東京地方裁判所 平成3年(ワ)6181号 判決 1992年12月21日
原告
古川愼一
原告
安里仁一郎
右両名訴訟代理人弁護士
関澤潤
右訴訟復代理人弁護士
金野志保
被告
プルデンシャル・セキュリティーズ・ジャパン・リミテッド(証券)
日本における代表者
青山幸郎
右訴訟代理人弁護士
志知俊秀
梅津立
林紘太郎
主文
被告は原告古川愼一に対し、金一四四六万〇四三五円、原告安里仁一郎に対し、金一二一八万五五〇〇円及び右各金員に対する平成三年三月三〇日から支払済みまで年六分の割合による金員をそれぞれ支払え。
原告古川愼一のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
原告古川愼一につき被告に対し一五二四万二五〇〇円を求めたほかは主文第一項と同旨
第二事案の概要
本件は、有価証券の売買等を目的としてアメリカ合衆国デラウェア州法に準拠して設立された被告の社員であった原告らが被告に対し未払い賃金の支払を求めた事案である。
一 争いのない事実
原告古川は、昭和六二年三月一日から平成三年一月三一日まで、原告安里は、昭和六二年三月九日から平成三年一月二一日まで被告に雇用され、その間、原告らは平成二年六月までいずれも株式営業部の営業員であったが、同年七月から原告古川は株式営業本部長に、原告安里は株式営業本部付部長(シニア・ヴァイス・プレジデント)に就任していた。
二 争点
争点は次の三点である。
1 原告らと被告との間での原告らの給与に関しての合意の成否
原告らの主張によれば、原告らは、いずれも被告の株式営業部の営業員であった平成二年六月、日本における代表者ウォルター・ジェー・バーケット(以下「バーケット」という。)から、原告古川に対し営業本部長に、原告安里に対し営業本部付部長にそれぞれ就任することの要請を受け、これを受諾するに際し、一般社員と営業社員とでは給与体系が異なることから、バーケットは原告らに対し、前年度の第3四半期と第4四半期とに支給したと同額の給与を平成二年度の第3四半期と第4四半期の給与として保障する旨提示され、原告らはいずれもこの提案を受け入れて右就任要請を承諾した。ところが、被告は原告らに対し、平成二年度の第3四半期の給与を支払ったものの、第4四半期の給与、すなわち、原告古川については平成二年一〇月から同年一二月までのペイアウト(賞与)六三一万六二五〇円とペンション(非適格年金)八九二万六二五〇円の合計一五二四万二五〇〇円、原告安里については同年一〇月から同年一二月までのペイアウト(賞与)四八一万六二五〇円とペンション(非適格年金)七三六万九二五〇円の合計一二一八万五五〇〇円を支払わない、というのである。
2 相殺の抗弁の成否(但し、原告古川関係)
被告は、平成四年八月三日の本件口頭弁論期日において、原告古川に対し次のとおりの賃料の立替払をしたので、仮に同原告に対する請求が認容されることとなった場合には、被告は右立替金(但し、遅延損害金を含む。)債権をもって同原告の本訴請求債権とその対等額において相殺する旨の意思表示をした。
すなわち、原告古川は、被告を退職した翌日の平成三年二月一日から同年三月七日までの間、被告の提供した社宅に、仮に同原告にペイアウトを支給することとなった場合にはその賃料相当額をペイアウトから差し引くとの合意の下に右社宅に居在し、被告は、同年四月二五日、賃貸人に右の間の賃料七八万二〇六五円を立替払した。そして、被告は同原告に対し、同年六月一日到達の書面をもって右立替金の請求をした。そこで、被告は同原告に対し、右立替金とこれに対する同年六月一日から右相殺の意思表示をした平成四年八月三日まで年五分の割合による遅延損害金の請求債権を有する。
3 右社宅についての現状回復費相当額についてのペイアウトの不発生の成否(但し、原告古川関係)
被告は次のとおり主張する。
ペイアウトは、基本給に加えて業績考課に基づいて支給されるのであるから、その支給額の決定においては基本給与、住宅手当、交際費を差し引くこととされている。このような観点から社宅の現状回復費についても、被告においてこの支払をしたならばこの支払額相当額を差し引いたうえでペイアウトの額が決定されていた。したがって、被告は平成三年四月二五日、右社宅の現状回復費として七三万一五九一円を右貸主に支払ったのであるから、これと同額についてはペイアウトが発生しない。
第三争点に対する判断
一 賃金請求について
証拠(<証拠略>)によると、次の事実を認めることができる。
原告らは、いずれも被告に雇用されてから平成二年六月まで株式営業部の営業員として営業活動に従事しており、担当分野として原告古川は金融法人営業部部長の肩書で専ら機関投資家を、原告安里は主として事業法人と個人を対象としていた。原告らは、このように営業員であったが、被告には営業員以外の社員として一般社員がおり、両者の給与体系は別となっていた。すなわち、一般社員の給与体系は、基本給と諸手当とから成り立っており、原則として年額で定められ、これを一二分した額が毎月支給され、ペイアウトは例外的に支給されるだけであった。これに対し営業員の給与体系は、月額で定められる基本給と諸手当に加え、四半期ごとに当該営業成績に応じて算定されるペイアウトから成り立っていた。ところで、原告古川は、平成二年五月末ころ、被告の日本における代表者であるバーケットから営業部長に就任することの意向打診を受けた。