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東京地方裁判所 平成3年(行ウ)112号 判決 1992年9月30日

東京都港区白金二丁目三番二〇号

原告

篠原武文

右訴訟代理人弁護士

土屋東一

味岡良行

東京都港区芝五丁目八番一号

被告

芝税務署長 菊池衛

右指定代理人

加藤美枝子

寺内信雄

本多三朗

木下茂樹

田邊誠一

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求の趣旨

被告がいずれも平成二年三月一日付けでした、原告の昭和六一年分の所得税に関する更正のうち総所得金額二、七〇三万一、七五九円、納付すべき税額八四〇万八〇〇円を超える部分、原告の昭和六二年分の所得税に関する更正のうち総所得金額二、三二八万二、八九七円、納付すべき税額六六八万七、三〇〇円を超える部分及び原告の昭和六三年分の所得税に関する更正のうち総所得金額九三四万五、六八八円、納付すべき税額マイナス(還付になる金額)四四二万六、九〇〇円を超える部分並びに右各年分の所得税の過少申告加算税賦課決定を、いずれも取り消す。

第二事案の概要

本件は、個人で不動産賃貸業を営む原告の、昭和六一年分から昭和六三年分(以下、この各年を「係争各年」という。)までの所得税の青色の申告に関する前記の各更正(以下「本件各更正」という。)及び各決定(以下「本件各決定」という。)の取消しを求める事件であり、右の各年分の所得税の課税の対象となる不動産所得の金額の計算に当たって、原告が所有する別紙物件目録記載の各土地(以下、同目録一の土地を「本件一土地」、同目録二の土地を「本件二土地」、同目録三の土地を「本件三土地」といい、これら各土地を合わせて「本件各土地」という。)に係る固定資産税及び都市計画税(以下「固定資産税等」という。)の金額を、必要経費に算入することができるか否かが争われている事案である。

一  当事者間に争いのない事実等

1  本件各課税処分等の経緯

原告の本件各年分の所得税について、原告のした申告、被告のした更正及び過少申告加算税賦課決定、これに対する原告の不服申立て等の経緯は、別表一から三までに記載のとおりである。

2  原告の各年分の所得の金額等について

(一) 原告の申告に係る不動産所得等の金額は、右固定資産税等の金額を必要経費に算入して計算した金額となっているが、被告は、原告の本件各年分の総所得金額等の計算に当たっては右固定資産税等の金額を必要経費に算入すべきでないとして、右総所得金額等は、原告の申告に係る不動産所得等の金額に本件土地に係る固定資産税等の金額を加算するなどして次のとおりの金額になるものとしている。

(1) 昭和六一年分

<1> 不動産所得の金額 一、八三七万八、六四八円

(原告の修正申告に係る金額 一、五六三万八、六四八円)

(加算すべき固定資産税等の金額 二七四万〇、〇〇〇円)

<2> その他の所得の金額 一、一三九万三、一一一円

<3> 総所得金額 二、九七七万一、七五九円

(2) 昭和六二年分

<1> 不動産所得の金額 一、四四七万八、八一八円

(原告の修正申告に係る金額 一、一七三万八、八一八円)

(加算すべき固定資産税等の金額 二七四万〇、〇〇〇円)

<2> その他の所得の金額 一、一六四万四、〇七九円

<3> 総所得金額 二、六一二万二、八九七円

<4> 分離長期譲渡所得金額 二〇九万四、四五〇円

(3) 昭和六三年分

<1> 不動産所得の金額 一五七万九、六八八円

(原告の修正申告に係る金額マイナス(損失) 一一四万六、四一二円)

(加算すべき固定資産税等の金額 二八二万六、一〇〇円)

(減算すべき金額 一〇万〇、〇〇〇円)

<2> その他の所得の金額 一、〇四九万二、一〇〇円

<3> 総所得金額 一、二〇七万一、七八八円

(二) 原告は、右の被告主張の課税根拠のうち、本件土地に係る固定資産税等の金額(その金額自体は、当事者間に争いがない。)を原告の申告に係る不動産所得の金額に加算すべきものとする点を争っているが、その余の課税根拠事実はすべて認めている。すなわち、右固定資産税等が不動産所得の計算に当たって必要経費に算入されないものとした場合には、原告の本件各年分の所得税に関する総所得金額、納付すべき税額等が、本件各更正及び本件各決定のとおりとなることについては、当事者間に争いがないこととなる。

