東京地方裁判所 平成3年(ワ)2727号 判決 1992年9月11日
原告
鈴木将雄
ほか一名
被告
佐藤睦男
主文
一 被告は、原告鈴木将雄に対し、二二五一万一八四六円及びこれに対する昭和六二年九月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告株式会社ストリート・スライダーズ・オーガニゼイシヨンに対し、三〇二万一八八七円及びこれに対する昭和六二年九月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、これを四分し、その三を原告らの、その余を被告の各負担とする。
五 この判決は、一、二項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告鈴木将雄に対し、五七五二万三二〇五円及びこれに対する昭和六二年九月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告株式会社ストリート・スライダーズ・オーガニゼイシヨンに対し、五一五七万四三一九円及びこれに対する昭和六二年九月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
四 仮執行宣言
第二事案の概要
一 当事者(争いなし)
原告鈴木将雄(以下、「原告鈴木」という。)は、ロツクバンドである「ザ・ストリート・スライダーズ」(以下、「本件バンド」という。)のドラム演奏者であり、原告株式会社ストリート・スライダーズ・オーガニゼイシヨン(以下、「原告会社」という。)は、本件バンドのコンサート興業の企画、制作を主たる業務としている会社であり、他に所属するバンド等はない。原告鈴木は原告会社の取締役に就任している。
二 本件事故の発生(争いなし)
<1> 日時 昭和六二年九月二四日午後七時四五分ころ
<2> 場所 東京都国分寺市本多二―一六―一先十字路交差点(以下、「本件交差点」という。)
<3> 態様 被告が運転する普通乗用自動車(以下、「被告車」という。)が、交通整理の行われている本件交差点に、北側から進入し、西方向に右折したところ、対向車線を南から北に向けて直進してきた原告鈴木運転の自動二輪車(以下、「原告車」という。)と衝突した。
三 原告鈴木は、右交通事故により、右足関節脱臼、右脛骨骨折、右距骨骨折・壊死、右踵骨骨折、右距踵関節変形症の傷害を負った(甲三)。
四 責任原因(争いなし)
被告は、被告車を保有し、これを自己のため運行の用に供していた(自動車損害賠償保障法三条本文)。
五 争点
1 原告鈴木の損害額
2 原告会社の損害
原告会社は、原告鈴木の受傷による原告会社固有の損害として、
<1> 原告鈴木の休業中に同原告に支給した基本給分
<2> 本件事故当時既に決つていた本件バンドによる公演のキヤンセルに伴う違約金等の支払分
<3> 原告会社の得べかりし利益分
を主張している。
被告は、原告会社の損害は、仮に生じたとしても間接損害であるから賠償責任はないと主張する。
3 過失相殺
被告は、「原告鈴木は、右折の合図をして右折しようとしていた被告車を認めながら、その動静に十分注意しないまま直進しようとした。しかも、黄色信号で本件交差点に加速進入した。従つて、過失相殺率は三割である。」旨主張する。
これに対し、原告は「原告車は青信号で本件交差点に進入し、途中で黄色に変わつたものである。このような場合、被告車は直進車の通過を待つべきであつたのに、右前方の確認をしないまま、早廻りで、原告車の存在に気付かないまま急発進した。」として、過失相殺による減額を争う。
第三争点に対する判断
一 原告鈴木の損害
1 治療経過ないし本件事故後の経過(甲二ないし四、甲五の一、二、甲六の一、二、甲七の一、乙一一、原告鈴木本人尋問の結果)
<1> 昭和六二年九月二四日から一〇月一三日まで
東京都立府中病院において入院(二〇日間)
<2> 昭和六二年一〇月一四日から同病院に通院、自宅療養
<3> 昭和六三年四月一日からコンサート活動に参加
<4> 平成元年八月二八日から九月二八日まで前記病院に再入院
(三二日間、足首固定手術)
<5> 平成元年九月二九日から一二月三一日まで自宅療養
<6> 平成二年一月一日から前記病院に通院
<7> 平成二年八月三一日、症状固定
なお、実通院日数は、症状固定日まで三二日、固定後は平成二年一二月二七日までに四日である(甲七の一、甲一一)。
2 損害
(一) 治療費 一六九万〇九五〇円
(請求 一六九万〇九五〇円)
