東京地方裁判所 平成3年(ワ)18358号 判決 1995年12月13日
原告
伊藤とめ
右訴訟代理人弁護士
犀川千代子
同
齋藤雅弘
同犀川千代子復代理人弁護士
上柳敏郎
同
犀川秀久
被告
ユニバーサル証券株式会社
右代表者代表取締役
唐澤秀治
右訴訟代理人弁護士
吉田哲
主文
一 被告は、原告に対し、金一四〇八万九六六七円及び内金四三五万九〇一六円については平成三年一〇月四日から、内金九七三万〇六五一円については平成四年二月一九日から、いずれも支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の主位的請求及び予備的請求中のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その七を原告の、その三を被告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
一 主位的請求
被告は、原告に対し、金四八四七万五一三〇円及び内金三二七二万四一七一円(ワラントの取引に係る利得)については平成三年一〇月四日から、内金二七四万三七四一円(シマノ株の取引による損害)については同年四月二五日から、内金九〇〇万七二一八円(シマノ株以外の株式の取引に係る利得)については平成五年九月一日から、内金四〇〇万円(弁護士費用)については平成四年一月一四日(本件訴状送達の翌日)から、いずれも支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 予備的請求
被告は、原告に対し、金四八四七万五一三〇円及び内金三二七二万四一七一円(ワラントの取引による損害)については平成三年一〇月四日から、内金一一七五万〇九五九円(シマノ株の取引及び右以外の株式の取引による損害)については同年四月二五日から、内金四〇〇万円(弁護士費用)については平成四年一月一四日(本件訴状送達の翌日)から、いずれも支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 請求の要旨
主位的請求は、大正七年生れの女性である原告が証券会社である被告との間で、外貨建てワラント及び株式の取引をしたことになっているが、①外貨建てワラントは被告の従業員らが無断で取引をしたもので、取引は無効であるので、原告が買付代金として寄託した合計一億〇五五〇万七八七三円のうち(売付代金合計七二七八万三七〇二円を控除した)三二七二万四一七一円の返還を求め、仮に無断取引でないとしても、原告はワラントを転換社債と同様の債券であると錯誤して取引したもので、取引は無効であるので、被告が買付代金として利得した一億〇五五〇万七八七三円のうち右三二七二万四一七一円の返還を求め、②シマノ株の取引は被告の従業員による違法な勧誘に基づくものであるとして、右取引により原告が被った二七四万三七四一円の損害の賠償を求め、③シマノ株以外の株式の取引は被告の従業員らが無断で取引をしたもので、取引は無効であるので、原告が買付代金として寄託した合計一億〇七六八万一八三八円のうち(売付代金合計九七六七万四五四〇円を控除した)九〇〇万七二一八円の返還を求め、仮に無断取引でないとしても、原告は株式の取引でないと錯誤して取引したもので、取引は無効であるので、被告が買付代金として利得した一億〇七六八万一八三八円のうち右九〇〇万七二一八円の返還を求め、④原告は、原告訴訟代理人らに本訴の提起を委任したので、主位的請求と相当因果関係がある弁護士費用として四〇〇万円の損害賠償を求めるものである。
予備的請求は、①外貨建てワラントの取引は、被告の従業員らの違法な勧誘に基づくものであるとして、右取引により原告が被った三二七二万四一七一円の損害の賠償を求め、②シマノ株の取引及び右以外の株式の取引は被告の従業員らの違法な勧誘に基づくものであるとして、右取引により原告が被った一一七五万〇九五九円の損害の賠償を求め、③原告は、原告訴訟代理人らに本訴の提起を委任したので、予備的請求と相当因果関係がある弁護士費用として四〇〇万円の損害賠償を求めるものである。なお、予備的請求のうちシマノ株の取引による損害賠償請求は主位的請求と重複している。
