東京地方裁判所 平成3年(ワ)6609号 判決 1992年12月16日
スイス国バーゼル市リヒトストラッセ三五番地
原告
ザンドツ・アクチエンゲゼルシャフト
右代表者
ジャン・クラマー
同
ハンス・ルドルフ・ハウス
右訴訟代理人弁護士
品川澄雄
右訴訟復代理人弁護士
吉利靖雄
右輔佐人弁理士
青山葆
同
柴田康夫
長野県埴科郡坂城町大字坂城六三五一番地
被告
壽製薬株式会社
右代表者代表取締役
冨山剛
右訴訟代理人弁護士
岩井重一
同
安田隆彦
同
小野明
同訴訟復代理人弁護士
平澤慎一
右輔佐人弁理士
遠山勉
同
川口嘉之
主文
一 被告は、別紙物件目録二記載の医薬品を製剤し、該製剤品を販売してはならない。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 原告の請求
一 被告は、別紙物件目録一記載の物件を製剤し、該製剤品を販売してはならない。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 仮執行の宣言。
第二 事案の概要
一 本件は、原告が本判決添付の特許公報(本件公報)記載の特許権(但し、別紙明細書補正一覧表のとおり補正したもの。特許第一五八三三五九号、登録日平成二年一〇月二二日。以下「本件特許権」という。)を有しているところ、被告が、別紙物件目録一記載の物質を有効成分とする医薬品を製剤、販売しようとしているため、被告の右医薬品が本件特許権の技術的範囲に属するものであり、被告の右医薬品の製剤、販売行為が本件特許権を侵害することになるとして、原告が、被告に対し、被告の右医薬品について、本件特許権侵害予防請求権に基づき、将来における製剤、販売行為の差止めを求めた事案である。
二 争いのない事実
1 原告は、医薬品の研究開発及び製造販売を業とするスイス国法人であり、被告は、医薬品の製造販売等を業とする株式会社である。
2 原告は、本件特許権を有している(以下、本件特許権に係る特許発明を「本件発明」という。)。
3 本件発明の特許出願の願書に添付された明細書(本件明細書)の特許請求の範囲(本件特許請求の範囲)の記載は、本件公報の該当項記載のとおりである。
4 右特許請求の範囲第1項に化学名をもって示された化合物は、一般名を「ケトチフェン」と称される物質である。
5 別紙物件目録一記載の化合物は、ケトチフェンに「フマル酸」の結合した化合物であって、ケトチフェンのフマル酸塩であり、一般名を「フマル酸ケトチフェン」と称される物質である。
6 フマル酸ケトチフェンは、ケトチフェンの酸付加塩の一種であり、非毒性であって、本件特許請求の範囲第1項記載のケトチフェンの「製薬上許容しうる酸付加塩」に該当する(以下、ケトチフェン又はその製薬上許容しうる酸付加塩を「本件化合物」ということがある。)。
7(一) フマル酸ケトチフェン製剤は、抗アレルギー薬である。
(二) ケトチフェン製剤は、アレルギー性喘息と診断された患者に対し、その発作の予防を含む発作回数の減少、すなわちその発作の惹起を事前に抑制又は軽減することを目的として使用されている。
8 原告は、フマル酸ケトチフェンを有効成分とする医薬品をサンド薬品株式会社をして製造せしめ、三共株式会社をしてフマル酸ケトチフェンを有効成分とする製剤品(商品名「ザジテン」又は「Zaditen」。以下「ザジテン」という。)を販売せしめている。
9 被告は、フマル酸ケトチフェンを有効成分とする医薬品を製剤、販売しようとしている。すなわち、被告は、薬事法に基づき、フマル酸ケトチフェンを有効成分とする医薬品を製剤し、販売することを内容とする製剤製造承認を取得するとともに、平成二年七月一三日、フマル酸ケトチフェン製剤(カプセル剤。商品名「ザトチテンカプセル」。以下「被告製剤品」ともいう。)について、薬価基準の収載を受け、これを販売しようとしている。
10 原告は、本件発明の特許出願審査の過程において、次のような手続補正をした。
(一) 昭和五四年五月一八日付けの手続補正書による手続補正(以下「昭和五四年補正」という。)
本件特許権の出願当初の願書に添付された明細書(出願当初の明細書)には、特許請求の範囲として、「・・・アレルギー症状の予防剤又は治療剤。」と記載されていたが、原告は、昭和五四年五月一八日付けの手続補正書により、「・・・アレルギー性喘息、運動により誘起される喘息及びアレルギー性胃腸障害の予防剤又は治療剤。」と訂正し、「症状」を削除した。
(二) 昭和六一年三月一九日付けの手続補正書による手続補正(以下「昭和六一年補正」という。)
更に、原告は、昭和六一年三月一九日付けの手続補正書により、特許請求の範囲の記載を、「・・・アレルギー性喘息の予防剤」と改め、「治療剤」を削除し、発明の詳細な説明における実施例1ないし5の欄には、「アレルギー症状の治療に有効である」旨の記載を「アレルギー症状の防御に有効である」と改めた。
三 争点
本件における争点は、被告製剤品が本件発明にいう「予防剤」に当たるか否かであるが、具体的には、「本件発明にいう『予防剤』とは、ある疾患の患者であると診断される以前の状態において、健康を保持することを目的として使用される薬剤をいい、被告製剤品は患者に対する医薬品であり、治療剤であるから、本件発明にいう『予防剤』に含まれない。」旨の被告主張の当否である。
右の点に関する当事者双方の主張の要旨は以下のとおりである。
1 本件発明にいう「予防剤」の意義について
(一) 原告の主張
(1) 本件特許請求の範囲に記載されているアレルギー性喘息の「予防剤」とは、アレルギー性喘息の「発作の起こることを予防する薬剤」又は「アレルギー性喘息の無発作状態を持続させる薬剤」という意味である。すなわち、気管支喘息は、可逆性の気道狭窄を起こし、発作性の呼吸困難をきたす疾患であるところ、アレルギー性喘息は、かかる発作が外部から吸入される抗原によって惹起され、その治療法としては、原因療法、対症療法、予防療法の三種があるが、原因療法はその原因を除去することを目的とし、対症療法は発生中の気管支喘息の症状を消滅又は軽快させることを目的とし、気管支拡張薬等が用いられ、予防療法は発作が起きない時期を持続させることを目的とし、抗アレルギー薬等が用いられる。ケトチフェン製剤は、抗アレルギー薬に属するが、抗アレルギー薬は、直接的な気管支拡張作用をほとんど有しないため、効果発現までに数週間を有し、予防薬として位置づけられており、既に発現している気管支喘息の症状や発作を改善する効果を有するという意味での治療剤ではないとされている。
(2) 被告の主張に対する反論
ア 出願書類禁反言の原則の主張について
