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東京地方裁判所 平成3年(ワ)8597号 判決 1998年2月24日

原告

株式会社R

右代表者代表取締役

豊田本憲

右訴訟代理人弁護士

伊藤茂昭

松田耕治

溝口敬人

平松重道

井手慶祐

宮田眞

右伊藤茂昭訴訟復代理人弁護士

進士肇

岡内真哉

被告

株式会社T

右代表者代表取締役

田中辰郎

被告

T商事株式会社

右代表者代表取締役

亀岡傳十郎

右両名訴訟代理人弁護士

梶谷玄

梶谷剛

岡正晶

永沢徹

武田裕二

和智洋子

川添丈

右梶谷玄訴訟復代理人弁護士

宮島哲也

被告

A

右訴訟代理人弁護士

小松正富

山田有宏

永山忠彦

本多清二

被告

B

右訴訟代理人弁護士

水津正臣

児玉隆晴

石鍋毅

右水津正臣訴訟復代理人弁護士

清水和彦

被告

C

右訴訟代理人弁護士

仙谷由人

石田省三郎

遠藤昭

主文

一  被告A、同B及び同Cは、原告に対し、各自金一〇億円及びこれに対する平成元年一一月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告株式会社T及び同T商事株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の五分の三と被告A、同B及び同Cに生じた費用を同被告らの負担とし、原告に生じたその余の費用と被告株式会社T及び同T商事株式会社に生じた費用を原告の負担とする。

四  この判決第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告らは、原告に対し、各自金一〇億円及びこれに対する平成元年一一月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告A(以下「被告A」という。)、同B(以下「被告B」という。)及び同C(以下「被告C」といい、被告A、同Bと併せて「個人被告ら」という。)が共謀して、原告の管理する会社が訴外株式会社ピック(以下「ピック」という。)から雑貨等の商品仕入れを行い、これを被告T商事株式会社(以下「被告商事」という。)を通じて被告株式会社T(以下「被告T」といい、被告商事と併せて、「被告Tら」という。)に納入する形式をとる商取引が存在する旨装って、原告から売買代金名下に金員を騙取することを企て、昭和六〇年七月から平成元年一一月までの間、前後一二二回にわたって、内容虚偽の見積書、注文伝票、納品伝票等の書類を交付するなどして原告を欺罔し、被告Tらから右売買代金を回収できるものと誤信させ、よって原告から合計三五八四億六四五五万七七五〇円を騙取したものであるとして、原告が、個人被告ら及び被告Bの使用者であった被告Tらに対し、不法行為(被告Tらに対しては使用者責任)による損害賠償請求権に基づき、右騙取にかかる損害金の一部請求として一〇億円及びこれに対する最後の金員騙取が行われた日である平成元年一一月一四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の賠償を求めている事案であり、実質的な争点は、原告は本件取引が架空取引であることを知っていたか否か、被告Cに詐欺の故意又は過失があったか否か、及び被告Bの行為が被告Tらの事業の執行につきなされたか否かである。

一  基礎となる事実(争いのない事実のほかは、括弧内掲記の証拠により認定した。)

1  (当事者)

(一) 原告は、貸ビル、金融等を業とする株式会社であり、訴外亡G(以下「G」という。)は、後記本件各取引当時、原告の会長であり、その実質的なオーナーとして経営実務全般の決定権を有していた。Gの長男である訴外E(以下「E」という。)は、当時原告の代表取締役社長であり、訴外F(以下「F」という。)は、原告の取締役ではないが、「専務」と呼ばれる社員である(甲第一四三号証、証人Fの証言)。

(二) 被告Tは、T百貨店の経営等を目的とする株式会社であり、被告商事は、被告T及び同グループ会社、その他の企業等への各種繊維品、日用雑貨品等の卸販売を目的とする株式会社である(乙第二号証、弁論の全趣旨)。

(三) 被告Aは、昭和五七年にギフト商品等の卸販売等を目的とする訴外株式会社那由佗(以下「那由佗」という。)を設立し、自ら代表取締役に就任してその経営にあたっていたものであり、被告Bは、昭和四七年四月、被告Tに入社し、同六一年四月に被告商事に出向になり、平成二年一月に同社らを懲戒解雇されたものである。被告Cは、日用雑貨品等の輸出入等を目的とするピックの代表取締役を務め、その経営に当たっていたものである(丙第四号証、丁第一号証、戊第二号証、被告A、同B及び同C各本人尋問の結果)。

2  (本件各新設会社の設立)

(一) 原告は、昭和六〇年六月二〇日、訴外株式会社祥玉舎(以下「祥玉舎」という。)を設立し、また、同六一年二月三日、訴外株式会社瑠璃寶(以下「瑠璃寶」という。)を設立した。原告は、その後も、昭和六二年一二月一五日にいわゆる休眠会社であった訴外株式会社ケンオブザワールド(以下「ケンオブザワールド」という。)の定款を変更し、後記本件各取引を行うための会社とし、さらに、平成元年一月二五日に訴外株式会社平成堂(以下「平成堂」といい、祥玉舎、瑠璃寶、ケンオブザワールドと併せて「本件各新設会社」という。)を設立した(甲第一四一号証、証人種市の証言、弁論の全趣旨)。

(二) 本件各新設会社においては、事務所、使用人等は全く存在せず、原告がその財務、経理等をはじめとした実務管理の一切を行い、同各社からの出金は、いずれも原告出捐にかかる資金によるものであり、同各社への入金も、すべて一度は原告の管理下に置かれることとなっていた(証人Fの証言、被告A本人尋問の結果)。

(三) 原告は、昭和六〇年七月一〇日、祥玉舎との間で、同社が、注文商品の選定、仕入れ、納品、価格交渉等の商業活動を行った上、T百貨店に対する指定商品の仕入れ、納品等の販売業務を行い、原告が、右祥玉舎による商品仕入れのために必要な資金の確保等を行い、売掛金受領のための銀行口座等の出納管理をする旨の業務提携契約を締結し、同年八月一四日、右内容の公正証書を作成し、その後瑠璃寶との間でもこれと同内容の業務提携契約を締結した上、同六一年一一月一七日、その旨の公正証書を作成した(丙第一、第二号証)。

3  (本件各取引の実行)

(一) 原告は、昭和六〇年七月六日から平成元年一一月一四日までの間、ピックに対し、本件各新設会社名義で合計三五八四億六四五五万七七五〇円を支払い、被告Aは、昭和六〇年九月一七日から平成元年一一月一四日までの間、本件各新設会社に対し、被告商事名義で合計三四九二億五八四八万〇五〇〇円を支払った。右昭和六〇年から平成元年までの各年度において本件各新設会社名義でピックに対し支払われた金員の合計額、及び被告商事名義で本件各新設会社に対し支払われた金員の合計額は別表記載のとおりであり、右入出金の内訳としては、本件各新設会社名義によるピックに対する支払いが、別紙1ないし9の各支払日欄記載の支払日に、同欄「支払合計額」記載の金員が同欄「支払の方法等」記載の支払方法で行われ、被告商事名義による本件各新設会社に対する支払いが、同紙1ないし9の各入金日欄の入金日、同欄「入金合計額」記載のとおり行われたものである(以下「本件各取引」という。<証拠略>)。

(二) 被告Aは、右各入出金にあたって、原告に対し、注文の金額、売上げ、仕入れ、利益がそれぞれ本件各新設会社の各名義別に記載され、さらに個別に値引額や利益率が計算されて、最終的に支払いを要請する振込額の明細がわかるよう記載された同被告作成にかかる書面(以下「A作成書面」という。)、商品の内訳として、取引先名欄に、「T商事(株)代行」との記載があり、「B」「千葉(又は三橋)」との捺印がされ、担当者欄に「B」との記載のある被告B作成にかかる被告T所定の注文伝票(以下「本件注文伝票」という。)、Tのサービスマークが印刷され、「株式会社T東京店」との記載があり、係名「B」との記載のある被告B作成にかかる見積書(以下「本件T見積書」という。)、「株式会社ピック」の社名の記載及び同社印の捺印されたピック作成にかかる見積書(以下「本件ピック見積書」という。)、及びそれに対応する百貨店名欄に「(株)T東京店」との記載がなされ、「B」「千葉(又は三橋)」との捺印がされ、担当者欄に「B」との記載のある被告B作成にかかる納品伝票(以下「本件納品伝票」という。)をそれぞれ交付した(<証拠略>)。

4  (本件特定取引の実行)

(一) 被告Aは、平成元年一一月下旬分の、一二二回目の支払要請として、被告Cの管理するピック名義の口座に平成堂名義で二八億〇〇二二万二〇〇〇円を振り込むようEやFらに要請し(甲第一二二号証の一の一ないし四)、同年一一月一四日、原告をして、一二〇回目の平成堂名義の支払要請分の内三三億六四八五万一〇〇〇円(三六憶五四八五万一〇〇〇円の支払要請分の内二億九〇〇〇万円は、同年一一月九日に支払済み。)と合算して六一億六五〇七万三〇〇〇円を、北海道拓殖銀行東京支店より被告Cの管理するピック名義の当時の協和銀行赤坂支店普通預金口座(口座番号△△△△)に振り込ませた(甲第一二二号証の七の七ないし一二。以下「本件特定取引」という。)。

(二) 被告Aは、右二八億〇〇二二万二〇〇〇円の振込みの要請にあって、同被告作成にかかる支払要請金額を記載した書面(平成元年一一月下旬との記載のあるA作成書面二通、以下「本件特定A作成書面」という。)、被告B作成にかかる見積書(平成元年一〇月二〇日付け本件T見積書及び同月二一日付け本件T見積書、以下「本件特定T見積書」という。)、同被告作成にかかる注文伝票(平成元年一〇月二四日付本件注文伝票二通、以下「本件特定注文伝票」という。)、被告C作成にかかる見積書(受渡期日平成一年一一月二五日との記載のある本件ピック見積書及び同二七日との記載のある本件ピック見積書、以下「本件特定ピック見積書」という。)、及び被告B作成にかかる納品伝票(納期平成元年一一月二五日との記載のある本件納品伝票及び同二七日との記載のある本件納品伝票、以下「本件特定納品伝票」という。)等の書類を原告事務所に持参し、これを原告に提示した(甲第一二二号証の一の一、三、同号証の三、四の各一ないし四)。

二  争点

1  個人被告らの不法行為責任の有無

(原告の主張)

(一) 本件不法行為の概要

(1) 被告Aは、被告B及び被告Cと共謀の上、原告から継続・反復して金員を騙取しようと企て、昭和五九年五月ころから、被告A又はその関連会社が、何ら被告T又は被告商事と取引がないのに、被告Aの経営する那由佗が被告Tと取引があるかのように装い、言葉巧みに当時の原告会長G、当時の原告代表取締役社長E、及び原告の専務Fに接近して同人らに虚言を弄し、同人らをして、被告Aが被告Tと取引があると信じこませ、よって、被告商事又は被告Tに納入する商品の買付資金、すなわちピックから仕入れる商品の売買代金として、昭和六〇年七月六日に一億八〇九七万一七〇〇円を支払わせたのを第一回として、平成元年一一月一四日までの間に合計一二二回にわたって、総額三五八四億六四五五万七七五〇円を交付させ、もって同金額の金員を騙取したものである(この間の騙取年月日及び騙取金額は、別紙1ないし9の各「支払日」欄及び各「支払総額」欄記載のとおりである。)。

(2) 被告Aは、前記騙取を行うにあたって、被告Tとの真正な取引を仮装するため、当時被告Tに勤務していた被告Bと共謀し、被告Tの不動文字の印刷してある注文伝票用紙等の書類を、不十分な管理体制にある同被告の不備をついて持ち出した。被告Bは、右の注文伝票用紙等に内容虚偽(架空)の数字、文字等を記入した上、これを被告Aに交付し、同被告は、これを被告Tが真実発行したものと見せかけてG、E、Fらに提示・交付して原告を欺罔したものである。また、被告Aと被告Bは、共謀の上、これらの個別の欺罔行為に先立ち、被告T東京店において、被告Bの勤務時間中に、E、Fらと面会し内容虚偽の事実を申し向けるなどして、同人らをして被告Tと被告Aの支配する那由佗との取引が存在するものと誤信させたものである。

(3) また、被告Aは、被告Cと共謀し、被告Tへの商品の納入及びそれに先立つ商品の仕入れ、買付の存在を仮装するため、被告Cが代表者であるピックを右買付先の会社として仮装し、原告から売買代金名下に騙取する金員は、すべてピックに持参して被告Cに交付させるか、ピック名義の口座に振り込ませるという方法でこれを騙取したものである。そして、このようなピックに対する金員の持参又は振込みにより、右金員の占有は原告から個人被告らの実質的支配下に移転し、欺罔行為に基づく金員の交付(処分行為)が完了するものである。すなわち、形式上、ピックに対する仕入代金は、祥玉舎等の本件各新設会社名義で支払われるため、帳簿上は、原告から本件各薪設会社へ移動し、さらに同各社からピックに移動するという形をとるものであるが、右代金が本件各新設会社へつけかえになった段階においては、同各社の経理は原告の社員であるFらの監督支配のもとにあるため、実質上、被告Aの権限は右代金の管理には及ばず、したがって、同被告と共謀関係にある被告Cの支配するピックに払込みが行われた段階で初めて、右代金は、被告Aの指示のもと同被告らのグループの支配下に移っていると考えられるのである。このように、被告Cは、被告Aと共謀の上、納入業者然としてピック名義の見積書やピック名義の領収証を発行して原告を欺罔するとともに、原告から騙取された金員の交付を受けていたものである。

(4) 被告Aは、前記騙取を行うにあたって、被告Tとの取引が真実は存在しないものであることがG、E及びFらに発覚しないよう、様々な手段を弄した。その最も重要な欺罔手段は、被告Aが祥玉舎、瑠璃寶等の本件各新設会社に対して、被告商事名義での商品代金の入金を継続して行ったことである。この点を実際に行われた取引に即して具体的に説明すると、まず原告は、被告Aらが提示したA作成書面等の書類に基づき、ピックに対し、商品代金として、昭和六〇年七月六日付で一億八〇九七万一七〇〇円、同年七月一一日付で五八七六万三七四〇円の合計二億三九七三万五四四〇円を振り込んだ。そして被告Aは、この支払代金に対応する商品が被告Tへ納入されたことを仮装するため、その商品代金として、祥玉舎に対し、被告商事名義で、昭和六〇年九月一七日付で二億七〇一二万一〇〇〇円を振り込んでくるのであり、ここで、前記仕入代金と売上げとの差額三〇三八万五五六〇円がこの取引における祥玉舎、つまり原告の利益となるよう仕組まれているのである(もちろんこの利益の大部分は被告Aらに再度還流するものであるが、)。そして、この第一回の仕入れに対応する被告商事名義での入金があったのは昭和六〇年九月一七日であるが、それに先立つ同年八月一三日には第二回目の仕入代金として二億九四一一万五一五〇円が、同年九月一三日には第三回目の仕入代金として二億七一三一万三〇〇〇円で、それぞれ新たに二回分の商品代金として、祥玉舎名義でピックに対して振り込まれているのであり、結局、同年九月一七日の段階では、仕入代金としての被騙取金額は四回分合計八億〇五一六万三五九〇円となり、被告商事名義での祥玉舎の口座への振込入金額二億七〇一二万一〇〇〇円(実質的な被害回復金額)との差額五億三五〇四万二五九〇円が、その時点での原告の実損害額となるのである。

そして、この段階で、被告Aが被告商事名義で本件各新設会社に対する振込みを行うことが、同各社と被告T又は被告商事との取引が真実存在するものであることを原告に誤信させるための重要な欺罔行為の一部を構成し、順次、欺罔→錯誤→交付→交付を受けたものの一部の被告商事名義での本件各新設会社への振込み=欺罔→錯誤の継続・固定化→交付と続く連鎖となり、反復・継続した詐欺行為(不法行為)が行われていったのである。

(5) 以上の仕組みの欺罔・錯誤・交付(処分行為)は、常に、数回分が同時並行的に進行していく形をとり、原告からのピックへの仕入代金の振込みが数回分先行しながら、その仕入代金の数回前の騙取分に対応する売上分が、被告Aから被告商事名義で原告の支配する会社に振り込まれてくるという形となっていたのである。そして、本件詐欺においては、被告Aは、被告商事名義での原告の支配する本件各新設会社への振込みを継続する(これは、前記のとおり、個人被告らによって騙取された金員が、真正な取引に基づき支払われたものであることを仮装し、真実を隠蔽するために行われたものである。)ために、回を重ねる毎に、常に前回より何割増かの金額の騙取を計画せざるを得ないことととなり、騙取金額は、雪だるま式に膨れ上がっていくと同時に、いつかは原告の支払能力を超え、本件詐欺そのものが破滅せざるを得ない道筋をたどる仕組みとなっていた。

また、本件詐欺における被騙取金額は、第一回の欺罔行為に基づくものが数千万ないし一億の単位から出発しながら、最後は一回分が数百億円にも及ぶものであるが、これも取引が順次決済されながら継続したからこそ、原告が騙されるという結果が導かれたのであって、最初から一回分の注文伝票等に記載された金額が数百億であれば、決してこのような結果は招かれなかったと考えられるのである。

本件においては、合計一二五回にも渡る個別の個人被告らによる欺罔行為と合計一二二回にも渡る原告による処分行為が存在するのであるが、これらは個別のものとして存在しているのではなく、大きな全体の連鎖として存在しているのであって、このことが本件不法行為の極めて重要な特徴といえる。

(6) このような継続・反復した欺罔行為・処分行為は、平成元年末に被告Aにより引き起こされた逮捕・監禁事件によって原告に架空取引であることが判明するまで継続し、その被害は、金額にして総額三五八四億六四五五万七七五〇円にも達したのである。この騙取年月日と金額は、別紙1ないし9の各「支払日」欄及び「支払合計額」欄各記載のとおりであり、この被騙取分に対応する被告商事名義での架空取引による入金分は同別紙の各「入金日」欄及び「入金合計額」欄各記載のとおりである。この間、被告商事名義で原告の管理する祥玉舎その他の本件各新設会社の口座に入金された金額は、合計三四九二億五八四八万〇五〇〇円であり、これが本件詐欺における実質的な被害回復金額となり、その差額である九二億〇六〇七万七二五〇円が本件の架空取引行為における原告の実損害となるものである。

なお、仮に、この仮装された取引が真実の取引であると仮定して計算すると、祥玉舎等の本件各新設会社の被告商事に対する未収債権額は約六〇四億円にのぼり、これが本件詐欺の発覚時における原告の貸倒損失ということになる。

(二) 本件一部請求にかかる不法行為(本件特定取引の実行)

(1) 個人被告らは、共謀の上、平成元年一一月上旬から中旬にかけての一二二回目の欺罔行為として、当時の原告代表者Eや同専務Fらに対し、被告Cの管理するピック名義の口座に平成堂名義で二八億〇〇二二万二〇〇〇円を振り込むように申し向け(この他に、祥玉舎ほか本件各新設会社名義での振込要請もあり。)、情を知らない同人らをして、同年一一月一四日、一二〇回目の欺罔行為の平成堂名義の要請分の内三三億六四八五万一〇〇〇円(三六億五四八五万一〇〇〇円の支払要請分の内二億九〇〇〇万円は、同月九日に支払済み。)と合算して合計六一億六五〇七万三〇〇〇円を、北海道拓殖銀行東京支店から被告Cの管理する当時の協和銀行赤坂支店普通預金口座△△△△のピック名義の口座に振り込ませて、右振込要請にかかる二八億〇〇二二万二〇〇〇円を騙取したものである。

(2) 被告Aは、被告B及び被告Cと共謀の上、右二八億〇〇二二万二〇〇〇円を騙取するにあたって、対応する商品取引がないのに、これが存在するかのように装い、被告B作成の見積書(本件特定T見積書)、同じく同被告作成の注文伝票(本件特定注文伝票)、被告C作成の見積書(本件特定ピック見積書)、及び被告B作成の納品伝票(本件特定納品伝票)、被告A作成の支払要請金額を記載した書面(本件特定A作成書面)等の書類を原告事務所に持参して、E、Fをして、実取引が存在するものと誤信させたものである。

(三) 個人被告らの責任

(1) 被告Aの責任

被告Aは、本件詐欺事件の主犯格であり、その不法行為責任は免れない。

すなわち、被告Aは、Gら原告関係者に対して、虚偽の事実を申し向けて融資を懇請した上、預金小切手の割引を依頼し、資金力があるかのように見せかけて信用させようとし、また、被告Tとの取引関係の存在を印象付けるため、A作成書面等の書類を持参したり、被告Tの社員であった被告Bと引き合わせ、さらに本件新設会社を新設させるなどの原告に対する欺罔行為を行い、また、前記の回復されていない平成堂名義の最終の騙取金二八億〇〇二二万二〇〇〇円を原告に振り込ませるにあたって、被告Bの協力のもとに作成された見積書(本件特定T見積書)、注文伝票(本件特定注文伝票)、納品伝票(本件特定納品伝票)、被告Cの協力のもとに作成されたピック名義の見積書(本件特定ピック見積書)、自ら作成した支払要請金額を記載した書面(本件特定A作成書面)等を原告の事務所に持参し、これらを利用して直接欺罔行為を行ったものであり、前記のように、G、E、Fら原告関係者が錯誤に陥り、その錯誤の状態が数年にわたって継続し、被騙取金の交付を継続する結果となったことについては、昭和五九年五月からの被告AによるE、Fらに対する詐術、及び昭和六〇年七月から開始された本件架空取引それ自体に含まれる詐術が原因となっているのである。

このように、被告Aは、訴外岡崎興業株式会社(以下「岡崎興業」という。)の資金繰りや自らの不動産等の資産購入、その家族や自己の贅沢な生活への出費、政治家や虚構の福祉活動への出費、果ては犯罪のための資金など、自己の著しい消費性向を満たすという目的のために、原告から売買代金名下に合計三五八四億円余の金員の騙取を継続し、その結果、原告に九二億円の実損害を与えたものであり、その不法行為責任は明らかである。

(2) 被告Bの責任

被告Bは、被告Aと共謀の上、原告社員らに対し、自己の被告T内における地位、その他の件について虚偽の事実を申し向け、また、同被告事務室内において、E、Fらと応対し、取引口座の名義書換手続きを行うなどの原告に対する欺罔行為を行い、さらに、被告Aの求めるままに被告Tの伝票類の用紙を持ち出して、これらに架空の取引内容を自ら記載して、被告Aに積極的な協力をし、結果として、原告代表者らをして、あたかも本件各取引において本件各新設会社と被告Tとの取引が真実行われているものと誤信させ、被告Aと共謀した被告Cが代表を務めるピックの口座に多額の金員を振り込ませてこれを騙取したものである。このように、被告Bは、被告Aを中心とする本件詐欺において、被告Tらの社員として極めて重要な役割を果たしたこと、しかも、被告Bは、本件詐欺により取得された利得につき、被告Aからリベートとして多額の分配を受けていることなどからすると、その不法行為責任は明らかである。

(3) 被告Cの責任

被告Cは、被告Aと共謀の上、ピックの代表者として、商品の納入や仕入れが全く存在しないにもかかわらず、商品の実際の取引があるかの如く装い、同被告の指示で架空の見積書を作成し、また、原告から売買代金名下に騙取した金員を受領してその領収証を発行したものであり、さらに、E及びFの面前で被告Aと売買代金の値引交渉をするなどしてEらを欺罔し、よって原告から売買代金名下に金員を騙取したものである。このように、被告Aの欺罔は、仮装の商品納入先である被告T、その従業員である被告B、及び仮装の仕入先(納入業者)であるピツク(被告C)の三者が揃って初めて成立する仕組みのものであり、その意味で被告Cは、本件詐欺において極めて重要な役割を果たしたものであること、また、被告Cは、被告Aから多額の謝礼を受け取っていることなどからすると、被告Cにおいて、本件詐欺の故意の存したことは明らかであり、少なくとも不法行為の要件を満たす過失の存在は明らかであるから、その責任は免れない。