二 基礎事実
1 当事者(当事者間に争いがない。)
(一) 原告は、大正七年生まれの女性であり、夫である訴外伊藤雅夫(平成三年四月一一日死亡。以下「雅夫」という。)から同人の資産の管理を委ねられていた。
(二) 被告は、証券会社であり、東京都渋谷区渋谷二丁目一六番五号に渋谷支店(以下「渋谷支店」という。)が、豊島区西池袋一丁目一八番二号に池袋支店(以下「池袋支店」という。また、渋谷支店及び池袋支店を合わせて「被告両支店」という。)がある。
(三) 原告は、被告に対し、渋谷支店において昭和五二年一二月一五日から、池袋支店において昭和六一年三月五日から、いずれも雅夫名義で債券売買委託等の取引をしていた。
2 ワラント及びワラント債(甲一一、甲二六、甲四八及び弁論の全趣旨)
(一) ワラント債とは、昭和五六年の商法改正で認められた新株引受権付社債の別名であり、このワラント債に表章される新株引受権(予め決められた一定の権利行使期間内に一定の権利行使価格で、一定の数量の新株を引き受けることができる権利)のことをワラントという。ワラント債には、社債と新株引受権とが一枚の証券となった形で発行される「非分離型」と、これらが分離可能な形で発行される「分離型」とがあって、分離型ワラント債では、新株引受権部分だけを独自の証券として流通させることが可能であり、このようにして流通している証券も「ワラント」と呼ばれている。分離型のワラント債及びワラントの取引は自粛されていたが、昭和六〇年一一月一日に国内ワラントの取引が、昭和六一年一月一日に外貨建てワラントの取引が解禁された。
(二) ワラントの価格は理論価格(パリティ)が基準とされ、これは、株価から行使価格を差引いた金額を行使価格で除することで算出される。外貨建てワラントの場合は、右算出額を為替レートで換算した額が理論価格となる。そして、実際のワラントの価格は、理論価格と将来の株価上昇に対する期待値及び時間的価値(プレミアム)を合算して形成されるため、株価の騰落率を大きく上回って上下することになり、ワラントはハイリスク・ハイリターンの金融商品である。
(三) 外貨建てワラントの取引は、取引所を通じて行なわれるのではなく、証券会社が顧客との間で自ら売主となって、手持ちのあるいは他から調達したワラントを顧客に売り付け、又は自ら買主となって顧客のワラントを買い付ける相対取引になっており、証券会社は、売値と買値の間に差を付けることで利益を上げている。
(四) ワラントの取引解禁後、外貨建てワラントの時価が公表されないという問題があったが、平成元年四月一九日日本証券業協会理事会決議「外国新株引受権証券の店頭気配発表及び投資勧誘について」により、代表的銘柄について売買気配値が公表されるようになり、平成二年七月一八日同理事会決議「外国新株引受権証券の売買、気配の発表等について」により、同年九月二五日から業者間売買を日本証券相互株式会社に集中させてその値段を公表することとされ、併せて仕切りの値幅についても一定の制限が設けられるようになった。
3 本件におけるワラントの取引等(当事者間に争いがない。)
原告について、雅夫名義で、池袋支店において別表1(ワラント取引一覧表1(池袋支店))のとおりの、渋谷支店において別表2(ワラント取引一覧表2(渋谷支店))のとおりのワラントの買付及び売付がされた(以下、被告両支店におけるワラントの買付を「本件ワラントの取引」という。なお、別表2の番号3及び4の各売付は、渋谷支店でされたものではない)。
4 本件における株式の取引等(当事者間に争いがない。)
原告について、雅夫名義で、池袋支店において別表3(株式取引一覧表1(池袋支店))のとおりの、渋谷支店において別表4(株式取引一覧表2(渋谷支店))のとおりの買付及び売付が委託された(以下、池袋支店の別表3の番号5の買付委託を「シマノ株の取引」といい、それ以外の池袋支店の株式の買付委託及び渋谷支店の株式の買付委託を合わせて「本件株式の取引」という。なお、別表4の番号9の売付は、渋谷支店でされたものではない。)。
