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東京地方裁判所 平成3年(ワ)548号 判決 1998年7月15日

原告

坂誠

右訴訟代理人弁護士

副島文雄

右補佐人弁理士

松下義勝

被告

ホンダ製菓株式会社

右代表者代表取締役

誉田唯雄

被告

株式会社銀座京極堂

右代表者代表取締役

誉田稔

被告

井桁堂株式会社

右代表者代表取締役

服部幸三

右三名訴訟代理人弁護士

小林幸夫

右三名補佐人弁理士

小林孝次

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告らは、原告に対し、連帯して各自金八億二五〇〇万円及びこれに対する平成八年一一月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いがない事実等

1  原告は、次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)を有していた。

実用新案登録 第一六九〇五二七号

出願日 昭和五七年七月一日

出願番号 実願昭五七―九八二一九号

公告日 昭和六一年一二月二日

公告番号 実公昭六一―四二四〇〇号

登録日 昭和六二年七月二七日

存続期間満了日 平成八年一二月二日

考案の名称 えび入り加工食品

実用新案登録請求の範囲

「えびの落し身若しくはすり身等の細肉物と、澱粉、所望に応じて調味料、香料、香辛料その他の添加物とが半熱変性された状態で一体化されて成ることを特徴とするえび入り加工食品。」

2  本件考案の構成要件は、次のとおり分説される。

A えびの落し身若しくはすり身等の細肉物(以下「えびの細肉物」という。)と澱粉が含まれること

B 所望に応じて調味料、香料、香辛料その他の添加物とが含まれてもよいこと

C えびの細肉物と澱粉が含まれるもの又はこれに所望に応じて調味料、香料、香辛料その他の添加物が含まれるものが半熱変性された状態で一体化されて成ること

D えび入り加工食品であること

3  被告ホンダ製菓株式会社(以下「被告ホンダ製菓」という。)は、平成二年四月から業として別紙目録記載の製品(以下「被告製品」という。)の製造を開始し、被告製品を他の被告らに販売している。被告株式会社銀座京極堂(以下「被告銀座京極堂」という。)は、同月ころから業として被告製品に「うすけし」、「薄化子」及び「薄花子」の商品名を付けて販売している。被告井桁堂株式会社(以下「被告井桁堂」という。)は、同月ころから業として被告製品に「心」の商品名を付して販売している。

4  被告製品の「えびの落し身若しくはすり身の細肉物と澱粉・調味料及び若干の水を混合したものを、摂氏一三二度ないし一三八度の加熱鉄板間で約二分三〇秒間一次加熱した状態で一体化してなる加工生地(加工食品)(以下「本件加工生地」という。)」は、本件考案の構成要件A、B及びDを充足している。また、構成要件Cの「えびの細肉物と澱粉が半熱変性された状態で一体化されて成る」とは、えびの細肉物と澱粉の両者がともに半熱変性の状態にあることをいうものである。

5  被告ホンダ製菓が本社工場において被告製品を製造している工程は、①えびの細肉物と澱粉、調味料及び若干の水を混練して混合生地を調整する工程、②混合生地を一次加熱する一次焼成工程(以下、混合生地が一次焼成工程を経たものを「一次焼成生地」という。)、③一次焼成生地を熱風乾燥する乾燥工程(以下、一次焼成生地が乾燥工程を経たものを「乾燥生地」という。)、④ねかし工程、⑤乾燥生地を二次加熱する二次焼成工程(以下、乾燥生地が二次焼成工程を経たものを「二次焼成生地」という。)、という各工程からなる。

また、一次焼成工程では、混合生地を上下二枚の加熱した平鉄板で挟んで約二分三〇秒間焼成する。平鉄板の間隔は約5.2ミリメートルであり、その加熱温度は、平成八年八月二九日の検証時において、原告の温度計では摂氏139.7度ないし一五一度であり、被告ホンダ製菓の温度計では摂氏一三三度ないし一三九度であった。乾燥工程では、一次焼成生地を約一時間三〇分ないし約一時間四〇分熱風乾燥する。ねかし工程では、水分調整のために乾燥生地を半日間ないし二日間放置する。二次焼成工程では、ねかし工程を経た乾燥生地を約二分三四秒間焼成する。

