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東京地方裁判所 平成3年(ワ)4174号 判決 1992年2月13日

原告

白幡フテノ

被告

国際興業株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金八四八万〇一七三円及び、内金七七三万〇一七三円については平成二年二月一三日から、内金七五万円については平成三年四月二五日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金一五四一万二〇四〇円及び内金一四四一万二〇四〇円に対する平成二年二月一三日から、内金一〇〇万円に対する本訴状送達の日の翌日以後である平成三年四月二五日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

原告は、平成二年二月一二日午前八時四二分ころ、東京都板橋区高島平八丁目三番三号先路上において、被告大出欽一(以下「被告大出」という。)の運転する乗合バス(車両番号練馬二二か四二二一、以下「本件バス」という。)に乗車し、運転席の後ろの座席に腰掛けようと歩きかけたところ、被告大出が本件バスを漫然発車させたため、バランスを失つて横転し負傷した。

2  被告らの責任

(一) 被告国際興業株式会社の責任

被告国際興業株式会社(以下「被告会社」という。)は、本件バスを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条本文によつて、本件事故によつて原告が被つた後記損害を賠償する責任がある。

(二) 被告大出の責任

被告大出は、本件事故当時、車内に原告のほか二人の乗客しかおらず、当時七〇歳の老齢であり右手に荷物を持つていた原告が座席に座ることを容易に予測できたのであるから、本件バスを運転する者として、原告が座席に着席するのを確認したうえで発進するべき注意義務があつたのに、これを怠り、本件バスを漫然発進させ、原告に後記損害を被らせたものであるから、民法七〇九条に基づき、右損害を賠償するべき責任がある。

3  原告の治療経過と後遺症の程度

原告は、本件事故によつて右大腿頸部を骨折したため、平成二年二月一二日から同年五月二七日まで(一〇五日間)入院して人工骨頭置換術を受け、その後同年六月三〇日まで(実日数二日)通院して治療を受けたが、同日、右股関節機能全廃の後遺症(以下「本件後遺症」という。)を残して、症状が固定した。このため、原告は、短い距離しか歩くことができなくなり、立位のままの動作や腰を屈めること、椅子から立ち上がること、床に座ること等に支障を来しているが、その内容・程度に照らすと、本件後遺症は自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表(以下「等級表」という。)の八級七号に該当する。

4  損害

(一) 入院雑費 金一二万六〇〇〇円

原告は、本件事故のため一〇五日間入院したので、入院雑費として、一日当たり金一二〇〇円、合計金一二万六〇〇〇円の損害を被つた。

(二) 休業損害 金九九万五二〇一円

原告は、本件事故当時、長男の経営する会社において、電子部品を基盤に取りつける作業に従事するとともに、独身である長男及び二男の身の回りの世話をしていたのであるから、その労働力の経済的価値は少なくとも同年齢の女子の平均賃金を下らないというべきである。したがつて、原告の休業損害は、賃金センサス平成元年女子産業計・企業規模計の六五歳以上の年収である二六一万三三〇〇円を基礎とし、本件事故日から症状固定日までの一三九日間の額を算定した金九九万五二〇一円が相当である。

(三) 逸失利益 金五〇九万〇八三九円

本件後遺症の内容・程度に照らすと、原告の労働能力の喪失率は七五パーセントを越えるものというべきである。したがつて、原告の逸失利益は、少なくとも、前記賃金センサスの収入額を基礎とし、その就労可能年数を五年間とし、ライプニツツ方式(係数四・三二九)によつて中間利息を控除した本件事故時における現価を算定した額である金五〇九万〇八三九円が相当である。

(四) 傷害慰謝料 金一五〇万円

(五) 後遺症慰謝料 金六七〇万円

(六) 弁護士費用 金一〇〇万円

5  よつて、原告は、被告らに対し、被告会社については自賠法三条本文に基づき、被告大出については民法七〇九条に基づき、各自一五四一万二〇四〇円及び、内金一四四一万二〇四〇円については本件事故の日以後である平成二年二月一三日から、弁護士費用相当額である内金一〇〇万円については本訴状送達の日の翌日以後である平成三年四月二五日から、各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1のうち、原告主張の日時場所において原告が横転し負傷したことは認め、その余の事実は否認する。

2  請求原因2(一)のうち被告会社が本件バスを自己のために運行の用に供していたものであることは認め、その余は争う。

同2(二)のうち、本件事故当時車内に原告のほか二人の乗客しかいなかつたこと、当時原告が七〇歳であり右手に荷物を持つていたことは認め、その余は否認ないし争う。

3  請求原因3のうち、原告の入通院状況は認めるが、その余の事実は知らない。

4  請求原因4(一)、(二)の事実は知らない。

同4(三)ないし(六)は争う。

三  抗弁

1  過失相殺

バスの内部には座席、保護棒、吊り革があるほか、座席の肩部分には握り金具が取りつけられているのであるから、バスに乗車した乗客としては、車内に取りつけている右のような安全設備を利用し、あるいは足をふんばるなどして安定した姿勢を保持して自ら危害を防止する義務があるところ、原告は、本件バスが発車しつつあるのに車内を移動し、かつ、右のような安全設備を利用するなどの措置をとらなかつたかあるいは不十分であつたために転倒したものである。したがつて、原告の損害賠償額を算定するにあたつては、相当の過失相殺をすべきである。