三 争点
1 本件ワラントの取引は、原告に無断でされたので、無効であるか。
(原告の主張)
本件ワラントの取引は、原告に無断でされたものである。
また、一般投資家が証券会社と取引を行なう際には、どのような性質のどの商品を、いくらでどれだけの数量を取引するのかは、証券取引の本質的な意思内容となるから、ある銘柄について売買指示や売買の申込・承諾がされたとしても、実際に投資家が認識していた商品の種類や種別に誤解があった場合は無断売買になる。そして、原告は、ワラントが新株引受権付社債の新株引受権部分のみが証券に表象されているものであることを知らず、ワラントの権利行使期間の性質や外貨建てであるために為替変動の影響を受けることについても何の知識もなく、ワラントが転換社債と同様の債券であると認識していたので、本件ワラントの取引は、原告に売買の効果意思がなく、この点からも、原告に無断でされたものである。
2 本件ワラントの取引は、原告に要素の錯誤があるので、無効であるか。
(原告の主張)
原告は、ワラントが転換社債と同様の債券であると認識して、本件ワラントの取引をしたものであり、ワラントが株よりもリスクが高いと知っていたならば取引を承諾するはずがなかった。従って、本件ワラントの取引は、原告に要素の錯誤がある。
3 本件ワラントの取引において、原告に要素の錯誤があったとして、原告に重大な過失があるか。
(被告の主張)
原告は、本件ワラントの取引に際し、被告からワラントについての説明書を交付されており、また、一回限りの取引ではなかったので、原告に要素の錯誤があったとしても、それは原告の重大な過失に基づくものである。
4 本件ワラントの取引において、被告の従業員らは違法な勧誘をしたか。
(原告の主張)
(一) 適合性の原則違反
適合性の原則とは、証券会社に対し、投資勧誘にあたって、①顧客の属性、資産、投資目的、投資知識、投資経験を調査し正しく認識する義務、②顧客調査義務の履行により獲得した顧客情報を前提として、当該顧客に最適な投資勧誘を行い、最適でない取引の勧誘を回避する義務、③顧客の意向や投資目的、投資の趣旨に反する取引の勧誘をしない義務を課するものである。しかし、被告の従業員らは、原告について顧客調査をせず、原告の意向や投資目的、投資の趣旨に明らかに反する本件ワラントの取引を勧誘した。
(二) 説明義務違反
外貨建てワラントは危険性の高い商品であることから、証券会社は、顧客に対し、①ワラントは、一定期間内に、一定価格で、一定株数の新株を購入できる権利を表章する証券であること、②当該ワラントの権利行使価格と権利行使による取得株数及び権利行使期間、③価格変動が激しく紙屑となることがあり得る程リスクが高い商品であること、④外国証券であるため、日本の証券取引市場には上場されない商品で、価格については、特定銘柄の業者間の前日の気配値が一部の専門家にポイントで発表されるにすぎないこと、⑤ワラントでは、購入、売却とも証券会社との相対取引であることを説明し、顧客が理解したことを確認し、さらに、証券取引所が作成する説明書を交付する義務を負う。しかし、被告の従業員らは、原告に対し、ワラントについて何一つ説明をせず、右説明書の交付もしなかった。
(三) 誤導勧誘
被告の従業員らは、原告にワラントが転換社債と同様の元本の確実な債券であるとの認識を植え付け、原告にそのように誤解させたものである。
5 シマノ株の取引に際し、被告の従業員は違法な勧誘をしたか。
(原告の主張)
池袋支店の武内俊之(以下「武内」という。)は、平成三年四月頃、原告に対し、「シマノは上がりますよ。」、「決して損することはありません。」などと断定的な判断を提供して執拗にシマノ株の取引を勧め、原告にその買付を承諾させた。
6 本件株式の取引は、原告に無断でされたので、無効であるか。
(原告の主張)
本件株式の取引は、原告からの注文がないばかりか、原告から株式の取引を禁じられていたにもかかわらず、原告に無断でされたものである。
