任者として、赤字の累積に苦しんでいた同被告の立直しに粉骨砕身して献身的な努力をし、同被告の経営をようやく軌道に乗せることに成功したこと、原告が根も葉もないことを根拠にした本件解雇により退職のやむなきに至ったことなどからすると、いまさら、被告大阪吉村への転属の時点で退職金請求権が発生しており、既に時効にかかっているとしてこれを援用することは禁反言の原則にもとるものであって、右時効援用は権利の濫用として許されない。

2  (損害賠償請求〔合計一〇三〇万八二〇〇円〕について)

(請求原因)

(一) 前記のとおり、被告東京吉村の新入社員らが退職したことは原告には無関係であり、本件解雇事由は事実無根である。被告東京吉村と被告大阪吉村とは同一体であるところ、被告らは、東京吉村において、被告大阪吉村で相当の功績を挙げて被告東京吉村に帰還した原告を、根も葉もないことを根拠に、しかも何らの予告もなく、また、弁明の機会も与えないで、突如として不当に解雇した。したがって、本件解雇は被告東京吉村就業規則上の懲戒解雇事由がないのに解雇権を濫用してなされた不法行為であり、しかも、それは同一体である被告らによる共同不法行為である。

(二) 原告が右によって被った損害は、次のとおりである。

(1) 得べかりし退職金五五八万円と雇用契約に基づいて請求する前期退職金四三二万円との差額一二六万円

被告東京吉村の就業規則によると、定年は五五歳と定められているところ、本件解雇がなければ、原告は五五歳の定年まで被告東京吉村に継続勤務したであろうことは確実である。

したがって、原告が被告東京吉村に定年まで継続勤務した場合に得べかりし退職金は、基本給一八万円に勤続二八年の者が定年によって退職した場合の係数である三一を乗じた五五八万円となり、雇用契約に基づいて発生する右1の退職金額を控除した残額である一二六万円が原告の損害となる。

(2) 賃金相当損害金三七四万八二〇〇円

原告は、本件解雇がなければ少なくとも本件解雇後一年間は被告東京吉村に勤務を継続し、その間の賃金の支払を受け得たはずである。そして、本件解雇当時である平成二年度(平成二年一月から同月一二月まで)に被告東京吉村から得ていた所得総額は三七四万八二〇〇円であった。したがって、原告は、本件解雇後も少なくとも右と同額の賃金の支払を受け得たはずである。

そこで、原告は、被告らに対し、本件解雇後一年間の賃金に相当する右金員の支払を求める。

(3) 休業補償金一〇〇万円

原告は、本件解雇により新たに就職することが必要になったが、本件解雇当時五〇歳であったこともあって、就職先を見付けることに困難をきたし、この間、無職無収入となることを余儀なくされた。その後、原告は、平成三年六月一六日に埼玉県大宮市内のサンワ工業に就職したが、当初の三か月間は見習い期間ということで、日給制であった。同年八月も同年一二月も賞与支給がなかった。本件解雇は被告東京吉村での賞与支給前の直前であった。

そこで、原告は、休業補償として一〇〇万円の支払を求める。

(4) 慰藉料三〇〇万円

原告は、被告ら会社に二三年余勤務してその半生を捧げ、とくに昭和五七年から六年間は、被告大阪吉村の責任者として赤字の累積に苦しんでいた同被告の立直しに粉骨砕身して献身的な努力をし、同被告の経営をようやく軌道に乗せることに成功した。しかるに、被告東京吉村は、同社に帰還した原告に対し、根も葉もないことを根拠に、しかも何らの予告もなく、また、弁明の機会も与えないで、突如として不当に解雇したものである。原告は、本件解雇により新たに就職することが必要になったが、本件解雇当時五〇歳であったこともあって、就職先を見付けることに困難をきたし、もはや第二の人生を構築して生活を立て直すことは至難である。本件解雇により、原告は、家族もろとも途方にくれ、甚大な精神的、物質的打撃を被った。右を慰謝するためには三〇〇万円の慰藉料が相当である。