2  損害賠償の一部填補

被告は本件事故について治療費として金三二万三七八〇円、看護料として金七九万六九四〇円、合計一一二万〇七二〇円を支払つた。

四  抗弁に対する原告の認否

1  抗弁1の主張は争う。

2  抗弁2の事実は認める。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  本件事故の発生

1  請求原因1のうち原告主張の日時場所において原告が横転し負傷したことは当事者間に争いがなく、右事実に成立に争いのない甲第一号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第二号証、成立に争いのない甲第四、第五号証、成立に争いのない乙第二ないし五及び第八号証、本件バスの写真であることにつき争いのない乙第一八号証の一、二並びに原告及び被告大出欽一各本人尋問の結果(ただし、被告大出欽一本人尋問の結果中、後記措信しない部分を除く。)を総合すると、次の事実が認められる。

被告大出は、被告会社の志村営業所に路線バスの運転手として勤務するものであるところ、平成二年二月一二日午前八時四二分ころ、乗客二人を乗せて本件バスを運転し(この点は当事者間に争いはない。)、東京都板橋区高島平八丁目三番三号先所在の高島平駅前停留所に停車した際、原告が東京都の発行するいわゆるシルバーパスを使つて本件バスに乗車した。原告は、お弁当の入つたビニール袋を右手に持ち、本件バスの左前方にある乗車口から乗車し、運転席のすぐ後ろの座席に腰掛けるため運転席の左後方にある保護棒に左手を添えたところ、被告大出は、ルームミラーによつて原告の行動を確認したものの、原告がすでに保護棒を握つたと誤信し、そのまま右後方の安全を確認して本件バスを時速約四、五キロメートルで発進させた。そのため、原告は、バランスを失い、頭を進行方向反対側に右半身を下側にして倒れた。被告大出は、原告が転倒したことに気づき、直ちに本件バスを停車させたが、原告は、本件事故の結果、右大腿部頸部骨折の傷害を負つた。

2  被告らは、原告が本件バス内を歩行中に本件事故が発生した旨主張するが、本件全証拠によつてもこれを認めるに足りない。また、被告大出欽一は、原告が本件事故当時保護棒を握っていたかにとれる供述をするが、前掲証拠によれば、同被告は原告の行動を本件バス内のルームミラーを介して確認したにすぎず、同被告の右供述は採用できない。

二  被告らの責任及び過失割合

1  被告会社の責任

請求原因2(一)のうち、被告会社が本件バスを自己のために運行の用に供していたものであることは当事者間に争いがない。したがつて、被告会社は自賠法三条本文に基づき、原告の後記損害を賠償する責任がある。

2  被告大出の責任

被告大出は、いわゆる乗合バスを運転する運転手として、乗客の安全に十分注意を払いながら運転する義務があるところ、前記認定事実によれば、本件事故当時、本件バスには乗客が二人しかいなかつたし、原告はシルバーパスを利用して本件バスに乗車したのであるから、同被告としては、原告が最寄りの空席に着席するであろうことは十分予測できたはずであり、かつ、原告が一般的にいつて要保護性の高い高齢者であることも容易に知りえたのであるから、原告が着席するか、吊り革や保護棒につかまる等して発車の反動に耐えうる体勢をとつたことを確認した上で発車させるべき注意義務があるのに、これを怠り、ルームミラーを介して原告が保護棒をつかんでいると軽信し、漫然本件バスを発車させた注意義務違反があつたというべきである。したがつて、被告大出は、民法七〇九条に基づき、原告の後記損害を賠償する責任がある。

しかし、他方、バスの乗客としては、不特定多数の乗客を低廉かつ迅速に輸送するバスを利用する以上、乗車に際しては、その円滑迅速な運行に配慮し、できるだけすみやかに着席するか、吊り革ないし保護棒につかまる、足をふんばる等して、バスの発進や揺れに伴う危険から自らを守るための努力をすべき義務があるというべきである。しかるに、前記認定事実によれば、原告は、バスの乗客としての右注意義務を十分つくさなかつた過失があったと言わざるをえない(本件事故の際の発進は特に急激なものであつたとは認められない。)本件事故の発生に対する原告の過失割合は、その年齢をも勘案すると、三〇パーセントと認めるのが相当である。