また、被告の従業員らは、本件株式の取引において、証券の種類を明らかにせずに、銘柄名(会社名)だけを示して勧誘をしたので、かかる勧誘に対して原告が何らかの売買の申し込みや承諾をしたとしても、売買の申し込みや承諾としては内容が欠缺しているから無断売買である。
7 本件株式の取引は、原告に要素の錯誤があるので、無効であるか。
(原告の主張)
本件株式の取引において、被告の従業員らは、証券の種類を明らかにせずに、銘柄名(会社名)だけを示して勧誘をしたため、原告は、従前から被告の従業員らから勧誘されていた転換社債の勧誘を受けたものと認識して取引をしていた。原告は、勧誘を受けた証券が株式であると認識していれば取引を承諾しなかったから、本件株式の取引は、原告に要素の錯誤がある。
8 本件株式の取引において、被告の従業員は違法な勧誘をしたか。
(原告の主張)
原告は、被告の従業員らが株式を勧めるたびに、「株はやらない。」と言っており、本件株式の取引は、原告の意向や投資目的、投資の趣旨に明らかに反するものであるにもかかわらず、被告従業員らは本件株式の取引の勧誘をした。
また、被告の従業員らは、本件株式の取引において、原告に対し、各銘柄が「安全で値上がりが確実である。」と説明して勧誘したものである。
9 原告の被った損害はいくらか。
(原告の主張)
(一) 本件ワラントの取引において、前記不法行為により、原告は、買付代金と売付代金の差額である三二七二万四一七一円の損害(池袋支店においては別表1のとおり一〇八九万七五四二円、渋谷支店においては別表2のとおり二一八二万六六二九円)を被った。
(二) シマノ株の取引において、前記不法行為により、原告は、買付代金と売付代金の差額である二七四万三七四一円の損害を被った。
(三) 本件株式の取引において、前記不法行為により、原告は、買付代金と売付代金の差額である八七四万五九〇六円の損害を被った。
10 被告の損害賠償額について、過失相殺がされるべきか。
11 本訴請求と相当因果関係がある弁護士費用はいくらか。
(原告の主張)
本件ワラントの取引、シマノ株の取引及び本件株式の取引は、いずれも不当利得又は不法行為が成立するから、本件請求と相当因果関係がある弁護士費用は四〇〇万円である。
第三 当裁判所の判断
一 本件各取引の経過について
前記基礎事実に、甲一ないし三、甲四の一ないし一三、甲五の一ないし一六、甲六の一、二、甲一四ないし一六、甲五二ないし五五、乙一ないし四、乙五の一、二、乙六ないし九、乙一二の一ないし七、乙一三の一、二、乙一四の一ないし五、乙一五ないし一九、証人宮沢敏信(第一、二回)、証人小倉洋一、証人冨吉正登、証人武内俊之及び原告本人を総合すれば、本件ワラントの取引、シマノ株の取引及び本件株式の取引の経緯について、以下の事実を認めることができる。
1 原告は、東京の王子で大正七年に履物店を営む両親の家に生まれ、昭和九年に満州に渡った後、昭和二一年帰国し、昭和三一年、雅夫と結婚した。雅夫は、その父が経営する広告代理店株式会社商華堂に勤務するサラリーマンであり、原告は、二児を育て家事を専業とした。
原告は、雅夫から渡される給料を少しでも増やそうと貯金に励んでいたが、昭和四九年ころ、野村証券株式会社の営業社員に勧誘されて、右貯金を預けたところ、無断で株式の売買をされて五〇万円ほどの損害を被った。原告は、信じていたセールスマンに裏切られたことと雅夫に申し訳ないとの思いから、精神的にショックを受け、この時以来、原告は株というものに恐怖感を感じて株を嫌うようになった。
昭和六一年、雅夫の父が亡くなり、雅夫が会社の代表者となって多忙となった。このころから、それまでは雅夫がやっていた一家の財産管理を原告が行なうようになった。雅夫は、財テクには全く興味がないことから、原告に対し、「自分たちの老後のことも考えて安全に貯金しておかなくてはならない。大事な金だから決して危険なものには手を出さないで、安全に管理運用してくれ。」などと話していた。
2 原告が昭和五二年ころから雅夫名義で月々五〇〇〇円の積立てをして割引債を購入していたことが縁で、昭和六〇年ころ、被告の前身である大和証券投資信託販売株式会社の渋谷支店の松田某(以下「松田」という。)が原告宅を訪れるようになった。