(被告Aの主張)

(一) 事実経過

(1) 被告Aは、個人企業としてギフト商を営んでいたところ、昭和五四年、取引関係から岡崎興業の代表取締役であった訴外P(以下「P」という。)と知り合い、同人から商売上の助言を得たり、親の借財の弁済資金の援助を得たりして、同人に恩義を感じるとともに愛情を抱くようになり、同人とは将来を約束するような関係に発展した。那由佗は、昭和五五年ころ、右ギフト関係の業務を行うことを目的として、Pと被告Aの共同出資によって設立されたものであり、同被告がその代表取締役に就任したものである。

(2) ところが、昭和五六年ころから、岡崎興業の資金繰りが悪化し、被告Aは、同五七年ころから、Pに対し、預金を貸し付けたり、那由佗振出しの手形を融通してやったりして、その資金繰りを手伝わせられるようになった。その後昭和五九年五月、Pは、岡崎興業の資金繰りがさらに悪化してきたため、金融業を営む原告から融資を得るために被告Aを利用することを計画し、かねてからの知人である訴外日向幸雄(以下「日向」という。)を介して、被告Aを原告の会長であるGと接触させた。

(3) 昭和五九年五月ころ、被告Aは、Pの指示に従って、Gに対して不動産の担保提供を条件に金員借用を申し入れたが、同人は、「女性には金を貸さない。」と言って、右の申込みをあっさり断った。日向という知人の紹介があったにもかかわらず、調査、検討をすることもなく、直ちに被告Aの申込みをはねつけたのである。

Gは、異国の地で労苦を重ねながら資金を貯め、金融業者として多額の資金を出せるまでになった者であり、金銭の管理に極めて厳しく、融資にあたっては、返済の確実性、担保の評価等について、徹底的に調査を行い、少しでも疑問があると決して貸付けをしないし、担保物件評価額中、他の金融業者よりもはるかに低い割合の金員しか貸し付けず、また、貸し付けた相手に対しては非常に厳しい取立てをするものであるが、右のように、Gが被告Aの融資の申込みをあっさりと断ったことも、このような金融業者としてのGの経営姿勢のあらわれというべきである。

(4) 昭和五九年一一月ころ、被告Aは、いよいよ金策に窮したPに、「どこかで至急割り引いてきてもらいたい。」と言われ、同人から銀行預手を預り、その割引をGに依頼して金策を終えた。Gは、これがきっかけとなり、被告Aに対し、度々食事に誘うなどして接近するようになった。そのような機会に、被告Aは、Gから根掘り葉掘り問われるままに、見栄と誇張から、那由佗が被告Tと取引をしているなどという話しをし、その資金を出してくれるスポンサーが何名かいるが、その一人である訴外Q(以下「Q」という。)から住んでいるマンションの鍵を渡してくれとしつこく言い寄られて困っているなどという話しをした。

昭和六〇年五月一七日、Gは、被告Aに対し、仕事の話しにかこつけて、「いつも会社で使っているところだから。」などと言って、同被告を都内の料亭「石亭」に連れ込み無理矢理に同被告と性的関係を結び、その後も頻繁に同被告を食事に誘い、送ってきては部屋に上げろなどとしつこく同被告につきまとった上、強引にその自宅に出入りするようになった。Gは、被告Aとこのような関係になるや、「Qさんとの関係を切るための金は出す。」と言って二億円を出し、Qに対する那由佗の負債を清算させた。

(5) それ以来、Gは、被告Aの私事に干渉し、いやがらせや暴行・強迫等の行動に出るとともに、同被告の歓心を買うために、被告Tらとの取引につき、必要な資金を出資し、その利益を得るようにしたいなどと言い出してきた。Gは、被告Aから聞いた事情を基にして話しを構成し、それを原告の代表取締役であるEやFに話して、被告Tらとの取引について金を出すことの了解を取り付けた。

そして、Gは、祥玉舎等の新会社を設立して、これらに被告Tらとの取引をさせることとし、同時に資金回収の仕組みとして、祥玉舎等の銀行預金口座の通帳、銀行印を自己の手元からはなさず、預金を完全に管理することとした。これら本件各新設会社は、原告の主張するように詐欺に基づき設立されたものではなく、Gが送金されてくる金員を確実に入手すべく、その主導、計画のもとに設立されたものである。このような経過で原告は、昭和六〇年七月一〇日、Gが出資等の取引のために設立した祥玉舎との間で、資金提供を中心とする業務提携契約を結んだ。右契約は、祥玉舎が、Gの経営する原告から資金の提供を受け、その見返りとして、原告ないしGに対して高率の利益を還元するというものであった。祥玉舎等の本件各新設会社は、一時被告Aがその代表取締役を務めたことがあったが、それは名目だけのことであり、Gがそのすべてを管理し、被告Aの自由にすることはできないものであった。

(6) 極めて多額の資金を動かしている金融業者として、前記のように徹底的な調査を行い、また、その能力のある原告は、被告Tと那由佗との取引が現に存在するか否か、その内容、今後の取引の見通し等を容易に調査することができたのであるが、それにもかかわらずGは、被告Aと特殊な関係ができるや、EとFを被告T東京店に赴かせて被告Bの話しを聞かせただけで、ほとんど調査らしい調査をすることもなく、被告Tらとの巨額な取引資金を出すことに決めたのである。

Gがこのように本件各取引に資金を出したのは、被告Tとの取引が実際に存在すると信じたからではなく、被告Aを自分のものにするとの目的を果たすためであった。現に、Gは、被告AがQとの関係を清算するようにと二億円の資金を出したのであり、また、被告T関係の資金についても、当初はその金額がさほど多くなかったことから、その返済を得られないことがあっても、被告Aを獲得する資金として惜しくはないと考えたのである。

(7) Gは、本件各取引に資金を提供するようになるや、被告Aに対して、以前にもまして執拗に性的関係を求めるに至った。被告Aが食事に行くのを断ったり、部屋に入れるのを断ったりすると、Gは、立腹して、かねて被告Aが渡していた額面白紙の那由佗振出の手形に金額を書き込んで銀行に取立てに回して圧力をかけるなどして、被告AがGの要求を断れないようにしたり、同被告の鍵を強引に持ち帰って、その後は当然のように同被告の部屋に出入りし泊まって帰るようになった。

また、Gは、極めて嫉妬心が強く、被告Aの帰りが遅くなると、男と会っていただろうと邪推し同被告を責め立てた。そのような際には、Gは、被告Aに対し殴る蹴るの暴行を加え、倒れた同被告を踏んだり蹴ったりした上、包丁を持ち出して突きつけ、自分の言うとおりしないと殺すなどと脅すことも度々であった。このように、Gとしては、被告Aを自分のものとして獲得したつもりでいたのであり、同被告を自分の思い通りに行動させなければ気が済まなかったのである。

(8) 原告の本件各取引に関する出資金はみるみる増大していった。すなわち、本件各取引は、昭和六〇年の当初の取引からして、仕入額が一億八〇〇〇万円、同じ月内に約五九〇〇万円という高額なものであったが、それも同年八月には約三億円、同年九、一〇月も同様三億円前後の取引高となり、同年一一月には四億〇八三八万円、同年一二月には四億二五四五〇万円余りとその取引額が急上昇しているのである。この金額は、その後も鰻上りに増え続け、昭和六二年一二月には一〇倍以上の四五億五〇〇〇万円に達し、さらに、平成元年九、一〇月には月額二〇〇億円近くまで達している。この平成元年度における取引額は、年間二四〇〇億円にも達する巨額のものであり、被告T全店の同年度の年間売上げ六〇一五億円余りの三分の一以上にも上るものである。そして、本件各取引において、本件各新設会社が被告Tに納入していたことになっていた商品は、贈答品にすぎないのであるが、そのような商品がこのように大量かつ高額取引されるということがあり得ないことは、誰の目にも明らかなところであった。また、その取引内容は、一回の取引でバスタオルを数十万枚仕入れるなどといった異常なもので、これが真に存在するとは考えられないことは、本件伝票類を一瞥すれば明らかであった。しかも、何よりも信用を重んじる被告Tのような大手百貨店が、設立されたばかりで、実績もなく、役員の素性も定かでない祥玉舎等の本件各新設会社とそもそも取引関係を持つはずがなかったのであり、まして、そのような会社との取引高を前記のような巨額のものに増大させるなどといったことは到底あり得ない話しであった。そのことは、この取引の話しを聞いたものであれば、誰でもわかるものであった。

現に、昭和六二年ころには、被告Tと億単位の取引をしているのは不自然であるとして、脅迫めいた手紙を被告Aに送ってきた者がいたし、また、いわゆるブラックジャーナリズムが、被告Tをゆすろうとして、架空取引に関する怪文書を流したこともあり、本件各取引が架空のものであることは、関係者には容易に知り得る状況に至っていたのである。

(9) ところが、Gは、このような状況のもとでも、「資金はいくらでも出す。」などと言って、現に右のように異常に増加していく資金を求められるままに出していた。Gは、取引が架空のものであることは知っていたが、それまでの実績で、被告Aが何らかの事業により収入を得ていると考え、他方自身が、前記のとおり銀行口座を完全に管理していることからも、確実に利益が得られるとの確信をもち、そのような巨額な利益が手に入ることに目がくらんだものである。すなわち、Gは、被告Aの有力政治家等を含む多彩な友人、知人関係や、同被告の集金能力を知っており、確実に資金が回収されたことから、同被告が商売も大きくやっているらしく、その営業状態も良好であるとみたのであって、同被告を利用すれば、融資金の回収はもとより、自身の事業活動による利益の拡大もできると判断し、その計算の下に同被告の被告Tらとの取引が真実のものでないことを知りつつ、出金し続けたのである。

(10) Gがこのような原告を介した出資ができたのは、原告が組織上は株式会社となっているものの、その実態は、Gの超ワンマン会社であり、その子息で代表取締役であるEやFは、Gの命令に絶対服従するのみで、金銭の貸付けに関して同人が決定したことに対しては、口出ししたり、反対することが全くあり得なかったためであった。特に、EやFとしては、Gと被告Aとの男女関係や、Gの異常なほどの被告Aに対する執着心を目の当たりに見せられているだけに、Gの出資について、意見を差し挟む余地など全くなかったのである。Gの決定は絶対であり、それは即ち原告の最終決定であった。したがって、被告Aも、EやFに対して、本件各取引が架空のものであることを特に隠し偽る必要もなかったのである。

(11) その後平成元年九月から、原告(本件各新設会社)に対する支払いが遅れ始めるのであるが、我が国屈指の大百貨店である被告Tが支払いを滞らせることなどあるはずがないのに、Gないし原告は、そのことについてさほど疑問を抱いた形跡がない。平成元年九月一五日の入金予定額のうち不足分数十億円は、被告Bが言ったとおり同月二五日に実際に入金されたのであるが、その翌月一六日の支払予定日にも、やはり全額の支払いがなされず、しかもその不足分が被告Bの言った同年一〇月二五日には入金にならず、同月三〇日になってようやく入金になったものである。そして平成元年一一月分についても、支払予定日に入金されたのは予定額よりも二六億五〇〇〇万円も少ない額であり、これについては、被告Bが告げた同月二五日には入金がなかったばかりか、支払予定が同月二七日、三〇日、一二月一一日と順次延ばされていったのである。それにもかかわらず、原告ないしGは、その間、被告Aや被告Bに対して、再三催促を繰り返して同被告らを責め立てるのみで、結局特段の手は打たなかった。入金不足額は、それ自体巨額に上るものであるのに、原告やGは、直接被告Tに問い合わせることすらしていないのである。その間、被告Bが必ず支払いをする旨記載した「支払案内書」を持ってきたということがあったとはいえ、Gは、被告Aや被告Bに対しては、再三「Tに行って話しをする。」などと脅しておきながら、これを実行することは、逮捕・監禁事件が起きるまでなかったのであり、その対応は、極めて微温的なものであったといえる。

(二) 被告Aの責任について

以上のとおり、本件各取引においては、商品取引に必要な出資と利益の配分はすべて原告自身が取り仕切っていたのであって、原告は、昭和六〇年七月から約四年間の長きに亘って約定どおりに資金提供を続け、平成元年一〇月の返済分までは順次確実にその回収をなしており、その間、原告に実害は発生していない。そして、同年一一月返済分の一部と、同年一二月返済分が滞ったのである。

確かに、本件各取引が架空のものであったことは事実であるが、原告の実質的経営者であるGは、右架空の事実を知りつつ出資を続けていたのである。これは、Gが、被告Aの色香に迷い、邪恋の炎を燃やし、同被告の歓心を買って愛人関係を続け、同被告を物、心ともに支配したいという自己の欲望を満足させるためには、金額には糸目を付けずに原告の金を提供するとの決意をした上、これを原告に実行させたというものなのである。そして、Gは、本件各取引が架空のものであることを知りながら、被告Aの事業に出資したところ、約定の利益が確実に入金されたことから、当面入金させてくる莫大な利益に目がくらみ、次々と資金の額を増大させて、これを出資するようになったものである。このように、原告による祥玉舎等の本件各新設会社に対する資金提供は、Gが自己の欲望と自身の利益追及のため原告をして行わしめたものであって、被告Aの欺罔行為によるものではない。

したがって、原告の被告Aに対する不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。

(被告Bの主張)

(一) 事実経過

(1) 被告Bは、かねて被告Aが、被告Tの架空の伝票類(これらは、被告Bが被告Aに対し、あくまで信用をつけるための見本として交付したものにすぎない。)を利用して、Qらから融資を受けていることに嫌気がさしていたものであるが、被告Aによって、新らたにGに引き合わされ、「今度の人はすべて承知しているから、今度は安心してBさん伝票やってください。」などと言われ、しかも、Gによって被告AのQに対する債務(この債務については、被告Bが連帯保証をしていた。)の返済をしてもらい、これで相手方に嘘をつくことはなくなるものと信じた。この時被告Bは、今後も架空の伝票を作成することにはなるものの、相手方が架空のものであることを知った上でこれを受け入れてくれることに安堵を覚えたのである。

(2) このようにして、被告Aが、被告Tの伝票を用いて原告から融資を受ける取引が始まったが、被告Bは、右開始にあたって、本件各取引が架空のものであることを直接Gにも確認した。

すなわち、被告Bは、昭和六〇年五月ころ、祥玉舎を設立するという話しがあった時に、Gに対し、自ら作成する伝票類が架空のものであることを告げたし、また、被告A及びGと会食をした際にも、何度も架空のものであることを同人に確認しているのであり、これに対して同人も、「君には迷惑かけない。」と言っていたのである。被告Bは、自らの勤務先である被告Tらに、勝手に同社らの名を用いて架空取引を行っていることが「ばれる」ことを一番に恐れていたのであり、とすれば、新らたに架空取引を開始することになった際に、勤務先の会社にばれないように、万が一でも発覚するリスクのないことを確認するのは当然のことであって、勤務先への発覚を恐れる被告Bは、Gに対して、予め伝票類が架空のものであることを告げることにより、これで架空取引を行っていることがGから勤務先会社に発覚することはないと安堵したのである。

(3) 被告Bは、本件の架空取引の内容について、その金額や取引の期間などを決定する権限をもっていなかったし、そもそも伝票類を渡すことによる見返りが得られるのか否かの約束も取り付けることができず、また、架空取引の規模がどのくらいになるのか、これが一体いつまで続けられるものであるのかさえもわからなかったのであり、また、架空の伝票類の作成を辞めるように被告Aに言おうにも、既成事実の存在が弱みとなり、同被告の意思には逆らえなかったのである。このような状況であるから、被告Bは、Gとの関係においても、進んで架空取引を行う理由は全くないのであって、被告Aに巻き込まれたとはいえ、最低限、今度こそ勤務先への発覚の危険がないことを確かめようとし、そのため、Gに対して、何回も架空取引であることを確認し、同人から迷惑はかけないという言質をもらったのである。

(4) このように、被告Bは、Gに対し、本件各取引が架空のものであることを伝え、同人もそのことをわかっていると認識し得たからこそ、決して正規の取引では有り得ない見積書、注文書等を作成し、これを同人に渡したのである(被告Bが作成した見積書には、社印等の印が全く押捺されておらず、かつ、注文伝票における「品名コード」欄記載の番号が商品の種類にかかわらず、すべて「2―1112」となっているという極めて不自然な内容のものであった。)。

(5) 一方、Gは被告Bの説明によらずしても、本件各取引が架空のものであることを知っており、そのため、被告Aの説明する那由佗のTへの売掛金債権についての審査をしなかった。

すなわち、そもそも原告社員であるFは、昭和六〇年に、被告A、Q及び被告Bと会った際に、初対面の同被告から「株式会社T東京店営業第二部紳士コート売場販売専任」との肩書の記載のある名刺を受領しているが、右のような肩書の者が、仕入れを担当するということ自体考えられないことであり、仮にそう信じたとしても、名刺に記載された正規の肩書とは違う取引を行うのであるから、通常よりもより一層厳格な審査が必要となるはずである。しかるに原告は、従前の被告Aと被告Tとの取引について、その期間、取引規模、対象商品等の調査を行わなかったし、また、原告関係者による被告Tへの訪問も、EとFが、ほんの短時間、しかも被告Bに会っただけに過ぎない上、右訪問の場所も、およそ、億単位の取引には似つかわしくないところなのである。また、被告T見積書等の伝票類の記載は、取引金額において莫大で、納期に納品することが数量的に不可能な極めて異常なものであり、通常誰でも入手しうる資料によっても、本件各新設会社による取引の額が常識を超えて莫大であることがすぐにわかるものであるし、そのような取引を一介の社員ができるはずのないものであるにもかかわらず、Gは、あえて、被告B以外の被告T関係者から取引内容等に関して確認すら取らなかったのである。

金融業者として、担保の審査にも厳しく、また、債権取立てにおいても厳しいと言われるGが、本件各取引が真正なものであると信じていたのならば、当然、被告Bの権限から始まり、伝票類の真正さ、被告Aの被告Tとの過去の取引、担保の保全等について、はるかに厳格な審査をしたはずであるにもかかわらず、あえて右のような杜撰な審査にとどめたのは、Gが、本件各取引が架空のものであることを知っていたからにほかならない。そして、Gは、本件各取引の継続中、仮に右取引が真実のものであれば、かかる商品にあっては世にも希な大規模な商取引をなしていたものといえるにもかかわらず、被告Bや、被告Cと取引上の仕組や、苦労、ノウハウ等の会話をした形跡が全くない。通常であれば、自然、現在続いている取引の将来に思いを馳せ、いろいろな取引上の情報を得ようとしたりするのが一般であるのに、Gは、何らかかる行為をしていないのである。これも、Gがいろいろな情報を得ようとしても、本件各取引が架空のものであることがあからさまになるだけとわかっていたからにほかならないのである。

(6) 被告Bは、このように、そもそも、架空取引に巻き込まれることに躊躇し、本件各取引が架空のものであることをGに確認していたのであるが、さらに、これがGと被告Aとの間で納得した上で行われているものなのであるから、自分が架空の伝票類を渡すことにより、右両者の間で損害が生ずる、あるいは生じさせるという関係にはならないと信じていた。仮に、右両者の間でトラブルが生ずるとしても、それは、架空の伝票によって真実取引があることが仮装されたために生じるものではなく、単に、右両者が架空伝票を用いることにより自由にした金員について生じるものとしか考えられなかったのである。

そして、被告Bは、架空取引である本件各取引が何年間にも及んで継続して行われていたことから、被告AとGとの間の金員の融通においても何らトラブルが生じないものと信じていた。原告は、本訴における請求債権を平成元年一一月二二日及び同月一四日における本件各新設会社名義での支払いによる損害についての賠償請求に特定し、本件各取引が始まってからそれまでの間、原告に対しては、期日どおりに被告商事名義での支払いがなされていたため、本件各取引が真実のものであると信じていた旨主張しているが、このことは、被告Bにとっても同様にあてはまるのであり、被告Bは、被告AとGとの間における円満な関係が継続することによって、架空取引であることを了解して行われていた被告AとGとの間での金員のやり取りについても、右両者間で上手く処理されているのだろうという確信を次第に深めていったのである。

したがって、被告Bは、本件各取引が架空のものであることによって、原告に損害が生ずることなど全く予想だにしていなかったのである。

(7) 被告Bは、被告A側からの本件各新設会社への支払いが遅れてきた平成元年の九月以降、右支払いが遅れることについて、Gに対し不安感を与えないように種々の行動をとったことは事実である。

しかし、これは、被告Bが、Gに本件各取引が架空のものであることの念を押し、同人から「迷惑はかけない。」などと言ってもらってはいたものの、被告AとGとの間の金のやり取りの問題について、そこでの約束が守られなかったなどとすれば、Gから、被告Aに対する責任追及、ひいては被告Bに対して被告Tへの密告をほのめかされるなどの危険は免れないと思い、何よりも勤務先への発覚を恐れるあまり、Gと被告Aとの関係が円満であるように望んでとった行動であって、原告に対する欺罔行為として行われたものではない。

(二) 被告Bの責任について

(1) 違法性のないこと

このように、そもそもGは、少なくとも被告Bから告げられて本件における取引が架空のものであることを知っていたのであり、また、Gは、著名な実業家であり、同人が経営する原告も債権取立ての厳しい金融業者として広く世間に知られているにもかかわらず、Gなど原告関係者が被告Tらに出向いて同被告らと那由佗との取引の存在について調査したことがないこと、被告Bは、昭和六一年一〇月まではいわゆる平社員であり、同月以降係長に昇進したばかりであって、そのような被告Bが、本件のように一か月に一〇〇億円ないし二〇〇億円という多額の注文を出せるはずのないこと、本件各取引当時、被告Tの年間売上高は、五〇〇〇億円くらいのものであり、また、被告商事の年間売上高は、二〇〇億円くらいである(これらは新聞にも載っている。)ところ、原告の被告Tら関係の出資金は、最終的には一か月あたり二〇〇億円にも迫る巨額なものであり、正常な取引ではないことがその外観からも明らかに分かるはずであること、さらに、被告Bが被告Aに渡した被告Tの文字が入った被告T見積書等は、同社の社印が一切押捺されていないなど内容において不自然なものであり、右のような巨額な取引がこのような文書でなされるはずのないこと、のみならず、Gは、祥玉舎その他の本件各新設会社について、代表者印、社印等を自身で管理し、実質的にその経営権を掌握しており、被告Tらとの取引が架空のものであることを十分に知り得る状況にあったことなどからすると、原告の実質的な代表者であるGは、那由佗及び本件各新設会社と被告Tらとの本件各取引が架空のものであることを当然に知っており、むしろその上で、一見合法的な取引に見せかけて原告から被告Aに多額の資金を融通させ、被告Aを籠絡し愛人関係を継続しようとしていたのである。このことは、Gと被告Aとの間に性的関係が持たれたのが昭和六〇年五月であり、最初に設立された本件各新設会社である祥玉社名義でのピックに対する支払いが開始されたのが同年七月であることからも明らかである。

したがって、被告Bが被告Aの指示によって架空の見積書等の書類を作成したことについては、何ら違法性がないのであるから、被告Bは、不法行為責任を負わないものというべきである。

(2) 被告Bに過失の存しないこと

前記のとおり、被告Bは、原告のGや被告Aが架空の見積書等を使って金銭の循環をなし、何らかの金儲けの手段としていると信じていたのであり、そこにおいては、金員のやりとり等については被告AとGとの間ですべて上手く処理されていると確信していたのであって、被告Aが原告Gに損害を生じさせることなどは全く予期していなかったのである。

