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東京地方裁判所 平成3年(特わ)1657号 判決 1992年3月13日

主文

被告人を懲役二年六月に処する。

未決勾留日数中一二〇日を刑に算入する。

理由

(犯罪事実)

被告人は、Yと共謀の上、法定の除外事由がないのに、平成三年七月二八日、東京都新宿区<番地略>○○荘二階D号室の被告人方において、回転弾倉式けん銃一丁、自動装填式けん銃二四丁、機関けん銃一丁及び火薬類である実包二七一四発を所持した。

(証拠の標目)<省略>

(事実認定に関する補足説明)

弁護人は、本件けん銃及び火薬類(以下、本件けん銃等という)の所持について、被告人は一切関与していないから無罪であり、仮に関与が肯定されるにしても幇助犯の責任を問われるにすぎないと主張し、被告人も捜査段階、公判段階を通じて本件けん銃等の入った衣装箱等を見たこともないと供述するので、前示のとおり本件けん銃等の所持の共同正犯を認定した理由につき、以下説明する。

第一  無罪の主張について

一  本件における客観的諸事実について

1 前掲各証拠によると、(1)新宿署の警察官らが、平成三年七月二八日午後一〇時四五分ころから、被告人に対する覚せい剤取締法違反被疑事件の捜査差押許可状に基づき、被告人の居室である○○荘二階D号室(以下、被告人方居室という)を、その場に居合わせた被告人、Yらの立会いの下で捜索したところ、押入れ下段にあった黒色のスポーツバックとリュックサック各一個、赤色と青色の衣装箱各一個、ワイシャツ箱三個、段ボール箱一個の中から、本件けん銃等が発見されたこと、(2)この居室は、被告人が同年五月一日に借りて、一〇日ころに入居した六畳一間の部屋であること、(3)一個のワイシャツの箱の内箱の外側面から一か所被告人の指紋が検出されていること、(4)Yと被告人は同じ暴力団の構成員で、Yはその幹部(事務局長)、被告人はその舎弟であること、(5)Yは本件けん銃等を被告人方居室に隠匿保管していた事実を認め、実刑判決を受けて服役中であることなどの事実を認めることができ、これらの事実は弁護人も概ね争わないところである。

2 以上の事実から被告人の関与がある程度疑われるとはいえ、本件けん銃等が被告人方居室に持ち込まれた経緯等を検討しなければ、被告人の犯行への関与の有無を確定することは不可能である。

二  被告人方居室への本件けん銃等の搬入に関するYの供述について

本件けん銃等の所持についての被告人の関与に関するもっとも重要な証拠は、共犯者として起訴されたYの後記のような公判廷での証言と、その捜査段階での供述である。しかし、共犯者の供述については、自己の責任を転嫁したり、真犯人を秘匿したりしようとして虚偽の供述をする危険性があるため、その供述の信用性については慎重に吟味する必要がある。

1 Yの供述の要旨

この点に関するYの証言の要旨は、以下のとおりであり、起訴後の取調べにおいてもほぼ同様の供述をしていたことが認められる。

(一) 本件けん銃等を自宅のベッドの下と風呂場の天井裏に隠しておいたが、七月初めころ、若頭のOのところにけん銃のガサが入るといううわさが流れたので、同月一日か二日ころ、自分一人で、とりあえず人目につきやすいベッドの下に隠してあった分(段ボール箱一個、赤色か青色かどちらかの衣装箱一個、黒色のスポーツバック、リュックサック各一個)を、被告人方居室に運んだ。被告人に対しては、運んで間もなく、「やばい物を置いた」と話した。被告人からは、そのやばい物の具体的内容について聞き返されたが、答えなかった。

(二) 七月一〇日、実際にOの部屋にガサが入ったので、翌七月一一日午後八時か九時ころ、事務所にいた被告人に手伝わせ、風呂場の天井裏に隠してあった分(残りの衣装箱一個、段ボール箱一個)を被告人方居室に運び込んだ。この際は、被告人に対し、「ちょっと手伝え。危ない物を置くから」と話して、手伝わせた。

