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東京地方裁判所 平成3年(特わ)2271号 判決 1994年4月25日

本籍

東京都杉並区堀ノ内三丁目二〇九番地

住居

同都国分寺市内藤二丁目三〇番地二一

会社役員

鈴木昭三

昭和一七年一月一五日生

本籍

長野県埴科郡戸倉町大字上徳間二四一二番地

住居

東京都国分寺市西町三丁目八番地八

税理士

宮入本一

昭和七年六月一四日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官富松茂大、弁護人門上千恵子、同浅田千秋、同水谷高司(以上三名被告人鈴木昭三関係)、同牧義行、同近藤節男(以上二名被告人宮入本一関係)出席の上審理し、次のとおり、判決する。

主文

一  被告人鈴木昭三を懲役二年六月及び罰金一二〇〇万円に処する。

未決勾留日数中二一〇日を右懲役刑に算入する。

右罰金を完納することができないときは、金二〇万円を一日に換算した期間、右被告人を労役場に留置する。

二  被告人宮入本一を懲役一年に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は右被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人鈴木昭三は、東京都国分寺市光町一丁目三九番地二三に本店を置き、不動産取引、建築の請負施工等を目的とする資本金三〇〇〇万円の株式会社であるすずや建設株式会社(以下、「すずや建設」という)の代表取締役としてその業務全般を統括していた者、被告人宮入本一は、同会社の顧問税理士として同会社の税務書類の作成、税務申告等の業務に従事していた者であるが、被告人両名は、共謀の上、同会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、仕入を水増計上するとともに、期末棚卸高の一部を除外するなどの方法により所得を秘匿した上、昭和六一年一〇月一日から昭和六二年九月三〇日までの事業年度における同会社の実際所得金額が二二億二〇七七万七〇六六円(別紙1修正損益計算書参照)、課税土地譲渡利益金額が三七億〇六二三万二〇〇〇円(別紙2ほ脱税額計算書参照)であったにもかかわらず、法人税の確定申告期限の経過後である同年一二月一四日、同都立川市高松町二丁目二六番一二号所轄立川税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が二億六〇二四万三三八一円、課税土地譲渡利益金額が六億二一一四万四〇〇〇円で、これに対する法人税額が二億三〇一一万六五〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、同会社の右事業年度における正規の法人税額一六億七〇五五万八四〇〇円と右申告税額との差額一四億四〇四四万一九〇〇円(別紙2ほ脱税額計算書参照)を免れたものである。

(証拠の標目)

一  被告人鈴木及び被告人宮入の当公判廷における各供述

一  第一回、第三回ないし第五回、第八回及び第一二回各公判調書中の被告人鈴木の供述部分

一  第一回、第九回ないし第一一回及び第一三回各公判調書中の被告人宮入の供述部分

一  被告人鈴木の検察官に対する供述調書一八通

一  被告人宮入の検察官に対する供述調書五通

一  第二回公判調書中の証人渡部友喜の供述部分

一  渡部友喜の検察官に対する供述調書七通

一  検察官作成の捜査報告書四通

一  検察事務官作成の捜査報告書一七通

一  大蔵事務官作成の売上高調査書、期首棚卸高調査書、仕入高調査書、外注費調査書、支払仲介手数料調査書、期末棚卸高調査書、給料手当調査書、福利厚生費調査書、消耗品費調査書、事務用品費調査書、地代家賃調査書、保険料調査書、修繕費調査書、水道光熱費調査書、広告宣伝費調査書、旅費交通費調査書、交際費調査書、寄付金調査書、支払手数料調査書、諸会費調査書、租税公課調査書、減価償却費調査書、現場経費調査書、燃料費調査書、雑費調査書、受取利息調査書、支払利息調査書、受取手形調査書、有価証券売却益調査書、共同事業受取配当金調査書、固定資産除却損調査書、雑損失調査書、共同事業支払配当金調査書、損金の額に算入した法人税調査書、損金の額に算入した道府県民税及び市町村民税調査書、損金の額に算入した附滞税・加算金及び延滞金調査書、交際費損金不算入額調査書、繰越欠損金当期控除額調査書、受取家賃調査書、固定資産売却益調査書、雑収入調査書、通信費調査書、新聞図書費調査書、法人税額から控除される所得金額調査書、土地譲渡利益金額調査書、物件別取引明細調査書及び報告書二通

