東京地方裁判所 平成3年(ワ)10273号 判決 1998年10月23日
東京都世田谷区北烏山七丁目二一番二一号
甲事件原告
山﨑舜平
東京都中央区日本橋一丁目一三番一号
乙事件原告
ティーディーケイ株式会社
右代表者代表取締役
佐藤博
右両名訴訟代理人弁護士
奥野〓久
同
内藤正明
甲事件原告訴訟復代理人兼
乙事件原告訴訟代理人弁護士
西村光治
東京都千代田区麹町一丁目七番地 相互半蔵門ビルディング
各事件被告
ロツクウエル インターナショナルジャパン株式会社
右代表者代表取締役
芦田光正
右訴訟代理人弁護士
尾﨑英男
同
近藤惠嗣
同
大野聖二
右訴訟復代理人弁護士
嶋末和秀
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 被告は、原告ら各自に対し、金三億四二七九万円及びこれに対する平成二年一二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
第二 事案の概要
一 争いのない事実等
1 原告らは、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許請求の範囲第1項の発明を「本件発明」という。)を、持分各二分の一の割合で共有していた。
特許番号 第一四六三六八〇号
発明の名称 半導体装置
出願日 昭和四五年一二月一七日
公告日 昭和五一年八月二三日
登録日 昭和六三年一〇月二八日
存続期間満了の日 平成二年一二月一七日
特許請求の範囲第1項
「絶縁ゲイト型電界効果トランジスタを少なくとも二つ有する半導体装置において、第一の電界効果トランジスタでは、主成分が半導体材料よりなるゲイト電極・リードが設けられるとともに該ゲイト電極・リードと同一材料よりなる電極・リードがソースまたはドレインのいずれか一方のみに設けられ、前記第一のトランジスタをおおう絶縁膜上には、第一のトランジスタのソースまたはドレインの他の一方に接続された金属の電極・リードが設けられており、該電極・リードは、第二の電界効果トランジスタのソースまたはドレインのいずれか一方の電極・リードとしても構成されていることを特徴とする半導体装置。」
2 本件発明の構成要件は、次のAないしD(以下「構成要件A」などという。)のとおりに分説される(甲一の一、二、弁論の全趣旨)。
A 絶縁ゲイト型電界効果トランジスタを少なくとも二つ有する半導体装置である。
B 前記少なくとも二つある電界効果トランジスタのうち、第一の電界効果トランジスタでは、主成分が半導体材料よりなるゲイト電極・リードが設けられている。
C 前記第一の電界効果トランジスタのソースまたはドレインのいずれか一方のみに、ゲイト電極・リードと同一の半導体材料よりなる電極・リードが接続されている。
D 前記第一の電界効果トランジスタを覆う絶縁膜上には金属の電極・リードが設けられ、該金属の電極・リードは、前記第一の電界効果トランジスタのソースまたはドレインの他の一方に接続され、また、前記第二の電界効果トランジスタのソースまたはドレインのいずれか一方の電極・リードとしても構成されている。
3 被告は、別紙イ号物件目録記載の半導体集積回路(以下「イ号物件」という。)を搭載したファクシミリ用モデムを輸入・販売した。
4 イ号物件目録記載の本件半導体装置は、次のaないしdのとおりの構成上の特徴(以下「構成a」などという。)を有する。
a シリコン基板1上に形成されたゲイト絶縁膜21、22、23、深い不純物層3(第2図ではほぼ正方形状をした部分)、多結晶シリコン(ポリシリコン)41、42、43(第2図では右上がりの斜線で描かれた部分)、拡散領域5A、5B、5C、5D(第2図では左上がりの斜線で描かれた部分)からなり、多結晶シリコン(ポリシリコン)41の<1>で示された部分及びその下のゲイト絶縁膜21の両側に、拡散領域5Aの部分<2>と拡散領域5Bの部分<3>が隣接し、多結晶シリコン(ポリシリコン)42の<4>で示された部分及びその下のゲイト絶縁膜22の両側に、拡散領域5Aの部分<5>と拡散領域5Cの部分<6>が隣接し、多結晶シリコン(ポリシリコン)43の一部分はコンタクト6を形成し、拡散領域5Bと接続され、金属配線9、10が絶縁物被膜7上に設けられ、同配線9、10はコンタクトホール81、82、83、84、85中に形成されたコンタクトを介してそれぞれ拡散領域5A、5Cと接続され(構成の説明(一)、(二)、(三)、(五)、(八)及び(九))、
