東京地方裁判所 平成3年(ワ)18012号 判決 1993年9月21日
原告
株式会社吉武
右代表者代表取締役
吉田勝治
右訴訟代理人弁護士
遠藤直哉
同
牧野茂
同
村田英幸
同
新谷桂
被告
戸谷孝治
同
石川光彦
同
宇城正忠
右被告ら訴訟代理人弁護士
青木武男
主文
一 被告らは、株式会社日本サンライズ(本店所在地 東京都中央区日本橋人形町一丁目五番一号)に対し、連帯して金二億九五〇二万三八五五円及びこれに対する平成四年一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は、被告らの負担とする。
三 この判決は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
主文と同旨
第二事案の概要
一事案の要旨
本件は、東京都中央区日本橋人形町にビルを所有して賃貸業を営む株式会社日本サンライズ(以下「日本サンライズ」という。)の株主である原告が、同社の代表取締役又は取締役である被告らに対し、被告らが同社の営業規模等に照らして不相当に多額の借入れを行い、右借入金を資金として株式投資を行ったことが同社に対する善管注意義務に違反すると主張し、その行為によって同社が受けた損害の賠償として金二億九五〇二万三八五五円を同社に対して連帯して支払うよう求めた株主代表訴訟(商法二六七条)である。
二前提となる事実
1 当事者
原告は、平成三年三月以前から日本サンライズの株主である。
被告戸谷孝治(以下「被告戸谷」という。)及び被告石川光彦(以下「被告石川」という。)は、昭和五九年五月三〇日以前から日本サンライズの取締役であり、被告戸谷は、昭和六三年三月二六日、同社の代表取締役に就任した。被告宇城正忠(以下「被告宇城」という。)は、昭和六三年五月二五日、同社の取締役に就任した。
(以上、争いがない。)
2 日本サンライズの経営規模、営業等
日本サンライズは、昭和二四年三月、メリヤス業界の関係者によって設立され(昭和六三年五月二五日に変更される前の旧商号は、「株式会社日本メリヤス会館」であった。)、同業界の情報交換の場とされていたものであり、現在でも株主の多くは同業界の関係者である。
日本サンライズは、被告らが株式投資を開始する以前は、その所有する物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)上の同目録二記載の建物(通称「日本サンライズビル」。以下「本件建物」という。)の賃貸業を唯一の営業としており、本件建物の賃貸による営業利益(本件建物の賃料収入から売上原価、販売費及び一般管理費を除いたもの。)を専らの収入としていた。役員を除く従業員は、一名である。
同社は、昭和六三年四月において資本金が九六〇万円であり、株式投資を始める前年の昭和六二年度(第三九期)決算(決算期は、四月一日から翌年の三月三一日までである。)では、売上総利益(賃料収入)が四四八〇万〇三六〇円、営業利益が一三二一万九六四〇円、経常利益はマイナス二六四万一四二二円という小規模会社であった。
(以上、争いがない。)
本件建物は、老朽化した旧建物(通称「日本メリヤス会館」)を取り壊して、昭和六一年七月一日に新築されたものであり、日本サンライズは、その建築費を調達するために、元金均等払い、一六年間で返済するという条件で約二億円を借り入れ、賃料収入から返済をしていたが、賃料収入では右借入金の元利金の返済に不足していたため、経常利益が赤字となっていたものである(<書証番号略>)。
3 株式投資の経過
(1) 投資一任契約の締結
日本サンライズは、昭和六三年五月二五日、株主総会を開催し、従来の目的であった不動産の賃貸及び管理のほかに有価証券の売買を目的に加える定款変更を行った(争いがない)。
被告戸谷は、右定款変更に先立って、同月二三日、日本サンライズの代表取締役として、投資顧問業者である光世投資顧問株式会社(以下「光世投資顧問」という。)との間で投資一任契約を締結し、投資金全額を借入れにより調達して株式取引への投資を開始した(争いがない)。