証拠(甲五の一、二、甲六の一、二、甲七の一ないし二七、甲八、九、八六)によれば、治療費(文書料を含む。)は右額と認められる。
(二) 付添看護費 認められない
(請求 一一万七〇〇〇円)
原告鈴木が入院した東京都立府中病院では完全看護の体制が採られていること(争いなし)に鑑みると、原告鈴木の前記傷害の程度を加味しても、付添の必要性を認めることはできない。
(三) 入院雑費 六万二四〇〇円
(請求 六万二四〇〇円)
前記のとおり、原告鈴木は合計五二日間入院したことが認められるところ、一日の入院雑費は一二〇〇円(弁論の全趣旨)が相当であるから、合計額は右額となる。
(四) 通院交通費 一一万三六九一円
(請求 一三万四五三一円)
証拠(甲一一)によれば、本件事故と相当因果関係にある損害は、右額と認めるのが相当である。なお、昭和六二年一二月二二日の交通費は通院のためのものではないので損害とは認められない。
(五) 装具代
(1) 松葉杖・免荷装具代 一二万八四〇〇円
(請求 一二万八四〇〇円)
証拠(甲一二ないし一五)によれば右額と認められる。
(2) 将来の免荷装具代 三四万八三四〇円
(請求 四三万三〇四〇円)
免荷装具の費用は一回につき六万〇七五〇円(甲一五)であり、その耐用年数は三年(原告鈴木、弁論の全趣旨)と認められる。そして、装具の購入回数は、平成四年から、二九歳の男子(原告鈴木は平成元年は二九歳である。)の平均余命である四八年間で一六回とするのが相当である。
そこで、右購入費用の現価をライプニツツ方式で算出すると前記額となる。
60750×(0.8638+0.7462+0.6446+0.5568+0.4810+0.4155+0.3589+0.3101+0.2678+0.2314+0.1999+0.1727+0.1491+0.1288+0.1113+0.0961)=348340
(六) 休業損害(得べかりし手当) 一四四万〇〇〇〇円
(請求 二六四万円)
原告鈴木は、本件バンドのドラム演奏者であつたところ、前記のとおり、本件事故から昭和六三年四月一日までの間入院ないし自宅療養をし、一時、公演活動に復帰したものの、その後平成元年八月二八日から一二月三一日までの間再び入院したことが認められる。
原告鈴木は、公演活動に参加できなかつた期間、基本給の支給は受けたものの、公演の際に得られる手当(フアイトマネー、一回の公演につき三万円)を取得できなかつたとし、その額は、本件事故時既に決定されていた四八回の公演分及び再入院期間中に行われたであろう四〇回の公演分の手当の合計八八回分、二六四万円に及ぶ旨主張する。
このうち、本件事故当時既に決まつていた昭和六三年二月一四日までの公演四八回(甲二三、原告鈴木、原告会社代表者伊藤惠美子)については、原告鈴木の傷害の程度、治療状況に鑑みると、得べかりし手当として損害と認められる。しかし、再入院の時期は平成元年八月から九月にかけての時期であり、この間に公演がどの程度行われるはずであつたかについては確たる予測はできないというべきであるから、損害としては認められない。
そして、証拠(甲一八、二〇の二、伊藤、原告鈴木)によれば、本件事故当時の手当は一回の公演につき三万円であつたと認められる。従つて、休業損害は一四四万円と認めるのが相当である。
(七) 逸失利益 二四四八万六〇七七円
(請求 四五一五万〇九二四円)
原告鈴木の収入については、本件事故以前について平均的な所得を示す証拠はない。しかし、事故前後の収入については、昭和六二年が二一一万円余、六三年が三二〇万円余、平成元年が五八〇万円余、二年が三六六万円余となつている(甲一九の一、二、甲二〇の一、二、甲二一の一、二、甲二二の一、二)。このことからすると、本件事故に遭わなければこれ以上の収入を得られていた可能性は否定できず、同原告は、本件事故当時、少なくとも、いわゆる賃金センサスにおける産業計・企業規模計・男子労働者・高校卒・二五~二九歳(原告鈴木は昭和三五年一二月四日生まれ)の収入と同程度の収入を得ていたと推認しうる。そして、原告鈴木が本件事故に遭わなかつたとすれば、今後どの程度の期間、ロツクバンドのドラム演奏者として活動し得たか定かではないと言わざるを得ないものの、同原告が他の職業に就いたとしても、やはり、将来、各年齢ごとの賃金センサスに現われているものと同程度の収入を得続けたであろうといえる。従つて、原告鈴木の症状固定日が平成二年八月三一日であることに鑑み、賃金センサス平成二年第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・高校卒・全年齢の平均年収四八〇万一三〇〇円を逸失利益算出の基礎とするのが相当である。
