東京地方裁判所 平成3年(ワ)9605号 判決 1993年1月29日
原告
高畑敏克
同
橋本勉
右二名訴訟代理人弁護士
平岩敬一
同
山本英二
被告
株式会社太平洋銀行
右代表者代表取締役
井上貞男
右訴訟代理人弁護士
渡辺洋一郎
同
瀬戸英雄
同
篠連
主文
一 被告は、原告高畑敏克に対し、一億円及びこれに対する平成二年一〇月二六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告橋本勉に対し、一億円及びこれに対する平成二年一〇月二六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
三 原告らのそのほかの請求を棄却する。
四 訴訟費用は被告の負担とする。
五 この判決は仮に執行することができる。
理由
第一原告らの請求
一被告は、原告高畑敏克に対し、後記預金債権元金一億円及びこれに対する満期日の翌日である平成元年五月二九日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払え。
二被告は、原告橋本勉に対し、後記預金債権元金一億円及びこれに対する満期日の翌日である平成元年五月二九日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払え。
第二事案の概要
一争いのない事実
1 被告氷川台支店には、次の五口の定期預金が存在する。
(1) 口座番号 三二五五二五八〇七一
名義人 原告高畑敏克
金額 二五〇〇万円
預入日 昭和六三年一一月二八日
満期日 平成元年五月二八日
(2) 口座番号 三二五五二五八〇八二
名義人、金額、預入日、満期日は(1)と同じ。
(3) 口座番号 三二五五二五八〇九三
名義人、金額、預入日、満期日は(1)と同じ。
(4) 口座番号 三二五五二五八一〇二
名義人、金額、預入日、満期日は(1)と同じ。
(5) 口座番号 七九五七一六九一一一
名義人 原告橋本勉
金額 一億円
預入日、満期日は(1)と同じ。
2 原告らは、平成二年一〇月ころ、被告氷川台支店に本件預金の払い戻しを請求したが、被告は、支払を拒否している。
二争点
1 預金者の認定
本件各預金の真の預金者(金銭の出捐をした者)は、各名義人である原告ら(原告らの主張)か、下田亮一(被告の主張)か。
2 債権の準占有者に対する弁済
被告のなした本件各預金の払い戻し(昭和六三年一一月三〇日の原告高畑名義四口合計一億円の預金の払い戻し、平成元年一月二三日の原告橋本名義の一億円の預金の払い戻し)は、次の事情を考慮すると、民法四七八条所定の債権の準占有者に対する弁済、ないし民法四七八条及び九四条二項の適用による債権の準占有者に対する弁済、として有効である(被告の主張)と言えるか。
(1) 本件各預金は、被告の下田に対する預金協力依頼の結果なされたものであり、被告にとって、下田の預金であると判断せざるをえないものであった。
(2) 下田の銀行取引一切を任せられており、本件各預金の預け入れ行為もした梶野が、本件各預金の払い戻し請求をした。
(3) 被告は、右払い戻しに応じる際、印鑑照合をした。
(4) 下田が本件協力預金に応じたのは銀行である被告に対して大金を動かせる実力があるかのような外観を仮装するためであり、原告らは梶野が本件預け入れ行為をするにあたり梶野の部下であるかのごとく装って下田及びその代理人ないし使者である梶野に協力した。
第三争点に対する判断
一争点1(預金者の認定)について
1 証拠(<書証番号略>、証人梶野義幸、原告高畑、原告橋本)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 下田亮一は、日資興産株式会社、東洋通商株式会社など数社を経営し、これら下田の経営する会社は下田グループと呼ばれる企業グループを形成していた。下田グループの企業の多くは、被告と取引があり、被告は、しばしば、下田グループの企業に対して協力預金の要請をしていた。梶野義幸は、下田グループの企業に勤務し、下田から、同グループの銀行取引一切を任せられていた。被告氷川台支店の下田グループ担当行員は、梶野がこのような地位にあることを知っていた。
(2) 原告らは、金融業を営む株式会社バンガードの取締役である。バンガードは、下田グループの企業に対して融資をしていた。梶野は、昭和六三年六月ころから、バンガードに対し、被告氷川台支店に協力預金をすることを依頼し、バンガードは、これに応じて取締役である原告橋本らに資金を貸して同人ら名義で被告氷川台支店に協力預金をしたことがあった。本件各預金は、昭和六三年一一月下旬ころの梶野のバンガードに対する要請により行われたものである。
(3) バンガードは、昭和六三年一一月二八日、原告らに現金各一億円を貸し渡した。原告らは、同日、梶野とともに被告氷川台支店に行き、原告らの印鑑を届出印とし、原告らの住所を届出住所とし、原告ら名義で現金各一億円を被告に交付して本件各預金とする手続を行った。本件各預金の通帳と届出印は、原告らが持ち帰り、原告らが保管し続けている。
(4) 下田グループは、原告らに対し、協力預金として本件預金をしてくれた謝礼として、預金額に対する月二分の割合による金員を支払うことを約束した。下田グループは、平成二年の下田グループの企業が倒産したころまで、右月二分の割合にる金員を、原告らに支払い続けてきた。
2 以上の事実によれば、本件各預金のもととなる被告に交付された金銭を出捐した者は、各名義人である原告らであると解される。
3 被告は、預金額に対する月二分の割合による金員が支払われていたことからすると、原告らから下田に利息を月二分と定めて右預金額に相当する金員合計二億円が貸し渡され、下田が右二億円を原告らの名義で預金し、担保として預金通帳を原告らに交付したものであると主張する。