右一次焼成生地が、本件加工生地に相当する。

(乙二の四、乙二六、検証の結果、弁論の全趣旨)。

6  平成八年八月二九日に実施した検証の際に、被告ホンダ製菓の右本社工場において、被告製品の製造工程の各段階にある混合生地、一次焼成生地、乾燥生地及び二次焼成生地並びにその場で調製した対照用試料を採取し、財団法人日本食品分析センター(以下、「分析センター」という。)において、右各生地及び対照用試料の糊化(α化)度を測定した。分析センターでは、右糊化度をジアスターゼ法、グルコアミラーゼ法及びβ―アミラーゼ・プルラナーゼ法(以下「BAP法」という。)により測定した。その測定結果は、別表記載のとおりであるが、同表記載の検体1ないし18は、次の(一)ないし(八)の方法で右各生地及び対照用試料を採取し、糊化澱粉の老化を防止するため、採取後、直ちに瞬間凍結処理をした上、分析センターにおいて凍結乾燥処理又はアルコール脱水処理を行ない、これを各組ごとに均一に混合し、全体を平均化したものである。

(一) 検体1ないし3は、一次焼成工程に排出される直前の混合生地タンクから混合生地一五八グラム(最終製品として八枚分)を一組として三組採取したものであり、これを混合生地1ないし3とした。

(二) 検体4ないし6は、一次焼成生地六枚を一組として三組採取したものであり、これを一次焼成生地全体1ないし3とした。

(三) 検体7及び8は、四八枚採取した一次焼成生地から、一枚につき中心部と周辺部を各一片ずつ打ち抜き、四八片の中心部を一次焼成生地中心部とし、四八片の周辺部を一次焼成周辺部としたものである。中心部は、生地の中心付近の直径約二センチメートルの範囲を打ち抜いたものであり、周辺部は、生地の外周から約1.5センチメートル内側を中心とする直径約二センチメートルの範囲を打ち抜いたものである。

(四) 検体9ないし11は、乾燥生地六枚を一組として三組採取したものであり、これを乾燥生地1ないし3とした。

(五) 検体12ないし14は、二次焼成生地六枚を一組として三組採取したものであり、これを二次焼成生地全体1ないし3とした。

(六) 検体15及び16は、四八枚採取した二次焼成生地から、一枚につき中心部と周辺部を各一片ずつ打ち抜き、四八片の中心部を二次焼成生地中心部とし、四八片の周辺部を二次焼成周辺部としたものである。中心部は、生地の中心付近の直径約二センチメートルの範囲を打ち抜いたものであり、周辺部は、生地の外周から約1.5センチメートル内側を中心とする直径約二センチメートルの範囲を打ち抜いたものである。

(七) 検体17は、馬鈴薯澱粉五〇グラムに摂氏約五〇度の水一〇〇ミリリットルを加えて攪拌し、これに沸騰水三五〇ミリリットルを加えて二分間攪拌しながら間接加熱したものである。

(八) 検体18は、馬鈴薯澱粉五〇グラムに水道水六〇〇ミリリットルを加えて直接加熱して沸騰させ、沸騰開始後さらに一五分間攪拌しながら直接加熱して煮沸を継続したものである。

(検証の結果、財団法人日本食品分析センターに対する鑑定嘱託の結果(以下「分析センター鑑定書」という。))

二  本件は、原告が、本件加工生地は本件考案の構成要件を全て充足するから、被告製品の製造、販売は本件実用新案権を侵害するものであるとして、被告製品を製造、販売する被告らに対し、右侵害による不法行為に基づき、損害賠償を求める事案である。

三  争点

1  本件加工生地は、本件考案の構成要件Cを充足するか

2  損害の有無及びその額

四  争点についての当事者の主張

1  争点1(本件加工生地は、本件考案の構成要件Cを充足するか)について

(一) 原告

(1) 本件考案の構成要件Cの「半熱変性された状態」とは、えびの細肉物のタンパク質が熱変性の途中にとどまり、かつ、澱粉が糊化(α化)の途中にとどまっていることであり、換言すれば、えびの細肉物のタンパク質については、更に加熱することによって熱変性が進む余地がある状態でとどまっていることであり、かつ、澱粉については、更に加熱することによって糊化が進む余地がある状態でとどまっていること、つまり完全糊化していないことである。

