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東京地方裁判所 平成3年(ワ)11411号 判決 1993年8月25日

原告

株式会社ウイザードセブン

右代表者代表取締役

佐藤憲弘

右訴訟代理人弁護士

小島敏明

被告

中崎眞明

右訴訟代理人弁護士

加賀美清七

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡し、かつ平成三年八月三一日から右明渡済みまで一か月金四二万〇六五〇円の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡し、かつ平成三年八月三一日から右明渡済みまで一か月金四二万三四八〇円の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和六二年一一月二五日、被告に対し、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を次の約定のもとに貸し渡した(以下「本件賃貸借」という。)。

①使用目的 飲食店

②賃貸借期間 昭和六五年(平成二年)一一月二四日までの三年間

③賃料 月額三二万四九九〇円

④管理費 月額七万〇六五〇円

⑤更新料 契約期間満了の場合は、協議のうえ更新できるものとし、更新の場合は、被告は更新料として新賃料の三か月分を支払う。

2  原告は、契約期間満了前の平成二年五月一一日、被告に対し、更新の場合の新賃料(月額四二万三九〇〇円)及び新管理費について通知したところ、被告は、契約更新を希望するが、更新料の支払いは拒絶する旨回答したため、原告は、更新料の請求は放棄できないものの、他の改定条件については話合いに応じる用意がある旨を被告に連絡し翻意を促した。

しかるに、被告は同年一一月二〇日、賃料は月額三五万円ならば支払うが、更新料の支払いはあくまで拒絶する旨回答してきた。

3  結局、本件賃貸借は、新賃料額等の協議が調わないまま、平成二年一一月二四日の経過とともに法定更新された。

4  しかし、被告は、原告の催告にもかかわらず、約定の更新料の支払いを拒絶するので、原告は被告に対し、右更新料支払債務の不履行を理由として、平成三年八月三〇日送達の本件訴状をもって本件賃貸借を解除する旨意思表示した。

5  平成三年八月三一日以降の本件建物の賃料相当損害金は月額三五万円、管理費相当損害金は月額七万三四八〇円が相当である。

6  よつて、原告は、被告に対し、本件賃貸借の終了に基づき、本件建物の明渡しを求めるとともに、解除の日の翌日である平成三年八月三一日から右明渡済みまで月額四二万三四八〇円の割合による賃料及び管理費相当損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実は認める。

2  同4、5は争う。

三  被告の主張

1  本件賃貸借における三年の期間は家賃の据置期間であって、契約の存続期間は二〇年であり、また、更新料を支払う旨の特約は、借家法違反で無効であるから、被告には更新料の支払義務がない。なお、更新料は期間満了時の異議権の放棄のための対価であるから、更新料の不払いは、賃貸借契約そのものの解除原因とはならないというべきである。

2  仮に更新料の不払が債務不履行に当たるとしても、被告は、更新料の特約の有効性に疑義があるから裁判所の判断に従うと述べていたものであり、また、新賃料の額も決まっていない以上、支払うべき更新料の額も未確定であって、これらの事情からすれば、被告の更新料の不払いは賃貸借関係の継続を著しく困難ならしめる不信行為とはいえないから、原告の解除はその効力を有しない。

四  被告の主張に対する認否

被告の主張1、2は争う。

第三  証拠関係<省略>

理由

一請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがなく、原告が、被告に対し、本件訴状をもって更新料の不払いを理由に本件賃貸借を解除する旨意思表示し、右訴状が平成三年八月三〇日被告に送達されたことは、記録上明らかである。

そこで、右解除の適否について検討する。

1  前示争いのない事実と<書証番号略>、原告代表者及び被告各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一)  原告は、貸ビル業を営む会社であり、新宿地区に四棟の貸ビルを所有しているが、その一つである本件建物を含む一棟の建物には全部で三二店舗が入居しており、被告を含めすべて飲食店経営をしている。本件賃貸借は、三年の契約期間であったが、原告としては、三年ごとに更新料の支払いを受け、賃料等の改定をして賃貸借を更新する予定であった。

