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東京地方裁判所 平成3年(ワ)18824号 判決 1992年9月24日

主文

一  別紙物件目録記載の自動車の所有権が原告に帰属することを確認する。

二  被告は原告に対し、別紙物件目録記載の自動車を引渡せ。

三  被告は原告に対し、別紙物件目録記載の自動車に関する通関証明書、輸入許可通知書及び輸入(納税)申告控・倉(移)入承認申請控を交付せよ。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  この判決は第二、三項に限り仮に執行することができる。

理由

第一  請求

主文同旨

第二  事案の概要

原告は、被告が占有する別紙物件目録記載の自動車(以下「本件自動車」という。)の所有権が原告に帰属することを主張し、その所有権の確認と引渡並びにその所有権取得登録手続に必要な文書の交付を求めた。

一  経過等

1  TWR社・WHEELS社からのグラスガレージの買付

本件自動車は、英国製ジャガーの特別仕様によるスポーツカーであつて、株式会社グラスガレージ(以下「グラスガレージ」という。)が買付交渉を行い、英国ティーダブリュウ・アール・スペッシャル・ビィークル・オペレーションズ社(以下「TWR社」という。)から英国ホィールズ・アブロード社(以下「WHEELS社」という。)を経て買い受けたものである(平成二年一〇月一二日付売買契約書)。

2  丸紅グループによる商社介入

WHEELS社とグラスガレージ間の本件自動車の取引については、丸紅グループが商社として介入し、売買契約は、WHEELS社と丸紅オート(ヨーロッパ)社(以下「丸紅オート」という。)間(平成三年五月三〇日合意により買主をグラスガレージから丸紅オートに変更)、丸紅オートと丸紅株式会社(以下「丸紅」という。)間(平成三年六月一一日付売買契約書)、被告(被告が、本件自動車に関する業務を担当していた丸紅の自動車第三部の業務を引き継いだ)とグラスガレージ間で順次売買契約が締結された(平成三年六月一〇日付売約通知書及び買約書)。

3  各売買契約の売買代金額

売買代金額はTWR社の提示によれば五〇万英ポンドであつたが、WHEELS社とグラスガレージ間では、当初は代金六二万英ポンドと合意された。しかし当初注文していた複数台のうち最初の一台だけを引き取ることになつたことに伴い一〇万ポンド上乗せされて七二万英ポンドとなつた。WHEELS社と丸紅オート間の売買代金も同額の七二万英ポンドであつた。丸紅(被告が承継)の丸紅オートからの買入額は金一億七六七〇万九六〇〇円であつたが、被告のグラスガレージに対する売買代金は金一億八一一二万七三四〇円となつた。

4  原告・グラスガレージ間の売買契約とその売買代金の原告から丸紅に対するグラスガレージ名義による直接の銀行振込

これより先平成二年一〇月三日(グラスガレージがTWR社に引き合いを行つていた平成二年九月よりも後であるが、WHEELS社とグラスガレージ間の売買契約が締結された平成二年一〇月一二日よりも前。)、原告とグラスガレージ間において、本件自動車につき、売買代金を六〇万英ポンド(輸送費、通関費用、排ガス改善費用等は別途請求。)としてグラスガレージの銀行預金口座に振込送金するとの注文書と注文請書が交換されて、売買契約が締結され、原告はグラスガレージの指図により、平成二年一〇月一一日、右売買代金の支払として、送金者名義をグラスガレージとして、六〇万英ポンドに相当する金一億五五七〇万円を丸紅の銀行預金口座に振込送金した。

5  グラスガレージ・丸紅間の自動車売買基本契約書中の所有権移転に関する条項等

グラスガレージと丸紅との間において、平成二年五月二一日、丸紅が丸紅オートから買いヨーロッパから輸入してグラスガレージに自動車(複数)を売り渡す取引に関し売買基本契約が締結された。その契約によれば、個別契約締結にあたりグラスガレージは売買代金の二〇パーセント相当額を手付金として支払うべきものとするが、目的自動車の所有権は、グラスガレージが丸紅に対して自動車売買残代金を支払うのと引換に、丸紅がグラスガレージに対して輸入通関証明書と譲渡証明書と共に目的自動車を引渡したときに、丸紅からグラスガレージに移転するものとされている。

6  原告の振込金一億五五七〇万円の行方

丸紅は、4による振込があつた後である平成二年一〇月一五日、当時渡英中であつたグラスガレージの代表者野崎全弘(以下「野崎」という。)に対し、右振込金を引当に、丸紅オートを通じて三〇万英ポンドを貸し、野崎はこれを本件自動車を含むジャガーR9R三台の頭金として、WHEELS社に支払つた。丸紅は、当初は4の振込金一億五五七〇万円を当初は本件自動車と同種の自動車ジャガーR9R六台についてのグラスガレージからの商品代前受金として入金していたが、平成二年一〇月一五日、その全額について勘定科目を諸預かり金に振替えた上で、その内の三〇万英ポンド相当分である金七四五八万円が右貸付金の返済に充当された。振込金一億五五七〇万円から右貸付金七四五八万円を差し引いた残金八一一二万円は、平成二年一〇月三〇日から同年一一月二九日までの間に、ランボルギニ・ディアプロ他六台の自動車の商品代前受金に充当されたために残りはない。

