東京地方裁判所 平成3年(ワ)18197号 判決 1993年3月25日
原告
細川正一
右訴訟代理人弁護士
小林伴培
被告
細川圭上
右訴訟代理人弁護士
土釜惟次
同復代理人弁護士
髙木茂
主文
一 原告の主位的請求を棄却する。
二 原告が別紙物件目録一記載の土地及び同目録二記載の建物について、それぞれ二一分の一九の持分の所有権を有することを確認する。
三 被告は、原告に対し、別紙物件目録一記載の土地及び同目録二記載の建物について、それぞれ二一分の一九の持分の所有権移転登記手続をせよ。
四 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 主位的請求
被告は、原告に対し、別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)及び同目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)について、それぞれ所有権移転登記手続をせよ。
2 予備的請求
主文二、三項同旨
3 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 訴外亡細川周作(以下「亡周作」という。)は、昭和二六年五月二五日、訴外奈良富男からその所有の本件土地を代金四万一〇四〇円で買受けた。
2 亡周作は、昭和二六年八月頃、本件土地に本件建物を建築した。
3 亡周作は、昭和二九年八月一二日死亡し、相続が開始した。
亡周作の相続人は、妻細川みつえ(以下「みつえ」という。)、長女浅見典子、次女小山昌子、長男である被告、三女斎藤香代子、次男細川健二、四女井土本ひろ子、三男である原告の八人である。
4(一) 原告は、昭和四一年九月六日、遺産分割により本件土地建物を単独で相続した。
(二) そうでないとしても、原告は、同日ころまでに、被告を除く他の相続人より本件土地建物の共有持分の譲渡を受けたので、本件土地建物の持分割合は原告二一分の一九、被告二一分の二となる。
5 被告のため、本件土地について東京法務局府中出張所昭和二六年五月二九日受付第二一六〇号所有権移転登記が、本件建物について同出張所平成三年六月二八日受付第二一〇五〇号所有権保存登記がなされている。
よって、主位的に、原告は、本件土地建物の所有権に基づき右各登記の抹消に代えて、被告に対し、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求め、予備的に、原告の共有持分権が二一分の一九であることの確認及びこの持分権に基づき、被告に対し、同抹消に代えて真正な登記名義の回復を原因として右持分について所有権移転登記手続を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因4の事実はいずれも否認し、その他の請求原因事実は認める。
三 抗弁
被告は、亡周作より、本件土地について訴外奈良富男より取得後間もなく、本件建物については建築後間もなく、いずれも贈与を受けた。
四 抗弁に対する認否
否認する。
第三 証拠<省略>
理由
第一請求原因について
一争いのない事実
1 亡周作は、昭和二六年五月二五日、訴外奈良富男の所有する本件土地を代金四万一〇四〇円で買受け、昭和二六年八月頃、本件土地上に本件建物を建築した。
2 亡周作は、昭和二九年八月一二日死亡し、相続が開始したが、相続人は、妻みつえ、原告(三男)、被告(長男)を含む兄弟姉妹ら七人合計八人である。
二原告の単独相続について
1 <書証番号略>(細川みつえの陳述書)、同証人の証言及び原、被告各本人尋問の結果(被告本人尋問の結果中以下の認定に反する部分は除く。)によれば、左記事実が認められる。
記
(一) 亡周作及びその家族は山梨県北都留部上野原町に住んでいたが、ダム建設のため移転を余儀なくされ、亡周作は、右移転補償金で本件土地を買い求め、従前住んでいた家を解体した材木を利用して本件建物を家族の居住用に建築した。
本件建物には、亡周作、みつえ夫婦、原告ら兄弟姉妹が住んでいたが、原告を除く兄弟らは結婚あるいは独立して家を出、昭和四一年九月に長女の浅見典子夫婦が引っ越した後は、原告みつえが本件建物で生活するようになった。原告は昭和四七年結婚し、現在は、原告の家族とみつえが本件建物に住んでいる。
