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東京地方裁判所 平成3年(ワ)11917号 判決 1997年12月18日

原告

海田長美

被告

日産自動車株式会社

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、金五一六万六〇〇〇円及びこれに対する平成元年一一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、物損の交通事故を起こした原告が、右事故の原因は車両の操舵装置等の欠陥である旨主張し、当該車両を製造した被告に対し、不法行為に基づき損害賠償を求めた事案であり、主な争点は右操舵装置等の欠陥の存否である。

二  争いのない事実

1  本件車両

原告は、有限会社ワーク(以下「ワーク」という。)の代表者であるが、同社が平成元年一〇月三一日、東京日産自動車販売株式会社(以下「日産販売」という。)から購入した被告製造に係る普通乗用自動車(ニッサンスカイラインGTS―t形式E―HCR三二ツインカムターボ、オートマチック、車両番号多摩五四り七五四三、以下「本件車両」という。)を使用していた。

2  本件事故の発生

(一) 事故日時 平成元年一一月一六日午後七時四〇分ころ

(二) 事故場所 東京都新宿区大久保二丁目五番先路上(通称明治通り、以下「本件事故現場」という。)

(三) 事故態様 原告が本件車両を運転して走行中、突然本件車両が蛇行し、一八〇度回転して、左側路肩に駐車していた車に接触した後、ガードレールに衝突して停止した。なお、事故態様の詳細には当事者間に争いがある(以下「本件事故」という。)。

3  スーパーハイキャス装置

(一) 本件車両は、スーパーハイキャスと称する四輪操舵装置(以下「スーパーハイキャス」という。)を搭載している。

通常、自動車は、ハンドルを操作すると前輪のみに舵角がつき、右舵角により旋回するが、スーパーハイキャスは、ハンドル操作の角度、ハンドル操作のスピード、車速をそれぞれセンサーが感知してコントロールユニットに入力し、コントロールユニットは人力されたデータに従って適切な後輪舵角を演算し、その結果をソレノイドバルブに伝え、パワーシリンダーを動かして後輪を操舵し、四輪の舵角によって車両を旋回させるシステムである。

右装置は、運転者がハンドルを切る量に応じて、通常は同位相(前輪と同じ向き)の後輪舵角を発生させ、安定した旋回をすることを目的とするが、中低速時に速い操舵をした場合には、瞬間的に後輪に逆位相(前輪の向きと反対方向)の舵角を生じさせ、車両の回頭運動の立ち上がりを早めることによって、操舵に対する応答性を向上させ、その後は通常の旋回と同様に後輪を同位相に戻し、旋回を安定させることを目的とするものである。

(二) スーパーハイキャスには、フェールセーフ機構が付いており、異常が検知された時には、後輪舵角を異常検知時の状態で一瞬保持した後、緩やかに中立の状態に戻すように設計されている。なお、右フェールセーフ機構が作動した時には、運転席のスーパーハイキャスのウォーニングランプが点灯する。

三  争点

1  本件事故の態様

(一) 原告の主張

(1) 本件事故現場付近の道路は、平均横断勾配が約二・七パーセント、路面の摩擦係数(「μ」ともいう。)が約〇・四ないし〇・五であり、軽いわだち堀れが存在したが、通常の路面であった。

(2) 原告は、本件事故の前、本件車両を、ガードレールに衝突した場所から約七九メートル手前(南側)に所在する河田ビル前に駐車していた。そして、発進後、約四・五秒で時速約五〇キロメートルまで加速し、前記発進地点から三〇ないし三五メートル離れた場所付近を走行していたところ、本件車両の後方下部から突然「ゴトゴト」という異音が発生し、運転席のスーパーハイキャスのウォーニングランプが点灯した。同時に後輪がロックしたようになり、速度が低下したため、原告は速度を維持するためアクセルを踏んだところ、その途端、右方向にハンドルが取られて蛇行状態となり、二、三回蛇行した上、さらに急に左に大きく旋回し、結果的に一八〇度回転して、道路左側路肩に駐車していた車の右側面に接触した後、道路左側のガードレールにほぼ直角に衝突して停止した。

(3) 本件事故の際の原告の発進は、平均加速度〇・三g程度の通常の発進であり、本件車両のフルアクセル発進(その際の平均加速度は約〇・四g)とは四秒後の時速が一四・四キロメートルも異なることからすれば、被告の主張するような急発進ではない(なお、gとは、重力加速度を基準にして加速度を表す単位であり、1g≒9.8m/s2である。)。また、転舵も、被告が主張するような急転舵ではない。