その後、被告戸谷は、平成元年二月八日、日本サンライズの代表取締役として光世証券株式会社に信用取引口座を開設し、同社から与信を受けて信用取引を開始した(<書証番号略>、被告戸谷本人)。
(2) 当時の経済状況
昭和六三年当時、景気は上向きで、株価も上昇傾向にあり、いわゆるバブル経済と言われる時期で、株式投資を行っている会社が多く、不動産を担保とすれば容易に銀行から融資を受けられるという状況であった(<書証番号略>、被告戸谷本人)。
(3) 投資規模の拡大
日本サンライズは、株式投資の資金をすべて借入れによって調達し、当初の借入金額は約二億円であった(争いがない)。
日本サンライズの取締役会では、当初、投資枠を三億円と考えていたが、その後、株式投資に係る借入金、すなわち投資規模は次のように拡大していった(<書証番号略>、寺田政弘証人、被告戸谷本人、被告石川本人)。
①昭和六三年度(第四〇期)
第四〇期貸借対照表には、短期借入金として三億六五九四万八〇〇〇円が計上されており、右金額から株式投資が行われていなかった前年度の短期借入金三三二〇万円を差し引いた三億三二七四万八〇〇〇円が、昭和六三年度の株式取引に係る借入金にほぼ相当するものと推認される。
②平成元年度(第四一期)
第四一期貸借対照表には、流動負債の内の借入金として五億三九九四万三〇〇〇円が計上されており、右金額から第三九期の短期借入金三三二〇万円及び第四一期に借入れにより支払われた立退料五二〇〇万円を差し引いた四億五四七四万三〇〇〇円が、平成元年度の株式投資に係る借入金にほぼ相当するものと推認される。
③平成二年度(第四二期)
第四二期貸借対照表には「株式取引に伴う借入金」として四億二八一四万九〇〇〇円が計上されている。
このような株式投資に係る借入金の増加に伴い、本件土地及び建物に設定された株式会社住友銀行を権利者とする二番根抵当権の極度額も変更され、昭和六三年五月二〇日の設定時には三億円であったところ、同年七月一日には四億円に増額され、平成元年五月二九日には五億七〇〇〇万円にまで増額された(<書証番号略>)。
(4) 株式投資の推移
日本サンライズは、当初は、株式投資により順調に利益を上げることができ、昭和六三年度(第四〇期)には二三二六万七二六七円、平成元年度(第四一期)には七三八九万六八六〇円の有価証券投資益を計上した(<書証番号略>)。
しかし、平成二年一月に株価が暴落し、それに加えて、光世投資顧問の投資内容に過大な信用取引、過度の集中投資、仕手株への投資、分散投資の過怠等の問題があったことも重なり、日本サンライズは投資金額の約七〇%に及ぶ損失を被った(<書証番号略>、被告戸谷本人)。
日本サンライズは、その後も投資一任契約による株式取引を継続したが、損失の回復をめぐって光世投資顧問との間で紛争が生じ、損失の回復ができないまま、平成三年三月一五日ころ、投資一任契約を事実上終了させるに至った(<書証番号略>、被告戸谷本人。以下、以上の株式投資を総称して「本件株式投資」という。)。
4 本件株式投資が日本サンライズに与えた影響
日本サンライズは、投資一任契約に基づく株式投資によって損失を被った結果、いくらかの買付有価証券及び証券会社に対する有価証券取引に伴う投資保証金以外には、株式投資に係る借入金債務のみが残存する結果となった(<書証番号略>、被告戸谷本人)。
投資一任契約が事実上終了した直後の平成三年三月三一日の時点では、株式投資に係る借入金は四億二八一四万九〇〇〇円であり、他方、投資保証金は一億三三〇五万〇一四五円であった。平成四年三月三一日の時点では、株式投資に係る借入金は三億四八六八万六〇〇〇円に減ったが、投資保証金も三四二九万二二四三円に減った(<書証番号略>)。
その後、日本サンライズは、平成四年六月ころ、合計九〇四〇万円の増資を行い、資本金を九六〇万円から五四八〇万円に増額し、資本準備金に四五二〇万円を繰り入れた。そして、増資金で本件株式投資に係る借入金の一部を返済したため、平成五年三月三一日の時点で、本件株式投資に係る借入金は、二億八五五〇万円に減少した(<書証番号略>)。
