東京地方裁判所 平成3年(ワ)11号 判決 1993年6月25日
原告
東京都府中市
右代表者市長
吉野和男
右指定代理人
間橋昌弘
外三名
被告
国
右代表者法務大臣
後藤田正晴
右指定代理人
鈴木朝夫
外五名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金七四四万七六六〇円及びこれに対する平成二年一二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 主文同旨
2 仮執行免脱宣言
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 被告は、原告に対し、昭和五六年九月一八日、東京都府中市晴見町四丁目一〇番地府中刑務所内の刑務作業としてクリーニング作業を実施するに際して、水道使用開始を申し込み、原告はこれを承認した(以下「本件給水契約」という)。
2 原告は、被告に対し、本件給水契約に基づき、昭和五六年九月一八日から昭和六二年四月一七日まで給水したが、右給水について未払の水道料金は次のとおりで、その合計金額は金七四四万七六六〇円である。
(一) 昭和六〇年九、一〇月分金一二四万五一二五円
納期限又は弁済期 昭和六〇年一一月二一日
(二) 昭和六一年一、二月分 金八四万三五〇〇円
同 昭和六一年三月二二日
(三) 昭和六一年三、四月分 金六五万九七五〇円
同 昭和六一年五月二二日
(四) 昭和六一年五、六月分 金七九万三二五〇円
同 昭和六一年七月二一日
(五) 昭和六一年七、八月分 金九三万九五〇〇円
同 昭和六一年九月二二日
(六) 昭和六一年九、一〇月分金八四万三五〇〇円
同 昭和六一年一一月一一日
(七) 昭和六一年一一、一二月分金八九万四一二五円
同 昭和六二年一月一九日
(八) 昭和六二年一、二月分 金七四万〇〇〇〇円
同 昭和六二年三月一二日
(九) 昭和六二年三、四月分 金四八万八九一〇円
同 昭和六二年五月一四日
3 よって、原告は、被告に対し、本件給水契約に基づき、未払水道料金合計金七四四万七六六〇円及びこれに対する弁済期の後である平成二年一二月二〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1、2の事実は否認する。
給水契約は原告と富士サンセルフ株式会社(以下「サンセルフ」という)又は同会社代表取締役である木内俊二(以下「木内」という)個人との間で締結されており、サンセルフ又は木内が原告から継続して給水を受けてきたものである。
第三 証拠<省略>
理由
一<書証番号略>、証人間橋及び同市川宏之(以下「証人市川」という)の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 原告は、東京都が水道法六条に基づき厚生大臣の認可を受け、水道事業を経営する区域のうち原告の所在する区域について、地方自治法二五二条の一四により東京都から事務委託を受け、水道事業に関する事務のうち住民に直接給水するために必要な事務の管理及び執行をなしている者である(東京都水道局告示第一二号)。
2 原告の所在する区域において水道を使用しようとする者は、原告代表者市長に対し、予め所定の水道使用開始申込書若しくは電話により申込みをなし、その承認を受けなければならない(東京都給水条例一三条一項)。そして、右承認を受けた者を水道使用者というが、原告は、各給水装置毎に原告水道部業務課計量係で作成している点検カードの使用者欄に水道使用者名を記帳整理し、その後、水道使用者が変更される場合にも同じく所定の用紙若しくは電話により変更の旨の申込みを受けて、新たに使用者となる者の名を前記点検カードの使用者欄に水道使用者名として記帳整理しているから、点検カードが水道使用者についての基本台帳となる。
3 水道料金は、水道使用者から徴収すると定められているが(東京都給水条例二二条一項)、原告は、二か月に一度、前項のとおり作成される点検カードに基づき、各水道使用者が使用する給水装置の水道計量メーターを点検して使用水量を計量するとともに、水道使用者に対し、右計量の結果を文書で通知した上、右計量に基づいて水道料金を算定し、口座振替の方法又は納入通知書を送付する方法によって、水道使用者に対する水道料金の請求を行う。
4 原告は、水道使用者に対し、納入通知書を当該給水地点に送付するのが通例であるが、水道使用者の都合により、給水地点と水道使用者の住所が異なる場合又は給水地点と水道使用者の住所が同じであったとしても、水道使用者と水道料金の支払を担当する者が異なる場合等がある。そこで、原告は、水道使用者の依頼に基づき、水道使用者の指定する住所若しくは者に対して、納入通知書を直接送付する取扱いもある。この送付先を専用あて名と称するが、原告は、水道使用者から専用あて名を指定するとの申込みがなされた場合には、点検カードの摘要欄に専用あて名であることを明示して水道使用者が指定する住所若しくは者を記帳整理することとなる。