仮に、被告Bが、Gを欺くために伝票類等を作成するのであれば、同人の方で、伝票が真正なものか精査することは当然予想されるのであるから、第三者にチェックされても直接被告Tに確認されない限りは隠し通せるくらいに手の込んだ偽造行為をなすのが自然であるのに、被告Bは、押印がなく、また、どの商品もいつも同じ品名コードで、誰が見てもおかしいと気づくような杜撰な伝票を作成し、これを被告Aに渡していたのである。これこそ、被告Bが、自分の作成した架空の伝票類は単にG及び被告Aとの間の金員の融通に使用されるにすぎないものと信じ、これを形式上渡していたにすぎないことの証左というべきである。

したがって、被告Bには、原告が本件各取引により損害を被ったことにつき何ら過失はないから、その賠償責任を負わないことは明らかである。

(被告Cの主張)

(一) 事実経過

(1) 被告Cは、昭和五八年、赤坂東急ホテルにおいて、友人であった訴外辻本某から「今度被告Aがギフト関係の商売を始めるので相談に乗ってやってくれないか。」などと言われ、同被告を紹介された。これが、被告Cが被告Aと知り合ったきっかけであった。

その二、三か月後、被告Cは、ピックの事務所において、被告Aから「輸入した商品を見てほしい。商品をどういう所に卸せばいいのか教えて欲しい。」との依頼を受けた。そこで被告Cは、箱崎町にある那由佗の事務所へ行き、商品(大理石のペン立てや灰皿など)を見せてもらったが、これから商売を始めようとする人にはリスクが大きすぎて合わないと判断し、その旨被告Aに言った。

被告Cと被告Aの当初の関係には、この程度のものにすぎなかったのである。

(2) それからまた一、二か月経過した昭和五八年秋ころ、被告Aは、ピックの事務所において、被告Cに対し、「自分にはお金を出してくれるお金持ちと金融機関がある。そこから融資してもらうために、相見積りなどの融資を受ける形を整える必要があり、そのために見積書が欲しい。」などと言い、「見積書はこういう内容で書いて欲しい。」と内容を示して依頼した。

被告Cは、これを聞いて、被告Aに対し、①見積書は誰に渡すのか、②見積書は何のために使うのか、③見積書を渡した結果はどうなるのかを訪ねたところ、同被告は、「自分は金持ちのグループと付き合いが出来て仲間に入れてもらえそうだ。」「金融機関等から融資を受けるためには相見積りなどの形式を整える必要がある。」「迷惑はかけません。」などと繰り返すだけで明確な答えをしなかった。被告Cは、右依頼を気持ちの悪い話しと思ったが、被告Aが余りにも熱心に、「迷惑をかけないから書いて下さい。」と頼むため、これを承諾することとした。そして被告Cは、ピック名義で、被告Aの指示どおりに商品の種類、数量等を記載した那由佗あての見積書を作成し、これを同被告に渡した。被告Cが作成した右見積書の内容は常識的なものではなかった。

(3) 右見積書を書いてから一か月くらいたったころ、被告Cは、被告Aから電話で「明日、自分の仲間の一人を連れて行きたい。世間話し程度で五分くらいで済むから。」などと言われたため、これを承諾した。翌日、被告Aと鈴木と名乗る人がピックにやってきて、五分程度、世間話しをして帰っていった。その後被告Cは、被告Aから前記の見積書と同じ内容の那由佗あての納品書と請求書を書いてくれと依頼され、これを作成した上被告Aに渡した。

(4) それからしばらくした後、被告Aは、被告Cに対し、電話で「明日現金を持って行くから預かってください。」などと言った。その際、同被告が「何の金で、いつまで預かるのか。」と聞いたところ、被告Aは、「置いておいて下さい。すぐに取りに行きます。」という返答をするのみであった。翌日、被告Aと前記鈴木とは別の男がピックにやって来て、現金三〇〇〇万円か四〇〇〇万円を差し出したため、被告Cは、被告Aの言うとおりこれを受け取り領収証を書いた。右二名はすぐに帰ったが、その一〇分くらい後、被告Cは、被告Aから電話で「芝公園にある東京プリンスホテルの一番奥のアゼリアという喫茶店まで現金を持って来てください。」との依頼を受けたため、渡されたままの現金を持って指定の場所へ行った。被告Cは、そこに被告Aが一人でいたため、同被告に右の現金をそのまま渡した。被告Cは、被告Aに対して、「こんな面倒臭いことをして私が預かるのではなく、自分が直接受け取って持って帰ればいいじゃないか。」などと言ったところ、これに対し被告Aは、曖昧な返事しかしなかった。なお後日、被告Aから被告Cに対し、「お礼です。」ということで五〇万円から一〇〇万円の現金が届けられた。

(5) この一連の動きのなかで、被告Cには、二〇パーセントくらいの不安感と八〇パーセントくらいの安心感とが同居していた。そのため、被告Cは、被告Aに対し、①「これは一回限りか、続くのか、ときどきあるのか。」②「見積書は誰が見ても嘘とわかるのにそれでも通じているのか。」③「この件について、どこからか私に問い合わせが来るとか、この見積書が他に回ってこの件で被害を受けたから私に責任をとってくれと言ってくるのか、そういうことはないのか。」などと質問した。これに対し被告Aは、①「ときどきあるかもしれません。」②「それでもいいのです。」③「ありません。」と答えた。

被告Cは、このようなやりとりのなかで、被告Aが金持ち同士でサークルか何かを作って金の融通をし合っているのかなと思うようになった。

(6) 被告Cは、その後一回か二回、同じように見積書等の書類を作成し、これを被告Aに渡したが、右見積書等が常識を超えている内容のものであったため、この業界におけるピックの信用が落ちるのではないか、誰かから問合わせが来るのではないか、見積書等の数字を誰かが帳簿に載せてピックが利益を上げているということで税務署から追及を受けるのではないかなどという不安が少しずつ大きくなっていった。そこで被告Cは、被告Aに対し、「この件はすべて嘘である。」「この件は架空のことで見積書を借りているだけであり、一切ピックには迷惑をかけない。」「自分が全責任をとる。」という内容の一筆が欲しいと要求した。これに対し被告Aは、当初はこれを渋っていたものの、被告Cが強く要求を繰り返したため、ようやく、「今回 納品書及び領収証の発行に当たり帳簿には乗せません 又何かトラブルが生じた場合一切の責任は私が引き受けます。昭和58年12月13日 中央区日本橋箱崎町32―8 株式会社那由佗代表取締役A」との書面(戊第一号証、以下「本件書面」という。)を書いて、これを被告Cのところに持って来た。被告Cは、右の文章が元々要求している内容より弱いものであったため、被告Aに対し、架空であることを明確に書いてくれと再度要求をしたが、同被告が「この表現で勘弁してくれ。」などと言ってこれに応じなかったため、被告Cは、右の内容でも意味は通じるだろうと思い、右書面を受け取ることとした。これによって、被告Cは安心し、以後は被告Aの言うとおりに動くことになった。

(7) あるとき被告Cは、被告Aから「明日仲間の人を連れて行き紹介する。五分か一〇分でいいから会社にいて欲しい。」との内容の電話を受けたため、「何の用か。」と聞くと、「手間はとらせません。」との返答を受けた。そして、翌日、原告代表者であるEとFが、被告Aと一緒にピックにやって来て、一〇分間くらい世話話しのような話しをして帰った。このとき被告Cは、売買代金の値引きの話しもしたが、それは、前日の電話で被告Aが、「そのような話しをするから、はいはいと話しを合わせて答えて下さい。融資を受けようとする金額と伝票作成上の金額に差額が生じたのを訂正する作業が必要となりました。」などと言ったため、そのようにしただけのことであった。

その後に、EやFがピックに現金を持って来るようになったが、被告Cは、持って来られた現金を協和銀行赤坂支店のピック名義の銀行口座に入金し、その後に被告Aの指示で、これを同被告に送金していた。

(8) その後の取引の流れは、ある意味ではルーティーンのようになり、本件の取引は、被告Cが直接関与しなくとも、被告Aがピックの事務員である訴外大塚久江(以下「大塚」という。)と連絡を取り合う形で進められるようになった。

その流れは次のとおりである。

① 被告Aからピックに電話またはメモで見積書の品名・数量・宛先等の指示がくる。

② 大塚がその指示に従い、指示どおりの内容で見積書を作成し、これを被告Aないしその使いの者に渡す。

③ 被告Aからあらかじめ電話で何日に金いくらが振り込まれるとの連絡がある。同時に同被告から金いくらをどこの誰へ振り込めと電話又はメモで指示がある。

④ 大塚が入金を確認した後、被告Aの指示に従ってこれを振り込む手続をとる。

⑤ 被告Aの指示で領収証を書き、これを同被告ないしその使いの者に渡す。

⑥ 領収証に貼る印紙代は被告Aが負担していた。

(9) 以上のような取引の経過において、被告Cは、被告Aのやっていることは金持ち間の金員の融通のようなものであると認識し、決してそれが違法なものであるとは思っていなかった。被告Cは、被告Aが本件書面を書く前は、多少の疑問も有していたが、右書面を渡されて以降は、その記載内容自体も含めて右の認識を深めたのである。被告Cは、被告Aからお礼をもらっていたが、それも、そのおこぼれのような感覚であった。被告Cは、もちろんピック名義で書いた見積書等が架空のものであることをわかってはいたが、それとて、被告A本人からそれで通用していると言われていたため、そのようなものかと安心していたのである。

被告Cは、誰がピック名義の銀行口座に金員を振り込んでくるのか、また、一旦右口座に入金になった金員を送る先が誰なのかは全くわからなかったし、すべて被告Aの指示どおりに動いているだけであったのであり、いうならば、被告Aにピック名義の銀行口座を貸しているようなものでしかなかったのである。

原告との関係にしても、被告Cは、原告との間で商取引の話しをしたこともないし、盆、暮の挨拶をお互いにしたこともなく、また、原告と通常の取引関係にあると思ったことは一度もないし、ましてや原告を欺いていると思ったこともないのである。

(二) 被告Cの責任について

以上のとおり、被告Cは、被告Bとは一面識もなく、同被告との共謀はあり得ないことであるし、被告Cが被告Aから本件書面をもらっていることから明らかなように、同被告との共謀もあり得ない(共謀者間でこのような文書のやり取りをすることは通常考えられない。)。

被告Cが代表取締役をしている株式会社ピック名義で、見積書あるいは領収証等が作成され、これが被告Aに交付されていたことは事実であるが、被告Cは、これらの書類がどのような目的で使われるのか全く知らなかったものであり、被告Aから、「形式的に処理するだけなので、協力してもらいたい。決して迷惑はかけない。」などと依頼されたため、右言辞を信じて右の要請に応じていたにすぎないのである(現に、被告Cは、右取引の間、大塚が被告Aの秘書に怒られて嫌だと言ったり本来の業務が忙しくなったりしたことから、被告Aに対し、「もうやめてくれ。」と言ったが、同被告から「もう少しで終わるから、もうちょっと協力してくれ。」などと言われ、そのままこれを続けることとしたということが何度もあったし、また、被告Cが同Aに対し、どのような取引をしているのかと聞くと、同Aは、「融資を受けている。」とのみ答えていたのである。)。

したがって、被告Cには、原告に対する詐欺の故意はもとより過失もないし、被告A及び被告Bとの間で詐欺の実行につき共謀をしたこともないのであるから、何ら不法行為責任を負わないことは明らかというべきである。

2  被告Tらの使用者責任の有無

(原告の主張)

(一) そもそも、民法七一五条一項の使用者責任が成立するためには、①使用関係の存在、②被用者の第三者への不法行為、③業務執行関連性の三要件が必要とされるところ、前記のとおり、被告Bは、被告Aと共謀の上、原告から金員を騙取したものであるから、その第三者に対する不法行為の成立は明らかであり、本件各取引の当時、同被告の使用者であった被告Tらが、右被告Bの不法行為によって生じた損害につき責任(使用者責任)を負うことも、以下のとおり明らかである。

(二) 被告Tの使用者責任について

(1) 使用関係の存在

被告Bは、昭和六一年四月一五日までは、直接被告Tの社員としてその業務に従事していたのであるから、それまでの間、被告Bと同Tとの間に使用関係の存したことは明らかであるが、同年四月に被告Bが同商事に出向した後においては、被告Bには、被告商事との間の使用関係が存在するとともに、同Tとの間にも競合して使用関係が存在していたものというべきである。

すなわち、一般に使用関係は、雇用契約が前提となる場合が多いであろうが、必ずしもそれが必須の要件というわけでもなく、他の要件として「実質的に指揮監督の関係があること」であるとか「使用者にする危険の創出」などが挙げられるところ、これらの要件との関係で本件をみると、被告Tらのように資本支配関係のある会社相互の場合や、関連会社相互の場合は、使用関係が競合することは当然に認めうることなのである。そして、本件一部請求にかかる不法行為が行われた平成元年には、被告Bはすでに被告商事に出向中であったが、右被告商事への出向後も、被告Bの給与は被告Tによって支払われていたし、被告Bは被告Tの労働組合の組合員であったのである。また、被告Bは、被告商事において、被告T各店担当の販売担当者として同被告の担当店舗に商品を販売するほか、右担当店舗において、商品の販売を手伝う等の職務も行っていたのであるから、同被告の事実上の指揮、監督を受けていたものといえる。さらに、被告Bは、被告商事への出向後である昭和六三年に、被告T本社人事部人事課長であった訴外川崎に呼び出され、被告Tの伝票を持ち出しこれを利用して架空伝票を作成しているのではないかと追及を受けているが、これは、被告Bが、被告商事への出向後も、単に給与の支給を受けるにとどまらず、人事管理面でも、被告Tの指揮、監督に服していたことのあらわれというべきである。

これらのことから明らかなように、被告Bが昭和六一年四月に被告商事へ出向して以降平成二年一月に本件により懲戒解雇となるまでの間、同被告に対しては、被告Tと被告商事の双方の使用関係が競合して存在していたものというべきなのである。

(2) 業務執行関連性

(イ) そして、前記③業務執行関連性の要件を満たすためには、Ⅰ使用者との関係において、被用者の当該行為が使用者の本来の業務及びこれと適当な牽連関係ある事項に関すること、Ⅱ被用者との職務との関係において、当該行為が被用者の担当する職務の範囲に属するものと一般人が考えるような客観的状況が存在することが必要とされるところ、被告Tにおいて、商品の仕入れを行うことは、一般にその主要な業務の一部であるから、本件各取引が右Ⅰの要件を満たすことは明らかであり、また、以下のような本件各取引における状況等からすれば、右Ⅱの要件を満たすことも明らかである。

① 被告Bが本件一部請求に対応する一二二回目の欺罔行為に使用した各伝票類のうち、本件特定T見積書(甲第一二二号証の三の二)は、被告Bが被告Tから被告商事への出向時に被告T東京店外商一部から持ち出したものであり、また、本件特定注文伝票(甲第一二二号証の三の一)も同様に被告Bが持ち出したものである。このように、これらの伝票類は、被告Tの管理下にあった同被告名義の書類であるから、同被告の書類が本件詐欺の加害の道具に使用されたものといえるし、さらに、本件詐欺にあたって、被告Bが用いた取引名義口座変更届(甲第一二六号証の一)等の書類も、被告Bが被告Tから持ち出して使用したものであるが、これらも被告Tの書類が加害の道具として利用されたものといえるのである。

② 被告Bは、被告Tの社員であった昭和六〇年五月下旬、本件架空取引を開始するにあたって、新設会社への取引移行の手続きを行うために同被告を訪ねたE及びFに対し、被告Tの社員として同被告の事務室において右取引の移行についての内諾を与えた。

同じく被告Bは、被告Tの社員であった昭和六〇年七月上旬、取引名義口座変更手続の書類を交付するために同被告を訪ねたE及びFに対し、同被告の社員として同被告の事務室において書類を受け取り、「これで手続は終了です。」などと言ってこれに応対した。

③ 確かに、被告Bは、昭和六一年四月までは、被告T東京店の販売職にあり、その職務の中心は商品の販売に限定されていたものである。

しかしながら、一般に商品販売業や媒介業は、人と人、人と物等の情報を接触させることが全体の業務の中で重要なウエイトを占める業種であり、新たな商品の仕入れの情報や新たな販路開拓の情報などは、どんなセクションにあっても会社そのものにとって重要なものであって、それが役員あるいはその統括すべきセクションに伝達されることにより重要な会社の財産になるのであるから、一般職の販売員であっても、能力のある者であれば、その重要な情報源になり得るのであり(現に、不動産媒介業等は、その情報源故に会社の営業成績に貢献し、それらの能力が昇進、昇給等に反映することもある。)、商品販売業における仕入情報を端緒とする仕入権限は、被告Bの右本来の職務(商品の販売)と無関係とはいえないこと、被告Bは、販売員であったにもかかわらず、原告社員らに対し、欺罔行為として、被告Tの社内では役員から特別の地位を与えられ、将来役員の地位が約束されていることを示唆していたこと(このようなことは、同族経営、親族経営の多い日本企業では、かなりの大企業や上場企業であってもまま存することであることは公知の事実である。)などからすると、被告Tの販売職であった被告Bが、職務分掌規定上、形式的に仕入権限がないからといって、実質上も仕入れを担当しないとはいえないのであって、一般人の認識からすれば、企業の実際の運営上は商品の仕入業務も遂行できるのではないかと考えるのが通常であり、したがって、本件各取引における被告Bの行為は、同被告の被告T在職中の職務と関連性を有するものといえる。

また、被告Bの被告商事への出向後においては、同被告は、まさに被告Tに対する商品納入業者なのであるから、被告商事の業務は、被告Tとの関連でみれば、同被告の仕入担当部門の職務に該当するものといえる。そして、被告Bの被告商事東京支店における職務は、被告Tの各店舗に対して商品を販売するというものであり、前記のとおり、被告商事が被告Tの子会社であって、被告Bに対しては被告商事及び被告Tの使用関係が競合して認められるものであることからすると、第三者からみれば、被告商事の販売担当者の職務は被告Tの仕入業務と全く同一のものであり、本件各取引における被告Tへの商品の納入業務は、まさに被告Bの被告商事への出向後の職務と密接な関連性が存するものといえる。

④ 本件取引の仮装は、平成元年まで継続し、その結果、本件一部請求の対象となっている平成元年の一二二回目の欺罔行為にまで進行したものであるが、昭和六三年において、被告Tは、具体的に同被告の架空の伝票が出回り、被告Aがその取引に関与しているとの情報を得ていたことは明らかであり、この時点で、被告T本社人事部では被告Bが注文伝票等について何らかの不正利用を行っているとの嫌疑を把握していたものである。しかるに、被告Tは、被告Bに対し、漫然と一時間程度質問をしたのみで、関係がないという同被告の弁解を信じてこれを無罪放免としている。これは、被告Tの人事管理面の過失であり、被告Bによる不法行為の実行の一原因となっているものである。

また、被告Bは、被告T所定の取引名義の変更届書及び口座振替依頼書を原告代表者E及びFに渡してその手続きを取らせ、さらに、被告T東京店所定の見積書、注文伝票及び納品書に架空の仕入れの内容を記載して、被告Aをしてこれらの書類を原告に示し、本件各取引を真実のものと偽装したものであるところ、被告Tにおいて、これらの商品仕入れの関係書類(同被告の商品仕入業務特有のものであり、かつ、本件のように悪用されると、同被告に対してのみならず、第三者に対しても大きな損害を与える危険発生の可能性が高いものである。)の管理に問題がないようにすれば、本件のような被告Bによる商品仕入業務への不法な介入は十分に封じることができた。しかるに、被告Tにおいては、右伝票類に関しては、被告Bのような商品取引の職務権限を有しない社員も自由にこれらの書類に接することができるような管理状況になっていたものである。

⑤ さらに、被告Aの供述などによって認められるように、被告Bは、被告Tの取締役の職にある者も含めた同被告社員複数人に対し、本件各取引に関しりベートとして金員を渡していたというのであるから、本件詐欺は、同被告の会社ぐるみの犯罪であったということができる。

(ロ) まとめ

以上のとおり、本件各取引が使用者である被告Tの本来の業務に属するものといえることに加え、①被告Bが、本件各取引にあたって、被告Tの伝票や取引名義口座変更届等の書類を使用し、これを原告に交付していたこと(加害の道具)、②被告Bが、被告Tの事務室を利用して、原告社員との応対を行ったこと(加害の場所)、③被告Bが行った本件各取引は、被告Bの被告T及び被告商事における本来の職務(商品の販売)と密接な関連性を有すること、④被告Tには、被告Bの本件詐欺行為に対し、防止措置を講じる機会が存在したこと、⑤被告Bが、被告Tの社員複数人に対し、リベートとして金員を渡していたことなどからすると、被告Bによる本件詐欺が、被告Tの業務の執行につきなされたものといえることは明らかである。

(三) 被告商事の使用者責任について

(1) 使用関係の存在

被告Bは、昭和六一年四月に被告商事に出向してからは、同被告の社員であったのであるから、本件一部請求にかかる不法行為が行われた当時、同被告との間に使用関係が存在したことは明らかである。

(2) 業務執行関連性等

被告Bが、被告Tの架空伝票を使用してGらに対し取引の仮装を行ったのは、大部分はこの被告商事への出向中のことであるが、この架空伝票は、納入業者が被告商事の代行として、被告Tに商品を納入するという形式で作られており、まさに被告T各店舗向けに商品納入を行うという被告Bの被告商事における本来の職務と密接に関連しているものといえる。

(3) まとめ

以上のとおり、前記の使用者責任成立のための要件からすると、被告Bの使用者であった被告商事が、その業務の執行につき行われた被告Bの不法行為によって生じた損害について使用者責任を負うこともまた明らかというべきである。

(四) 原告には悪意、重過失がないことについて

(1) 被告Tらは、本件各取引の異常性や、被告B作成の伝票類における不自然さを強調し、原告が本件各取引は被告Bの本来の業務の範囲外であったこと、ひいては本件各取引が架空のものであったことを知っていたものである旨主張する。

しかしながら、そもそも原告が、本件各取引が架空であることを知っていたとすれば、この取引に本件のような多額の金員を提供することはあり得ない。すなわち、もし本件各取引が架空のものであれば、取引はいつかは必ず行き詰まり、投下資金を回収できなくなることが事前に判明していることになるわけであるから、そのような危険を冒してまで本件のように多額の金員を提供することは、経済取引の常識から考えて絶対にあり得ないのである(そもそも利益を上げることを目的として行われる経済活動において、確定的な損失の発生を承知してその行為を行うことはあり得ない。)。また、本件各取引が詐欺であることの発覚をおそれた被告Aが仕組んだ逮捕・監禁事件(後記別件刑事事件)の経緯や、GやFが、右逮捕・監禁された後救出され、本件各取引が仮装のものである旨知ってから後にとった行動などに照らして、原告が本件各取引が仮装のものであると知っていたとするのは、著しく事実に反するものである。

(2) また、被告Tらは、仮に原告が、本件各取引が架空のものであったことを知らなかったとしても、そのことにつき原告には重大な過失があると主張する。

しかしながら、前記のような本件詐欺行為全体を見るとき、被告Aが中心となり、被告Bと共謀して同Tの信用を利用して仕組んだ本件詐術は、極めて巧妙なものというべきであり、原告が仮装取引であることを気付かなかったとしてもやむを得ない面があるのであって、そのことにつき原告に重過失など認められないことは明らかである。

(被告Tらの主張)

(一) 職務執行性及び外観の不存在

(1) そもそも、民法七一五条の使用者責任の要件である「事業ノ執行ニ付キ」とは、被用者の行為が被用者の本来の職務の範囲と一体不可分のものであることまでは必要ではないが、被用者の加害行為が、①使用者の業務の範囲に含まれるかこれと密接に関連するものであること、及び②その事業のなかでの当該被用者の職務の範囲内にあるかこれと密接に関連するものであって、かつ③当該被用者の職務の範囲内にあるとの外観を有していることが必要と解されている。すなわち、民法七一五条の使用者責任の基礎は、被用者の選任・監督の過失責任ではなく、被用者の不法行為に対する報償責任または危険責任を根拠とする代位責任であると解するのが今日の通説であり、そのため、使用者は、被用者の行為の全てについて責任を負うのではなく、被用者の行為が右①ないし③の要件を満たす場合にのみ責任を負うのである。

