東京地方裁判所 平成3年(特わ)832号 判決 1992年2月21日
本籍
東京都板橋区大山町二五番地
住居
同都同区大山町二五番八号
会社役員
野口英吉
大正一四年八月七日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官立澤正人、弁護人山田宰各出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役一年四月及び罰金九〇〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金五〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、青果小売業を営む有限会社野口商店の代表取締役として同会社の経営に従事するかたわら、営利を目的として継続的に株式等の有価証券売買を行っていたものであるが、右株式等の売買による所得を隠して自己に対する所得税を免れようと企て、株式等の売買を家族、友人の名義で行うなどの方法により株式等の売買による所得を秘匿するなどし、それを所得税の申告に当たって一切申告しないこととした上
第一 昭和六一年分の実際総所得金額が一億一六五七万〇二六三円(別紙一の1の修正損益計算書のとおり)であったにもかかわらず、昭和六二年三月一六日、東京都板橋区大山東町三五番一号所轄板橋税務署において、同税務署長に対し、同六一年分の総所得金額が九六八万一九一六円で、これに対する所得税額が一三六万八九〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(平成三年押第六五四号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額六八二八万八九〇〇円と右申告税額との差額六六九二万円(別紙二の1の脱税額計算書のとおり)を免れ
第二 昭和六十二年分の実際総所得金額が六億四五四九万五二一七円、分離課税による長期譲渡所得金額が一億七〇六〇万一二一三円(別紙一の2の修正損益計算書のとおり)であったにもかかわらず、昭和六三年三月一四日、前記板橋税務署において、同税務署長に対し、同六二年分の総所得金額が二〇四六万七九二五円、分離課税による長期譲渡所得金額が一億七三七六万一〇〇〇円で、これに対する所得税額が五一八九万六九〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(前同号の2)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額四億二六〇一万五六〇〇円と右申告税額との差額三億七四一一万八七〇〇円(別紙二の2の脱税額計算書のとおり)を免れた
ものである。
(証拠の標目)
判示全部の事実について
一 被告人の当公判廷における供述
一 第一回公判調書中の被告人の供述部分
一 被告人の検察官に対する供述調書
一 野口登女、野口英一、野口英治、中村健二、中村ます江、唐澤清、宍戸定明、多田索、関明の検察官に対する各供述調書
一 大蔵事務官作成の株式売買益調査書、査察官報告書、転換社債売買益調査書、投資信託売買益調査書、支払利息調査書、借入費用調査書、株式売買経費調査書、支払分配金調査書、領置てん末書
判示第一の事実について
一 押収してある昭和六一年分の所得税確定申告書等一袋(平成三年押第六五四号の1)
判示第二の事実について
一 大蔵事務官作成の分離長期譲渡所得金額調査書、所得税額計算誤謬調査書、報告書
一 押収してある昭和六二年分の所得税確定申告書等一袋(前同号の2)
なお、判示第二の事実に関して付加しておくと、昭和六二年分の所得税確定申告書においては所得税額が五一八九万六九〇〇円とあるが、同申告書における各所得金額から所得税法に従って算出される所得税額は、正しくは五二五二万八六〇〇円であって、右申告額は誤ったものといわねばならないが、昭和六二年分の所得税のほ脱額は、同年分の正規の所得税額と右申告税額との差額とした。
(法令の適用)
被告人の判示各所為は、いずれも所得税法二三八条一項に該当するところ、いずれについても所定刑中懲役刑及び罰金刑を併科するとともに、情状により同条二項を適用し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により罰金額を合算し、右加重した刑期及び合算した金額の各範囲内で被告人を懲役一年四月及び罰金九〇〇〇万円に処し、同法一八条により、右罰金を完納することができないときは金五〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとする。
(量刑の理由)
本件は、大量の株式の売買により得た多額の所得を秘匿するなどして、昭和六一年、同六二年の二年分合計約四億四一〇〇万円もの所得税を脱税した事案である。右脱税額は、脱税事犯の中で多い方に属し、被告人の青果小売業の年商にも匹敵しようかというものであって、被告人自身もそれがいかに多額であるか理解できるものである。また、ほ脱率も八九・二パーセントの高率となっており、これらの点で犯情は悪質である上、ほ脱の手段も、家族名等の借名名義を用いて取引を分散したばかりか、借名人名義で開設した金融機関の口座で株式取引のための資金の借入れを行い、株式取引に伴う入出金を取り扱っているのであって、その手口は、決して単純なものではない、そして、家族の将来を思った蓄財を目的とする動機も格別酌むべき事情とはいえない。これらの事情によれば、被告人の責任は重いといわざるをえない。
一方、被告人は、査察が入った段階から素直に自己の非を認め、起訴前に修正申告をして本税、延滞税、重加算税等合計七億五九一七万円余を既に納めていること、捜査から公判を通じて一貫して深い反省を表していること、尋常高等小学校中退後、今日まで青果小売業を生業としてまじめに生活し、六六歳の今でも第一線で働いていること、従前、老人会・社会福祉施設などへの寄付を行うなど社会的奉仕の精神も十分有していること、被告人の年齢等酌むべき事情も存する。
以上の各情状のほか、その他諸般の情状を考慮し、その刑の量定をした次第である。
よって主文のとおり判決する。
(求刑・懲役二年及び罰金一億三〇〇〇万円)
(裁判長裁判官 松浦繁 裁判官 伊藤正高 裁判官 渡邉英敬)
修正損益計算書
<省略>
別紙一の2
修正損益計算書
<省略>
別紙二の1
脱税額計算書
<省略>
別紙二の2
脱税額計算書
<省略>