二  本件の争点

所得税法三七条一項は、不動産所得の計算に際しての必要経費の取扱いについて、「その年分の不動産所得の金額の計算上必要経費に算入すべき金額は、別段の定めのあるものを除き、この所得の総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他この所得を生ずべき業務について生じた費用の額とする」と規定している。

本件の争点は、前記のとおり、専ら、原告の係争各年分の不動産所得の金額の計算に当たって、本件各土地に係る固定資産税等の金額をこの必要経費に算入することができるか否かの点にあり、当事者双方は、この点について、要旨次のような主張をしている。

1  原告の主張

(一) 所得税基本通達(三七―五)は、業務の用に供される資産に係る固定資産税等を、当該業務に係る各種所得の金額の計算上、必要経費に算入すべきものとしている。右の定めにおいて、その固定資産税等を必要経費に算入すべき資産は、現に業務の用に供されている資産のみに限定されているものではないから、およそ業務の用に供する目的をもって所有している資産については、賃料収入を発生させていないものであっても、すべてその固定資産税等は右の必要経費に算入されるべきである。そして、右の業務の用に供する目的をもって所有している資産に当たるか否かは、本件における原告の不動産賃貸業に即していえば、当該資産が右不動産賃貸業に係る資産に属するとみられるか、それとも右業務に関係のない個人的所有資産に属するとみられるかという観点からなされるべきであり、不動産賃貸業を営んでいる原告が右資産を現にその不動産賃貸業の事業体に組み入れて運営しているか否かという点を中心として、右の判別が行われるべきである。

(二) 原告は、その所有不動産の賃貸業によって年間八、〇〇〇万円以上もの賃料収入を上げており、その事業の規模は、一般の法人企業の営む不動産賃貸業のそれと変わらないものである。

しかも、原告は、本件各土地を賃貸の用に供して収入を得るために、長年にわたって種々の事業計画を策定、実行するなどしてその事業化を推進してきている。また、原告は、昭和五三年一月四日以降、葉山不動産株式会社(昭和五六年七月三日に商号を「葉山ビルヂング株式会社」に変更した。以下、旧商号の当時も含めて「葉山ビル」という。)に本件土地の管理を委託して、同社にその管理費を支払ってきており、右管理費を継続して原告の不動産賃貸業の必要経費に算入することを認められてきている。そして、昭和五四年一〇月には、手付金一、〇〇〇万円を受領して、本件土地について賃貸借契約を締結し、また、昭和五八年九月にも、契約金二、五九三万余円を受領して、本件土地について賃貸借契約を締結し、現に本件土地の賃貸に関して経済的利益を取得した事実もある。

(三) 右のような事情からすれば、本件土地は、まさに原告の営む不動産賃貸業の事業体の一部に組み込まれてきたものというべきであり、したがって、本件土地に係る固定資産税等については、これを原告の不動産賃貸業に係る不動産所得の金額の計算上必要経費に算入することが認められるべきである。

(四) また、原告は、本件各土地上に、昭和五四年に給水設備(上水道管)を敷設するなど、賃貸に向けた土地の整備も進めてきている。

そして、原告は、昭和三三年に本件各土地を取得して以来様々な賃貸事業を計画し、昭和五三年以降はその事業のため八王子市当局との間に開発行為の許可に向けた事前協議を重ねてきた。行政実務では、この事前協議は、具体的な利用計画が固まり、開発行為に関する法令上の各規制に完全に抵触しない状態になるまで行われ、その後に初めて許可申請書が提出されるものであり、原告において開発許可の取得がなされていないとか、申請もなされていないとして、原告が本件土地をその不動産賃貸業務の用に供することが近い将来において実現されることが客観的に明白になったとはいえないとする被告の主張は失当である。