日本サンライズの現在の資金繰りの状況は、本件建物の建築費及び建築関連費の借入金の元利金及び本件株式投資に係る借入金の利息は、賃料収入から支払うことができているが、本件株式投資に係る借入金の元金を返済する具体的計画は立っていない状態であり、平成四年度(第四四期)決算では、一八四万五九三八円の経常損失が計上されている(<書証番号略>、寺田政弘証人、被告戸谷本人、被告石川本人)。
5 原告は、商法二六七条所定の手続を経て本訴に及んだ(争いがない)。
三争点
1 日本サンライズが、賃貸業による営業利益をはるかに上回る多額の借入れをして、右借入金を株式取引に投資し、その結果、同社が損失を被ったことは、被告らの代表取締役又は取締役としての会社に対する善管注意義務違反によるものか。
2 本件株式投資は、日本サンライズの既存債務の返済のために必要であったか。
3 損害額
第三争点に対する判断
一争点1について
1 本件株式投資の危険性
(1) 日本サンライズは、株式投資の資金をすべて借入金によって調達した。取引方法としては、投資顧問業者との間で投資一任契約を締結し、投資顧問業者に取引内容を一任したが、その結果、取引費用としては、有価証券取引税、証券会社の取引手数料、借入金利息のほかに、更に投資顧問料を要することとなった(<書証番号略>)。なお、投資一任契約とは、投資顧問業者が顧客から有価証券の種類、銘柄、数及び価格並びに売買の別、方法及び時期についての判断の一部又は全部を一任されるとともに、当該投資判断に基づき当該顧客のため投資を行うのに必要な権限を委任されることを内容とする契約である(<書証番号略>。有価証券に係る投資顧問業の規制等に関する法律二条四項参照)。
日本サンライズは、前記のとおり、本件株式投資の開始当時、賃料収入では本件建物の建築のための借入金を返済して行くのにすら不足する状態で、それ以外の借入金の返済をする余裕はなかった。したがって、本件株式投資に係る借入金は、投資利益によって返済して行くしかなく、右取引費用全額を上回る投資利益を上げられない場合又は損失が生じた場合には、本件株式投資に係る借入金の元利金の返済が不可能となることは当然予測し得ることであった。
(2) さらに、平成元年二月八日から開始された信用取引は、通常、証券会社に購入した有価証券を担保として差し入れ、証券会社から右価額を超える与信を受け、信用取引の決済ができない場合には、担保として差し入れられている証拠金、有価証券等と相殺されてしまうものであるから、信用取引決済時に株式が値下がりしたり、又は売却損が出ると、それだけの赤字となり、追加証拠金を求められて、現実に金銭を出費しなくてはならなくなる。
日本サンライズには、前記のとおり、賃料収入から追加証拠金を調達する余裕はなかったので、追加証拠金を支払うためには新たに借入れをしなくてはならなくなり、また、追加証拠金を支払うことができない場合には購入した有価証券を時期を選ばずに投売りしなくてはならなくなり、いずれにせよ損失が投資資金の限度に止まらず拡大する可能性がある。
このように、信用取引を行うと、株価が下落したときに被る損失が更に大きくなることは、当然予測し得ることであった。
(3) そして、株価は本来的に上下に変動する性質を有するものである以上、株価が下落することによって、日本サンライズが損失を被り、多額の借入金を返済することができない状態に陥る可能性は、決して無視することができないものであった。
被告らは、有価証券取引の専門知識を有する投資顧問業者に対する投資一任は、株式取引としては最も安全性の高い方法であり、かつ、安定した収益の見込まれる方法であると主張する。しかし、たとえ専門家による取引であっても、必ず利益を上げられるとは限らず、市場の状況や投資判断によっては損失を被るおそれがあることはもちろんであるから、右の主張は失当である。
2 本件株式投資が日本サンライズの経営に与える影響
(1) 日本サンライズが株式投資に失敗した場合、投資資金を借入金で調達している上に、賃料収入には右借入金を返済する余裕がないので、元利金の返済が不可能となり、多額の借入金債務を抱えて経営が危機的状況に陥ることは当然予測できることであった。
(2) これに対し、被告らは、日本サンライズが所有する本件土地及び建物は、昭和六三年五月ころ、簿価は廉価ながら、実勢価格が約二〇億円程度と考えられ、銀行評価による担保価値としても一〇億円を上回るものであったことから、その担保価値を考慮すると、本件株式投資に係る借入金額が過大であったとは言えないと主張する。