(二) 被告の主張

原告の発進地点は第四銀行の前であり、ガードレールに衝突した地点の約五六メートル手前である。

そうであるとすれば、原告が本件車両の後輪に異常を感じたのは、発進地点から約三〇ないし四〇メートル進行した付近であると考えられるが、原告はその位置では時速約五〇キロメートルにまで加速していたというのであるから、その平均加速度は約〇・二四gないし〇・三二gであり、本件車両のフルアクセル発進での平均加速度が〇・三九gないし〇・四〇gであることに比較しても、相当な急発進である。

また、原告は、前方に駐車している車を避けるため、ハンドル操作だけで〇・四gの横向加速度がかかるほどの無理な急転舵をしたというべきである。

2  本件事故の原因

(一) 原告の主張

(1) 本件車両に搭載されているスーパーハイキャスのコントロールユニットは敏感すぎるため、実際には故障が発生していない場合にも、センサーが故障発生と判断して、フェールセーフ機構が誤作動し、後輪が舵角のついた状態で固定されてしまうことがある。そうすると、「ゴトゴト」という異音が発生し、運転席のウォーニングランプが点灯するとともに、車両は運転者の意思にかかわらず、後輪の舵角に従い急に回転(走行の変位)を始める。

慌てた運転者が、走行を修正するために旋回と反対方向にハンドルを切ると、前輪と固定された後輪が同位相になり、かつ、運転者がアクセルを離すと、後輪駆動力が失われるため、車両の走行が不安定になり、蛇行して事故が発生する危険がある。

スーパーハイキャスのコントロールユニットが敏感すぎて故障発生時以外であってもフェールセーフ機構が誤作動してしまうことがあること、その結果、フェールセーフ機構は後輪が舵角がついた状態で保持されてしまうように設計されていることは、いずれもスーパーハイキャスの欠陥である。

本件事故の際、本件車両の後輪は、舵角がついた状態で固定されてしまい、右の後輸舵角により本件車両には少なくとも〇・一gの横向加速度がかかったが、路面の摩擦係数〇・四、約二・七パーセントの横断勾配が設けられ、軽いわだち掘れが存在するという本件事故現場の路面状況のもとでは、横向加速度はさらに大きくなったというべきである。また、後輪舵角が固定された際に速度が低下したため原告がアクセルを踏んだことから加速もかかり、合計して約〇・四gの横向加速度がかかった。

このことが、本件車両の走行が不安定になり、本件事故が発生した原因である。

(2) そうでなくとも、本件事故時の発進、加速及び転舵の際、本件車両には、原告のハンドル操作により約〇・四gの加速度がかかっていたが、前記スーパーハイキャスの誤作動により後輪舵角がついた状態で固定されたことによって、少なくとも、さらに約〇・一gの横向加速度が加わった。

本件事故現場付近の路面の摩擦係数は、〇・四ないし〇・五であるから、後輪舵角が固定されていない状態では変位は起こらないが、後輪舵角が固定され少なくとも約〇・一gの横向加速度が加わったことによって、車両の変位(滑り)が起こり、本件事故が発生したものである。

(3) また、車両が変位するかどうかは、横向加速度、前後加速度及びその合成加速度の数値と路面の摩擦係数の数値だけによって決定されるものではなく、タイヤの性能も含めたその車両の走行安定性及び緊急回避性能にもよるが、本件車両は、本件事故現場付近のような横断勾配平均二・七パーセント、摩擦係数が〇・四という路面状況のもとで、時速五〇キロメートルで走行中に〇・四gの加速度がかかると、車体は約〇・七八メートル変位し、わだち掘れのある路面ではさらに大きい変位が起こり得る。

そうであるとすれば、本件車両は、通常の発進、加速及び転舵の際に、車体の変位、偏走が生じることがあり、走行安定性及び緊急回避性能に問題があったというべきである。

(4) スーパーハイキャスに右欠陥があることは、本件事故後、被告は、スーパーハイキャスについて、本件車両に搭載されているものと同型の油圧式から電動式に設計変更したり、販売店等に指示しスーパーハイキャスのコントロールユニットの秘密回収を行ったりしていることからも明らかである。また、本件車両の走行安定性及び緊急回避性能に欠陥があったことは、本件事故後、被告が本件車両と同種の車両につき、走行安定性、緊急回避性能の向上のため、広範囲の設計変更を実施していることからも明らかである。