(5) 弁護士費用一三〇万円

原告は、原告訴訟代理人との間で、本件訴訟に勝訴した場合には一三〇万円の報酬を支払う旨の合意をした。

2  被告の主張

(一) 本件解雇に至る経緯は次のとおりである。

(1) 大卒者の少ない被告東京吉村は原告の学歴を信じて原告を雇用していたが、原告の成績が上がらないのでこれを解雇し、当時の被告大阪吉村の代表者山林千代子と相談の上従前とは異なる待遇で原告を被告大阪吉村に迎えることとし(なお、この主張は本件第五回口頭弁論期日において従前の主張を訂正したものであり、それ以前の主張は、「大卒者の少ない被告らでは原告の学歴を信じ、原告を成績の上がらないまま、雇用後数年にして被告大阪吉村に転属せしめ」というものであった。)、その営業業務の統括と東京への報告を命じた。

被告大阪吉村では初めのうちは原告を歓迎したが、数年で迷惑がり被告大阪吉村の当時代表者山林千代子から、原告を被告東京吉村に返すという話が持ち上がった。被告らとしては、原告の経過を見守っていたが、その業務報告に数度にわたり粉飾を発見したため、原告の営業統括者としての器を疑い、東京に連れ戻し、減給の上営業マンの一人としてこれを新規に雇用することとした。

原告による粉飾を発見したのは、被告東京吉村の営業統括者である森幸平である。被告ら訴訟代理人も、それとなく原告の態度から感知していたが、決算上の粉飾のみならず、本人の能力一般についての粉飾の具体的内容は森幸平が知っている。被告大阪吉村での原告の成績は、森幸平が売上げ、経費、粗利益を通して評定し、大阪在住で老齢の代表者山林千代子に代わって、東京居住の被告ら訴訟代理人が賞与の決定を行うことになっていた。また、原告を被告東京吉村に連れ戻したのは、法律的には代表者であるが、原告に申し伝えたのは森幸平と被告ら訴訟代理人である。

被告らにおいて当時意思決定をした者は誰かとの問いには、被告大阪吉村については当時代表者として登記されていた山林千代子、被告東京吉村については森幸平というほかはないが、被告ら訴訟代理人は筆頭株主として、法律上の問題のみならず運営上の一般的相談を代表者から受けるのが常であった。同代理人は、両代表者の意向を取りまとめ、決行サインを出したのである。

(2) 被告東京吉村としては、原告を大阪時代の不信行為(業績を粉飾して好決算を装い自己を不当に評価させた事実)によって解雇したい所存であったが、若い労働力の入手困難なおりから、解雇せず、多少の昇給を認めながら雇用を続けていた。

(3) ところが、平成二年初めころから、被告東京吉村に入社してくる数少ない新入社員らに「こんな会社は将来性がなく駄目だから君たちは今のうちにどこかへ移った方が利口だ。」と話して、待遇についての不満から、被告東京吉村の内部攪乱を行い続けた。

その結果、次のとおりの退職者が出た。

根本真樹、平成元年三月二〇日入社

平成二年一二月一〇日退職

浅野誠 平成二年四月一日入社

平成二年七月二〇日退職

増田亘彦 平成二年四月一日入社

平成二年七月二〇日退職

山口正 平成三年二月一日入社

平成三年四月二〇日退職

右のうち、根本、浅野、増田は高等学校の新卒者であり、また、原告の右造反的言動は残存社員らの目の前で平然と臆面もなく揚言されていたものである。

(4) 右の行為は被告東京吉村の就業規則五八条五号、九号に違反する。同五号は、昔風に器具備品に関する表現となっているが、新卒従業員に対する離職工作もこれに含まれるものと解すべきである。

右のような攪乱行為に業を煮やした森幸平、桂田隆吉、中尾博一が原告に注意を重ねたが、原告がこれを聞き入れないので、被告東京吉村は遂に原告を懲戒解雇にすることとした。そして、被告東京吉村は、原告に対し、平成三年四月二〇日付内容証明郵便で、懲戒解雇の意思表示をするとともに給与の精算と解雇予告手当の提供を通知し、原告は右金員を受領した。

(5) なお、原告の同被告における立場は単に営業の責任者、東京への連絡者にとどまり、経理面及び総務面は原告の支配外であった。

(二) 請求原因に対する反論及び抗弁

(1) 退職金請求について

<1> 原告は、被告大阪吉村に勤務していた約六年間の退職金として昭和六三年六月一四日付で七五万二〇〇〇円を受領しているから、同被告との関係では退職金請求の余地がない。

<2> 被告東京吉村で働いた前期分については、労働基準法一一五条により、同被告退職の日から五年間の経過をもって既に時効が完成しているので、同被告は、本件第一回口頭弁論期日(平成三年九月一七日)において、右時効を援用した。