本件特許請求の範囲に記載されている「アレルギー性喘息の予防剤」とは、前記のとおり、アレルギー性喘息の「発作の起こることを予防する薬剤」又は「アレルギー性喘息の無発作状態を持続させる薬剤」という意味であり、この意味での予防剤であることは出願当初の明細書に記載されていたものであって、これは出願当初の明細書から本件明細書に至るまで何ら変わっておらず、かつ、この点に関する原告の主張は一貫している。
出願当初の明細書の発明の詳細な説明の項には、ケトチフェンの作用機序又は薬理作用として、ケトチフェンがヒスタミン解放の抑制作用を有する旨の記載がされ、これを裏付けるものとして、「受動的皮ふアナフィラキシー(PCA)テスト」及び「腹膜マストセル試験」という二種類の薬理試験の結果が記載され、この二つの「標準テストにおいて示されるようなヒスタミン解放の抑制作用を持っている。」旨述べて、ケトチフェンが肥満細胞からの伝達物質の放出を抑制することによるアレルギー性喘息の予防の効果を奏することを明らかにしている。このようなケトチフェンのヒスタミン解放の抑制作用は、ケトチフェンがアレルギー性喘息の「発作の起こることを予防する薬剤」又は「アレルギー性喘息の無発作状態を持続させる薬剤」であること、すなわち、「アレルギー性喘息の予防剤」であることを示している。
ケトチフェンは、以上のような薬理作用を奏するのであるから、肥満細胞が破壊され、伝達物質の放出が起きた後、すなわちアレルギー性喘息の発作が起こった後に投与されても、効果を発揮することができないものであって、アレルギー性喘息が既に発生している発作に対する対症治療効果を全く有しておらず、アレルギー性喘息の発作が起こらないように働くという意味で、アレルギー性喘息の予防剤である。このように出願当初の明細書の発明の詳細な説明には、ケトチフェンの効果としては、アレルギー性喘息の予防効果のみが記載されていたものである。
もっとも、アレルギー性喘息は、可逆性の気道狭窄を起こし、発作性の呼吸困難をきたす疾患であるところ、アレルギー性喘息の療法としては、原因療法、対症療法、予防療法の三種の治療法があり、予防療法もこのような治療法の一つであるから、本件化合物は「治療剤」ともいえるのであって、当初、原告は、そのような観点から、出願当初の明細書に「予防剤又は治療剤」と記載した。しかしながら、発明の実体からすると、むしろ「予防剤」とのみ記載するのが適当であるので、昭和六一年補正により、そのように補正したものである。
したがって、本件発明の実体は、出願当初から現在に至るまで、ケトチフェンが生体における肥満細胞の活性化と破壊とを有効に阻止して、アレルギー性喘息の発作の原因となる伝達物質の放出を起こさせないという作用を利用したアレルギー性喘息の予防剤という医薬発明であることに変更はないのであるから、原告の主張において、本件特許権の出願審査過程における主張との間に矛盾はなく、かつ昭和五四年、昭和六一年各補正は、その内容からいえば、「明瞭でない記載の釈明」にすぎず、特許請求の範囲の形式からいえば、特許請求の範囲の減縮であって、本件発明の要旨を変更するものではない。
イ 公知事実の除外等による厳格解釈の主張について
被告は、<1>本件特許権の優先日前、フマル酸ケトチフェンがアレルギー性疾患の処置に有用であることが公知であったこと、<2>また本件明細書に臨床試験結果(動物実験結果)の記載が欠如する等、新規性・進歩性を基礎づける記載がなく、本件特許権には無効を疑わせる事由があること、<3>昭和五四年五月及び昭和六一年三月の手続補正は要旨変更に当たり、出願日が繰り下がる結果、出願当初の権利範囲の「治療剤」については公知になったこと等の諸点から、本件特許権を有効と考えるとしても、その権利範囲は厳格に「純粋な予防剤」に限定されるべきである旨主張するが、原告は、本件において、本件特許権の特許請求の範囲について拡張解釈をしたうえで、被告製剤品が当該特許請求の範囲に帰属する旨を主張しているのでなく、被告製剤品が本件特許権の特許請求の範囲の文言である「予防剤」にそのまま該当する旨主張しているのであるから、被告の右主張は成り立ちえないものである。
(二) 被告の主張
(1) 予防とは、医療の場における予防行為をいうものであり、この予防行為とは、疾患の存在を前提とせず、疾病となることを事前に防止することであり、ある疾病に罹患した患者であると診断・認定される以前の正常な状態において、疾病に罹患することを事前に防止することである。これに対し、一度疾病に罹患したのち、その症状の軽減又は症状再現頻度の抑制更には健康の回復のためになされる行為は治療であって、予防ではない。すなわち、疾患の存在を前提とし、その発作を軽減・抑制することは、予防的な治療ではあっても、予防ではない。したがって、予防剤とは、疾病に罹患することを事前に予防することを目的とする薬剤であり、言い換えると、ある疾患の患者であると診断される以前の状態において、健康を保持することを目的として使用される薬剤をいうものである。
薬事法は、医薬品に関し、「治療」と「予防」を区分し、解釈上も、「治療に使用されることが目的とされる物」とは、「人又は動物の疾病の治療に使用される物であり、例えば解熱鎮痛剤のアスピリンなど、社会通念上いわゆる医療品と認識される物の多くがこれに該当する」とされ、他方、「予防に使用されることが目的とされる物」とは、「人又は動物の疾病の予防に使用される物であり、例えば、コレラワクチン等のワクチン類、ジフテリア等のトキソイド類、手術時の感染症予防のための抗生物質、欠乏症予防のために補給されるビタミン類等のほか、殺菌消毒剤、殺虫殺そ剤等のいわゆる防疫用薬剤等がこれに該当する」とされており、治療剤と予防剤とが明確に区別されている。
(2) 出願審査過程における禁反言
原告は、出願当初の明細書に予防剤と治療剤とを峻別して記載していたのであり、予防剤と治療剤とを明確に区別していたものであるうえ、原告は、本件特許権の出願審査過程において、出願当初の明細書には、「・・・アレルギー症状の予防剤又は治療剤」とあったものを、昭和五四年五月一八日付けの手続補正により「症状」を削除し、さらに昭和六一年補正で「治療剤」を削除して、順次変更したうえ、昭和六二年九月三〇日付けの手続補正で「発明の名称」を「アレルギー性喘息の予防剤」とした。
右各補正の経緯に照らすと、原告は、本件特許請求の範囲から「治療剤」を削除し、「予防剤」のみに限定したものというべきであり、原告みずから、本件特許権の請求の範囲から「治療剤」を意識的に除外し、「治療剤」についての権利取得を放棄したものである。
したがって、フマル酸ケトチフェン製剤が予防的治療効果を有するからといって、予防的治療剤も治療剤である以上、これを予防剤であるとして治療剤の領域まで権利範囲を拡大する原告の主張は禁反言の原則に反し、許されない。
(3) 公知事実の除外等による厳格解釈