一  登記官作成の登記簿謄本及び閉鎖登記簿謄本

一  大蔵事務官作成の領置てん末書

一  押収してある法人税確定申告書等一袋(平成四年押第五九号の1)

なお、判示事実のうちすずや建設の実際所得金額に関して付言すると、大蔵事務官作成の報告書等の関係証拠によれば、支払手数料は検察官が主張する金額より七四円多く、その結果、実際所得金額も同額だけ増加するように窺われるが、これは法人税額に影響を及ぼさないことが明らかであり、検察官も右主張を維持したままであるから、これらの金額については、検察官の主張する限度の認定にとどめることとした。

(法令の適用)

一  被告人鈴木の判示所為は刑法六〇条、法人税法一五九条一項(但し、罰金刑の寡額については、刑法六条、一〇条により、平成三年法律第三一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項による)に該当するので、所定刑中懲役刑及び罰金刑を選択した上、情状により法人税法一五九条二項を適用し、その所定刑期及び金額の範囲内で同被告人を懲役二年六月及び罰金一二〇〇万円に処し、刑法二一条を適用して未決勾留日数中二一〇日を右懲役刑に算入し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金二〇万円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置し、訴訟費用(証人渡部友喜に支給した旅費日当)は、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して同被告人に負担させないこととする。

二  被告人宮入の判示所為は刑法六五条一項、六〇条、法人税法一五九条一項(罰金刑の寡額については前に同じ)に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で同被告人を懲役一年に処し、情状により刑法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用(前に同じ)は、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを同被告人に負担させることとする。

(争点に対する判断)

以下の記述では、便宜上、被告人及び証人の公判段階の供述につき、当公判廷における供述(第一四回公判期日以降)と公判調書中の供述部分とを区別せず、公判供述又は証言と略記し、供述調書末尾添付の資料(写し)については、例えば検察官請求証拠乙四号証に資料一として添付されている損益計算書の写しを「損益計算書(乙四-資一)」とする略記方法を用いる。

一  本件の争点

被告人鈴木(以下「鈴木」という)及びその弁護人は、本件について、実際所得金額、課税土地譲渡利益金額及び法人税額の客観的な数字は争わない(第一三回公判における門上主任弁護人の陳述参照)が、鈴木には不正な行為をすることによって脱税をすることの認識(ほ脱の犯意)がなく、また、被告人宮入(以下「宮入」という)と脱税の共謀をしたこともないから、鈴木は無罪である旨主張する。

他方、宮入は、自分が土地重課税額を減額する決算操作をして本件脱税に加担したことは事実であるが、売上原価について不正な操作はしていない旨主張する。加えて、宮入の弁護人は、宮入が脱税に加担する意思を確定的に有するに至ったのは、検察官主張の昭和六二年一〇月下旬ころではなく、同年一二月一〇日ころであり、それも鈴木の強い要求にやむなく応じたにすぎず、自らの利益を意図したわけでもないから、宮入は共同正犯ではなく、幇助犯(故意ある幇助的道具)にすぎない旨主張する。

二  判断の基礎となる事実関係

前掲各証拠によると、以下の事実が認められる。

1  すずや建設は、昭和五三年四月の設立以来、建売住宅等の建設・販売等を行っていたところ、昭和六一年一〇月一日から昭和六二年九月三〇日までの事業年度(以下「当期」という)は、折からの不動産ブームに乗って売上が極めて好調であった。

2  鈴木は、昭和六二年一〇月上旬ころ、すずや建設の当期のおおよその利益を把握するため、同人が営業取引台帳を基に作成した売上、仕入、在庫の各明細表に基づいて損益計算書(乙四-資一、以下「損益書A」という)を作成した。損益書Aには、売上高二〇七億三二七六万二〇〇〇円、売上原価のうち<1>仕入高三一九億一八六一万円、<2>工事費(外注費)二〇億円、<3>仲介手数料一五億円、<4>期末棚卸高二二一億四二三九万八〇〇〇円、売上総利益三二億六七三二万円という趣旨の記載等がある。

