東京地方裁判所 平成3年(ワ)17356号 判決 1992年7月30日
原告・反訴被告
有限会社銀河商事
右代表者代表取締役
吉田久賀
右訴訟代理人弁護士
島田達夫
被告・反訴原告
朴美子
右訴訟代理人弁護士
大野幹憲
主文
一 被告・反訴原告は、原告・反訴被告に対し、金三〇〇万二四九〇円及びこれに対する平成三年三月二四日から支払い済みに至るまで年二四パーセントの割合による金員を支払え。
二 被告・反訴原告の反訴請求を棄却する。
三 訴訟費用は、本訴、反訴を通じて、被告・反訴原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一当事者双方の求めた裁判
(原告・反訴被告)(以下「原告」という。)
主文第一ないし第三項同旨の判決及び本訴につき仮執行の宣言
(被告・反訴原告)(以下「被告」という。)
1 原告の本訴請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
(反訴として)
1 原告は、被告に対し、金六二三万七〇〇〇円及びこれに対する平成四年二月二八日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 反訴の訴訟費用は、原告の負担とする。
3 仮執行宣言
第二事案の概要
(争いがない事実)
一原告は、スナック、クラブ、レストラン等の飲食店の経営を目的とする会社であり、東京都新宿区歌舞伎町<番地略>において、「国際クラブスターサファイア」(以下「スターサファイア」という。)という店名で、クラブを経営していた。
二被告は、平成二年一〇月三日、原告に雇用され、スターサファイアのホステスとして働くようになった。
三原告は、被告に対し、平成二年一〇月三日、金三〇〇万円を貸し付けた(以下「本件消費貸借」という。)。被告は、この内金一二〇万円を返済した。
四原告は、被告がスターサファイアに勤務中別紙の未払賃金明細記載のとおりの各控除名目(「バンース」は、借入金のことである。)でもって、被告の給与から控除した。
(争点)
一本訴の争点
原告は、次のとおり、主張し、被告に対する貸付金及び売掛金残金三〇〇万二四九〇円並びにこれに対する原告と被告間の雇用契約解除の日から一週間経過した平成三年三月二四日から支払い済みに至るまで年二四パーセントの割合による約定損害金の支払いを求めた。
(原告の主張)
1 本件消費貸借には、次の約定が存した。
① 平成二年一一月から毎月金三〇万円ずつ分割して返済する。
② 原告又は被告の申し入れにより、原告と被告間の雇用契約が解除された場合には、被告は、前項の期限の利益を喪失し、残金全額を原告に返済する。
③ 前項の残金の返済期限は、右雇用契約が解除されてから一週間(七日)限りとする。
④ 前項の期限内に支払わない場合には、それ以降完済まで年二四パーセントの割合による遅延損害金を支払う。
2 原告と被告は、その雇用契約の締結に際し、スターサファイアでの客の飲食代金につき、従業員が自ら支払うことを約束した場合には、右従業員に対する売り掛けを認めることとし、その未払金については、次の約束をした。
① 前項の残金の返済期限は、右雇用契約が解除されてから一週間(七日)限りとする。
② 前項の期限内に支払わない場合には、それ以降完済まで年二四パーセントの割合による遅延損害金を支払う。
3 被告は、平成三年三月一六日、原告との間の雇用契約を解除し、右解除時において、被告の顧客に対する売掛金の未払金が金二四九万六八六〇円存した(「本件売掛金」という。)。
二被告の主張及び反訴請求原因
被告は、次のとおり主張し、金六二三万七〇〇〇円及びこれに対する反訴状送達の翌日である平成四年二月二八日から支払い済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めた。
1 本件消費貸借及び本件売掛金の転嫁は、公序良俗に違反し、且つ、原告からの給付金は、不法原因給付であって、その返還を求めることはできない。その理由は、2のとおりである。