(三) 本件けん銃等を運び込んだ後は、できたら自分で捌こうと思って、何回か被告人方居室へ行き、新聞紙に包み替えたり、ワイシャツの箱に詰め替えたりした。

2 Y供述の信用性

(一)  Yの右供述のうち、本件けん銃等を被告人方居室に搬入し、保管したことについて、被告人が関与したとの供述部分は、次のような理由により十分信用することができる。

本件けん銃等を移動させた動機及び七月初めと一一日の二回に分けて運んだ点についてのYの供述は、ごく自然で、他の証拠にも符合している。すなわち、右供述は、七月五日ころから六日ころにかけて被告人方居室に泊まった際、押入れの中に段ボール箱、黒色のビニール製のような鞄等が一固まりになって置かれているのを見たというMの検察官に対する供述(その信用性については後記のとおり)のほか、七月一一日にOに対するけん銃の所持の容疑で現実にOの自宅の捜査がなされた(前日の一〇日にも捜査員が赴いたが、不在であったために捜索はできなかった)という事実にも裏付けられている。

さらに、Yは、被告人と同じ暴力団に属し、被告人の兄貴分にあたる者である上、自ら主犯格であることを認めて現在は罪に服しているのであって、被告人と利害が対立する関係にはなく、被告人にとって不利な証言をする理由も特段見当たらない。特に、Yは、被告人に対してやばい物を置くと言っただけで、けん銃であることを明言したことはないと一貫して供述し、被告人に不当に重い責任が及ばないように配慮したり、あるいは、公判廷において、被告人を本件事件に引き込んだことを詫びるなどしており、ことさら虚偽の証言をして被告人を罪に陥れようとしているとは考え難い。

(二)  もっとも、本件けん銃等の入手先や組の幹部の関与の有無に関するYの供述には信用し難い点もあり、Yが組の幹部をかばっている疑いはかなり濃厚である。しかも、Yが本件けん銃等の搬入を手伝わせた者として被告人の名前を出したのは、Yと被告人の両名が本件で起訴された後に、組の幹部(相談役のS、若頭のO)が本件事件に関連して身柄拘束された後であり、その際、Yは、SやOが本件に関係していないと弁明する一方で、被告人に手伝わせて本件けん銃等を搬入したと供述しているため、SやOらをかばうために被告人の名前を出した疑いがないか検討する必要がある。しかし、Yの供述内容を見ても、SやOらをかばうことと、本件けん銃等の搬入を手伝った者が、被告人であると述べることは、必ずしも密接に関連するものではない。このことは、Yがその際に初めて供述した本件けん銃等の搬入を二回に分けて行ったという点が、組の幹部をかばうこととは関連性が全くうかがわれないことなどからも明らかである。むしろ、Yが、本件けん銃等の移動先として被告人方居室を選んだ以上、舎弟分という緊密な関係があって、組事務所での謹慎処分を受けていたとはいえ、着替えを取りにいくなどの理由からその部屋に出入りしていた被告人に対し、「やばいものを置く」と断って注意を促すことはごく自然であり、さらに被告人に搬入を手伝わせることも、同じ建物に住む家主に気付かれた場合の対応等として合理的であって、十分納得できる。

(三) また、Yの供述は変遷しており、起訴前の取調べでは、被告人方居室への本件けん銃等の搬入を誰かに手伝わせたか否かも言えないと供述したり(八月八日付警察官調書)、誰かに手伝わせたことは認めつつも、その名前を明らかにすることを拒んだりして(八月一三日付警察官調書、八月一四日付検察官調書)、被告人に搬入を手伝わせたことを供述していなかったことが認められる。しかし、起訴後の供述は、Yが暴力団組織の人間として、組の幹部のみでなく、一緒に逮捕された被告人もかばう気持ちから供述を拒みあるいはあいまいな供述に終始したものと考えられ、そのようにかばったにもかかわらず被告人も起訴されてしまったのちは、被告人に関連する点は、素直に供述したものと考えると、供述の変遷もごく自然なものと理解できる。