たしかに、日本サンライズは、本件土地及び建物に根抵当権を設定して本件株式投資に係る借入れをしており、賃料収入で借入金の返済ができなくとも、右根抵当権を実行すれば、返済は可能である。しかしながら、日本サンライズにとって、本件建物の賃貸業はいわば本業であり、根抵当権が実行されて本件建物を失うようなことになれば、何ら営業の実態のない会社となってしまうことになる。そもそも、返済ができなくなれば本業の継続が不可能となってしまうような規模の借入れをして、損失を生ずる危険性が無視できない程度に存在する株式取引に投資したことが問題なのであって、本件建物の担保価値が高いことは多額の借入れを正当化する理由とはなり得ない。したがって、被告らの右の主張は、失当である。
3 被告戸谷の善管注意義務違反
(1) 日本サンライズが新規事業として本件株式投資を開始することを発案し、知り合いの高畠貞夫が在職する光世投資顧問を投資一任契約の相手方に選任し、以後、光世投資顧問との折衝に当たっていたのは、被告戸谷である(<書証番号略>、被告戸谷本人、被告石川本人)。
そして、被告戸谷は、日本サンライズが本件株式投資を開始する以前から、個人的に株式投資を行っており、経験上株価は上下に変動するものであることを十分に理解していたにもかかわらず、本件株式投資の開始に当たっては、株価が下落する可能性があることは余り考えず、専門家である投資顧問業者に任せているのだから、大きな損失は生じないであろうと考えていたことが認められる(被告戸谷本人)。
前提となる事実及び以上の認定事実を総合すると、被告戸谷は、株価の変動によって日本サンライズに損失が生じ、同社の経営が危機的状況に陥る可能性を当然予測し得たにもかかわらず、昭和六三年当時の株式市場の好況に惑わされ、株価が下落する可能性及び損失を生ずる可能性を軽視し、専門家である投資顧問業者に任せれば株式取引によって利益が上げられるものと軽信して、多額の借入金を株式取引に投資し、結局、日本サンライズに本業である本件建物の賃貸業の存続を危うくするほどの損失を生じさせたものと認められる。
株式会社の取締役は、会社に対し、会社の資力及び規模に応じて会社を存亡の危機に陥れないように経営を行うべき善管注意義務を負っているのであり(商法二五四条三項において準用する民法六四四条参照)、新規事業については、会社の規模、事業の性質、営業利益の額等に照らし、その新規事業によって回復が困難ないし不可能なほどの損失を出す危険性があり、かつ、その危険性を予見することが可能である場合には、その新規事業をあえて行うことを避止すべき善管注意義務を負うものと言うべきである(ただし、このような場合であっても、あえて危険を犯すことを正当化するに足りる強い必要性が認められるために、善管注意義務違反を否定すべきこともあり得るが、この点については、争点2として後記二で判断する。)。
したがって、被告戸谷は、取締役としての善管注意義務を怠ったものと言わざるを得ない。
(2) また、前記のとおり、本件株式投資は、日本サンライズに損失を被らせる危険性があり、損失を被った場合の同社の経営に及ぼす影響が大きいことが当然予測されるものであるから、そのような危険のある株式投資をいったん開始した以上、取締役としては、損失が生じないように投資顧問業者の投資内容について十分に監督し、問題があれば損失が拡大しないうちに取引を中止すべき善管注意義務を負うものと解すべきである。
被告らは、投資一任契約は、受任者が委任者の投資方針を尊重すべきことが明示されてはいるが、基本的に全面委任の性格を有し、素人が口出しするよりも、専門家である投資顧問業者が自己の判断で資金を運用する方が安全であり、また、光世投資顧問に対して一任した取引内容に仕手株が含まれていたことは事実であるが、売買時に、取引銘柄が仕手株であるか否かは被告らの知り得るところではなかったと主張する。