このように、民法七一五条の使用者責任が認められるためには、被用者の行った不法行為と、当該被用者自身の本来の職務内容との間に「密接な関連性」と本来の職務に含まれるとの「外形」が必要とされるが、この「密接な関連性」、「外形」とは、単に「一般に付随的業務の範囲に属すると考えても不思議とはいえない」という程度では全く不十分なのであって、当該使用者の社内組織における職務分掌、その中での当該被用者の本来の職務内容、権限の範囲を分析した上で、これと当該被用者の行った不法行為の性格を比較検討し、真に密接に関連し、外形を有しているといえなければならないのである。

(2) これを本件についてみると、以下のとおり、本件における被告Bの行為は、その本来の職務とは全く関連性がなく、本来の職務に含まれるとの外観も存在しないことは明らかである。

(イ) 被告Bは、被告商事に出向した昭和六一年四月一五日まで、被告T百貨店事業本部T東京店店内営業部門第二部販売部門の中の紳士コート・メンズカジュアルウェアの店頭での販売を担当する部門に属し、職能資格等級制度上は一般職(平社員)であって、その職種は、店頭での接客、小売販売のみを担当する販売職であった。したがって、被告Bは、被告Tにおいては、仕入権限を全く有していなかったものであり、現在の職務としても、仕入れにかかわる行為をしたことはなかった。

また、被告Bは、昭和六一年四月一五日以降、被告商事東京支店繊維部婦人セーター課(同六三年三月の組織変更により同支店衣料品部婦人衣料課)の販売担当係長で、横浜T、玉川T及び港南台Tの三店舗の販売担当者となり、各担当店の店頭における商品展開、商品フォロー、店頭販売委員に対する指示、育成、店頭売上げ、在庫の把握、情報の収集、報告、販売の手伝い等の職務を行っていた。したがって、被告Bは、被告商事においても、商品の仕入権限を有していなかったし、現実の職務としても、仕入れにかかわる業務を行ったことはなく、まして被告T名義で仕入れを行う職務権限もなければ、現実に被告T名義での仕入れに関与したこともなかった。

このように、被告Bは、被告Tらにおいては、仕入れを行う職務権限は全くなく、現実に仕入取引を行ったことはなかったのであるから、本件各取引と、被告Bの本来の職務との関連性は皆無であるといえる。

(ロ) 原告の主張によれば、昭和六〇年七月から平成元年一一月までの架空取引の総額は、三五八五億円に上り、平成元年度分(一一月中旬まで)だけでも、一七二四億円という莫大な金額となるものであるが、この年間売上げ一七〇〇億円以上という金額は、業界でトップレベルのもの、あるいはそれを遙かに超えるものであり、それまで、細々と商いをしていたという被告Aらが数年で扱えるようになる額でないことは明らかである。

また、一七〇〇億円以上という金額は、被告商事の代行口座を用いた被告T東京店に対する平成元年度の年間販売額である一億二二〇〇万円に比し、異常に高額であり、被告T東京店の総仕入額をも超過している異常なものである。

そして、右業界各社の売上額や被告T及び被告商事の業績は、一般に公示されているものであって、長年日本で金融業を営んできた者であれば、容易に知りうるものであったことも明らかである。

さらに、原告が、本件請求原因として特定した一二二回目の各伝票類の偽造、交付行為についてみても、これに対応する本件特定注文伝票は、一注文品についていずれも億単位の金額にも及ぶものであり、合計金額は約一七億円から一八億円に及ぶ非常識なものである。そして、右各伝票と同日(平成元年一〇月二四日)付で注文された取引とを併せると、原価合計は八八億円にも及んでいるのである。本件注文伝票は、その金額欄が千万単位までしか記入できない様式になっており、通常、これを超える取引は行われないことが明らかとなっているのであるから、その欄をはみ出し、億単位あるいは十億単位の金額を記載した本件注文伝票が通常の取引形態に用いられたものでないことは、その外見から明らかである。

このように、その金額、態様からして、被告Bが行った架空取引は、一見して明らかに異常なものであり、店舗内における紳士コート売場販売専任の一般職又は各担当店に対する販売担当者が行えるものではないことは極めて明らかである。この点からみても、右架空取引は、被告Bの本来の職務とは全く関連せず、本来の職務に含まれるとの外観も有していないといえる。

まして、被告Bは、原告が本件請求原因として特定した一二二回目の各伝票類の偽造、交付行為当時、被告Tの社員ではなく、被告商事の社員であったのであるから、右のような被告T名義の莫大な金額の仕入取引が、被告商事における被告Bの本来の職務に含まれないことはもちろん、これと関連するはずも、その外観を有するはずもないのである。

(ハ) 原告は、本件請求原因として、被告Bが、平成元年一〇月ころより以前に被告Aと共謀の上、原告を欺罔するために平成元年一一月下旬架空取引分の御見積書等の書類に、内容虚偽(架空)の記載をしてこれを被告Aに交付したことなどをあげる。

しかし、被告Bは、Gが全てを知っているという前提で伝票類を作成してこれを被告Aに交付したのであり、被告Bが原告を欺罔するために虚偽記載をしてこれを被告Aに交付したという事実自体存在しないものである。

また、これらの書類等は、被告Bの本来の職務と全く関連性のないものであり、かつ、被告Bの本来の職務に含まれるとの外形も全く有していないものである。すなわち、被告Bは、被告Tの証印規定上右書類等の作成権限を全く有しておらず、また、被告T及び被告商事在籍期間中、日常の業務においてこれらの書類等を作成することもなかったのであって、押捺された判子についても、これを現実の職務において使用していたことはなかったのであり、まして、被告商事に在籍していた本件特定取引等に、現実の職務として被告T名義の伝票類を作成し、「(株)T東京店」なる判子を使用していたはずがないのである。加えて、前記のとおり、本件伝票類は、仕入取引に関するものであり、かつ、その莫大な金額等から見ても異常なものであるから、その作成業務は、被告T東京店における平社員の一販売担当が行う職務であるとの外形もなければ、被告商事における婦人セーター等の販売担当係長が行う職務との外形すら存在しないのである。

(ニ) また、原告は、被告Bが仕入先変更手続を仮装した点も不法行為を構成すると主張しているが、被告Bには、被告Tの証印規定上、右仕入先変更手続を行う職務権限は存在せず、現実に、被告Bは、被告Tら在籍中の日常の業務においても。仕入先口座の変更業務など行ったことが全くないのであるから、原告の主張する右仕入先変更手続の仮装行為と被告Bの本来の職務との間に関連性を認めることはできず、右仮装行為が同被告の本来の職務に含まれるという外観も全く認められない。

さらに、原告は、本件請求原因として、被告Bが被告商事名義での売買代金名下の振込みを行ったことも不法行為を構成すると主張している。

しかし、被告Bが右振込行為を行ったことを認めるに足りる証拠は存在しない上、仮に右事実があったとしても、前記のとおり、被告Bは、店舗内の販売職又は担当店に対する販売担当者にすぎず、取引先に対する振込権限などは一切有していなかったし、これらの行為を現実の職務として行った経験もない。したがって、右売買代金の振込行為も、被告Bの被告T及び被告商事における本来の職務と全く関連性のないことは明らかであり、右振込行為が本来の職務に含まれるという外観も全く認められない。

(3) このように、被告Bの本件各不法行為は、仮にそれが存在したとしても、被告Bの本来の職務と全く関連性を持たない上、本来の職務に含まれるとの外観も持たないのであり、民法七一五条における「事業ノ執行ニ付キ」という要件を満たさないことは明らかである。

(二) 被告Tの使用者性の不存在

また、原告は、被告Bが被告商事在籍時に行った行為についても被告Tに責任があると主張するけれども、被告Bの被告商事在籍時における被告Tでの本来の職務というものがあり得ない以上、職務関連性を考えることも出来ない。そもそも、被告Tは、民法七一五条の使用者責任を負う使用者ではないのであるから、被告Bの右行為について、責任を負う理由は全く無い。すなわち、およそ同条にいう「他人ヲ使用スル者」というためには、単に使用者と被用者との間に雇用契約その他の契約による身分関係が存するのみでは足りず、両者の間に実質上の指揮、監督関係が存在しなければならないとされるところ、被告Bの被告商事在籍期間中に、被告Bを指揮監督するのは被告商事のみであり、被告Tが被告Bに対し何らかの指揮監督することは、組織上も、現実にもあり得ないことなのである。

(三) 原告の悪意・重過失

被用者の行った取引行為が、被用者の職務権限内において行われたものではなく、しかも、その行為の相手方が右事情を知りながら、又は、少なくとも重大な過失により右事情を知らないで当該取引をしたものと認められるときは、その行為に基づく損害は、民法七一五条の「被用者カ其事業ノ執行ニ付キ第三者ニ加ヘタル損害」とはいえないと解されるところ、原告が、本件各取引が架空のものであること及び本件各取引が被告Bの職務権限内においてなされたものでないことを知っていたことは、次の事実関係から極めて明白である。

(1)(イ) 本件各取引が金額面において極めて異常であること

平成元年一月から一一月までの間に原告が支払った一七二四億円という金額は、被告T東京店の総仕入額をも超過しており、このことは、有価証券報告書などの公刊物や新聞等から容易に知りうるものであり、また、本件各取引の対象商品は、販売促進用の物品であるが、これを各商品納入先についてみると、取引額が、当該納入先の経常利益の約3.5倍にも上る金額であったり、当該納入先の現実の拡販費の七倍の金額に上るものもある。

一般企業が、経常利益以上の金額を販売促進のためのみに支出することは常識では到底考えられず、また、これを被告T一社に発注することはあり得ないし、一方右経常利益等を示す資料は極めて容易に入手できるものである。したがって、原告は、このような異常な取引が存在しないことを当然知っていたものと考えられる。

(ロ) 被告Bの本来の職務権限から考えてこのような取引を同被告が行えるはずがないこと

前記のとおり、被告Bの「株式会社T東京店営業第二部紳士コート売場販売専任」という肩書からは、被告Bが仕入権限を有しないことが明白に理解できるとともに、課長、部長などの一定の裁量ある行為を行う可能性のある地位の表示も全くないのであり、原告は、被告Bがこのような肩書しか有していないことを認識していたのであるから、被告Bが年間数十億から一七〇〇億円もの仕入れ取引を行う権限が無いことを当然知っていたものと考えられる。

現実に、Gは、被告Bの上司との面談を被告Aに求めているが、これは、Gが被告Bに本件各取引を行う権限がないことを認識していたことを示す事実である。

被告Bは、昭和六一年四月に被告Tから被告商事に出向になったものであるが、それ以降作成された本件注文伝票等においても、それまで作成された伝票類と何ら記載内容の変更はなかった。原告は、右被告Bの出向の事実を遅くとも昭和六二年には認識し、かつ、このような伝票類を見ていたにもかかわらず、被告Bやその上司に対して、出向に伴う担当者の変更や被告Bの権限の有無などについて確認をとっていない。また、昭和六三年三月には、本件T見積書は用紙が変更になり、これに対応して、被告Bの所属部署の記載も変更になっているにもかかわらず、原告は、右と同様に、何ら確認作業を行っていない。

このように、原告が、本件各取引について、確認作業を全く行っていないことは、原告が被告Bの権限について関心がなかったこと、すなわち、本件各取引が実体の存在しないものであることを知っていたという事実を浮き彫りにするものである。

(ハ) 被告B作成の伝票類が不自然極まりないこと

原告は、被告Bが作成した本件T見積書、A作成書面等をその都度被告Aから見せられてこれを信用した旨主張するが、これらの伝票類は、①社印、部印、係印、責任者印等の印鑑が一切押捺されていないこと、②見積書の備考欄に仕入先名(発注先)が記入されていること、③見積書の但書欄が「粗品代金」「御品代金」と記載されていること、④注文伝票の「品名コード」欄記載の番号が商品の種類にかかわらず、全て「2―1112」となっていること、⑤注文伝票における納品場所、納品伝票等における納品場所がともに「現地」としか記載されていないこと、⑥御見積書の支払条件が全て空欄であることなどの極めて不自然な点が存在するものであり、これらを見ていた原告が、本件各取引が架空のものであると知らなかったとは考えられない。

また、本件各取引の対象商品は、エプロン、タオル等雑貨に属するものであるが、被告Tがこのような雑貨を販売促進用商品として受注する場合には、あらかじめ商品の種類、色、柄、形、サイズ等を注文者の要望に応じて企画、デザインして注文先の承諾を得た上で仕入業者に発注して製造させ、必要に応じて既製品に販売促進用の文字、ロゴ等を入れた上で納入するものであり、したがって、見積書には、各商品の種類、色、形、サイズなどが特定されて記載されるのが通常である。ところが、本件各取引においては、対象商品が全て同一規格のもので、文字、ロゴ等を入れた形跡がなく、これでは、販売促進用の商品としては全く意味をなさず、直接メーカーに発注すれば足りるのであり、このように本件各取引は、通常の経済活動においては考えられない取引なのである。さらに、通常取引においては、単価が一〇〇〇円を超える商品について、一万個を超える注文がされることは極めて稀であるにもかかわらず、本件各取引においては、単価が一〇〇〇円を超える商品のみが発注され、しかもそれが、少ないものでも一商品あたり三万個、多いものでは一商品あたり三三万個という常識はずれの数量でなされており、単価の高さ、数量の多さからして異常極まりないものである。

そして、通常の取引においては、右のように企画、デザイン、見本品の作成・製造、文字やロゴ入れ等を行うため、発注者に対する見積りから商品納入までには、早くとも約三か月、通常では六か月程度がかかるにもかかわらず、本件各取引においては、見積書(本件T見積書)の作成から商品納入までは、長くても二か月を超えることはなく、早いものでは一九日と異常に短期間となっている。

(ニ) 入金方法の不自然さ及び入金遅れの確認等の不存在

本件各取引における被告商事名義の入金は、平成元年九月分から遅れ出すのであるが、それ以前から、入金が取引毎に行われていて合計金額の振込みになっていないこと、しかも、平成元年一月からは、被告商事名義の入金の途中にピック等への振込みが行われ、その後にまた、被告商事名義の入金が行われていること、さらに、平成元年四月からは被告商事からの入金が二日にわたっていることなどの不自然な点があり、原告は、祥玉舎等の本件各新設会社の入出金の管理を行っていたのであるから、これらの事実は当然認識していたはずであるにもかかわらず、被告Tや被告商事に対して、何らの確認作業も行っていない。これは、原告が、右確認作業を行い得ない事情、つまり、本件各取引が架空のものであることを認識していたからにほかならない。

また、原告は、本件各取引における支払いが平成元年九月分から遅れだしたにもかかわらず、被告Tや被告商事の経理担当者等に対して何らの確認もしないまま、漫然と新規の出資をしていた。通常であれば、未入金額の請求のため、直接の取引先とされている被告商事に連絡を取り、全額入金になるまで新たな取引を差し控えるのが当然であるにもかかわらず、このように原告が現実に何らの確認も行っていないのは、右確認作業を行い得ない事情、つまり、本件各取引が架空のものであることを認識していたからにほかならない。

(2) 以上の事実関係からすれば、原告が、本件各取引を架空のものと認識していたこと、及び被告Bがこのような異常な金額の仕入取引を行う権限がないことを認識していたことは明らかである。

仮に、原告が、右のような認識を有していなかったとしても、前記のような事実関係からすると、右認識しなかったことにつき、原告には重大な過失があるものというべきである。

第三  争点に対する判断

一  争点1(個人被告らの不法行為責任の有無)について

1(一)  前記基礎となる事実に、同3(一)、(二)の各括弧内掲記の各書証(<証拠略>)、並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができる。

(1) 被告Aは、昭和五三年ころ、母親の経営していた贈答品等の販売店「いわごう」が二億数千万円の負債を抱えて倒産し、同女が被告Aの名義で高利の金三〇〇〇万円を借りていたことが判明したことから、これを返済するため、そのころ上京してギフト商品販売などの仕事を始めた。その後一年くらい経ったとき、被告Aの顧客の一人になっていたカウンターバーの経営者が営業不振に陥り、その店を岡崎興業が買い取って被告Aを含めた債権者に売掛債務を弁済することになったため、同被告は、その売掛金を受け取りに行き、岡崎興業のP社長と知り合い、交際するようになった。

Pと被告Aは、次第に親密な仲となり、Pは、被告Aに仕事上のアドバイスをしたり、資金を出して前記被告A名義の三〇〇〇万円の債務の返済を助けたりした。また、Pは、被告Aに会社組織で仕事をするようにと勧め、Pと被告Aの共同出資で那由佗が設立されたものであるが、Pがその取引先を紹介するなどして、同人の人脈で同社の営業は順調に発展していった。このような経緯から、被告Aは、Pに対して、感謝の念とともに深い愛情を抱くようになっていった。

岡崎興業は、不動産業や、飲食店経営、タレント業などを手広く営み、また、都心の一等地を地上げするなどの大きな事業をし、昭和五八年には、有名政財界人を集めて創立二五周年パーティーを盛大に開催するなどしていた。しかし、当時の岡崎興業の経営内情は非常に苦しく、Pは、昭和五七年ころから、被告Aに対し、同社の資金繰りを手伝わせるようになった。被告Aは、Pから言われるままに、同人に対し、現金を貸し付けたり、那由佗振出にかかる手形を貸していたが、やがてそれでは不足するようになり、Pは、被告Aに対し、架空の取引伝票を使って資金繰りをするよう要求するようになった。その方法は、被告Aが卸売業者に架空の伝票の作成を依頼し、その伝票記載の商品を那由佗が岡崎興業に納入しその代金決済のため振り出された手形であることを装い、金融業者に岡崎興業振出しの手形の割引きを依頼して資金作りをするというものであった。被告Aは、それが違法なことであることは十分に承知の上であったが、同被告には、Pに対して困っていたときに助けてもらった恩義があったし、同人に対する愛情を抱いていたことから、同人の理不尽な要求でも無下に断ることができず、同人の不正な資金繰りに協力しこれを繰り返すようになった。

(2) 被告Aは、昭和五八年ころ、Pの知り合いであった訴外オンワード樫山の社員を介して訴外平山某を紹介され、同人を通じて、当時被告Tに勤務していた被告Bを知るようになった。Pは、被告Aに対して、被告Tの架空伝票をもらって資金繰りができないか平山や被告Bと打ち合せるように指示した。そこで、被告Aは、平山及び被告Bの両名と会って話合いをした結果、平山の経営している繊維会社から那由佗が商品の仕入れを行い、これを被告Tに納入し、七五日後に被告Tから那由佗に対する代金の支払いがなされるという架空の話しを作り上げ、被告Bがそれに見合った被告Tの架空伝票を作成してこれを被告Aに渡し、右架空伝票を金融業者等に見せた上、間違いなく入金がなされるからなどと申し向けて、有名百貨店との取引が存在する旨装って相手方を信用させるなどして岡崎興業の手形を割り引かせ、同社の資金繰りをすることを共謀した。

そこで、被告Bは、被告T所定の注文伝票及び見積書を同被告二階事務所脇の通路の書棚等から盗み出し、また、同被告文具売場で市販の百貨店統一伝票である納品伝票を購入した上、「778354 T商事(株)代行」という判子、「B」「三橋」名義の印鑑及び「検」という受領印を同文房具売場ないし文房具店で購入し、「20303  (株)T東京店」という判子を被告同事務所から盗み出すなどした上、これらを使って、被告Aと記載内容についての事前の打ち合わせをして、その指示に基づき、真実は何ら取引関係は存在しないのに、本件注文伝票、本件T見積書、本件納品伝票と同形式の内容虚偽(架空)の伝票類を作成し、これを被告Aに手交することとなった。

被告Aは、このように架空取引を作出することにつき、平山に対して、一回一〇〇万円の謝礼を渡しただけであったが、被告Bに対しては、最初、何十万円かの謝礼をした後、引き続いて同様の伝票類の作成依頼をしたことから、同被告からはすぐに一〇〇万円単位の謝礼を求められ、その額を支払うことになった。

前記のとおり、被告Aは、このようなことが違法なことであるとは十分に認識していたが、岡崎興業が危機を脱すれば、また盛り返していけるものと信じ、Pが、東京都港区選出の大塚衆議院議員を後援し、その政治資金作りに奔走していることから、いざとなったら、政治家の力を借りて事業展開ができると思い、また、現に岡崎興業は、国連大学の土地の地上げの仕事等も行っていたことから、決済は間違いなくしてもらえるものと信じて、架空取引を作出することによる融資の依頼を続けていった。

しかし、そのうち、岡崎興業の手形では信用がなく、融資が受けられなくなったことから、被告Aは、資金作りの方策として、被告Tに那由佗が商品を納入するとの架空取引を作出して、金融業者等の相手方を信用させた上、「那由佗は、毎月五日に現金で商品仕入れを行うが、Tからの代金の入金がその二か月後の一五日になっているため、その間の資金繰りに困っている。」などと申し向け、那由佗が支払う商品の仕入代金に充てるためという口実で融資を受け、これを七五日後に一割の利息を付して返済するという方法をとるようになり、被告Aと那由佗が取引の全面に出ることになっていった。そして、このように被告Aが融資を受けた資金は、Pが岡崎興業の資金繰りに使ってしまうため、七五日後に一割の利息を付けて返済する資金を捻出するためには、被告Aが、また別のところから借入れを起こさなければならないということになり、同被告の借入金は増えていく一方であった。

そのため、被告Aは、次々と借入れ先を探しては、そこから被告Tとの取引を行っているという架空の話しをして融資を受けていったものであるが、そのような借入れ先としては、Pの知っていた訴外日本緬羊株式会社、同株式会社しょうせん、同株式会社ユーワン・エステート、同淡路総業株式会社、被告Aの知っていた訴外株式会社シンセリティ鈴木、被告Aが同被告の知人を介して紹介を受けた訴外北祥産業株式会社があり、個人ではPの知人であったQがいた。

また、被告Aは、那由佗の架空の商品仕入先として、前記のように平山の会社を使った後は、ほとんどすべて被告Cが経営するピックを使っていた。すなわち、被告Aは、昭和五八年ころ、かばん、ハンドバッグ等の袋物や雑貨販売を業としていたピックの代表取締役被告Cと知り合い、当初は正規の取引を行っていたものであるが、同年秋ころから、同被告に、真実は被告Aの経営する那由佗とは取引がなく、したがって、何ら該当する真実の受注がないのに、被告Aの依頼どおりの商品の種類、数量を記載したピック名義の見積書を発行し、これを自分に交付するよう依頼し、これに応じて被告Cが、ピック名義の見積書等を発行するようになったのである。

右虚偽の見積書は、当初は、前記シンセリティ鈴木(鈴木博)から融資を引き出すための仮装取引作出に利用されたものであるが、右見積書作成、交付から約一か月余が経過したころ、被告Aは、被告Cに事前に連絡した上、シンセリティ鈴木の職員をしてピック事務所に四〇〇〇万円ないし五〇〇〇万円の金員を持参させた。被告Cは、その見積書に該当する商品も納入しておらず、自らは全くその金員を受領する正当な理由のないことも十分に認識した上で、被告Aの依頼どおりにその男から右金員を受領し、ピック名義の領収書を交付した。その上で被告Cは、その金員を東京プリンスホテル内の喫茶店まで持参してこれを被告Aに交付し、その後ピック事務所において、同被告から五〇万円ないし一〇〇万円の報酬を受領した。