なお、右<1>の退職金は原告自身の請求に基づいてなされたものである。離阪の時点までの大阪における勤務地別清算は当然、過去の東京における勤務についての退職金清算を原告に思いおこさせ、その請求に至るのが通常考えられるところであるが、原告は、離京の際、破格の待遇で大阪に再就職させてもらう手前、これを請求しなかったのである。

<3> 被告東京吉村での後期の三年一か月(昭和六三年四月から平成三年四月まで)の分の退職金については、原告には、同被告の就業規則五八条五号、九号の懲戒解雇事由があったため、同被告は原告を懲戒解雇したものであって、同被告退職手当金規則六条により、原告はこれを請求し得ない。

<4> なお、被告らはそれぞれ別個の法人格を有する別会社であり、原告に対する給与も各勤務期間に対応してそれぞれの被告から支払われていた。しかも、原告は、右のように被告大阪吉村から退職する際に、同被告から退職金の支払を受けていたのであるから、退職金に関して被告ら会社に勤務していた期間を通算する理由はない。

(2) 損害賠償請求について

被告東京吉村は、就業規則五八条五号、九号に基づき原告を懲戒解雇にしたものであり、本件解雇に解雇権の濫用はなく、これをもって不法行為とはいえない。

第三争点に対する判断

一  争いのない事実、後掲証拠によると、次のとおり認められる。

1  被告東京吉村及び被告大阪吉村は、いずれも服飾生地の販売等を主たる業とする株式会社であって、その営業は、被告ら訴訟代理人が、その父親から継承した家業であり、その株式は、被告ら訴訟代理人及びその家族がほぼ独占しており、また、役員もほとんどの者が相互に兼任している。原告が被告大阪吉村に勤務するようになった以降をみても、各代表取締役が直接来社するなどして業務の執行、指揮を行うことはなく、それぞれに日常業務についての総括的責任者がおかれているものの、これらを集約して決定する権限を有しているのは被告東京吉村に常駐している被告ら訴訟代理人であり、同代理人に対しては、社内で「社長」という呼称が使われていた。両被告会社の各営業担当者の売上成績は、被告東京吉村において一括把握されてきており(<証拠略>)、被告大阪吉村の従業員に対する賞与支給額についても、東京に居住する被告ら訴訟代理人が決定していた。本件訴訟においても被告ら訴訟代理人が共通の訴訟代理人となっており、本件解雇当時を含めて、被告らが相互に、とくに被告ら訴訟代理人を介して、極めて密接な関係を有している企業であることは明らかである。しかしながら、各被告がそれぞれ、いかなる意図のもとにいかなる経緯で何人の出資によって設立されたかを具体的に認定するに足りる的確な証拠はなく、また、設立後における株主の変動の推移、組織としての一体性、経済的諸活動の一体性、財政的処理の一体性等を右以上に明確にし得る的確な証拠もない。

2  原告は、昭和四三年被告東京吉村に雇用されて昭和五七年三月末日まで同被告に勤務し、この間同被告会社の営業を担当していたが、次第に成績をのばしていたところ、その後、森幸平から、経営状態の悪かった被告大阪吉村に経営責任者として五年間くらい行ってくれないかと言われ、これを承諾し、昭和五七年四月一日から被告大阪吉村に六年間在職して同社の営業業務を統括した。

被告大阪吉村に移るに際して、原告が、退職届の提出はもとより、退職の意思表示をするように求められたことはなく、被告東京吉村を退職する扱いになると言われたこともなく、退職金の話が出たことすらなかった。原告自身も両被告が別個の法人として登記されていることを知ったのは、被告大阪吉村に移った後、決算書類を作成する段になってであった。

なお、原告が被告大阪吉村に移るに際して、被告東京吉村が原告に対して解雇の意思表示をした形跡も、そのような原因となり得る事実を窺わせる証拠も存在しない。

3  被告大阪吉村においては、前記のとおり、被告ら訴訟代理人が従業員に対する賞与支給額を決定していたが、その判断資料に供するために同被告で作成していた各賞与支給期における賞与考課表と題する一覧表(<証拠略>)には、入社時期、勤続年数が記載されており(なお、同表には他には前二回の賞与支給額が記載されている程度で、勤続年数が重要な資料とされていたことは体裁の上からも明らかである。)、原告については、昭和六一年六月、同年一二月、昭和六二年六月、同年一二月分につき、一貫して入社時期が昭和四三年とされ、それぞれ勤続年数として、一八年四か月、一八年一〇か月、一九年四か月、一九年一〇か月と明記されていた。