7  本件自動車の第一回目の空輸と原告の占有取得

本件自動車は、平成三年六月一〇日、空路により成田空港に到着し、通関手続を経た上で(争いがない。)、同月一二日、グラスガレージから原告に引き渡され、原告はこれを保守点検整備のために、同日、株式会社アイディング(以下「アイディング」という。)に預けた。

8  英国でのTWR社による修理

走行テストの結果、いくつかの重要な具合の悪い箇所が発見されたので、本件自動車は、平成三年一〇月、英国に空輸されてTWR社による修理を経た後、同年一二月一九日、空路返送されて日本に到着した(争いがない)。なお英国における修理にはアイディングの担当者も同行して立ち会つた。

9  グラスガレージの被告に対する累積債務

一方、被告とグラスガレージとの間で、平成三年九月三〇日、グラスガレージが被告に対して、本件自動車を含む五台の自動車の売買残代金等合計金五億円余の債務を負担しており、これを平成三年一〇月三〇日ないし同年一一月三〇日までに支払うこと、野崎は個人保証をすること等が約束されたが、その支払は実行されなかつた。

10  第二回目の空輸と被告の占有取得

被告は、平成三年一二月一九日、空路返送されて成田空港に到着した本件自動車を占有し現在に至つている。

二  主要な争点

1  まず原告は、グラスガレージから本件自動車を買い受けてその所有権を取得した、と主張したのに対して、被告は、被告がグラスガレージに本件自動車を売つたものであるが、その所有権移転時期は、輸入通関証明書と譲渡証明書と共に自動車を引渡した時であるところ、未だこれらの文書を交付していないから、グラスガレージに所有権は移転しておらず、従つて原告は本件自動車の所有権を取得していないと反論した。果たして原告の前者たるグラスガレージがその前者たる被告から本件自動車の所有権を取得したかどうかが、本件の第一の争点である。

2  原告は、予備的に、グラスガレージが本件自動車の所有権を有しなかつたとしても、平成三年六月一一日、グラスガレージから本件自動車の引き渡しを受け、平穏公然にその占有を始めたから、本件自動車の所有権を取得したと主張した。この即時取得の成否が第二の争点である。

第三  争点に対する判断

《証拠略》を検討して次のとおり判断する。

一  グラスガレージの所有権取得

第二「事実の概要」欄第一項5記載のとおり、グラスガレージと丸紅との間で、平成二年五月二一日に締結された自動車売買基本契約書によれば、目的自動車の所有権は、グラスガレージが丸紅に対して自動車売買残代金を支払うのと引換に、丸紅がグラスガレージに対して輸入通関証明書と譲渡証明書と共に目的自動車を引渡したときに、丸紅からグラスガレージに移転するものとされている。この売買基本契約の当事者たる丸紅の地位を承継した被告とグラスガレージとの間において、この基本契約に基づき、平成三年六月一〇日、本件自動車売買契約が締結された。グラスガレージと被告間においては、被告の丸紅に対する本件自動車売買代金振込金の一部が本件自動車売買代金に充当されただけで、金一億六七一三万四九八〇円の残金が未払いのままとなつており、そのために被告からグラスガレージに対して、本件自動車に関する輸入通関証明書と譲渡証明書は未だ交付されていない(これらの文書が交付されていないことについては争いがない)。とすると被告からグラスガレージに対し、未だ本件自動車の所有権は移転しておらず、従つてグラスガレージから原告に対する本件自動車の所有権移転もない。

二  原告による即時取得の成否

1  未登録自動車の即時取得

被告は、本件自動車は未登録ではあつたが、いずれは登録されることが予定されており、登録が所有権得喪の対抗要件とされているから(道路運送車両法五条)、一般の動産とは異なり、即時取得の対象とはならないと主張した。しかし登録が自動車の所有権得喪の公示方法とされるのは新規登録がなされた後であるから、未登録の自動車については、登録が所有権取得の対抗要件とされることはない。従つて自動車も未登録の間は一般の動産と同様に即時取得の対象となり得る(最高裁昭和四五年一二月四日第二小法廷判決民集二四巻一三号一九八七頁)。

2  善意無過失等

(一) 原告は、原告に対する本件自動車の売主であるグラスガレージから本件自動車の引渡を受けて、その占有を取得した。グラスガレージは、平成三年六月一〇日、成田空港に到着した本件自動車を原告に引渡したのである。被告は、被告がグラスガレージに引渡したのは、排気ガス検査の代行やグラスガレージによる販売活動の便宜のために預けたに過ぎず、被告とグラスガレージ間の売買契約に基づく商品の引渡義務の履行として引渡したのではないと主張するが、いずれにしろ本件自動車を占有していたグラスガレージがその占有を原告に移転したことにはかわりがない。