3  同月下旬ころ、すずや建設の顧問税理士であった宮入が同社事務所を訪れ、決算結果を記載した試算表(乙二一-資二)及びそこから主要な勘定科目の金額を書き出したメモ(乙二一-資三、以下「宮入メモ」という)を示しながら、同社の当期の利益が二一億円余になると説明した。これに対して鈴木は、「ずいぶん利益が出たな」などと言い、自らが作成した損益書Aを出してきて、宮入が計上している外注費及び仲介手数料の金額(合計で一五億円余)が少ないなどと異を差し挟んだが、宮入は、これらは当期の売上に対応する分しか計上できないと説明した。このようなやりとりをしながら、宮入は、損益書Aに記載されていた売上高、期首棚卸高、外注費、仲介手数料、売上総利益の金額を、横に「社長」という目印をつけて宮入メモに転記した。さらに、当期の支払利息は一五億円前後であるとの鈴木の説明を受けて、損益書Aの支払利息割引料欄に「一五億前後」と記入した上、鈴木が作成した損益書Aの数字を前提に計算しても、すずや建設の当期の利益は一五億円余になる(宮入メモには、やはり「社長」という目印がつけられた、一五億五三三九万四〇〇〇円という趣旨の記載がある)ので、右のような書き込みを加えた宮入メモを示し、鈴木にその旨説明した。しかし、すずや建設では利益が上がる都度、そのほとんどを新しい物件の購入に投入し、納税のための資金的余裕がなかったので、鈴木は宮入に対し、「すずや建設では税金は二億円位しか払えないので、もっと利益を減らして納税額が二億円位の申告書を作って欲しい」などと依頼した(これを聞いて宮入は、損益書Aの経常利益欄に「二億前後」と記入した)。これに対し宮入は、鈴木の依頼が余りにも無理なものであったので、当初は渋っていたが、鈴木から強く頼まれ、数少ない顧問先を失いたくないとの気持ちもあって、右依頼に沿う方向で利益圧縮の作業をすることを承諾した。

4  宮入は、税務調査が入った場合に言い訳がしやすいように外注費と仲介手数料だけを水増計上することとし、すずや建設の当期利益を一二億円位にまで圧縮した。そして、この程度の利益圧縮で鈴木が納得してくれないかと考え、同年一一月一八日ころ同社事務所を訪れ、右の結果を記載した試算表を鈴木に見せてその旨説明した。しかし、鈴木が「そんなに利益を出されては会社が立ち行かなくなるので、二億円位の利益でそれ位の税額になるようにして欲しい」などと言うので、宮入は、仕入の水増計上をすることによって、更に利益を圧縮することにした。

5  一方、鈴木は、同月二三日、すずや建設の当期の利益を五億一八〇〇万円まで圧縮した損益計算書(乙一八-資一、以下「損益書B」という)を作成した。損益書Bには、「11/23(月)作」と書かれているほか、利益を圧縮するための思案の跡を示す幾つかの数字が並べられているが、最終的なものとして、売上高二〇三億八〇〇〇万円、売上原価のうち<1>仕入高三二四億八四〇〇万円、<2>工事費一三億二四〇〇万円、<3>仲介手数料六億八〇〇〇万円、<4>期末棚卸高二〇八億八八〇〇万円、売上総利益二五億〇五〇〇万円、経常利益五億一八〇〇万円という趣旨の記載等がある。

しかし、損益書Bでも利益が五億円余になるので、鈴木は、同月二七日、すずや建設の当期の利益を三億六三五〇万円まで圧縮した損益計算書(乙一八-資三、以下「損益書C」という)を作成した。損益書Cには、「11/27→11/28」と書かれているほか、売上高二〇〇億〇二五〇万円、売上原価のうち<1>仕入高三一九億六七〇〇万円、<2>工事費一三億二四〇〇万円、<3>仲介手数料八億六八〇〇万円、<4>期末棚卸高二〇八億八八〇〇万円、売上総利益二三億五九五〇万円、経常利益三億六三五〇万円という趣旨の記載等がある。さらに鈴木は、利益を二億円とすべく、損益書Cの仕入高、工事費、仲介手数料の数字を増額するなどしたところ、利益が九五〇〇万円と少なくなり過ぎてしまったので、何度か数字の修正を試みた(損益書Cにはこの経過を示す数字も記載されている)。