なお、日本自動車ユーザーユニオン(代表者・松田文雄)には、被告製造に係るスーパーハイキャス搭載車両であるスカイラインやフェアレディ三〇〇ZXが、左右へ操舵した直後に、一車線分くらい左右に変位し、反対車線に飛び出すという本件事故と類似する事故の報告が、複数寄せられている。

(5) 以上のとおり、本件事故は、本件車両の走行安定性及び緊急回避性能が不十分であるところに、走行路面の悪条件及びスーパーハイキャスの誤作動による後輪舵角の固定のため、車両が変位し、偏走したことが原因で発生したものであるから、被告は、後記の本件事故により発生した損害につき、不法行為(民法七〇九条)に基づく損害賠償責任を負う。

(二) 被告の認否及び主張

(1) 本件スーパーハイキャスに欠陥があったとする点は否認する。

スーパーハイキャスに欠陥が存在しないことは、原告が本件車両を修理した後、スーパーハイキャスを取り外すまでの間も本件車両を使用し続けていることからも明らかである。

なお、原告は、被告が本件事故後にスーパーハイキャスを油圧式から電動式に変更したことが、油圧式に欠陥があったことの証左である旨主張するが、被告が右変更をした理由は、電動式の方が油圧式よりも構成部品が少なく小型軽量であり、エンジンルーム内への搭載性に優れていることからフルモデルチェンジの際に変更されたものであって、油圧式スーパーハイキャスに欠陥があったことによるものではない。

(2) 仮に、スーパーハイキャスに何らかの異常が生じ、フェールセーフ機構が誤作動し、一瞬後輪が逆位相状態のまま保持されたとしても、車両には運転者の運転を妨げるような影響は生じない。

スーパーハイキャスのフェールセーフ機構は、後輪を故障発生時の状態のままに一瞬保持するものの、その後徐々に後輪を中立に戻すように設計されており、故障時の車両の挙動に急激な変化が起きないように配慮されているものであり、これは合理的な安全機構である。

本件車両のスーパーハイキャスは、時速五〇キロメートルで走行している場合は、後輪舵角は〇度から〇・三度までの範囲内で作動するように設計されているが、仮に、右速度で走行中に最大舵角である一度の後輪舵角がついたとしても、その際に車両にかかる横向加速度は約〇・一gにすぎず、運転者はハンドル操作により容易に車両を直進に戻すことが可能である。なお、本件事故現場には、約二・七パーセントの横断勾配があるが、右横断勾配によっても、横向加速度は約〇・〇二七g増加するにすぎず、ほとんど影響はない。また、車両に生じる横向加速度は、車速及び回転半径によってのみ決定されるものであり、路面の摩擦係数には影響されない。

(3) また、原告は、本件事故現場の路面の摩擦係数が〇・四であれば、時速五〇キロメートルで走行中に〇・四gの加速度がかかると、車体は約〇・七八メートル変位する旨主張するが、右路面の摩擦係数が通常の路面に比較して著しく低い〇・四であったとは考えられないし、摩擦係数が右数値であったとしても、右車体の変位は、スーパーハイキャスを搭載していない車両でも生じる現象であって、本件車両の欠陥とは関係がない。

(4) 結局、本件事故は、本件車両の欠陥が原因ではなく、原告の急発進及び急転舵などの無謀運転が原因で発生したものであるというべきであるから、被告は不法行為に基づく損害賠償責任を負わない。

3  損害額

(一) 原告の主張

(1) 修理費自己負担分 五万〇〇〇〇円

本件車両の修理費用は約一〇〇万円であるが、原告の自己負担分五万円以外は保険により支払われた。

(2) 使用不能による損害 四一一万六〇〇〇円

本件事故から平成三年八月までの本件車両の二一か月間の使用不能による損害は一か月につき一九万六〇〇〇円、合計四一一万六〇〇〇円を下らない。

(3) 慰謝料 一〇〇万〇〇〇〇円

本件事故の際の原告の恐怖、精神的苦痛は、金一〇〇万円の支払をもって慰謝されるのが相当である。

(4) 合計 五一六万六〇〇〇円

(二) 被告の主張

すべて争う。

第三当裁判所の判断

一  本件事故の態様及び前後の経緯について

前掲争いのない事実、甲一、三ないし九、一一ないし一五、二二ないし二九、三二ないし三五、三九、四〇、四二ないし四四、乙一ないし四、七ないし一四、検甲一、二(いずれも枝番の表示は省略。以下も省略する場合がある。)、証人松田文雄の証言、検証の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