このように、本件各取引に先立つ昭和五八年ころ、被告Aと被告Cとの間の話しにおいて、被告Aの行う仮装取引に被告Cが納入業者を装って参加し、見積書を発行した上、現金を受領したり、ピック名義の口座を指定してそこに振り込ませるなどの方法で支払われる金員を受領し、その上でピック名義の領収書を発行するという被告Cの役割分担が定められていった。

そして、被告Aは、ピックに対しても謝礼を支払うこととなり、その金額は、初めのうちは一回につき一〇〇万円とか二〇〇万円程度のものであったが、やがて、同社の要求で、前記日本緬羊の架空伝票の売上額の一パーセントを渡すようになった。

(3) 昭和五九年五月ころ、被告Aは、融資の資金元を探しているうち、Pから同人の知人である日向産商の日向の紹介を受けた。日向は、かねてから原告と取引があったため、被告Aを伴って東京都千代田区平河町所在の原告ビルを訪問した。そこで、日向及び被告Aは、原告会長であったGに面会を求めたところ、同ビル八階の会長室に通され、同人がこれに応対することとなった。日向は、「こちらAさんは未だ若いのに、Tとギフト商品の取引をしています。その資金繰りの相談に乗って戴きたいので本人をお連れしましたので話しを聞いて下さい。」と被告AをGに紹介した。被告Aは、Gに対し、「私は、株式会社那由佗という会社を経営し、Tデパートにギフト用商品を小規模ながら納品しています。」などと自分が被告Tと取引を始めるに至った経緯を述べるとともに、百貨店への納入はその店の組織を通じるのではなく、人脈を通じて決定されるものであり、取引開始にあたっては被告Bが窓口となり、その人脈で被告Tの幹部が動いていることなどを説明した。このとき被告Aは、Gに対し、経過分の那由佗に対する被告Tの注文伝票、納品書、見積書などを示した上、「取引を開始するのにデパートの体質上、Tに限ったことではないにしても、その信用を得るため大変苦労しました。」「資金が少ないので、取引の規模は、現在は少ないのですが、資金調達ができればそれに見合う取引高を増やすことが可能です。資金提供は貴社の納得のいく方法で貸付金でも出資金でも、その他何れの方法でも結構です。」「Tに実績をつけたいので、私の利益は少なくても是非お願いします。」などと申し向け、五〇〇〇万円程度の融資の依頼をした。右のように被告Aが持参した被告Tの伝票類は、前記のとおり、被告Bが、被告Aと共謀の上、架空取引を作出して融資を引き出すための道具として、同被告の指示に基づき作成したものであり、また、商品の納入業者を装った右ピックの見積書は、被告Cが、ピックの女性事務員であった大塚に対し、被告Aから交付された計算書面を基に指示をして作成させたものであった。

その後も、被告Aは、たびたび原告を訪れ、Gに対し、「私はまだまだ資金力が足りないし、女だからといって軽く見られたりすることもあります。そんなときは本当につらい思いをしました。会長さんから資金調達ということで協力を得られれば、その資金力で信用もつき、それに見合う取引高を増やせます。」「でも、それは会長さんのほうはビジネスでしょうから、私のほうは利益は少なくとも結構なのです。資金提供の方法は会長さんの納得のいくやり方で考えていただければよいのです。」などと、原告に有利な条件を提示するなどして融資の依頼を繰り返した。これに対し、Gは、女性は信用できないという同人の信念と、はっきりした担保がなければ融資をしないという同人の商売上の鉄則から、「私のところは不動産担保の融資が主力であり、債権担保はあまり取り扱いませんので、何か不動産担保があれば相談して下さい。」などと言って右申入れを断っていた。

被告Aは、再度昭和五九年六月に原告を訪れ、Gに対し、前回の訪問時と同様の融資依頼を熱心に繰り返した上、被告Tとの取引開始の模様について、「担当社員のBに注文を貰うまで朝から晩までデパートで待ったり、居留守をつかわれたり、すっぽかされたりしたのは数え切れない位あり、Bの行き先々を追まわしたこともいく度となくありました。」などと申し述べた。Gは、このように被告Aと数回会ううちに、被告Tのような一流デパートと取引することは大変な努力を要するものだとの印象を受け、また、外国人として若いころから日本で商売を成功させるのに苦労をした自己の経験等から、被告Aが女性一人でそこまで頑張っていることに、大したものだという感じを受けるようになった。

昭和五九年八月ころ、被告Aは、「四国に山林があるので、これで融資願いませんか。」と他人名義の山林の登記簿謄本数通と公図を持参し、Gに融資を依頼したが、原告は、机上調査をした結果、地方の山林は換価性に乏しく、担保価値が極めて低いため不適当であると判断し、その旨被告Aに説明してこれを断った。

(4) 昭和六〇年一月一一日、被告Aは、原告を訪れ、「会長さん、Tに納入した商品の代金として受け取った預手です。申し訳ありませんが、すぐに何口かに分けて支払う必要があるので現金化して下さい。もう今日現金化していただけるような所はありません。」と言って、額面九六〇〇万円の預金小切手の現物をGに示した。そこで原告は、右預手の振出し確認をした上現金を手配しえ、その依頼に応じることとし、この際、被告Aから割引料として一〇〇万円を受け取った。この時原告は、預手の両替はリスクがなく、自己取引銀行を通じて相手方振出銀行に対して振出確認をすれば、その真正さを担保でき、同時に偽造、変造も知り得るため、習慣的に、振出の原因等を聞くことはなかった(もし仮に、そこまで聞いたとしても、振出銀行は教えてくれる筈がないこともわかっていた。)。また、右預金小切手が持ち込まれた昭和六〇年一月一一日は、当時の月一回の銀行休業土曜日の前日であり、間に土曜日、日曜日が入るためその分だけ資金化が遅くなり、しかも、預手が銀行渡り(線引き)になっていると交換をしなければならず、その銀行の支店に自己の口座がなければさらに現金化に二、三日がかかることになることから、現金と同様に考えられる預手についても、その現金化を急ぐ者が両替をすることはとりたてて不自然なことではなく、原告は、被告Aが右のように割引料を支払ってまで預手の割引を依頼することにつき、格別の疑問は持たなかった。

この時Gは、高額の預手を所持している被告Aに対し、一日のうちにこのような高額の金員を授受するような取引を行っているものであり、被告Tとの取引で相当の実績を積んでいるものと感心するとともに、被告Aが緊急のときには相手に一〇〇万円の謝礼を支払ってでも決断すべきときは決断をする者であり、企業家としても相当なやり手であるとして、以前にも増して肯定的な評価をするようになった。

昭和六〇年二月ころ、Fは、被告Aが原告を訪れ、東京都東村山市本町所在の山林の担保提供を受けたので調査して欲しい旨要望したため、被告Aとともに担保提供者に会い、現地案内を受けたが、担保評価も不十分であり、かつ、担保提供者の意思も希薄であったため、この件はこれ以上に進展しなかった。

その後三、四日して、被告Aは、原告に対し、被告Tとの取引で受け取ったものであるとして、額面一億〇〇四八万円の協和銀行振出にかかる預手の現金化の依頼をした。原告は、被告Aに対しては、既に一度預手を割り引いた実績があるためにこれを応じることとし、前回と同様に、取引銀行を通じて振出銀行に振出しの確認をしたのみで、右預手と引替えに被告Aに対して現金を渡した。このとき被告Aが支払った割引料は、一二〇万円であった。

被告Aは、このころから一週間か一〇日に一度くらいの割合で、頻繁に原告ビルを訪れるようになった。そのような際に、被告Aは、Gに対し、自分の戸籍謄本を示して、「私は未だかつて結婚したことがありません。父が校長をやっていて教育家の家庭で育ちました。高知の方に問い合わせていただければすぐにわかります。」などと氏素性の良さを盛んに話したり、四時ころ来訪して夕方ころまで立ち去らずに、「知り合いを待たせていますが、是非一緒にお食事をしませんか。」と食事に誘うこともあった。そのためGは、被告A及び同被告を紹介した日向と食事をする機会を持つなどしたが、このような機会に、日向は、Gに対し、「私に金があれば、すぐにでも五〇〇〇万円くらい貸してあげたい。確実に儲かる話しなんだから。」とか「会長、何とかして上げて下さい。」などと申し向け、また、被告Aは、「一年近く前のことだけど、問屋であるピックという会社がこちらの資金が少ないことを知って、私を抜いて直接取引をしようとすることがあったんですが、そのときは本当に悔しい思いをしました。」と言って涙を流したこともあった。

また、被告Aは、右預手の割引依頼から数か月が経ったころ、Gから、「日向さんが入院したので、一緒に見舞いに行きましょう。」との誘いがあったため、Gとともに、日向の見舞いに行った。そのころから、Gも、被告Aを食事に誘うようになり、そのような機会に、同被告は、被告Tとの取引については資金を出してくれるスポンサーが何人かいることなどを話し、右スポンサーの一人としてQのことを話し、同人が被告Aの住んでいるマンションの鍵を渡してくれなどしつこく言ってきたことがあり、そのことが耐えきれない気持ちになっていることなどを告げ、Gの嫉妬心を買うようなことなどもした。

(5) このようにGが、被告Aとともに頻繁に食事をするようになったころである昭和六〇年五月一七日、同被告はGと性的関係を持つに至った。この後、Gは、頻繁に被告Aを食事に誘い、同被告の家にも出入りするようになった。他方、被告Aは、愛情を抱いていたPにはGと性的関係を持ったことを打ち明けることもできずに過ごしているうち、岡崎興業の経営状態がますます逼迫して、資金繰りの方策もつかなくなり、Gないし原告に融資を依頼するほかないという状況に追い込まれていった。

そこで、被告Aはその後も度々原告を訪れ、自己の主宰する那由佗に対して被告Tに納める商品の買付代金を是非融資してほしい、資産としては常に納入した分の被告Tに対する売掛金債権がある、債権の保全は貴社の方法で良いといった話しを繰り返してした。これに対し、原告は、被告Tとの取引で入手したとする前記預手を割り引いた経緯もあり、これを一応検討してみるとの回答をしたが、Fは、①那由佗の創業以来の債権・債務の実体がつかみにくいし、会社といっても個人営業の域を出ないものであり簿外債務などあれば対処できない点、②那由佗には見るべき資産、担保がない点、③被告Tの売掛金を代理受領、振込依頼程度の方法で担保した場合、他からの差押えに対抗できない点などの問題があり、したがって、担保徴収方法としては、被告Tに対する売掛金債権の譲渡を受ける以外にはないと考え、このような検討結果をGに報告した。

そして、Fがこの旨を被告Aにも告げたところ、同被告は、原告に対し、被告Tの担当社員である被告Bに相談してみる旨申し述べた。数日後、被告Aは、被告Bと相談した結果として、原告に対し、「債権譲渡は、那由佗の資力が疑問視され、信用問題を起こしかねないので難しい。それに、那由佗に資力がないことが判明すれば、安定供給を目指すTから取引そのものを断わられる可能性もあるのでとてもできない。」旨説明した。一流デパートの場合、納品を行うだけでも容易ではないのに、債権譲渡などわずらわしいことはできないという被告Aの右の説明は、原告の経験、認識等からしても、一般的には納得せざるを得ないものであった(原告は、一般に、官公庁又は大手商社などに対して有する自己の売掛金などを債権譲渡するなどということは右のような理由で断られるのが普通であるとの認識を有していた。)。そこで、有効な債権を担保する方法がなければ、原告からの融資の話しは前に進まなくなった。

(6) このような状況の中で、被告Aは、Pとも相談の上、被告Tとの架空取引を利用して原告から資金を得る方法につき検討を重ねた。

そして、被告Aは、右検討の結果に基づき、債権譲渡の方法の代案と称して、原告に対して次のような提案をした。すなわち、それは、「新会社を設立して、貴社が最初からその全てを管理し、その会社にT、那由佗間の取引を移行させる方法はどうでしょうか。商品代金の卸会社に対する振込み、被告Tからの納品代金の受入れなど、貴社が銀行口座も支配していけば貴社の懸念は全て払拭されるのではありませんか。」という新会社を設立するという方法であった。さらに、被告Aは、原告に対し、「貴社の了解が得られれば、Tサイドの受入れは、Bさんも相談していますので自信はあります。新会社の発起人は、私の方で揃えても良いですから早急に御検討下さい。」などと、この方法であれば被告Tとの間の問題も解決する見込みがあることも申し添えた。

原告は、この方法であれば、取引における入出金がすべて原告の側で管理する形で行われるため、投下資金の回収は確実であり、出資の方法としてはかなりの現実性があるものと考え、また、Gにとっても、新会社が那由佗の業務を承継して被告Tに商品を納入し、その代金を受領することは、老舗であり日本有数の百貨店であるTと取引が出来るということであって、想像を超えて魅力を感じることであった。しかし、一方、Gは、新会社が、真実被告Tとの取引をすることが可能であるのか大きな不安も感じた。そこで、被告Aは、Gに対して、新会社に那由佗の取引口座を移行させることについては被告Tの被告Bと相談して了解をとってあること、新会社の発起人を揃えるなどの準備は自分の方でできることなどを重ねて伝え、その不安を解消させようと努めた。原告は、百貨店などとの取引の経験もなく、その仕組みさえわからなかったため、被告Tの取引システム、那由佗との取引状態などを調査した上これを理解する必要を感じ、被告Aに対し、被告Tの担当者との面会を申し入れた。すると被告Aは、「それでは担当社員のBさんに会って下さい。Bさんは、那由佗取引口座一切を管理していますので全てわかります。」などと申し向けたため、原告は、面会の日時は先方にまかせることとして、被告Aの連絡を待つこととした。

昭和六〇年五月下旬ころ、被告Aは、E及びFに対し、「会長さん(G)が社長(E)と専務(F)にTに行くように行っています。自分が案内するので同行して下さい。」旨申し向けた。そこで、F及びEは、被告Aの案内で、被告T東京店北別館三階及び隣接する喫茶店「クラウン」において被告Bと面会することとなり、その際、被告Bは、E及びFに対して、「株式会社T東京店営業第二部紳士コート売場販売専任」との肩書が記載された名刺を差し出した。Fが被告Bに対し、被告Tと那由佗の取引システムについて質問したところ、被告Bは、「Tの商習慣に従ってその都度注文伝票が受注先に発行されます。それに納期限の記載があるので、それに従って納品して戴きます。この納期限の厳守は、取引の生命線と一緒と思って下さい。Tからの支払いは、納入した月を基準に翌々月の一五日に御社の指定する銀行口座に振り込まれます。」などと説明した。さらに、被告Bは、「那由佗からの仕入れの一切を私が処理しています。那由佗以外の取引先との関連で取引高のバランスについても私と私のブレーンで決めています。」などと言った上、那由佗取引分の新会社移行について、「当店と那由佗の取引口座移行については、社内で私と私のブレーンで根回しをして承認はほぼ内定していますので、手続きは早目の方が良いでしょう。迅速に進めて下さい。」と説明するとともに、「新会社との変更の手続書類は、後日、Aさんに渡しますので、会社設立が終了しましたら、連絡して下さい。」などと申し述べて、自らの被告Tにおける仕入権限に基づき、新会社との取引を開始する意思を明らかにした。Fは、このときの被告Bの明瞭な説明で、被告Aが被告Tにかなり食い込んでいるものであるとの印象を持ち、以上の経過をGに報告した。

さらに昭和六〇年六月ころ、被告Bは、原告ビル八階の会長室を被告Aとともに訪れ、Gに対し、那由佗の取引の新会社への移行について、「自分は今Tで主流畑を歩いています。移行問題については私が各セクションと根回ししたので問題はありません。社内では、自分の協力者も多く、仕事は役員にも認められています。Tと取引する場合、業者選定、指定商品の納期など被告Tの独断専行的なところがありますが、信用を要するので不祥事など起こすと、取引を止められるおそれがあります。」などと申し述べた。原告は、この様な被告Tの社員による回答などから、取引をする意思を固めるようになった。

また、Gが、今後大きな取引を継続していくためには、被告Tのしかるべき人と会ってあいさつをした方が良いと考え、その旨被告Bに伝えると、同被告は、「Tの上層部の中には、外国人との取引には好感を持っていない人もいますので、直接連絡をとらない方がよろしいでしょう。あくまでも新会社の社長さんはAさんということでやっていますから、Tとの連絡はすべてAさんからやってもらった方がよろしいでしょう。会長さんはあまり表に出ない方がよろしいでしょう。私は社内では主流派で、仕事は役員にも認められています。協力者も多いのでまかせていただいて大丈夫です。」という趣旨のことを言った。これにより、Gは、被告Tに直接連絡してあいさつをすることには消極的になった。

(7) Gは、このような被告A及び被告Bとの種々の経緯等の中で、那由佗の取引の新会社への移行について被告Tの了解が得られたものと判断し、その結果、被告Tへ納入する商品の買付代金を、原告の資金で支払うこととする旨の決断を下すとともに、昭和六二年六月二一日、新会社である祥玉舎の設立登記申請手続きをするに至った。この会社の設立作業は、被告Aが中心となって行われたものであり、発起人の全員が同被告の知人で占められ、取締役もまた被告Aの選任に委ねられるところとなった。新会社の商号については、被告Aが、その帰依する妙法山妙尊寺の代表役員である訴外青木慈雲に命名を依頼し、その結果、「祥玉舎」を新会社の商号とすることとした。

このようにして、原告は、被告A主導のもとに、本件各取引をすすめることになったが、この時点で原告が認識していた被告A、祥玉舎及び原告の取引内容、役割分担等は、「被告Tの受注に関する一切の交渉及び商品仕入先であるピックに対する発注は被告Aの専権とする。被告Tとの取引は新会社祥玉舎のみで行う。商品代金の支払いは、原告ないしGの資金を運用して行う。被告Tからの売掛金の受入れは祥玉舎名義の銀行口座で行い、原告がその出納を管理する。」というものであり、以上のような合意がなされた上で、祥玉舎は発足したものである。

この取引においては、ピックに対して支払う仕入代金と被告Tに対する納入価格との差額が祥玉舎の利益になるということにされていたが、右仕入代金を支払った期日から被告Tからなされるという代金払込の期日までの間は、原告の資金が他に利用されていることになるのであるから、その期間との関係で、右代金の差額の仕入代金に対する比率が通常金利よりも高ければ高いほど、原告の実質的な利益も高い計算となるものであった。Gも、本件各取引によりかなりの利益が上がるとの判断のもと、将来の被告Tからの入金を絶対的に確保することを条件に、これに先立ってピックに対して仕入代金を支出することになる本件各取引を行うことを決定したのである。そして、原告としては、被告Tの支払期日との関係で支払仕入代金を元本として計算した場合の利益が利率として明確にならないと経理処理上不都合であることから、これを明確化するため、原告の提供資金に対して、右祥玉舎の利益から、月二分五厘の利息計算で原告が配当を受け、その余を被告Aに配当するものとする旨の取決めをしたが、昭和六〇年七月一〇日、形式的に、「原告は、祥玉舎に商品仕入代金を融資する(貸付限度額は五億円とする。)。祥玉舎は、原告に対し、右貸付を受けた日の翌々月の一五日限り、元金及びこれに対する年一五パーセントの利息を支払う。祥玉舎は、この融資金で商品を仕入れ、これをT百貨店に納品する。T百貨店に納入した商品の売掛金代金は、原告が管理する祥玉舎名義の銀行口座に振り込ませて、これを原告に取得させる。右取引で計上される売上粗利は、原告が四〇パーセント、祥玉舎(被告A)が六〇パーセントの割合で取得する。」旨の業務提携契約を祥玉舎との間で締結し、同年八月一四日、右内容の公正証書を作成した。Gは、本件各取引開始の当初は、被告Aに対し、祥玉舎等の本件各新設会社の上げた利益や、自分の個人資産の中などから、一定の割合の金額の配当を支払っていたが(ただし、金額については、必ずしも右約定どおりには支払われなかった。)、やがて、取引金額が増えるにつれて原告の支払う仕入代金の金額が増大したため、その調達のためにこれを打ち切らざるを得なくなり、それ以降被告Aに対しては、適宜生活費程度の金額を渡すだけとなった。

(8) 被告Aは、昭和六〇年七月初頭、同年七月分のA作成書面を作成した上、これとともに、前記のとおり、被告Bにおいて被告T東京支店が保有管理していた書式を盗用して作成した昭和六〇年六月二五日付本件注文伝票、及び同月一七日付本件T見積書、被告Cが被告Aの指示により作成した受渡期日同年七月二日との記載のある本件ピック見積書等を原告に持参した上、これらの取引は、書面上は那由佗名義になっているが、すべて取引名義の変更手続きをすることにより祥玉舎に移転する旨、G、E、及びFに申し向け、後日、被告商事から二億七〇一二万一〇〇〇円の商品代金が真実祥玉舎の口座に振り込まれるなどと説明し、商品の仕入代金として二億三九七三万五四四〇円をピックに対して支払うよう要請した(なお、この作成被告Aは、本来仕入代金は二億四四六二万八〇〇〇円であるが、被告Cとの交渉により値引交渉を成立させた結果、右金額となったものであるとG、Fらに説明した。)。

そこで、昭和六〇年七月六日、E及びFは、祥玉舎における第一回の取引として、被告A持参の前記A作成書面に基づきピックに商品仕入代金を納めるべく、被告Aに案内され、東京都港区赤坂五丁目所在のファイブビル内のピック事務所へと赴いた。このとき、原告が、代金の支払事務を被告Aのみに委ねずにE及びFをこれに同行させることとしたのは、あくまで祥玉舎の資金管理は原告が行うという前記取決めがあり、また、これから取引を継続していくにあたっては、一度商品の納入業者に会っておく必要があると判断したためであった。

その際、被告Aは、被告CにE及びFを紹介し、同人らに対し、「C社長からTに納める商品の全てを調達しています。地盤は関西ですが、手広く商売をやっていて、これだけの品揃いが確実に出来る人はめったにいません。仕入れについても、いつも相談に乗って貰える人です。」などと申し述べた。そして、原告は、被告Cに対し、右第一回の支払分として一億八〇九七万一七〇〇円を現金で支払い、被告Cは、右代金の受領の証明として、事務員に指示して株式会社ピック名義で祥玉舎あてに昭和六〇年七月六日付の一億八〇九七万一七〇〇円の領収書を発行し、これをEに交付した。右のように原告によって支払われた代金の内訳は、キッコーマン醤油分八一五二万一三〇〇円、萬有製薬分五九八〇万五四八〇円、日本バイリーン分三九六四万四九二〇円の合計金一億八〇九七万一七〇〇円とされていた。被告Aは、このとき、被告Cとの間で、次回に支払うべきオリオンSP分の代金五九九六万三〇〇〇円の値引き交渉を始めた。すなわち、被告Aは、被告Cに対し、「うちも現金仕入れで資金繰りが大変なので、少しまけて下さい。」などと申し向けたところ、同被告は、「Aさんは商売が上手だ。利益はあまり乗らないが今後ともよろしくお願いします。」などと言って被告Aの要求を受け入れたのである。これは、被告Cが、その前日に被告Aから電話で明日値引きの交渉をするとの連絡を受け、詳細な打ち合せをした結果、巧妙な芝居を二人で演じてみせたというものであった。

昭和六〇年七月、FとEは、被告Tらとの取引口座を那由佗から祥玉舎に変更する手続きを行うため、被告Aとともに被告T東京店の北別館三階事務所に担当者の被告Bを訪ね、その事務所の応接室において、予め交付されていた変更届書、銀行口座振込依頼書等の書類や、祥玉舎の商業登記簿謄本、同社代表取締役の印鑑証明書、印鑑票等の取引先変更手続きに必要といわれた書類を被告Bに手渡した。

