東京地方裁判所 平成3年(行ウ)100号 判決 1994年6月08日
原告 橋本守雄
被告 武蔵野税務署長
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
被告が平成元年三月一〇日付けでした次の各処分を取り消す。
一 原告の昭和六〇年分の所得税に対する更正のうち、事業所得金額一八九万三一六円、納付すべき税額一〇万五三〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分(ただし、いずれも平成三年二月五日付けの国税不服審判所長の裁決により一部取り消された後のもの)
二 原告の昭和六一年分の所得税に対する更正のうち、事業所得金額一七二万五〇四九円、納付すべき税額一二万九三〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分
三 原告の昭和六二年分の所得税に対する更正のうち、事業所得金額二四一万八三三五円、納付すべき税額一八万一五〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分(ただし、いずれも平成三年二月五日付けの国税不服審判所長の裁決により一部取り消された後のもの)
第二事案の概要
本件は、写真現像焼付取次、感光材料・カメラ用品販売等の営業を行う白色申告者である原告が、昭和六〇年分から昭和六二年分まで(以下「本件係争年分」という。)の所得税について確定申告をしたところ、被告が原告の売上原価を基に同業者比率により売上金額及び一般経費を推計して事業所得金額を算出し、更正及び過少申告加算税賦課決定を行ったので、原告が、被告の課税処分には推計の必要性も合理性もなく、被告が推計により算出した事業所得金額は原告の実際の所得金額を上回っているとして事業所得金額の実額を主張し、右各更正のうち申告額又は主張額を超える部分及び右各賦課決定の取消しを求めている事案である。
一 本件課税処分の経緯(この事実は当事者間に争いがない。)
原告の本件係争年分の各所得税の確定申告、課税処分及び不服申立ての経緯は、別表一から三までのとおりである(以下、各年分の更正及び過少申告加算税賦課決定を総称して「本件各更正」及び「本件各賦課決定」という。)。
二 本件各更正及び本件各賦課決定の課税根拠についての被告の主張
1 本件係争年分の総所得金額及びその算出根拠
被告は、原告が写真現像焼付取次等の営業を行うものであるとして、次のとおり、推計の方法によりその額を算出した。
(一) 昭和六〇年分 五八〇万二九一九円
(1) 総収入金額(売上金額) 二二〇二万二三一三円
右金額は、原告の昭和六〇年中における売上原価一四一四万四九三二円(後記(2)の全額)を、原告と同業の写真現像焼付取次、感光材料・カメラ用品販売業等を営み、かつ、原告と規模の類似する者(以下「比準同業者」という。)の昭和六〇年中の事業所得に係る総収入金額(売上金額)に対する売上原価の割合(以下「売上原価率」という。)の平均値(以下「平均売上原価率」という。)六四・二三パーセント(別表六のとおり)で除した金額である。
(2) 売上原価 一四一四万四九三二円
右金額は、被告が原告の取引先等の調査によって把握した同年分の仕入金額及び外注費の金額(明細は別表四の昭和六〇年分の被告主張額欄記載のとおり)に年初商品棚卸額を加算し、年末商品棚卸額を減算した金額である(別表五のとおり、なお、年初商品棚卸額及び年末商品棚卸額は当事者間に争いがない。)。
(3) 一般経費 一二四万六四六二円
右金額は、前記(1)の総収入金額(売上金額)二二〇二万二三一三円に、比準同業者の昭和六〇年中の売上金額に対する一般経費の合計金額の割合(以下「一般経費率」という。)の平均値(以下「平均一般経費率」という。)五・六六パーセント(別表六のとおり)を乗じて算出した金額である。
(4) 特別経費 八二万八〇〇〇円
右金額は、原告が賃借している小平市美園町一丁目七番一九号所在の店舗(以下「原告店舗」という。)の賃借料である(右金額は当事者間に争いがない。)。
(5) 事業所得金額 五八〇万二九一九円
右金額は、前記(1)の総収入金額から(2)から(4)までの合計金額を控除した金額であり、原告の総所得金額と同額である。
(二) 昭和六一年分 六八六万五七六五円
右金額を算出するために用いた推計の方法は昭和六〇年分の方法と同様である。
(1) 総収入金額(売上金額) 二五七九万五八九八円
昭和六一年分の売上原価は一六一二万七五九六円(後記(2)の金額)であり、同年分の平均売上原価率は六二・五二パーセント(別表七のとおり)である。
(2) 売上原価 一六一二万七五九六円
同年分の売上原価の額の明細は別表五のとおりであり、同年分の仕入金額及び外注費の金額の明細は別表四の昭和六一年分の被告主張額欄記載のとおりである(なお、年初商品棚卸額及び年末商品棚卸額は当事者間に争いがない。)。
(3) 一般経費 一五二万四五三七円
同年分の平均一般経費率は五・九一パーセント(別表七のとおり)である。
(4) 特別経費 八二万八〇〇〇円
右金額は、原告店舗の賃借料であり、当事者間に争いがない。
(5) 事業専従者控除額 四五万円
右金額は、所得税法五七条三項(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの)による橋本松子に係る事業専従者控除額であり、当事者間に争いがない。
(6) 事業所得金額 六八六万五七六五円
右金額は、前記(1)の総収入金額から(2)から(5)までの合計金額を控除した金額であり、原告の総所得金額と同額である。
(三) 昭和六二年分 六九八万四〇六五円
右金額を算出するために用いた推計の方法は昭和六〇年分の方法と同様である。
(1) 総収入金額(売上金額) 二六六〇万八九〇四円
昭和六二年分の売上原価は一六七三万四三四〇円(後記(2)の金額)であり、同年分の平均売上原価率は六二・八九パーセント(別表八のとおり)である。
(2) 売上原価 一六七三万四三四〇円
同年分の売上原価の額の明細は別表五のとおりであり、同年分の仕入金額及び外注費の金額の明細は別表四の昭和六二年分の被告主張額欄記載のとおりである(なお、年初商品棚卸額及び年末商品棚卸額は当事者間に争いがない。)。
(3) 一般経費 一六一万二四九九円
同年分の平均一般経費率は六・〇六パーセント(別表八のとおり)である。
(4) 特別経費 八二万八〇〇〇円
右金額は、原告店舗の賃借料であり、当事者間に争いがない。
(5) 事業専従者控除額 四五万円
右金額は、所得税法五七条三項(昭和六三年法律第一〇九号による改正前のもの)による橋本松子に係る事業専従者控除額であり、当事者間に争いがない。
(6) 事業所得金額 六九八万四〇六五円
右金額は、前記(1)の総収入金額から(2)から(5)までの合計金額を控除した金額であり、原告の総所得金額と同額である。
2 本件各更正の適法性