2  被告の主張

(一) 原告のように個人で不動産賃貸業を営む者の所有土地に係る固定資産税等が、その者の不動産所得を生ずべき業務について生じた費用とされるためには、原則として当該土地が現に貸付けの用に供されている場合であることを必要とし、現に貸付けの用に供されていない土地についてその固定資産税等の必要経費への算入が認められるためには、およそ業務の用に供する目的をもって所有している資産であるというだけでは足りず、その者が当該土地を貸付けの業務の用に供する意図を有していることに加えて、当該土地の地目、形状、面積、設備状況、法的規制等を総合的に勘案して、その土地を業務の用に供する意図が近い将来において実現されることが、外部から識別できる程度に客観的に明白であることを要する。なぜなら、営利法人の場合と異なり、個人の場合には、その社会活動が必ずしも営利を目的とするものに限定されず、土地の所有についても、業務用、家事用、投資用等の様々な用途や目的が考えられ、また、当初は賃貸業務用とする意図で取得した場合であっても、他の用途に変更したり、売却したりすることもあり得るところであるから、当該土地に係る固定資産税等が不動産所得を生ずべき業務について生じた費用に当たるか否かを所有者の主観的な意図のみに基づいて判定すべきものとすると、いきおい判定が恣意的なものとなり、租税負担の公平という見地からして容認し難い結果となるからである。

(二) ところで、本件各土地は、未だ現実に貸付けの用に供されたことがなく、また、その形状及び法的規制等からしてそのままの状態では採算のとれる貸付けができる見込みも極めて薄く、さらに、本件土地を一体として活用するのに不可欠な手続である開発許可の取得もなされていない。このような状況からすると、原告が本件土地をその不動産賃貸業務の用に供したいとの主観的な意図を有していたとしても、未だその意図が近い将来において実現されることが客観的に明白になったといえる段階には至っていないものというべきである。

したがって、本件土地に係る固定資産税等が原告の不動産所得を生ずべき業務について生じた費用に該当するものと認めることはできないこととなる。

第三争点に対する判断

一  個人で不動産賃貸業を営む者の所有する土地であって、当該年度においては未だ現に貸付けの用に供されていなかったものについては、その固定資産税等がその年度における不動産所得を生ずべき業務について生じた費用と認められるためには、その者がその主観において当該土地を貸付けの用に供する意図を有していたというだけでは足りず、当該土地が、その形状、種類、性質その他の状況からして、近い将来において貸付けの用に供されるものと考えられるような客観的な状態にあることを必要とするものというべきである。なぜなら、土地には種々の利用方法等があり、不動産所得以外の所得の起因ともなり得るし、家事用としての利用方法もあり、また、将来の売却や利用を考えてはいるものの当面は遊休地としておくということも考えられ、かつ、その利用方法等を変更することも可能である。したがって、現に貸付けの用に供されていない土地については、これが、不動産所得以外の所得の起因となる利用や家事用としての利用等ではなく、貸付けの用に供されるものであることが外部から客観的に識別できるような状態にある場合に初めて、当該土地に係る固定資産税等を不動産所得を生ずべき業務について生じた費用と判定することが可能になるものと考えられるからである。

この点について、原告は、原告のように大きな事業規模で不動産賃貸業を営んでいる者の場合は、現に稼働していない土地であっても、その不動産賃貸業の事業体に組み込まれて運営されている土地については、その固定資産税等を不動産所得の金額の計算上必要経費に算入すべきであると主張している。この事業体に組み込まれて運営されているものというのがどのような場合をいうものかは必ずしも明らかでないが、その主張の趣旨が、当該土地の固定資産税等の必要経費への算入が認められるための要件として、その土地がその状況等に照らして近い将来において貸付けの用に供されることが客観的に明らかになっていることを必要としないというものであるとすれば、右のような理由からして、その主張は失当なものというべきである。

二1  そこで検討するに、甲二号証の一及び二、三ないし一六号証、一八、一九、二七及び三〇号証、乙一ないし三号証に、弁論の全趣旨を総合すれば、本件各土地の状況につき、以下の事実が認められる。

(一) 位置及び形状

本件各土地は、東日本旅客鉄道株式会社八王子駅から北北西に約二・五キロメートルの距離で、国道一六号線と中央自動車道とが交差する地点の南側に所在しており、本件一土地と本件二土地とは国道一六号線の東側に、本件三土地は西側にそれぞれ位置し、また、本件一土地と本件二土地とは八王子市暁町三丁目六七四番三、宅地、一七〇・一八平方メートルの土地で隔てられている。この土地は幅約一・八メートルの廃道敷で、もと八王子市が所有していたが、昭和六二年三月二四日原告に払い下げられ、同日葉山ビルに売却されて、現在は同社の所有となっている。なお、同社は、原告ないしその親族の経営にかかる会社であり、本件一土地及び二土地は、実質的に飛地の関係にはない。