翌二八日、鈴木は、すずや建設の当期の利益を二億〇五〇〇万円まで圧縮した損益計算書(乙一八-資四、以下「損益書D」という)を作り上げた。損益書Dには「11/28」と書かれているほか、売上高二〇四億三五〇〇万円、売上原価のうち<1>仕入高三二八億六四〇〇万円、<2>工事費一三億六五〇〇万円、<3>仲介手数料八億六八〇〇万円、一億五〇〇〇万円、<4>期末棚卸高二四一億七三〇〇万円、売上総利益二二億〇一〇〇万円、経常利益二億〇五〇〇万円という趣旨の記載等がある。

6  そのころ、鈴木は、すずや建設事務所で宮入に損益書Dを渡し、この数字に合わせた法人税確定申告書を作るように依頼した。その際、宮入は、今からそのような申告書を作っていると申告期限(同月三〇日)には間に合わないと説明したが、鈴木がそれでも構わないと言うので、宮入は鈴木の依頼に応じることにし、その後も損益計算書と貸借対照表が整合性を保つように利益を圧縮する作業を続けた。そして、同年一二月一〇日ころ、鈴木に中間納付分を控除した法人税額が三億三七〇〇万円となる法人税確定申告書を作成したことを伝えたが、同人に土地重課税額を減らして納税額を二億円位にするよう強く言われたので、土地譲渡利益金額を減らすことによって土地重課税額を減額し、判示のとおり、法人税額が二億三〇一一万円余となる法人税確定申告書及びその申告内容に対応する添付資料を作成し、数日後、同社事務所にこれを持参した。

7  鈴木は、右のような法人税確定申告書等の内容を確認した上で、同月一四日、宮入とともにこれを所轄立川税務署に提出した。

三  関係証拠の信用性について

右認定の用に供した関係証拠の信用性について、被告人及び弁護人が種々の主張をしているので、これらに対する判断を示しつつ、右認定について補足説明をする。

1  渡部友喜の供述について

宮入の弁護人は、すずや建設の経理担当者であった渡部友喜(以下「渡部」という)の公判供述及び検察官調書(以下これらを「渡部供述」と総称する)について、渡部は自分が経験していない事実を推測に基づいて述べているので、その信用性は非常に低いと主張する。

確かに、渡部は鈴木と宮入が本件脱税について話し合った現場に終始同席していたわけではなく、両名のやりとりを全て聞いていたわけでもない。しかしながら、渡部は検察官調書において、鈴木が宮入に対して当期の利益をどの位にするか具体的な金額を出して指示していたことははっきり記憶していると述べているし、昭和六二年一一月一八日ころ宮入がすずや建設を訪れ、当期利益を一二億円まで減額できたと報告した状況について、公判供述では一二億円という数字についての記憶は必ずしも明確ではないとするものの、両名のやりとりの大筋は聞いていたと述べているのであって、渡部の供述が単なる推測に基づくものであるとはいえないことは、その供述自体からも明瞭である。しかも、渡部は当時すずや建設の経理担当者であり同社の経理情報を入手し得る立場にあり、同社には帳簿類が整備されていないなど杜撰な面があることを知っており、鈴木が同社に出入りする業者らと今年は税金をいくら位申告するかなどと話しているのを聞き、鈴木の納税意識に疑問を感じていたのであって、このように同社の実情を知る渡部にすれば(なお、渡部はすずや建設入社前も他社で財務を長年経験していたものである)、鈴木と宮入のやりとりの全てを聞かなかったとしても、両名の意図をその供述する程度に理解することは容易であったと思われる。そして、渡部供述は「第一報」と題する書面(甲七四-資四の1)、「第二報」と題する書面(同資四の2)、ビジネスダイアリー(同資三)等の当時渡部が作成した書類の内容にも沿うものである。このように、渡部供述の内容には十分合理性があり、その信用性を疑うべき事由は見当たらない。