そして、その後の同年六月八日、バーケットは、原告らと自室において、外国証券担当部長金井孝平を通訳人として原告らの職務担当変更について会談をした。席上バーケットは原告古川に対し、営業本部長に就任してこれまでどおりの営業活動をしながら管理(プレーイング・マネージャー)をもして欲しい旨の要請をし、原告安里に対して、営業本部付部長に就任して欲しい旨の要請をした。これに対し、原告古川は、待遇が良くならないのに責任が重くなるとして右要請を断り、仮に管理職に就任するのであれば給与は固定給でなければならない旨答え、当日はこれ以上進展しなかった。同月一一日、原告らとバーケットとの第二回目の会談が同人の部屋において前回同様金井孝平を通訳人としてなされた。席上バーケットは原告らに対し、前回と同様の就任要請をしたところ、原告らは、営業員から一般社員に地位が変更することによりペイアウトの支給が受けられなくなり、給与の支給が減少することに強く難色を示し、右就任要請を受け入れるには固定給でなければならない旨答え、再度話し合うこととなった。そこで、同月一二日、第三回目の会談が原告らとバーケットとの間で金井孝平を通訳人としてなされた。席上バーケットは原告らに対し、給与は固定給とすること、原告らの同年度の第3、第4各四半期の給与総額は、前年度の第3、第4各四半期の給与支給総額と同額とすること、翌年度の給与については原告らの地位の変更をも含めて本年一二月に話し合いたい旨の提案をし、これに対し原告らは右提案を受け入れ、右就任要請を受諾した。その際、バーケットは原告らに対し、前年度の第3、第4各四半期の給与支給総額を把握したい旨の要請がなされたので、原告らは自室に戻り右支給総額を記載した書面を作成し、原告古川が同日中にこれをバーケットに渡した。この書面には、原告らのペイアウト、ペンションについて原告らが主張するとおりの金額が記載されていた。そして、原告らに対しては、同年一一月末、前年度の第3四半期に支給されたと同額の給与の支給がなされた。
バーケットは、その宣誓供述書(<証拠略>)において、一般社員である株式営業本部長と株式営業本部シニア・ヴァイス・プレジデントにはペイアウトは支給されていなかったが、原告らは営業員として満足できる実績を上げており、管理職員としてもより一層貢献してくれるものと考え、毎四半期毎にペイアウトを支給することの決断をした。しかし、基本給与と諸手当については前年度と同額を支給することを約したが、ペイアウトについては業績、実績などを考慮して決定する旨答えた旨供述している。
しかし、原告らは、バーケットの管理職員就任要請に対し、責任が重くなるのに給与支給総額が前年度と比較して減額となることに強く難色を示していたのであるから、これが不確定のままで右就任要請を受け入れたとは考え難く、右ペイアウトが業績、実績などを考慮して決定する旨の供述部分はにわかには信用することができない。右認定事実によると、原告らと被告との間に、平成二年六月一二日、原告らの地位変更に伴う同年度の第3、第4各四半期のペイアウトとペンションの支給額につき原告らが主張するとおりの合意が成立したということができるから、被告は原告らに対し、右合意どおりの金額の支払義務がある。
二 相殺の抗弁の成否
証拠(人証略)によると、原告古川は、被告を退職するに伴い、被告から提供を受けていた社宅を返還すべきであったところ、被告の了解を得たうえで平成三年三月七日まで右社宅に居住していたこと、この居住については、同原告にペイアウトが支給されるときにはその賃料相当額をペイアウトから差し引くとの合意がなされていたこと、被告は、同年四月二五日、賃貸人に右の間の賃料として七八万二〇六五円を支払ったことを認めることができる。
右認定事実によると、原告古川は、被告を退職後も被告から提供を受けていた社宅に同原告にペイアウトが支給されたときはこれから右社宅の賃料相当額を差し引く旨の同意をして居住していたというのであるから、被告において同原告に支給されるペイアウトから右賃料相当額を相殺決済することができ、これをしたからといって労働基準法二四条一項違反とはならず、許されるというべきである。
したがって、被告のこの点についての主張は理由がある。
しかし、被告の賃料相当額に対する遅延損害金の相殺決済の主張は、右認定事実によると、ペイアウトと賃料相当額との相殺決済の仕方は、原告古川にペイアウトが支給されるに際し賃料相当額を控除するとの趣旨に解することができるから、遅延損害金の発生する余地はないものというべきである。
したがって、この点に関する被告の主張は理由がない。
三 社宅についての現状回復費相当額についてのペイアウトの不発生の成否
被告は、被告において社宅につき現状回復費を負担したならばこの負担額をペイアウトから控除した上でペイアウトの支給額が決定されていた旨主張する。
なるほど、被告の人事部長吉見昭治は、その陳述書(<証拠略>)で被告が社宅の現状回復費を支出したならばペイアウトの算定においてこれを考慮する扱いとなっていた旨供述する。しかし、本件で争点となっている第4四半期に支給すべきペイアウトについては、前述したとおりその支給額につき原告古川と被告との間に合意が成立していたのであるから、被告が同原告の同意なくして一方的に被告の主張するような控除ないし減額要素として考慮することは労働基準法二四条一項違反として許されないというべきである。
したがって、この点に関する被告の主張は理由がない。
以上のとおりであるから、主文のとおり判決する。
(裁判官 林豊)