本件一土地は、北側が中央自動車道に、西側が国道一六号線に、それぞれ急傾斜の松林で接し、南側は右の払下げに係る土地を隔てて本件二土地に続き、東側は緩やかな傾斜地となっており、その中央部には平坦地があって、国道一六号線側からの二本の道らしいものと数か所の植木がみられ、散歩道のある小公園といった形状をなしている。本件二土地は南側に向かった急斜面の山林であり、本件三土地は国道一六号線に向かった急傾斜の斜面である。

(二) 法的規制等

本件各土地のうち主要部分を占める本件一土地及び本件二土地については、都市計画法四条一二項所定の開発行為を行うに当たって、同法二九条に基づく東京都知事の開発許可を受けなければならない。また、開発許可申請をするに当たっては、八王子市の「宅地開発に伴う指導要綱」により、あらかじめ八王子市長と事前協議を行い、これが完了したときに同法三二条に基づく各申請をして、開発行為に係る同市長の同意を得なければならない。

本件各土地は、都市計画法七条二項の市街化区域内にあり、本件一土地及び本件二土地は、国道一六号線拡幅計画線から二〇メートルまでは住居地域に、それ以外は第二種住居専用地域に該当するが、右各土地はその過半が第二種住居専用地域に属するので、そこに建築物を建築する場合には、建築基準法九一条により、当該建築物全体について建築制限等に関する同法の規定が適用されることとなる。また、本件三土地は住居地域に該当する。

本件各土地の建ぺい率(同法五三条一項)は六〇パーセント、容積率(建築基準法五二条一項)は二〇〇パーセントである。

2  右1の認定及び甲一四三号証によれば、本件各土地を貸付の用に供するとした場合、通常考えられるその利用方法は、本件各土地の賃借人がその上に堅固な建物又はその他の恒久的な施設を建設し、何らかの事業の用に供するか、又は、原告において本件各土地上に右のような建物若しくは施設を建設して賃貸し、賃借人はこれを何らかの事業の用に供するというものであること、右のような土地の形状等に照らせば、本件各土地にかような建物又は施設を建設するに当たっては、土地の整地及び給排水設備の設置等の工事を要し、また、本件一及び、二の各土地については、八王子市長との事前協議を経て、同市長の開発行為に係る同意を得た上、東京都知事の開発許可を受けなければならず、さらに、建設する建物又は施設の種類、規模によっては、現行の用途地域、建ぺい率及び容積率等の建築規制の変更緩和を必要とするものと考えられる。そうすると、本件各土地が近い将来において確実に貸付の用に供されることが客観的に明らかになっているというためには、同土地の利用方法が定まり、その実現のために必要な土地の整地や排水設備等の設置に関する工事の計画が立てられ、その利用方法に適合した開発許可に関する手続が進行してこれを受けられる見込みがたち、また、建築規制の変更緩和が必要な場合においては、関係当局との協議の上、変更緩和がされる見込みが十分にあるといえる段階にまで至っていることを必要とするものと解される。

三1  そこで、本件各土地が右のような段階に至っているか否かについて検討する。

甲二二号証、二七号証、二八号証、二九号証の一ないし三、三〇号証、三一号証の一及び二、三二ないし三六号証、三七号証の一ないし五三、三八ないし四〇号証、四一号証の一ないし五、四二ないし四七号証、四八号証の一及び二、四九及び五〇号証、五一号証の一ないし八、五二号証の一ないし八〇、五三ないし八五号証、八六号証の一ないし四、八七ないし一一一号証、一一三号証ないし一一八号証、一二二号証、一三三号証ないし一四四号証に、当事者間に争いのない事実を総合すれば、以下の各事実が認められる。

(一) 原告は、昭和二六年ころから土地建物の賃貸業を営んでいたが、昭和三三年に本件各土地を取得した後、本件各土地の立地条件、地形等を考慮して庭園を利用した施設等の用に供する方針を立て、昭和三四年から昭和三五年にかけて、本件各土地上の雑木を伐採して開墾した上、芝を植えたり、松、楓、柘植、つつじ、桜等の立木を植えて、その育成に努めた。

(二) 昭和四〇年ころ、株式会社松村組から、原告が本件各土地上にモーテルを建設して経営する計画を提案されたが、原告としてはモーテル経営には自信が持てず断念した。また、昭和四三年には三井物産株式会社の提案により、原告が本件各土地上に二〇〇レーンのボウリング場、ガソリンスタンド、ドライブイン等を建設経営する計画に取りかかったが、その当時としては計画が大規模に過ぎ、実現に至らなかった。