本件各更正における原告の総所得金額は、いずれも右1の本件係争年分の原告の総所得(事業所得)金額の範囲内であるから、本件各更正は適法である。
3 本件各賦課決定の適法性
被告は、本件各更正によって原告が納付すべき所得税額(国税通則法一一八条三項により一万円未満の金額を切り捨てた金額、以下同じ。)を基礎として、国税通則法六五条一項及び二項(ただし、昭和六〇年分及び昭和六一年分については、昭和六二年法律第九六号による改正前のもの)の規定に基づき、昭和六〇年分及び昭和六一年分については、原告が新たに納付すべき各税額に一〇〇分の五を乗じた金額と、右各税額のうち五〇万円を超える金額に一〇〇分の五を乗じた金額の合計額を、昭和六二年分については、原告が新たに納付すべき税額に一〇〇分の一〇を乗じた金額と、右税額のうち五〇万円を超える金額に一〇〇分の五を乗じた金額の合計額をそれぞれ過少申告加算税として本件各賦課決定を行ったものであり、本件各賦課決定は適法である。
三 争点
本件においては、本件各更正及び各賦課決定の適法性が争われているが、本件の争点及び争点に関する当事者双方の主張の要旨は、以下のとおりである。
1 推計の必要性
(一) 被告の主張
被告は、原告の所得税の確定申告について、昭和五七年以降調査を実施しておらず、また、原告の確定申告書には収入金額の記載がなかったため、本件係争年分の申告所得金額が適正なものであるか否かを調査する必要があると判断し、被告所部職員に原告の本件係争年分の所得税の調査(以下「本件調査」という。)を命じた。
右所部職員は、昭和六三年一〇月二四日及び同年一一月八日に、原告の事務所に赴き、帳簿等を提示するように求めたが、原告は、これに応じず、また、調査に同席していた第三者を退席させるように要求しても応じないなど、調査に非協力的な態度をとり続け、自らの事業所得の計算根拠を全く明らかにしなかった。
そのため、被告は、原告の本件係争年分の事業所得金額を実額によって把握することができず、やむを得ず原告の取引先等に対する調査により把握した仕入金額及び外注費の金額を基礎として、右各所得金額を推計の方法によって認定する必要があった。
(二) 原告の主張
原告は、昭和六三年一〇月二四日には、被告所部職員の質問に答え、更にレジスター内の現金を確認するなど調査に協力し、同年一一月八日には、本件訴訟において提出した領収書等の原始資料一切を段ボール箱に入れ、また、帳簿等を準備するなどして、本件調査に積極的に応ずる姿勢を示していた。
したがって、被告所部職員が調査を続行していれば、原告の所得金額を実額で把握することができたのであり、被告所部職員は、単に第三者が同席しているというだけで調査を打ち切ったのであるから、本件においては推計の必要性はなかったというべきである。
2 本件調査の適法性
(一) 原告の主張
本件調査において、被告所部職員は、具体的調査理由を開示せず、原告の信頼する者の立会いを認めずに調査を行ったものであるから、本件調査は、社会的相当性を欠き違法である。
(二) 被告の主張
本件調査に社会的相当性を欠く違法な点はない。
3 推計の合理性
(一) 被告の主張
(1) 被告の推計の方法は前記のとおり、被告が原告の取引先に対する調査等により把握した仕入金額及び外注費の金額等から算出した売上原価を比準同業者の平均売上原価率で除して総収入金額を算出し、右総収入金額に比準同業者の平均一般経費率を乗じて一般経費の金額を算出し、それらを基に原告の事業所得の金額を算出したものである。
(2) 比準同業者は、原告の事業所を管轄する東村山税務署及びこれに隣接する四税務署の管内に事業所を有し、かつ、写真現像焼付取次業を専ら営む者(付随的にフィルム等の感光材料、カメラ、電池等の販売も行っている者を含み、撮影スタジオを有すると認められる者あるいは撮影を行っていると認められる者を除く。)のうち、本件係争年分の各年分ごとに、次のすべての条件(以下「本件抽出基準」という。)を満たす者(以下「本件比準同業者」という。)を抽出した。
ア 本件係争年分において青色申告の承認を受けている者
イ 本件係争年分の売上原価の金額(外注費の金額を含む。)が、次の範囲内である者
昭和六〇年分 七〇五万九一四円以上で二八二〇万三六五六円以下
昭和六一年分 七八三万二九三円以上で三一三二万一一七四円以下
昭和六二年分 八一四万九四七八円以上で三二五九万七九一二円以下
ウ 年を通じて前述の事業を営んでいる者
エ 災害等により経営状態が異常であると認められる者以外の者
オ 不服申立て又は訴訟係属中でない者
(3) 以上のとおり、本件抽出基準を満たした本件比準同業者は、原告の事業所の近接地域において原告と同様の事業を営む個人事業者であり、その売上原価は、原告の売上原価の概ね二分の一から二倍までの範囲内で営業規模を同じくし、特殊事情のある者は除かれているから、本件抽出基準には合理性があり、その抽出作業は右基準を満たす者を遺漏なく抽出するというもので恣意の介在する余地はなく、また、本件比準同業者は青色申告者であるから資料の正確性も担保されている。
したがって、本件における推計の方法は合理性がある。
(二) 原告の主張
被告が比準同業者のために用いた本件抽出基準等によっては、最寄り駅からの距離等の店舗の立地条件や競争の程度、店舗の規模やチェーン店化の有無等の売上原価率に影響を及ぼす事項が何ら考慮されておらず、また、被告は本件比準同業者の明細等について明らかにしないのでこの点を確認することができないから、右推計の方法が合理的とはいえない。
原告の事業においては、撮影サービスを一切行っておらず、また、その売上の七割以上が写真現像焼付取次によるものであり、事業専従者が高齢の母一人である等の事情があるが、本件比準同業者の抽出に当たっては、この点が十分考慮されていない。被告は、撮影スタジオを有すると認められる者あるいは撮影を行っていると認められる者を除いたとするが、その除外方法は単に確定申告において撮影機材等の減価償却がなされているか否かによったというものであり、そうした撮影機材等の減価償却がなくとも、証明写真等の撮影サービスを行っている事業者は多く存在している以上、被告の除外方法によっては、原告と業態の異なる業者が除外されているとはいえない。
また、被告の抽出した比準同業者数は少なすぎ、その平均化によって求められた売上原価率には合理性がないというべきである。写真現像焼付取次の売上原価率は、多くとも七〇パーセント程度であるが、本件比準同業者の売上原価率は七〇パーセントを大きく下回り、六〇パーセントを下回っている者も含まれていることからみても、その推計方法には合理性がないというべきである。
さらに、被告の抽出した比準同業者は、原処分時の比準同業者や審査請求の裁決における比準同業者とも異なっており、その抽出範囲の変更等は恣意的であり、不合理である。
4 原告の本件係争年分の実額による事業所得金額
(一) 原告の主張
原告の本件係争年分の総収入金額(売上金額)、売上原価及び一般経費等の各費目の実額は、別表九記載のとおりであり、これによれば、原告の本件係争年分の事業所得金額は、昭和六〇年分が一八九万三一六円、昭和六一年分が一二六万九七五九円、昭和六二年分が二三三万五五〇〇円である。