次に、原告鈴木は本件事故当時健康な二六歳の男子であり、本件事故により、右足関節脱臼骨折等による右足関節の機能廃絶、右腸骨の骨移植による骨盤骨の著しい変形、右距骨骨折に伴う足底等の頑固な神経症状という後遺障害を残し(甲三、乙一一、一二)、自動車損害賠償責任保険において、自賠法施行令二条別表の併合七級の認定を受けたこと(乙一二、一三)、同原告がロツクバンドのドラム演奏者であつたことから、右障害により、その活動を大幅に制限されたこと、また、日常生活上も、踵や足指の関節の痛みに悩まされ、走つたり正座をすることができず、歩行についても、免荷装具をつけていると膝を曲げることができない等の不都合があること(原告鈴木)が認められる。右後遺障害の内容、程度を考慮すると、症状固定日(二九歳)から就労可能な六七歳までの三八年間にわたつて、その収入の三五パーセントを減ずるものとみるのが相当である。
従つて、ライプニツツ方式(本件事故から原告鈴木が六七歳に達するまでの四一年のライプニツツ係数一七・二九四三から、本件事故から症状固定日までの三年の係数二・七二三二を控除する。)によつて本件事故時の逸失利益の現価を算定すると、前記額となる。
4801300×0.35×(17.2943-2.7232)=24486077
(八) 慰謝料
(1) 傷害慰謝料 一五〇万〇〇〇〇円
(請求 三一〇万円)
原告鈴木の傷害の部位、程度、入院日数(五二日)、通院期間、実通院日数(三四日)、既に予定されていたバンド公演への参加を、治療、療養のため断念せざるを得なかつたことによる原告鈴木本人の営業活動面での不利益等を考慮すると、傷害慰謝料として一五〇万円が相当である。
(2) 後遺障害慰謝料 八五〇万〇〇〇〇円
(請求 一〇〇〇万円)
原告鈴木の前記後遺障害の内容、程度、ロツクバンドの一員としてその活動を盛んにしつつあつた矢先に本件事故に遭い、多大な精神的苦痛を被つたこと、また、ドラム演奏者としての活動を事実上中断せざるを得なくなつていること(原告鈴木)その他諸般の事情を考慮すれば、後遺障害慰謝料として右額が相当である。
(九) 合計 三八二六万九八五八円
二 原告会社の損害
1 原告鈴木への支払い 一八二万一八八七円
(請求 一八二万一八八七円)
証拠(甲一六、一七、伊藤、原告鈴木)によれば、原告鈴木が本件事故による受傷により休業した期間、原告会社が原告鈴木に対し基本給として一八二万一八八七円を支給したことが認められ、右は、原告鈴木の受傷程度、治療期間(自宅療養期間を含む。)に照らし、本件事故による原告会社のやむを得ない出費として、相当因果関係にある損害といえる。
2 公演中止に伴う損害賠償金、広告費用等 一〇〇万〇〇〇〇円
(請求 一六七〇万七二八四円)
原告らは、契約済みの公演を中止したことに伴い、<1>プロモーターへの違約金の支払金一〇九六万一三六六円、<2>学園祭キヤンセル違約金支払金一〇万四五〇〇円、<3>スタツフへの違約金支払金二二二万四四一八円、<4>公演中止の雑誌広告料一九六万円、<5>制作済みのポスター、チケツト印刷代等七五万五〇〇〇円、<6>その他の中止通知に伴う費用七〇万二〇〇〇円の出費を余儀なくされ、右は、原告鈴木の受傷による原告会社の損害である旨主張する。
そこで検討するに、後記3で認定するとおり原告会社と原告鈴木とは経済的同一体の関係にあるとはいえないものの、本件バンドの一員である原告鈴木が、本件交通事故により急遽出演ができなくなつたことに伴い、既に決つていた公演のうちいくつかを中止したのはやむを得ない措置といえる。他方、原告らが公演を中止した理由は、従来からバンドとしてメンバーチエンジをしてきたことがないこと、原告鈴木の代役のドラム演奏者と組んではバンドの人気が下がること、フアンが代役を望まないと判断したことによることが認められ(伊藤、原告鈴木)、バンドとしての個性、人気を重視したものであつて、代役を加えての公演開催も必ずしも不可能ではなかつたとみることができる。そして、一般的には公演にむけて二週間余りのリハーサル期間が必要であること(伊藤)や代役募集期間に鑑みると、本件事故から一か月程度の期間内の公演を中止したことに伴う出費を、本件事故と相当因果関係にある損害とみるべきである。そこで、右に該当する、昭和六二年一〇月八日、一〇日、一二日及び一五日に予定されていた各公演(甲二三)の、中止に伴う費用についてみるに、会場費等の経費として一九二万七八一〇円(甲四二の一、二、甲四三の一ないし三及び五)及び中止広告料として二〇万円(甲四〇の一、二)が出費されているが、経費の一部(甲四二の一、二)についてはその金額の合理性を示す客観的資料に欠けるから、結局、公平の観点から、合計一〇〇万円の限度で本件事故と相当因果関係にある原告会社の損害とする。