右変更届出書の用紙は、昭和五八年ころ、被告Bが被告Tの経理担当部でコピーをとって持ち出したものであり、これは、被告Bの所属していた部署では取り扱わない書式であって、同被告が、被告Aの指示に基づき、社名変更に伴い取引口座名を変更するメーカーのために準備されていた書式をコピーした上、これを被告Aに交付していたものであった。

被告Bは、右のように差し出された書類等をその場で点検した上、「結構です。少しお待ち下さい。」と言って前記応接室に隣接する事務室に右書類等を持っていった。被告Bは、その後しばらくして応接室に戻り、「これで手続きは全て完了しました。」とE及びFに告げた上、「注文はできるだけ回すようにします。」などと申し向けて、同人らに対し、幸先のいい取引のスタートだとの感触を得させた。また、Gは、E及びFから右変更手続が終了した旨の報告を受けたことで、原告の支配する祥玉舎により被告Tの子会社である被告商事に商品を納入し、その代金の支払いを受ける取引が可能になったものと信じた。

(9) このようにして、原告は、昭和六〇年七月六日に第一回の支払いとして一億八〇九七万一七〇〇円を支払った後、第二回取引として、同年七月一一日に被告Aの持参した被告Tの注文伝票により、前回同様に、オリオンSP分代金として五八七六万三七四〇円(五九九六万三〇〇〇円だったところを、前記の値引交渉の結果、二パーセントの割引きとなったもの)、第三回取引として同年八月一三日に二億九四一一万五一五〇円、第四回取引として同年九月一三日に二億七一三一万三〇〇〇円の合計八億〇五一六万三五九〇円を、四回にわたりピックに対して支払った。

被告Aの計算によると、これらの納品代金に見合う被告Tらからの支払いは、合計額九億〇五六〇万六〇〇〇円となって翌々月の一五日(ただし日曜祭日を除く。)までに支払われることとなっていたが、Gとしては、右支払いにつき何ら担保がなかったことから、最初の入金があるまでは、投下資金の回収について不安を感じざるを得なかった。そこで、Gは、被告Aの被告Tとの取引関係を、被告A及び被告Tのしかるべき人と同席して確認したいと考え、何度かその旨被告Aに話すと、昭和六〇年の九月に入ってから、同被告の方から、Gに対し、「一緒にTに行きましょう。」との誘いがあった。Gは、このような被告Aからの誘いがあったため、安心して、同被告とともに社有車で被告T東京店に赴き、被告Aに案内されて同店二階の売場に行った。すると被告Aは、同売場のいずれかに通じるドアのところで、「一緒に入りましょうか。一応私が先にいるかいないか確認してまいります。」などと行ってそこにGを待たせ、右ドアの中へと入っていった。そこでGがしばらく待っていると、被告Aが戻ってきて、「一〇分くらいして連絡が入るというので待っていましたが、今日は急用が入って会えないとのことなので、またにしましょう。」などと言ったため、Gは、やむを得ずその場は帰ることとした。その際、Gが被告Aに対し、「Tのしかるべき人に会えるんだろうね。」と念を押すと、同被告は、「千葉さんという方か女性の重役か、いずれにしろT内で相当の力を持っている方と会えます。私がよく知っている方ですから心配しないで下さい。」との返事をした。

また、昭和六〇年秋ころ、被告Aは、Gに対して、「母がTへ買物に行くので同行しませんか。」と被告T百貨店への同行を勧誘し、Gとともに被告Tへ赴くこととした。Gが被告T東京店に到着すると、被告Bが同店入口のところでこれを出迎えており、「会長、Tで買物をする場合は、お金を持ち歩かなくてもいいように私がご案内、ご紹介します。」と行ってGとともに店内を歩き、「ゴルフ用品でも何でも買物をしたい場合はいつでも申しつけ下さい。」と行って同人に吉葉一郎なる人物を紹介し、「当社と取引のある大事なお客様だから、これからよくやって下さい。」と同人に申し付けた。それ以降、Gは、二、三か月に一度は被告B又は右吉葉を通じて被告Tで買物をするようになったが、そのような際には、一〇パーセントから二〇パーセント引きで買物ができているという話しであった。

このように、Gは、被告Bからは被告Tとは直接連絡をとらないほうがいいと言われ、また、被告Aとともに被告Tに赴くことはしたが、同被告のしかるべき人とも会えなかったため、投下資金の回収につき若干の不安を持っていたが、第一回の被告Tからの入金日が訪れ、昭和六〇年九月一七日に第一回と第二回取引分の商品代金として合計二億七〇一二万一〇〇〇円が、被告商事名義で祥玉舎の普通預金口座(第一相互銀行麻布支店口座番号△△△△)に振り込まれた。Gは、この振込みの事実によって、投下資金の回収等につき、かなりの安心感を持ち、被告Tほどのところが間違えを起こすはずがない、本件各取引が確実に利益の上がるものであると確信するに至り、以後、この様な取引の形態が継続することとなった。そして、この後は、支払予定日に確実に被告商事名義での入金がなされていったことから、Gは、入金された金額だけを確認し、実際の書面のやりとり等の実務は、EやFにまかせるようになった。

(10) 本件各取引は、前記のとおり、被告Aが被告Tから注文伝票をもらい、それに合わせてピックに商品の仕入れをおこし、被告Tの納品伝票で納品を確認して、その代金をピックに支払い、納品した商品の代金は、被告Tの商慣習により翌々月の一五日に被告商事名義で支払われるという形の取引が仮装されていたものであるが、取引開始の昭和六〇年七月から同六一年六月までは、被告Tの注文は、月一回の割合で進行していき、それ以降は、前記基礎となる事実3(一)記載のとおり、取引金額が徐々に増え続けていった。

昭和六一年の始めころ、被告Bは、原告に対し、「注文は自分とそのブレーンによりどんどん増やすことができますが、社内でも取引増大をやっかむ奴や、足を引っ張る者がいます。そこで、取引を分散して目立たなくした方が良いので、もう一つ新会社を作り、新規口座を設定してはどうですか。」という提案をした。原告は、取引も軌道に乗ったかに見えていたときでもあり、取引高を増やすためであればということで、新会社を即時設立する旨決定した。

原告は、新会社の商号を「株式会社瑠璃寳」として、発起人七名のうち原告サイドの人間がその六名を引き受けることとし、被告A本人一名とその友人一名を株式の申込人として、昭和六一年二月に同社の設立登記を申請した。瑠璃寳は、同年三月から、被告A及び被告Bの指導のもとに本件各取引に参加することとなり、祥玉舎と同様に注文を受けることになった。次いで右と同趣旨において、原告は、平成元年には新会社平成堂を設立し、平成元年四月から同社を本件各取引に参入させていった。さらに、原告は、昭和六二年一一月には、既存の株式会社ケンオブザワールドの定款の目的を変更し、これを本件各取引に参入させることとしたが、右設立及び定款変更の理由は、いずれも被告B、被告Aの主張による前記取引の分散のためであった。

瑠璃寳は、昭和六一年三月から、月一回の注文による取引を開始したが、同年七月取引分から、祥玉舎及び瑠璃寳に対しては、毎月各二回の注文が出されることとなった。被告Bは、原告に対し、「当社の注文は前期(一日から一五日まで)と後期(一六日から末日まで)に分かれて行われています。資本力の秀れている御社に、今後は、前期、後期とも仕事を回してあげます。自分が担当して取引高も上がり、会社にも自分の存在が認められています。したがって、発言権もあり実績と共に影響力も行使できます。」などと申し述べた。これに呼応して、被告Aが、「今日、取引高が増えてきたのは、Bさんが上司にそれぞれ謝礼を出しているから実現したものです。これを維持していくためにもリベートを出す必要があります。」と盛んに述べたため、原告は、被告B及び同被告の背後にいるというブレーンに対し、リベートを支払うべきかを検討することとした。その結果、原告は、先々安定した利益が約束されるのも同然との認識のもとに、被告Aとも協議を重ねた上、原告と被告Aが分担する形で、被告Bに取引高に応じたリベートを支出することを決定した。このリベートの受渡しは、Gと被告A、時にはFの三人が、被告Bに対し、六本木所在の瀬里奈又は銀座所在のステーキ屋ハマなどにおいて、同被告の業務の終了した午後七時から八時ころにかけて食事をする際に行われたものであり、すべて現金で手交されたものであった。被告Bは、食事が終わると、「すぐに届けなければならないので。」とか、「待たしてありますので急ぎます。」などと言ってタクシーを拾って帰るのが常であり、その際、原告に対し、自分の背後にいる人物像については、上司あるいは役員などと説明し、後には、被告T社長の自宅に新年の挨拶にいけるのは数少なく、その中の一人が自分であり、近い将来には取締役に抜擢される予定であるなどとも言うようになった。

このように、本件各取引における昭和六〇年七月から平成元年一一月までの売上金額は増大する一方であったが、被告Aは、同年八月までの間は、被告商事名義による入金を、各伝票類に記載されたとおりの金額で一銭の狂いもなく、各取引先である本件各新設会社の指定銀行口座にそれぞれ振り込む方法で行っていた。

また、本件各取引が継続していくうちに、被告Cの行う事務は、途中から現金持参から振込みの方法に変わったが、概ね、同被告が、被告Aから電話や持参されたメモで見積書の品名、数量、宛先等の具体的内容について連絡を受け、その内容通りのピック名義の見積書(本件ピック見積書)を作成してこれを同被告に交付し(なお、これらの事務処理は、被告Cが、あらかじめ大塚に対し、被告Aから連絡を受けたら、それを聞いて同内容の見積書を作成するよう指示をしていたことから、実務的には大塚がこれを行っていた。)、その後、祥玉舎等の本件各新設会社名義で振り込まれてくる金員を指定する口座に振り込むよう被告Aから連絡が入るため、右振込入金を確認した後、同被告の指示した口座に右金員の振込手続をした上、右入金額について、本件各新設会社あてにピックの名義で売買代金の領収証を発行する(この領収証に貼付する印紙代は、被告Aから現金又は印紙の現物でその交付を受けていた。)という手順で行う形式が確立していった。

このような取引が行われている間、被告Aは、岡崎興業が絶対に立ち直るものと信じており、Pからも、「一時的なことで、儲けて綺麗にするから、大丈夫、心配するな。」「国連大学関係の仕事だけでも八〇億円入る。」「金を用意して必ず迎えにくる。」「妻と別れて結婚する。」などと言われ、それを信用していたため、右のように原告から架空取引に基づく資金の交付を受け、これを岡崎興業に提供し続けていった。このように被告Aは、本件各取引を継続して岡崎興業の資金繰りを援助していたものであるが、その甲斐もなく、同社は、昭和六三年五月、巨額の負債を抱えて倒産するに至った。そして、右のように架空取引によって捻出した金員のうち、多額の資金がPの手に渡っていたものであるが、同人は、岡崎興業が倒産すると、いち早く家族を連れていずこかに逃走し、行方をくらましてしまった。

(11) このような経過で、被告Aは、自分で取引金額を決定して本件各取引を継続していたが、本件特定取引を行うにあたっては、平成元年一一月下旬分の第一二二回目の取引の仕入代金として、被告Cの管理するピック名義の口座に平成堂名義で二八億〇〇二二万二〇〇〇円を振り込むようEやFらの原告関係者に要請し、平成元年一一月一四日、同人らをして、一二〇回目の平成堂名義の支払要請分の内三三億六四八五万一〇〇〇円(三六億五四八五万一〇〇〇円の支払要請分の内二億九〇〇〇万円は、同年一一月九日に支払済み。)と合算して六一億六五〇七万三〇〇〇円を、北海道拓殖銀行東京支店から被告Cの管理する当時の協和銀行赤坂支店のピック名義の普通預金口座(口座番号△△△△)に振り込ませた。そして、被告Cは、この振込みに対応して、あたかも売買仕入代金の受領であるかの如く装い他の日時に同被告が受領した金員分と合算して総額六四億五五〇七万三〇〇〇円(右本件特定取引にかかる二八億〇〇二二万二〇〇〇円分を含む。)のピック名義の領収証を発行し(なお、この領収証に貼付した印紙代二〇万円は、被告Aが被告Cに交付したものであった。)、これを被告Aを介して原告に交付した。

右二八億〇〇二二万二〇〇〇円の仕入代金の支払要請にあたって、被告Aは、対応する商品取引がないのにこれがあるかのように装うため、本件特定A作成書面、本件特定T見積書、本件特定注文伝票、本件特定ピック見積書、及び本件特定納品伝票等の書類を原告事務所に持参し、これを原告に交付した。

本件特定T見積書は、被告Bが、被告商事へ出向となった時に、当初持ち出した本件T見積書の書式がなくなったため、被告T東京店外商一部の事務所から持ち出した二〇〇枚ないし三〇〇枚の用紙のうちの二枚を利用して作成したものであり、この用紙に、被告Bが被告Aと、品名、金額等を打ち合せの上その指示に基づき、それぞれの所定欄に、「元 10 20」「東京瓦斯株式会社」「¥1823000000」「11月25日」「現地」「B」「2―1112 アニマルソープセット 2500002500 625000000」「〃エプロンドレス 200000 3200 640000000」「〃 サスペンダーポシェット 50000 6600 330000000」「〃 カシミヤマフラー 30000 7600 228000000」「仕入先(株)平成堂 〃 〃 〃」と、「元 10 21」「旭硝子株式会社」「¥1956000000」、「11月27日」「現地」「B」「2―1112 ペアモーニングカップ150000 2600 390000000」「〃 ピロケース(2枚) 150000 2800 420000000」「〃 ジャンボタオル 150000 3300 495000000」「〃 座いす2脚 70000 9300 651000000」「仕入先(株)平成堂 〃 〃 〃」と各記入したものであった。また、本件特定注文伝票は、被告Bが、被告T二階の事務所脇の通路の書棚におかれていた同被告所定の書式一〇〇枚ずつの束を何回かにわたって持ち出したもののうち二枚を利用して作成したものであり、前同様被告Aの指示に基づき、それぞれの所定欄に、「元 10 24」「618992」「(株)平成堂」「2―1112 アニマルソープセット 2500002325 581250000 2500 625000000」「〃 エプロンドレス 200000 2980596000000 3200 640000000」「〃 サスペンダーポシェット 50000 6140 307000000 6600 330000000」「〃 カシミヤマフラー30000 7070 212100000 7600 228000000」「1696350000」「1823000000」「現地」「東京瓦斯分」「特販」「6106」「B」、「元 10 24」「元 11 27」「618922」「(株)平成堂」「2―1112 ペアモーニングカップ 150000 2420363000000 2600 390000000」「〃 ピロケース(2枚) 150000 2600 390000000 2800 420000000」「〃 ジャンボタオル 150000 3070 460500000 3300 495000000」「〃 座いす2脚 70000 8650 605500000 9300 651000000」「1819000000」「1956000000」「現地」「旭硝子分」「特販」「6106」「B」と各記入し、それぞれ被告T文房具売場で購入した「778354 T商事(株)代行」との記名印、及び「千葉」名義の印鑑を押捺し、被告Bの印鑑を押捺したものであった。本件特定納品伝票は、被告Bが文房具売場で購入した百貨店統一伝票を利用し、この用紙に、本件特定注文伝票と同様の記載をした上、被告T東京店で使用されていた「203 03 (株)T東京店」との印を盗用したものであった。

一方、本件特定ピック見積書は、被告Cが、ピック所定の見積書二枚を利用して作成したものであり、被告Aの指示に基づき、それぞれ所定欄に、「株式会社平成堂」「平成1 11 25」「東京ガス(株)貴社指定通り」「¥1545550000」「アニマルソープセット250000 2120 530000000」「エプロンドレス 200000 2715 543000000」「サスペンダーポシェット 50000 5590 279500000」「カシミヤマフラー 30000 6435 193050000」「1545550000」、「株式会社平成堂」「平成1 11 27」「旭ガラス(株)貴社指定通り」「¥1656750000」「ペアモーニングカップ 150000 2205 330750000」「ピロケース(2枚) 150000 2370 355500000」「ジャンボタオル 150000 2795 419250000」「座椅子2客 70000 7875 551250000」「1656750000」と各記入し、これにピックの社印を押捺したものであった。

(12) 原告は、前記のような経過により、本件各取引が安全なものであり、投下資本が確実に回収できるものと確信していたが、平成元年九月に入って、同年六月取引分で支払いが九月一五日に予定(現実には、同月一五日が祝日で同月一六、一七日が土曜日、日曜日であったため同月一七日の入金予定)された本件各新設会社あての振込入金がなされないという事態が発生した。

そこで、Gが、被告Aに対し、このことを電話で問いただすと、同被告が「そんなはずないのにおかしいですね。Bさんに連絡してみます。」などと言ったため、Gは、その返答を待つことにした。被告Aからの返答によると、右入金のずれの原因は、急に被告Tがシンガポールに七〇〇億円を送金する必要が生じ、祥玉舎に支払う分の一部をそちらに回したためであるとのことであった。Gは、原告がこの取引のために多額の借入金を起こしており、入金予定日の入金が不足すると銀行に対する返済予定が狂い、その信用をなくすこととなるため、被告Aを叱責し、すぐに被告Bに会わせるように要請した。そして、Gは、同日夜、それまで何度も会合で使ったことのある六本木所在の瀬里奈で被告Bと会ったところ、同被告が、自分の地位が上がり会社の資金のやりくりをまかされるようになったので、申し訳ないが回させてもらった旨弁解するとともに、平成元年九月二五日には必ず入金するという約束をしたため、それまで入金を待つこととした。その結果、この入金のずれは、右被告Bが約束した同月二五日に入金がされることで短期間に解消された。

このような入金のずれが生じた本当の原因は、被告Aが、平成元年八月分の取引までは、原告から醵出される金印の額が増額され続けていたことから、その増額分で前の醵出金に利益分を付けてこれを本件各新設会社に対する支払いにあてることができていたのであるが、この年の九月分からは、Gからその増額ができないということを言われたため、被告商事名義で行っていた本件各新設会社に対する入金が難しくなったためであった。

前記のとおり、岡崎興業が倒産し、Pに逃げられた以上、被告Aとしては、Gからの資金提供が打ち切られれば、その時点で、右残高について自分自身で精算しなければならないことになってしまったため、被告Aは、自力で返済する資金を捻出すべく苦慮し、融資をしてくれるという話しを聞いては、種々のつてを頼って紹介を得るなどして融資を受けようとした。被告Aは、外国人などにも依頼して、海外からの高額の融資を得ようともした。特に、被告Aは、平成元年二月からは、知人の上村周子をロスアンジェルスやアムステルダム、ヘイグなどに出張させて、現地で融資を受ける契約を締結する手筈を整えようとしたり、他方、国内では、紹介を受けた和波豊三からの融資の話しを進めていた。しかし、被告Aは、このように融資を受けるべく努力を続けたにもかかわらず、結局、これを受けることはできなかった。

その結果、被告Aは、平成元年一〇月一六日の支払日にも、やはり支払予定額全額の支払いをすることができなかった。そのためGは、翌日被告Bと連絡をとり、同月二五日には必ず支払いを行うとの同被告の約束を取り付ける一方で、このようなことが続くと、取引を続けることができない旨、被告Aにも伝えた。ところが、被告Aは右約束にかかる同月二五日にも入金をすることができなかったため、Gは、Fとともに被告Bに会い、同被告を相当程度きつく問いつめたところ、同被告は、同月三〇日には必ず支払うという約束をし、同日になって漸く入金がなされることとなった。

そして、このように原告が被告A及び被告Bに対し事情を問いつめているうちに、平成堂に対する平成元年九月取引分で、同年一一月一五日支払予定の入金も全額はなされず、被告Aが、現実に右支払日に入金できたのは、予定額より二六億五〇〇〇万円も少ない額であった。原告は、当日、銀行営業時間の終了を待って被告Bに連絡をとる一方、被告Aにも事実確認を急いだところ、被告Bから、「現在Tは、海外プロジェクトとしてシンガポール進出を企画し、独立採算性をとっていて、その担当部門が急に資金を必要とする事態となり、その部門の統括責任者より資金を回して欲しいと頼まれ、自分の日頃の顔もあり、身内に対して短期間融通するので安心であり、平成堂の支払分を自分の一存で回してしまいました。誠に申し訳ありません。久しくお付き合いしているので、こんな重大なことも甘えてしまいました。以後は、このようなことは一切しません。遅延した支払いは、私の責任において月内には必ず支払います。」と許しを乞うため、ひとまずこの事態を見守ることとした。

このようにして、被告Aは、被告Bと相談の上、同被告が右支払分を被告Tでの他の仕事のために流用したことにして、支払予定日を平成元年一一月二七日、同月三〇日と次々と延ばしていったが、右支払約束の月末に、銀行の営業時間が終了してもこれを振り込むことができなかった。そこで原告が、被告Aに連絡し、被告Bを原告事務所に呼んで問いただしたところ、同被告は、「回収が遅れて申し訳ない。一週間以内には回収のいかんを問わず支払います。」などと弁明するのみであった。しかし、原告は、これ以上被告Bを信用することができなかったため、同被告に対し、被告Tに直接出向いて支払いを約束させるなどと話すと、被告Bが、「Tが必ず支払いをするというTの支払確約書を出させます。その証明書を出す以上は支払わないことはありません。明日中に証明書を持ってきますので待って下さい。」と懇願したことから、もう一度猶予を与えることとし、同被告から支払日を同年一二月一一日とする約束を取り付けた。被告Bは、平成元年一二月に入ってからすぐ、原告事務所に、被告Tが平成堂に対し同年一二月一一日限り未払金二六億四四五〇万円を支払う旨記載した「支払案内書」と題する書面を持参し、これを原告に交付した。この書面は、昭和五八年ころ、被告Bが被告Aと架空取引の作出を共謀するにあたって、同被告に見本として示した被告T所定の書類の一つを利用して作成されたものであり、本来は、被告Tによる支払内容の明細を明らかにするため使用されるものであるが、被告Aの発案により、右のような証明書として利用されたものであった。その際、原告は、今後もこのように支払いが遅れるという事態が発生することをおそれて、被告Bに対し、祥玉舎、瑠璃寳及び平成堂に対する平成元年一二月一五日支払分についても被告Tからの支払確約書を発行するよう要求したところ、被告Bは、数日後、原告に対し、前回と同書式による支払案内書三通を右同各社あて交付した。右各書面の記載内容は、被告Tが、平成元年一二月一五日限り、祥玉舎分三一億六六四〇万円、瑠璃寳分一〇九億〇四三〇円及び平成堂分九〇億六五二〇万円を右各社に対し振込みにより各支払うというものであった。しかし、このような書面、約束にもかかわらず、平成元年一二月一一日にも、平成堂に対する支払いがなされなかったため、原告は、被告Bを相手にしても、こう度重なる違約では埒があかないと判断し、被告Tに対して直接交渉することとし、その旨被告A及び被告Bにも伝えた。

(13) このような原告との経過の中で、被告Aは、こうなった以上は本件各取引が架空のものであることをGら原告関係者に自ら打ち明けた上、右取引清算のための資金の調達方法、返済の予定などを話し、弁済の猶予を求めざるを得ないと決意し、そのためには、被告Tとの取引を知っているG、Fらを拉致してどこかに連行し、その場にとどめてしばらく本件各取引が架空のものであることを発覚することを防いだ上、その間に落ち着いた雰囲気のもとで右事情を打ち明けるほかないと考えるに至った。被告Aがこのように考えたのは、同被告としては、Gが超ワンマンで激しやすい性格であり、暴行を受けたこともあったので、二人だけの場でGに対し真相を打ち明けると激昻して何をするか分からないと思われたからであった。そこで被告Aは、社団法人政経法律研修所と称する団体の主宰者で、元刑事であると自称していた訴外D(以下「D」という。)に対し、二回にわたり合計八〇〇〇万円を支払うなどしてGらを一週間から一〇日間逮捕・監禁することを依頼し、その承諾を得た。右依頼を受けたDは、さらに数名の実行担当者に依頼して、平成元年一二月一四日の午後七時四〇分ころ、東京都杉並区荻窪所在のFの自宅マンション前通路において、同人に対し、両腕を両脇からつかんで引っ張るなどの暴行を加えて、待機していたワゴン車の後部座席に押し込め、同人にアイマスクで目隠しをして、栃木県那須町所在の貸別荘ノバビレッジ一三号棟まで連行し、「指示に従ってくれれば危害を加えない。指示に従わなければ不本意なことになる。」などと脅迫し、絶えず四、五人の者の監視を付けるなどして同人を監禁した。一方、Gも、平成元年一二月一五日午前八時四〇分ころ、東京都千代田区六番町所在の被告Aのマンション三階通路において、いずれもDの依頼を受けた訴外Kら二名の実行担当者に、両腕を両脇からつかまれ、右眼部に護身用スプレーで催涙ガスを振りかけられるなどの暴行を受け、待機していたワゴン車に乗せられて、「静かにして下さい。暴れたらこちらにも覚悟があります。」などと脅迫され、監禁された(以下「別件刑事事件」という。)。

