東京地方裁判所 平成3年(ワ)9098号 判決 1992年7月23日
主文
1 被告は、原告に対し、七六万一三一五円及びこれに対する平成二年八月三日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告は、原告に対し、九九四万〇五一一円及びこれに対する平成二年八月三日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決及び第1項についての仮執行の宣言を求める。
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
第二 当事者の主張
一 原告の請求の原因
1 原告は、平成元年七月頃、被告との間において、原告が元請けとして訴外インペリアルケミカルインダストリージャパン株式会社(以下「訴外会社」という。)から請け負った訴外会社のオフィスコンピューターによる経理処理システム等のソフトウェアのバグの除去作業、改善作業等(以下「本件作業」という。)について、請負代金については本件作業に携わる作業者訴外神谷勲の作業時間一時間につき八二四〇円(消費税相当額を含む。以下、同じ。)、同柴田博文及び吉野正人の各作業時間一時間につき六四三七円五〇銭として、被告に請け負わせる契約(以下「本件請負契約」という。)を締結した。
2 被告は、平成元年七月二四日から平成二年二月一七日までの間、本件請負契約に基づいて、訴外神谷勲については合計六〇六時間三〇分を、訴外柴田博文については合計一〇四二時間四五分を、訴外吉野正人については合計二三三時間三〇分をそれぞれ本件作業に当たらせ、したがって、原告が被告に支払うべき請負代金は合計一三二一万六六三七円であるところ、被告は、原告に対しては、毎月原告に送付した請求書において、実際の作業時間を水増しして、訴外神谷勲については合計八五〇時間四分四八秒、訴外柴田博文については合計一二〇九時間三〇分、訴外吉野正人については合計三一〇時間一五分をそれぞれ本件作業に当たらせたものとして、これに前記の各約定単価を乗じた請負代金合計一六七八万八〇五〇円を請求し、各作業者の作業時間が被告の申出どおりであるものと信じた原告は、右の間、被告に対して、右請求にかかる請負代金のうち一三九七万七九五二円を支払った。
3 ところで、原告は、訴外会社との間の本件作業についての請負契約においても、前記各作業者の作業時間を基礎として請負代金の定めをしていたものであって、前記各作業者が前記の間に被告の申出どおり本件作業に従事したものとして訴外会社に請負代金の請求をして、その支払いを受けてきたが、訴外会社は、平成二年二月一七日頃、右作業時間が水増しされたものであることに気付いて、原告との間の右請負契約を解除した。
そして、訴外会社との間の右請負契約は、右のような事態がなければその後も継続することが予定されていたものであって、原告は、これによって一か月当たり少なくとも七六万四九三三円の利益を挙げていたものであるが、被告の前記の水増し請求の所為によって訴外会社から右請負契約を解除されて、少なくとも向後一年間の得べかりし利益九一七万九一九六円を喪失して、同額の損害を被った。
4 よって、原告は、被告に対して、不当利得の返還請求としての前記過払いの請負代金七六万一三一五円及び不法行為(使用者責任)による損害賠償請求としての前記九一七万九一九六円の合計九九四万〇五一一円並びにこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である平成二年八月三日から支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因事実に対する被告の認否
1 請求原因1の事実中、請負代金の定めに関する主張は否認し、その余の事実は認める。
原告主張の各作業者毎の作業時間当たりの単価は、請負代金算定の一応の目安として設定したものに過ぎないのであって、確定的な請負代金額は、追って当事者間において協議して合意することになっていたものである。
2 同2の事実中、被告が原告主張の期間にその主張の各作業者にその主張のとおりの各作業時間(ただし、訴外神谷勲の作業時間は合計六〇七時間三〇分であって、六〇六時間三〇分ではない。)を本件作業に当たらせ、原告に対して請負代金合計一六七八万八〇五〇円の請求をして、原告から一三九七万七九五二円の支払いを受けたことは認め、その余の事実は否認する。
被告は、前記のような請負代金算定の一応の目安である各作業者毎の作業時間当たりの単価によって算定した請負代金額に出張費用、電話連絡費用その他の管理費用を加えて請求したものであって、原告の主張するような水増請求をしたものではない。
3 同3の事実は、知らない。
第三 証拠関係<省略>
理由
一 請求原因1の事実は、請負代金の定めを除いて、当事者間に争いがない。
そして、<書証番号略>及び証人永井涼一の証言によれば、本件作業は、本件請負契約締結当時においては、内容的にも作業量的にも無定量な要素があったところから、本件請負契約においては、タイムチャージ制によって請負代金額を算定することとし、各作業者の技能レベル等に応じて、原告主張のとおりの各作業者の作業時間を基礎とした単価の取り決めがなされたことを認めることができる。