(二)  原告は、平成二年五月一一日、本件建物を訪れ、被告に対し、同年一一月二四日に期間の満了する本件賃貸借について、更新にあたっては新賃料の三か月分を更新料として支払うことを求めるとともに、更新後の賃料と管理費の改定額についての案を提示した案内状(<書証番号略>)を手渡した。

これに対し、被告は、同年一〇月一一日になって、原告に対し、賃料の値上げ幅が大きすぎること、更新料は支払うつもりがないことを申し入れ、その後、何度か協議されたが、原告が、賃料額については協議に応じるが、更新料は払ってもらわなければ困ると主張したのに対し、被告は、本件賃貸借の契約期間は二〇年であり、三年ごとに更新料を支払う必要はないとか、更新料の支払いには疑問があるので裁判で決着をつけてくれという態度に終始したため、話がつかなかった。

(三)  結局、賃料等の改定についても合意が成立しないまま、本件賃貸借の期間満了の日である平成二年一一月二四日が経過したが、被告は、そのまま本件建物の使用を続けており、被告は、同年一二月分から賃料を三五万円に増額して原告に支払い、平成三年二月分からは同額を毎月供託している。

しかし、更新料については、原告が平成二年一二月分の賃料等(改訂案による額)を請求した際、併せて更新料の支払いをも請求したのに対し、被告は、これを一切支払おうとしなかった(なお、被告は、本件訴訟提起後の平成四年三月九日になって、更新料として三五万円の三か月分である一〇五万円を供託している。)。

(四)  なお、本件建物を含む一棟の建物内の他の賃借人らと原告との間でも、本件と同旨の期間の定め、更新料支払いの約定があるが、それらについてはその都度合意で更新がされ、更新料が支払われており、何ら紛争は発生していない。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  本件賃貸借においては、被告は原告に対し、賃貸借期間の満了に伴い契約が更新される場合は、新賃料三か月分相当額の更新料を支払う旨の約定があるところ、本件において、被告に右更新料支払義務があるか否かについて検討することとする。

(一)  ところで、被告は、本件賃貸借における三年の期間は家賃の据置期間であって、契約の存続期間は二〇年であるとして、未だ契約更新の時期に至っていないと主張するもののようである。しかし、本件賃貸借の存続期間が三年であることは契約書(<書証番号略>)によって明らかであり、被告の右主張は、何らの根拠に基づかない全くの独自の見解というほかなく、失当であることはいうまでもない。

(二)  また、被告は、更新料の支払いを定めた特約は借家法に違反し無効である旨主張する。

ところで、店舗等の賃貸借において、期間満了時に更新された際には更新料として一定額の金員を支払うべきことが予め合意されることは、よくみられるところであるが、そのような合意も、更新料の額が不相当に高額で、賃借人にとって借家法二条による法定更新を不可能又は著しく困難ならしめるようなものでない限り、借家法六条により無効とされるべき賃借人に不利な特約に該当するものとはいえないと解するのが相当である。そして、本件賃貸借における新賃料三か月分相当額の更新料の定めは、契約期間が三年とされていることなどに照らせば、未だ不相当に高額であるとはいえず、借家法六条により無効とすべき賃借人に不利なものということはできない。