しかし、通帳及び届出印鑑を原告らが所持していること、弁済期、利息及び担保についての定めが記載された証書ないし証書に準じるものの存在が窺われないこと、協力預金に対する月二分の謝礼というものの存在が不自然であるとは言い切れず、月二分と高利であるからといってそれだけで利息であるという推認をすることはできないこと等を考慮すると、被告主張のような認定判断をすることはできない。
そのほかに、本件各預金の出捐者が下田であることを認めるに足りる証拠はない。
二争点2(債権の準占有者に対する弁済)について
1 証拠(<書証番号略>、証人梶野義幸、証人米田明、原告高畑、原告橋本)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 梶野は被告に本件各預金の真の預金者は下田グループ内の個人ないし法人であるかのように振る舞い、被告の担当行員も本件各預金は梶野が下田グループからその取扱を任されているものと信じていた。
(2) 梶野は、下田グループの資金繰りに充てるため、原告ら名義の本件各預金を原告らに無断で払い出すことを企図した。梶野は、そのため、原告らの本件預金の届出印の印影が顕出されている用箋とスタンプランドという名称の市販のスタンプ作り機械を利用して、原告らの本件届出印と似た印影を作り出すことのできるスタンプを作成した。
(3) 梶野は、本件預金預入の二日後である昭和六三年一一月三〇日、原告高畑名義の本件預金四口全部合計元金一億円を払い戻すことを企てた。梶野は、同日、被告氷川台支店に対し、右スタンプで原告高畑名義の印影を顕出した定期預金払戻請求書を提出し、通帳を持っている下田は今どこに行っているかわからないので通帳は提出できないと説明して、預金の払い戻しを請求した。被告の担当者は、印影を照合して同一であることを確認したうえ、通帳の提出を受けず、原告高畑に対しては何らの確認をせず、梶野に対して右預金を払い戻した。被告は、その後も、右預金の通帳の提出の追完を受けることができなかった。
(4) 梶野は、平成元年一月二三日、原告橋本名義の本件預金全部合計元金一億円を払い戻すことを企てた。梶野は、同日、被告氷川台支店に対し、右スタンプで原告橋本名義の印影を顕出した定期預金払戻請求書を提出し、どこを捜しても通帳が見つからないと説明して、預金の払い戻しを請求した。被告の担当者は、印影を照合して同一であることを確認したうえ、原告橋本に対しては何らの確認をせず、梶野に対して払い戻した。
被告は、その後、梶野に対して通帳の提出の追完を求めた。被告は、結局、右預金の通帳の提出の追完を受けることができなかった。梶野は、平成元年四月二七日、被告に偽りの右預金の通帳喪失届を提出した。
右預金の払い戻しの時点で、右(2)記載の原告高畑名義の預金の通帳の提出の追完は、なされていなかった。
(5) 原告らは、平成二年一〇月二五日、被告に対して、本件各預金の払い戻し請求をした。
(6) 梶野は、昭和六三年九月から一〇月にかけて複数回にわたり、被告氷川台支店における原告ら以外の者名義の協力預金についても、通帳を提出せず、本件と同様の方法で作成したスタンプを押捺した払い戻し請求書を提出して、複数の預金の払い戻しを受けた。梶野は、本件各預金の払い戻しの時に至るまで、右各預金通帳の提出の追完を行っていなかった。
2 本件全証拠をもってしても、原告らが梶野が本件預け入れ行為をするにあたり梶野の部下であるかのごとく装って、下田が銀行である被告に対して大金を動かせる実力があるかのような外観を仮装することに協力したということを認定することはできない。
3 梶野が被告に本件各預金の真の預金者は下田グループ内の個人ないし法人であるかのように振る舞い、被告の担当行員も本件各預金は梶野が下田グループからその取扱を任されているものと信じていたことや、下田の銀行取引一切を任せられており本件各預金の預け入れ行為もした梶野が本件各預金の払い戻し請求をしたことは、それだけでは、梶野に対する払い戻しが債権の準占有者に対する弁済になることを基礎付けるには、とうてい足りない。
4 かえって、被告は通帳の提出を受けることなく本件各預金の払い戻しに応じていることから考えると、被告の梶野に対する払い戻しを債権の準占有者に対する弁済に該当するということはできない。
まして、通帳の提出を受けていないにもかかわらず預金名義人である原告らに対する確認を一切行わずに本件各預金の払い戻しに応じていること及び以前に通帳の提出を受けずに梶野に対して預金の払い戻しに応じたことがありながらその際の通帳の提出の追完がないまま本件各預金の払い戻しに応じていることを考慮すると、被告の梶野に対する本件各預金の払い戻しを債権の準占有者に対する弁済に該当するということは、とうていできない。
5 なお、証拠<書証番号略>によれば、梶野の偽造にかかる原告ら名義の印影と原告らの届出印の印影とを横に並べて肉眼で照合すると同一の印鑑により押捺されたと見えることが認められるから、被告に印鑑照合の点に過失があったということはできない。
また、格別の事情のない限り、銀行には定期預金の払戻の際に払戻請求書の筆跡と定期預金申込書の筆跡を照合する義務はないし、払戻手続に来た者が現に届出印鑑を所持していることを確認する義務もないから、本件においては、これらの点にも被告には過失はない。
さらに、梶野による定期預金である本件各預金の払い戻し請求が本件各預金の満期前になされていること(原告高畑名義の定期預金については預入の二日後に払い戻し請求がなされていること)も、それ自体としては、本件においては、被告の過失を基礎付ける事情にはならない。
三銀行の預金返還債務の履行が遅滞に陥るのは、預金の払い戻しの請求を受けたときからであるから、原告らの付帯請求(履行遅滞に基づく損害賠償請求、いわゆる遅延損害金の請求)のうち、払い戻しの請求日の翌日である平成二年一〇月二六日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があり、そのほかの部分は理由がない。
(裁判官野山宏)