松田は、昭和六一年ころ、原告に対し、大和証券投資信託販売株式会社における取引口座が被告に引き継がれた旨の報告をし、その後、自分が新しくできた池袋支店の支店長になったことから、池袋支店との付き合いも願いたい旨を申し入れ、原告は、松田に対し、信頼感を持っていたので、池袋支店との取引も開始した。
その後、被告両支店の原告を担当する従業員が何度か変ったが、原告は、その担当者らに対し、「私は難しいことはわからないから、あなたにすべて委ねるから、安全なものだけを買ってちょうだい。」、「株なんかは買わないでね。」、「野村証券で大損をしたから株はこりごりだ。」などと話をしていた。
3 原告は、安全なものだけを買うという方針のもとに、取引は利付国債、割農、割長等の債券を中心にしたものであったが、昭和六三年四月ころ、渋谷支店の小倉洋一(以下「小倉」という。)から転換社債の購入を勧められた。原告は、小倉から「転換社債は、いつでも株に換えられる。」と説明をされて、「株はこりごりだ。」と不安を示したが、小倉は、「割引債の税金が高くなる。」、「転換社債は、元本が安全で利回りがいいから、こちらのほうがいい。」などと言って、元本の安全性を強調した。そこで、原告は、いつでも株に換えられるということは知ったが、社債としての性格があるから安全だと考え、転換社債を購入するようになった。
4 原告が被告両支店から転換社債を購入し始めたころから、池袋支店の宮澤敏信(以下「宮澤」という。)及び渋谷支店の小倉からの電話が急に頻繁になり、原告に対し企業の名前や横文字の商品を言ってさかんに転換社債等の売買を勧めるようになった。原告は、「うちはそんなに欲張って儲けてもらわなくていいから、私はただでさえもわからないのに、そういうふうに売ったり、買ったりされたんじゃ、もうめちゃくちゃで何がなんだかさっぱりわからないから、とにかく止めて頂戴。」、「もう少し落ちついて保てるものにしてください。」などと言いはしたが、小倉及び宮沢の電話による勧誘に最後には応じて、勧誘された売買を承諾していた。
原告の両支店における取引は、すべて被告の担当者から原告へ電話を掛けて勧誘するというものであり、原告が被告両支店に出向いたり、積極的に売買の注文をしたり指示をしたりすることはなかった。取引がされると、被告の担当者が保護預り証(以下「預り証」という。)及び取引報告書を原告宅に持参し、原告は、被告から渡されていたビニール製のファイルに入れてこれらを保管していた。預り証等は、被告の担当者が封筒の中に入れて持参したので、原告は、その際に担当者に封筒の表に銘柄と金額を書いてもらうようにしていた。宮澤が預り証の差し替えなどで原告宅に来たときは、原告は、ほとんど玄関において対応していたが、原告が必要な書類をファイルから取り出して宮澤に渡し、宮澤から受け取った書類をファイルに入れていた。小倉が原告宅に来たときは、原告は、いつも応接間において応対していたが、預り証等のファイルへの出し入れは小倉がすべて行なった。小倉から担当を替わった渋谷支店の冨吉正登(以下「冨吉」という。)及び宮澤から替わった池袋支店の武内も前任者と同様であった。このようにして、本件ワラントの取引、シマノ株の取引及び本件株式の取引がされた。
5 宮澤は、平成元年八月下旬、原告宅を訪れ、原告にワラントについて説明書を交付して説明し、同月三一日、日本信販のワラントの購入を勧め、原告は、これを購入した。翌九月一日、宮澤は、原告宅を訪れて、右日本信販のワラントの預り証とセコムの転換社債の預り証の差し替えをし、同時に、原告は、「外国証券取引口座設定約諾書」(乙三)及び「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(乙四)に雅夫名義で署名押印をした。