タンパク質が熱変性の途中にとどまっていれば、澱粉の糊化も途中でとどまっていること、逆に、澱粉が糊化の途中にとどまっていれば、タンパク質の熱変性も途中にとどまっていることがいずれも推認できる。したがって、タンパク質か澱粉のいずれか一方について、途中にとどまっていることが立証されれば、特に反証のない限り、構成要件Cの「半熱変性された状態」の要件は充足される。

(2) 被告製品の一次焼成生地中のタンパク質が熱変性の途中にあること、すなわち「半熱変性された状態」にあることは、被告らも争っていないし、鑑定人磯直道の鑑定の結果により裏付けられている。

(3) 澱粉のアミラーゼによる被分解性を利用して澱粉の糊化度を測定する測定法には、用いるアミラーゼの違いにより、ジアスターゼを用いるジアスターゼ法、グルコアミラーゼを用いるグルコアミラーゼ法及びβ―アミラーゼとプルラナーゼを併用するBAP法がある。このうち、ジアスターゼ法は、ジアスターゼが生澱粉を分解し、また、分解により生成する糖の定量も測定者の主観が入るから不確定であるのに対し、BAP法は、β―アミラーゼとプルラナーゼが生澱粉を全く分解せず、生成する糖の定量も分光光度計による吸光度の測定であって、精度の高い定量ができるから、糊化度の測定法として、BAP法はジアスターゼ法よりも優れている。また、グルコアミラーゼ法は、グルコアミラーゼが生澱粉を相当分解するのに対し、BAP法では生澱粉を全く分解しないから、糊化度の測定法として、BAP法はグルコアミラーゼ法よりも優れている。

したがって、BAP法と他の測定法による測定結果に齟齬が生じた場合、BAP法の測定結果を採用すべきである。

(4) 分析センター鑑定書では、ジアスターゼ法、グルコアミラーゼ法及びBAP法により糊化度を測定している。ジアスターゼは生澱粉の分解性がかなり高いから、糊化度が相当高くなる。また、分析センター鑑定書のジアスターゼ法では、対照用の完全糊化試料が沸騰水中で一五分程度加熱したものであり、これは完全の糊化したものとみることはできないから、これを基準として算出される糊化度は高い値になる。

分析センター鑑定書のグルコアミラーゼ法は、グルコアミラーゼが生澱粉を分解するため、ジアスターゼ法と同様に糊化度が相当高い値になる。また、同法の対照用の完全糊化試料は沸騰水中で三〇分間加熱したものであるが、これは、アルカリ糊化したBAP法の対照用の完全糊化試料と異なり、完全に糊化したとはいえないから、これを基準として算出される糊化度は高い値となる。

これに対し、BAP法は生澱粉を全く分解しないし、分析センター鑑定書のBAP法では、対照用の完全糊化試料はアルカリ糊化したものであるから、糊化が完全に進んでいるものであり、これを基準として算出される糊化度は正確である。

そして、分析センター鑑定書のBAP法の測定結果によると、一次焼成生地の糊化度が二次焼成生地の糊化度よりも低くなっているから、一次焼成生地中の澱粉の糊化が途中にとどまっていることは明らかである。

(5) 分析センター鑑定書のジアスターゼ法及びグルコアミラーゼ法による測定では、右のとおり対照用試料が完全に糊化したものではなかったから、そのことを考慮すると、これらの測定結果から、一次焼成生地の糊化が途中にとどまっているということができる。

(6) 鑑定人高橋幸資の鑑定の結果(以下「高橋鑑定書」という。)では、一次焼成生地全体及び一次焼成生地中心部の偏光顕微鏡による画像に、偏光十字を示す生澱粉や青色偏光像及び黄色偏光像を示すミセル構造が相当みられる。また、一次焼成生地中心部の澱粉の状態は総じて対照用試料1と等しいとされているが、グルコアミラーゼ法による対照用試料1の糊化度は平均して七五パーセント内外とかなり低い。これらのことからすると、一次焼成生地は全体では未糊化澱粉を相当含んでいるとみられる。

(二) 被告ら

(1) 澱粉は、完全に熱変性された状態を、糊化(α化)というが、半熱変性は、このような糊化されていない状態をいうものである。

(2) 馬鈴薯澱粉は、摂氏66.5度で二分間加熱するとほぼ一〇〇パーセント糊化するから、摂氏一三二度ないし一三八度の温度で二分三〇秒間加熱された本件加工生地では、澱粉が完全に糊化していることは明らかである。