1  原告の運転歴等

原告は、昭和五〇年ころ運転免許を取得してから本件事故に至るまで、駐車中に他の車に接触されたことを除き特段の交通事故を起こしたことはなく、本件車両を購入する前は、ニッサンリベルタ・ヴィラ(排気量一三〇〇cc、前輪駆動、オートマチック)を運転していた。

平成元年一〇月三一日にワークが本件車両を購入してから、本件事故に至るまでの本件車両の走行距離は約一二〇〇キロメートルであり、その間に、本件車両に何らかの異常が発生したことはなかった。

2  本件事故の発生

(一) 本件事故現場の状況

本件事故現場の道路は、ほぼ南北方向に走り、北進すると池袋、南進すると新宿に至る片側二車線の道路(通称「明治通り」)であって、本件事故現場である東京都新宿区大久保二丁目五番先では、幅員は約一四メートルであり、中央付近にはセンターラインが引かれ、全面アスファルト舗装されていた。また、本件事故現場付近では、水はけのために、センターライン付近を高く、両側の路肩を低くする平均約二・七パーセントの横断勾配が設けられていた。なお、本件事故現場付近にはわだち掘れが僅かに存在した。

本件事故当時(平成元年一一月一六日午後七時四〇分ころ)の気象状況は霧雨で、本件事故現場の道路は湿潤しており、路面の摩擦係数は約〇・四であった(なお、摩擦係数は、路面状況のみで決定されるものではなく、タイヤの材質、磨耗状況等にも影響され得るが、本件車両は新車購入時からの走行距離が約一二〇〇キロメートル程度であるので、タイヤの磨耗等の条件は特に考慮していない。)。

(二) 本件事故の態様

(1) 原告は、東京都新宿区大久保二丁目五番所在の第四銀行新宿支店前の電話ボックス付近に本件車両を駐車していたが、前記時刻ころ、本件車両を発進させ、明治通りを北(池袋方面)へ進行した(なお、原告は、本件車両の駐車位置は右認定より約二〇メートル南側の河田ビル前付近であった旨主張し、永留雅澄のメモ(甲一〇)にはこれに沿った記載があるが、原告本人が別訴において明確に第四銀行前に駐車していたと供述していること(乙四の三一項)、事故直後に原告が作成したメモ(甲三)にも同趣旨の記載があることなどに照らすと、原告の右主張は採用することができない。)。

(2) 原告は、発進後三〇ないし四〇メートルで時速約五〇キロメートルにまで加速し、その際の平均加速度は約〇・二四gないし〇・三二gであった。その際の本件車両のエンジン回転数は、最大で五〇〇〇回転以上に達していた。

原告の駐車位置から約一〇メートル前方の第四銀行駐車場出入口先には、路肩に駐車している車両があったため、原告はこれを回避するために右にハンドルを切り、第一車線と第二車線の中間の白線上付近へ車線変更し、ハンドルを戻した。その際に本件車両にかかった横向加速度は、約〇・四gであった。

原告は、約一四〇ないし一五〇メートル先の交差点を左折する予定であったため、第一車線に戻ろうとして、直後にさらに左にハンドルを切った。この時、本件車両には、約〇・四gの横向加速度がかかった。

(3) 原告は、発進後約三〇ないし四〇メートル走行した付近で、後輪がスリップし、本件車両は右方向に向いて反対車線に飛び出しそうになったため、とっさにアクセルを踏みながらハンドルを左に切ったところ、今度は車両は大きく左に旋回しそうになり、右にハンドルを切ったため、本件車両は再度右を向き、蛇行して進行した。

(4) 原告は、本件車両が右方向を向いた際に、さらにアクセルを踏み続けながらハンドルを急激に左に切ったところ、本件車両は反時計回りに約一八〇度回転し、第一車線を数メートル逆走して道路左側に駐車していた乗用車(クラウン)の右側面に接触した後、発進地点から約五六ないし五七メートル離れた地点で、道路左側のガードレールに衝突して停止した。原告は、本件車両がガードレールに衝突して停止する直前まで、ブレーキを踏むことはしなかった。

