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東京地方裁判所 平成3年(ワ)14350号 判決 1992年12月09日

原告 国際エステート株式会社

右代表者代表取締役 永田靖秀

右訴訟代理人弁護士 伊東正勝

山崎和代

右訴訟復代理人弁護士 財津守正

被告 有限会社マツダ電機

右代表者代表取締役 松田忠雄

右訴訟代理人弁護士 小坂嘉幸

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

理由

一  請求原因1の各事実は当事者間に争いがない。

事実欄に摘示の当事者間に争いがない事実と証拠(≪証拠省略≫、証人斎藤順彦)によれば、原告は、草ヶ谷から、平成三年五月二〇日、本件建物を買い受け、即日、所有権移転登記を受けたことを認めることができる。

そして、右事実によれば、草ヶ谷と原告間で、被告に対する関係での本件建物部分の賃貸人たる地位を移転しない合意がされた等の特段の事情が存在することを認めるに足りる証拠もないので、原告が本件建物部分についての被告に対する賃貸人の地位を譲り受けたものと認めるのが相当である(最高裁昭和四五年(オ)第四六号同四六年四月二三日第二小法廷判決民集二五巻三号三八八頁参照)。

二  しかして、原告は、本件賃貸借契約が終了した旨縷縷主張するので検討する。

1  まず、前示のとおり、本件賃貸借契約には、被告が二か月分以上賃料を遅滞したときには、無催告解除ができる旨の特約が存するところ、原告は、被告が平成三年七月分から同年九月分までの賃料を支払わなかったと主張する。

しかし、右事実を認めるに足りる証拠は全くない。かえって、証拠(証人斎藤、被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、

原告は、草ヶ谷から、平成三年五月二〇日、本件建物を買い受けたものの、その後右売買契約の取消し等のトラブルが生じたため、原告は被告に対し、直ちには本件建物の所有権移転、賃貸人の交替の通知をすることができず、右トラブルが解決した同年九月五日ころになって、ようやく、貸主変更通知書と題する書面を交付し、本件建物の所有者の不確定な期間が数か月も続いたことを詫びるとともに、同年五月分以降の賃料を毎月二五日までに原告の銀行口座に振込支払うよう求めたこと、被告は、所有権移転の事実を知らなかったため、同年五月末ころ、同年六月分の賃料を草ヶ谷に支払い、その後、同年八月五日、本件建物の登記簿を調査して原告が買い受けたことを知り、直ちに、原告方に、同年七、八月分の賃料として小切手を持参提供したが、原告側では、トラブルが発生しており、原告が真の所有者となるかどうか微妙な段階で受け取れないとして、受領を拒絶したので、やむなく、そのころ、七ないし九月分の賃料を供託したこと、なお、被告は、その後も、原告指定の銀行口座に所定の賃料を振込支払っており、本件口頭弁論終結時(平成四年一一月四日)までには滞納は全く生じていないこと、

等の事実を認めることができ、これらの事実によれば、被告は原告主張の賃料を遅滞なく支払っており、前示特約違反の事実の存しないことは明らかである。

2(一)  銀行取引停止処分を受けたことをもって直ちに賃貸借契約解除の事由とする旨の事実たる慣習の存在を認めるに足りる証拠はない。のみならず、右のような約定は、借地借家法二八条の規定の趣旨に反し、賃借人に不利なものであり同法三〇条により無効と解すべきであるから(最高裁昭和四二年(オ)第九一九号同四三年一一月二一日第一小法廷判決民集二二巻一二号二七二六頁参照)、仮にそのような慣習が存し、当事者にそれに従う意思があったとしても、民法九二条の規定によりその効力を認めることはできない。

したがって、いずれにしろ右慣習を前提とする原告の解除の主張は採用に由ない。

(二)  次に原告は、被告との間の信頼関係が破壊されたから解除する旨主張する。

ところで、原告が信頼関係破壊の事由として主張するところは、被告に本件賃貸借契約外の重大な不信行為があることをいうものではなく、要するに、被告は、小規模な、実質は個人企業に等しい家電製品の現金問屋であり、見るべき資産もないところ、二度にわたって不渡手形を出し銀行取引停止処分を受け、五億円余りの負債を抱え、かつ、一〇九〇万円余の税金滞納により本件賃貸借契約の保証金返還請求債権について滞納処分としての差押えを受けているというにつきる。