本件特許権については、次のアないしウのような公知の事実ないし無効を疑わせる事由があるから、本件特許権を有効と解するしても、その権利範囲については厳格に解釈されるべきであり、本件特許請求の範囲の「予防剤」については、「純粋の予防剤」、すなわちある疾患の患者であると診断される以前の状態において、健康を保持することを目的として使用される薬剤をいうものと限定すべきである。
ア 昭和四七年当時、特開昭四七-六七八〇号公開特許公報(乙第一二号証の第一八欄一二ないし一四行)や、特開昭四六-三四二八号公開特許公報(乙第一三号証の第二一欄三ないし五行)には、フマル酸ケトチフェン製剤が「種々の起因のアレルギー性疾患の処置への使用を指定される」旨の記載があるから、すでにフマル酸ケトチフェンがアレルギー性疾患の処置に有用であることが公知であった。
イ 昭和五一年に本件特許権が出願された当時、右アの公知事実が存在したことを前提とすると、いわゆる用途発明である本件特許権の明細書には、アレルギー性疾患の処置とアレルギー性喘息の予防とがどのように異なるのかという点についての記載が必要であるところ、その記載もないばかりか、アレルギー性喘息の予防に特に効果が優れていることを裏付ける臨床試験結果又は動物試験結果の記載もないから、その新規性及び進歩性を裏付ける記載がないというほかはない。原告は、「受動的皮ふアナフィラキシー(PCA)テスト」及び「腹膜マストセル試験」という二種類の薬理試験の結果が記載されている旨主張するが、記載されているのは右各試験の方法のみであって、その結果の記載はないのである。このことは、本件特許権自体に無効事由(特許法二九条一項各号、同条二項)が存し、あるいは未完成発明ではないかとの疑いを抱かせるものである。
ウ 「治療剤」と「予防剤」とが明確に区別されるべき用語であり、原告も、出願当初の明細書に両者を峻別して記載し、これを区別していたことはすでに述べたとおりであるうえ、原告が、本件特許権の出願審査過程において、出願当初の明細書には、「・・・アレルギー症状の予防剤又は治療剤」とあったものを、昭和五四年補正により「症状」を削除し、さらに昭和六一年補正で「治療剤」を削除して、順次変更したものであって、出願当初の明細書に「症状」と「治療剤」を記載していたことに照らすと、原告はもともと(予防的)治療剤の領域において権利取得を意図していたことが明らかであり、これが右各補正により「症状」が削除され、「予防剤」に変更されたのであるから、右各補正手続は、本件発明の要旨を変更したものというべきである。したがって、本件発明の出願日は、昭和六一年補正の補正書提出日である昭和六一年三月一九日に繰り下がるところ、本件特許権の出願公開が昭和五一年一二月八日であって、出願当初の明細書における「治療剤」については、その出願日当時公知であったことになる。
2 被告製剤品は、本件発明にいう「予防剤」か、それとも「予防的治療剤」か。
(一) 原告の主張
(1) 被告製剤品の添付文書には「気管支喘息に用いる場合、本剤はすでに起こっている発作を速やかに軽減する薬剤ではないので、このことを患者に充分説明しておく必要がある。」等と記載され、また、医療機関は、ケトチフェン製剤をアレルギー性喘息の予防剤として使用しており、現に本件発明の実施品であるザジテンは気管支喘息の予防剤として扱われているから、被告製剤品も、その有効成分がフマル酸ケトチフェンのみである以上、これを購入する医療機関がアレルギー性喘息の予防剤として使用することは明らかである。
(2) 被告主張に対する反論
被告製剤品については、薬事法に基づく製造承認を受け、かつ健康保険法に基づく保険薬としての取扱いを受けるために薬価収載を受け、その製造承認申請書の「効能又は効果」の欄に「気管支喘息」との記載があるが、薬事法は、その規定する医薬品の中に、人又は動物の疾病の診断、治療又は予防に使用されることが目的とされている物であって、器具、器械でないものを掲げており(同法二条一項二号)、薬事法上の医薬品の製造承認はかかる医薬品に対するものであるから、予防剤についても医薬品として同法上の製造承認の対象となることが明らかである。被告製剤品は、右のとおり、効能又は効果が「気管支喘息」とされているだけであるから、その記載だけではそれが治療剤であるか予防剤であるかは不明である。
また、被告製剤品が、薬事法の運用上、「アレルギー性疾患治療剤」として承認されていることは、被告製剤品がアレルギー性喘息の予防剤ではないこと、若しくは、アレルギー性喘息の予防剤として使用することが許されていないことを意味するものではない。すなわち、ケトチフェン製剤には気管支喘息の発作の発生を予防し、発作の起こらない状態を持続せしめる効果はあっても、既に発生している発作を消失せしめる効果はないのであるから、そのような薬理作用を持つケトチフェン製剤に対して「気管支喘息」に効果・効能を有する医薬品として承認が与えられたとしても、その承認が、気管支喘息の発作を予防する医薬品としての製造販売の承認であると解しうることは当然である。
(二) 被告の主張
フマル酸ケトチフェン製剤は、喘息患者が喘息症状(発作)を惹起しているときに喘息症状を軽減するために投薬される治療剤ではないが、健康人が気管支喘息に罹患する前に、罹患防止のために投薬されるものでもなく、喘息患者が一時小康状態にある場合に、間もなく生ずるであろう発作が再発するのを事前に抑制又は軽減するために使用する薬剤である。すなわち、フマル酸ケトチフェン製剤は、投与される対象が喘息患者であることを前提としているものであって、その発作を事前に抑制又は軽減するという点において、正に(予防的)治療剤そのものである。
被告製剤品は、厚生省により「治療剤」として承認・認可を受けで薬価収載を受けたものであり、右医薬品製造承認書の用法又は用量欄には予防投与を窺わせる記載は一切なく、その効能又は効果欄にも「アレルギー性喘息の予防」との記載もない。被告製剤品は、原告が本件特許権の実施品であると主張するザジテンと同様に、その現品の添付文書において、「治療剤」と明記されているのである。
また、薬事法上、予防を目的とした医療も例外的に認められていないわけではないが、「アレルギー性喘息」は右例外の中に含まれていない。そして、原告が本件特許権の実施品であると主張するザジテンも、薬事法上「アレルギー性疾患治療剤」として承認されている。
第三 争点に対する当裁判所の判断
一 本件特許請求の範囲における「予防剤」の意義について検討する。
1 甲一〇の一~四、一一並びに弁論の全趣旨によれば、喘息とは、通常は、気管支喘息のことをいい、気管支喘息とは気管支平滑筋の痙攣等により可逆性の気道狭窄を起こし、発作性の呼吸困難をきたす疾患であり、アレルギー反応とは、抗原刺激を受けて感作された個体に再び同一抗原が侵入すると二次的免疫反応とともに種々の組織障害が生体に引き起こされることをいうから、「アレルギー性喘息」とは、このようなアレルギー反応により引き起こされる、気管支平滑筋の痙攣等により可逆性の気道狭窄を起こし、発作性の呼吸困難をきたす疾患であることが認められ、これに「予防剤」という用語自体に照らして考えると、本件特許請求の範囲記載のアレルギー性喘息の「予防剤」とは、アレルギー反応によって引き起こされる、右のような気管支喘息の発作が起こることを予防する薬剤をいうものと解される。