b 多結晶シリコン(ポリシリコン)41の<1>で示された部分及びその下のゲイト絶縁膜21の両側に、拡散領域5Aの部分<2>と拡散領域5Bの部分<3>が隣接し(構成の説明(二))、
c 多結晶シリコン(ポリシリコン)43の一部分はコンタクト6を形成し、拡散領域5Bと接続され(構成の説明(五))、
d 多結晶シリコン(ポリシリコン)及び拡散領域の全体を覆うように絶縁物被膜7が設けられ、絶縁物被膜7を貫通するコンタクトホール81、82、83、84、85が穿けられ、金属配線9、10が絶縁物被膜7上に設けられ、同配線9、10はコンタクトホール81、82、83、84、85中に形成されたコンタクトを介してそれぞれ拡散領域5A、5Cと接続されている(構成の説明(六)、(七)、(八)及び(九))。
5 構成aのうち、多結晶シリコン(ポリシリコン)41の<1>の部分、ゲイト絶縁膜21、その両側の拡散領域5A及び5Bは、絶縁ゲイト型電界効果トランジスタを形成している。すなわち、41の<1>の部分はゲイト電極を、21はゲイト絶縁膜を、5Aはソースを、5Bはドレインをそれぞれ構成している(以下「第一のトランジスタ」という。)。
また、多結晶シリコン(ポリシリコン)42の<4>の部分、ゲイト絶縁膜22、その両側の拡散領域5A及び5Cも、絶縁ゲイト型電界効果トランジスタを形成している。すなわち、42の<4>の部分はゲイト電極を、22はゲイト絶縁膜を、5Aはソースを、5Cはドレインをそれぞれ構成している(以下「第二のトランジスタ」という。)。
さらに、多結晶シリコン(ポリシリコン)43の<7>の部分、ゲイト絶縁膜23、その両側の拡散領域5B及び5Dも、絶縁ゲイト型電界効果トランジスタを形成している。すなわち、43の<7>の部分はゲイト電極を、23はゲイト絶縁膜を、5Dはソースを、5Bはドレインをそれぞれ構成している(以下「第三のトランジスタ」という。)(以上、5全体につき、弁論の全趣旨)。
6 構成bは、構成要件Bを充足する。
二 本件は、原告らが被告に対し、イ号物件が本件特許権を侵害すると主張して、不法行為に基づく損害賠償の支払を求める事案であり、争点は、次の1ないし5である。
1 構成要件Aの充足性の有無
具体的には、構成要件Aを限定解釈すべきか否か。
2 構成要件Cの充足性の有無
具体的には、コンタクト6及び多結晶シリコン(ポリシリコン)43が第一のトランジスタの電極・リードであるか否か。
3 構成要件Dを充足するか否か。
具体的には、コンタクト81ないし84が第一のトランジスタ及び第二のトランジスタの共通のソース電極であるか否か。
4 損害の有無及び額
5 原告ティーディーケイの請求についての消滅時効の成否
第三 争点に関する当事者の主張
一 争点1(構成要件Aの充足性の有無)について
1 原告らの主張
(一) イ号物件の第一及び第二のトランジスタは絶縁ゲイト型電界効果トランジスタであるから、本件半導体装置は絶縁ゲイト型電界効果トランジスタを少なくとも二つ有し、構成要件Aを充足する。
(二) 本件発明の目的は、回路の微細化、集積化にあり、そのためには本件発明の対象となるトランジスタが互いにインバータ等の回路を構成していることは必要ではなく、構成要件Aの「絶縁ゲイト型電界効果トランジスタを少なくとも二つ有する」との部分を「インバータに代表されるような、絶縁ゲイト型電界効果トランジスタを少なくとも二つ有する論理回路を含む」という意味に限定解釈する理由はない。
2 被告の主張
本件発明の出願経過及び半導体集積回路における常套手段からすると、構成要件Aの「絶縁ゲイト型電界効果トランジスタを少なくとも二つ有する」との部分は、本件発明の実施例に記載されているようなインバータ回路か、又は少なくとも「インバータに代表されるような、絶縁ゲイト型電界効果トランジスタを少なくとも二つ有する論理回路を含む」という意味に限定して解釈されるべきである。
しかし、イ号物件の第一及び第二のトランジスタは、電気回路上全く無関係であり、単に二つのトランジスタのソースが金属配線9を介して共通の接地電位に接続されているにすぎない。
したがって、構成要件Aを充足しない。
二 争点2(構成要件Cの充足性の有無)について
1 原告らの主張