2  被告人鈴木の供述について

鈴木は、検察官調書においては、ほ脱の犯意、不正行為及び宮入との共謀を含めた本件脱税の犯行の全容を詳細に自白しており、第一回公判でも公訴事実を全面的に認めていたのであるが、その後は、ほ脱の犯意、不正行為及び宮入との共謀について種々の弁解をし、しかも公判を重ねるうちに供述を変遷させ、最終陳述に至るまで次々に新たな弁解を付加している。そこで、このような鈴木の供述のうち、いずれが信用できるかを検討する。

前記損益書AないしDを鈴木自らが作成したことは争いのないところであり、これらの記載内容もすでに詳述したとおりである。そして、鈴木は検察官調書において、これら四通の損益書の作成経過等につき前記二の認定に沿う具体的かつ詳細な供述をしているところ、この供述は渡部供述や後に検討する宮入の供述ともよく符合し、迫真性に富むものである。

これに対して、鈴木の公判供述をみると、損益書四通の作成順序について、当初はA、B、C、Dの順であることは認めていたのに、後には、損益書Bを最後に作成したなどという、各損益書の日付等の記載とも矛盾する供述をするなど、弁解が不自然に変遷している上、損益書四通はいずれも鈴木自らが作成した書面であるにもかかわらず、損益書B、C、Dに記載された各数字の根拠やその変動理由について何ら明確な説明ができていないし、検察官の取調べにおいて、これから損益書を示された上で供述を求められたことは、検察官調書にこれら損益書の写しが添付されていること及び検察官調書の内容から極めて明白であるのに、このような損益書は公判廷で初めて見たなどという明らかに虚偽と分かる供述もしている。鈴木は、第一四回公判以降自ら作成した陳述書三通(第一四回公判調書の被告人鈴木の供述部分末尾添付の平成五年一〇月一八日付のもの、第一七回公判調書に被告人の最終陳述として引用されている平成六年一月二〇日付のもの及び第一九回公判調書の被告人鈴木の供述部分末尾添付の同年三月二九日付のもの)に基づき、種々の新たな弁解をしているが、これらは損益書AないしDの存在、その記載内容及び自らの検察官調書における供述を全く度外視しているものである上、本件脱税という結果が生じた原因はもっぱら渡部と宮入のミスにあり、宮入にも全くほ脱の犯意はなかったというその結論部分は、その内容自体極めて不自然というほかないし、宮入の検察官調書のみならず、宮入の公判供述とも全く相反するものであって、到底信用することができない。

以上によると、鈴木の検察官調書における供述にはその信用性を疑うべき事由はないが、鈴木の公判供述については、検察官調書における供述と相反する部分は信用できないというほかない。

3  被告人宮入の供述について

(一) 宮入は、検察官調書においては、鈴木との共謀に基づき、外注費や仲介手数料を不正に増額し、更に、鈴木が不正に操作した数字を基に決算報告書を作成し、虚偽の法人税確定申告書を提出した旨を認めていたが、公判においては、種々の弁解をするに至っており、また宮入の弁護人も、宮入の検察官調書における供述は、渡部の検察官調書に基づいて誘導されたもので信用できない旨主張する。

しかしながら、宮入の検察官調書の内容は、同人作成の試算表、宮入メモ等の書類、渡部供述及び鈴木の検察官調書とも符合するものであるほか、当初外注費及び仲介手数料のみを不正操作した理由について、外注費や仲介手数料程度の利益圧縮ならば税務調査が入った場合の言い訳ができると思った旨などの迫真的な供述が含まれている。そして、宮入は公判供述において(但し、公判供述自体に若干の変遷がある)、検察官調書には一部誤りがあり、自分は外注費や仲介手数料については不正操作はしていないなどと供述するが、そのような検察官調書ができた理由については勘違いであるなどと弁解するに止まっているところ、外注費や仲介手数料の不正操作などの事実を勘違いで具体的に供述することは考えがたい(第一三回公判では宮入も右の不正操作をしたことを全面的には否定していないし、第一五回公判でも少額ではあるが不正操作をしたとも供述している)。また、宮入は、検察官調書において、利益圧縮作業の途中経過で利益が一二億円になったことを鈴木に報告した旨供述しているが、公判供述においては、このような事実はなかったはずであるとしてこれを否定しているところ、宮入は公判供述においても、一二億円という利益になったことを鈴木に報告した記憶はあり、その際自分が提案した売上繰延べに対し鈴木は相手に迷惑をかけると言って応ぜず、仕入の水増計上を指示されたなどとも供述しているのであって(特に一三回公判)、右検察官調書における供述は真実であると認められる。