4  原告は、被告大阪吉村に移るに際して五年間くらい大阪で責任者をしてくれと言われた経緯もあって、東京に戻りたいという希望を持っていたところ、被告大阪吉村赴任以来六年目の同年三月ころ、森幸平ないし被告ら訴訟代理人から、東京に戻ることを指示され、昭和六三年四月、再び被告東京吉村に帰って就業するようになった。右指示に際しても、退職届の提出はもとより、退職の意思表示をするように求められたことはなく、同被告を退職する扱いになるとか退職金の話が事前に明示して説明されたこともなかった。

もっとも、原告が被告東京吉村に勤務するようになった二か月ほど後である同年六月に原告の銀行預金口座に七五万二〇〇〇円が振り込まれており、右の金額は、当時の原告の基本給額である一六万円に勤続六年の「会社都合退職」等の場合の退職金支給率四・七(なお、右支給率表である<証拠略>は被告東京吉村の同支給率表と同一内容である。)を乗じた額である。そして、それについては原告自身の署名のある税務申告書(<証拠略>)が作成されて被告大阪吉村に提出されている。

5  被告東京吉村は、原告に対し、平成三年四月二三日到達の内容証明郵便で本件解雇の意思表示をしたが、右懲戒解雇の理由は、平成二年七月以降次々と退職していった被告東京吉村の新入社員浅野誠、増田亘彦、根本真樹、山口正に対して、原告が平成二年初めころから右社員らに「こんな会社は将来性がなく駄目だから、君たちは今のうちにどこかへ移った方が利口だ。」と話したことが原因であるというものである。しかしながら、被告ら主張の根本及び増田については原告の言動にかかわりがあることの証拠すらない。浅野については、(人証略)によると、「会社社長の息子で、甘えん坊で被告東京吉村で教育してくれと頼まれて入社させた者だが、出社しなくなったため、同人方に電話をしたところ、その母親が、本人は先輩から言われて嫌になったと言っていると話していた。」というのであり、(人証略)は右桂田からそのことを伝え聞いているにすぎないところ、かえって、浅野当人は、陳述書(<証拠略>)において、森による男女差別が退職理由であるとして具体的にその不満の内容を記載しており、原告の言動が退職の原因であると断ずるには至らない。また、山口については、短期間で出社しなくなったが、同被告会社の内情に通じている発言があったので原告が話したことだろうと思うというだけのことであり、同人の退職に関して原告が働き掛けをしたことなどを認めるに足りるだけの証拠がない。当時の退職者のうち、増田は、面接時に聞いた話と実態との食い違いや森による男女差別が退職の理由であるとし、給料が面接時の話より少なく、残業がそれより多かったと説明しており、戸邉雅人は、森による嫌がらせ等が退職理由であるとしており、三浦智は、ボーナスの査定に疑問をもって抗議したが受け入れられなかったことが退職理由であるとしている。これらの説明をそのまま受け取るかどうかはともかく、かかる証拠関係からすると、それらの者の退職の原因が原告の言動にあることを認めることはできない。

さらに、同被告の森幸平、桂田隆吉、中尾博一が、原告の攪乱行為なるものに関して原告に注意をしたことを認めるべき証拠もない。

6  被告東京吉村は、原告に対し、平成三年四月二〇日付内容証明郵便で、本件解雇の意思表示をし、また、同月二五日付で給与の精算と解雇予告手当三六万円の提供を通知し、原告は右金員を受領した。

以上が認められる(<証拠・人証略>)。

被告らは、原告を被告東京吉村から被告大阪吉村に移した経緯に関し、被告東京吉村が原告の成績が上がらないのでこれを解雇し、当時の被告大阪吉村の代表者山林千代子と相談の上従前とは異なる待遇で原告を被告大阪吉村に迎えることとした旨主張するに至っているが、被告東京吉村での営業成績が悪かった事実、同被告が原告に対して解雇の意思表示をした事実はこれを認めるに足りる証拠が何もなく、かえって、原告の被告東京吉村での営業活動が評価されて被告大阪吉村の営業責任者として異動させたことが認められることは前期認定のとおりである。