(二) 被告の主張
(1) 納税者が、課税庁の推計による所得金額を争い、自己の所得金額を実額で主張し、真実の所得金額が推計額と異なるとして推計課税の違法性を主張するためには、その主張する実額が真実の所得金額に合致することを合理的な疑いを容れない程度に立証する必要があり、そうした実額反証をするにおいては、単に収入金額及び必要経費の一部を主張、立証すれば足りるものではなく、その収入金額がすべての取引先からの総収入金額であり、これを上回る収入のないこと、その主張する必要経費が存在し、必要経費がこれを下回るものでないこと、右必要経費が収入金額と対応することをそれぞれ立証しなければならない。
(2) 原告が、その売上金額を証するための資料として本訴において提出したレジペーパーは、個々の取引を記録した部分がなく、しかも、営業日ごとに作成されたものではない。さらに、レジペーパーに記載された現金売上高と現金残高の照合も行われていないから、右レジペーパーは実額反証のための書証としての信ぴょう性が低いといわざるを得ない。また、掛け売りについての請求書及び領収証控え等も提出されていないことから、原告の売上金額を実額で把握することは不可能である。
(3) 原告が、本訴において提出した金銭出納帳は、営業日ごとの記載となっておらず、その記載内容も、家事上の経費が記帳されている一方、原告が生活費として引き出した金額についての記帳もなく、現金残高の記帳もない。また、記帳された金額を計算すると不自然な支出超過となる部分があるなど、その記帳が正確になされていないことがうかがえ、右金銭出納帳は実額反証のための有効な資料とはなり得ない。
さらに、原告が主張する一般経費については、その支出を裏付ける領収証等の書証の提出がないもの、書証が提出されたものについても、いわゆる「上様」あての領収証や原告のメモ書きが提出されているにすぎないものがあり、また、原告の事業に関連性のない家事費に該当すると認められるものや購入した物品が不明であるものが含まれており、原告の一般経費を実額で把握することは困難である。
第三争点に対する判断
一 争点1(推計の必要性)及び2(本件調査の適法性)について
1 証拠(証人酒部秀樹及び同武田隆子の各証言並びに乙一三ないし一五号証の各一、二)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(一) 原告は、被告に対し、本件係争年分の所得税について、いわゆる白色申告書をもって確定申告をしたが、被告は、原告については昭和五七年以降調査を行っていないこと、原告の本件係争年分の確定申告書には所得金額の記載はあるものの収入金額、必要経費等が一切記載されていなかったことなどから、被告所部職員である酒部秀樹調査官(以下「酒部係官」という。)に本件調査を命じた。
(二) 酒部係官は、昭和六三年一〇月二四日午後三時三〇分過ぎころ、特に事前の連絡等をすることなく、原告の事務所に赴き、原告に対し、所得税の調査でうかがった旨を告げ、身分証明書及び質問検査証を提示した上、調査についての協力を求め、原告の事業の概況についての質問を行った。
右質問の中で、酒部係官が帳簿書類等をつけているかどうかを尋ねたところ、原告は、特に帳簿のようなものはつけていない旨返答したため、酒部係官が、さらに、申告の際に計算の基となった書類等を提示するように求めたところ、原告は、そういった書類は、小金井民主商工会(以下「小金井民商」という。)に預けてあり、手元にはない旨返答し、これを提示しなかった。そこで、酒部係官は、原告に対して、再度うかがうので、その際には申告の基となった書類等を用意して提示してほしい旨を告げて、次回調査日を同年一一月一日とすることで原告の了承を得た。その際、原告から、次回調査日には、小金井民商事務局員等を同席させたい旨の申し出があったが、酒部係官は、調査においては守秘義務があるため、調査に関係のない第三者の立会いは認められない旨説明し、原告の事務所を辞去した。
(三) 昭和六三年一〇月二七日、原告から酒部係官に対し、約束した次回調査日は通院のために都合が悪いので日延べしてほしい旨の電話があり、次回調査日は同年一一月八日の午後一時ころに延期された。その際、原告から、再度第三者の立会いについての要望があったが、酒部係官は、守秘義務の関係等で調査に関係のない第三者の立会いは認められない旨を告げた。
(四) 昭和六三年一一月八日午後一時ころ、酒部係官が原告の事務所を訪れたところ、店の奥の部屋に通されたが、そこには、女性二名が待機しており、続いて、男性が一名入ってきた。酒部係官が、右三名について原告に尋ねると、小金井民商の会員であるとの返答であった(以下、併せて「立会人ら」ということがある。)。
酒部係官は、原告に対して、守秘義務があるので、調査に関係のない第三者の立会いは認められないから、調査の間だけでも立会人らを退席させるよう要請したが、原告は、申告の際に世話になっており、お願いして来てもらっているので、それはできないとしてこれを拒否した。酒部係官が、原告に対して、それでは調査が進められないとして再三立会人らの退席を求めたが、原告は、これを拒否し続けた。その間、立会人らは、調査理由を述べるように、あるいは、立会いを認めるようになどと大声で発言していた。
また、原告は、この間、書類等は用意してあるとして、鞄の中から一、二枚の書類を取り出したが、これを酒部係官に提示することまではせず、酒部係官が他に帳簿書類等は用意してあるかどうかを尋ねると、他にはない旨返答したので、酒部係官は、原告の協力を得て調査を進展させることはできないと判断し、署独自の調査をせざるを得ない旨告げて、その場を辞去した。
以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
証人武田隆子の証言中には、立会人らは、原告が酒部係官に対して収支計算書を示そうとした際に、調査の理由を聞いた方がよいのではないかと発言した後、酒部係官が帰ろうとするまでの間、一切発言をしていなかった旨の証言部分があるが、同人の証言中には、立会いの目的は不当な調査の監視であり、不当な調査が行われたら抗議する旨の証言部分があること、また、右のとおり、その証言によれば、調査理由の開示については、原告が特に主張していないにもかかわらず、積極的に意見を述べていること等に照らしても、その後は、全く発言がなかったということはむしろ不自然であり、右証言部分は直ちには信用できない。
また、証人武田隆子の証言中及び原告本人尋問の結果中には、二度目の調査の際、請求書や領収書等の原始資料を段ボール箱に入れて用意をしてあった旨の供述部分があるが、一方、証人酒部秀樹の証言中には、そのような段ボール箱は見ていない旨の証言部分があり、証人武田隆子の証言中にも、原告が酒部係官に段ボール箱に書類が準備してあるという話はしていなかったかもしれない旨の証言部分があることからすれば、原告が右書類の準備等を酒部係官に告げたものとは考えられないというべきである。