(三) 次に、本件のように賃貸借契約が法定更新された場合にも、賃借人に更新料支払義務があるかどうかについて考えるに、<書証番号略>によると、本件賃貸借の契約書には、二条二項として、「契約期間満了の場合は甲乙協議の上更新出来るものとし、更新の場合は更新料として新賃料の参か月分を甲に支払う。」と記載されていることが認められ、右文言のみからすれば、合意による更新を念頭に置いたものとみられないこともないが、しかし、①賃貸借が期間満了後も継続されるという点では、法定更新も合意更新も異なるところはなく、右文言上も、更新の事由を合意の場合のみに限定しているとまでは解されないこと、②本件賃貸借の契約書(<書証番号略>)では、契約期間が満了しても更新条件についての協議が調わないときは、「引続き暫定として本契約を履行する」ものとする旨定め(一六条三項)、法定更新の場合にも、契約書の定めが適用されるものとしていること、③本件賃貸借が期間を三年と定め、三年ごとの更新を予定して、新賃料を基準とする更新料の支払いを定めていることなどからすると、右更新料は、実質的には更新後の三年間の賃料の一部の前払いとしての性質を有するものと推定されること、④本件のように、当事者双方とも契約の更新を前提としながら、更新後の新賃料の協議が調わない間に法定更新された場合には、賃借人が更新料の支払義務を免れるとすると、賃貸人との公平を害するおそれがあることなどを総合考慮すると、本件賃貸借においては、法定更新の場合にも更新料の支払いを定めた前記条項の適用があり、被告はその支払義務を免れないと解するのが相当である。

3 したがって、被告は、本件賃貸借が平成二年一一月二四日の経過をもって法定更新されたことより、更新後の賃料(少なくとも更新前の賃料と同額)三か月分相当額の支払い義務を負ったものというべきであり、前示のように右更新料が賃料の一部としての実質を有していることからすると、被告が右更新料を支払わないことは賃貸借契約上の重要な債務の不履行であり、解除の原因となると解すべきである(更新料の不払いは解除原因にならない旨の被告の主張は採用することができない。)。

被告は、被告の更新料の不払いは未だ賃貸借関係の継続を著しく困難ならしめる不信行為とはいえない旨主張するが、前記認定のとおり、被告は、契約書で定められた更新料の支払義務自体を一貫して否定し続けるとともに、本件賃貸借の存続期間は二〇年であるとの特異な見解に固執して、原告の更新料の請求に応じようとしなかったものであって、被告の右更新料不払いは、賃貸借当事者間の信頼関係を破壊するものと認めるのが相当である(なお、新賃料について合意が成立していないときは、従前の賃料額に基づいて更新料を計算すればよいのであって、右合意の不成立をもって更新料不払いの理由とすることはできない。)。

4  以上のとおりであって、被告は、原告の請求にもかかわらず、更新料を支払わなかったものであるから、右更新料不払いを理由とする原告の本件賃貸借の解除は適法ということができる(なお、前記認定のように、原告は被告に対し、平成二年一一月二〇日発行の請求書をもって更新料の支払いを請求しており、本件においては適法な催告に欠けるところはないと考えるが、仮にそうでないとしても、被告が、前記認定のように一貫して更新料支払義務の存在を強く否定し、一切支払わない旨言明していたことからすれば、もはや催告しても全く意味がないといえるから、本件においては、催告なくして解除することも許される場合に当たるといえよう。)。

二そうすると、本件賃貸借は、平成三年八月三〇日限り、解除によつて終了したものというべきであるところ、翌三一日以降の本件建物の賃料相当損害金は、少なくとも被告が平成二年一二月分以降自ら相当であるとして提供してきた月額三五万円を下らないものと認めるのが相当であり、また、管理費相当損害金については、従前の管理費月額七万〇六五〇円をもって相当と認める(原告は、管理費相当損害金として月額七万三四八〇円を請求するが、これを認めるに足りる証拠はなく、失当である。)。

したがって、被告は、解除の翌日である平成三年八月三一日から本件建物の明渡済みまで一か月四二万〇六五〇円の割合による賃料及び管理費相当損害金を支払う義務がある。

三してみると、原告の本件請求は、賃料及び管理費相当損害金の額を四二万〇六五〇円とするほかはすべて理由があるから、認容することとし、その余は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して(仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととする。)、主文のとおり判決する。

(裁判官佐藤久夫)

別紙物件目録<省略>

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