原告が、水道使用者が指定する専用あて名に納入通知書を直接送付しても水道料金の納入が原告の指定する期限までになされない場合には、まず水道使用者が指定する者と折衝することとなるが、それでも納入がなされない場合には、本来的な納入義務者である水道使用者に対し、納入方を通知することとしている。
二また、<書証番号略>、証人前川征志(以下「証人前川」という)の証言及び弁論の全趣旨によれば、被告の設置する府中刑務所では、社会生活に適応させることを目的として、受刑者に受刑期間中就業すべき作業(刑務作業)を課すことにしており、右刑務作業についての企画、指導、職業教育、施設及び物資の管理に関する事項を所轄事務とする作業課が設置されているが、作業課の企画を受けた府中刑務所長が民間企業との間で、作業実施契約を締結し、各種の刑務作業を実施していることが認められる。
三ところで、<書証番号略>、証人前川の証言及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 府中刑務所長は、原告代表者市長に対し、昭和三六年一〇月二三日、本件で水道料金の未払が問題となった給水装置(水栓所在地東京都府中市晴見町四丁目一〇番地、栓種番号(水道番号)栓第九二五三号、以下「本件給水装置」という)の新設工事を申し込み、本件給水装置は、同年一二月二〇日、竣工した。
2 府中刑務所作業課は、遅くとも昭和五〇年四月ころまでには、クリーニング工場を設置して刑務作業としてクリーニング作業を実施することを企画し、右企画を受けた府中刑務所長は、株式会社兼松(以下「兼松」という)との間で、昭和五〇年四月一一日、賃金収入(人頭契約)作業に関する契約(以下「作業契約」という)を締結し、府中保健所長に対し、右作業開始に先立ち、営業者を府中刑務所とするクリーニング業法五条に基づくクリーニング所の開設届を提出するとともに、兼松は、そのころ、刑務作業としてクリーニング作業を開始した。
府中刑務所長は、原告代表者市長に対し、右作業開始に先立つ昭和五〇年三月一〇日、右作業が開始できるように、本件給水装置の改造増設工事を申し込み、本件給水装置の改造増設工事は同月二七日竣工したが、右改造増設工事の費用については兼松が負担した。作業開始当初は、本件給水装置に係る給水契約は水道使用者を府中刑務所として締結され、水道料金は国の予算で支払われていた。
3 その後、府中刑務所長は、兼松との間で、各会計年度毎に、作業契約を更新してきたが、昭和五四年四月一日に至り、本件給水装置に係る水道料金は兼松が負担するとの内容を加えて作業契約を更新し、これに伴い給水契約は兼松の代表取締役である兼松昇治が原告との間で締結することとなり、兼松昇治は、原告に対し、昭和五四年一〇月九日、右作業契約に基づき本件給水装置について水道使用者の名義を府中刑務所から兼松昇治に変更する旨の申込みをなし、原告は、右同日、これを承認して、兼松昇治と原告との間で給水契約が成立したが、原告は、右契約成立以降、同年一二月まで、水道料金の納付通知書を兼松昇治あてに送付し、兼松昇治が、原告に対し、右水道料金の支払をなしていた。
4 しかし、兼松昇治は、府中刑務所長に対し、昭和五四年一二月一日、経営悪化を理由として作業契約解除願いを提出したため、府中刑務所長は、右同日、兼松との間の作業契約を解除するとともに、新たに、サンセルフとの間で、本件給水装置に係る水道料金についてはサンセルフが負担するという内容の作業契約を締結し、サンセルフは、原告に対し、その後、右作業契約に基づき水道料金の支払をなしていたが、水道使用者の名義を兼松昇治から変更する旨の申込みは、右作業契約締結の時点ではなされなかった。
その後、昭和五五年四月一日に至り、府中刑務所長は、サンセルフとの間で、水道料金に加えて電気代金もサンセルフが負担するとの内容で作業契約を更新したが、昭和五六年四月一日には、電気代金についてはサンセルフの負担とするとの定めはあるが、水道料金についてはその負担について定めることなく、作業契約を更新した。
昭和五六年八月一〇日に至り、サンセルフの代表取締役である木内は、原告に対し、本件給水装置について水道使用者の名義を兼松昇治から木内に変更する旨の申込みをなし、原告は、右同日、これを承認して、木内と原告との間で給水契約が成立し、原告は、右契約成立以降、水道料金の納付通知書を木内あてに送付し、木内が、原告に対し、右水道料金の支払をなした。