三  原告の治療経過及び後遺症の程度

原告の入・通院状況(入院一〇五日間、通院実数二日間)については当事者間に争いはない。そして、甲第二号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告が本件事故によつて右大腿頸部を骨折し、そのため人工骨頭置換術を受けたが、平成二年六月三〇日、本件後遺症を残して症状固定となり、これが等級表の八級七号に該当すること、本件後遺症のため、原告は、歩く際には杖をつくようになり、長時間正座することや長い距離を歩くこともできなくなるなど、日常生活に種々の不便をしいられていること、がそれぞれ認められる。

四  被告の損害

1  入院雑費 金一二万六〇〇〇円

前記認定によれば、原告は、本件事故のため一〇五日間入院したところ、その入院期間中に諸雑費を必要なことは明らかなので、入院一日当たり金一二〇〇円で、一〇五日分の合計金一二万六〇〇〇円を入院雑費として認めるのが相当である。

2  休業損害 金六三万七三一三円

原本の存在及び成立について争いのない甲第八号証の二及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告(大正八年九月二九日生まれ)は、高等小学校卒の女性であり、本件事故当時、原告の長男である白幡薫の経営する株式会社ミナモトにおいて、電子部品を基盤に取りつける作業に従事するとともに、独身である長男及び次男の身の回りの世話をしていた(もつとも、完全に同居していたわけではない)が、本件事故により前掲傷害を受けたため、その治療期間中右労働に従事することができなかつたことを認めることができる。

右認定の事実によれば、原告は、本件事故に遭わなければ、右労働に従事することにより少なくとも平成二年賃金センサス第一巻第一表の女子労働者・小学・新中卒・六五歳以上の平均年収額である二〇九万一九〇〇円の八〇パーセントである金一六七万三五二〇円(原告は事故当時七〇歳であつた)。を下らない収入を得ることができたと推認されるから、右金額を基礎とし、本件事故日から症状固定日までの一三九日間の額を算定した金六三万七三一三円(円未満切捨て)が、原告の休業損害と認めるのが相当である。

原告は、その労働力の経済的価値は少なくとも同年齢の女子の平均賃金(二六一万三三〇〇円)を下らないと主張し、本人尋問において、株式会社ミナモトから月二〇万円の給料を得ていた旨供述するが、それを裏づける客観的な証拠はないのであるから、その年収額は右認定の限度にとどまるものというべきである。

3  逸失利益 金三二六万〇一〇〇円

前記のとおり原告の本件後遺症は等級表の八級七号に該当するところ、その内容・程度に照らすと、その労働能力喪失率は四五パーセントを下らないと認められる。そして、原告の年齢からすれば、原告は本件後遺症の症状固定日から少なくとも五年間は就労可能であると考えられるから、右二〇九万一九〇〇円の八〇パーセントの金一六七万三五二〇円を基礎に、ライプニツツ方式(係数四・三二九)によつて年五分の割合による中間利息を控除して、原告の逸失利益の本件事故時の現価を算定すると、金三二六万〇一〇〇円(年未満切捨て)となる。

4  慰謝料 金七五〇万円

本件事案の内容、原告の傷害の部位・程度及び入・通院の期間、後遺症の内容・程度、事故時における原告の年齢、その他、本件訴訟の審理に顕れた一切の事情を考慮すると、原告の受けた精神的苦痛を慰謝するには金七五〇万をもつて相当とする。

5  原告の総損害額 金一二六四万四一三三円

ところで、被告らが原告に対し、治療費として金三二万三七八〇円、看護料として金七九万六九四〇円、合計一一二万〇七二〇円を支払つたことは当事者間に争いがないから、本件事故による原告の総損害額は、右1ないし4の総額である金一一五二万三四一三円に右一一二万〇七二〇円を加えた金一二六四万四一三三円である。

五  過失相殺

前記認定のとおり、原告の本件事故発生に対する過失は三〇パーセントと認められるから、これを斟酌して原告の右総損害額から三〇パーセントを減額すると、この過失相殺後の損害残額は金八八五万〇八九三円(円未満切捨て)となり、原告が被告から金一一二万〇七二〇円を受領していることは当事者間に争いはないから、本件事故による被告らの原告に対する損害賠償債務は、金七七三万〇一七三円と認められる。

六  弁護士費用

本件事故の内容、認容額、審理の経過等に鑑みると、本件事故と相当因果関係のある損害として被告らに賠償を求められる弁護士費用は、金七五万円が相当である。

七  結論

以上の事実によれば、被告らは、各自金八四八万〇一七三円及び内金七七三万〇一七三円については不法行為の日以後である平成二年二月一三日から、内金七五万円については本件訴状送達の日の翌日以後であることが記録上明らかな平成三年四月二五日から、各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よつて、原告の被告らに対する請求は、右の限度で理由があるから認容し、その余は棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 稲葉威雄 石原稚也 見米正)

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