3  本件事故後の経過

(一) 原告は、本件事故後、本件車両を、レッカー車で日産販売国分寺支店の修理工場まで運搬したが、その後、同年一一月二九日ころ、レッカー車で原告の自宅へ運搬した。

日産販売は、原告に対し、本件車両を修理する際には担当者を立ち会わせてくれるように依頼したが、原告は、平成二年二月ないし三月ころ、日産販売に連絡することなく、有限会社戸塚自動車工業所に依頼して、本件車両の破損箇所を修理した。

(二) 原告は、右修理後、走行できるようになった本件車両を、スーパーハイキャスを取り外さないまま運転し続けたが、特段異常が発生することはなかった。

原告は、平成三年夏ころ、本件車両からスーパーハイキャスを取り外したが、被告及び日産販売に対して連絡をしていない。

平成三年一一月二六日の時点での本件車両の走行距離は約一万四五〇〇キロメートルであった。

(三) なお、被告は、平成二年一月一九日、栃木工場内テストコースにおいて、本件車両と同型のスーパーハイキャスを搭載した車両を使用し、再現実験を行った。

時速五〇キロメートルで走行中、スーパーハイキャスが故障したと仮定し、人為的にパワーシリンダーを最大ストロークである三ミリメートル片側に移動させ、後輪に一度舵角をかけたところ、車両は、前輪の操舵をしない状態で、回転半径約一九九メートルで旋回した。後輪舵角をかけた瞬間、小石を踏んだ程度のショックがあったが、車両が蛇行をしたり、ハンドルが異常に振れることはなかった。

4  スーパーハイキャスの概要

(一) 本件車両は、排気量二〇〇〇cc、後輪駆動、オートマチックの車両であるが、平成元年七月に開発発表されたスーパーハイキャス(油圧式)を搭載している。通常、自動車は、前輸のみを操舵して旋回するが、スーパーハイキャスは、ハンドル操作の角度、ハンドル操作のスピード及び車速を、それぞれセンサーが感知してコントロールユニットに入力し、それに従って後輪を操舵するシステムであり、その結果車両は四輪の操舵により旋回することになる。右スーパーハイキャスは、ソレノイドバルブ、転舵角センサー、車速センサー、コントロールユニット、パワーシリンダー(センタリングスプリング内蔵)、カットオフバルブ等から構成され、運転者が旋回しようとしてハンドルを切ると、センサーがその操作角度、操作スピード、車速を感知し、コントロールユニットがそれに応じた適当な後輪操舵角度を演算してソレノイドバルブに伝達し、ソレノイドバルブが演算された後輪舵角を取れるように必要に応じて油圧をかけてパワーシリンダーを動かし、後輪を操舵するものである。

右スーパーハイキャスは、車両の安定した旋回を可能にすることを目的として、運転者がハンドルを切る量及びハンドル操作の速度に応じて、後輪に同位相(前輪と同じ向き)の後輪舵角を発生させるが、車両が中低速時に、速い操舵をした場合には、旋回を素早く開始させるために、一旦瞬間的な逆位相(前輪の向きと反対方向)の舵角を生じさせ、車両が旋回しはじめた後に、同位相に反転するようにされている。

後輪の舵角は、パワーシリンダーの最大ストローク量によって制限され、本件車両における最大ストローク量は三ミリメートル(誤差プラスマイナス〇・一ミリメートル)であり、物理的に生じ得る後輪舵角は最大で一度であるが、実際は、ハンドル操作及び速度データによりコントロールユニットが制御するため、時速五〇キロメートルで走行中に発生する舵角は、〇・三度以上になることはない。

(二) 本件スーパーハイキャスには、フェールセーフ機構が付いており、システムに何らかの異常が検知された時には、前記カットオフバルブが閉鎖され、ソレノイドバルブ及びコントロールユニットと後輪操舵系(パワーシリンダー)を分離し、後輪舵角を異常検知時の状態で一瞬保持した後、カットオフバルブのリーク機構により、徐々にパワーシリンダーから油を漏らすことで、後輪を舵角に応じて五ないし二〇秒以上かけて、緩やかに中立の状態に戻すように設計されている。

これは、異常が発生した場合に、突然後輪舵角が変化すると、車両挙動が急激に変化する恐れがあって危険であり、むしろ異常が発生した時点で後輪舵角を固定した方がより安全であるという設計思想に基づくものである。なお、右フェールセーフ機構が作動した時には、運転席のスーパーハイキャスのウォーニングランプが点灯する。