もっとも、証人松尾良治及び同永井涼一の各証言によれば、被告(担当者)は、右のような請負代金の定めは差し当たってのものであって、後に本件作業の内容及び作業量が明らかになった段階において協議をして、定額制その他の方法によって請負代金額を改めて定めたい意向を持っていて、原告のために被告との交渉に当たっていた訴外永井涼一に対して、その旨を要望したり、出張費用、通信費用等の支出があって、採算が採れないといった不満を述べたりするなどし、これに対して、訴外永井涼一は、各作業者が持ち帰り仕事に費やした時間を請負代金額算定の基礎となる作業時間に加えることは了解したものの、結局、それ以上には確定的な合意をみることのないままに推移したものであることを認めることができる。
二 また、被告が平成元年七月二四日から平成二年二月一七日までの間に訴外神谷勲を除く原告主張の各作業者にその主張のとおりの各作業時間を本件作業に当たらせ、原告に対して請負代金合計一六七八万八〇五〇円の請求をして、原告から一三九七万七九五二円の支払いを受けたことは当事者間に争いがなく、また、<書証番号略>及び証人松尾良治の証言によれば、訴外神谷勲が本件作業に従事した作業時間は、原告主張のとおり合計六〇六時間三〇分であったことを認めることができる。
そして、<書証番号略>、証人永井涼一、同松尾良治及び同足立俊二の各証言に先に摘示した当事者間に争いがない事実を併せると、被告は、前記のような請負代金の定めは差し当たってのものに過ぎないとの認識の下に、契約締結後約二か月を経過した平成元年九月一八日以降の作業についての毎月の請負代金の請求においては、各作業者が持ち帰り仕事に費やした時間をも含めた作業時間のほかに、出張費用、電話連絡費用その他の管理費用も別途請求することができるとの前提に立って、これを適宜各作業者の作業時間に換算して実働の作業時間に加えて請負代金算定の基礎とし、結局、同年七月二四日から平成二年二月一七日までの間の実働の作業時間は、訴外神谷勲が合計六〇六時間三〇分、訴外柴田博文が合計一〇四二時間四五分、訴外吉野正人が合計二三三時間三〇分であるに過ぎないにもかかわらず、訴外神谷勲のそれが合計八五〇時間四分四八秒、訴外柴田博文のそれが合計一二〇九時間三〇分、訴外吉野正人のそれが合計三一〇時間一五分であるものとして原告に報告して、これを基礎として請負代金を算定して、合計一六七八万八〇五〇円の請負代金の請求をしたこと、右のような請求を受けた原告は、各作業者の実働の作業時間が被告の報告どおりのものであると信じた原告は、右の間にこれに応じて請負代金一三九七万七九五二円を支払うとともに、訴外会社に対しても、これを基礎として算定した請負代金の請求をして、その支払いを受けてきたこと、ところが、訴外会社は、平成二年二月一七日頃、原告が訴外会社に不実の作業時間を基礎として算定した請負代金の請求をしたとして、原告との間の本件作業の請負契約を解除したことの各事実を認めることができる。
三 以上のような事実関係の下において原告の請求の成否について検討すると、先ず、本件請負契約においては、各作業者の実働の作業時間によるタイムチャージ制による請負代金額の定めがなされていて、被告がこれとは別に原告から出張費用、電話連絡費用その他の管理費用相当額の支払いを受けることができるものとする合意があったものということはできないから、被告は、不当利得の返還として、原告に対して、先に説示したとおりの各作業者の実働の作業時間を基礎として算定した請負代金合計一三二一万六六三七円と原告から支払いを受けた請負代金合計一三九七万七九五二円との差額七六万一三一五円を支払う義務があることは明らかである。
しかしながら、証人永井涼一、同松尾良治及び同足立俊二の各証言によれば、被告担当者は、一応各作業者の作業時間を基礎とした単価の取り決めはなされているものの、毎月の実績に応じて原告に請求書を送付してその承認を得れば足りるという程度の安易な考えに基づいて、先に認定したとおりの所為に出たものであり、必ずしも作業時間を偽って請負代金名下に金銭を騙取しようとしたものではないことが認められるのであって、原、被告間における本件の紛議は、結局、請負契約におけるタイムチャージ制の下での作業時間ないし作業時間当たりの単価の定めが単なる請負代金算定のひとつの積算資料に過ぎないという程度のルーズな観念を持つ被告担当者といずれも英国人によって運営される原告及び訴外会社の各担当者との間の契約観念の相違に由来するものともいうことができること、他方、原告が先に認定したような経緯によって各作業者の作業時間が被告の報告どおりのものであると信じて、訴外会社に対してこれを基礎として算定した請負代金の請求をしてその支払いを受けてきたとしても、訴外会社はこのことを理由として法律上当然には原告との間の請負契約を解除することができるものとも解されないのであって、これらの事情に照らすと、被告担当者の所為と原告が訴外会社から請負契約を解除されてその主張のような損害を被ったこととの間には相当因果関係を欠くものといわざるを得ず、したがって、担当者の不法行為による被告の使用者責任を原因とする損害賠償を求める原告の本訴請求は、理由がないものというべきである。
四 以上によれば、原告の本訴請求は、不当利得七六万一三一五円の返還及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である平成二年八月三日から支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとして、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条及び九二条、仮執行の宣言については同法一九六条の各規定を適用して、主文のとおり判決する
(裁判官 村上敬一)