2 被告は、本件発明の特許請求の範囲にいう「予防剤」とは、ある疾患の患者であると診断される以前の状態において、健康を保持することを目的として使用される「純粋な予防剤」をいうと解すべきである旨主張する。
しかしながら、本件特許請求の範囲には「本件化合物を有効成分とするアレルギー性喘息の予防剤」とのみ記載されており、被告の主張するような「純粋の予防剤」とは記載されていないのみならず、前示争いのない事実と甲一一、二〇、二一、二三並びに弁論の全趣旨によれば、(1)本件化合物が、本件出願当時、アレルギー性疾患の治療剤としては既に公知の物質であったこと、(2)本件発明は、本件化合物が、アレルギー性喘息の予防剤として、その用途に着目して特許された、いわゆる用途発明であること、(3)アレルギー性喘息は抗原抗体反応に基づいているが、特定の抗原の侵入に対し、すべての人が同じようにアレルギー性喘息を発症するわけではなく、患者の体質によるところも多分にあるとされているものであって、細菌等の感染によるものとはその様相を全く異にしていること、(4)流感その他の感染性の疾病であって、不特定多数の人が罹患する可能性のあるものについては、当該疾病の患者であると診断される以前の状態において、健康を保持することを目的として使用される薬剤を用いることが考えられるとしても、アレルギー性喘息の場合は、特異な抗原抗体反応によって発症するのであるから、そもそも特定の抗原に対し抗体を産生していない状態においては、喘息が発症するか否か自体が不明であり、このような状態の人に喘息を「予防」するための薬剤を服用等させることは到底考えられず、またその必要性もないことが認められる。他方、本件全証拠によっても、本件特許の出願日の前後を通じて、アレルギー性喘息が発症したことのない人に「アレルギー性喘息の予防剤」を投与してアレルギー性喘息の発症を予防しようとする考え方があるとは認められず、また、そのような考え方に基づいて実際にそのような薬剤が使用された事実も認めることはできない。
以上によれば、本件特許請求の範囲における「予防剤」とは、アレルギー性喘息の発作の症状が既に発現したことのある人に対して、予め発作が起こらないようにすることを目的として投与される薬剤をいうと解すべきであり、本件発明の技術的範囲を「本件化合物を有効成分とするアレルギー性喘息の予防剤」のうち、被告主張のような「純粋な予防剤」だけに限定すべき合理的理由はないというべきである。したがって、被告の前記主張は理由がない。
3 次に、出願審査過程における禁反言(争点1(二)(2))又は要旨変更(争点1(二)(3)のうちのウ)に基づく被告の前記主張について、検討する。
甲一七の二によると、出願当初の明細書には、特許請求の範囲に「アレルギー症状の予防剤又は治療剤」若しくは「アレルギー症状の予防方法又は治療方法」と、発明の詳細な説明の項にも「この化合物は・・・特にアレルギー性喘息の予防と治療に有効であることが判った。」と記載され、また、他に治療剤と予防剤とに関する特段の記載はないから、原告は、出願時において、予防剤という用語と治療剤という用語とを区別して使用していたものと認められる。
しかしながら、本件特許権の出願審査の過程において、原告が、「予防剤」の意義に関し、ある疾患の患者であると診断される以前の状態において、健康を保持することを目的として使用される「純粋な予防剤」をいうと解すべきである旨主張したとの事実は、本件全証拠によっても認めることができないのみならず、前掲各証拠及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。
(一) アレルギー性喘息の主たる発症機序は、抗原(アレルゲン)が体内に入ると、IgE抗体が産生され、これが肥満細胞のIgEレセプターに結合して、感作された肥満細胞となり、これに再び抗原が侵入して肥満細胞上でIgE抗体と結合すると抗原抗体反応が生じ、これがひき金となって、肥満細胞に脱顆粒が起こり、肥満細胞内に蓄えられているヒスタミン等のChemicalMediators(化学伝達物質)が遊離し、これらの化学伝達物質が気管支平滑筋の痙攣等を発症させると一般的に理解されていることが認められ、出願当初の明細書には、本件化合物によるヒスタミン遊離の抑制作用を証明するための標準テストであるとして、ねずみにおける受動的皮ふアナフイラキシーテスト(PCA)テストが示され、Immunology7(1964)の六八一頁以下が引用されるとともに、「ねずみの腹膜マストセル試験」が記載されており、右試験は、化合物48/80というヒスタミン遊離剤を用いてヒスタミンを遊離させる方法をとり、試験化合物のヒスタミン解放抑制作用は遊離したヒスタミンの量を測定することにより判定するものであって、TheJournal of Pharmacology and Experimental Therapeutics vol 184 No.1P, 41-46が引用され、右各記載は、本件明細書に至るまで、そのまま維持されている。このように、アレルギー性喘息の主たる発症機序が、肥満細胞から遊離又は解放されたヒスタミン等の化学伝達物質が組織に直接的に作用し、気管支平滑筋の痙攣等を発生させるというものであるのに対し、出願当初の明細書には、PCAテストと共に腹膜マストセル試験が示されることによって、本件化合物がヒスタミン等の化学伝達物質の解放を抑制する作用を有することを裏付ける記載があるから、本件化合物がアレルギー性喘息の予防作用を有することが示されているということができる。
(二) 次に、甲一七の二によると、出願当初の明細書の発明の詳細な説明の項には、「上記の用途に対しては、投与量は投与方法及び治療方法により変化する。動物の体重一kg当たり、約〇・〇〇七~約〇・一四mgの一日投与量で満足すべき結果が得られ、好ましくは一日に二~四回分割して投与するか又は遅延型で投与する。大きな哺乳動物に対しては、一日の投与量の合計は約〇・五~約一〇mg特に約1~約2mgの範囲であり、内服用の適当な投与形態は固体又は液体の製薬上許容しうる希釈剤又は担体中に約〇・一二~五mg特に〇・二五~一mgを含んでいる。」(同七頁一二~同八頁二行)として、投与量及び一日の投与回数に関する記載があるが、右「上記の用途」とは、出願当初の明細書の「アレルギー症状、たとえばアレルギー胃腸障害、運動により誘起される喘息、特にアレルギー性喘息の予防と治療」(同三頁一五行~一七行)を意味すると解され、かつ、右投与量及び一日の投与回数に関する記載が予防剤と治療剤とで個別にされていないから、右投与量及び一日の投与回数に関する記載は、本件化合物のアレルギー症状の予防と治療のいずれの用途に対しても、その投与量及び一日の投与回数を説明しているものと解すべきである。したがって、本件化合物は予防剤として使用する場合も、治療剤として使用する場合も、投与量及び一日の投与回数は同じであるということができる。