右事実は、当事者間に争いがないところではあるが、右事実のみから賃料債務不履行の危険が具体的、実質的に原告に生じたとはいいがたい(現に、被告は破産宣告を受けることもなく、営業を継続していることは、弁論の全趣旨により明らかである。)から、これをもって、直ちに本件賃貸借契約を継続しがたい事実関係が発生したとはいいえない(むしろ、前記判示のとおり、被告には現在まで賃料債務につき何らの不履行もないのであるから、右危険は顕在化していないというべきである。)。

なお、原告は、被告が多額の立退料を取得し、あるいは、賃借権を第三者に譲渡することを目論んでいるとも主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠は存しないのみならず、原告の承諾なしに賃借権を譲渡することができないのはいうまでもなく、また、被告に当然に立退料を請求できる権利があるわけでもない。原告が立退料の支払をせざるを得なくなるのは、被告に本件建物部分を明渡すべき義務がないにもかかわらず、原告の都合で敢えてその明渡しを求める場合であろうから、その際、被告が相応の立退料を要求することは全く正当であって、何ら非難されるべきものではない。

したがって、信頼関係破壊を理由とする解除の主張も認め難い。

3(一)  ≪証拠省略≫によれば、本件賃貸借契約には、契約期間の中途であっても、正当事由のある場合には六か月の予告期間をおいて解約することができる旨の特約のあることが認められ、原告が、平成四年三月二五日の第四回口頭弁論期日において、右約定に基づく解約の申入れをしたことは、当裁判所に顕著である。

(二)  しかし、原告の右解約の申入れに正当な事由があったと認めることはできない。すなわち、

(1) 経済的信頼の喪失の主張の理由のないことは、前記説示のとおりである。

なお、被告が滞納処分による本件賃貸借契約の保証金返還請求債権について差押えを受けたことが、右請求権を譲渡等しないとの約定に反しないことは明らかである(右約定は、被告の積極的な意思によって、譲渡・担保に供することを禁じたものであって、被告の意思に関係なく第三者が自由にすることのできる差押え等をいうものではないと解するのが合理的である。)。

また、原告は、破産の場合には、正当事由が必要でなく当然に解除の認められることとの均衡をいうが、破産の多くの場合には、賃料の支払が遅滞しており、しかも、破産財団がほとんど存在せず、早急な解除を認めなければ賃貸人に一方的な不利益をもたらすことになりかねないのに対し、本件のように銀行取引停止処分を受けたものの、現実に営業を継続し、賃料が遅滞なく支払われている場合には、何ら賃貸人には不利益が生じていないのであるから、安易に破産と同様な扱いを認めることは、賃借人に不利益となり、借地借家法の趣旨にも反することになるというべきであり、原告の主張は直ちには採用し難い。

(2) 証拠(≪証拠省略≫、証人斎藤)によれば、原告が本件建物とこれに隣接する本社ビルとを接続して一体的な利用を図ることを計画していることを窺えないではないが、前掲各証拠によって認められる、その計画が本件建物取得の半年あまり前からあったとしながら、原告は、被告が賃借使用中の本件建物を買い受けるにあたり、事前に被告に明渡し可能性を打診したことが全くなかったこと、本件建物の三階にもテナントがいるにもかかわらず、積極的にその明渡しを求めている形跡もないこと等の事実に照らすと、原告に真に本件建物を使用する必要性があることを裏付けるに足りる事実関係の存在を認めることは困難である。

(3) 被告の本件建物部分を使用する必要性が低いと認めることができる的確な証拠はない。

(4) 原告が被告に対し、代替物件を提供したことは当事者間に争いがないものの、その物件が適切なものであったことを認めるに足りる証拠はない。

4  さらに、原告は、更新拒絶を主張するが、本件口頭弁論終結時(平成四年一一月四日)には、本件賃貸借契約の期間が経過していなかったことはその主張に徴して明らかであるから、右主張はそれ自体失当といわざるを得ない。

ちなみに、原告が更新拒絶の正当事由として主張するところは、前記解約申入れについてのそれと同様であるところ、右事実が更新拒絶の正当事由たり得ないことも前記説示の理由によって明らかであるというべきであるから、本件賃貸借契約の期間経過時を前提に検討してみても、右更新拒絶の主張を採用することはできない。

二  以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由がないことに帰するからこれを棄却する

(裁判官 赤塚信雄)

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