しかし、前記(第二の二3(4))のとおり、光世投資顧問の投資内容には問題があったのであり、被告戸谷は、光世投資顧問から毎月月次報告として送られてくる売買取引明細表、有価証券残高等明細表、未収配当金内訳表等を見て、担当者の高畠貞夫に投資内容について照会し、特定の銘柄に取引が集中していることや過大な信用取引をしていることを把握していたことが認められる(<書証番号略>、被告戸谷本人)。したがって、被告戸谷が、投資顧問業者の投資内容の問題点に気付いていたにもかかわらず、投資一任契約を解約せずに問題のある投資一任契約を継続していたことは、取締役としての善管注意義務を怠ったものであると言わざるを得ない。
4 被告石川及び被告宇城の善管注意義務違反
株式会社の取締役会は、会社の業務執行を決し、取締役の職務執行を監督する権限を有するから、取締役会を構成する取締役は、会社に対し、取締役会に上程された事柄についてだけ監視するにとどまらず、取締役の業務執行一般につき、これを監視し、必要があれば、取締役会を自ら招集し、あるいは招集することを求め、取締役会を通じて会社の業務執行が適正に行われるようにすべき職責を負うものと解すべきである。
被告戸谷は、取締役会を招集し、昭和六三年五月二五日の株主総会に有価証券売買を事業目的に加える旨の定款変更の議題を上程することを話し合い、また、被告石川及び被告宇城に対し、投資一任契約や信用取引をすることについても説明していたことが認められる(被告戸谷本人、被告石川本人)。
被告石川は、日本サンライズの唯一の常勤取締役であり、経理担当者として光世投資顧問との投資一任契約締結にも立ち会い、多額の借入れを起こしていたので不安は感じていたが、昭和六三年度及び平成元年度は利益が上がったので、異を唱えず、その後、平成二年四月ころ、株価暴落による損失の発生に気付き、被告戸谷に対し、株式投資の中止を進言したが、被告戸谷及び光世投資顧問の当分取引を続けるという方針に納得し、株式投資を中止することをそれ以上強くは求めなかったことが認められる(被告石川本人)。
平成二年四月以降、二回くらい取締役会が開かれ、被告らは本件株式投資の問題について話し合ったが、結局、取締役会では平成三年三月に至るまで株式取引を中止するとの決議は行われなかった(<書証番号略>)。
被告宇城は、昭和六三年五月二五日に取締役に就任後、取締役会等には出席していたことが認められ(<書証番号略>、被告石川本人及び弁論の全趣旨)、その場で説明される被告戸谷の経営方針について反対したことを認めるに足りる証拠はない。
したがって、被告石川及び被告宇城は、被告戸谷が多額の借入れをして株式取引に投資することを黙認したのみならず、被告戸谷の経営方針に賛成していたことが認められるのであって、代表取締役である被告戸谷の業務執行行為に対する監視監督を怠った点で取締役の善管注意義務に違反したものと言うべきである。
5 なお、被告らは、本件株式投資は日本サンライズの目的たる行為であるから、同社の事業としてこれを行ったことについて、経営責任を負うことはあっても、定款違反の法的責任は負わないと主張する。
たしかに、取締役は、定款に掲げる会社の目的の範囲内で経営判断を行う裁量権を有するが、経営が著しく客観的合理性を失し、右裁量権の範囲を逸脱した場合には、それが会社の目的として定款に掲げられている行為であっても免責されないものと解すべきである。被告らが、前記のとおり、日本サンライズの目的たる行為を行うにつき、同社の返済能力を超えた多額の借入れをして右借入金を本件株式投資に充て、あるいはこれを抑止しなかったことは、経営者に許された合理的裁量の範囲を超えるものと認められる。
したがって、被告らは、日本サンライズの目的の範囲外の行為を行ったという定款違反の責任は負わないとしても、取締役としての善管注意義務違反の責任は免れない。
二争点2について
1 被告らの主張
被告らは、日本サンライズは、本件建物の建築費の支払、旧建物の賃借人に対する立退料の支払、本件建物に再入居を約束していたにもかかわらず再入居させなかった旧建物の賃借人らに対する債務不履行に基づく損害賠償の支払等のために借入金がかさみ、唯一の収入である賃料収入ではその返済が困難な状況にあったため、右状況を打開すべく、本件建物の担保価値を利用して借入れをし、新規事業として本件株式投資を行ったのであって、本件株式投資は、日本サンライズにとって必要なものであった、と主張する。