三  被告人の供述の信用性について

これに対し、被告人は、逮捕された直後には自己の責任を認めるような供述をしていたものの、その後は、捜査段階、公判段階を通じて本件けん銃等の入った段ボール箱等を見たことはなく、Yと共謀したこともないと供述している。しかし、被告人の右供述は、先のYの供述に反するのみでなく、以下の諸点からも信用できない。

1 被告人の供述には、本件けん銃等についての被告人の認識に関連する重要な事項につき、以下のような種々の変遷があるにもかかわらず、その点についての合理的な説明がなされていない。

(一) 被告人方居室への立ち寄りの状況やMを泊めた状況等について、被告人は、当初、Mを泊めたのは六月下旬ころの一回だけであり、謹慎処分を受けてからは七月一日ころに家賃を払いに行った以外一度も立ち寄っていないと供述していたが、その後、七月十四日にもMを泊めたことがあり、その時が立ち寄った最後であると述べ、さらに、当公判廷では、七月に入ってから、一日、五日、六日、八日の四回立ち寄っていると供述している。ところが、被告人は、供述がこのように次々と変遷する理由について、何ら合理的な説明をしていない。

(二) また、本件けん銃等の一部が入っていたワイシャツの箱について、捜査段階では見たことがないと供述していたが、当公判廷では組の事務所で見たことがあったと供述している。しかし、右変遷の理由についての被告人の弁解は、捜査段階における被告人の供述調書の記載等に照らしても合理性がなく、むしろ、その箱から被告人の指紋が検出されたことを知らされて、辻褄合わせをしたにすぎないものと考えられる。

2 被告人の供述は、内容自体に不自然な点があるほか、Yの供述のみならず他の関係者の供述とも相反する。

(一) Mは、検察官に対する供述調書において、七月五日に被告人と一緒に被告人方居室に泊まり、翌六日朝、被告人が一人で出かける際、「この部屋は倉庫代わりに使われているから、あまり長くいないほうがいいよ。」と話していたこと、その後、同室の掃除をしようとして押入れから掃除機を取り出した際、押入れの中に段ボール箱や衣装箱が一固まりになって置かれていたことを供述している。右供述は、具体的である上、体験した者でなければ供述できないような迫真性があり、前述のYの供述とも概ね符合するものであって、信用することができる。もっとも、Mは捜査段階における供述について、取調官から押し付けられたなどと証言しているが、取調警察官渡辺秋雄はそれを否定しているところ、Mの証言内容には不合理な点が多いこと、被告人に不利なことを証言するのをことさらに避けようとする証言態度が認められること、あるいは既に述べたような捜査段階における供述内容の迫真性等に照らすと、Mの右証言は信用できない。

(二) 被告人は、本件けん銃等の入った段ボール箱等を全く見たことはないと供述する一方で、七月一日から八日までの間に四回被告人方居室に立ち寄ったこと、とりわけ八日には、Yから「もう部屋に帰れないのだから、義理とかそういうのに必要な服だけ取り合えず持ってこい」と言われて、衣類を持ってきたと供述している。しかしながら、Y及びMの前記各供述を総合すると、遅くとも七月六日までに本件けん銃等の一部が被告人方居室に搬入されて押入れに置かれていたものと認められるところ、関係各証拠によれば、被告人方居室は六畳間一つのみの部屋であり、押入れも一つしかなく、その中には、下段に掃除機、革鞄、カーテン、洗濯物等、上段には衣類等が置かれていたことが認められるのであるから、被告人の供述を前提としても、被告人が衣類を取るなどの目的で被告人方居室に立ち寄った際、押入れの下段のほぼ半分を占める前記段ボール箱等に全く気がつかなかったというのは、いかにも不自然・不合理である。