多結晶シリコン(ポリシリコン)43のコンタクト6は、第一のトランジスタのドレインである拡散領域5Bに接続され、そこに生じる電場を第三のトランジスタのゲイト電極に伝えて電場を作る回路端であるから、コンタクト6は第一のトランジスタのドレイン電極である。
また、多結晶シリコン(ポリシリコン)43のコンタクト6に続く部分は、第一のトランジスタのドレインに生じる電場を、コンタクト6から第三のトランジスタのゲイト電極に電圧として伝達するもの、すなかち、ドレインの電気的機能をゲイト電極に伝達するものであるから、第一のトランジスタのドレインのリードである。
このように、第一のトランジスタのドレイン(5B)には多結晶シリコン(ポリシリコン)の電極・リード(43)が接続されており、ゲイト電極・リード(41)も多結晶シリコン(ポリシリコン)であるから、両者は同一の半導体材料よりなるものである。さらに、第一のトランジスタのソースである拡散領域5Aには金属の電極・リードが接続されている。
したがって、イ号物件は、第一のトランジスタのゲイト電極・リードと同一の半導体材料よりなる電極・リードが第一のトランジスタのドレインのみに接続されているので、構成要件Cを充足する。
2 被告の主張
(一) ポリシリコン43は、第三のトランジスタのゲイト電極・リードであって、第一のトランジスタのドレインの電極・リードではない。
ゲイト電極は電場を作るための回路端であるのに対し、ソース電極やドレイン電極は電流を流すための回路端である。また、リードは、基板上に形成された回路素子同士をフィールド絶縁膜の上で電気的に結合する配線である。
コンタクト6は、第三のトランジスタのトランジスタ特性を変えるために第三のトランジスタのゲイト電極とドレインを等電位に接続する手段である。すなわち、コンタクト6は、ドレイン(5B)にゲイト電極と同じ電場(電位)をつくるための回路端であり、第一のトランジスタのドレインに電流を流すための回路端ではないからドレイン電極ではなく、第三のトランジスタのゲイト電極の延長である。
また、ソースやドレインが電極・リードを必要とするのは、半導体基板を被覆する絶縁膜の上に形成された配線(リード)によって当該ソースやドレインを他の回路素子と電気的に結合する場合であるが、第一のトランジスタのドレインは、第三のトランジスタのドレインと共通であるから、第一のトランジスタのドレインには電流を流すための電極は不要であり、第一のトランジスタのドレインには電極が存在しない。
(二) トランジスタのゲイト電極・リードを半導体で形成するのは公知技術であり、本件発明は、ゲイト電極・リードを半導体で形成するのとは別に、ソース又はドレインの一方に半導体の配線を形成することを特徴とするものである。
しかし、イ号物件は、第三のトランジスタのゲイト電極・リードを公知技術である半導体(ポリシリコン43)で形成し、ゲイト電極とドレインを等電位にするために、第三のトランジスタのゲイト電極・リード(ポリシリコン43)を延長してコンタクト6を形成し、ゲイト電極とドレインを結合したものであり、公知技術である半導体からなるゲイト電極・リードにコンタクトを付加したにすぎないものであるから、本件発明とは異なる。
三 争点3(構成要件Dの充足性の有無)について
1 原告らの主張
第一のトランジスタを覆う絶縁物被膜7上に金属配線9が設けられ、金属配線9は、コンタクトホール81、82、83、84中に形成されたコンタクトを介して拡散領域5Aに接続されている。金属配線9のうち、右コンタクト部分は電極を構成し、それ以外の部分はリードを構成する。そして、金属配線9が接続する拡散領域5Aは、第一のトランジスタのソースであり、同時に、第二のトランジスタのソースでもある。
右のとおり、第一のトランジスタを覆う絶縁被膜上には金属の電極・リードが設けられ、該電極・リードは、第一のトランジスタのソースに接続され、さらに、第二のトランジスタのソースに接続される電極・リードとしても構成されているから、イ号物件は、構成要件Dを充足する。
2 被告の主張
(一) 本件発明において、第一のトランジスタと第二のトランジスタの金属電極・リードを共通とすることの意味は、単に電気的に同じ電位にすることにあるのではなく、回路面積を小さくすることにある。