以上によると、宮入の検察官調書における供述の信用性を疑うべき事由は見当たらず、また、宮入の公判供述は、その検察官調書における供述と一部が異なるのみであり、公判供述自体にも若干の前後矛盾や変遷があるので、信用できる部分も多いのであるが、検察官調書における供述と実質的に抵触する部分はこれを信用することができないといわざるを得ない。

(二) 以下、宮入が公判供述で強調する点につき、若干説明を補足する。

(1) 外注費及び仲介手数料につき、宮入は公判供述において、<1>外注費は確かに三億円過大計上したが他方で仲介手数料を三億円過小計上しているから結果としては利益操作はしていない、<2>どの物件のものか不明のものについては鈴木にその帰属を区別させその結果を前提に計上したのであり、自分が不正操作をしたことはない、<3>外注費及び仲介手数料に関して確定申告書の額と国税局が認定した額に差が生じているのはすずや建設と国税局との計上方法が異なるからで不正行為によるものではない、などと弁解している。

<1>及び<3>の弁解についてみると、確かに、国税局の認定と本件確定申告を対比すると、外注費は約三億円の過大申告であり、仲介手数料は約三億四〇〇〇万円の過小申告となっている。しかし、宮入は試算表を作成することによって、すずや建設の当期利益がおよそ二一億円前後であると認識したことが認められる(宮入は公判供述において、試算表は税額を二億円にすることが無理であることを鈴木に説明するための資料として作成したにすぎず、二一億円という数字が正しいものとは思っていなかった旨弁解しているが、宮入は渡部から提出を受けた資料及び自ら作成した台帳に基づき試算表を作成したものであるし、宮入自身検察官調書において、試算表の二一億円について「完全に正確なものであるとまでは言えないかもしれないものの、私なりにすずや建設のこの期の利益としてはこの位で間違いないだろうと思っていました」と述べている。なお、試算表に記載されたすずや建設の当期利益額は、国税局の認定した当期利益額に比べ約九八〇〇万円少ないだけである)。そして、試算表と本件確定申告書添付の損益計算書のそれぞれに記載された外注費及び仲介手数料の数字を比較すると、外注費については約七億五〇〇〇万円、支払仲介手数料については約一億七〇〇〇万円、それぞれ損益計算書の方が試算表に比べて増加している。このように当初の数字が最終的には増額されたことは、その間になんらかの計数上の操作があったのではないかと容易に推測でき、しかも右試算表はいずれも宮入が作成したものであることからすれば、右操作は宮入が行ったと考えるのが自然である。したがって、外注費及び仲介手数料について利益操作はしていないとする宮入の弁解は不自然であり、<1>及び<3>の弁解は、仲介手数料について国税局が認定した額がたまたま宮入の申告した額よりも多かったことから、これを自己の都合のいいように援用しているにすぎない。

<2>の弁解については、そもそも不正行為を依頼した者に対して外注費や仲介手数料の正確な区分けを求めること自体が不自然であるが、仮にその弁解どおりであったとしても、宮入に脱税の依頼をしてきた鈴木が利益圧縮のため不正な操作をするであろうことは容易に想像できるところであって、鈴木の行った区別作業の結果が正しいものでないことは十分に認識していたものと推認されるところである。

<1>ないし<3>の弁解はいずれもこれを容れることができない。

(2) 仕入高について、宮入は公判供述において、自分の台帳と渡部から提出された資料を突き合わせることにより正しい補正をしたものであり、数字を不正に操作したことはない、結果として本来の額より仕入額が増えているのは、渡部の資料に記載された数字がそもそも増額していたためである旨弁解する。