2 右認定事実によれば、本件調査に際して、原告は、調査に関係のない第三者の立会いに固執し、本件調査に協力する姿勢がみられなかったということができ、被告が、原告の事業所得金額について、原告に対する質問調査等によってこれを把握することが困難であると判断して、独自の調査を行い、その結果を基に推計の方法によって右金額を算出したことは、やむを得なかったものであると認めることができるから、本件において、推計の必要性はあるものというべきである。
また、原告は、本件調査は、その調査理由が開示されず、原告が信頼する者の立会いを認めずに行われた違法なものであると主張する。
しかしながら、所得税法二三四条による税務調査において、質問検査の範囲、程度、時期、場所、調査理由の開示の可否、開示の程度、事前通知の有無等の実施の細目については、法律上特段の定めがなく、これらは質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との較量において社会通念上相当な程度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択、裁量にゆだねられているものというべきである。
これを本件についてみると、前記認定のとおり、原告の本件係争年分の確定申告書には所得金額の記載はあるものの収入金額、必要経費等が一切記載されていなかったことが認められるから、本件では客観的にみて質問検査の必要があったことは明らかであり、酒部係官が調査理由については本件係争年分の所得の確認である旨告げていることは前記認定のとおりであり、また、質問検査は、調査対象者の資産、営業上の秘密等に立ち入るのみならず、取引先たる第三者の右秘密事項等にも調査が及ぶおそれがあることなどを考慮すれば、酒部係官が、原告の要求する立会人らの下での調査を拒否したことは、税務職員の裁量にゆだねられた権限の範囲内の行為であり、これをもって、右社会通念上相当な限度を逸脱した行為ということはできない。
したがって、原告の右主張は理由がない。
二 争点3(推計の合理性)について
1 被告は、原告の業種を写真現像焼付取次業とした上、被告が原告の取引先に対する反面調査等によって把握した仕入金額及び外注費の金額を基に、売上原価を算出した上、比準同業者の平均売上原価率及び平均一般経費率を用いて、原告の総収入金額及び一般経費を算出して、これに基づいて原告の総所得金額を算出している。
2 そこで、以下、右の推計方法の合理性について検討する。
(一) 証拠(証人中村範久及び同都築達夫の各証言、乙六号証の一ないし五、七号証の一ないし一五、九号証、一六号証の一ないし五、一七号証の一ないし一五)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
被告は、本訴において、比準同業者として、原告の事業所を管轄する東村山税務署並びに同署に隣接する武蔵野税務署、立川税務署、練馬東税務署及び練馬西税務署の四税務署(以下、まとめて「本件各税務署」ということがある。)の管内に事業所を有し、かつ、写真現像焼付取次業を専ら営む者(付随的にフィルム等の感光材料、カメラ、電池等の販売を行っている者は含み、撮影スタジオを有していると認められる者、あるいは撮影を行っていると認められる者についてはすべて除く。)の中から、本件係争年分の各年分ごとに、本件抽出基準に該当する者を抽出することにした。すなわち、被告は、まず、業種別名簿の写真(DPE)の項目から、青色申告者を抽出し、その青色申告決算書の事業所所在地から、当該青色申告者が本件各税務署管内に事業所を有することを確認し、次に、屋号から写真撮影を行っていると認められる者や兼業種目の記載がある者、また、青色申告決算書の経費欄に外注費の項目がない者や撮影機材等の減価償却資産の計上がある者を除外するなどして、撮影スタジオを有すると認められる者や写真撮影を行っていると認められる者を除き、さらに、他の本件抽出基準に該当する者を抽出して、別表六から八までのとおりの本件比準同業者(本件係争年分につき各三件ずつ)を抽出した。
なお、本件抽出基準のうちのイの基準は、被告が、本訴の当初において原告の売上原価として主張していた金額(昭和六〇年分は一四一〇万一八二八円、昭和六一年分は一五六六万五八七円、昭和六二年分は一六二九万八九五六円)につき、その半分以上、二倍以内の範囲を画した基準(いわゆる倍半基準)であるが、本件比準同業者の売上原価は、本訴において被告が原告の売上原価として主張している変更後の金額の半分以上二倍以内の範囲内にある。なお、その後、被告が、右倍半基準については、原告が実額として主張する売上原価(昭和六〇年分は一四〇七万九三三〇円、昭和六一年分は一六〇九万二六一八円、昭和六二年分は一六五九万六五一四円)を基に、その半分以上、二倍以内の範囲とし、その余の基準については、前同様の基準によって、再度比準同業者の抽出を行ったところ、本件比準同業者が再び抽出されることとなった。
以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(二) 以上によれば、本件抽出基準は、業種及び業態の同一性、事業所の近接性、事業規模の近似性等の点において、同業者の類似性を判別する要件として合理的なものといえる。また、被告は、本件抽出基準に該当する者のすべてを抽出したものであって、その抽出過程に被告の恣意等が介在する余地も認められない。さらに、本件比準同業者は、いずれも帳簿等の書類の裏付けを有する青色申告者であって、経営状態が異常であると認められる者や更正等に対して不服申立て等をしている者が除外されていることに照らすと、その総収入金額及び必要経費の算出根拠となる資料の正確性も担保されているということができる。そして、本件比準同業者の数は、いずれも同業者の個別性を平均化するに足りるものであるということができる。
したがって、被告の推計方法には合理性があるというべきである。
(三) これに対し、原告は、本件抽出基準によっては、店舗の立地条件や競争の程度、店舗の規模やチェーン店化の有無等の売上原価率に影響を及ぼす事情が何ら考慮されておらず、また、原告の事業においては、撮影サービスを一切行っていないこと、その売上の七割以上が写真現像焼付取次によるものであること、事業専従者が高齢の母一人であること等の事情があるのに、この点が十分考慮されていない旨主張する。
しかしながら、推計による課税は、納税者の所得金額が直接資料によって把握することができない場合に、やむを得ず間接資料によって推計した金額をもって真実の所得金額に近似するものとして認定し、課税するものであるところ、原告と比準同業者の類似性を過度に要求することは、推計の方法による課税自体を不可能にすることになりかねず、所得税法が推計による課税を認めている以上、業種及び業態、事業所の近接性、事業規模等の基本的な要因において比準同業者の抽出が合理的であれば、比準同業者間に通常存在する程度の個別的な営業諸条件の差異は、それが推計を不合理ならしめる程度に顕著なものでない限り、その平均値を算出する過程で捨象されるものというべきである。