本件発明の目的が「半導体装置全体の小型化、高密度集積化」にあることや出願経過に鑑みれば、金属電極・リードの共通性の有無は、単に電位的な同一性ではなく、回路配置上の物理的な同一性によって判断すべきであるところ、イ号物件における第一及び第二のトランジスタの配置とコンタクト81ないし84の配置をみれば、コンタクト81、82は第二のトランジスタに帰属し、コンタクト83、84は第一のトランジスタに帰属するように、四個設けられている。コンタクトが四個あること自体が個々のコンタクトが両方のトランジスタに共通ではないことを示している。
(二) さらに、第一及び第二のトランジスタのソース電流の流れを考慮すれば、第二のトランジスタのソース電流は、コンタクト81、82を流れ、第一のトランジスタのソース電流はコンタクト83、84を流れるから、コンタクト81、82が第二のトランジスタのソース電極であり、コンタクト83、84が第一のトランジスタのソース電極である。
四 争点4(損害)について
1 原告らの主張
昭和六三年人月一日から平成二年一二月一七日までの間に被告が販売したイ号物件を搭載したファクシミリ用モデムの販売額は、少なくとも合計三四二億七九〇〇万円を下らない。
本件特許権の実施料率は、右販売額の少なくとも二パーセントが相当であり、原告らは本件特許権の各二分の一の持分を有していたから、原告各自が被告から受けるべき実施料相当額は、金三億四二七九万円を下らず、原告らはそれぞれ同額の損害を被った。
2 被告の主張
原告の主張を争う。
五 争点5(時効の成否)について
1 被告の主張
原告ティーディーケイの損害賠償請求は、不法行為に基づくものであるから、昭和六三年八月一日から平成二年一二月一五日までのイ号物件搭載のファクシミリ用モデムの販売額の部分は、遅くとも原告ティーディーケイの本件提訴の日の前日である平成五年一二月一六日までに時効により消滅しており、被告は右時効を援用する。
2 原告ティーディーケイの主張
原告ティーディーケイの損害賠償請求についての時効の起算点は、原告ティーディーケイが侵害の事実及び侵害者を知ったときである。原告ティーディーケイが侵害の事実を知ったのは、原告山﨑舜平より、本件侵害の事実の連絡を受けた平成三年三月一三日であり、この日から時効期間が進行するから、消滅時効は完成しない。
第四 当裁判所の判断
一 争点3(構成要件Dの充足性の有無)について
1 構成要件Dのうちの「該金属の電極・リードは、前記第一の電界効果トランジスタのソースまたはドレインの他の一方に接続され、また、前記第二の電界効果トランジスタのソースまたはドレインのいずれか一方の電極・リードとしても構成されている」の意義は、第一のトランジスタのソース又はドレインの電極・リードと第二のトランジスタのソース又はドレインの電極・リードが共通の金属の電極・リードにより構成されていることを意味するものと解される。
前記第二の一4、5のとおり、イ号物件は、多結晶シリコン(ポリシリコン)及び拡散領域の全体を覆うように絶縁物被膜7が設けられ、絶縁物被膜7を貫通するコンタクトホール81、82、83、84が穿けられ、金属配線9が絶縁物被膜7上に設けられ、同配線9はコンタクトホール81、82、83、84中に形成されたコンタクトを介してそれぞれ拡散領域5Aと接続されている。そして、金属配線9のコンタクト81ないし84が接続された拡散領域5Aは、第一のトランジスタのソースであり、また、第二のトランジスタのソースでもある。したがって、イ号物件が構成要件Dを充足するというためには、金属配線9のコンタクト81ないし84が第一のトランジスタ及び第二のトランジスタの共通のソース電極でなければならない。
そこで、コンタクト81ないし84が第一のトランジスタ及び第二のトランジスタの共通のソース電極であるかどうかについて判断する。
2 別紙イ号物件と証拠(甲二、八、九)によると、イ号物件は、拡散領域5Aが、ゲイト絶縁膜21に隣接する部分<2>と、ゲイト絶縁膜22に隣接する部分<5>と、コンタクトホール82と83の間の、部分<2>と部分<5>とを接続する部分(以下「接続部分」という。)から構成されていること、部分<2>及び部分<5>と接続部分とを比べると、部分<2>及び部分<5>はかなり広い領域であるのに対し、接続部分は幅の狭いくびれた形状をした領域である(甲二の写真10)こと、以上の事実が認められる。
また、金属配線9は第一及び第二のトランジスタを共通の接地電位(基準電位)に接続するための配線であるが、第一のトランジスタは拡散領域5Aの部分<2>にあるコンタクト83、84を介して金属配線9に接続され、第二のトランジスタは部分<5>のコンタクト81、82を介して金属配線9に接続されているから、、これだけで右の目的を達するのに十分であり、拡散領域5Aの部分<2>と部分<5>とが接続されている必要はない。