(三) また、出願当初の明細書には、右投与量及び一日の投与回数に関する記載に引き続いて、製剤化に関する事項(同八頁一一行~一〇頁一五行)、内服用の場合の一投与単位当たりの本件化合物の量(同一〇頁一六行~一一頁六行)、局所用たとえばクリームの場合の本件化合物の含有量(同一一頁七行~一一行)が、それぞれ、予防剤と治療剤の区別をせずに記載されているから、これらの事項に関する予防剤と治療剤の技術的事項は共通であるということができる。
(四) これに加えて、出願当初の明細書の実施例1ないし5は、カプセル、錠剤、糖衣錠、無菌注射液及びクリームという形態の治療剤について、一日の投与回数、一投与単位当たりの本件化合物の量、一日の投与量、製剤化するために使用する他の剤などを示しているが、これらは、既に述べたとおり、予防剤と共通のものとして記載されている事項であって、右の事項以外の治療剤に特有の事項は何ら開示されていないから、上記実施例の各記載により示される一日の投与回数、一投与単位当たりの本件化合物の量、一日の投与量、製剤化するために使用する他の剤などで特徴づけられたカプセル、錠剤、糖衣錠、無菌注射液及びクリームという形態の薬剤を予防剤として使用できない理由も見当たらない。したがって、上記実施例の各記載により示される事項は、予防剤にも共通のものとして示されているものというべきである。
右事実によれば、出願当初の明細書には、実施例の内容として、予防剤の記載がなく、開示されていないわけではない、というべきである。
(五) 以上によれば、出願当初の明細書には、「アレルギー性喘息の予防剤」が開示されていたということができるから、「予防剤」に関する原告の本訴における主張が本件特許の出願審査過程における主張と矛盾するものでもなく、また、昭和五四年、昭和六一年各補正は、出願当初の明細書に記載した事項の範囲内における特許請求の範囲の減縮であって、明細書の要旨を変更するものであるということはできない。
4 更に、被告は、本件発明は、特許法二九条一項各号、同条二項所定の事由に該当するから、本件特許請求の範囲の「予防剤」については、先行する公知技術を除外した「純粋の予防剤」、すなわちある疾患の患者であると診断される以前の状態において、健康を保持することを目的として使用される薬剤をいうものと限定すべきである旨主張するので(争点1(二)(3)アイ)、この点について検討する。
乙一二、一三によれば、昭和四七年当時、特開昭四七-六七八〇号公開特許公報(第一八欄一二ないし一四行)及び特開昭四六-三四二八号公開特許公報(第二一欄三ないし五行)に、ケトチフェンが「種々の起因のアレルギー性疾患の処置への使用を指定される」旨の各記載があることが認められるものの、右各号証によれば、ケトチフェンがヒスタミン分解性ないし抗ヒスタミン作用を示すことも認められから、右公開特許公報の「アレルギー性疾患の処置」の記載が、アレルギー性喘息の発作の起きる前に投与して、無発作状態を持続させるという「予防」まで開示しているものとまで認めることができず、本件記録を精査しても、他に本件発明が特許法二九条一項各号、同条二項所定の事由に該当することを認めるに足りる十分な証拠はない。したがって、被告の主張はその前提を欠き、理由がない。
二 次に、被告製剤品について、検討する。
1 甲九、一五によれば、被告製剤品の添付文書には、いずれも、表題あるいは効能・効果の項などにおいて、被告製剤品が気管支喘息の治療剤である旨が記載され、しかも被告製剤品がアレルギー性疾患治療剤であることが認められ、他方、甲一一、二〇、二一、二三によれば、気管支喘息の多くはアトピー型といわれ、その原因は、ほとんどがアレルギー反応によるという考え方がもっとも広く受け入れられていることが認められるから、被告製剤品の添付書類に記載されている気管支喘息とは、アレルギー性気管支喘息をいうものと解される。
また、争いのない事実及び甲九、一〇の一~四、一一、一二の一~四、一三の一~四、一四、一五、二〇、二一、二三並びに弁論の全趣旨によれば、(1)フマル酸ケトチフェンが抗アレルギー薬に属するところ、抗アレルギー「薬は、一般的には、既に起こっている気管支平滑筋攣縮に対して直接的な気管支拡張作用を有しておらず、そのために、多くの場合、急性発作には効果は乏しく、効果が生ずるまでには時間も要することもあるため、気管支喘息に対してはあくまで予防薬として位置づけられていること、(2)被告製剤品であるザトチテンカプセルの添付文書の「用法・用量」の欄には、「通常、成人にはケトチフェンとして一回一mg(一カプセル)を一日二回、朝食後及び就寝前に経口投与する。」と記載されており、被告製剤品が、喘息発作時に直接的な気管支拡張のために投与されるものではなく、毎日定期的に投与されるものであること、(3)ザジテンは、その添付文書中において、組成の欄に、一カプセル中のフマル酸ケトチフェンの量が一・三八ミリグラム(ケトチフェンとして一ミリグラム)と記載され、その用法、用量の欄に、通常、成人にはケトチフェンとして一回一ミリグラム(一カプセル)を一日二回、朝食後及び就寝前に経口投与する旨が記載され、効能又は効果の欄に、気管支喘息、アレルギー性鼻炎、湿疹・皮膚炎、蕁麻疹、皮膚〓痒症と記載されていること、被告製剤品も、その添付文書に記載されている組成欄、用法、用量の欄、効能又は効果の欄の記載は、添加物に関する記載を除き、フマル酸ケトチフェンの量に至るまで、ザジテンのそれと全く同一であること、(4)したがって、被告製剤品は、ザジテンと、右記載事項だけでなく、使用方法についても同一であると考えられること、(5)ザジテンとザトチテンカプセルの添付文書には、いずれも、「本剤使用にあたって」の欄において、「気管支喘息に用いる場合、本剤はすでに起こっている発作を速やかに軽減する薬剤ではないので、このことを患者に十分説明しておく必要がある。」、「本剤を季節性の患者に投与する場合は、好発季節を考えて、その直前から投与を開始し、好発季節終了時まで続けることが望ましい。」との記載があること、(6)ザジテンは、その添付文書に、アレルギー性疾患治療剤と記載されているものの、医療機関においては、抗アレルギー薬として認識されており、気管支喘息の発作を予防する目的で、日常臨床において広く使用されていること、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定した事実によれば、被告製剤品は、アレルギー性気管支喘息の急性発作を引き起こしている患者に対して投与する薬剤であるというよりは、喘息と診断された患者が発作を起こさないように、予め、かつ定期的継続的に投与する薬剤であり、アレルギー性気管支喘息の発作が起こることを予防する薬剤であると認められるから、本件特許請求の範囲にいう「アレルギー性喘息の予防剤」に該当するというべきである。