2 原告は、被告が韓国人であって、日本法の知識がないことにつけ入り、経営者として優越的な立場を利用して、消費貸借契約等を締結した。また、消費貸借の借入金利は、一日当たり二パーセントという暴利である。顧客に対する売掛金の上限はなく、しかも、給与の最低保障はない。更に、原告と被告間の雇用契約においては、同伴強制違反、遅刻、無断欠勤、許可なしの外出、制限時間違反の外出、二か月以内の退店などの損害賠償、同伴は月間六回などの労働強制など、実質的に労働を強要する定めがある。
第三証拠関係<省略>
第四判断
一本訴の請求についての判断
原告が、被告に対し、平成二年一〇月三日、金三〇〇万円を貸し付けたこと、被告が、この内金一二〇万円を返済したことは、当事者間に争いがなく、<書証番号略>及び同証言並びに被告本人尋問の結果によれば、被告との雇用契約については、原告側としては、原告から経営の委託を受けている株式会社店舗開発の社員が当たったが、右社員は、被告に対し、右雇用契約締結に際し、金三〇〇万円の借入条件が争点中「原告の主張」の1①ないし④であること、顧客に対する売掛金の返済についても同様であることを説明し、その旨記載した契約書に被告の署名を得たこと、また、そのころ、被告は、右社員から、スターサファイアでの客の飲食代金につき、これを売掛けとした場合には、被告に支払い義務が生じることを説明され、これを承知した上、自己の顧客に対して売り掛けを認めたこと、被告が平成三年三月一六日に原告を退職し、原告との雇用契約が解除されたこと(被告は、右退職は、解雇であるというが、採用できない。)が認められ、右売掛金の支払約束は、顧客の支払いについて、被告が連帯保証債務を負担したものと解される。したがって、原告の請求原因は、すべて認められる。
二被告の主張について判断する。
原告が別紙の未払賃金明細記載の金員を被告の給与から控除したことは、当事者間に争いがなく、被告が本件消費貸借債務及び本件売掛金債務を負ったことは、前示一のとおりである。
被告は、本件消費貸借及び売掛金の転嫁は、公序良俗に違反する旨の主張し、<書証番号略>、前掲三井証言及び被告本人尋問の結果によれば、被告が平成元年ころから日本に居住している韓国人であること、スターサファイアにおける顧客に対する売掛金の上限がなかったこと、原告と被告間の雇用契約においては、同伴強制違反、遅刻、無断欠勤、許可なしの外出、制限時間違反の外出、二か月以内の退店などによる損害賠償の定めが設けられていたことが認められる(<書証番号略>における一日二パーセントの金利の定めは、一月当たり二パーセントの誤記と認められる。)。しかし、他方、前掲各証拠によれば、被告は、スターサファイアに勤務前において、日本のクラブに勤務しており、スターサファイアにおける給与等の勤務システムを知悉していたとみられること、原告からの借入金は、被告の希望によるものであり、その分割弁済期間中は、利息を付されないものであること、被告のスターサファイアでの契約は、契約当初の一か月間については、一日当たり金三万円の固定給与であったが、被告の希望により、売上金の歩合給とされ、その歩合給は、売上金五〇パーセントという高率なものであった上、被告が希望すれば、固定給制にすることも可能であったこと、被告のスターサファイア勤務中の一か月の支給総額(借入金返還等の控除前)は金一〇〇万円を超え、金二〇〇万円にも達することもあったこと、本件の売掛金に係る顧客の大部分は、被告がスターサファイアに勤務する前からの被告の顧客であったことが認められ、右の各事情を考慮すると、スターサファイアにおける被告の勤務条件には、前示のとおり被告に一部不利なものがあるからといって、被告が高額な収入金をうるために、任意に締結したものであり、未だ公序良俗違反又は不法なものとは認められない。他に、これを認めるに足りる証拠はない。
三以上の次第で、原告の本訴請求は理由があるから認容し、被告の反訴請求は、理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき、同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官筧康生)
別紙未払賃金明細<省略>