(三) 被告は、本件事故後の平成五年ころ、本件車両と同型のスカイラインや、フェアレディなどの車両に搭載されているスーパーハイキャスを、油圧式スーパーハイキャスから、電動式スーパーハイキャスに仕様変更した。

電動式スーパーハイキャスは、油圧ポンプ、ソレノイドバルブ、リザーバタンク、ハーネス及び油圧配管などの各部品がエンジンルーム内に搭載されていた油圧式のものと較べて、エンジンルーム内の搭載性が向上し、軽量化された。

電動式スーパーハイキャスのフェールセーフ機構は、コントロールユニットが異常等を検知した場合に、後輪舵角を異常検知時の舵角のまま固定し続ける点で油圧式のものと異なるが、車両挙動が急激に変化する危険を防ぐという基本的な設計思想について、特段の変更はない。

二  本件事故の原因について

1  本件スーパーハイキャス機構(特に、後輪舵角の固定)と事故原因について

(一) 以下、本件車両が時速五〇キロメートルで走行中に、突然後輪が舵角のついた状態で保持された場合、本件車両に生じる挙動について検討する。

走行中、後輪が一定の舵角で固定された場合、運転者がハンドルを固定し前輪に舵角をかけないでいると、車両は後輪舵角に従い、旋回を開始する。しかし、その際に速度が目立って低下することはなく、小石を踏んだような軽いショックを感じることはあるが、「ゴトゴト」という異音が生じることはない。

旋回の回転半径(R)は、後輪舵角が一度の状態で固定された場合には、約二〇〇メートルであり、その際に発生する横向加速度(G)は、(G=v2/R)の計算式により求められ、速度(V)が時速五〇キロメートル(秒速約一三・九メートル)の場合、約〇・一gである。

前記認定のとおり、本件車両が時速五〇キロメートルで走行中に、実際に発生する舵角は最大で〇・三度であるから、仮にその最大舵角の状態で故障が発生し、舵角が保持されたとしても、後輪舵角が一度の状態で固定された場合より車両の挙動が緩やかになることは明らかであることに照らすならば、後輪の舵角固定により車両にかかる横向加速度は、〇・一gを上回ることはない(甲六、七、乙一三、一四、検証の結果)。

なお、本件事故現場の道路には、センターラインを高く、路肩を低くした平均約二・七パーセントの横断勾配が設けられているが、右横断勾配による車体への横向加速度は、約〇・〇二七gにすぎないから、考慮の対象とする程のものとはいえない。

さらに、原告は、路面には軽いわだち掘れが存在したため横向加速度が増大する旨主張するが、本件事故現場付近の路面にどの程度のわだち掘れが存在したか、また右わだち掘れによって本件車両にどの程度の横向加速度が生じたか、仮に右わだち掘れにより本件車両に何らかの横向加速度がかかったとしても、それが後輪舵角の固定及び横断勾配により発生した横向加速度を増幅する方向に働くか、打ち消す方向に働くかについては全く不明であるというほかないから、わだち掘れによる横向加速度の変化を考慮するのは相当でない。

(二) 右のような条件において、車両には約〇・一gの横向加速度がかかり、半径約二〇〇メートルの緩やかな旋回をすることになるが、このような場合、運転者は、後輪舵角による旋回方向と反対方向に約二〇度ハンドルを切ることによって、車両の直進を保つことが可能であり、右の操作は特に困難を伴うことはないということができる(検証の結果)。

したがって、仮に、本件車両が時速五〇キロメートルで走行中、スーパーハイキャスのフェールセーフ機構が誤作動し、後輪が舵角のついた状態で固定されたとしても、原告主張のような蛇行運動が生じることはないというべきである。

また、原告が、修理後、走行できるようになった本件車両を、スーパーハイキャスを取り外さないまま、平成三年夏ころまで運転し続けたことも、本件車両のスーパーハイキャスには欠陥がなかったことを推認させるものというべきである。

なお、原告は、本件事故後、被告がスーパーハイキャスを、本件車両に使用されている油圧式から電動式に変更したことをもって、スーパーハイキャスに瑕疵があった旨主張するが、前記認定のとおり、電動式のフェールセーフ機構も、車両の挙動変化を防止するため、コントロールユニットが異常を検知した時点の舵角で固定するという点では油圧式と同様の設計思想に基づくものであって、その設計思想は実質的に変更されていないというべきであるから、このことをもって、油圧式スーパーハイキャスに何らかの欠陥があったことを推認させるものということはできず、原告の右主張は採用できない。

