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東京地方裁判所 平成3年(ワ)10359号 判決 1992年9月25日

原告

安田清三

右訴訟代理人弁護士

篠崎芳明

金森浩児

被告

横山道弘

右訴訟代理人弁護士

小口克巳

高畑拓

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

(主位的請求)

被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を明け渡せ。

(予備的請求)

被告は、原告に対し、原告が金五〇〇万円を支払うのと引換えに本件建物を明け渡せ。

第二事案の概要

一争いのない事実

1  原告は、被告に対し、本件建物を昭和五一年二月頃から賃貸し、その後の更新を経て、昭和六一年二月二四日、次のとおりの更新契約を締結した(以下この契約を「本件契約」という。)。

(一) 期間 昭和六一年二月二五日から五年間

(二) 賃料 一か月八万四七〇〇円を毎月末日限りその翌月分を支払う(平成三年三月分から一か月一〇万二四八七円)。

(三) 管理費 一か月五〇〇円を賃料と同時に支払う。

(四) 使用方法 店舗

(五) 特約 契約を更新するときは、賃料一〇か月分の更新料を支払う(以下「本件更新料」という。)。

2  原告は、被告に対し、平成三年二月二七日到達の内容証明郵便をもって、本件契約の更新を拒絶し(以下「本件更新拒絶」という。)、平成三年八月三一日をもって本件契約を解約する旨を通告した。

3  被告は、本件契約が法定更新されたことを理由に、本件更新料を原告に支払っていない。

4  原告は、被告に対し、本件契約が法定更新されたとしても、平成三年一〇月三一日の第三回口頭弁論期日において、被告が本件更新料を支払わないことは原告に対する信頼関係を破壊するものであるとして、当日をもって法定更新された本件契約(以下「新更新契約」という。)を解除する旨を陳述した(以下「本件解除」という。)。

5  被告は、本件建物においてケーキの製造販売を業としているが、本件契約に至る経緯として、被告には次のような事情がある。

昭和四四年頃、本件建物を原告から賃借してきたが、昭和五〇年一一月頃に一旦本件建物を原告に返還して他所に移転したところ、他所での営業が思わしくなかったので、再度、本件建物を原告から賃借することとなり、従前の賃料より二万円増額して一か月六万円となったほか、礼金一〇〇万円及び敷金二〇〇万円を原告に支払った。

二争点

1  本件契約について、原告が主張する次の事実について、正当事由が認められるか否か。

(一) 本件建物を含む全体の建物(以下「全体建物」という。)は、昭和四三年の建築から二〇年以上経過して老朽化が進行し、大修繕もしくは改築が必要であるところから、原告は、他の賃借人に対しては、明渡しを求め、一部は空室となり、現在入居中の賃借人との間においても明渡しの交渉が進行中である。

(二) そこで、被告のみに本件建物の賃貸を継続することとなると、全体建物の敷地188.1平方メートルと全体建物の収入が被告からの賃料のみとなって、公租公課の支払いを考慮すると、原告は、著しい経済的負担を負わねばならない。

(三) 被告の営業するケーキの製造販売にとって、本件建物は唯一絶対のものではなく、本件建物の近隣において代替物件は容易に見つかる状況にあるのであるから、仮に、原告の主張する正当事由が被告のそれに比較して相当でない場合は、移転費用等のために、原告は、正当事由の補完として五〇〇万円を被告に支払う用意がある。

2  被告の本件更新料の不払いが、原告に対し、本件契約上の信頼関係を破壊したものとしての本件解除が有効であるか否か。

第三争点に対する判断

一争点1(更新拒絶の正当事由)について

1  全体建物は、昭和四四年五月に建築され<書証番号略>、建築後二〇年以上経過し、それなりに老朽化の傾向にある(鑑定人藤谷孝の鑑定、以下「藤谷鑑定」という。)。しかし、全体建物がもともと賃貸することを目的として建てられた建物である以上(弁論の全趣旨)、賃貸人としては老朽化に至るまでに恒常的に修繕を施し、賃貸目的に則した管理を行っておくべきであり、そのような管理を行っておれば、木造建物であっても建築後三〇年を超えても賃貸建物としての機能を失うものでない(顕著な事実)。賃貸人がこのような管理を行わないことにより、建築後二〇数年で建物を老朽化に至らせ、その結果、建て替えを理由に賃借人に契約の更新を拒絶することは本末転倒として許されるべきことではない。