原告は、原告店舗が小平駅付近にあり、その周辺に多数の写真現像焼付取次を行う店舗が存在する事情等を挙げるが(甲一二七号証ないし一五二号証の各一、二、一五三号証の一ないし三、一五四号証ないし一五八号証の各一、二、一五九号証及び原告本人尋問の結果)、右事情をもって、他の地域に比べて特に過度の競争状態にあり、それが被告の推計方法を不合理ならしめる程度に顕著であるということは未だ認めるに足りないといわざるを得ない。
また、原告は、原告が撮影サービスを行っておらず、売上の七割以上が写真現像焼付取次による等の事情を主張するが、本件比準同業者の抽出に当たっては、専ら写真現像焼付取次業を営む者を対象とし、その中から撮影スタジオを有すると認められる者あるいは撮影を行っていると認められる者が除かれており、この点が考慮されていることは明らかである。原告は、被告の除外方法は単に確定申告において撮影機材等の減価償却がなされているか否かによったものであり、簡単な証明写真等の撮影サービスを行っている事業者は完全に除かれていない旨主張するが、簡単な撮影サービスを行う場合でも、撮影機材等の減価償却資産の計上をすることは十分考えられるところであるし、本件比準同業者がすべて撮影サービスを行っている事業者であるとは到底いえないから、これをもって、右推計方法が不合理であるとまでいうことはできない。また、写真現像焼付取次による売上と感光材料、カメラ等の販売による売上の比率は、比準同業者間に通常存在する程度の差異であり、この点が推計を不合理ならしめるような特殊な事情であるということはできない。
さらに、原告は、本件比準同業者数が少なすぎることや裁決時の比準同業者と異なること等を主張するが、事業、業態等の諸条件について一層の類似性を求める以上は、抽出される比準同業者数がある程度少なくなることはやむを得ないのであり、弁論の全趣旨によれば、本件抽出基準が原告の業態との類似性を考慮しつつ、抽出対象地域を原処分時より拡大することによって一定のサンプル数を確保しようとしたものであることが認められ、この点にかんがみると、本件比準同業者数は同業者の個別性を平均化するに足りる数であるというべきであり、また、裁決と異なる抽出基準を用いること自体が不合理といえないことは明らかであるから、この点で被告の推計方法が不合理であるということはできない。
(四) 以上によれば、原告の主張はいずれも理由がなく、被告の推計方法は合理的であるといえる。
3 そして、被告の主張する推計方法によれば、次の金額が算出される。
(一) 推計の基礎となる原告の本件係争年分の売上原価の金額
(1) 本件係争年分の仕入金額及び外注費の金額についての当事者双方の主張額は、別表四のとおりであり、株式会社アサミカラー(以下「アサミカラー」という。)分、株式会社東京カラー(以下「東京カラー」という。)分(ただし、昭和六〇年分のみ)、株式会社イマジカ(旧株式会社東洋現像所、以下「イマジカ」という。)分、カメラのホンマ分及び東京写真材料商業協同組合(以下「東京写真材料」という。)分を除き、当事者間に争いがない。そして、右当事者間に争いのある仕入れ及び外注に係る取引の明細についての当事者双方の主張は別表一〇から一四までのとおりである。
そこで、以下、右当事者間に争いのある部分について検討する。
(2) アサミカラー分について
アサミカラーとの仕入れ及び外注に係る取引の明細についての当事者双方の主張は、別表一〇のとおりであり、その主張額の差異は、昭和六一年一一月分、同年一二月分及び昭和六二年一月分の取引金額の相違並びに本件係争年分の各取引金額に、仕入れに当たらないサービス消耗品費が含まれているか否かという点に基づくものである。
そこで、まず、昭和六一年一一月分、同年一二月分及び昭和六二年一月分の取引金額についてみるに、原告は、被告の主張額より多い金額を主張しているところ、甲一三ないし一五号証の各一、一九号証の五、六及び八、二七七号証並びに原告本人尋問の結果によれば、アサミカラーから原告に対して、昭和六一年一一月分として官製はがき合計七〇枚分、二八〇〇円の、同年一二月分として官製はがき合計四九〇枚分、一万九六〇〇円の、昭和六二年一月分として官製はがき一二〇枚分、四八〇〇円の請求がされていることが認められるから、結局、昭和六一年一一月分、同年一二月分及び昭和六二年一月分の取引金額の相違は、右官製はがき代金につき、被告が、これを含めない額を右各月分の仕入金額及び外注費の金額として主張し、原告が、右官製はがきは、はがきに写真を張り合わせて挨拶状や年賀状に用いるいわゆるポストカードの材料として購入されたものであるとして、右官製はがき代金を仕入代金としている点に基づくものであるということができる。そうすると、少なくとも、右官製はがき代金以外の右各月分の被告主張に係る取引に基づく仕入金額及び外注費の金額については、後記サービス消耗品費に関する点を除き、当事者間に争いがないことになる。なお、原告は、右のとおり官製はがき代金を含めた額を仕入金額として主張しているが、本件のように仕入れに係る商品を販売することにより利益が上がる場合においては、推計の基礎としての仕入金額及び売上原価の額に被告の主張漏れ又は補足漏れがあるときには、これに基づいて算出される売上金額、さらには所得金額もこれに応じて減少することになり、いわゆる控え目な推計となるのであるから、原告の実額主張としては格別、推計の基礎となる仕入金額等については、少なくとも被告の主張する仕入金額等が認められるか否かを問題とすれば足りるものというべきである。
次に、サービス消耗品費の点についてみるに、原告は、アサミカラーとの本件係争年分の取引金額の中には、顧客に対して無料で交付するサービス品費が含まれている旨主張しており、甲一六、一七号証の各一ないし一二、一八号証の一ないし一六、二七七号証及び原告本人尋問の結果によれば、アサミカラーとの本件係争年分の取引金額の中には、品名をショッピングバッグ、フジカラー拡販袋、キャリーバッグ、フジカラー包装紙、アルバム拡販袋及びショーレックスとする取引が含まれており、右商品の取引に係る金額は、昭和六〇年分は合計一万一八三五円、昭和六一年分は合計一万六八二〇円、昭和六二年分は合計一万六九〇〇円であるところ、右商品はいずれもサービスとして顧客に無料で提供されているものであることが認められる。そうすると、右商品はいわゆるサービス品であり、右商品の購入代金は、サービス消耗品費として、仕入金額から除外されるものというべきであり、被告の主張額のうち、この点に係る取引金額を仕入金額及び外注費の金額と認めることはできないというべきである。
以上によれば、アサミカラーとの取引に係る仕入金額及び外注費の金額として被告が主張する額から、右サービス消耗品費に係る取引金額を除いた金額、すなわち、昭和六〇年分は五八三万八五四〇円、昭和六一年分は六〇〇万九一〇三円、昭和六二年分は八八五万四六四三円が、少なくとも、推計の基礎となる仕入金額及び外注費の金額として認めることができる。