(3) 糊化澱粉は、加熱を止めると直ちに老化してしまうから、一旦糊化させても糊化度がなかなか一〇〇パーセントにはならない。しかし、分析センター鑑定書では、グルコアミラーゼ法によると一次焼成生地の糊化度は九九パーセント以上になっている。

したがって、一次焼成生地中の澱粉が完全に糊化されていることは明らかである。

(4) 分析センター鑑定書では、ジアスターゼ法、グルコアミラーゼ法及びBAP法により異なる数値が出ているが、これは、一旦糊化した澱粉が直ちに老化したが、その老化について、BAP法、グルコアミラーゼ法、ジアスターゼ法の順に鋭敏に感知し、それが数値に現われたにすぎない。

(5) 高橋鑑定書により、一次焼成生地全体及び一次焼成生地中心部の澱粉は、ほとんど大部分加熱により澱粉のミセル構造が失われ、糊化及び融解しているとされているから、一次焼成生地は半熱変性の状態ではない。高橋鑑定書には、一次焼成生地に澱粉のミセル構造が部分的に残っているとの記述があるが、完全糊化の状態であることが明らかな対照用試料1についても生澱粉が観察されていること、半熱変性の状態とは生澱粉がわずかでも観察される状態をいうものではないことから、右記述をもって一次焼成生地が半熱変性の状態にあるとはいえない。

2  争点2(損害の有無及びその額)について

(一) 原告

被告ホンダ製菓が平成二年四月から平成八年一〇月末日までに製造した被告製品は一億五〇〇〇万円を下らない。

被告ホンダ製菓は、右製造に係る被告製品を他の被告らに販売し、他の被告らはこれを転売してきた。

被告製品の市販価格は一枚当たり五五円であり、その売上総額は、八二億五〇〇〇万円を下らない。

被告製品の製造販売による利益の額は、一枚当たり一割を下らず、被告らが被告製品を製造販売することによって得た利益は、少なくとも右売上総額の一割に相当する八億二五〇〇万円であり、原告は、被告らが得た右利益相当額の損害を被っている。

よって、原告は、被告らに対し、その被った損害として金八億二五〇〇万円及びこれに対する平成八年一一月二九日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(二) 被告ら

原告の主張を争う。

第三  当裁判所の判断

一  争点1(本件加工生地は、本件考案の構成要件Cを充足するか)について

1  証拠(甲二)によると、構成要件Cの「半熱変性された状態」の意義については、本件考案の明細書(以下「本件明細書」という。)に、「半熱変性とは細肉物や澱粉の熱変性を途中でとどまらせることで、例えば澱粉では、完全にα化するのではなく、α化の途中で中止することである。」(本件考案に係る実用新案公報(以下「本件公報」という。)三欄一六行ないし一九行)との記載があることが認められる。これによると、澱粉の「半熱変性」とは、澱粉を「完全にα化するのではなく、α化の途中で中止すること」をいうものと解される。

ところで、証拠(甲二)と弁論の全趣旨によると、本件明細書には「従来例に係るえびせんべいは生地の状態から各成分が完全に熱変性する程度の焼成され」(三欄三行ないし五行)、「従来例のえびせんべいの如く完全に熱変性させるときは、」(三欄二五行ないし四欄一行)との記載があること、右従来例のえびせんべいは一度の焼成で焼き上げたものを指すこと、以上の各事実が認められる。また、証拠(甲三の一ないし四、甲五、三一、分析センター鑑定書)と弁論の全趣旨によると、澱粉加工食品でα化度が一〇〇パーセントのものはなく、最もα化度が高いものでも概ね九〇パーセント以上といえる程度であること、被告らの最終製品もα化度が一〇〇パーセントではなく、二次焼成生地の各測定法による測定結果から見て概ね九〇パーセント以上であることが認められる上、食品を加工する際にα化度を測定しながら加工をするということは考え難いから、そもそもそれが一〇〇パーセントになるという保障はない。これらを総合すると、澱粉が「完全に熱変性」した状態とは、必ずしも澱粉が一〇〇パーセントα化した状態を意味するものではなく、それに近い状態、すなわち概ね九〇パーセント以上α化した状態を意味するものと解され、そのように解しないと、市販されている全てのえびせんべいが本件実用新案権の侵害品になりかねないが、本件実用新案権がそのような極めて広い権利として登録されたとは到底解し得ない(なお、弁論の全趣旨によると、原告もα化度が概ね九〇パーセント以上のものは「完全に熱変性」したものであることを争っていないことが認められる。)。したがって、澱粉が「半熱変性された状態」とは、熱を加えることによって更にα化が進行して概ね九〇パーセント以上になるが、熱を加えるのを中止して、α化を右の程度に至る前に途中で止めた状態を意味するものと解される。