小倉は、平成二年四月二六日の数日前、原告が購入していた投資信託の商品が大きく元本割れしていたことから、小倉は、株式かワラントを原告に購入してもらい、早期の元本回復に努めようと原告宅を訪問した。小倉は、テクニカルシステムという投資信託が値下がりした理由と当時の状況を説明し、説明書を交付してワラントについて説明した。小倉がワラントであったら値動きが大きいから投資信託での損を取り戻せる可能性が高いと言うと、原告はワラントの購入を始めることにした。そこで、同年五月二日、小倉が渋谷支店の支店長と共に原告宅を訪れた。小倉は、原告に対し、「国内新株引受権証券(国内ワラント)取引説明書」(乙五の一)及び「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」(乙五の二)を原告に示し、ワラントのリスクなどについて読んで聞かせるなどし、原告は「国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(乙七)に雅夫名義で署名押印をした。
なお、原告は、本人尋問及び陳述書(甲五五)において、本件ワラントの取引があったことは全く知らず、ワラントの説明書も見たことがないと供述しているが、預り証等が入った封筒(甲一)には「日通ワラント」と記載されており、原告がワラントの取引があったことを全く知らないということは、あり得えないことである(原告と小倉との電話による会話を録音した甲五四においても、原告がワラントの取引があったことを全く知らなかったと解せられる部分はない。また、原告の本人尋問には、小倉からワラントは債券であるとの説明を受けて前記封筒(甲一)に「債券」と書き加えたとの部分があり、甲五四には、「ワラント債なんて債券だくらいにしか思っていなかったからね」との原告の発言が記載された部分があるが、右各部分は、他に同旨の部分がないばかりか、原告の本人尋問及び陳述書(甲五五)の全体の趣旨とは両立せず、直ちに採用することは困難である。なお、小倉の証言中には、原告がワラントを「ワラント債」と呼んでいたとの部分があるが、原告が「ワラント債」と呼んだことだけでは、原告がワラントを転換社債と同様の債券であると認識していたことの根拠とすることはできない。)。また、ワラントの説明書の最後のページを切り離すと「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(乙四)になるようになっており(乙一六参照)、それには「貴社から受領した「外国新株引受権証券の取引に関する説明書」の内容を確認し、」と記載されていて、原告が署名押印をしているので、宮澤が原告にワラントについて説明書を交付して説明したとの事実が推認されるといわざるを得えない。
6 株式の取引については、原告の本人尋問において、株なんて考えてもいないし、まさか株なんか買われているなんて夢にも思っていなかった旨の供述があり、同旨の原告の陳述書(甲五五)がある。しかし、原告は自分が保管している預り証等を見れば直ちに株式の取引がされたことを知るから、被告の担当者が株式の取引であることを原告に隠して、あるいは転換社債であると偽って勧誘するとは思えず、右供述は信用することができない。結局証人宮澤(第一、二回)及び証人小倉により、原告は担当者から勧誘を受ける際に、転換社債かワラントか株式であるかを認識した上で、勧誘に応じていたものと認めるのが相当である。なお、原告と冨吉との電話による会話を録音した甲五二、原告と武内との電話による会話を録音した甲五三においても、冨吉又は武内が株式であることを隠して原告に売買を勧誘したことを自認したと解することができる部分はない。
7 平成二年二月一四日ころ、池袋支店の原告を担当する従業員が宮澤から武内に替わり、武内は、前任者の宮澤と引き継ぎの挨拶に原告宅を訪れ、玄関で引き継ぎの挨拶をした。別表1の番号7ないし9のワラントに関しては評価損が出ていたが、両名とも原告にそのことは話さなかった。なお、宮澤及び武内は、証人尋問において、宮澤から武内に替わる挨拶に行った際に、ワラントについて三〇〇万円くらいの損失が出ていることを原告に伝えたと供述しているが、右供述は、甲五三に照らすと、採用することができない。