なお、(証拠略)の陳述書において、原告は、長い在職期間中被告訴訟代理人や森幸平らに様々な不当な言動があったと具体的に指摘しており、これらの指摘事項が極めて多数にのぼり、かつ、相当に具体性な(ママ)内容をもっていることに鑑みると、その内容の真偽はともかく、原告が長い期間これらに対する不平不満を少なくとも腹蔵していたことが推認される。

二  以上の認定、判断を前提として、まず、本件解雇について判断するに、原告が被告東京吉村における勤務につき不満をもっていたことが窺われないではないが、被告ら主張のような攪乱行為を行ったことは、これを認めるに足りないから、その余の点について判断するまでもなく、本件懲戒解雇には理由がない。したがって、本件解雇が効力を生ずる余地はないから、被告ら主張の退職金不支給条項の適用がないことは明らかである。

三  次に、昭和六三年六月に被告大阪吉村から支払を受けた七五万二〇〇〇円の趣旨について判断する。

被告らは、右金員が原告自身の退職金請求に基づいて支払われたものであると主張するが、原告が退職金としてその支払を求めたことを認めるに足りる証拠はない。

一方、原告は、昭和六三年六月に被告大阪吉村から支払を受けた七五万二〇〇〇円が赤字会社であった被告大阪吉村を立て直したことに対する功労報奨金であると主張する。この点につき、(証拠略)の税務申告書に原告自身が署名していることは前期のとおりであり、原告は、(証拠・人証略)において、当時忙しかったので内容を見ないで署名したと思う旨弁明している。これに対して、当時、その作成に関してどのような経緯があったのかを具体的に証明するに足りる他の証拠は何もない。しかしながら、(証拠略)が退職金支払に関する税務申告書であることは、書面の体裁から一見して明らかであり、その認識がなかったという原告の弁明は直ちに採用することはできない。そして、原告自身、それが功労報奨金であると説明されたこともないと供述しているところである。そうすると、その金額が実は功労報奨金であるが税務対策として名目上退職金として扱うことにしたなどという特別の具体的経緯が認められない以上、結局、証拠上明らかな事実としては、原告が明示の説明のないまま退職金名目で被告大阪吉村から金員の支払を受けたということに帰着する。

しかし他面、右の七五万二〇〇〇円という金額は、被告大阪吉村で勤めた六年間を計算根拠とするものであり、被告大阪吉村において当時も積算されてきた勤続年数、すなわち、異動の直近の賞与支給時である昭和六二年一二月時点において一九年一〇か月(<証拠略>)という勤続年数を前提とするものではないから、とくに退職金計算に限って被告東京吉村における勤務の前期と後期のみを通算し、被告大阪吉村における勤務を切り離すというような特段の合意の存在も窺われない以上、(証拠略)の存在及び右金員の支払がなされたことをもって、被告東京吉村での前期勤務、被告大阪吉村での勤務、被告東京吉村での後期勤続がそれぞれまったく別個独立のものであると判断することはできない。

四  ところで、原告が被告大阪吉村に対する退職金請求及び被告らの共同不法行為の根拠として主張する被告らの同一性に関する主張について判断する。

前記一で認定したとおり、被告らは相互に密接な関係にあることが認められ、また、被告らの主張自体をみても、被告相互の区別につき明確を欠くきらいがあり、両者の一体性を前提とするかのような側面がある。すなわち、被告らは、原告の被告東京吉村から被告大阪吉村への異動に関して、「原告を転属させて、被告大阪吉村の営業業務の統括と東京への報告を命じた」とか、被告大阪吉村から被告東京吉村への異動に関して、「営業統括者としての器を疑い、東京に連れ戻し、減給した」とか、被告東京吉村が戻ってきた原告を被告大阪吉村における行為(業績を粉飾して好決算を装い自己を不当に評価させたという行為)を理由として「解雇したい所存であった」とか、主張しており、前記の諸事情をも併せ考えると、両被告が別個独立の法人として登記されていることが単なる形式上のことにすぎないと疑わせる面がないではない。しかし、これらだけでは、いまだ、被告東京吉村と被告大阪吉村の法人格が、相互間で、あるいは、被告ら訴訟代理人個人を介して、形骸化しているものとまでは断ずることができず、また、法人制度を濫用していると認めるに足りないから、被告東京吉村と被告大阪吉村とを一体のものであると判断するには至らない。