たしかに、営業収益を上げる見込みがないなど、このままでは倒産必至というような経営状況においては、成功すれば経営改善に有効であるが、失敗すれば経営が危機的状態に陥りかねない危険性のある事業に賭ける必要性がないとはいえず、かかる事業を行っても取締役の善管注意義務には違反しない場合もあると解される。
そこで、本件株式投資の開始時に、日本サンライズにこのような必要性が存在したかどうかについて検討する。
2 本件建物の建築に関連する借入金の状況
(1) 被告らは、本件建物の建築費、立退料等については、当初、建築費を二億円、賃借人すべての立退料を五〇〇〇万円と見積もって、二億五〇〇〇万円程度を予定していた(<書証番号略>、被告戸谷本人)。
(2) ところが、日本サンライズが、旧建物の賃借人であった三和企画及び株式会社ジェー・ティー・ピーに対し、本件建物への再入居を約束したにもかかわらず、賃料を滞納しがちな賃借人であったことから再入居を拒んだために、右賃借人らとの間で紛争が生じた。
その結果、三和企画は、再入居しない代わりに日本サンライズに対して一五〇〇万円の立退料を要求し、被告石川が交渉に当たった結果、約七六〇万円を立退料として支払うことで解決した。
しかし、株式会社ジェー・ティー・ピーは、昭和六二年六月二九日、本件土地を仮差押えした上で、日本サンライズに対し約一億一〇〇〇万円の損害賠償を請求する訴訟を提起し、平成元年三月に日本サンライズが五二〇〇万円の和解金を支払うことで和解が成立し、日本サンライズは、平成元年度に借入金で右和解金を支払った。
また、このほかに、日本サンライズは、旧建物の賃借人であった日光社については、当初立退料として五〇〇万円を予定していたが、交渉の結果、一三五〇万円を立退料として支払うことになった。
したがって、結局、建築費及び立退料を含めた建築関連の経費は、建築費約二億円のほかに、立退料合計約一億円及び関連費(引越代等)約二〇〇〇万円を要し、合計約三億二〇〇〇万円に増大した結果、当初の予定よりも借入金が約七〇〇〇万円増えることになった。
(以上、<書証番号略>、被告戸谷本人、被告石川本人)
3 本件株式投資の開始時における既存債務の返済可能性
(1) 昭和六二年度(第三九期)貸借対照表(<書証番号略>)によれば、昭和六三年三月三一日の時点における日本サンライズの借入金残高は、短期借入金三三二〇万円、長期借入金一億六三七〇万円、合計一億九六九〇万円である。この時点ではまだ本件株式投資は開始されていないから、右借入金は本件建物の建築に関連する借入金であると推認される。
(2) 日本サンライズは、右借入金残高一億九六九〇万円について、昭和六三年当時、毎月二〇〇万円、年間二四〇〇万円を返済していた(<書証番号略>、寺田政弘証人)。
したがって、当時の営業利益一三二一万九六四〇円及び支出を伴わない経費である減価償却費六七五万八八二四円の合計一九九七万八四六四円を上回る金額を返済しなければならないことになり、このままでは将来借入金の返済が不可能な状態に陥りそうに見える。
しかしながら、建築費のための約二億円の借入金は、前記のとおり、一六年間で元金均等払いで返済する条件であるから、元金を返済していくにつれて利息も減少して行くという条件になっており、将来にわたって返済額が減少して行くことが予想される。また、昭和六二年度の賃料収入は四四八〇万〇三六〇円であるが、当時は空室があったため、満室となったり、更新時に賃料を増額したりすれば、賃料収入が増収する可能性があり、現に昭和六三年度以降、賃料収入は徐々に増えていっている(<書証番号略>)。
したがって、本件建物の建築に係る借入金の返済額の減少及び賃料収入の増収を考慮すると、これに併せて経費節減や長期借入金の返済期間の繰延べ等の努力をすれば、賃料収入によって既存債務を返済していくことは可能であったと認められ、たしかに資金繰りは苦しい状態ではあったが、倒産必至という状態ではなかったものと推認される(<書証番号略>、寺田政弘証人、被告戸谷本人)。