2 被告は、被告製剤品は、薬事法上、治療剤として製造承認を受け、薬価の収載を受けているのであるから、治療剤であって、予防剤ではない旨主張する。
そこで、検討するに、甲一五によれば、被告製剤品が、薬事法上、アレルギー性疾患治療剤として製造承認を受け、薬価の収載を受けていることが認められ、他方、乙六によれば、薬価収載に際し、その運用上、専ら予防を目的とした医薬品は保険医療に不必要であるものとして除外されるものの、予防に使用されることが目的とされる医薬品のすべてが保険医療に不必要であるものとして除外されるわけではないこと、専ら予防を目的とした医薬品の例として、日本脳炎ワクチン、インフルエンザウイルスワクチン等が挙げられ、右の例はいずれも伝染性の疾病の予防を目的とする医薬品であることも認められ、右認定の事実に照らして考えると、薬価収載を受けたことの一事をもって、薬事法上、予防に使用されることが目的とされる医薬品でないとまで直ちにいうことができず、薬価収載を受けたことのみでは、予防剤であるか治療剤であるかは不明であるといわざるを得ない。
ある物件が特許発明の技術的範囲に属するか否かの判断に当たっては、特許出願の願書に添付された明細書の特許請求の範囲や発明の詳細な説明、願書に添付された図面、当時の技術水準等を総合して、その対象とされた物件における技術的思想を把握したうえ、その判断をしなければならないのであって、その対象物件が医薬品である場合、これが薬事法上治療剤として製造承認を受けているとしても、この一事をもってして、特許発明の技術的範囲との対比においても、直ちに治療剤であると断ずることはできない。
したがって、被告の前記主張は理由がない。
3 なお、被告において、原告が被告製剤品を予防剤であるとするのは、予防的治療剤をも本件特許請求の範囲に含ませるものであって、到底許されない拡張解釈であると主張するかのような部分もあるが、本件特許請求の範囲記載の、アレルギー性喘息の「予防剤」が、アレルギー反応によって引き起こされる気管支喘息の発作が起こることを予防する薬剤をいうものと解すべきであり、被告製剤品が右「予防剤」に該当することは既に判示したとおりであるから、被告の右主張は失当であるというほかはない。
三 ところで、被告製剤品がアレルギー性喘息の予防剤に該当するものであることは前記認定のとおりであるが、本訴において、原告が製剤の差止めの対象物としているのはフマル酸ケトチフェンであり、販売の差止めの対象としているのはフマル酸ケトチフェンの製剤品であって、被告製剤品である「ザトチテンカプセル」に限っているわけではない。そして、本件発明が、アレルギー性喘息の予防剤という用途に関する発明であり、甲九、一一、一五及び弁論の全趣旨によれば、フマル酸ケトチフェンが抗ヒスタミン作用をも有することが認められ、フマル酸ケトチフェンについて、その抗ヒスタミン作用を利用する等した、アレルギー性喘息の予防剤以外の用途もまったく考えられないわけではなく、このようなアレルギー性喘息の予防剤以外の用途については本件発明の技術的範囲が及ばないことはいうまでもないから、原告が差止めを求めた対象物のうち、本件発明の技術的範囲に属するのは、別紙物件目録二記載の医薬品に限定されるというべきである。
四 被告は、本訴請求は原告の不当な利益獲得の意図の下、被告の極めて重大な経済的損失において、原告の微小な損害の回避を図ろうとするものであるから、権利濫用に当たると主張するが、本件全証拠によるも、被告の権利濫用の主張を基礎づける事実を認めることはできず、別紙物件目録二記載の医薬品を製剤し、この製剤品を販売しようとする被告の行為が本件特許権を侵害するものである以上、この行為の差止めを受けることは、法に照らし、やむを得ないのであって、被告の権利濫用の主張は理由がない。
五 右のとおり、本訴において、原告が差止めを求めた対象物のうち、別紙第二目録記載の医薬品が本件発明の技術的範囲に属するものであって、原告の本訴請求は、その製剤及びその製剤品の販売の差止め及びその製剤品の廃棄を求める限度で理由があるから、これを認容することとし、その余は理由がないからこれを棄却することとする。
(裁判長裁判官 一宮和夫 裁判官 足立謙三 裁判官 前川高範)
<19>日本国特許庁(JP) <11>特許出願公告
<12>特許公報(B2) 昭61-39287
<51>Int.Cl.4A 61 K 31/445 識別記号 ABF 庁内整理番号 7252-4C <24><44>公告 昭和61年(1986)9月3日
発明の数 1
<34>発明の名称 有機化合物に関する改良
審判 昭56-16369 <21>特願 昭51-56758 <65>公開 昭51-142543
<22>出願 昭51(1976)5月19日 <43>昭51(1976)12月8日
優先権主張 <32>1975年5月20日<33>スイス(CH)<31>6475/75
<72>発明者 ウルリツヒ マルチン スイス国バースフエルデン、ラインパークストラツセ5/13番地
<71>出願人 ザンドツ アクチエン ゲゼルシヤフト スイス国バーゼル市リヒトストラツセ35番地
<74>代理人 弁理士 青山葆 外1名
審判の合議体 審判長 萩原益雄 審判官 青木道芳 審判官 深谷美智子
<56>参考文献 米国特許3272826(US、A) 米国特許3682930(US、A)
<57>特許請求の範囲
1 式<省略>の化合物4-(1-メチル-4-ピペリジリデン)-4H-ベンゾ〔4、5〕シクロヘプタ〔1、2-b〕チオフエン-10(9H)-オン又はその製薬上許容しうる酸付加塩を有効成分とするアレルギー性喘息の予防剤。
2 投与単位当り約0.12~約5mgの化合物を含み内服用である特許請求の範囲第1項の予防剤。
3 投与単位当り約0.25~約1mgの化合物を含み内服用である特許請求の範囲第1項の予防剤.
4 局所的に有効な濃度の化合物を含み局所投与に適する形である特許請求の範囲第1項の予防剤。
5 0.001~0.15重量%の濃度の化合物を含み局所投与に適する形である特許請求の範囲第1項の予防剤。
6 吸入投与用である特許請求の範囲第1項の予防剤。
発明の詳細な説明
本発明は米国特許明細書第3682930号に記載されている式<省略>の既知の化合物4-(1-メチル-4-ピペリジリデン)-4H-ベンゾ〔4、5〕シクロヘブタ〔1、2-b〕チオフエン-10(9H)-オンを有効成分とする喘息の抑制剤に関する.