(3) 東京カラー分について
東京カラーとの仕入れ及び外注に係る取引の明細についての当事者双方の主張は、別表一一のとおりであり、その差異は、昭和六〇年一二月分の金額が六円異なるという点である。
乙二号証によれば、被告からの取引金額の照会に対する東京カラーの回答においては、昭和六〇年一二月分の取引金額については、二四万八一七八円との記載がある一方、甲二〇、二三号証及び二四号証の一〇によれば、同月分についての東京カラーからの請求書、請求明細書及び領収書には、いずれも同月分の取引金額は、二四万八一七二円と記載されていることが認められる。そうすると、乙二号証の記載はむしろ東京カラーの記載誤りであると認められるから、東京カラーとの取引に係る昭和六〇年分の仕入金額及び外注費の金額として被告が主張する額のうち、右六円はこれを認めることができず、少なくとも推計の基礎となる仕入金額及び外注費の金額は、三二〇万七三一六円となる。
(4) イマジカ分について
イマジカとの仕入れ及び外注に係る取引の明細についての当事者双方の主張は、別表一二のとおりであり、その主張額の差異は、本件各係争年分の期首期末分と昭和六一年三月分から五月分まで及び七月分の取引金額の相違に基づくものである。
そこで、まず、本件係争年分の期首期末の計算についてみるに、原告は、被告主張に係る本件係争年分の各一月分の取引金額には、前年の一二月二一日から同月三一日までの取引分が含まれている旨主張するところ、甲三三号証の一ないし六、三四号証の一、二、三五号証の一ないし三、三六号証の一、二、三七号証の一ないし三、三八号証の一ないし三、三九号証、四〇号証の一ないし五、四一号証の一ないし四、四二号証の一ないし四、四三号証の一ないし三、二七七号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告とイマジカの取引は毎月二〇日締めで行われており、本件係争年分の各一月分のイマジカからの請求においては、前年の一二月二一日から同月三一日までの取引分が含まれていること、昭和五九年一二月二一日から同月三一日までの取引に関し昭和六〇年一月分の中で請求されている取引金額は六万九八八九円、昭和六〇年一二月二一日から同月三一日までの取引に関し昭和六一年一月分の中で請求されている取引金額は四万六七一八円、昭和六一年一二月二一日から同月三一日までの取引分で昭和六二年一月分の中で請求されている取引金額は八万二二五〇円(なお、原告は右金額が八万二五三〇円である旨主張するが、甲四一号証の一ないし四に記載された昭和六一年一二月二一日から同月三一日までの間の取引金額を合計すると、八万二二五〇円となり、これを超えて差し引くべき前年分の取引額があることについては、判然としない。)であることが認められる。そうすると、当該年分の仕入金額及び外注費の金額を算出するには、期首において、前年の一二月二一日から同月三一日までに発生した取引額を控除する必要があるというべきであり、被告主張額のうち、右認定の期首分の取引金額については、これを認めることができないことになる。
次に、昭和六一年三月分から五月分まで及び七月分の取引金額についてみるに、乙三号証によれば、被告からの取引金額の照会に対するイマジカの回答においては、昭和六一年三月分ないし五月分及び七月分の取引金額については、被告主張額と同額の記載があることが認められるが、甲三六号証の一、二、三七号証の一ないし三、三八号証の一ないし三、三九号証によれば、右回答における記載金額は、同月分の取引金額ではなく、翌月又は前月の繰越額や請求金額等を誤って記載したものと認められ、同年三月分から五月分まで及び七月分の請求書における当月お買上金額欄に記載されている金額は、原告主張額と同額であることが認められる(なお、同年三月分の当月お買上金額欄はマイナス二八二五円と記載されているが、右金額は、同月の仕入金額及び外注費の金額四万七三三四円からイマジカがカメラを回収する際に原告に支払うべき金額五万一五九円を相殺した金額である。)。そして、右記載誤りにより増加する昭和六一年分の取引金額は二万二三八〇円であり、右差異は、個々の取引の存否についての争いに基づくものではないというべきであるから、被告主張に係る仕入金額及び外注費の金額から前記期首分の金額を控除した額から、右記載誤りによる増加分を差し引いた金額が、少なくとも、推計の基礎となる昭和六一年分の仕入金額及び外注費の金額として認められるというべきである。
以上によれば、少なくとも、推計の基礎となるイマジカとの取引に係る仕入金額及び外注費の金額としては、昭和六〇年分は九六万七七六〇円、昭和六一年分は一〇三万三〇〇三円、昭和六二年分は一〇二万五四八六円ということになる。
(5) カメラのホンマ分について
カメラのホンマとの仕入れ及び外注に係る取引の明細についての当事者双方の主張は、別表一三のとおりであり、その主張額の差異は、本件係争年分の各取引金額に、仕入れに当たらないサービス消耗品費が含まれているか否かという点に基づくものである。
原告は、被告主張のカメラのホンマとの本件係争年分の取引金額の中には、顧客に対して無料で交付するサービス品費や消耗品費が含まれている旨主張しており、甲四四号証の一の一、同二の二、同三の一、同四の一、同五の一、同六の一、同七の一、同八の一、同九の一、四五号証の一の二、同二の一、同三の一、同四の一、同五の一、同六の二、同七の一、同八の一、同九の一、四六号証の一の二、同二の四、同三の二、同四の一、二七七号証及び原告本人尋問の結果によれば、カメラのホンマとの本件係争年分の取引金額の中には、品名をポリ袋(E判、L判)、修理伝票、DP袋キャビネ、ポリ袋カビネ及びフィルムクリーナーとする取引が含まれており、右商品の取引に係る金額は、昭和六〇分年は合計一万五〇七〇円、昭和六一年分は合計二万五二四〇円、昭和六二年分は合計一万二四五〇円であるところ、右商品のうち、ポリ袋(E判、L判)、DP袋キャビネ及びポリ袋カビネはいずれもサービスとして顧客に無料で提供されているものであること、修理伝票は顧客から修理品を預かった際に用いる伝票であり、フィルムクリーナーはフィルムに付着したゴミやネガホルダーに書かれた焼増し枚数の数字等を消す際に用いる薬品であることが認められる。そうすると、右商品はサービス品及び消耗品であり、右商品の購入代金は、サービス消耗品費として、仕入金額から除外されるものというべきである。
以上によれば、少なくとも、推計の基礎となるカメラのホンマとの取引に係る仕入金額及び外注費の金額としては、別表一三の原告主張額欄記載の金額を限度として認めることができる。
(6) 東京写真材料分について