(3) 被告らは、株式会社ジェー・ティー・ピーに対する和解金五二〇〇万円の支払のための借入金が予想外に増えたことにより、賃料収入では返済が不可能な状況に陥り、本件株式投資を行う必要性が生じたと主張するが、前記認定のとおり、和解が成立したのは本件株式投資開始後の平成元年三月のことである。したがって、被告らの右の主張は失当である。
立ち退きを巡る紛争の発生により、株式会社ジェー・ティー・ピーに対する和解金五二〇〇万円を含めて、当初の予定より増えた借入金額は約七〇〇〇万円であるが、建物建築のための借入金の返済額が将来にわたって減少していく一方、賃料収入が増えていくこと、七〇〇〇万円の返済条件を建物建築のための借入金の返済条件と同様に長期にすれば毎年の返済額は従前に比べてそれほど増えない上に、実際には株式会社ジェー・ティー・ピーに対する和解金支払のための借入金は手形貸付によるもので、利息のみ支払っていれば、元本は据え置くことが可能であったこと(<書証番号略>、寺田政弘証人)などを総合考慮すると、立退料のための借入金の増加があったことを考慮しても、日本サンライズにとって資金繰りが不可能な状態ではなく、少なくとも倒産必至な状況ではなかったことが推認される。
4 株式投資益の取扱い
また、被告らが主張するように、既存借入金債務の返済のために本件株式投資を行う必要性があったのであれば、株式投資による利益は、既存債務の返済に充てられたはずである。
しかし、日本サンライズは、昭和六三年度及び平成元年度には株式投資によって合計約一億円の利益が出たにもかかわらず、右利益を既存の借入金債務の元本の返済には充てることなく、専ら再投資に回したり、平成元年度には取締役の報酬を四八六万円ほど増やしたりしていることが認められる(<書証番号略>、被告戸谷本人、被告石川本人)。
また、現在においても、本件建物の建築のための借入金の元利金の返済及び建築関連費のための借入金利息の支払は、賃料収入によってまかなわれている(被告戸谷本人、被告石川本人)。
右認定事実を考え合わせると、そもそも被告戸谷は、既存借入金債務の返済資金を捻出するために本件株式投資を開始したものではないと推認されるのである。
5 以上の認定事実を総合すると、当時、日本サンライズには、多額の借入れをして本件株式投資を行うことを正当化するほどの必要性があったとは認められないと言わなければならない。
三争点3について
1 日本サンライズは、現在、賃料収入から、建築費の借入金の元利金、建築関連費の借入金の利息及び本件株式投資に係る借入金の利息を返済しているが、本件株式投資に係る借入金の元金を返済する具体的な計画は立っていない状況であり、本件株式投資に係る多額の借入金債務の存在が経営を圧迫している。
日本サンライズが株式投資を行っていた約三年の間に、利益も損失も生じたが、結局投資資金を回収できなかった分が借入金債務として残存したものと推認される。したがって、口頭弁論終結時においては、その時点における本件株式投資に係る借入金債務残高及び過去における利息支払分(ただし、利息支払いのために新たに借入れをし、これが借入金残高に加算されている分を除く。)が、日本サンライズが本件株式投資によって被った損害に当たると認められる。
日本サンライズの口頭弁論終結時(平成五年七月六日)に最も近い平成四年度(第四四期)貸借対照表(<書証番号略>)によれば、平成五年三月三一日現在、「株式取引に係る借入金」の残高は、二億八五五〇万円であり、前年度に比べて六三一八万六〇〇〇円だけ減少している。
日本サンライズは、平成四年六月に増資し、増資金で本件株式投資に係る借入金元金の一部を返済したこと、それ以外には本件株式投資に係る借入金については利息のみを返済していることを考慮すると、六三一八万六〇〇〇円分の借入元金の減少は、増資金によって返済したことによるものと推認される。そして、右増資金は、本件株式投資が行われず、これに係る借入金が存在しなければ、日本サンライズに資本金又は資本準備金として留保されていたはずのものである。したがって、平成五年三月三一日現在の「株式取引に係る借入金」残高二億八五五〇万円に加えて、右借入金元金に充当された増資金六三一八万六〇〇〇円も日本サンライズが本件株式取引によって被った損害に当たると認められる。