2  本件加工生地が構成要件Cを充足するかどうかは、本件加工生地の糊化の度合いがどの程度であるかによって判断すべきであるから、それに相当する被告製品の一次焼成生地の糊化の度合いがどの程度であるかを検討する。

(一)  前記認定のとおり、被告製品の一次焼成生地の糊化度は、分析センターにおいて、ジアスターゼ法、グルコアミラーゼ法及びBAP法の三種類の測定法によって測定されたが、証拠(甲三一)によると、ジアスターゼ法で使用されるジアスターゼは、生澱粉の消化性がかなり高いことが認められるから、ジアスターゼ法による糊化度の測定結果は、澱粉の糊化が進んでいなくても高い値になる可能性があることが認められる。

そこで、分析センター鑑定書のうち、ジアスターゼ法による測定結果は除外し、グルコアミラーゼ法及びBAP法による測定結果によって一次焼成生地の糊化の度合いを検討する。

(二)  前記認定の事実によると、分析センター鑑定書における、アルコール脱水処理した検体のグルコアミラーゼ法による糊化度の測定結果は、一次焼成生地全体の平均が約91.3パーセント、一次焼成生地中心部及び一次焼成生地周辺部がいずれも九九パーセント以上、乾燥生地全体の平均が約86.2パーセント、二次焼成生地全体の平均が約89.2パーセント、二次焼成生地中心部の平均が約87.2パーセント、二次焼成生地周辺部の平均が約85.3パーセント、対照用試料1の平均が約78.2パーセント、対照用試料2の平均が約90.0パーセントである。

ところで、証拠(甲三一、三二)と弁論の全趣旨によると、グルコアミラーゼ法において用いられるグルコアミラーゼは、生澱粉を分解するものの、その程度はジアスターゼより少なく、グルコアミラーゼ法は生澱粉と糊化澱粉を識別する優れた方法であること、グルコアミラーゼは、生澱粉よりも老化澱粉をより大きく分解するため、グルコアミラーゼ法では、糊化澱粉と老化澱粉の識別に優れていないこと、グルコアミラーゼの生澱粉を分解する程度は、グルコアミラーゼの種類によって違いがあること、以上の各事実が認められる。

原告は、乙四号証の三記載のFig3の、実験において、長瀬産業製の精製されていないグルコアミラーゼは、一〇分間で生澱粉を約二〇パーセント分解しているところ、分析センターの鑑定において用いられているグルコアミラーゼは、ナガセ生化学工業製のものであるから、これと同じ性質を有するものであり、生澱粉を二〇パーセントないし三〇パーセント分解するから、その分をBAP法による一次焼成生地についての糊化度の測定結果に加えると、右のグルコアミラーゼ法による数値に近くなり、このことは、分析センター鑑定書においてグルコアミラーゼ法による一次焼成生地についての測定結果が高い値であっても、それは、グルコアミラーゼが生澱粉を分解したからであって、十分に糊化が進んでいるためではないと主張する。しかし、そもそも、製造会社の共通性のみから、分析センターの鑑定において用いられたグルコアミラーゼが、乙四号証の三記載の実験で用いられたものと同じ性質を有すると認めることはできない上、仮に、これらが同じ性質を有するとしても、証拠(分析センター鑑定書)によると、分析センターの鑑定では試料にグルコアミラーゼを加えた後一五分間振とうして反応させていることが認められるが、証拠(乙四の三)によると、乙四号証の三記載のFig3の横軸の単位は時間であるから、乙四号証の三記載の実験で用いられた長瀬産業製のグルコアミラーゼは、一五分という短い反応時間ではほとんど生澱粉を分解しないものと認められる。また、原告が右主張するとおりであれば、一次焼成の段階では糊化していなかった澱粉が二次焼成によって糊化するため、二次焼成生地についての測定値は一次焼成生地についての測定値よりも高くなければならないところ、分析センター鑑定書におけるグルコアミラーゼ法による一次焼成生地全体についての平均測定値と二次焼成生地全体についての平均測定値を比べた場合、両者の値はほぼ同じであって、むしろ後者の値の方が低いから、この結果は原告の右主張と明らかに矛盾する。したがって、原告の右主張を採用することはできない。