被告は、本件建物建築当時、叔母の経営する造花店で住込で働いており、家族のもとへは月に一、二度帰る程度であり、昭和三二年六月には独立して造花店を営むようになり、昭和三五年には店舗兼自宅を建築し、本件建物で生活することはなかった(被告本人尋問の結果中には、亡周作死亡後、長男だから帰って来いと要請されて、昭和二九年秋から独立する昭和三二年六月まで本件建物に住み、叔母の造花店に通勤したとの供述が存するが、同供述は、<書証番号略>の記載、証人浅見典子の証言、原告本人尋問の結果に照し採用できない。)
(二) 亡周作は体が弱かったため、本件建物に移転後は仕事はせず、移転補償金などで生活していたが、死亡後は、兄弟姉妹らがお互い助け合って生活を支え、被告も応分の援助をしていた。兄弟らが独立し、原告とみつえが本件建物で生活するようになった以降は、みつえの生活の面倒は主として原告及びその家族が見ている(被告は昭和四二年から昭和四六年頃まで毎月三〇〇〇円みつえに送金していた。)。
(三) 浅見典子夫婦が本件建物を出た昭和四一年九月頃、みつえを除いて、原告ら兄弟姉妹が被告宅に集り、以後、本件土地建物は原告に任すということで、原告が本件建物にそのまま継続して住み、みつえの面倒を見ていくということが、兄弟姉妹間で了解された(被告本人尋問の結果中には、この頃自宅に兄弟姉妹が集ったが、右のような話はなく、何を話したか記憶がないとの供述が存するが、同供述はそれ自体曖昧で、証人浅見典子の証言、原告本人尋問の結果に照し採用できない。)。
2 原告は、本件土地建物を単独で相続したと主張し、証人浅見典子の証言及び原告本人尋問の結果によれば、右認定の昭和四一年九月被告宅に兄弟姉妹が集り、本件土地建物は原告に任すとされたことをもって、遺産分割の協議が成立したとするもののようである。
しかしながら、右の任すということが原告に本件土地建物の所有権を帰属させる趣旨かどうか必ずしも明確でない上(証人浅見典子は、右集りにおいて、具体的な形で本件土地建物の相続について話し合われたことはなかった旨供述している。)、<書証番号略>(遺産分割協議書と題する書面)によれば、被告は、原告に本件土地建物を単独相続させる旨の遺産分割協議書に署名していないことが認められ、これらと被告本人尋問の結果を合せ考えると、兄弟らが出た後原告がみつえの面倒を見ながら本件建物に居住していることを考慮しても未だ本件土地建物を原告に単独相続させる旨の遺産分割の合意がなされたとまで認めることはできない。
したがって、本件土地建物の単独相続を前提とする原告の主位的請求は理由がない。
三共有持分の譲渡について
<書証番号略>、証人浅見典子の証言及び原告本人尋問の結果によれば、被告を除く相続人らは本件土地建物の共有持分を原告に譲渡したことが認められ、右認定に反する証拠はない。
第二抗弁について
一被告は、本件土地建物は、亡周作より贈与を受けたと主張し、被告本人尋問の結果中には、昭和二六年秋頃、自宅(本件建物)に帰った際、亡周作より本件土地の登記済証(いわゆる権利証<書証番号略>)を示され、本件土地建物は被告の所有名義にしており、後は頼むとして贈与された旨右主張にそう供述が存し、<書証番号略>によれば、本件土地については買受け後間もなく被告のため前所有者奈良富男より売買を原因として直接前記所有権移転登記が、本件建物については建築後被告を所有者とする表示登記がなされていることが認められ、右供述を裏付けるもののようである。
二しかしながら、本件土地建物は前記のとおり家族の居住用として亡周作が取得したもので、ことさら被告に贈与する理由はないこと、<書証番号略>、証人浅見典子の証言及び原、被告各本人尋問の結果によれば、亡周作は、生前、本件土地建物は同人の所有であるように振る舞い、みつえに対しては、被告が長男であり将来同居して家族の面倒をみてもらうことを考え、便宜上本件土地建物の所有名義を被告にしたと述べていたこと、本件土地の登記済証は亡周作の死後、みつえが保管し、一時浅見典子がみつえに頼まれて保管していたことがあるものの、前記昭和四七年に結婚後は、原告が保管していること(被告は、本人尋問の結果中において、本件土地の登記済証を担保に金銭を借り受けたことがあり、その際、登記済証は被告が一時保管したが、引っ越しがあったり、仕事が忙しかったので大事なものでもありみつえに預け現在に至っている旨供述するが、登記済証を担保に金銭を借り受けるということ自体理解し難いのみならず、みつえに保管を依頼したとする理由も不自然であって、右供述は採用の限りでない。)