なるほど、渡部供述及び登記ベース損益表(第一〇期)(甲七四-資一の1)によると、渡部は仕入額について本来計上すべきではない物件(約一一億七八〇〇万円分)を計上するというミスを犯すとともに、鈴木の指示により同じ物件を再び計上している(結局約二三億五六〇〇万円過剰計上したことになる)ように窺われる。しかし、宮入作成の試算表及び宮入メモに記載された仕入額の数字は、渡部が鈴木の指示により二重計上をする以前の数字と同額になっている上、売上高、期末棚卸高も同様に同額になっている(渡部供述によれば、鈴木の指示により期末棚卸高を約一一億七八〇〇万円減額している)。このことから、すずや建設の当期利益を算出するため宮入が渡部から提出を受けた資料は、鈴木らによる不正操作をされる以前のものであったと推認される。したがって、鈴木らの不正操作の結果は右登記ベース損益表に明らかにされているが、この不正操作は当該損益表の紙面上だけでなされたものであり、宮入には影響を及ぼしていないと考えられる。この点はさておくとしても、試算表の仕入高に比べ、確定申告書の仕入高は約一三億円も増額しているのであって、正常な補正操作によってこれほど大きく数字が変動するということは明らかに不自然であるといわなければならない。宮入の検察官調書においても、宮入が行ったという仕入高の不正計上の具体的プロセスが録取されていないし、そのプロセスを窺わせる書類も提出されていないので、宮入が仕入高について行った具体的作業内容を明確にすることは困難であるが、いずれにせよ、宮入が仕入高について行った作業が右弁解にある程度のものであったとは到底認められない。

以上のほか、宮入が公判供述において弁解するところを検討しても、その検察官調書における供述が全面的に信用できるとの判断は動かない。

四  争点に対する判断

1  鈴木のほ脱の犯意について

前記二の認定事実によれば、鈴木が本件脱税についてほ脱の犯意を有していたことは明白である。そればかりか、鈴木は、自ら損益書BないしDを作成し、各勘定科目の結論としての数字だけの操作ではあるが、仕入高を増額したり期末棚卸高を減額するなどして利益の圧縮を試み、その結果、すずや建設の当期利益を二億円余まで圧縮した損益書Dを作り上げ、これを宮入に交付して、その数字に合わせた確定申告書を作成するよう依頼し、その後、これを受けて作業を進めていた宮入から、納税額が三億三七〇〇万円になると伝えられた際も、あくまで納税額を二億円位にするよう要求しているのであって、宮入と共謀して法人税をほ脱しようとの犯意は極めて強固であったといわざるを得ない。

2  宮入の正犯性について

前記二の認定事実によれば、宮入は、昭和六二年一〇月下旬ころ、鈴木から納税額が二億円位の申告書を作って欲しいと強く依頼され、この依頼に沿う方向で利益圧縮の作業をすることを承諾しているのであるから、この時点で宮入は脱税に加担する意思を有するに至り、鈴木との間で脱税をすることの共謀が成立したと認められる(もっとも、脱税の程度について、宮入は、鈴木の言うように納税額を二億円位とすることにはかなり無理があると考えており、その後も、すずや建設の当期利益を一二億円余に圧縮した段階で、この程度で鈴木が納得してくれないかと考え、右の結果を記載した試算表を鈴木に示すなどしていることからすると、宮入が脱税に加担することを承諾した時点で、納税額を二億円位として申告することについてまで確定的に決意したとは認められない)。

そして、宮入は、鈴木から損益書Dによって主要な勘定科目の金額を示されてはいるものの、その専門的な税務知識を用いて損益計算書と貸借対照表が整合性を保つような形での利益圧縮の具体的作業(この点につき、宮入は平成三年一〇月二八日付け供述調書《本文二九枚綴り》において、「鈴木が出してきた損益書Dの内容に合うように、仕入を水増ししたりして、利益を圧縮した申告書を作るための作業を続けた。それは口で言うのは簡単だが、損益計算書と貸借対照表が整合性を保つように数字を変えていかなければならないし、物件の数も多かったので結構大変な作業であった」と供述している)や確定申告書及びその申告内容に対応する添付資料の作成を全て行っているのであって、宮入は本件脱税にとって必要不可欠で極めて重要な行為を分担実行したものと評価することができる。加えて、宮入が鈴木の無謀ともいえる要求に応じた大きい理由は、そうすることによってすずや建設の顧問税理士という立場を維持するという点にあったことを考え併せると、宮入は本件脱税について共同正犯の責任を負うというべきである(もっとも、本件で宮入が得た報酬は五〇万円であって、脱税額の大きさに比べると非常に少額であるが、これは顧問先を失いたくないという宮入の弱い立場が反映したものとみることができるのであって、本件において宮入が果たした役割に照応するものではなく、この点は宮入の正犯性を肯認する妨げになるものではない)。