また、原告は、分析センター鑑定書では、グルコアミラーゼ法の対照用完全糊化試料が沸騰水中で三〇分加熱したものであり、これは、アルカリ糊化したBAP法の対照用の完全糊化試料と異なり、完全に糊化したものではないから、これと比較して算出される糊化度は高い値となる旨主張する。しかし、証拠(分析センター鑑定書)によると、分析センター鑑定書におけるBAP法の対照用の完全糊化試料はアルカリ糊化されたものではなく、沸騰水中で三〇分間加熱したものであり、対照用の完全糊化試料がアルカリ糊化されているのは、検体17及び18(対照用試料1及び2)のみであることが認められる上、証拠(甲一四、乙三の図3・12)によると、2.5パーセントないし三〇パーセントの間の六種類の濃度の馬鈴薯澱粉の懸濁液を摂氏一〇〇度で一五分間加熱して調整した澱粉糊液の糊化度は、グルコアミラーゼ法及びヨウ素電流滴定法により測定するといずれもほぼ一〇〇パーセントであったことが認められるのであって、他に沸騰水中で三〇分加熱したのみでは、十分に糊化しないことを認めるに足りる証拠はないから、原告の右主張を採用することはできない。

以上によると、グルコアミラーゼ法による糊化度の測定結果は、一応信用することができるものというべきであり、それによると、一次焼成生地中心部及び一次焼成生地周辺部の糊化度はいずれも九九パーセント以上である上、一次焼成生地全体の糊化度も、二次焼成生地全体の糊化度とほぼ等しく、概ね九〇パーセント以上であるということができる。

(三)  次にBAP法による糊化度の測定結果をみると、前記認定の事実によると、アルコール脱水処理した検体については、一次焼成生地全体の平均が約78.5パーセント、乾燥生地全体の平均が約92.1パーセント、二次焼成生地全体の平均が約92.7パーセント、対照用試料1の平均が70.5パーセント、対照用試料2の平均が約85.0パーセントであり、凍結乾燥処理した検体については、一次焼成生地全体の平均が約64.9パーセント、一次焼成生地中心部の平均が約84.1パーセント、一次焼成生地周辺部の平均が86.7パーセント、二次焼成生地全体の平均が92.6パーセント、二次焼成生地中心部の平均が93.5パーセント、二次焼成生地周辺部の平均が約91.3パーセント、対照用試料1の平均が約57.0パーセントである。

右のとおり、BAP法による測定では、一次焼成生地の測定値は、二次焼成生地の測定値よりも低い値となっているところ、この点について、原告は、BAP法では、生澱粉が分解されないため、その数値は、生澱粉が分解されるグルコアミラーゼ法よりも正確であると主張する。しかし、グルコアミラーゼ法による一次焼成生地の測定値がBAP法による一次焼成生地の測定値よりも高い値となっていることを、グルコアミラーゼ法では生澱粉が分解されるためであると考えると、既に述べたとおり、分析センター鑑定書においてグルコアミラーゼ法による一次焼成生地全体についての平均測定値が二次焼成生地全体についての平均測定値とほぼ同じであるという事実と矛盾することになる。