したがって、両者の一体性を理由とする、被告大阪吉村も被告東京吉村と同じ退職金支払義務を負担すべきであるとの主張、被告大阪吉村も共同不法行為者であるとの主張は、いずれも採用できない。

五  そこで、退職金算定の基礎としての勤続年数の通算の可否及び退職金の額について判断する。

以上の認定、判断によると、被告らの法人格が形骸化ないしは濫用されているとまではいえないが、原告は被告東京吉村に在籍したまま被告大阪吉村に六年間出向していたものとみるのが相当であるから、被告東京吉村及び被告大阪吉村での原告の勤続年数は退職金計算に当たって通算しなければならない。

そして、本件懲戒解雇に理由がない以上、原告の退職金支給率は「会社都合」によるものとして算定すべきものである。

よって、被告東京吉村から原告に支払われるべき退職金額は、基本給額である一八万円に二四を乗じた金額である四三二万円である。

なお、右三の金員は、被告大阪吉村から原告に対して支払われた退職金名目の金員であるが、それは出向先から出向元に戻るに際して、出向先から支払われたものにすぎないから、これを被告東京吉村が支払うべき退職金の先払いとして控除する余地はない。

六  なお、被告東京吉村は、原告の勤続が被告東京吉村における前期、後期と中間の被告大阪吉村のそれとに分断されることを前提として、前期分の退職金についての時効を主張するが、右の前提は採用できず、退職金請求権が前期終了時に発生したものとはいえないから、被告らの右主張は失当である。

七  次に、不法行為による損害賠償請求について判断する。

被告東京吉村によってなされた本件解雇は、前記のとおり理由のないものであるから、他に特段の事情が認められない以上、それは原告に対する不法行為を構成する。しかし、被告大阪吉村と被告東京吉村が同一であるとはいえないことは前記のとおりであり、他に特段の根拠のない本件にあっては、被告大阪吉村も含めた共同不法行為とすることはできない。

そこで、被告東京吉村の右不法行為と相当因果関係のある原告の損害について検討する。

1  原告は、本件解雇がなければ少なくとも本件解雇後一年間は被告東京吉村に勤務を継続し、その間の賃金の支払を受け得たはずであるとして、平成二年度の被告東京吉村からの所得に相当する損害があると主張する。

理由のない解雇がなされ、それが労働者に対する不法行為を構成する場合、当該労働者が使用者に対して被った損害の賠償を求めることができるのは当然である。そして、解雇の意思表示がなされ、使用者が労働者からの労務の提供を拒否するに至れば、賃金が支給されない状態が生ずることは見易い道理である。そこで、このような場合における解雇と賃金の支給がない状態との関係を考えてみると、当該解雇がなければ当該賃金不支給状態が起こらなかったであろうという意味では、解雇と賃金不支給との間には条件的な因果関係が一応認められるかのごとくである。しかしながら、賃金は、雇用契約に基づく労働者の義務の履行、すなわち、労務の提供に対する対価として支払われるものであるから、使用者が違法な解雇の意思表示をして労働者による労務の提供を受けることを拒否する態度を明確にした場合であっても、労働者が賃金の対価たる労務提供の意思を喪失するなどして使用者の労務受領拒否の態度がなくなっても労務を提供する可能性が存在しなくなったときには、賃金不支給状態が当該解雇を原因とするものとはいえないことになるのであり、その場合は、当該賃金不支給状態は当該不法行為と相当因果関係のある結果とはいえないことになると解される。

ところで、一方、当該解雇が不法行為を構成する違法なものであって、また無効と解される場合には、当該労働者は、解雇無効を前提としてなお労務の提供を継続する限り、賃金債権を失うことはない。この場合には、当該労働者は賃金請求権を有しているのであるから、特段の事情のない限り、右賃金請求権の喪失をもって損害とする余地はないことが明らかである。他方、当該解雇に理由がない場合であっても、当該労働者がその解雇を受け入れ、他に就職するなどして当該使用者に対し労務を提供し得る状態になくなった場合には、前示のとおり、賃金が支給されない状態と違法な解雇との間には相当因果関係がないから、賃金相当額をもって、直ちに違法解雇がなければ得べかりし利益として、その賠償を求めることはできないことになる。

