東京地方裁判所 平成3年(ワ)2020号 判決 1993年6月03日
原告
富士商事株式会社
右代表者代表取締役
加藤茂雄
右訴訟代理人弁護士
服部秀一
被告
石田京子
右訴訟代理人弁護士
坂本昭治
同
赤羽宏
主文
一 原被告間の別紙物件目録記載(二)及び(三)の建物部分についての賃貸借契約における賃料は、平成二年九月一日以降一か月金四八万二〇〇〇円(消費税別)であることを確認する。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、それぞれを各自の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 原被告間の別紙物件目録記載(二)及び(三)の建物部分についての賃貸借契約における賃料は、平成二年九月一日以降一か月七〇万五〇〇〇円(消費税別)であることを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、被告に対し、昭和五〇年一月三〇日、別紙物件目録記載(二)及び(三)の建物部分(以下「本件貸室」という。)を次の約定の下に賃貸し、これを引き渡した。
賃料 一か月二一万円
期間 昭和五三年一月三〇日まで
保証金 二一〇万円
2 原告と被告は、本件貸室の賃料を、昭和五六年九月一日以降一か月二五万円に、昭和五九年九月一日以降一か月二七万円に、昭和六二年九月一日以降一か月三三万円に各増額することを合意した。
3 その後の物価上昇、公租公課の増加、負担の増額及び土地の価格の飛躍的上昇等に伴い、本件貸室の賃料は、近隣建物の賃料に比較して、不相当なものとなった。
本件貸室の平成二年九月一日現在の適正賃料は、一か月当たり七〇万五〇〇〇円を下らない。
4 原告は、被告に対し、平成二年八月末ころ、同年九月一日以降の本件貸室の賃料を一か月七〇万五〇〇〇円に増額する旨の意思表示をした。
5 よって原告は、被告に対し、本件貸室の賃料が、平成二年九月一日以降一か月七〇万五〇〇〇円であることの確認を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2の各事実は認める。
2 同3の事実のうち、昭和六二年に賃料を増額した以降、物価上昇等の経済事情の変化があったことは認め、その余は否認する。増額相当としても、過去の増額の経過に照らし、せいぜい従前賃料の二割増程度であり、被告は、平成三年二月分以降、二割相当額(六万六千円)を増額して支払っている。
3 同4の事実のうち、原告が、被告に対して、本件貸室の賃料増額の意思表示をしたことは認め、その時期については否認する。右意思表示があったのは平成二年九月である。
第三 証拠<省略>
理由
一本件貸室について、原告と被告との間に請求原因1の賃貸借契約が存在し、その後、請求原因2のとおり賃料が増額されてきたことは、当事者間に争いがない。本件貸室の賃料につき、原告が増額の意思表示をしたことについては、当事者間に争いはなく、その意思表示をした時期については<書証番号略>によれば、原告は、平成二年九月一日以前に右増額の意思表示をしたものと認められる。
二1 本件貸室の賃料につき、昭和六二年の増額以降、物価上昇等の経済事情の変化があったことは当事者間に争いがない。また、被告自身、本件貸室の賃料につき、過去の値上げ内容等に照らしてみて、遅くとも平成三年二月以降、二割の増額を認めているところである。
2 右事実からすれば、昭和六二年九月に改定された本件貸室の賃料は、前記増額の意思表示のなされた平成二年九月一日現在適正を欠くに至ったと認めるのが相当であり、右時点において、原告よりその増額請求をなしうべき事由が存在したものといわなければならない。
三そこで、平成二年九月一日時点における適正賃料額について検討する。
1 右時点における適正賃料額は、鑑定人西村康哉の鑑定結果(以下「西村鑑定」という。)によれば七一万二七五〇円、鑑定人黒田静男の鑑定結果(以下「黒田鑑定」という。)によれば四四万六〇〇〇円、<書証番号略>(不動産鑑定士飯田武爾他一名の不動産鑑定評価書、以下「飯田鑑定」という。)によれば五一万八〇〇〇円とされている。