東京写真材料との仕入れ及び外注に係る取引の明細についての当事者双方の主張は、別表一四のとおりであり、その主張額の差異は、本件係争年分の各取引金額に、仕入れに当たらないサービス消耗品費が含まれているか否かという点に基づくものである。なお、当事者双方の主張中、昭和六〇年五月分及び六月分の取引金額の点について、四万一〇〇〇円の取引がいずれの月分に計上されるべき金額かについて争いがあるが、右取引の同一性自体については当事者間に争いはなく、いずれの月分に計上されるにしても昭和六〇年分の仕入金額及び外注費の金額に影響を及ぼさないというべきである。
原告は、被告主張の東京写真材料との本件係争年分の取引金額の中には、顧客に対して無料で交付するサービス品費や消耗品費が含まれている旨主張しており、甲四七号証の一、二、四八号証の一ないし七、四九号証の一ないし一〇、二七八号証及び原告本人尋問の結果によれば、東京写真材料との本件係争年分の取引金額の中には、品名をカラーアルバム、DP袋カビネ、修理伝票、オヒサマカレンダー、コクブヨウヒン、ミスズヨウヒン、トウアヨウヒン、手提げ袋小及びフィルムピッカーとする取引が含まれており、右商品の取引に係る金額は、昭和六〇年分は合計一万五五二〇円、昭和六一年分は合計二万八七五〇円、昭和六二年分は合計七万八三三四円であるところ、右商品のうち、カラーアルバム、DP袋カビネ、オヒサマカレンダー及び手提げ袋小はいずれもサービスとして顧客に無料で提供されているものであること、修理伝票は顧客から修理品を預かった際に用いる伝票であり、フィルムピッカーは、未使用フィルムの取出先がフィルム容器の中に入ってしまったときにこれを取り出す道具であり、原告が店舗の備品として使用するものであること、コクブヨウヒンとあるのはクッキー、ミスズヨウヒンとあるのはおもちゃの扇風機、トウアヨウヒンとあるのはストーブであり、これが、顧客へのサービス品であるか、原告が自己使用するものであるかはともかく、少なくとも顧客に販売する商品として購入されたものでないことが認められるから、いずれにしても、右商品の購入代金は、仕入金額から除外されるものというべきである。
したがって、少なくとも、推計の基礎となる東京写真材料との取引に係る仕入金額及び外注費の金額としては、別表一四の原告主張額欄記載の金額を限度として認めることができる。
(7) 以上によれば、推計の基礎となる本件係争年分の仕入金額及び外注費の金額は、少なくとも、昭和六〇年分が一三八一万五五一九円、昭和六一年分が一四六五万二一九八円、昭和六二年分が一六〇八万九二六六円となり、年初商品棚卸額及び年末商品棚卸額は当事者間に争いがないから、本件係争年分の原告の売上原価は、昭和六〇年分が一四〇三万二六一二円、昭和六一年分が一五九八万七六八八円、昭和六二年分が一六五四万四四〇六円となる。
(二) 本件係争年分の総所得金額
本件抽出基準及び本件比準同業者の平均売上原価率及び平均一般経費率を用いた推計方法が合理的であることは前記のとおりである。
なお、推計の基礎となる原告の売上原価の金額が、被告の主張額と異なることは右認定のとおりであるが、本件比準同業者の売上原価は、いずれも、右認定額の倍半基準の範囲内にあること、前記のとおり、被告が売上原価につき原告主張額の倍半基準により比準同業者を抽出した際にも、本件比準同業者には変動がなかったこと、被告主張額及び原告主張額と右認定額の差異はわずかであること等に照らせば、本件比準同業者の平均売上原価率及び平均一般経費率を用いて原告の所得金額を推計することには、なお、合理性があるというべきである。
そして、前記認定の原告の本件係争年分の売上原価の金額を基に、本件比準同業者の平均売上原価率を用いて、原告の本件係争年分の総収入金額(売上金額)を算出すると、以下の金額となる。
昭和六〇年分 二一八四万七四四二円
昭和六一年分 二五五七万二一一七円
昭和六二年分 二六三〇万六八九四円
次に、右のとおり算出された原告の総収入金額(売上金額)を基に、本件比準同業者の平均一般経費率を用いて、原告の本件係争年分の一般経費を算出すると、以下の金額となる。
昭和六〇年分 一二三万六五六五円
昭和六一年分 一五一万一三一二円
昭和六二年分 一五九万四一九七円
そして、算出された右各金額を基礎として、当事者間に争いのない特別経費及び事業専従者控除額(昭和六一年分及び昭和六二年分)を差し引いて、原告の本件係争年分の総所得金額を算出すると、以下の金額となり、いずれも本件更正に係る総所得金額を超えることになる。
昭和六〇年分 五七五万二六五円
昭和六一年分 六七九万五一一七円
昭和六二年分 六八九万二九一円
三 争点4(原告の本件係争年分の実額による事業所得金額)について
1 被告の主張する推計課税に対して、原告は、本件係争年分の総収入金額及び必要経費の実額は、別表九記載のとおりである旨主張する。
(一) そこで、検討するに、被告の推計課税に対して、原告が実額による課税をすべき旨を主張する場合、原告は、その収入金額及び必要経費の実額のいずれをも立証する必要があるところ、仮に、原告が主張する収入金額の全部又は一部を立証することができ、あるいは、当事者間に争いのない部分があったとしても、その必要経費を実額で主張する場合には、それが、右収入金額に対応するものであることを立証しなければならないというべきである。すなわち、所得税法三七条一項は、所得の計算上必要経費の額に算入すべき金額は、所得の総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るために直接要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用の額とする旨規定している。右規定に照らせば、原告は、必要経費の実額を主張して被告の推計額を争う場合には、原告の主張に係る必要経費が当該係争年分の総収入金額と対応するものであることについて、合理的な疑いを容れない程度に立証する必要があるものというべきであり、原告は自らが主張する収入金額が原告の当該係争年分のすべての取引から生じたすべての収入(以下「総収入」という。)であることを主張、立証して、その期間内に支出した必要経費との対応関係を立証するか、あるいは、自らが主張する必要経費とその収入とが、個別的に対応するものであることを主張、立証しなければならないものというべきである。
もっとも、原告が主張する売上金額に捕捉漏れがあることが必ずしもうかがわれず、かつ、原告が主張する収入及び必要経費の金額を基に算出した所得率等が、比準同業者の右比率の平均値に近似するような場合には、経験則上、原告が自ら主張する収入金額が原告の総収入によるものであることが推認されるといえるから、具体的な立証の要否という点からいえば、原告は、改めて前記のような対応関係を立証することまでは要しないというべきである。
(二) 以上のような観点から本件をみると、原告が主張する総収入金額、売上原価及び一般経費の実額に基づいて、売上原価率を求めた場合には、昭和六〇年分は約七四・八〇パーセント、昭和六一年分は約七八・六〇パーセント、昭和六二年分は約七五・二二パーセントとなり、一般経費率を求めた場合には、昭和六〇年分は約一〇・七五パーセント、昭和六一年分は約八・九四パーセント、昭和六二年分は約八・三九パーセントとなり、右数値は、本件比準同業者の各売上原価率及び各一般経費率をいずれも超える高い数値である。