さらに、証拠(甲二八)と弁論の全趣旨によると、イ号物件の第二のトランジスタにおいて、ドレイン電圧を三ボルトで固定し、ゲイト電圧をマイナス五ボルトから五ボルトまで〇・一ボルトずつ変化させたときの、コンタクト81ないし84を通って流れるドレイン電流の量とコンタクト81、82を通って流れるドレイン電流の量をそれぞれ測定したところ、ゲイト電圧が三ボルトから五ボルトの範囲において、コンタクト81、82を流れる電流量は、コンタクト81ないし84を通って流れる電流量の約八〇ないし九〇パーセントであり、したがって、コンタクト83、84を流れる電流量は、全体の約一〇ないし二〇パーセントであったこと、第二のトランジスタは、ドレイン電流がコンタクト81ないし84を通って流れる場合もコンタクト81、82のみを通って流れる場合も、ともにエンハンスメント型EFTの通常のトランジスタ特性を示したこと、以上の事実が認められ、右認定の事実にイ号物件の本件半導体装置の回路配置及び構造を合わせ考慮すると、第一のトランジスタにおいても、コンタクト81ないし84を通るドレイン電流の量とコンタクト83、84を通るドレイン電流の量との割合は、第二のトランジスタの場合と同様ないしそれに近いものであると推認することができ、第一のトランジスタはドレイン電流がコンタクト83、84のみを流れる場合もエンハンスメント型EFTの通常のトランジスタ特性を示すものと推認することできる。
以上述べたところを総合考慮すると、イ号物件においては、部分<2>と部分<5>とが接続部分で接続される必要性はなく、第一のトランジスタの電流が部分<2>からコンタクト83、84を通って金属配線9に流れてコンタクト83、84が第一のトランジスタのソース電極として機能し、第二のトランジスタの電流が部分<5>からコンタクト81、82を通って金属配線9に流れてコンタクト81、82が第二のトランジスタのソース電極として機能すれば、それぞれのトランジスタは正常に動作するものと認められる。
3 ところで、証拠(甲一の一、二、乙四)と弁論の全趣旨によると、本件発明は、半導体装置の小型化、高密度集積化を目的とした発明であること、本件発明においては、構成要件Dの構成を採用したことによって、第一のトランジスタのソース又はドレインの金属製の電極・リードと第二のトランジスタのソース又はドレインの金属製の電極・リードが共通になり、その結果、右目的が達成されるという効果があること、以上の事実が認められる。
以上の事実に照らすと、構成要件Dにおいて、「ソース又はドレインの電極・リード」を共通にすることの意味は、単に電極・リードが共通であれば足りるのではなく、各トランジスタを正常に動作させるために必要な電極・リードを共通にすることを意味するものと解される。なぜならば、各トランジスタを正常に動作させるために必要な電極・リードが共通になれば、半導体装置の小型化、高密度集積化を達成することができるが、各トランジスタを動作させる電極・リードが別々に存在する場合には、それらの電極・リードに他のトランジスタからの電流が流れるとしても、半導体装置が小型化、高密度集積化するとはいえないからである。
イ号物件においては、右2認定のとおり、各トランジスタを正常に動作させる電極が別々に存在するのであるから、構成要件Dを充足するということはできない。
なお、原告は、イ号物件においては、コンタクトを四つにしたことによって一つ当たりの電流量が減るから、コンタクトが発熱によって接触不良を生じる確率が低くなる上、コンタクトの一部に接触不良が生じても、他のコンタクトに電流が流れて機能するのであって、このように、信頼性確保のためには、四つのコンタクトが必要であると主張する。しかし、イ号物件において、部分<2>と部分<5>とを接続部分で接続しておかないと、信頼性が低いために通常の使用に支障が生じるとの事実を認めるに足りる証拠はない。そして、通常の使用で支障が生じない以上、第一のトランジスタのためコンタクト83、84とは別に、付加的な電極としてコンタクト81、82に相当するものを設けるということは考えられず、同様のことは第二のトランジスタについてもいえることである。したがって、コンタクト81、82があることにより第一のトランジスタの信頼性が向上するということがあるとしても、コンタクト81、82は、第一のトランジスタの右の意味での付加的な電極をも兼ねるものではないと考えられ、第二のトランジスタとコンタクト83、84との関係についても同様に考えることができる。以上によると、第一のトランジスタにとってコンタクト81、82が、第二のトランジスタにとってコンタクト83、84が存在することによって信頼性が向上するとしても、そのことは、半導体装置の小型化、高密度集積化という本件発明の目的の達成に寄与しているとはいえないから、そのことを理由に構成要件Dを充足するということはできない。