3 以上のような理由により、本件犯行への関与を全面的に否定する被告人の供述は信用できない。

四  結論

前記第一の一の事実に加えて、信用性のあるYの供述等によって認められる事実、すなわち、暴力団員である被告人が、兄貴分のYから「やばい物」をアパートに置いたと言われ、その後けん銃の捜索の噂が組内に流れている中で、本件けん銃等が入った相当重量感があったと思われる箱を被告人方居室に搬入するのを手伝い、その際も「危ない物を運ぶ」などと言われたことなどに鑑みれば、少なくとも右段ボール箱等の中身がけん銃等であることについての未必的認識があったものと認められる。

よって、弁護人の無罪の主張は採用できない。

第二  幇助犯の主張について

弁護人は、仮に被告人の関与が認められるとしても、被告人は兄貴分であるYにいわれてやむなく手伝ったものであり、自己の部屋といえども鍵は取り上げられた状態にあったのであるから、幇助犯の罪責が問われるに過ぎないと主張する。

しかし、被告人は、単に本件けん銃等が被告人名義で借りていた居室に搬入されたのを容認したにとどまらず、自らその一部の搬入を手伝い、その後も被告人自身が右居室に立ち寄るなどしていたものであるから、被告人は本件けん銃等の隠匿所持という実行行為の一部を担当したものと解される。それに加えて、Yと被告人が暴力団組織の中で兄貴分と舎弟の関係にあったことなどを考慮すると、被告人の行為は、単にYの犯行を容易にしたにとどまらず、Yと共同して本件けん銃等を隠匿所持していたものと評価できるから、Yとの共同正犯が成立するものと認められる。

よって、この点に関する弁護人の主張も採用できない。

(累犯前科)

被告人は、(1)昭和五八年一二月二〇日静岡地方裁判所沼津支部で住居侵入、窃盗、毒物及び劇物取締法違反、有印私文書偽造、同行使及び詐欺罪により懲役二年(四年間執行猶予、昭和五九年一二月五日取消)に処せられ、昭和六一年一〇月一七日その刑の執行を受け終わり、(2)その後犯した覚せい剤取締法違反の罪により昭和六二年三月六日静岡地方裁判所沼津支部で懲役一年三月に処せられ、昭和六三年五月一六日その刑の執行を受け終わり、(3)その後犯した毒物及び劇物取締法違反の罪により平成元年七月一二日静岡地方裁判所沼津支部で懲役一年二月に処せられ、平成二年八月二二日その刑の執行を受け終わったもので、以上の事実は前科調書および右各罪についての判決書謄本によって認められる。

(法令の適用)

一  罰条 けん銃の所持につき包括して刑法六〇条、銃砲刀剣類所持等取締法三一条の二第一号、三条一項、実包の所持につき刑法六〇条、火薬類取締法五九条二号、二一条

二  科刑上一罪の処理 刑法五四条一項前段、一〇条(重い銃砲刀剣類所持等取締法の罪の刑で処断)

三  刑種の選択 懲役刑

四  累犯加重 刑法五九条、五六条一項、五七条

五  未決勾留日数の算入 刑法二一条

六  訴訟費用の処理 刑事訴訟法一八一条一項ただし書

(量刑の理由)

本件は被告人の所属する暴力団の兄貴分にあたる共犯者Yが、警察の捜索を恐れて自宅に保管していたけん銃合計二六丁と実包二七一四発を、被告人のアパートに移し替えた後、被告人がYとともにそれらを隠匿所持していたという事案である。その所持していたけん銃と実包の数量は極めて多量であって、社会に対しても多大な不安感と恐怖感を与えている。またこの犯行が暴力団特有の反社会的価値観に基づくものであることも無視することはできず、犯情は甚だ悪質である。

しかし、本件は共犯者Yが主導していたものであって、被告人の役割は従属的なものにとどまること、幸い本件けん銃等が押収され、その危険が拡散するに至らなかったこと、被告人が本件を契機に暴力団組織から脱会する旨誓っていること、被告人の父親が被告人の早期の社会復帰を望んでいることなど被告人のために有利な事情も認められるので、以上の情状を総合考慮し、主文のとおり量刑した。

(求刑懲役四年)

(裁判長裁判官池田修 裁判官村田健二 裁判官髙瀬順久)

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