この化合物は運動により誘起される喘息又はアレルギー喘息の予防に有効であることが判つた.この化合物は下記の標準テストにおいて示される様なヒスタミン解放の抑制作用をもつている。
ねずみにおける受動的皮ふアナフイラキシー(PCA)テストはImmunology 7、 681 (1964)中のNota、J.の方法の準拠する。メスのねずみ(体重180~200g)を0.1mlの生理的食塩水中に溶解された2mgの卵白(Merck No.967)及び血液で培養した0.5mlの百日ぜきワクチン(スイス血清種痘研究所、ベルン;第115324;4×1010個/ml)を腹膜筋肉内投与することにより感作しておく。14日後この動物から採血し、血液を遠心分離し、血清を採取し冷蔵する。この様にして得られた血清(抗血清)を未処理のメスねずみの背中の4個所に(注射部位当りたとえば1:2希釈血清0.1ml)の皮下注射する。24時間後、おのおののねずみに体重1kg当り約0.1mg~約3.2mgを経口で又は体重1kg当り約0.056mg~約0.56mgを注射により投与する。経口投与の60分後あるいは注射投与の直後又は5~30分後に、0.25%のエバンス青(Merck No.3169)を含む生理的食塩水に溶解された卵白(5mg/ml)を注射投与する。この卵白は皮膚アナフイラキシー反応を誘発し、その強度はエバンス青が4個所の感作部位のそれぞれの周囲の組織へ拡散する程度に比例する。卵白の投与の30分後、ねずみをエーテルで死亡させ、おのおのの動物の背中の皮膚の下面を露出させ、おのおのの4個所の感作部位を囲む青く染色した部分の直径を測定する。テスト化合物の投与については4~6匹のねずみで調査され、その平均の直径を4匹の溶媒処理の対照ねずみにより得られた平均値と比較する。抑制パーセンテージは対照における平均直径のパーセンテージとして得られる。
本発明の化合物においては、ED30値は静脈内投与の場合0.3mg/kgであり、経口投与の場合5.1mg/kgであつた。
ヒスタミン解放の抑制作用はKusner、E.J.等によりJ.Pharmacol.Exp.Therap.184、41-46(1973)に述べられている基本的方法に次の修正を加えたねずみの腹膜マストセル試験においてヒスタミン解放の抑制により確認できる。4℃で350gの遠心分離によるマストセルの沈降の後、沈降物を1mlのハンクの平衡塩溶液(HBSS)(pH6.9に緩衝)に溶解し貯える.生成懸濁液を遠心分離し、再度HBSSで洗つて沈降せしめる。この精製マストセルをHBSS中の2mlの懸濁液とする.これに自然ヒスタミン解放を測定するためには2mlのHBSSを加えるか、あるいは化合物48/80(N-メチルホモアニシルアミンホルムアルデヒド濃縮物:Burroughs Wellcome and Co. Inc.、 Tuckahoe、 N.Y.、 U.S.A社製ヒスタミンリベレーター)により誘起されるヒスタミン解放を測定するためには2mlのHBSS及び2.24mgの化合物48/80を加えるか、あるいはテスト化合物の存在下で上記48/80により誘起されるヒスタミン解放を測定するためには2.24mgの化合物48/80及び1.8~180mg/mlのテスト化合物を含む2mlのHBSSを加える.
化合物48/80により誘起されるヒスタミン解放から自然ヒスタミン解放を引算したものを100%ヒスタミン解放として扱う.テスト化合物の存在下で48/80により誘起されるヒスタミン解放から自然ヒスタミン解放を引算したものが、テスト化合物による抑制パーセンテージを決定するために上記100%値と比較される〔ヒスタミン測定は通常の方法により、たとえば上記Kusner等の論文又はKusner及びHerzigのAdvancesin Automated Analysis、429(1971)に記載されている様に行われる〕。本発明化合物においては、ヒスタミン解放の抑制は100μg/ml濃度において60%であつた。
上記の用途に対しては、投与量は投与方法及び治療方法により変化する。動物の体重1kg当り約0.007~約0.14mgの1日投与量で満足すべき結果が得られ、好ましくは1日に2~4回に分割して投与するか又は遅延型で投与する.大きな哺乳動物に対しては、1日の投与量の合計は約0.5~約10mg特に約1~約2mgの範囲であり、内服用の適当な投与形態は固体又は液体の製薬上許容しうる希釈剤又は担体中に約0.12~5mg特に0.25~1mを含んでいる.
本化合物は遊離塩基形又は製薬上許容しうる酸付加塩の形で投与される.この塩はその遊離塩基と同程度の作用を示し、通常の方法で容易に調製される.この様な塩の形は既知であり、ハイドロゼンフマレートを含む。
本発明はこの化合物又はその製薬上許容しうる酸付加塩を含み、製薬上許容しうる担体又は希釈剤を併用してなる薬剤をも提供する.
化合物は錠剤、粉末、顆粒、カプセル、糖衣錠、懸濁液、シロツプ又は万能薬の形で経口投与され、または注射用溶液又は懸濁液さらにクリーム又はスプレーの形で非経口投与される.経口投与の方が好ましい.4-(1-メチル-4-ピペリジリデン)-4H-ベンゾ〔4、5〕シクロヘブタ〔1、2-b〕チオフエン-10(9H)-オンのほか調合剤中には製薬上の不活性有機又は無機補薬を含んでもよく、必要ならば充填剤、造粒剤、結合剤、滑剤、分散剤、湿潤剤及び防腐剤を含んでも良い。更にこの調合剤は着色料、調味料及び甘味料等を含んでも良い。錠剤及びカブセルに好適な補薬はたとえばラクトース、微晶質セルロース、マニトール、リン酸、カルシウム、澱粉、アルギネート、ポリピニルピロリドン、ゼラチン、高分散ケイ酸、ステアリン酸マグネシウム及びタルクがある.錠剤は被覆してもよいが好ましくは被覆しない。溶液投与形態の製造に好適な懸濁剤は特にセルロース誘導体、トラガカントゴム及びアルギネートである。好適な湿潤剤としては、たとえばポリオキシエチレンステアレート及びポリオキシエチレンソルピタンーモノーオレエートがある。更に防腐剤としては、たとえばp-ヒドロキシ安息香酸アルキルエステルが用いられる。
化合物がクリームの形で投与される場合には、既知の形態で用いられ、たとえばクリーム中に担体、皮膚への化合物の吸収を促進させる物質、滑剤、湿潤剤及び親油性溶媒たとえば脂肪族アルコール又はエステル、更に必要ならば1個以上のテンサイドを含む多くの皮膚適用可能な添加剤を含んでもよい。この脂肪族アルコール又はエステルは好ましくは室温は半固体又は液体であるべきである。好適なテンサイドとしてはジアルカノールアミン又はトリアルカノールアミンの塩及び高級脂肪族カルポン酸である。スプレーとしての使用に対しては、本化合物は有利には適切なる溶媒に溶解され、噴霧器に充填され、たとえばエアロゾルとして通常の吸入療法により投与される。
固形調合剤は特にハードゼラチンカプセル又は錠剤であることが製造上の容易さと投与の便利さの故に好ましい。
内服用の本発明の組成物は適切には1投与単位当り約0.12~約5mg特に約0.25~約1mgの化合物を含む.組成物がそのままで投与可能な形である場合、組成物全体に対する活性成分の濃度は、たとえば重量比で0.5%~90%特に3~50%の広い範囲で当然に変化してもよい.組成物が投与前に更に調合が要求される場合、たとえば希釈を必要とする濃縮液の様な場合には、適切には必要な方法たとえば希釈での調合の後に組成物が上記の濃度の活性成分を含む様にしておく。
局所用の本発明の組成物たとえばクリームは必要ならばタツプリと用いることができる様に活性成分はもちろん低濃度である。全体に対する活性成分の濃度はたとえば重量比で0.001%~0.15%の間で変化してよい.