2 不動産の継続賃料額の算定方式としては、差額配分法、利回り法、スライド法、賃貸事例比較法等が存在するが、適正賃料額の算定にあたっては、これらの方式を併用し、それぞれの結果を比較検討した上、総合的に判断するというのが不動産鑑定の一般である。しかるに、西村鑑定は、右不動産鑑定の一般と異なり、その算定方式として通常採用されていない(証人黒田静男の証言)経費配分により試算賃料を求めるという方式を採用し、この結果と賃貸事例比較法による鑑定結果のみに基づき、前述の他の手法については、全く言及することなく、適正賃料額を算定しているものであり、その得られた結果も黒田鑑定、飯田鑑定に比較して高額であって、やや異例の鑑定というべきで、同鑑定の結果は採用することができない。
3 黒田鑑定は、差額配分法(試算賃料一か月五四万〇〇〇〇円)、賃貸事例比較法(比準賃料一か月四五万七〇〇〇円)、スライド法(消費者物価指数による試算賃料一か月三六万五〇〇〇円日本銀行「経済統計月報」による全国主要三五都市の不動産賃料指数による試算賃料一か月三八万八〇〇〇円、東京ビルディング協会調査による渋谷地区の実質賃料上昇率による試算賃料一か月五四万一〇〇〇円)により賃料を試算し、これに賃料改定の経緯等を考慮して、実質賃料を一か月四五万七〇〇〇円と算定し、これより保証金の運用益を控除し、一か月の支払賃料を前記のとおり四四万六〇〇〇円としているもので、その鑑定手法、各算定方式における基礎数値の採用、比較事例、指数の選択等いずれも妥当なものと認められる。
飯田鑑定は、差額配分法(試算賃料一か月七〇万九五〇〇円)、利回り法(試算賃料一か月三三万六七〇〇円)、賃貸事例比較法(比準賃料一か月五七万〇四〇〇円)、スライド法(国民総生産の実質値による試算賃料一か月三八万四一〇〇円、東京ビルディング協会調査による渋谷地区の実質賃料上昇率による試算賃料一か月五二万四〇〇〇円、この二つの試算賃料を総合して四五万四一〇〇円と決定)により賃料を試算し、概ね黒田鑑定と同様の方法により一か月の支払賃料を前記のとおり五一万八〇〇〇円としているもので、その鑑定手法は妥当なものであり、また、各算定方式における基礎数値の採用等については、個々的にみれば、黒田鑑定との相違があるものの、不動産鑑定の基礎資料の収集等が鑑定士個人の判断に委されていることを考えると、ある程度の相違はやむを得ないものであり、右相違をもって、飯田鑑定における基礎数値の採用等が不合理ともいえない。このように、賃料額の鑑定については、鑑定士によりその結果にある程度の差が生ずるのは避け難く、複数の鑑定結果が、その結果の相違にもかかわらず、いずれも合理性を有すると判断される場合に、適正賃料額をどのように決定するかが問題となる。
このような場合、裁判所としては、控え目な認定として最も低額の鑑定結果を採用するのも一つの方法であるが(適正賃料額が低額の鑑定結果を下ることはないという意味において)、賃料額の鑑定が、鑑定人によってある程度の相違が不可避であるとすれば、複数の合理的とみなされる鑑定結果が存する場合は、各鑑定結果を平均して調整するのがより妥当と認められる。黒田鑑定による適正賃料額四四万六〇〇〇円と飯田鑑定による適正賃料額五一万八〇〇〇円を平均して求められる適正賃料額は四八万二〇〇〇円となる。
四以上の次第で、原告の被告に対する本件請求は、原告が被告に対して賃貸している本件貸室の賃料が平成二年九月一日以降一か月四八万二〇〇〇円であることの確認を求める限度において正当であるから認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官小田泰機)
別紙物件目録
(一) 所在 東京都渋谷区〇〇壱丁目弐壱番地壱、弐壱番地五
家屋番号 弐壱番壱の壱
種類 事務所
構造 鉄筋コンクリート造陸屋根
地下一階付四階建
床面積 壱階 壱七七m2五八
弐階 壱七七m2五八
参階 壱六参m2参参
四階 壱四九m2壱九
地下一階 弐〇弐m2参壱
(二) (一)の建物の三階
150.15m2(四五坪五〇)
(三) (一)の建物の四階
6.60m2(二坪)