これを本件についてみるに、原告が本件解雇の効力を争って被告東京吉村に対する自己の雇用契約上の地位を主張した形跡はなく、むしろ、原告が同被告に愛想を尽かせて確定的に他に就職したことは原告の自認するところであり、そうであれば、原告の同被告に対する労務提供の可能性は少なくとも、右就職の時点で失われたものといわなければならず、他方、右就職までの間、原告が、本件解雇が無効であるとして同被告に対する労務提供を継続していた期間が存在したとしても、その期間については、賃金請求権があるものというべきであるから、いずれについても賃金請求権の喪失を理由とする賃金相当額の賠償請求は失当である。

2  原告は、定年まで被告東京吉村に継続勤務することが確実であったからその場合に得べかりし退職金と雇用契約に基づいて請求する前記退職金との差額が損害となると主張するが、本件解雇がなかったときにも原告が定年まで勤務を続けたであろうかどうかは、かなり不確かな事実である。前示のように、原告が在職中から同被告での勤務に関して相当の不満をもっていたことが窺われることからすると、本件解雇がなくとも原告が他に転職するなど同被告での勤務を継続しない可能性も否定することができない。のみならず、違法解雇による損害という観点からみると、退職金相当額の損害なるものについても、前記賃金の場合と同様、当該使用者への労務提供が可能な状態を継続していることが相当因果関係肯認のために必要であるというべきであって、それが失われた場合には、退職金を受け得べき期待利益の喪失は当該違法解雇との相当因果関係を欠くことになると解するのが相当である。さらに、当該解雇が不法行為を構成し、また無効と解される場合には、当該労働者は、雇用契約上の地位を継続的に有しているものというべきであるから、解雇無効を前提としてなお労務の提供を継続する限り、逐次当該期間に対応して潜在的に発生し得べき状態にある退職金債権は失われることはなく、この場合には、当該労働者は退職金請求権を退職の時点で取得することになるから、特段の事情のない限り、退職金請求権の喪失をもって損害とする余地はないことになる。そうしてみると、この点の原告の主張も採用の限りでない。

3  次に、原告は、「休業補償金」として少なくとも一〇〇万円が損害に当たると主張するところ、右損害の内容は甚だ漠然としており、主張の趣旨が必ずしも明確でない。

原告の主張の内容を検討するに、原告は、本件解雇により新たに就職することを必要としたとか、本件解雇当時五〇歳であったこともあって就職先を見付けることに困難をきたしたと主張しており、これらは、原告が新たな就職先を探すのに要した費用等の財産的積極損害の主張をするつもりであるかのようにもみえないではないが、その具体的な内容は不明である。他方、原告は同時に、就職までの間無職無収入となることを余儀なくされたとか、当該損害は「休業補償」であるとも主張しており、被告東京吉村からの収入がなくなったことを指しているようでもあり、そうであるとすると、結局、それは賃金不支給状態を指すにすぎず、右1で述べたのと同様の問題となる。そしてさらに、これとは別途に「休業補償」なるものを本件不法行為による損害として請求し得ると考えているとすれば、その根拠が不明である。また、原告が新しい就職先では当初日給制であったとか、当面賞与支給がなかったとか、被告東京吉村での賞与支給直前に解雇されたとか主張しているところからみると、被告東京吉村での勤務を継続した場合に同被告から得る収入と新就職先における収入との差額をもって得べかりし利益として損害と主張するつもりであるかのようにもみえないではないが、その具体的内容もまた不明である。

要するに、原告としては、何らかの財産的積極損害等があることを主張しようとしているかのようであるが、その内容がいかなるものであるかについて特定することができないから、損害として認定するに由がない。

4  慰藉料に関しては、前示諸般の事情を総合考慮し、原告の本件解雇による精神的苦痛を慰藉するためには四〇万円をもって相当と認める。

5  以上のとおり、本件不法行為による損害として本件主張及び立証の上で認定し得るものは右慰藉料のみであるところ、弁護士費用については、諸般の事情を考慮し、本件不法行為と相当因果関係のある損害として五万円が相当であると認める。

八  被告東京吉村に対して本件懲戒解雇の無効確認を求める訴えは、本件においては、雇用契約上の地位確認等の他の適法な確認訴訟として善解する余地はなく、確認の利益を欠くものというほかはないから、これを却下する。

被告東京吉村に対して本件懲戒解雇の取消しを求める請求は、かかる請求をなし得る実体的根拠がないから、失当としてこれを棄却する。

(裁判官 松本光一郎)

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