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東京地方裁判所 平成3年(ワ)358号 判決 1992年7月30日

原告 渡辺博子

右訴訟代理人弁護士 原純一郎

被告 フジチュー株式会社

右代表者代表取締役 藤田庸右

右訴訟代理人弁護士 富永義政

江上千恵子

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

(第一、第二省略)

第三争点

一  本件各取引の成否

二  本件各取引に当たり、大井に原告主張のような不法行為が成立するか。そして、被告が大井の監督者として、ないしはその使用者として、損害賠償責任を負うか否か。

三  二が認められた場合において、その損害の額

第四争点に対する判断

一  争点一について

1  原告が被告の東京支店に勤務していた大井を介して、被告に対し、委託保証金又は追加の委託保証金名下に、平成元年二月一三日、金一一五万円を、平成二年一〇月一一日、金六〇万円を支払い、また、委託保証金の代用名下に、本件各株券を同目録交付日時欄記載のとおりの日時に交付したことは、当事者間に争いがない。

2  右当事者間に争いがない事実に、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる≪証拠省略≫、証人大井明生の証言により真正に成立したものと認められる≪証拠省略≫、いずれも成立に争いのない≪証拠省略≫を総合すると、以下の事実が認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果は、後記3のとおり、採用しがたい。

(一)  原告は、昭和六三年二月ころから、株式の取引を行っていたが、株取引を止めて他の利殖の方法を考えており、雑誌「マネー」で被告を知って、興味を持ち、被告の大阪本店に電話をした。右電話を契機として、被告から原告宛に被告が発行している月刊誌が送られるようになったところ、原告は、同年二月上旬ころ、右月刊誌が送られてくる封筒の名前を見て、被告の東京支店の大井に電話をかけ、大井に対し、「これから商品取引をしたい。特に金、銀、白金に興味があるのだけど、商品取引の説明をしてくれないか。」と申し入れた。そこで、大井は、電話で三〇分位にわたり、原告に対し、商品取引について説明をしたうえ、原告が希望する取引の資料として、被告のパンフレット、「商品取引ガイド」と題するパンフレット等を送付した。

その数日後、原告から、大井に対して再度電話があり、大井が同月一三日午後一時に商品取引の説明のために、原告方を訪問することを約束した。

(二)  大井は、約束の日時である同月一三日午後一時に原告方を訪れ、「商品取引委託のしおり」等を示して、商品取引の仕組、取引の単位、手数料、証拠金、追証拠金等について、原告に説明した。原告は、取引の単位や追証拠金等について、さらに説明を求めたり、保証金については現金でしか支払えないのか等の質問をした。

そのうえで、原告は、夫である利和名義で取引を行うことを申し出、「私が貴社に対し、東京工業品取引所の商品市場における売買取引……(中略)……の委託をするについては、先物取引の危険性を了知した上で、貴社から交付された、東京工業品取引所の定める受託契約準則(特定取引実施要領を含む)の規定を遵守して売買取引を行うことを承諾します。」と記載された承諾書≪証拠省略≫に利和名義で署名、押印し、また、「商品取引委託のしおり」を受領した旨の書類≪証拠省略≫にも利和名義で署名、押印した。さらに、被告宛の届出印鑑登録表≪証拠省略≫に利和の住所、氏名を記入した上、届出印欄に「渡辺」と刻した小判型の判を押した。

そして、同日、原告は、金、白金の取引に興味を示し、委託保証金準備金として金一一五万円を大井に預託し、併せて右委託保証金準備金を委託保証金に充当することを承諾した。その後、大井は、情報の提供として、一週間に一度郵送により「ゴールドレポート」という冊子を送ったり、新たな情報を入手したときは電話で情報を提供したりした。

(三)  大井は、平成元年二月二三日、新たな情報を得て、取引の始まる前の午前九時に原告に情報を提供し、併せて国際情勢や為替等当時の状況を説明したところ、原告は、取引の開始時の値段で白金一枚を購入してほしいとの注文を発し、その後、原告の電話の指示で右取引を同年三月九日に仕切り、本件取引1を行った。そして、大井は、同月二九日午前九時一〇分ころ、原告から白金一枚の買い注文があり、その取引をしたが、同日は三月の納会日であったことから、現物の受渡をするか債権決済をする必要があり、原告は、現物(貨物引換証)を受け取り、本件取引2を行った。