それに、全体建物は老朽化のために直ちに建て替えを必要としているものではなく、更に数年の使用には耐えられる(藤谷鑑定)ところからみても、原告の主張する正当事由は認められないものである。

2  また、全体建物のほかの賃借人について、明け渡し交渉が進行し、遠からず被告のみが賃借人となって、全体建物及びその敷地を所有する原告としては、経済的に効率の良くない状態におかれることは容易に推測できることであるが、そのような事態も原告にとっては、その前提条件である老朽化による建て替えの必要性を自ら招いたものとして充分に予測できたことであるから、その責任を被告に求めるような本件契約の更新拒絶は、正当事由として相当性があるものとは認められない。

3  更に、原告は、被告には本件建物での営業にこだわる必要がなく、近くに代替物件が容易に見つかる筈であり、そのための移転費用であれば正当事由の補完として五〇〇万円を支払う用意がある、と予備的に主張する。

そこで検討するに、いわゆるバブル経済の破綻した昨今の不動産需給状況からみれば、移転先は容易にみつかるとしても、移転にともなう一定期間の営業補償、店舗の改造費及び賃貸契約関係費用等を合計すると、とても五〇〇万円もしくはこれを若干超える金額でもって充足できるとは認め難いし、原告主張の五〇〇万円を被告に提供したとしても、それをもって正当事由の相当性を補完するものとはいえず、右主張は失当である。

二争点2(本件解除の有効性、被告の約定更新料不払いが本件契約の信頼関係を破壊したか否か。)について

1  法定更新における約定更新料の支払い義務について

建物賃貸借契約において、予め、契約を更新する際に更新料を支払うことを約することは、慣行上多く行われており、借家法六条(強行法規違反)に該当するものでないことはいうまでもないが、合意更新のほか借家法二条による法定更新の場合にも約定更新料を支払うべきか否かについては解釈が分かれており、肯定、否定の両説が存するところである。

当裁判所は、約定更新料の支払いが賃料の前払い的性格を有するものとしてその支払いを有効と認める以上、著しく不公正となる場合を除いて、原則的には、更新料の支払い約定の履行は、法定更新の場合においても、信義誠実を旨とする契約原則に相応しいものであり、公平の原則に合致するものであると思料し、したがって、法定更新の場合でも、約定に反して約定更新料を支払わないのは、契約上の信義則違反として解除の対象となる場合もあると解するのを相当とする。

2 しかしながら、支払われるべき更新料が慣行として認められている額を超えているとか、賃貸人と賃借人が公平な関係になく、適正な更新料と認められない場合は、更新料を支払う義務はないものというべきである(多くの場合、合意更新においては更新料の支払いをもって合意が成立するから、問題が生じるのは法定更新の場合であることが推定される。)。

そこで、本件においてみるに、本件契約において、被告は新賃料の一〇か月分の更新料の支払いを約定しており(争いのない事実)、この額は、本件契約と同一地区での三年契約の場合1.5か月分もしくは二か月分という慣行(藤谷鑑定)に照らしても著しく適正額を超えていることが明らかであり、かつ、従前の原告と被告の関係においても、被告は原告の要求する更新料を支払わない限り契約を更新してもらえないものと信じて、やむなく原告の要求を受け入れて更新毎に一〇か月分以上の更新料を支払ってきたことが窺われる(被告本人尋問の結果)ことからみて、本件更新料は賃料の前払い的性格を超えたものというべきであり、適正な更新料ということはできないものであるから、被告が本件更新料を支払わないことをもって、原告に対する信頼関係の破壊に当たるものということできず、原告主張の本件解除は有効とは認められない。

三結論

以上により、原告の本訴請求はいずれも理由がないので、棄却するものとして主文のとおり判決する。

(裁判官澤田三知夫)

別紙物件目録

所在 東京都世田谷区深沢五丁目五番地壱七

家屋番号 五番壱七の壱

種類 店舗居宅

構造 木造亜鉛メッキ鋼板葺弐階建

床面積 壱階 100.20平方メートル

弐階 97.00平方メートル

右建物のうち一階部分の中西側部分、床面積三三平方メートル(別紙図面の赤線にて囲まれた部分)

別図<省略>

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