その後F及びGは、平成元年一二月一六日になって救出されたが、その時初めて、お互い二人が監禁されていたことがわかったものであり、右救出の後、栃木県警や所轄の警視庁原宿警察署の取調べを済ませたところで、今後の対策をたてるべく原告関係者や家族の者らを渋谷区神宮前所在のG宅に集合させた。

そして、被告Tらからの本件各新設会社に対する平成元年一二月一五日支払分は、この時点でも取引銀行に振り込まれていなかったため、原告が、被告Aに対しても招集をかけたところ、同被告が母親を連れてG宅に来訪した。その際、被告A親子の顔色は蒼白で、かなり緊張している様子であったが、Gは、その日は確たる証拠もなく、また投下資金の回収につき一縷の望みを有していたため、被告A本人に対する追及はせずに、翌日被告Tに真相究明、解決のため乗り込むこととした。

平成元年一二月一七日、G、E及びFが、被告Aを伴い被告T東京店の経理部を訪ね、同被告加集経理部長に面会した。Fは、同経理部長に対し、被告Tから未納になっている売掛金について、伝票類を示しつつ、この未納分の入金はいつになるのかを問いただした。すると同経理部長は、係員を呼び伝票などを照合した上、「伝票は当社のものと思われますが、今は使っていないと思います。また該当する取引はありません。」との回答をした。Fら原告関係者らは、一瞬耳を疑ったが、愕然とする同人らに対し、被告Aは、「これは何かの間違いです。大阪本社の秘書課長の平川さんに聞けば解ります。」などと申し述べ、Fが「当事者のTが取引がないと言っているのに、取引があるというのであれば、わかる人に連絡すればいいではないか。」と言うと、被告Aは、部屋の中の電話を取り上げたが電話などせず、うろたえて、「こんな間違いがあるはずはない。参議院議員の谷川先生が解決してくれる。電話してみればわかる。」などと訳のわからないことを口走り狼狽するのみであった。原告関係者らは、念のため、すぐ近くにある被告商事を訪ね、同社の平沢取締役から事情聴取をしたが、被告T同様、取引はないとの回答であった。原告は、ここで初めて被告Aの被告Tとの本件各取引が架空のものであったことを知らされる破目となった。この時点での原告の売掛金の未収は、平成元年一一月分が二六億四四五〇万円、同年一二月分が二三一億三五九〇万円、平成二年一月分が二一八億二九七五万円、同年二月分が一二八億四二三五万円であり、合計額は六〇四億五二五〇万円に上っていた。また、この取引の継続中の被告Tと本件各新設会社との間で仮装された総取引量は、結果的に、ピック商品代金計算として三五八四億円余り、被告T商品代金入金計算として三四九〇億円余りとなっていた。さらに、この間の被告T商品代金をもとにして計算された前記被告Bに対するリベートの合計金額は四九億七〇〇〇万円にも上った。

(二)  以上の認定に対し、被告A及び被告Bは、原告の実質的な代表者であったGは、本件各取引が架空のものであることを知っていたはずであると主張する。

(1) 確かに、本件各取引における取引金額の高額性(前記基礎となる事実3(一))に加え、右(一)(11)で認定した被告B及び被告Cによる本件注文伝票や本件T見積書、本件ピック見積書等の各記載(以下「本件各記載」という。)の内容の不十分さ、不合理さなどからすると、事後的、客観的に本件各取引を観察する限り、商品流通の裏付けのある実取引としては、不自然な点が多々存在することは否めないところではある。

(2) しかしながら、本件各取引においては、原告(本件各新設会社)によるピックに対する支払いがなされた約二か月後に、それに対応する商品代金の被告商事名義による支払いがなされるものとされていたところ、右被告商事名義の支払いは被告A自身が行っていたのであるから、同被告としては、右支払いを行うためにそれだけの資金を準備する必要があったのであり、また、もともと本件各取引は、取引それ自体から何らの利益を生み出すものではなく、一方被告A自身も、原告から支払われた金員をもって何ら利益を生む経済活動を行っていないのであるから、被告Aが、右原告に対する支払いに充てる資金の準備をするためには、新たな資金を原告自身から醵出させる必要があったのである(以上の事実は、被告Aが自認するところである。)。

したがって、客観的に見た場合、本件各取引において、原告が、ピックに対し仕入代金を支払うという形で醵出した資金(元本)を回収して利益を上げるためには、原告自身が、その元本と利益分に被告Aの取分を加えた金額を醵出しなければならないという仕組みになっていたのであり、このように、原告は、本件各取引において投入した資金を回収するためには、さらにそれを上回る資金を投入し、その資金を回収するためには、さらにそれを上回る資金を投入しなければならないというものであったのである。そして、原告の資金調達能力には自ずと限界が存在することは明白であり、原告が際限なく前回の金額を上回る資金の醵出を繰り返すなどということはできないのであるから、本件各取引がいつかは破綻せざるを得ないことは取引当初から明らかであったというべきである。そうすると、本件各取引は、右破綻した段階で、形式上本件各新設会社において「被告商事」に対する売掛金債権が未収金となって残り、その結果、事実上本件各新設会社を支配してそこからの資金回収を予定する原告の債権も自動的に焦げ付くという構造になっていたものであり、しかも、取引が進めば進むほど、右未収債権の金額も雪だるま式に増えていくという性格のものであったのである。

そして、被告Aが、原告から醵出された資金をもって何らかの利益を生む経済活動を行っていたなどという虚偽の事実を原告ないしGに申し向けていたり、同人らが右のような事実が存在するものと考えていたというような事情や、被告商事名義による支払いの他に、被告Aから原告ないしGに対する資金の環流があったというような事情、その他、原告が本件各取引に醵出した資金を回収する手段となるべき特段の事情は、本件全証拠によってもこれを認めることができないから、仮に、原告が本件各取引が架空のものであることを知っていたとすれば、原告は、いつかは破綻し、多大な未収債権を抱え込むという確定的損失の発生を予想しつつ、本件各取引に対する出資を続けていたということを意味することとなる。しかしながら、そもそも原告は、貸金を業とする株式会社として、他に資金提供をすることによって利益を上げることを本来的な目的として経済的活動を行うものであり、かかる原告が、被告商事名義での資金の環流というかたちで実質的な損害の填補があったとはいえ(しかし、最終的には填補されない未収金が残る構造であったことは先に述べたとおりである。)、本件各取引に合計三四九〇億円余りもの巨額な金員を醵出したという事実(前記基礎となる事実3(一))からすると、原告が確定的損失の発生を予測していたなどという右の仮定は、到底成り立ち得るものではないことは明らかである。

(3) また、被告Aは、当初は原告から不動産担保がないことを理由に融資を断られ、その後融資を受ける方法として債権譲渡による担保方法が検討され、結局、本件各取引においては、本件各新設会社の設立による債権担保の方法が採られたのであり、そもそも架空の債権をもって担保の強化を図るのは全く無意味であることなどからすると、このように原告の債権回収の確実性を図るための担保強化の方策が次々と検討された本件各取引に至る経緯は、原告が本件各取引から発生する債権が実体のないものであると知っていたという前提に立つと、全く不合理というほかないし、また、被告Aは、合計八〇〇〇万円もの多額の資金をDにまで支払ってまで、同人にG及びFら原告関係者の逮捕・監禁を依頼したものであり(別件刑事事件。以上の各外形的事実については、被告Aの自認するところである。)、その動機について、捜査、公判段階を通じ一貫して、Gが本件各取引が架空のものであるとは知らなかったことを前提に、「仮装取引が発覚する前に自らの有形力の行使を背景に架空取引を明らかにしながら支払猶予を行うためである。」旨明確に供述し(甲第一四七号証の一、二、第一四人、第一四九号証、第一五〇号証の一、二)、当裁判所における本人尋問においても、右刑事事件における供述に間違いがない旨述べているところである。

(4) また、本訴においても、被告Aは、陳述書(丙第四号証)や本人尋問における主尋問に対しては、明確にその主張に副う供述をしていたものの、平成八年五月二〇日施行された原告代理人の反対尋問に対しては、Gが架空取引であることを知っていたとの断定を避ける供述をしているものである(もっとも、平成九年一月二一日には、同被告代理人の再主尋問に答え、右供述は寝不足等の体調不良によるものであり、真実はGは知っていたものであると供述を変えるに至ったが、仮に寝不足等の事実があったとしても、わざわざ不利益な供述をすることは考え難い。)。

(5) 以上を総合すると、原告が当初から本件各取引が架空のものと知っていたとすることはできず、かえって、原告は、本件各取引を行うことによって、被告Tらとの取引関係を構築し利益を上げているものと信じてこれに参加していたものと認めるのが前掲の関係各証拠に照らして合理的というべきである。

(6) なお、被告Bは、本件各取引を開始するにあたって、Gに対し同各取引が架空のものであることを告げたものであり、その後も何回か右事実を告げたと主張し、同被告本人の供述(丁第一号証、本人尋問)中にもこれに副う部分がある。

しかしながら、被告Bは、別件刑事事件の捜査段階及び公判廷においては、一貫してGが架空取引であることは知らなかったことを当然の前提とした供述をしていたものであり(甲第一四五、第一四六号証)、唯一これに反する供述をしたのが公判廷における被告Aの弁護人に対する供述部分であるが、それも、「そういうことを知りながら、もっと言えば、あなた、今から思えば、架空取引だということを知っていながら取引したんじゃなかろうかと、そうは思わないかね。」「今考えてみればですね。はい。」「今から思えば、そう思う。」「のも、半分あるし。わからなかったんじゃないかなと思うのも、半分ありますね。」というやりとりであり(甲第一四六号証)、これとても、自らがGに対して本件各取引が架空のものである旨告げたとする前記各供述に全く矛盾するものといわなければならない。また、被告Bは、被告Aとも相談の上、本件各新設会社への支払の猶予を求めるため種々の口実をもうけてこれをGに告げ、右支払いにあてる資金を捻出するため被告Aと協力して金策に奔走し、果ては心労からくる神経性の病気に罹患してしまったのであり(いずれも被告Bが自認する事実である。)、これら被告Bのとった行動等は、相手方に対し架空であることを告げていた者のそれとしては、著しく不合理であり、到底理解し難い。被告Bの前記各供述は全く信用することができない。

2(一)  以上認定の事実を前提に、個人被告らが、原告に対する(共同)不法行為責任を負うものであるかを検討する。

(1)(イ) 被告Aの不法行為

右1で認定した事実によれば、被告Aは、当初は岡崎興業の資金繰りなどにあてるため、被告Bらと共謀の上、那由佗がピックから雑貨等の商品仕入れを行い、これを被告商事を通じて被告Tに納入する形式をとる商取引が存在する旨装って被告Tらとの架空取引を作出し、原告から金員を騙取しようと企て、昭和五九年五月ころから、Gら原告関係者らに対して、「私は、株式会社那由佗という会社を経営し、Tデパートにギフト商品を小規模ながら納入しています。」「資金が少ないので、取引の規模は、現在少ないのですが、資金調達ができればそれに見合う取引高を増やすことが可能です。資金提供の方法は貴社の納得いく方法で貸付金でも出資金でも、その他いずれの方法でも結構です。」などと、自らと被告Tらとの間で仕入取引が存在するとの虚偽の事実を申し向けて融資を懇請した上、預金小切手の割引を依頼するなどして、資金力があるかのように見せかけて自分を信用させようとし、また、被告Tとの取引関係の存在を原告に印象付けるため、本件注文伝票等の書面を被告Tとの取引において発行され取得したものであるとして持参、提示したり、当時被告Tの社員であった被告Bと引き合わせて、同被告をして被告T内における地位や権限等に関し内容虚偽の事実を申し向けさせ、一方被告Cをして架空の値引き交渉を行わせるなどしたものであり、さらに、本件各新設会社を新設させることによって、本件各取引に対する投下資金回収の確実性及び老舗である被告Tと直接取引できることの魅力を強調するなどの欺罔行為を行い、その結果、原告をして、本件各新設会社と被告Tらとの取引が真実存在するものと誤信させ、よって、昭和六〇年七月以降本件各取引に対する資金を醵出させ続けるとともに、右醵出に対応した金員を一銭の狂いもなく予定期日に被告商事名義で還流させることによって、原告の右誤信をより一層強化せしめ、もって、原告からの仕入代金名下の金員騙取をさらに継続したものであるということができる。

このように、G、E、Fら原告関係者が錯誤に陥り、その錯誤の状態が数年にわたって継続し、その結果、原告が本件各取引に対する金員の醵出を継続する結果となったことについては、昭和五九年五月から被告AによるG、Fら原告関係者に対する詐術、及び昭和六〇年七月から開始された本件各取引それ自体に含まれる詐術が原因となっているといえるのであり、したがって、被告Aは、原告を欺罔し、よって、原告をして売買(仕入れ)代金名下に多額の金員をピックの口座に振り込ませるなどしてこれを騙取し原告に損害を与えたものといえるから、その不法行為責任の存在は明らかといわなければならない。

(ロ) Bの不法行為

右1で認定した事実によれば、被告Bは、被告Aと共謀の上、被告Tの事務所等から盗み出した大量の被告T所定の用紙を使用して、昭和五九年ころから、被告Tの社員として一一回、被告T商事出向中に計一一一回の合計一二二回にわたり本件注文伝票等の被告T名義の書類の偽造を行い、また、同六〇年五月下旬、E及びFが被告T東京店を訪問した際には、同店舗の施設である事務室等において、真実は何ら仕入権限など有していなかったにもかかわらず、自らが被告Tの社員として仕入権限を有していることを前提として、その仕入権限に基づいて原告の支配する会社との取引を開始する旨の意思を表示し、さらに、同年七月下旬には、被告Tとの取引口座を那由佗から祥玉舎に変更するために被告T東京店を訪れたE及びFに対し、同人らの持参した銀行口座振込依頼書等(その用紙は、被告Bが被告Tの経理担当部でコピーをとり持ち出したものである。)に目を通しながら、「これで手続きは終了です。」などと言って右手続きに応じたものであり、また、昭和六〇年六月ころ、原告ビルを被告Aとともに訪れ、八階会長室でGと同席したFに対し、「自分は今、Tで主流畑を歩んでいる。」などと内容虚偽の事実を申し向けたほか、その後Gと港区六本木所在の瀬理奈やほかの店で会食をした際にも、たびたび、「自分は近い将来、取締役に抜擢される予定である。」などと虚偽の事実を申し向けるなどして、あたかも自分が、直接表示された「株式会社T東京店営業第二部紳士コート売場販売専任」との肩書を超えて業務を担当する権限があり、被告Tもそれを容認しているかのごとくG、Fらをして信じさせ、よって、本件各新設会社を主体として反復継続されている本件各取引が真実の商取引であることを、Gら原告関係者らをして確信せしめたものであるということができる。

このように、被告Bは、被告Aと共謀の上、GやFら原告関係者に対し、被告Bの被告T内における地位や権限、その他の事柄について内容虚偽の事実を申し向け、また、同被告事務室内において、E、Fと応対し、口座名義書換手続きを行うなどの原告に対する欺罔行為を行い、さらに、被告Aの求めるままに被告Tの伝票類の用紙を持ち出して、これに内容虚偽(架空)の記載をしてA作成書面、本件T見積書、本件納品伝票等の書類を作成した上被告Aに交付するなどして、同被告に積極的な協力をし、その結果として、右原告関係者らをして、あたかも本件各取引において本件各新設会社と被告Tとの間の取引が真実行われているものと誤信させ、よって、ピックの口座に多額の金員を振り込ませるなどしてこれを騙取し原告に損害を与えたものであるから、その不法行為責任の存在は明らかといわなければならない。

(ハ) 被告Cの不法行為

右1で認定した事実によれば、被告Cは、ピックの代表取締役をしていた昭和五八年ころに被告Aと知り合い、同年秋ころから、同被告の依頼を受けて、真実は同被告の経営する那由佗や本件各新設会社とは商品の納入や仕入などの取引が全くなく、したがって、何ら該当する真実の受注関係がないのに、商品の実際の取引があるかのごとく仮装するため、架空の商品納入業者として見積書等の作成を請け負い、被告Aの依頼どおりの商品の種類、数量、宛先等を記載したピック名義の見積書(本件ピック見積書)等を発行し、これを同被告に交付したものであって、このように、被告Aが原告事務所に持参して原告に対する欺罔行為に使用した書類のうち、本件ピック見積書は被告C作成にかかるものであり、また、被告Cは、本件各新設会社からピックに対する仕入代金名下に騙取した金員を受領して、これを被告Aの指示した口座に振り込み、右代金の受領の証明として、ピック名義の本件各新設会社あての領収書を発行してこれを原告に交付して実取引の存在を仮装し、さらに、E及びFの面前で、被告Aとの間で仕入代金の値引交渉の存在を装うなど、巧妙な欺罔行為を繰り広げたものであり、その結果、原告をして、自らが管理するピック名義の預金口座等に多額の金員を振り込ませるなどして、原告に損害を与えたものといえる。

したがって、被告Cの不法行為責任の存在は明らかである。

(2) 共同不法行為

(イ) 民法七一九条一項前段の共同不法行為が成立するためには、行為者各人の行為がそれぞれ独立して不法行為の要件を備えていること及び各行為者間の行為の関連共同性が必要であると解される。

そして、右行為の関連共同性については、不法行為者間の意思の共通(共謀)はもとより、「共同の認識」も必要ではなく、単に客観的に権利侵害が共同でなされれば足りるものと解される(最高裁判所昭和三二年三月二六日第三小法廷判決・民集一一巻三号五四三頁等)ところ、本件における個人被告らの各行為が、それぞれ独立して不法行為の要件を備えていることは右(1)で説示したとおりであり、また、前記1で認定した事実によれば、被告Aは、被告Bが作成した本件注文伝票、本件T見積書等の書面及び被告Cが作成した本件ピック見積書等の書面を提示したり、被告B及び被告Cをして、原告に内容虚偽(架空)の事実を申し向けさせるなどの手段を用いて、原告に対する欺罔行為を行ったというのであるから、個人被告らの右各不法行為が客観的に関連共同していることもまた明らかであるというべきである。

したがって、個人被告らには共同不法行為が成立し、原告が被った損害の全部につき各自連帯してその賠償をする義務があるものというべきである。

(ロ) なお、被告Cは、被告Bとは何ら面識がないのであるから、同被告との間に共謀が成立することはあり得ず、また、本件ピック見積書を作成するなどの行為によって原告に損害を与えたことについては故意も過失も存しないと主張する。

確かに、前記認定1で認定した事実によれば、本件各取引にあたって、被告Cと被告Bとの間には直接の打合わせ等のやりとりは存在しなかった可能性はある。しかしながら、そもそも、共同不法行為が成立するためには行為者間に共謀が成立していたことまで要求されるものではないことは前説示のとおりであるし、また、被告Cは、その内容が虚偽(架空)のものであることを明確に認識した上で、本件ピック見積書等の書面を作成してこれを被告Aに交付しているのみならず、当初は、このことによって被害を受ける者が発生する可能性をも感じていたのであり(いずれも被告Cの本人尋問の結果)、そのため、被告Cは、第三者からの責任追及をおそれて、被告Aから、「何かトラブルが生じた場合一切の責任をとります。」との記載のある本件書面を徴求していること(原告と被告C及び被告Aとの間で争いがない。)、被告Cが、被告Aから、最初の架空見積書を作成することで五〇万円ないし一〇〇万円を受け取ったのをはじめとして、同被告による架空取引の作出に協力することによって多額の謝礼を受け取っていること(その総額は、本件全証拠によっても明確に認定することはできないが、被告A、同Cの各本人尋問の結果によれば、本件各取引に関係するものだけでも合計七〇〇〇万円ないし八〇〇〇万円にも上るものであったことが認められる。)、被告Cは、本件各取引以外にも、被告Aによる右各取引と同様の架空取引の作出に深く関与し、その結果、右取引によって損害を受けた者から責任追及を受けたこと(甲第一六三ないし第一六五号証)などに、本件全証拠によっても、被告Cには本件各取引を中止するにつき障害となるべき特段の客観的事情は何ら見あたらないにもかかわらず、被告Cはこれを継続し、その結果、原告の損害を拡大したものであることなどを併せ考慮すると、被告Cは、本件各取引の全体の仕組みを認識し、そこにおける自己の行為の果たす役割をも認識した上で、本件ピック見積書、領収書等を作成したり、架空の値引き交渉をするなどして被告Aに協力していたものとみるのが相当であり、右各行為により原告に損害を与えることについては、少なくとも未必の認識、認容があったことは明らかであるから、被告A及び被告Bとともに(共同)不法行為による責任を負うものというべきである。したがって、被告Cの右主張を採用することはできない。

また、被告Bは、Gが本件各取引が架空のものであることを被告Bから告げられて知っていたとの事実を前提として、同被告の本件における行為には違法性がなく、また、右行為により原告が損害を被ったことについては過失もないと主張するけれども、右前提となる事実自体認められないことは前記説示のとおりであるから、同被告の右主張もまた採用することができない。

(二)  そして、これを本件一部請求にかかる個人被告らの不法行為についてみると、前記1で認定した事実によれば、被告Aは、平成元年一一月下旬分の一二二回目の欺罔行為として、本件特定T見積書、本件特定注文伝票、本件特定納品伝票、本件特定ピック見積書、及び自ら作成した支払要請金額を記載した書面(本件特定A作成書面)等を原告の事務所に持参し、原告に対してこれらの書面を示して、被告Cの管理するピック名義の口座に平成堂名義で二八億〇〇二二万二〇〇〇円を振り込むよう原告代表者EやFら原告関係者に要請したものであり、一方、右被告A持参、提示にかかる本件特定T見積書、本件特定注文伝票及び本件特定納品伝票は、被告Bが被告Tから盗み出した用紙等を利用して、同本件特定ピック見積書は、被告Cがピック所定の見積書用紙を利用して、それぞれ被告Aの指示に基づき本件各記載をするなどして作成されたものであり、情を知らないGら原告関係者らは、これら客観的に関連共同した個人被告らの行為によって、右ピックに対する支払要請が真実被告Tに納入する商品の仕入代金にかかるものである旨誤信し、その結果原告は、平成元年一一月一四日、一二〇回目の欺罔行為の平成堂名義の支払要請分の内三三憶六四八五万一〇〇〇円と合算して六一億六五〇七万三〇〇〇円を、被告Cの管理する当時の協和銀行赤坂支店のピック名義の普通預金口座に振り込んだものであり、このように、個人被告らは共同して、原告から、右取引の仕入れにかかる売買代金名下に二八億〇〇二二万二〇〇〇円を支出させてこれを騙取したものということができる。

そうすると、原告は、本件特定取引にかかる個人被告らの右欺罔行為(共同不法行為)によって、個人被告らに対する二八億〇〇二二万二〇〇〇円の金員の交付行為を行い、よって、同額の損害を被ったものというべきであり、この損害については、実質的な被害の填補(被告商事名義による原告への資金の還流)が何らなされていないことは前記基礎となる事実3(一)のとおりである。