(三) 原告は、昭和五三年一月四日、葉山ビルに本件土地の管理を委任し、以後、同社はその管理費の支払を受けて、その従業員一名が常駐して同土地の管理に従事している。

(四) 昭和五三年、原告が本件各土地上に総合病院を建設し、これを医療法人光陽会に賃貸する計画が立案され、右計画はさらに、原告が大成建設株式会社との間で本件各土地と同社所有の横浜市新横浜三丁目の土地(約九、〇〇〇平方メートル)とを交換して、同社が本件各土地上に病院を建設して同医療法人に賃貸する計画に発展したが、同医療法人の経営破綻により頓挫した。

(五) 昭和五四年に財団法人草月会が本件各土地を賃借し、草月会八王子会館を建設する計画が立案されたが、草月会を主宰する勅使河原蒼風の死亡等により実現に至らなかった。また、同年九月には財団法人日本文化事業協会から、同法人が本件各土地を賃借し、学生文化会館を建設する計画が提案されたが、原告が同財団法人の理事に就任して借入金の連帯保証をして欲しいとの要求を断ったため、実現に至らなかった。

(六) 昭和五四年、原告及び葉山ビルが日林開発株式会社(以下「日林開発」という。)に本件一及び二の各土地並びに葉山ビル所有の土地二筆を賃貸して学生寮を建設する計画が立案され、同年一〇月二日、原告及び葉山ビルと日林開発との間にいったん土地賃貸借契約が締結されて、手付金一、〇〇〇万円の授受がされたが、右契約は、日林開発が日本住宅公団から建築資金を借り入れるために必要な有力な連帯保証人が確保できず、日林開発が右各土地の使用収益を開始する前の同年一一月一日に合意解約されて、手付金も同年一二月一九日に返還された。

なお、昭和五四年から昭和五五年にかけて、本件一及び二の各土地に給水設備を設置する工事が施工されて完成し、またそのころ、右各土地に排水設備を設置するための工事が施工されたが、障害物があって完成に至らなかった。

(七) 昭和五五年に茶道裏千家を主宰する塩月弥栄子が本件各土地を賃借し、学生寮を併設した女子専門学校を建設する計画が立案され、また、原告が本件各土地に建物を建て、教養講座及びスポーツ施設を併設した独身寮として株式会社NHK文化センターに賃貸する計画が立案されたが、いずれも不調に終わった。

(八) 同年二月から昭和六〇年三月までの間に、原告が、八芳園及び雅叙園観光に対し本件各土地を結婚式場又は宴会場として、また、ダイエー、忠実屋及び小田急不動産に対し本各土地を研修所又は物流基地としてそれぞれ使用することを働きかけたが、成約には至らなかった。

(九) 昭和五六年、原告が本件各土地に学生寮及び関連施設としてテニスコート、駐車場等を建設し、これを八王子学園友の会が賃借して運営する計画が検討され、また、日本新都市開発株式会社が本件各土地を賃借し、分譲マンションを建設する計画が立案されたが、いずれも不調に終わった。また、同年、平安閣、池ノ端文化センター及び玉姫殿から、それぞれ結婚式場を建設するために、本件各土地のうちの約二、〇〇〇坪について賃借の申入れがされたが、原告が本件各土地の分割に応じなかったため、制約には至らなかった。さらに、同年七月には、原告が第一ホテルに対し、同ホテルが本件各土地を賃借してホテルを建設することを提言したが、不調に終わった。

(一〇) 昭和五八年九月二日、財団法人首都圏勤労者住宅協会(以下「住宅協会」という。)が本件各土地上にホテル・独身者住宅等を建設する計画の下に、葉山ビルと住宅協会との間に、本件一土地及び本件二土地並びに葉山ビル所有の土地二筆を、住宅協会に賃貸期間を開発許可の日から六〇年間とする約定で賃貸する旨の契約が締結され、住宅協会から葉山ビルに契約金として二、五九三万二、〇〇〇円が支払われたが、右契約は開発許可の取得に至らないうちに住宅協会の申入れにより同年一二月三日合意解約され、右契約金も葉山ビルから住宅協会に返還された。

(一一) 昭和五九年五月、竹中工務店株式会社から、本件各土地にコンピュータの研究所、研修所及び宿泊施設としてビルを建設する計画の提案があり、原告は、現在進出企業を募集中である。