以下実施例により本発明を説明する。
実施例 1
カプセル
以下の成分を含むカプセルが既知の方法により調製でき、このカプセルは1日に3又は4回の投与でアレルギー症状の防御に有効である。
成分 量(mg)
4-(1-メチル-4-ピペリジリデン)-4H-ベンゾ〔4、5〕シクロヘプタ〔1、2-b〕チオフエン-10(9H)-オンハイ
ドロゼンフマレート 1.375
マニトール 80.875
コーンスターチ 56.0
ステアリン酸マグネシウム 1.4
Aerosil
計 140.00
*1mgの塩基と当量
実施例 2
錠剤
以下の成分を含む錠剤が既知の方法により調製でき、この錠剤は1日に3回1又は2錠の投与でアレルギー症状の防御に有効である。
成分 量(mg)
4-(1-メチル-4-ピペリジリデン)-4H-ベンゾ〔4、5〕シクロヘプタ〔1、2-b〕チオフエン-10(9H)-オン 0.3
ポリピニルピロリドン 2.5
ラクトース 88.0
コーンスターチ 4.0
ステアリン酸 2.0
タルク 3.2
計 100.0
実施例 3
糖衣錠
以下の成分を含む糖衣錠が既知の方法により調製でき、この糖衣錠は1日に3又は4回1又は2錠の投与でアレルギー症状の防御に有効である。
成分 量(mg)
4-(1-メチル-4-プペリジリデン)-4H-ベンゾ〔4、5〕シクロヘプタ〔1、2-b〕チオフエン-10(9H)-オン 0.25
ポリピニルピロリドン 2.0
ラクトース 40.0
ステアリン酸 1.0
タルク 2.75
コーンスターチ 4.0
糖衣材料 50.0
計 100.00
実施例 4
無菌注射溶液
以下の成分を水に溶解し、pHを緩衝系により必要な値に調整する。その後この溶液を水の添加により必要な最終重量にする。この溶液を2mlのアンプルに密封し、加熱殺菌する。
成分 量(mg)
4-(1-メチル-4-ピペリジリデン)-4H-ベンゾ〔4、5〕シクロヘプタ〔1、2-b〕チオフェン-10(9H)-オン 0.5
緩衝溶液(酢酸ナトリウム/濃酢酸) 適量
(所要pHとする)
塩化ナトリウム 8.0*
*水 適量
(所要容積とする)
容積を1mlとする
この注射溶液は1日に1又は2回の投与でアレルギー症状の防御に有効である。
実施例 5
クリーム
ウールワツクス及び液体パラフインから基剤を調製し殺菌し、4-(1-メチル-4-ピペリジリデン)-4H-ベンゾ〔4、5〕シクロヘブタ〔1、2-b〕チオフエン-10(9H)-オンの無菌溶液を基剤中に乳化させる。
成分 量(Wt/Vol)
4-(1-メチル-4-ピペリジリデン)-4H-ベンゾ〔4、5〕シクロヘプタ〔1、2-b〕チオフエン-10(9H)-オンハイドロゼンフマレート 0.050g
ウールワツクス 525.0g
液体パラフイン 130.0g
蒸留水 180.0ml
このクリームは必要に応じて投与でアレルギー症状の防御に有効である。
毒性
急性毒性は、はつかねずみ、ねずみ及びうさぎで測定され、継続毒性はねずみ及び犬で13週間にわたつて測定された。結果を以下の表に示す。
急性毒性
はつかねずみ ねずみ うさぎ
投与方法 経口 注射 経口 注射 経口 注射
L.D.30mg/kg 365±53 13.5±0.92 360±65 5.3±0.36 790±145 21±5.2
継続毒性
ねずみ 犬
投与方法 経口 経口
無毒性レベル 10mg/kg/日 5mg/kg/日
明細書補正一覧表
1 発明の名称を「アレルギー性喘息の予防剤」に訂正する。
2 公報2欄22行「ねずみ」の後へ「ラット」を挿入。
3 公報3欄9ないし10行の「ねずみに」の後へ「テスト化合物」を挿入。
4 公報3欄33行「ねずみ」の後へ「ラット」を挿入。
5 公報6欄8行「本発明」の後へ「の製剤例」を挿入。
6 公報6欄8行「実施例1」とあるを「製剤例1」と訂正。
7 公報6欄26行「実施例2」とあるを「製剤例2」と訂正。
8 公報6欄42行「実施例3」とあるを「製剤例3」と訂正。
9 公報7欄15行「実施例4」とあるを「製剤例4」と訂正。
10 公報8欄6行「実施例5」とあるを「製剤例5」と訂正。
11 公報3欄27ないし29行を削除。
12 公報4欄18行の「本発明化合物に」以下同欄20行まで削除。
物件目録一
左記式
<省略>
で示される4-(1-メチル-4-ピペリジリデン)-4H-ベンゾ〔4・5〕シクロヘプター〔1・2-b〕チオフェン-10(9H)-オンのフマル酸塩(フマル酸ケトチフェン)。
以上
物件目録二
物件目録一記載のフマル酸ケトチフェンを有効成分とし、「効能又は効果」として気管支喘息、喘息又はアレルギー性喘息を含み、「用法」として「一日二回、朝食後および就寝前に経口投与する」等と定期的継続的に用いるものとする医薬品
(なお、平成四年七月二四日現在、商品名が「ザトチテンカプセル」のもの)
特許公報
<省略>
<省略>
<省略>