3 公演中止による得べかりし利益 認められない
(請求 三四五三万〇五八八円)
証拠(伊藤、原告鈴木、弁論の全趣旨)によれば、原告会社は、昭和五八年三月九日設立された株式会社であり、伊藤惠美子が代表取締役、原告鈴木ほか四名が取締役を構成していること、業務は、ロツクバンドである本件バンドのコンサート興業の企画、制作を主としており、社員はおらず、右取締役四名がバンドのメンバーであり、伊藤はマネージヤーを担当していること、原告会社の収益は、本件バンドによるコンサート興業とそれに伴うキヤラクター商品の販売によるものであること、原告鈴木ら本件バンドのメンバーは固定給を支給されるほか、公演ごとに手当(フアイトマネー)が得られることが認められる。右によれば、原告鈴木は原告会社の取締役ではあるけれども、その収入、支出の面では一構成員にすぎず、原告会社と経済的同一体の関係にあるとは認められない。従つて、損害を認めることはできない。
4 損害額合計 二八二万一八八七円
三 過失相殺
1 証拠(乙二ないし六、乙八及び九、原告鈴木)によれば、以下の事実が認められる。
(一) 被告は、信号機により交通整理の行われている本件交差点に、北側から進入し、右折する予定であつた。被告は、まず本件交差点手前で右折合図をしながら一旦停止し、更に交差点入口まで進行したところで、対面信号が青表示から黄表示に変わつたため、急いで右折しようと思い、右方の歩行者の有無に気をとられ、前方の安全を確認しないまま、時速約二〇キロメートルで右折を始めた。従つて、原告車と衝突するまで原告車の存在に気付かなかつた。
(二) 他方、原告鈴木は、被告車の反対側(南側)から本件交差点に進入し、直進する予定であつた。そして、原告鈴木は、本件交差点入口付近の被告車を見て、そのまま停止していてくれるものと考え進行したところ、被告車が右折を始めたため、その前方を通過しようと一旦は加速した後、急ブレーキを踏んだが間に合わず、被告車と衝突した。なお、原告車の対面信号は原告車が本件交差点入口の停止線にかかつたころに黄表示に変わつた
(なお、原告鈴木は、黄表示に変わつたのは、本件交差点に入つた直後であると供述しているが、右折を始めた被告車を見て一旦加速した後に急ブレーキをかけたという経過があるのに、原告車のブレーキ痕は本件交差点の入口に近い地点から始まつていることに照らし、俄がには信用できない。)。
2 そこで、過失相殺の点について検討するに、被告には右折に際し、前方直進車の有無、動静についてなんら注意を払つていなかつた過失が認められる。他方、原告鈴木においても、右折車が停止しているからそのまま直進できるものと軽信した上に、被告車が右折を開始しても前方を通過できるものと考えて加速進行した点に落度が認められる。
なお、被告は、原告車が黄表示にもかかわらず本件交差点に進入したものであるから、三割の減額をすべき旨主張するが、前記認定のとおり、原告車が停止線付近を進行中、黄表示に変つたものであり、原告車が交差点手前で停止することは困難であつたといえるから(道路交通法施行令二条一項によれば、右の場合には交差点への進入自体は禁止されない。)、かかる場合を黄信号のまま交差点に進入した場合と同視するのは妥当でない。
以上、双方の事情を総合勘案すると、原告鈴木の損害額の二割(原告会社の損害分についてはこれを減ずるのは相当でない。)を減ずるのが相当である。
3 相殺後の金額
原告鈴木 三〇六一万五八八六円
四 原告鈴木に関する填補額(争いなし) 一〇一〇万四〇四〇円
填補後の原告鈴木の金額 二〇五一万一八四六円
五 弁護士費用
原告鈴木 二〇〇万〇〇〇〇円
原告会社 二〇万〇〇〇〇円
六 賠償額合計
原告鈴木 二二五一万一八四六円
原告会社 三〇二万一八八七円
七 以上の次第で、各原告の本訴請求は、右六で認定した各金額及びこれらに対する不法行為の日である昭和六二年九月二四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による各遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 小西義博)