8 平成三年四月二五日ころ、武内は、原告に対し、「今、大隈鉄工を売って、シマノの株を買うといいですよ。」、「シマノはマウンテンバイクで伸びている会社で、無償を出すなんていう会社は経営がよい証拠です。」、「シマノは上がりますよ。」などと言って、シマノの株の取引を勧めた。原告は断ろうとしたが、武内が執拗に勧誘したため、シマノの株を購入した。
9 原告は、本件ワラントの取引により、池袋支店では別表1のとおり一〇八九万七五四二円、渋谷支店では別表2のとおり二一八二万六六二九円、本件株式の取引により、池袋支店では別表3の番号1ないし4のとおり二六万一三一二円、渋谷支店では別表4のとおり八七四万五九〇六円、本件シマノ株の取引により、別表3の番号5のとおり二七四万三七四一円の各損失を被った。
二 本件ワラントの取引について
1 争点1及び2について
以上認定したところによれば、本件ワラントの取引が原告に無断でされたと認めることはできない。また、原告は、ワラントの性質について知識がなく、ワラントが転換社債と同様の債券であると認識してたから売買の効果意思がないと主張しているが、主張自体失当である。さらに、原告は、ワラントを転換社債と同様の債券であると認識していて、ワラントが株よりもリスクが高いことを知らなかったから要素の錯誤であると主張しているが、ワラントの性質に関することは、それが表示されない限り要素の錯誤となることはないところ、原告がワラントを転換社債と同様の債券であると認識していたことないしワラントが株よりリスクが高いことを知らなかったことが被告の担当者に対して伝えられたと認めるべき証拠はない。
2 争点4について
(一) 適合性の原則違反
前記基礎事実のとおり、ワラントは、一定の条件で発行会社の株式を引き受けることができる権利であるが、権利行使期間を経過すると無価値となるばかりか、株価が行使価格より高価でない限り利益を期待できないものであって、外貨建てワラントの場合は、さらに為替変動の影響を受け、ワラントの価格は、株価の騰落率を大きく上回って上下するので、ハイリスク・ハイリターンな金融商品である。したがって、外貨建てワラントの取引を勧誘する証券会社及びその従業員は、投資家の職業、投資目的、年齢、財産状態、投資経験に照らし外貨建てワラントの取引には明らかに適合しない顧客に対して取引を勧誘することを避けるべき義務を負うものである。
しかし、原告については、既に認定したところを総合し、特に、原告が積極的でないにしても転換社債について一〇〇〇万円を越える取引を継続的に行い、繰り返し短期間で売却していること、原告は株式の取引が危険なものであることを十分に理解していたことなどを考慮すると、原告が外貨建てワラントの取引に明らかに適合しないとまでいうことはできない。
(二) 説明義務違反
証券会社及びその従業員は、取引勧誘にあたって、当該投資家が外貨建てワラントに精通している等の事情がある場合を除き、投資家が意思決定をするに先立ち、①ワラントの意義、②権利行使価格及び権利行使期間の意味、③外貨建てワラントの価格形成の仕組み及び無価値となる場合があること、④外貨建てワラントの取引が証券会社との相対取引であることについて、詳細に認識させることまでは要しないが、その大要を説明する義務を負っているものであり、少なくとも、ワラントの価格が株価に連動し、かつ、株価に比べて大きく変動し、ワラントが全くの無価値となる(投資金額に相当する損失を被る)危険があることについては説明する義務を負っているものである。
本件ワラントの取引に際して、宮澤及び小倉が原告に対しワラントについて説明したことは、既に認定したとおりであるが、ワラントが全く無価値となる危険があることを原告が認識せずに本件ワラントの取引をしたことは明らかであるから、この点からすれば、宮澤及び小倉が原告に対してしたワラントの説明においては、ワラントが全く無価値となる危険があることについての説明が不十分であったことが推認される(ワラントが全く無価値になる危険があることを原告に認識させるほどには説明をしなかった)というべきであり、原告に説明書を交付したことでは責を免れることはできないと解せられる。
(三) 誤導勧誘