2 他方、平成五年三月三一日現在、日本サンライズの本件株式投資に係る資産として、投資保証金すなわち有価証券取引に伴う証券会社への保証金三四二九万二二四三円が存在する(<書証番号略>)。
また、<書証番号略>及び被告戸谷本人によれば、日本サンライズは、本件株式投資で買い付けた株式のうち、日東化学工業株一万七〇〇〇株、住友金属工業株五〇〇〇株、日本ビクター株二〇〇〇株、新神戸電機株六〇〇〇株を現在もなお保有していると認められる。そして、右株式の口頭弁論終結時の時価(平成五年七月六日の前場終値)は、日東化学工業株が一株五五五円、住友金属工業株が一株三二五円、日本ビクター株が一株一〇三〇円、新神戸電機株が一株七六〇円であるから(顕著な事実)、日本サンライズの右保有株式の口頭弁論終結時の時価は、合計一七六八万円である。
3 さらに、平成元年度(第四〇期)には、株式投資により利益が上がったことから、取締役の報酬が四八六万円ほど増額されたが、被告らは、平成三年一月以降、本件株式投資による損失発生の責任を感じて取締役の報酬を減額ないし無給としており、その分は、日本サンライズの運転資金又は借入金の元利金返済に充てられたものと推認される。
しかし、昭和六三年度の報酬額が九一五万円であるのに対し、平成元年度の報酬額は一四〇一万円(昭和六三年度と比較して、プラス四八六万円)、平成二年度は一二四八万円(同じくプラス三三三万円)、平成三年度は六七五万円(同じくマイナス二四〇万円)、平成四年度は五四〇万円(同じくマイナス三七五万円)であり(<書証番号略>)、株式投資による利益が出たことにより取締役の報酬を増額する以前の昭和六三年度の報酬額を基準とすると、平成元年度から平成四年度までの取締役の報酬総額は、これをなお二〇四万円上回っている。したがって、被告らが日本サンライズに対して既に損害賠償の一部を履行したものと評価することはできない。
4 なお、日本サンライズの平成四年度(第四四期)の貸借対照表には投資有価証券として七万五〇〇〇円が計上されているが、同社の貸借対照表には、本件株式取引が開始される以前から、投資有価証券として七万五〇〇〇円が計上されているので(<書証番号略>)、右勘定項目は本件株式投資とは何ら関係がないものと推認される。
5 以上により、本件株式投資のための借入金残高及び増資金のうち右借入金の元金の返済に充当した分から、投資保証金及び保有有価証券の価額を控除すると、二億九六七一万三七五七円となり、右金員に過去における本件株式投資に係る借入金の利息支払分(ただし、利息支払いのために新たに借入れをし、これが借入金残高に加算されている分を除く。)を加えたものが、日本サンライズが本件株式投資によって被った口頭弁論終結時における損害額に当たる。そして、証拠上右の利息支払分の額を確定することはできないが、本件株式投資に係る借入金利息の利率は、これまで概ね年六パーセント前後であった(<書証番号略>、寺田政弘証人)から、日本サンライズの損害額が少なくとも原告の請求額を上回ることは、十分に推認することができる。
第四結論
以上によれば、被告らの善管注意義務違反に基づく損害賠償(商法二六六条一項五号)として、日本サンライズに対し、金二億九五〇二万三八五五円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成四年一月一七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める原告の請求には理由があるから、これを認容することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官近藤崇晴 裁判官森髙重久 裁判官伊勢素子)
別紙物件目録
一 所在 東京都中央区日本橋人形町一丁目
地番 五番六五
地目 宅地
地積 186.21平方メートル
二 所在 東京都中央区日本橋人形町一丁目五番地六五
家屋番号 五番六五の一
種類 事務所
構造 鉄筋コンクリート造陸屋根七階建
床面積 一階 143.56平方メートル
二階ないし五階 139.31平方メートル
六階 121.07平方メートル
七階 92.46平方メートル