5 本件給水装置の点検カード上の使用者欄には、昭和五六年九月一八日、木内から府中刑務所作業課に名義変更された旨の記載がなされ、同カード摘要欄には、右同日、専用あて名を同番地府中刑務所作業課のキウチシュンジと指定する旨の記載がなされ、電子計算システムにおける使用者リストにおいても、使用者名として府中刑務所作業課との記載がなされたが、原告は、右記載がなされた後も、水道料金の納入通知書を木内あてに送付していた。
6 昭和五六年に至って、サンセルフから原告への水道料金の支払が遅延してなされることが度重なるようになったことから、府中刑務所は、サンセルフに対し、昭和五六年一二月一五日、水道料金を原告の指定する期限内に速やかに納入するように指導を行っていた。
7 木内は、原告代表者市長あてに、昭和五七年五月三一日、下水道法一二条の八第三項又は東京都府中市下水道条例一〇条に基づき、サンセルフが兼松から昭和五四年一二月一日に特定施設(本件クリーニング作業の用に供する洗浄施設)に係る届出者の地位を承継した旨の承継届出書を提出した。
8 本件給水装置の点検カードの摘要欄には、昭和五七年六月一日、専用あて名を同番地府中刑務所作業課内富士サンセルフKKと修正する旨の記載がなされ、原告は、右記載がなされた後は、右記載に従って、水道料金の納入通知書をサンセルフあてに送付した。
9 府中刑務所長は、サンセルフとの間で、昭和五六年度以降、各会計年度毎に、作業契約の更新を続けてきたが、サンセルフは、原告に対し、昭和六〇年九月ころから、水道料金を滞納するようになった。
四さらに、<書証番号略>、証人市川及び同間橋の各証言及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 原告水道部業務課料金係長上田具伯(以下「上田係長」という)は、昭和六一年一二月一二日午前一一時ころ、府中刑務所に赴き、同所作業課の職員である竹内技官に対し、サンセルフが水道料金を数か月分滞納しており、督促しても支払に応じないため、本件給水装置について給水停止処置をとるが、府中刑務所の事情をも考慮して、同月一八日にメーター類の撤去を行うこととする旨を通知したが、その際、竹内技官が、上田係長に対し、サンセルフが滞納している水道料金の総額を尋ねたところ、上田係長は個人的な問題であるから、当事者以外には発言できないとして応答を拒否した。
そこで、竹内技官は、右同日午後及び翌日の二回にわたり、木内と連絡をとり、木内から水道局と速かに対応するとの確約を得た。
2 上田係長は、昭和六一年一二月一七日、再度府中刑務所に赴き、竹内技官に対し、同月一八日に本件給水装置について給水停止処置を実行する予定であったが、サンセルフとの間で、サンセルフが未払水道料金についての支払計画書を提出することとなったから、給水停止処置を中止する旨を通知した。その後、サンセルフは、原告に対し、実際には、支払計画書の提出をしなかったが、原告から府中刑務所に対する給水停止処置等の通告もないまま、本件給水装置に係る給水は継続された。
3 原告は、二か月に一度、点検カードに基づき、府中刑務所内に設置された本件給水装置についての水道計量メーターを点検して使用水量を計量していたが、この点検に際しては、保安警備上、行刑区域内には職員以外の第三者を立ち会いなくして入れることができないことから、府中刑務所職員が立ち会っており、かつ、原告は、その都度、計量結果を記載した文書を府中刑務所職員に手渡した。
なお、府中刑務所は、原告に対し、本件給水装置に係る給水契約の水道使用者を府中刑務所作業課から木内若しくはサンセルフに訂正するとの申出をなしていない。
4 サンセルフは、クリーニング作業に関する国庫納付金納入のために小切手を発行していたが、昭和六二年四月三日、サンセルフ振出の小切手が資金不足で不渡りとなり、事実上クリーニング作業を継続することができなくなったことから、府中刑務所は、同月一一日、刑務作業としてのクリーニング作業を廃止し、府中刑務所長は、府中保健所長に対し、同年八月一〇日、クリーニング業の廃業届を提出したが、木内との連絡は全くとることができなかった。
5 原告水道部下水道課安藤某は、竹内技官に対し、昭和六二年七月九日、特定施設(本件クリーニング作業の用に供する洗浄施設)については、届出者がサンセルフとなっているので、同社名での特定施設使用廃止届の提出方を依頼する文書を郵便で送付したため、竹内技官は、木内に対し、右文書を転送すべくサンセルフの本店所在地に郵便で送付したが、転居先不明で返送されてきた。
6 原告は、府中刑務所に対し、その後、何らの連絡もなさなかったが、平成二年六月二三日付朝日新聞夕刊に本件の水道料金未納に関する記事が掲載された。