原告は、被告の従業員らが原告にワラントが転換社債と同様の元本の確実な債券であるとの認識を植え付け、原告にそのように誤解させたと主張しているが、右主張に沿う証拠はない。
3 争点9について(本件ワラントの取引関係)
既に認定したとおり、本件ワラントの取引において、宮澤及び小倉が原告に対してした説明は、ワラントの取引勧誘に際して要求される説明義務を果たしたものとは認められないので、被告には民法七一五条の使用者責任があることになり、原告は、池袋支店において別表1のとおり一〇八九万七五四二円の、渋谷支店において別表2のとおり二一八二万六六二九円の損害を被ったものと認められる。
4 争点10について
前記認定によれば、原告は宮澤及び小倉から勧誘を受けた際に、ワラントの説明書を交付されており、原告が右説明書を読みさえすれば、ワラントが全く無価値になる危険があることを認識することができたというべきであり、また、原告は、被告の担当者らの一方的な勧誘に応じて取引をほぼ委ねていたものである。
したがって、原告が被った損害額の六割を過失相殺として減ずるのが相当であるから、原告が請求できる本件ワラントの取引による損害賠償額は、池袋支店については四三五万九〇一六円、渋谷支店については八七三万〇六五一円であると解する。
三 シマノ株の取引(争点5)について
シマノ株の取引については、武内が勧誘したのは、シマノのマウンテンバイクの業績が伸びていたこと及びシマノが無償の配当をするとの情報を得ていたことから確実に利益が得られると考えたからであり、その後実際に無償の配当がされているので、武内の勧誘が合理性のないものと認めることはできないし、武内が「シマノは上がりますよ。」と言ったことだけでは、断定的判断の提供になるものではない。
すなわち、以上認定したところからは、シマノ株の取引が違法な勧誘によるものと認めることはできない。
四 本件株式の取引について
1 争点6及び7について
以上認定したところによれば、本件株式の取引が原告に無断でされたと認めることはできないし、被告の従業員らが証券の種類を明らかにせずに銘柄名だけを示して勧誘した事実もない。従って、本件株式の取引は、無断売買ではないし、原告に要素の錯誤があったと認めることもできない。
2 争点8について
原告は、本件株式の取引が、原告の意向や投資目的、投資の趣旨に明らかに反しているから違法であると主張するが、前記認定によれば、原告が被告の担当者らに、「株はやらない。」と言っていたとしても、担当者から熱心に勧誘されれば断らないという程度のものにすぎないこと、原告は株式の取引が危険なものであることを十分に理解していたことに照らし、被告の担当者らの勧誘が原告の意向や投資目的、投資の趣旨に反していたと認めることはできない。また、原告は、被告の従業員らが、各銘柄が「安全で値上がりが確実である。」と説明した勧誘が違法であると主張するが、右事実を認めるべき証拠はない。
五 弁護士費用(争点11)について
本件ワラントの取引と相当因果関係のある弁護士費用は、一〇〇万円と認めるのが相当である。
六 結論
以上のとおりであるから、原告の主位的請求は、いずれも理由がないから棄却し、予備的請求中、池袋支店のワラントの取引については四三五万九〇一六円及びこれに対する不法行為の後である平成三年一〇月四日から、渋谷支店のワラントの取引については八七三万〇六五一円及びこれに対する損害額が確定した日の翌日である平成四年二月一九日から、本件ワラントの取引と相当因果関係のある弁護士費用については一〇〇万円及びこれに対する右平成四年二月一九日から、いずれも支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言については同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官大島崇志 裁判官小久保孝雄 裁判官小池健治)
別表一ワラント取引一覧表1(池袋支店)<省略>
別表二ワラント取引一覧表2(渋谷支店)<省略>
別表三株式取引一覧表1(池袋支店)<省略>
別表四株式取引一覧表2(渋谷支店)<省略>