(四)  原告は暫く被告との取引を行わなかったが、平成二年八月二三日に、被告の東京支店の大井に「持株の値下がりが著しく大きく損益も大きくなった。湾岸戦争の関係で今後金が値上がりすると思うので、金の取引を始めたい。」との電話をかけ、金の取引についての情報を求めた。

そして、原告が金の取引をするには委託保証金を被告に提供する必要があったことから、大井は、同月二七日に原告宅を訪れ、別紙株券目録≪省略≫一記載の株券と同目録二記載の株券のうち、三〇〇〇株を委託保証金代用として受領した。

そのうえで、原告は、本件取引3、4を行い、同年九月二九日には、別紙株券目録二記載の株券のうち、一〇〇〇株と同目録三記載の株券を委託保証金代用として大井を介して被告に交付した。

(五)  原告は続いて本件取引5、6を行ったが、損失を計上したことから、金一六〇万円余りの委託保証金を追加して支払う義務が生じ、内金六〇万円については、同年一〇月一一日に被告に振込送金した。

その後、原告は、本件取引7を行ったところ、以上の取引により、金五一四万二九八四円もの差損金が生じた。

(六)  原告は、右差損金を速やかに支払わなかったため、大井が被告本社の玉利某、被告東京支店の山田某とともに、原告方を訪問し、原告に利和を交えて話し合い、原告らは、大井らに対し、平成二年一〇月一九日現在の帳尻残高である五一四万二九八四円を、同月一九日に六〇万一六七五円を入金する外、白金倉荷証券については同日現金化して入金し、その残金については同年一一月一三日までに入金することを約した。そして、その旨を記載した被告宛の念書≪証拠省略≫に、利和が署名、押印した。

しかしながら、原告らは、右念書に記載した約定を履行しないため、被告は、委託証拠金の代用として預かっていた本件株券を充当することとし、まず平成二年一一月一五日付け弁済充当通知書≪証拠省略≫をもって、「平成二年一〇月二〇日付けをもってご差し入れの念書による立替金は指定日を過ぎてもご入金預けませんでした。つきましては、まことに不本意ながら平成二年一一月三〇日付けをもって受託契約準則第一八条第三項の規定に基づき、お預り委託証拠金より下記の金額を充当いたしますので、同条第五項の規定によりご通知申し上げます。」として、別紙株券目録一、二記載の各株券を前記差損金に充当する旨を通知し、さらに、平成二年一二月五日付け弁済充当通知書≪証拠省略≫をもって、同様に別紙株券目録三記載の株券を、平成二年一二月一九日付けをもって、前記差損金に充当する旨を通知し、それぞれ株券を売却のうえ、その充当を実行し、残金九三万九三一四円を平成三年一月二二日に返却した≪証拠省略≫。

(七)  被告においては、準則二五条に基づき、毎月一回、原告に対し、残高照合通知書を発して、これに対して、原告からの回答を所定の葉書で得ることとしていたが(もっとも、残高照合通知書には、「発行日から一〇日以内にご回答がない場合にはご承認があったものとして処理させていただきます。」との記載もあり、所定の葉書を原告が被告に返送しなかったことから、原告が本件取引を承諾していなかったと推認することはできない。)、原告は、平成元年三月六日付け、同年四月四日付け、同年七月四日付け、同年八月四日付け、同年九月五日付け、同年一〇月二日付け、平成二年一月一一日付け、同年三月七日付け、同年四月三日付け、同年七月六日付け、同年一〇月二日付けで、いずれも通知書のとおり相違ない旨の回答をしている≪証拠省略≫。

3  なお、原告は、大井からは商品取引について十分な説明はなく、本件各取引について十分な理解をしないまま、大井の指示どおりの金員を交付したりしたのであり、原告としては現物の取引をしているつもりであった等として前記認定に反する内容の供述をする(原告本人尋問の結果)。

しかしながら、原告は、利和と結婚する以前、短大を卒業して、日本開発銀行に約一一年もの間勤務していたものであって、比較的平易に商品取引について記載し、その理解を得ようとしている「商品取引委託のしおり」≪証拠省略≫等の内容を理解する素養がないとはおよそ認められないところ、≪証拠省略≫によると、原告は、取引開始に先立ち、平成元年二月一三日には、前記「商品取引委託のしおり」を大井から交付を受けたことが認められ、これによりこれから自分が行う取引について相応の知識をえていたものと認められる。また、原告自身、被告と取引するに至った経緯は、原告が投資等に関する雑誌にあった被告の広告を見て被告本社に架電したことにあると供述しているところ(原告本人尋問の結果)、そうであれば、被告がいかなる取引を行う会社であったかは十分理解できていたものと思料される。さらに、原告本人尋問の結果によっても、原告は本件各取引を開始する前に、被告から、その発行している雑誌の送付を受けていたことが認められ、このことからしても被告の営業内容を十分に知り得たというべきである。