原告水道部長(以下「水道部長」という)他二名は、同月二八日午前一一時ころ、府中刑務所に赴き、同所作業課長赤城敏彦(以下「赤城課長」という)他一名に対し、水道料金の滞納が三か月分以上になると六か月で給水停止を行うのが原則であるところ、本件の場合、昭和六〇年九、一〇月分及び昭和六一年一月から昭和六二年四月までの一八か月分の滞納があったにもかかわらず、給水停止措置がとられておらず、これが新聞報道されたため、六か月間で給水停止をしなかった理由の問い合わせが数件来て困っているが、市長は府中刑務所で支払ってもらうように言っていると述べ、また、本件給水装置の水道使用の申請は府中刑務所作業課名義でなされているから、水道使用者は、府中刑務所作業課であるが、専用あて名として府中刑務所作業所内サンセルフが指定されていたため、納入通知書はサンセルフあてに発行していたもので、府中刑務所が債務者ではないとも言えないと述べた。
赤城課長らが、水道部長らに対し、水道使用の申請書の存否及び専用あて名が指定された場合には、通常は誰が水道料金を支払うこととなっているのかを質問したところ、水道部長らは、右申請書の保存期間は五年間となっているので、廃棄しており現存せず、また、専用あて名が指定された場合の水道料金の支払については、受益者負担が原則であるから、本件の場合はサンセルフが支払うのが原則であるが、水道使用者は府中刑務所作業課となっているので、府中刑務所で支払って欲しいと述べた。
7 原告代表者市長は、府中刑務所長に対し、平成二年一〇月九日、水道料金・下水道料金納入通知書兼納付書を添付した「貴庁クリーニング場に係る水道料金、下水道料金について」と題する書面を送付して、本件水道料金の支払を求めたため、府中刑務所総務部長兼藤義治(以下「兼藤部長」という)及び赤城課長の両名は、原告方に赴き、水道部長に対し、府中刑務所には支払義務がないので、送付された右書類を戻す旨述べたが、水道部長は、その場での右書類の受取りを拒否して、郵便での返送を希望したため、府中刑務所長は、原告代表者市長に対し、同月一二日、内容証明郵便をもって、右書類を返送した。
8 原告水道部業務課長間橋昌弘及び同下水道課長大野憲他一名は、平成二年一一月一六日午前一〇時一〇分ころ、府中刑務所に赴き、兼藤部長に対し、本件給水装置に係る未払の水道料金を支払って欲しいこと、支払わない場合は法的手続を取らなければならないことを述べたところ、兼藤部長は、右申出を拒絶し、府中刑務所には支払義務はないので、支払うことは不可能であり、原告から法的手続が取られた場合は応訴するとの返答をなした。
9 そこで、原告は、被告を債務者として、平成二年一一月一九日、本件給水装置に係る未払の水道料金の支払を求めて、東京簡易裁判所に支払命令の申立をなし、同裁判所は、同年一二月一七日、右水道料金の支払を命ずる支払命令を発し(東京簡易裁判所平成二年ロ第二二二五号)、同支払命令正本は、同月一九日、被告に送達された。
五1 以上認定の事実関係によると、点検カード上の使用者欄には、昭和五六年九月一八日、木内から府中刑務所作業課に名義変更がなされた旨の記載がなされていること、府中刑務所長とサンセルフとの間の昭和五五年度までの作業契約においては、水道料金はサンセルフの負担とするとの約定となっていたものが、昭和五六年四月一日以降の作業契約においては、水道料金の負担について約定がなされていないこと、原告が本件給水装置についての水道計量メーターを点検する際には、府中刑務所職員が立ち会い、計量結果を記載した文書を右職員が受領していたこと、府中刑務所職員は、原告に対し、本件給水装置に係る給水契約の水道使用者を府中刑務所作業課から木内若しくはサンセルフに訂正するとの申出をなしていないこと等原告の主張にそう事実が存しないわけではない。
2(一) しかしながら、証人間橋の証言によっても、点検カードの使用者欄の昭和五六年九月一八日に木内から府中刑務所作業課に名義変更された旨の記載及び専用あて名を同番地府中刑務所作業課キウチシュンジと指定する旨の記載が何者によって、いかなる手段でなされたものかは明らかではない。