また、原告は、分析センター鑑定書では、BAP法の対照用の完全糊化試料は、アルカリ糊化されているとも主張するが、それが採用できないことは、既に述べたとおりである。

ところで、証拠(甲三一、乙三、乙四の二、三)と弁論の全趣旨によると、澱粉は加熱により糊化しても、加熱を止めて放置すると老化して糊化度が低下すること、加熱時間が長い方が糊化澱粉は老化しにくいこと、BAP法では、生澱粉や老化澱粉が分解されないので、同法は特に糊化澱粉と老化澱粉との識別に優れていること、以上の各事実が認められる。そして、分析センター鑑定書において鑑定対象となった一次焼成生地は糊化した後に老化していたと仮定すると、グルコアミラーゼ法では、老化澱粉が分解されるため一次焼成生地全体の測定値は高い値となり、BAP法では、老化澱粉が分解されないので、一次焼成値全体の予測値はグルコアミラーゼ法による測定値よりも低い値となったものと、矛盾なく理解することができる。また、二次焼成生地は、加熱時間が長いため、一次焼成生地よりも老化しにくいことを考えると、老化澱粉が分解されないBAP法では、二次焼成生地全体の測定値の方が一次焼成生地全体の測定値よりも高い値が出て当然であるのに対し、グルコアミラーゼ法では、糊化澱粉、老化澱粉をともに分解するから、二次焼成生地全体の測定値が一次焼成生地全体の測定値とほぼ同じであっても不自然ではない。このように、分析センター鑑定書において鑑定対象となった一次焼成生地が糊化した後に老化していたと考えると、分析センター鑑定書の鑑定結果を矛盾なく説明することができる。前記認定のとおり、分析センターで糊化度を測定した検体は、糊化澱粉の老化防止のため、採取後直ちに瞬間凍結処理をし、分析センターにおいて凍結乾燥処理又はアルコール脱水処理を行なっているのであるが、他に鑑定結果を合理的に説明する方法が見あたらない以上、分析センター鑑定書において鑑定対象となった一次焼成生地が糊化した後に老化していた可能性は高いといわざるをえない。そうすると、BAP法による一次焼成生地についての測定値は、老化した分だけ低い値が出ているということになって、澱粉の糊化度を正確に反映していないことになる。

以上述べたところからすると、BAP法による測定結果がグルコアミラーゼ法による測定結果よりも正確であって信用することができるとは認められない。

(四) 証拠(高橋鑑定書)によると、高橋鑑定書には、(1)別表記載の検体4(一次焼成生地全体1)は、全体的にみて偏光像を示さない構造体が多い状態となっており、澱粉のミセル構造が部分的に残っていることを示す青い部分や黄色〜橙色の部分が観察されたが、その量は少なく、生澱粉のまま残っているものもわずかではあるが観察されたこと、(2)別表記載の検体7(一次焼成生地中心部)は、偏光像が消失した構造部分が大部分を占め、全体的にわずかではあるが、偏光像の消失しかかった部分や生澱粉粒が観察されたこと、(3)一次焼成生地全体1及び一次焼成生地中心部中の澱粉はほとんど大部分加熱により澱粉のミセル構造が失われ、糊化及び融解していると判断されたことが記載されており、この鑑定結果によると、一次焼成生地の澱粉は、ほとんど大部分が糊化及び融解していると認められる。なお、証拠(高橋鑑定書)によると、高橋鑑定書では、一次焼成生地全体及び一次焼成生地中心部を別表記載の検体17(対照用試料1)と対比して、澱粉の状態はほぼ同様であると記載していることが認められるところ、分析センター鑑定書によると、右認定のとおり、グルコアミラーゼ法による対照用試料1の糊化度は平均約78.2パーセントであって、同法による一次焼成生地全体1の糊化度の平均約91.3パーセントよりも低い値になっているから、対照用試料1の糊化度の度合いは、一次焼成生地と同程度には達していないと考えられ、このことからすると、澱粉の状態がほぼ同様であるとの右記載には疑問が存するが、高橋鑑定書は、右(3)の結論を右(1)及び(2)の事実を踏まえた上で導いており、対照用試料1との対照のみから右(3)の結論を出しているのではないことは、明らかであるから、右のような疑問が存するからといって高橋鑑定書の信用性を直ちに否定することはできない。

(五) 原告は、タンパク質が熱変性の途中にとどまっていれば、澱粉の糊化も途中でとどまっているとも主張するが、そのような事実を認めるに足りる証拠はない。

(六) 以上述べたところを総合すると、被告製品の一次焼成生地は「半熱変性された状態」ではなく、「完全に熱変性」した状態であると認められ、右認定を左右するに足りる証拠はないから、本件加工生地は構成要件Cを充足するとは認められない。

二  結論

以上の次第であるから、その余の点について判断するまでもなく、本件実用新案権の侵害に基づく本訴請求は理由がない。

(裁判長裁判官森義之 裁判官榎戸道也 裁判官中平健)

別紙物件目録<省略>

別表<省略>

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