2  走行安定性及び緊急回避性能の欠如と事故原因について

原告は、本件事故現場付近のような横断勾配が平均二・七パーセント、路面の摩擦係数が〇・四という条件の下で、本件車両は、時速五〇キロメートルで走行中に〇・四gの加速度がかかるとすると、車体は約〇・七八メートル変位すると主張し、本件車両には走行安定性及び緊急回避性能に欠陥があり、これが本件事故の原因である旨主張する。

しかし、右主張は、以下のとおり理由がない。すなわち、変位の大きさは、専ら路面の摩擦係数の値、横断勾配、車両速度及び車両の重量によって決定されるものであって、車両の性能により変化するものではないというべきところ、本件車両が同種の車両に比較して、特段変位量が大きいと認めるに足りる的確な証拠は全くない(甲三五が、本件車両について述べたものでないことは、その記載内容自体からも明らかである。)。また、被告の作成したカタログ等(甲二二ないし二五)には、制御性能、運動性能を向上させた旨の記載があるが、右記載内容から直ちに従来の車両には欠陥があったためその対策として設計変更をしたという趣旨を読みとることはできず、右記載は通常のモデルチェンジに伴う改良ないし仕様変更と何ら異なることはないと解すべきであるから、右設計変更の点をとらえて、本件車両に走行安定性、緊急回避性能の面で欠陥が存在したと認めることはできない。

3  原告のハンドル及びアクセル操作と事故原因について

(一) 前記一2(二)認定のとおり、原告は、発進後、約〇・二四gないし〇・三二gで加速しながら、左右に転舵を繰り返したと認められるが、右発進及び転舵は、本件事故現場の路面状況に照らし、不適切な急発進及び急転舵であったというべきである。

すなわち、前記のとおり、原告は、発進後三〇ないし四〇メートルで時速約五〇キロメートルにまで加速しているのであるから、前後方向には約〇・二四gないし〇・三二gの加速度がかかっていることが認められ、そうであるとすれば、専ら原告のハンドル及びアクセルの操作だけで合成加速度が路面摩擦係数〇・四を超えてしまうことになり、このような操作は、不適切な急発進、急転舵であったということができる。

(二) これに対し、原告は、右発進及び転舵は通常の発進、転舵であって不適切な急発進、急転舵とはいえない旨主張するが、右平均加速度約〇・二四ないし〇・三二gについて、本件車両とほぼ同性能であると認められる「ニッサンスカイライン・2ドアスポーツクーペ・GTSRB二〇DET・AT」型車両がフルアクセルで発進した場合、五〇メートルを約四・八秒で走行して、時速約六九キロメートルに到達する性能を持ち、その際の発進から三〇ないし四〇メートル走行地点までの平均加速度が、約〇・三七五gないし約〇・四〇七gであること(乙七)と比較するならば、原告の発進は相当程度の急発進であるというべきである。また、再現実験によれば、エンジン回転数が最大で五〇〇〇回転を超えていること(検甲一、乙一二の写真5)が明らかであることからしても、原告の発進が急発進であることは明らかである。

さらに、原告の転舵が急転舵であることは、摩擦係数が〇・四未満の道路において、〇・四gの横向加速度がかかる転舵をした場合には、車両はスリップすることからも明らかである。

4  結論

以上の事実を総合すると、本件スーパーハイキャスのフェールセーフ機構が誤作動し、後輪が舵角のついた状態で固定されたとしても、原告主張のような蛇行運動が生じることはないのであって、本件スーパーハイキャスに原告主張の欠陥があったものと認めることはできない。本件車両が走行安定性を失い蛇行し、一八〇度回転した原因は、本件事故現場付近の路面が折からの雨により湿潤し、摩擦係数が低下して滑りやすい状況になっていたにもかかわらず、原告が、本件車両を急発進させた上、駐車車両を避けるため、右に急激な転舵を行い、直後に左に転舵するという無理なハンドル操作を行ったため、後輪がスリップしたこと、さらに、本件車両が後輪スリップにより蛇行したにもかかわらず、アクセルを踏み続けながら、左に急ハンドルを切るという不適切な操作をしたことにあると認めるのが相当である。

三  結語

以上によれば、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、よって主文のとおり判決する。

(裁判官 飯村敏明 河田泰常 中村心)

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