(二) 未登録の建設機械や自動車で比較的高価な物の所有権の移転にあたつては、通常はその機械や自動車等の製造業者が発行した譲渡証明書を交付することが多い。巷間それによつて所有権移転に間違いがないことが確認されているのである。また追つて登録することが予定されている自動車の売買においては、その所有権移転にあたり、登録に必要な書類を授受するのが通常である。丸紅とグラスガレージ間の自動車売買基本契約においても、もともと未登録の自動車を反復して売り渡すことが予定されていたから、その所有権移転にあたつては譲渡証明書等を交付すべきものとされていたことは前述のとおりである(輸入自動車の売買が目的であつたから譲渡証明書だけでなく、その他に通関証明書も交付すべきものとされていた)。それにもかかわらず億単位の高価な本件自動車の所有権移転のための引渡にあたり、原告は譲渡証明書も通関証明書も受け取らなかつたのであるから、特別の事情がないかぎりは、原告に過失があつたことが疑われてもやむを得ないところである。しかし本件については二つの格段の事情があるために、原告はなお善意で無過失であつたと認める。

その第一は、原告が本件自動車売買代金をその引渡を受けるに先立つて支払済みであつたことである。原告は、グラスガレージが丸紅関与の下に英国のメーカーに発注して本件自動車を取得してこれを原告に売り渡すものであるとの認識の下に、グラスガレージがその取得資金として活用できるように、平成二年一〇月一一日に、当時渡英して本件自動車の確保にあたつていた野崎の指示により、売買代金の全額である金一億五五七〇万円を丸紅の銀行預金口座に振込送金したのである。この振込金を使用して、グラスガレージが本件自動車を適法に入手して原告に引渡した、と原告が信じたとしても何の不思議もない。まさかその振込金の大半がグラスガレージと丸紅の合意により、両者間の他の取引に流用されてしまつたと疑わなかつたとしても、原告を責めるわけにはいかない(丸紅の担当者もこの振込金が原告が属する「西武グループのVIP」からのものであることを承知していたことは明白である)。

ところで、登録されていない建設機械が譲渡証明書付で譲渡されるのは、現に登録されていないだけでなく、追つて登録することも予定されていないからであるが、それとは異なつて登録予定の自動車につき譲渡証明書等が交付されるのは、それが登録手続のために必要だからという意味もある。本件自動車は、登録手続をする前提として、まず特別注文の輸入特殊車両であつたために、排気ガスに関する諸法令による検査基準に合格するように整備した上でその手続を経なければならず、そのためにグラスガレージは、追つて輸入する予定であつた本件自動車と同種の第二号車をまず整備して排ガス検査を受け、しかる後に本件自動車についても所定の手続を経て、登録手続に進むと原告に告げていたのであり、それまでは登録手続に必要な通関証明書や譲渡証明書はグラスガレージが保管しておくと述べていたのであつたが、原告はその言を信じていたのである。このような特殊事情に、原告が既に本件自動車取得代金として大金を支払済であることを併せて考えると原告がグラスガレージの言を信じて譲渡証明書等を受領しなかつたとしても過失があつたとするのは酷である。

また原告は、本件自動車の取引以前にも、グラスガレージと取引しており、同社から本件自動車を含めて高額な自動車三台を購入しているが、その間何のトラブルもなかつたから、原告は、グラスガレージを疑わなかつたとしても不思議はなく、このことも、原告の善意無過失であつた事実を補強する。

以上の次第で、原告は本件自動車の占有を取得した当時、グラスガレージが本件自動車の処分権限を有すると信じており、かつそう信ずるについて過失はなかつたものと認められ、この認定を覆すに足りる証拠は存在しない。

なお被告は、原告の即時取得が認められた場合の仮定主張として、本件自動車の修理のための再輸出にあたり、平成三年一〇月二二日にグラスガレージから引渡しを受けてその占有を取得することにより、被告が本件自動車を即時取得したと主張したが、被告の主張によつても、右の占有取得は売買等所有権を移転するための取引に基づくものではないから、そのような取引による占有承継があつた場合にだけ適用される即時取得が成立する余地はない。

よつて本件自動車の所有権は原告に帰属するから原告の請求は理由がある。

(裁判長裁判官 高木新二郎 裁判官 佐藤嘉彦 裁判官 釜井裕子)

《当事者》

原 告 株式会社豊島園

右代表者代表取締役 堤 康弘

右訴訟代理人弁護士 鈴木 保

被 告 丸紅自動車販売株式会社

右代表者代表取締役 松田義之

右訴訟代理人弁護士 杉浦正健 同 鈴木輝雄 同 上拾石哲郎

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