4 以上のとおり、イ号物件の第一のトランジスタ及び第二のトランジスタは共通の金属電極を有しないから、構成要件Dを充足しない。
二 よって、その余の点について判断するまでもなく、本訴請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 森義之 裁判官 榎戸道也 裁判官 中平健)
イ号物件目録
一、対象物件
第1乃至第3図に示された半導体装置(「本件半導体装置」)を組み込んだ半導体集積回路装置
二、図面の説明
第1図は本件半導体装置の、特に金属配線を示す平面図、第2図は同半導体装置の、金属配線と絶縁物被膜を除去した状態で多結晶シリコン(ポリシリコン)及び拡散領域を示す平面図、第3図は第1図および第2図の同半導体装置のA1-A2、A3-A2、A3-A4、A4-A5の各線に沿った断面図である。
三、構成の説明
本件半導体装置は、
(一) シリコン基板1上に形成されたゲイト絶縁膜21、22、23、深い不純物層3(第2図でほぼ正方形状をした部分)、多結晶シリコン(ポリシリコン)41、42、43(第2図で右上がりの斜線で描かれた部分)、拡散領域5A、5B、5C、5D(第2図で左上がりの斜線で描かれた部分)からなり、
(二) 多結晶シリコン(ポリシリコン)41の<1>で示された部分及びその下のゲイト絶縁膜21の両側に、拡散領域5Aの部分<2>と拡散領域5Bの部分<3>が隣接し、
(三) 多結晶シリコン(ポリシリコン)42の<4>で示された部分及びその下のゲイト絶縁膜22の両側に、拡散領域5Aの部分<5>と拡散領域5Cの部分<6>が隣接し、
(四) 多結晶シリコン(ポリシリコン)43の中<7>で示された部分及びその下のゲイト絶縁膜23の両側に、拡散領域5Bの部分<8>と拡散領域5Dの部分<9>が隣接し、
(五) 多結晶シリコン(ポリシリコン)43の一部分はコンタクト6を形成し、拡散領域5Bと接続され、
(六) 多結晶シリコン(ポリシリコン)及び拡散領域の全体を覆うように絶縁物被膜7が設けられ、
(七) 絶縁物被膜7を貫通するコンタクトホール81、82、83、84、85が穿けられ、
(八) 金属配線9、10が絶縁物被膜7上に設けられ、
(九) 同配線9、10はコンタクトホール81、82、83、84、85中に形成されたコンタクトを介してそれぞれ拡散領域5A、5Cと接続され、
(一〇) 拡散領域5Aの部分<2>の電位は拡散領域5A、コンタクトホール81、82、83、84中に形成されたコンタクト、金属配線9を介して共通の接地電位(基準電位)に接続され、
(一一) 拡散領域5Aの部分<5>の電位は拡散領域5A、コンタクトホール81、82、83、84中に形成されたコンタクト、金属配線9を介して共通の接地電位(基準電位)に接続されている。
(符号の説明)
1 シリコン基板
21、22、23 ゲイト絶縁膜
3 深い不純物層
41、42、43 多結晶シリコン(ポリシリコン)
5A、5B、5C、5D 拡散領域
6 コンタクト
7 絶縁被膜
81、82、83、84、85 コンタクトホール
9、10 金属配線
<1> 多結晶シリコン(ポリシリコン)41の一部分
<2> 拡散領域5Aの一部でゲイト絶縁膜に21に隣接する部分
<3> 拡散領域5Bの一部でゲイト絶縁膜に21に隣接する部分
<4> 多結晶シリコン(ポリシリコン)42の一部分
<5> 拡散領域5Aの一部でゲイト絶縁膜に22に隣接する部分
<6> 拡散領域5Cの一部でゲイト絶縁膜に22に隣接する部分
<7> 多結晶シリコン(ポリシリコン)43の一部分
<8> 拡散領域5Bの一部でゲイト絶縁膜に23に隣接する部分
<9> 拡散領域5Dの一部でゲイト絶縁膜に23に隣接する部分
第1図
<省略>
第2図
<省略>
第3図
<省略>