しかも、<書証番号略>、証人前川の証言及び弁論の全趣旨によれば、府中刑務所長が契約担当官として契約を締結する場合には、予め、担当職員が会計法令上の責任者たる所長に対し、発議の上、同所長の決裁を受けることになるが、右決裁に際しては、①会計法で定める正式な契約書等の書類添付の存否、②契約内容の妥当性、③正当な用務への使用性、④予算内での支出の可否などが検討され、所長が当該契約を締結することが相当であると認めた場合には、所長が当該契約書に押印することによって、正式な契約として成立し、具体的な債権債務関係が生じることとなること、そして、右の契約締結は文書によって行われなければならないとされており、電気事業者、ガス事業者、水道事業者、工業用水道使用者又は電気通信事業者から電気、ガス、水又は電気通信役務の供給又は提供を受ける場合のように当該契約書の作成を省略できるとされている場合においても、契約書を作成していること、しかるに、府中刑務所において前記発議をした場合に発議内容等を記載するものとされる発議簿には、昭和五六年九月一日から同月一八日までの間に、本件給水装置について水道使用者を府中刑務所作業課に名義変更する旨の発議はなされていないことが認められる。加えて、本件給水契約について契約書が作成されたと認めるに足りる証拠はない。
(二) また、証人間橋の証言によれば、原告は、国の会計は単年度会計で特別の事由のない限り、当年度の収支を翌年度に繰り越すことはできないことを承知していたと認められるから、原告が、水道使用者を被告と認識し、サンセルフは被告から指定された専用あて名であると認識していたのであれば、サンセルフに納入通知書を送付しても支払がなされない場合には、被告に対し、当該年度内に未納金額を支払請求して、収支決算を行ってしかるべきであり、また、本件給水装置について給水停止措置を中止するにあたっても、府中刑務所から支払計画書を提出させるなどの措置をとってしかるべきであったにもかかわらず、前記認定のとおり、原告は、本件給水装置に係る水道料金のうち昭和六〇年九、一〇月分及び昭和六一年一月から昭和六二年四月までの一八か月分が未払であるにもかかわらず、府中刑務所長に対し、平成二年六月二八日まで、水道料金の請求をなしていないし、また、給水停止措置を中止するにあたってもサンセルフのみから支払計画書の提出を受けることとし、府中刑務所から支払計画書を提出させるなどの措置をとっていない。さらに、<書証番号略>証人間橋の証言によれば、納入通知書は水道使用者の名義が明示されないまま、専用あて名に送付されていたと認められるところ、前記認定のとおり、昭和五六年八月一〇日以降は、納入通知書は木内ないしはサンセルフあてに送付され続けていたのであるから、府中刑務所職員において本件給水装置に係る給水契約の水道使用者の名義が、点検カード上、府中刑務所作業課と記載されていることを知る機会があったと認めることはできず、原告が本件給水装置についての水道計量メーターを点検する際に、府中刑務所職員が立ち会い、計量結果を記載した文書を右職員が受領していたのも、前記認定のとおり、保安警備上の要請からなされたことにすぎないものといわなければならない。
(三) してみれば、1の事実をもって被告が本件給水契約の水道使用者であると推認することはできない。
3 なお、原告は、府中刑務所長において契約を締結する場合に、常に契約書を作成する手続が踏まれていたわけではなく、電話による契約の締結もなされていたものであるから、本件給水契約についても電話によって成立した可能性は高く、契約書が存在しないことをもって本件給水契約の成立を否定することはできないと主張する。そして、<書証番号略>によれば、府中刑務所用度課営繕係職員の野島満男(以下「野島」という)は、原告に対し、平成三年一〇月二一日、府中刑務所用度課を水道使用者とし、水道所在地を府中市晴見町四丁目一番地四号、水道開始日を同月一三日とする水道使用開始の申込みを電話によってなし、原告がそれを承認した事実が認められる。
しかし、<書証番号略>によれば、府中刑務所では、便所を併設した面会待合者用施設の新設工事に伴い、従前の面会待合者用の便所の水道使用は停止されていたが、右新設工事が遅延していたこと及び面会待合者用に便所を確保する必要性が高かったことから、府中刑務所とは別個の権利能力なき社団である府中刑務所助成会が、府中刑務所の運営上必要な応急措置として、自らが当事者となって原告との間で給水契約を締結し、従前の面会待合者用の便所の水道使用を再開することとしたが、右契約を締結するに際し、野島が、誤って府中刑務所作業課を水道使用者として、原告主張の水道使用開始の申込みをなしたことが認められ、府中刑務所長において給水契約を締結する場合に、電話による契約の締結がなされていたものと断定することはできないから、原告の所論は理由がない。
六以上のとおりであるから、被告が本件給水契約の水道使用者であることを前提とする原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないからこれを棄却し、訴訟費用については民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官福井厚士 裁判官河野清孝 裁判官絹川泰毅)