(量刑の理由)

本件は、建売住宅の建設・販売等を行っていたすずや建設の代表取締役であった鈴木と顧問税理士であった宮入が共謀の上、外注費、仲介手数料、仕入の水増計上及び期末在庫の一部除外等の方法により同社の所得を少なく見せかけ、単年度ながら一四億四〇〇〇万円余の法人税を免れたという事案である。本件の脱税額は、最近の法人税法違反事件の中でもあまり例がないほど高額である上、ほ脱率も約八六・二パーセントと高率である。また、本件後にすずや建設が事実上倒産したこともあって、修正申告はなされているものの、当期の本税の大半及び附帯税が未納の状態であり、今後の納税の見通しも立っていない。

鈴木は、自ら本件脱税を企図し、当初は渋っていた宮入を強く説得して不正な決算操作を行わせる一方、自らも損益書BないしDを作成した上、最終的に利益を二億円余まで圧縮した損益書Dを宮入に交付して、その数字に合わせた確定申告書を作成するよう指示し、その後、宮入から納税額が三億円余になると伝えられた際も、あくまで納税額を二億円位にするよう要求するなど、本件において主導的立場にあったもので、ほ脱の犯意は極めて強固である。鈴木は、すずや建設の当期利益のほとんどを新しい物件の購入資金に回し、納税のための資金的余裕がなかったことから本件犯行に及んだものであるが、これも自らが経営する会社が利益を上げることに急であったということであって、格別酌量すべき事情とはいえない。また、犯行後、宮入に働きかけるなどして罪証隠滅工作を行い、公判廷でも、本件の責任を宮入に転嫁しているともとれる不自然、不合理な弁解を繰り返しており、真摯な反省の態度は認められない。

以上によれば、鈴木の刑事責任は相当重いというべきであって、本件脱税によって得た利益のほとんどを、個人的な用途ではなく会社の事業資金として使用していること、多額の負債を抱えて事業が立ち行かなくなっていること、前科前歴がなく、鈴木の身を案ずる家族がいることなどの酌むべき事情を十分考慮しても、主文の懲役刑及び罰金刑はやむを得ないところである。

次に、宮入は、税理士という税務会計の専門家として、納税義務の適正な実現を図るべき立場にありながら、その専門的知識を利用して本件犯行に関与し、利益圧縮の具体的作業や虚偽の内容の確定申告書を作成するなどしたことは、税理士に対する社会の信頼を著しく失墜させるものであって、厳しく非難されなければならない。また、その公判供述は、鈴木のそれほどは不合理な点や変遷が多くなく、鈴木の本件への関わりなど基本的には信用し得る部分も多いが、種々の不合理な弁解も含まれており、その反省の態度には若干の疑問が残る。そうすると、宮入の刑事責任も軽視することはできないというべきである。

しかしながら、宮入が本件によって直接得た利益は五〇万円であって、脱税額に比べると非常に少額であること、数少ない顧問先を失いたくないという気持ちもあって、鈴木の強い要求を断り切れずに本件に加担したという面もあること、本件犯行直後に修正申告に向けた作業をしようとしていること、前科前歴がないことなどの酌むべき事情も認められるので、宮入については、主文の懲役刑に処するとともにその執行を猶予するのが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑 鈴木につき懲役三年六月及び罰金二〇〇〇万円、宮入つき懲役一年)

平成六年六月二〇日

(裁判長裁判官 安廣文夫 裁判官 中里智美 裁判官 堀内満)

別紙1

修正損益計算書

すずや建設株式会社

自 昭和61年10月1日

至 昭和62年9月30日

No 1

<省略>

修正損益計算書

すずや建設株式会社

自 昭和61年10月1日

至 昭和62年9月30日

No 2

<省略>

別紙2

ほ脱税額計算書

会社名 すずや建設株式会社

自 昭和61年10月1日

至 昭和62年9月30日

<省略>

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