(一二) 昭和六〇年六月、東急不動産株式会社の仲介により、結婚式場及び家具販売店が提携して、本件各土地に一旦仮店舗を出店し、数年後にビルを建築して入居するとの計画の提案があり、検討がされた。また、同月、原告が鹿島建設株式会社に対して本件各土地の利用計画の立案を依頼したところ、昭和六一年八月二九日に至って、同社及び西部都市開発株式会社の協力のもとに事業の成就を図る基本構想企画書が作成され、現在も引き続き右企画の具体化の検討がなされている。

(一三) 昭和六一年六月、清水建設株式会社を介して、株式会社泰生から、本件各土地を、二、〇〇〇台の駐車場を併設した「迷路」を中心としたレジャー施設として利用したい旨の申込みがあり、協議したが、同年一〇月不調に終わった。

(一四) 昭和六二年四月から、原告はセゾングループ系の西洋環境開発株式会社による本件土地の開発・稼働を計画して同社と協議に入り、教育施設を兼ねたレジャーゾーン「音戯のくに」計画案が示されたが、経営に不安要素が多かったことから右計画の実行は見送られた。

(一五) 昭和六三年三月、藤田工業株式会社を介して、日本DEK社のコンピュータ研究所及びソフト工場ととして賃貸すべく折衝したが、不調に終わった。

(一六) 同年四月、鹿島建設株式会社から屋内スキー練習場経営の提案があり、現在原告において検討中である。

(一七) 同月、ホテルサンルートからホテル経営について提案があったが、原告はホテル経営について自信が持てず、見送った。

(一八) 同年五月、原告から三菱地所に対し本件土地の有効利用につき支援を依頼した。

2  右のとおり認められるけれども、原告が、昭和五三年以降、葉山ビルに本件土地の管理を委託し、同社の従業員一名が常駐して同土地の管理に従事しており(前記二2(三))、竹中工務店株式会社の提案によりコンピュータの研究所等のための進出企業を原告において募集中であり(同(一一))、また鹿島建設株式会社の企画の具体化の検討がなされており(同(一二))、さらに、同社からの提案により屋内スキー練習場の経営が検討されている(同(一六))というのも、単に内部的な検討段階にとどまっていて賃借人が決定したわけではないし、これによって本件各土地につき具体的な賃貸方針が決定され、その方針に適合した開発許可に関する手続が進行してこれを受けられる見込みが立ったとか、整地や建物建設がなされたといった段階にあるわけではない。また、前記のように、昭和五四年から同五五年にかけて本件一及び二の各土地に給水設備を設置する工事がなされ、現在同土地にこの設備が存在していることが認められる(同(六))が、これとても具体的な賃貸方針を前提にしたものではないし、他に排水設備の整備の計画があるわけでもないことは、前記各認定に照らして明らかである。

要するに、原告が本件各土地を取得して以来、これを賃貸の用に供すべく種々の計画や折衝があり、原告がその主観において当該土地を貸付けの用に供する意図を有していることは十分うかがえるけれども、係争各年において、同土地が、現に貸付の用に供されていないことはもちろんのこと、近い将来において確実に貸付の用に供されることが客観的に明らかになっているということは到底できない。したがって、本件各土地に係る固定資産税等が、係争各年の原告の不動産所得を生ずべき業務について生じた費用の額に当たるとすることはできない。

なお、原告は、昭和五三年以降、葉山ビルに本件土地の管理を委任して、同社にその管理費を支払ってきており、右管理費を継続して原告の不動産賃貸業の必要経費に算入することを認められてきていると主張するが、仮にその事実が認められても、右の判断を何ら左右するものではない。

四  よって、原告の本件請求はいずれも失当であり、棄却すべきこととなる。

(裁判長裁判官 秋山壽延 裁判官 原啓一郎 裁判官 近田正晴)

物件目録

一 八王子市暁町三丁目六七一番四

雑種地 二万一、二九七平方メートル

二 八王子市暁町三丁目五三六番一

山林  九二五平方メートル

三 八王子市中の山王二丁目六七三番五

山林  九〇二平方メートル

(別表一) 昭和六一年分 課税処分の経緯

<省略>

(別表二) 昭和六二年分 課税処分の経緯

<省略>

(別表三) 昭和六三年分 課税処分の経緯

<省略>

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