(三)  したがって、個人被告らは、原告に対し、(共同)不法行為による損害賠償責任として、各自前記二八億〇〇二二万二〇〇〇円の一部である一〇億円を支払う義務がある。

二  争点2(被告Tらの使用者責任の有無)について

1  前記基礎となる事実に、<証拠略>並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一) 被告Tらにおける職務分掌等

(1) 被告Tの職務分掌

昭和六〇年及び同六一年当時の被告T東京店の組織は、①店舗内での営業を行う店内営業部門、②店舗外での営業を行う店外営業部門(外商部門)、③企画宣伝等を行う販売促進部門、④総務・人事等を行う総務部門の四部門に分かれていた。店内営業部門は、店舗の売場の階数である一階から七階に対応して営業第一部ないし営業第七部に分かれ、その他に、地下一階食料品売場を担当する営業第八部、食堂を担当する営業第九部、美術品売場を担当する美術部、贈答品売場を担当するサービス営業部があった。店舗二階を担当する営業第二部の取り扱う商品は、①紳士服誂、②紳士服イージーメード、③背広上下服、④ピエールカルダン背広上下服、⑤ジェフリービーン背広上下服、⑥メンズブティック背広上下服、⑦紳士コート、⑧メンズカジュアルウェア、⑨紳士セーター・スポーツシャツ、⑩紳士肌着、⑪紳士ナイトウェア、⑫ワイシャツ、⑬特選紳士衣料・雑貨(財布など)、⑭特選婦人衣料、⑮特選婦人用品・雑貨(ハンドバック、靴、財布など)、⑯特選ブティック(シャネル、エルメス等の高級ブランドの衣料、ハンドバッグ等)の一六品目であった。営業第二部の組織は、部長の下に、仕入れを担当する商品担当部門と店舗での販売を担当する販売部門に分かれていた。商品担当部門は、後記の商品担当職種の専門職(次長、課長、係長などの役職者)五、六名が品目毎に仕入れを担当(各自、数品目ずつ担当)しており、これを部長が直接指揮監督していた。商品担当職種の一般職(後記のとおり、被告Tでは、役職ではないいわゆる平社員のことを「一般職」と呼んでいた。以下、「一般職」とはこのことを意味する。)は存在しないので、この部門の所属する一般職はいなかった(つまり、この部門の課長ないし係長には部下はいなかった。)。販売部門の系列は、部長の下に部次長二名がおり、さらにその下で、課長ないし係長が品目毎に販売の責任者(セースルマネージャーと呼ぶ。一人で二品目以上を担当することもあった。)となって、販売職種の一般職を指導・管理していた(なお、販売部門には、課長ないし係長はあるが、部下を持たず〔つまり、いわゆる管理、監督職ではない。〕、販売に専念する者もあった。)。

また、右当時、被告Tには、職種制度があり、職種によって、従業員を分類していたが、まず、大きく一般職掌、技能職掌(調理師、看護婦など)、特定職掌(荷役、清掃など)に分かれていた。一般職掌は、さらに、①管理職(部次長以上の部内の総括管理責任者)、②マネジャー職(セールスマネジャー・課長・係長等の監督職)、③商品担当職(店内営業部において仕入れを担当)、④スタッフ職(専門知識をいかした企画・立案を担当)、⑤販売職(店内営業部において店舗での販売を担当)、⑥営業職(店外営業部において販売を担当)、⑦技術職(専門知識・技術力を有し、技術サービスを提供)、⑧事務職(一般事務担当)に分かれていた(職能管理規定〔乙第一〇号証〕九条)。一方、被告Tには、職能資格等級制度があり、一般職掌については、従業員は能力に応じて一般職一等級から五等級、専門職一級から九級に分類されていた。一般職とは役職者ではないいわゆる「平社員」であり、係長以上の役職者は、すべて、職能資格等級制上は専門職一級以上の専門職であった。職能資格等級制度と職種制度の関連を述べると、職能資格等級制度上の一般職の担当する一般職掌における職種は、販売職、営業職、技術職、事務職の四つの職種のみであり、一般職掌は、制度上、仕入れを担当する商品担当職となることができなかった。

(2) 被告商事の職務分掌

被告Bが被告商事に出向した昭和六一年四月一六日以降の被告商事東京支店の組織は、大きく、商品の販売を行う営業部と、総務・人事・経理を行う総務部の二部門に分かれていた。営業部は、その取り扱う商品により、繊維、寝装品、雑貨、食料品、家庭用品、開発(主として被告Tの通信販売部納入商品と美術等)、呉服の七部門と名古屋営業所の合計八部門があった(昭和六二年以降はこれに輸出入が加わった。)。繊維部は、部長の下に、その扱う商品毎に婦人セーター課、婦人ブラウス課、紳士衣料課の三課があった。各課においては、商品の制作ないし仕入れを担当する部門と、商品の販売を担当する部門に分かれ、課長がこれらの統括責任者として指導、管理をしていた。婦人セーター課における製作・仕入部門は、営業課長の下で、商品担当の係長と、一般職である事務職又はデザイナーで編成されていた。販売部門は、営業課長の下に販売担当の係長又は販売担当の一般職が顧客各店のうちの複数の店舗を担当し商品の販売業務を行っていた。販売担当者は、係長であっても部下を持たず、課長の監督の下に一人で販売業務を行うが、仕入れについては、商品の製作、仕入れを担当する部門がこれを行っていたため、販売担当者にはその権限は一切なかった。

被告商事の職能資格等級制度は、被告Tと同一のものを採用していた。ただし、被告Tから被告商事に一般職の五等級が出向してきた場合は、職能資格等級は一般職であっても、係長とみなされていた。

(3) 被告Tにおける証印規定(文書等作成権限)等

前記認定のとおり、本件注文伝票等の本件各取引に利用された被告T所定の書類は、販売に際してまず見積書が作成されていること、金額、数量が膨大であって店頭での販売に際して作成される書類ではありえないものであること、一企業に大量にそう高くない商品を納めていて販売促進用商品と推測されることなどから、被告Tの店外営業部の中の外商第一部(店外営業部には法人顧客を担当する外商第一部と個人顧客を担当する外商第二部があった。)の取引に関する種類の外観を一応有していたものといえるところ、本件注文伝票は、昭和五四年ころまで被告T東京店の店内営業部で使用されていたものと同一形式であるが、外商第一部では使用されたことがないものであり、昭和五四年以降は、店内営業部でも本来使用されていない伝票であって、本件各取引が行われた同六〇年ころ以降にこのような伝票が被告T東京店外商第一部で作成されることはなかった。また、本件T見積書は、右当時、被告Tの外商第一部で使用されていたものと同一形式であり、本件納品伝票も、右当時、被告Tの外商第一部で使用されていたものと同一形式であった。ただし、本件納品伝票は、被告T固有の書式ではなく、全国の他の百貨店にも共通の伝票であって、どの百貨店でも販売されているものであり、これらは、「納品伝票」と題されているが、作成名義人は納入業者ではなく被告Tであった。すなわち、この伝票は、六枚綴りのワンライティングとなっており、一枚目から四枚目までの表題が「仕入伝票」、五枚目と六枚目が「納品伝票」となっていたものなのである。そして、これら六枚綴りの伝票は、被告Tが納入業者に商品を発注する際、店外営業部であれば所属課長、店内営業部であれば商品担当職が作成し、責任者が二枚目に証印の上、二枚目から六枚目までを納入業者に交付するものであり、納入業者は、商品を被告Tに納品するときに二枚目から五枚目を添付するが、被告Tは、そこに同被告の証印規定に従った証印があることを確認できた場合のみ納品を受け付けることとなっていた。

被告Tの当時の証印規定においては、これらの書類の証印者、つまり作成権限者は次のとおり定められていた。すなわち、まず、本件T見積書の証印者・作成権限者は、五〇万円未満は所属課長であり、五〇万円以上の場合は、所属部長であった。次に、本件注文伝票及び本件納品伝票の証印者・作成権限者は、所属課長及び所属部長であった。なお、店内営業部では一〇〇万円未満については各商品担当職(前記のとおり商品担当職はすべて係長以上の専門職〔役職者〕であった。)、一〇〇万円以上は各商品担当職及び所属営業部長となっていたのであり、いずれについても、一般職にはこれらの書類の作成権限は一切無かった。

また、被告T外商第一部の取引についての仕入先の変更手続(ちなみに、本来、本件のように取引口座を那由佗から祥玉舎に変更する場合は、那由佗の口座を廃止した後、祥玉舎について新規取引口座設定の手続きをとるべきであって、本件で使用された仕入先口座の変更届は、本来、商号変更や代表者変更の場合に必要とされていたものであった。)は、当該外商第一部の職務であり、被告Tの証印規定によって、所属部長以上店長までの権限事項とされていた。また、被告T営業第二部の取引についての仕入先の変更手続は仕入れを担当する商品担当部門の職務であり、被告Tの証印規定によって、所属部長以上店長までの権限事項とされていた。

(二) 被告Bの本来の職務権限及び現実の職務内容

(1)(イ) 被告Bの被告T在籍時における職務権限

被告Bは、昭和六〇年から同六一年四月一五日当時は、営業第二部の販売部門において、セールスマネージャーである訴外宮内秀樹係長の下で紳士コート・メンズカジュアルウェアを販売する一般職の販売員二六名のうちの一人であった。

そして、被告Bの昭和六一年四月一五日当時の職能資格等級は一般職五等級であり、職種は一般職の中の販売職であった。

このように、被告Bは、組織上は、被告T百貨店事業本部T東京店店内営業部門営業第二部(店舗二階の売場担当)販売部門の中の、紳士コート・メンズカジュアルウェアの店頭での販売を担当する部署に属し、職能資格等級制度上は一般職(平社員)であり、担当職種は店頭での接客・小売販売のみを担当する販売職であった。

そして、店内営業部の一般販売職の職務内容は、就業規則の職能管理規定第六条に基づく職務基準書において、①接客販売。②売上動向の把握と報告。③担当商品の管理。④販売促進策の実施。⑤販売に関する諸伝票の作成及びレジスター操作。⑥売場環境の保全。⑦その他販売に付随する職務と定められていた。

このように、被告Bの被告Tにおける本来の職務は、被告T東京店二階紳士コート・メンズカジュアルウェア売場において、一般職の販売員として、セールスマネジャー等の上司の指揮監督の下で、紳士コート・メンズカジュアルウェアを販売することに限られていたものである。

そして、前記のとおり、被告T東京店の組織上、店外営業部門(外商)と店内営業部門とは、全く別の系統となっており、店内営業部門の一般職販売員であった被告Bが、店外営業部門の部長・課長が作成する伝票類の作成に関与することはなかったし、また、本件注文伝票は、前記のとおり、そもそも被告T東京店外商一部では使用されていない形式のものであり、被告Bがこの作成に関与することもなかった。また、被告T東京店営業第二部についてみても、仕入部門は、組織上、販売部門と完全に分離されており、職種上の全く別職種とされており、職能資格等級上も専門職(役職者)のみが担当する(しかも一〇〇万円以上は部長の証印が必要とされた。)ものとされていて、販売部門に属する販売職種の一般職であった被告Bが仕入れに関する職務を行う権限を有することは全く無かった。

(ロ) 被告Bの被告商事在籍時における職務権限

被告Bは、昭和六一年四月一六日、被告Tより出向と同時に被告商事東京支店営業部の繊維部婦人セーター課に配属され、婦人セーター課営業課長である訴外増田敏夫の下で、横浜T、玉川T、港南台T店担当の販売担当者となった。被告Bは、右当時、職能資格等級制度は一般職五等級であったが、前記のとおり、当初から係長待遇であった(同年一〇月一六日に職能資格等級制度上も専門職一級となった。)。

このような販売担当者の職務内容は各担当店の店頭における商品展開、商品フォロー、店頭販売員に対する指示、育成、店頭売上げ、在庫の把握、情報の収集、報告、販売の手伝い等と定められており、具体的に、被告Bは、被告商事が製作・仕入れした婦人セーターを、横浜T他二店舗に販売し、随時婦人セーター売場に顔を出して売れ行き等を把握したり、販売を手伝う等の職務を担当していた。

(2) また、現実の職務としても、被告Bは、被告Tにおいて、仕入れに関わる業務を行ったことはなく、被告商事においても、仕入れに関わる業務を行ったことはないのであって、被告T名義で仕入れを行う権限もなければ、現実に被告T名義の仕入れに関与したこともなかった。また、被告Bにおいて、本件注文伝票等の書類を現実の職務として作成したことはなく、前記認定のとおり、本件注文伝票と本件T見積書の一部は、被告Bが被告T事務所脇の書棚に入っていたものを盗み出したものであり、その他の本件T見積書は、被告Bが被告Tの外商一部の書棚から盗み出したという書類であって、本件納品書に至っては、被告Bが被告Tの文房具売場において購入したものである。さらに、右各書類に押捺された印鑑類についても、「T商事(株)代行」となる判子、「B」「三橋(千葉)」名義の判子及び「検」という受領印は、文房具屋で被告Bが購入したものであり、「203 03 (株)T東京店」という判子は、被告Bが被告T事務所にあったものを盗み出したものなのである。このように、被告Bは、被告T及び被告商事在籍期間中、日常の業務においてこれらの書類を作成することはなく、判子についても現実の職務において使用していたことはなかったのであり、また、被告商事に在籍していた本件特定取引時に、現実の職務として被告T名義の伝票類を作成し、「(株)T東京店」との判子を使用したことはなかったのである。そして、前記認定のとおり、被告Bは被告Aに対して口座変更届のコピーを交付したことはあるが、そのコピーも本件各取引以前の昭和五八年ころ、たまたま被告Tの経理部に右書類を取りにいく用事があったときコピーしたものであり、右用事も他の部署の上司から使いを頼まれたにすぎず、本来の自らの職務として行っていたものではなかったのである。

2(一)  以上認定の事実によれば、前記一で認定、説示した被告Bの本件不法行為が、同被告の被告Tらにおける本来の職務の執行そのものとして行われたものでないことは明らかであるが、民法七一五条にいわゆる「事業ノ執行ニ付キ」とは、被用者の職務執行行為そのものには属しないが、その行為の外形から判断して、あたかも被用者の職務の範囲に属するものと認められる場合をも包含するものと解すべきである。

(二)  そこでこれを本件についてみると、右1で認定した事実、とりわけ、被告Bは、被告商事に出向した昭和六一年四月一五日まで、被告T百貨店事業本部T東京店店内営業部門営業第二部販売部門の中の店頭販売を担当する部署に属し、職能資格等級制度上は一般職(平社員)で、担当職種は店頭での接客、小売販売のみを担当する販売職とされ、具体的には、被告Bの権限及び職務は、被告T東京店二階紳士コート・メンズカジュアルウェア売場において、一般職の販売員として、セールスマネージャー等の上司の指揮監督の下で、紳士コート・メンズカジュアルウェアを販売することに限られていたのであり、したがって、仕入権限等の権限を全く有しておらず、現実にもその業務を行ったことは一切なかったこと、被告Bは、昭和六一年四月一五日以降は、被告商事東京支店繊維部婦人セーター課(昭和六三年三月の組織変更により同支店衣料部婦人衣料課)の販売担当係長で、横浜T、玉川T及び港南台Tの三店舗の販売担当者となり、その職務内容は、各担当店の店頭における商品展開、商品フォロー、店頭販売員に対する指示、育成、店頭売上げ、在庫の把握、情報の収集、報告、販売の手伝い等とされており、具体的には、被告商事が製作、仕入れした婦人セーターを横浜T他の店舗に販売し、随時婦人セーター売場に顔を出して売行き等を把握したり、販売を手伝う等の職務を担当していたのであり、したがって、被告商事においても商品の仕入権限を有しておらず、現実にも右業務を行ったことは一切なかったこと、被告Tにおける証印規定上、本件T見積書の証印者、作成権限者は、五〇万円未満は所属課長であり、五〇万円以上の場合は、所属部長とされ、本件注文伝票及び本件納品伝票の証印者、作成権限者は、所属課長及び所属部長(なお、店内営業部では一〇〇万円未満については各商品担当職、一〇〇万円以上は各商品担当職かつ所属営業部長)とされており、また、被告T外商第一部の取引についての仕入先の変更手続は、当該外商第一部の職務であり、所属部長以上店長までの権限事項とされ、被告T営業第二部の取引についての仕入先の変更手続は仕入れを担当する商品担当部門の職務であり、所属部長以上店長までの権限事項とされていたこと、したがって、被告Tの証印規定上は、一般職であった被告Bには、これらの書類の作成及び手続を行う権限が一切なく、現実にも右業務を行ったことも一切なかったことなどの各事実に、本件各取引における平成元年度分(一一月中旬まで)の取引量である一七二四億円という金額(前記基礎となる事実3(一))が、業界でトップレベルのもの、あるいはそれを遙かに超えるものであり(乙第一号証)、また、被告商事の代行口座(「代行口座」とは、正規の取引口座の開設されていない業者が一時的な催物商品の納入などの臨時の取引をおこなうために、便宜的に被告Tの口座を利用する場合の右口座をいい、業者が代行口座を利用する場合は、被告商事のその使用料を支払うものとされていた。)を用いた被告T東京店に対する平成元年度の年間販売額である一億二二〇〇万円(ちなみに、被告商事の通常口座を含めた被告T東京店に対する年間総売上げも約三五億円しかなく、また、被告商事東京支店全体の売上げは約一八〇億円、同被告全体の総売上げでも約二六〇億円弱にしかならない。)に比しても異常に高額であること(乙第二、第三、第五号証、証人秋本の証言)、右本件各取引における平成元年度の取引金額は、被告T東京店の総仕入額約一六〇〇億円をも超過しているものであり、東京店の他、大阪、京都、洛西、堺及び和歌山の各店舗の売上げ、建装事業、通信販売業等のすべての売上げを含む被告T全社の売上高である約六五〇〇億円の四分の一以上にも相当する高額なものであること(乙第二、第三号証、第四号証の一、二、第一五号証)、本件特定取引にかかる各伝票類の偽造、交付行為についてみても、本件特定注文伝票は、一注文品についていずれも億単位の取引であり、合計金額は、約一七億円から一八億円に及び異常に高額なものであって、右各伝票と同日(平成元年一〇月二四日)付で注文された取引もあわせると、原価合計は八八億円にも及んでいること(甲第一二二号証の二の一、二、同号証の三、四の各一、同号証の五の一。ちなみに、本件特定注文伝票は、その金額欄が千万単位までしか記入できない様式になっており、通常、これを超える取引は行われないことが明らかとなっているのであるから、その欄をはみ出し、億単位あるいは十億単位の金額を記載した本件特定注文伝票が通常の取引形態のものでないことは明らかである。)などの本件各取引における取引金額の高額性をも併せ考慮すると、一般に、被告Tにおいて本件各取引相当の取引を行うことも同被告の業務の範囲に属するものと考えても不思議とはいえないということができるとしても、他に特段の事情のない限り、被告Bが那由佗ないし本件各新設会社と被告Tらとの間の仕入取引の存在を仮装した本件不法行為が、その行為の外形から判断して、被告T東京店営業第二部販売部門において紳士コート・メンズカジュアルウェアを販売する一般職の販売員(昭和六一年四月一五日まで)、又は被告商事東京支店営業部繊維部婦人セーター課の販売担当者(同一六日以降)であった同被告の職務上の行為に属すると認められる外形を有するものとは到底いえないものである(特に、被告Bは、昭和六一年四月一六日以降、被告Tから被告商事に出向となり、被告商事の指揮監督下で職務を行っていたものであるから、被告Bの被告商事に在籍時における被告Tでの本来の職務というものがあり得ない以上、原告が被告Bの不法行為として主張する被告T名義の書類の偽造や被告Tに対する納入業者の変更手続の仮装行為などは、いずれも被告商事の事業とは全く関係のないものといわざるを得ず、被告商事における被告Bの本来の職務との関連性は一切ないものであり、本来の職務に含まれるとの外形も全く有していないことは明らかであるし、また、被告Bがリベート名下に原告から金員を騙取したことに至っては、そもそも、右のような賄賂的ないし裏金的性格の金員を受領することが、被告Tや被告商事の事業ではありえないことは明白であるから、そのような職務を担当する部門は被告Tにはないこともまた明らかであり、被告Bの本来の職務との関連性も全くなく、外形上も、同被告の職務の職務の範囲に属するものとはいえないことは明らかである。)。

(三)  確かに、被告T東京店の施設内において、同被告社員であった被告BとE及びFとの間で種々の経緯があったこと、本件各取引にあたっては、被告T所定の見積書等の書面が用いられたことは前記認定のとおりである。

しかしながら、右被告T施設の利用の点は、被告Tのような大手百貨店においては、各被用者についてはそれぞれ職務分掌が定まっており、狭い権限しか有していないのが通常であるから、被告Bが被告Tの施設を利用したからといって、被告Bの所掌事務が仕入権限等に及ぶとの外観が存在するということはできず、しかも、前記認定のとおり、原告関係者が被告Tを訪れ被告Bと会い本件各取引に関する事務を行ったのは、合計三回にすぎず、その時間にしても、各数分ないし数十分というわずかなものにすぎなかったことは、原告も自認するところである。また、本件注文伝票、本件T見積書等の書類については、その用紙は比較的容易に入手しうるものであって(現に、証人秋本の証言及び被告B本人尋問の結果によれば、被告Tとして、これらの書類を特に厳重に管理していたものではないこと、被告Bは、これらの書類を昼時の誰もいない被告Tの事務室等の書棚からいとも容易に盗み出し得たことがそれぞれ認められる。)、有価証券のように書面そのものに被告Tの社会的信用性が表章されているものということはできないのであり、しかも、右書面には、社印や代表者印等が一切押捺されていなかったものであることを併せ考慮すると、その偽造又は濫用による経済的損失の発生危険性は少ないものといえる。以上の考察のほか、前記認定のとおり、本件注文伝票は、被告T外商一部では使用されたことがなく、昭和五四年以降は、同被告店内営業部でも使用されていないものであること(もちろんこの伝票が被告商事の作成にかかる書面として使用されたことはない。)、本件納品伝票に用いられた用紙は、全国の他の百貨店でも共通に使用される百貨店統一伝票であり、被告T固有のものではないこと、被告Bは昭和六一年四月に被告商事に出向になったにもかかわらず、それ以降本件各取引において使用された本件注文伝票等の用紙はいずれも被告T所定のもののままであり、しかも、被告Bの売場名、所属欄の記載にも何ら変化がなかったことなどをも総合すると、右被告Tの書類等の利用行為が、被告Bの職務権限であると外形上認められる事情となりうるものということはできない。

そうすると、これら被告Tの施設、書類の利用などの右諸事情は、いずれも前記被告Bの不法行為が外形上被告Tらにおける被告Bの職務行為と認められるに足りる特段の事情とするにあたらないものというべきである。

3 以上の認定、説示からすると、被告Bによる本件不法行為は、同被告の被告Tらにおける本来の職務執行行為そのものとして行われたものではなく、かつ、その行為の外形からみても、被告Bの職務の範囲に属するものとは認められないから、結局被告Tらの「事業ノ執行ニ付キ」なされたものとはいえない。

したがって、その余の点につき判断するまでもなく、被告Tらは、被告Bの前記不法行為によって原告が被った損害につき、使用者責任を負うものではない。

第四  結論

以上によれば、原告の本訴請求のうち、被告A、同B及び同Cに対し、各自一〇億円及びこれに対する不法行為(損害発生)の日である平成元年一一月一四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は理由があるからこれを認容し、被告Tらに対する請求はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官滿田明彦 裁判官宮武康 裁判官堀田次郎)

別表<省略>

別紙1〜9<省略>

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