、前記のとおり被告は本件建物で生活したことはなく、本件土地建物の公租公課はみつえあるいは原告が負担し、原告は相当な費用をかけて本件建物の増改築をしてきており、被告は本件土地建物について経済的な負担はもとより管理らしきことは一切していないことが認められ、これらの事実に照すと、被告の前記贈与を受けた旨の供述は採用できず、前記本件土地建物についての登記は、生前みつえに述べていたように、亡周作は、長男である被告が将来本件建物においてみつえをはじめとする家族の面倒を見ることを期待し、いわば細川家の後継者というような趣旨において便宜上なしたものであると認めるのが相当であり、未だ贈与を裏付けるものとはいえず、他に贈与を認めるに足りる証拠はない。
三したがって被告の抗弁は理由がなく、本件土地建物は亡周作の遺産であり、前記共有持分の譲渡により、原告の持分二一分の一九、被告の持分二一分の二の共有となる。
第三予備的請求の可否
以上のとおり、被告を所有者とする前記各登記は実体を欠く無効なものである。これを実体に合せるには、本件土地については、被告名義の登記を抹消し、亡周作を所有者とする訴外奈良富男からの売買を原因とする所有権移転登記をなしたうえ、原、被告の持分に応じ、亡周作よりの相続を原因とする所有権移転登記をなすか、抹消に代えて被告から亡周作に対し所有権移転登記をなしたうえ(原因は真正な登記名義の回復)、右同移転登記をなすかであると考えられる(本件建物については被告名義の所有権保存登記を抹消して亡周作名義の保存登記をなすか、被告から亡周作に対し所有権移転登記をなすかして、後は同様の相続登記をする。)。本訴請求は、亡周作名義の登記を省略し、直接、被告より原告に対し、原告の持分について真正な登記名義の回復を原因として移転登記を求めるものであるが、右のように実体を欠く無効な登記そのままに、実際の取得経路を明らかにすることなく所有権移転登記を認めることは、登記制度における真実性の要請からして、やや問題があるのではないかとの疑問が生ずる。しかしながら、登記が無効であってもそれが現在の権利関係に合致する限りあえてその抹消までする必要はなく、当該登記を有効なものとして存続させても差し支えないものと解される。現在の権利関係に合致する限りとりあえず公示方法としては十分であると考えられるからである。
ところで、本件土地建物は前記のとおり持分原告二一分の一九、被告二一分の二の共有である。被告の登記は無効であるものの、右持分の限度においては現在の権利関係に合致しており、右の理解を前提とすれば、この限度において右登記を存続させることも許されるものと解される。そして、残りの部分(すなわち被告の持分を超える部分)については、抹消されたうえ原告の持分の登記がなされるべきであり、これらの登記は一部の抹消として本来更正登記によりなされることとなるが、訴外奈良富男からの売買を原因とする所有権移転登記(本件土地)あるいは所有権保存登記(本件建物)と亡周作よりの相続を原因とする共有の登記とは同一性がなく、前者の登記を更正して後者の登記とすることは更正登記としては手続上困難であると思われる。しかしながら、本訴請求のように真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記請求である限り、手続き上格別の不都合もなく、右更正登記の便法としてこのような登記請求も許されてしかるべきである。
したがって、原告の予備的請求は理由がある。
第四結語
以上のとおり、原告の主位的請求は理由がないので棄却し、予備的請求を認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官小田泰機)
別紙物件目録
一 所在 東京都国立市東二丁目
地番 二三番一九
地目 山林
地積 二四七平方メートル
二 所在 東京都国立市東二丁目二
三番地の一九
家屋番号 一三三二番
種類 居宅
構造 木造セメント瓦葺二階建
床面積 一階 63.63平方メートル
(現況 約73.54平方メートル)
二階 23.14平方メートル
(現況 約42.97平方メートル)