そして、こうした事実に、原告が≪証拠省略≫の建玉残高紹介回答に残高照合通知書の記載のとおり相違ない旨を記載して返送していること、原告と利和が差益金の支払の交渉を受けて、被告宛の念書≪証拠省略≫に利和が署名、押印したこと、提出にかかる書証と矛盾のない内容の証人大井明生の証言等に照らして、原告本人尋問の結果中、前記認定に反する部分は措信しがたいといわなければならない。

4  そして、2で認定した事実によれば、原、被告間で本件各取引がなされた事実が認められるから、不当利得を理由とする原告の請求は理由がない。

二  争点二について

1  原告は、大井が商品取引について知識のない原告をこれに引き込み、しかも、法、同法施行規則、準則、指示事項に反し、(1)不適格者勧誘、(2)投機性の説明の欠如、(3)断定的判断の提供、(4)利益の保証、(5)他人名義での取引勧誘、(6)新規委託者保護の実質的違反、(7)一任売買、(8)充用有価証券流用、(9)両建玉の勧誘、(10)反復売買をそれぞれ行ったうえ、そもそも本件各取引は、原告に十分な説明をすることなく、原告の理解を越えた取引に引き込んだもので詐欺に該当することを大井の不法行為であると主張するが、一の認定事実に照らせば、大井が商品取引について知識のない原告をこれに引き込んだとの主張や本件各取引は、原告に十分な説明をすることなく、原告の理解を越えた取引に引き込んだもので詐欺に該当するとの主張が理由がないことは明らかである。

2  その余の指摘の点については、原告が、第八回口頭弁論期日における「原告は、訴状記載の請求の原因第五項記載の事実につき具体的な主張を平成四年三月一六日までに書面で提出せよ。」との釈明に応じないことから、その主張したい具体的な内容は明らかではない。

原告の右抽象的な主張を前提に判断するに、(2)、(5)及び(8)については一の認定事実に照らして理由のないことは明らかであり、(3)、(4)、(6)、(7)及び(10)については、指示事項等に原告指摘のような項目があるものの、本件各取引がそれらに反したことを認めるに足りる証拠はない。

3  (1)については、成立に争いのない≪証拠省略≫によれば、全国の商品取引所が定めた指示事項には、「主婦等家事に従事する者」を勧誘してはならないとの定めがあることが認められるけれども、指示事項は、全国の商品取引所の内部規制的意味合いのものと認められ、そもそもこの指示事項に反することが直ちに不法行為に該当するとは認められないし、一の認定事実に照らせば、本件各取引は原告が被告に架電して、商品取引についての説明を求めたことを契機としており、被告が取引を行う意思のない主婦等を商品取引に勧誘したというものではなく、前掲≪証拠省略≫によれば、指示事項においても、主婦等家事に従事する者に対する勧誘を全く認めていないわけではないこと等に照らして、被告が「主婦等家事に従事する者」である原告と取引を行ったことをもって、不法行為に該当するとは認められない。

4  (9)について検討するに、前掲≪証拠省略≫によれば、指示事項において「同一商品、同一限月について、売または買の新規建玉をした後(または同時)に、対応する売買玉を手仕舞せずに両建するようにすすめること」を禁止しているが、指示事項の性質は先に判示したとおりであり、指示事項に反することが直ちに不法行為に該当するとは認められないことも先に判示したとおりである。一で認定した事実によると、本件取引3ないし5において、原告は、金についていわゆる両建の取引をしていることが認められるけれども、証人大井明生の証言によると、右は大井のアドバイスのもとに原告の判断で行われた取引であると認められるから、原告がいわゆる両建の取引をしたことにより本件取引が不法行為性を帯びるとは認められない。

5  結局、一の認定事実に照らせば、本件各取引は、雑誌で商品取引という投機性の高い投資に興味をもった原告が、被告に架電することにより、被告との間で商品取引を開始し、被告の社員であった大井のアドバイスのもとに、自己の判断で取引を継続して、損失を計上したにすぎないのであって、本件各取引に関して、被告はもちろん、大井についても不法行為と評価されるべき違法な行為は認められないというほかない。したがって、争点三については判断の必要がない。

第五結論

以上の次第であるから、原告の本訴請求は理由がない。

(裁判官 深見敏正)

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