そうすると、本件においては、原告は、その主張する必要経費と収入金額との対応関係について、これを具体的に立証する必要があるというべきである。
(三) 原告は、その主張する収入金額が、原告の総収入である旨主張し、その証拠として、売上帳(甲一ないし三号証)、収支内訳書(甲四ないし六号証)、金銭出納帳(甲七号証の一ないし五〇、八号証の一ないし四九、九号証の一ないし五〇)並びにレジペーパー(甲一〇号証の一ないし一八九、一一号証の一ないし一二及び一四ないし一八五、一二号証の一ないし一八三)を提出している。
しかしながら、原告本人尋問の結果によれば、右売上帳及び収支内訳書は、事業の必要性などから各年度末等に作成されたものではなく、本件の審査請求段階において作成されたものであることが認められるから、このような資料をもって原告の主張する収入金額が総収入であることを認めるべき証拠に供することはできないというべきである。
また、金銭出納帳についてみるに、甲七号証の一ないし五〇、八号証の一ないし四九、九号証の一ないし五〇及び原告本人尋問の結果によれば、右金銭出納帳は、通常の金銭出納帳のように日々の現金の入金、出金を管理するために記載されたものではなく、ほぼ一か月分をまとめて記載したものであり、その内容も営業日二日ごとに記載され、残高記載もなされていないこと、右金銭出納帳に記載があるが原始資料がないもの、資料があるのに記載が漏れているものもあり、また、事業上の収支以外の家事上の経費についても記帳されていること、さらに、記載された数字を合計すると支出合計が収入を大きく上回り支出超過となっている部分があるが、原告自身も支出超過になったような記憶はないこと等が認められる。そうすると、右金銭出納帳は日々の取引を正確に記載したものということはできず、これをもって原告の総収入を立証するに足りる有効な資料ということはできない。
さらに、右レジペーパーをもって、原告の総収入を認定し得るか否かについて検討する。
原告の営む写真現像焼付取次業等は、その売上代金の大部分を現金で回収する現金小売業であるが、そのような現金小売業においては、売上代金の多くが現金で回収され、顧客が特に領収証等を求めることも少ないため、売上の痕跡が残りにくく、売上が除外されるとそのまま不明となってしまうことは否めないところであるから、その売上金額の立証等においては、現金の管理が適正に行われているか否かが重要な要素となるというべきである。そして、一般に、現金小売業においては、現金売上高がレジスターにより管理されることが多いことからすれば、レジスターにより記録されたレジペーパーが重要な資料となるものというべきところ、原告は、本訴において提出されたレジペーパーには、その売上がほぼ全て記載されており、右記載は正確である旨主張する。しかしながら、甲一〇号証の一ないし一八九、一一号証の一ないし一二及び一四ないし一八五、一二号証の一ないし一八三、二七七号証及び原告本人尋問の結果によれば、右レジペーパーは、各売上項目ごとの集計額及びその合計額が記録されたものであるところ、その集計は一日置きになされていること、原告は、現金売上高のみならず、売掛金の回収額も現金売上と区別することなくレジスターに入力しており(ただし、年末年始分の売掛金については入力していないものがある。)、また、宝くじについては、仕入れの際に、販売手数料及び当選金立替手数料のみを売上として計上しているため、その販売代金をレジスターに入力することなく入金し、当選金立替金をレジスター内での現金で支払うことがあり、さらに、レジスター内の現金を生活費として持ち出すこともあるなど、レジスターの入力等とレジスター内の現金の動きは全く連動していないこと、したがって、レジペーパー等に記録された金額とレジスター内の現金との照合等が全く行われていないことが認められる。そうすると、原告の現金小売業としての売上及び現金の管理は極めて不十分なものといわざるを得ず、右レジペーパーは、その記載金額につき、現金との照合等の検証が全く行われていないため、レジスターへの入力誤りや入力漏れがあるか否かについても検証を経ておらず、その正確性の裏付けを欠く信ぴょう性の低い資料であるといわざるを得ない。
(四) 以上によれば、原告提出に係るレジペーパー、金銭出納帳等の前掲各証拠をもっては、原告主張の収入金額が原告の総収入であると認めるべき証拠に供することはできないというべきであり、そのほか、原告の主張する必要経費と収入との個別具体的な対応関係を認めるに足りる証拠はない。
2 したがって、原告の総収入金額及び必要経費についての実額の主張は、その余の点について判断するまでもなく、これを採用することはできないというべきである。
四 結論
以上のとおり、本件推計課税においては、推計の必要性及び合理性が認められ、本件各更正の総所得金額は、右推計により算出した本件係争年分の総所得金額(前記二の3(二)のとおり)の範囲内である。したがって、本件各更正には何ら違法な点はなく、また、これに基づく本件各賦課決定にも何ら違法な点はないから、原告の請求はいずれも棄却すべきこととなる。
(裁判官 秋山壽延 竹田光広 森田浩美)
別表一~五及び九~一四<省略>
別表六
比準同業者(昭和60年)
対象者の記号
総収入金額
(売上金額)
売上原価
一般経費
分析比率
売上原価率
一般経費率
A
13,118,979
8,309,585
723,121
63.34%
5.51%
B
18,306,494
11,571,459
1,389,922
63.21%
7.59%
C
14,288,985
9,449,966
553,174
66.13%
3.87%
合計
192.68%
16.97%
平均
64.23%
5.66%
(単位:円)
別表七
比準同業者(昭和61年)
対象者の記号
総収入金額
(売上金額)
売上原価
一般経費
分析比率
売上原価率
一般経費率
A
14,352,864
9,022,477
703,262
62.86%
4.90%
B
17,365,996
10,095,785
1,318,781
58.14%
7.59%
C
14,755,379
9,821,679
771,596
66.56%
5.23%
合計
187.56%
17.72%
平均
62.52%
5.91%
(単位:円)
別表八
比準同業者(昭和62年)
対象者の記号
総収入金額
(売上金額)
売上原価
一般経費
分析比率
売上原価率
一般経費率
A
14,365,959
8,868,450
813,357
61.73%
5.66%
B
17,054,257
10,980,147
1,240,885
64.38%
7.28%
C
15,891,685
9,940,963
831,271
62.55%
5.23%
合計
188.66%
18.17%
平均
62.89%
6.06%
(単位:円)