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東京地方裁判所 平成3年(行ウ)199号 判決 2000年10月26日

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告陸上自衛隊東部方面隊第一師団長(以下「被告師団長」という。)が原告aに対してした平成三年六月五日付け懲戒免職処分(以下「本件甲処分」という。)を取り消す。

二  被告陸上自衛隊東部方面隊第一師団第三二普通科連隊長(以下「被告連隊長」という。)が原告bに対してした平成三年五月二七日付け懲戒免職処分(以下「本件乙処分」といい、本件甲処分と併せて「本件各処分」という。)を取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告らが、平成三年四月二五日、陸上自衛隊の自衛官として在職中、海上自衛隊掃海艇部隊の海外派遣に反対する等として防衛庁長官室に侵入しようとしたことなどを理由に、被告らから受けた本件各処分の取消しを求めたものである。

一  前提事実

以下の事実は、当事者間に争いがないものか又は括弧内に記載した証拠等によって認められるものである。

1  当事者

(一) 原告a関係(原告a本人、弁論の全趣旨)

原告aは、昭和五六年四月二七日陸上自衛隊に入隊し、第一〇五教育大隊において新隊員課程前期教育を、東部方面隊第一師団第三二普通科連隊(以下「第三二普通科連隊」という。)において新隊員課程後期教育をそれぞれ受けた後、同年一〇月一九日、同連隊勤務を命じられ、同連隊重迫撃砲中隊に配属され、平成三年六月五日まで同中隊に所属した。

この間、原告aは、順次、弾薬手、副砲手及び砲手の職務を命じられ、昭和六〇年七月一日三等陸曹に昇任し、昭和六一年八月二日分隊長を命じられた。以上により、原告aは、平成三年四月二五日及び本件甲処分当時、三等陸曹(分隊長)の地位にあった。

(二) 原告b関係(甲九六、弁論の全趣旨)

原告bは、昭和六〇年五月二九日陸上自衛隊に入隊し、第一〇四教育大隊において新隊員課程前期教育を、第三二普通科連隊において新隊員課程後期教育をそれぞれ受けた後、同年一一月一六日同連隊勤務を命じられ、同連隊第二中隊に配属され、昭和六二年五月二九日及び平成元年五月二九日それぞれ継続任用され、平成三年五月二七日まで同中隊に所属した。

この間、原告bは、順次、弾薬手、副砲手及び鉄砲手の職務を命じられ、平成三年四月二五日及び本件乙処分当時、陸士長の地位にあった。

(三) 本件各処分当時における原告らの懲戒権者は、原告aについては被告師団長であり、原告bについては、被告連隊長である。

2  本件各処分の概要

(一) 本件甲処分関係

被告師団長は、原告aに対し、平成三年六月五日付けで本件甲処分をしたが、原告aに対する同月一七日付け懲戒処分説明書に記載された違反事実、認定及び適条は、およそ、次のとおりである(甲二・三の各1)。

(1) 違反事実

ア 被処分者は、平成三年四月二五日午前一一時ころ、c及び原告bと共謀し、「違憲・違法の海上自衛隊掃海艇部隊の海外出動を即時中止すること」等を内容とする「意見具申書および請願書」を所持して防衛庁に赴き、正規の手続を経ることなく防衛庁長官に面会を求め、長官室に侵入しようとし、正規の順序を経ることなく意見具申しようとした。

その後、身分等の確認をしようとした警務官に対して全治約一週間を要する右手背部打撲及び挫傷の傷害を与えた。

イ 被処分者は、同月二七日午前一〇時三〇分ころ、代々木警察署において釈放された際、第三二普通科連隊重迫撃砲中隊長から直ちに帰隊し勤務に就くよう命じられたにもかかわらず、これを拒否し、不正外出に引続き欠勤を続け、同年六月四日までの三八日間にわたり正当な理由のない欠勤をした。

(2) 認定

被処分者の上記行為は、部外者等と共謀して、政府が決定した掃海艇派遣に反対し、対外的アピールを目論んで長官室に侵入しようとした政治性の強い行為であるとともに上司の命令を拒否し自衛官としての職務を長期にわたり放棄する行為であり、これらは、職務上の義務違反及び隊員たるにふさわしくない行為であるとともに自衛隊法又は同法に基づく命令に違反する。

かかる行為は、自衛隊員として極めて重大な規律違反であり、免職に該当する。

(3) 適条

自衛隊法(平成一一年法律第一二三号による改正前のもの。以下「法」という。)四六条一号、二号及び三号

(二) 本件乙処分関係

被告連隊長は、原告bに対し、平成三年五月二七日付けで本件乙処分をしたが、原告bに対する同年六月五日付け懲戒処分説明書に記載された違反事実、認定及び適条は、およそ、次のとおりである(甲二・三の各2)。

違反事実

ア 被処分者は、平成三年四月二五日午前一一時ころ、c及び原告aと共謀し、「違憲・違法の海上自衛隊掃海艇部隊の海外出動を即時中止すること」等を内容とする「意見具申書および請願書」を所持して防衛庁に赴き、正規の手続を経ることなく防衛庁長官に面会を求め、長官室に侵入しようとし、正規の順序を経ることなく意見具申しようとした。

その後、身分等の確認をしようとした警務官の腹部に対し二ないし三回ひじ鉄を加える暴行に及んだ。

さらに、上記の際、自己に貸与されている冬制服を部外に持ち出し、自衛官の身分を有していないcに対してみだりに貸与し着用させた。

イ 被処分者は、同月二七日午後二時一〇分ころ、正規の外出許可を得ることなく、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地正門門扉中央を乗り越え不正に外出しようとした。

(2) 認定

被処分者の上記行為は、部外者等と共謀して、政府が決定した掃海艇派遣に反対し、対外的アピールを目論んで長官室に侵入しようとした政治性の強い行為であり、職務上の義務違反及び隊員たるにふさわしくない行為であるとともに自衛隊法又は同法に基づく命令に違反する。

このような行為は、自衛隊員として極めて重大な規律違反であり、免職に該当する。

(3) 適条

自衛隊法四六条一号、二号及び三号

3  cの身上等

cは、もと第三二普通科連隊第四中隊に所属する二等陸曹であったが、平成元年四月二七日付けで懲戒免職処分を受け、自衛官としての地位を失った(弁論の全趣旨)。

4  懲戒処分に関する規定

法四六条には、以下の定めがある。

隊員が次の各号の一に該当する場合には、これに対し懲戒処分として、免職、降任、停職、減給又は戒告の処分をすることができる。

一  職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合

二  隊員たるにふさわしくない行為のあつた場合

三  その他この法律又はこの法律に基づく命令に違反した場合

5 不服申立ての経過

原告らは、平成三年六月一五日、防衛庁長官に対し、本件各処分につきそれぞれ審査請求をしたが、いずれについても、審査請求があった日から三か月を経過しても裁決がなかった。

二  当事者の主張の骨子

1  被告ら

(一) 事実関係

(1) 原告a関係

ア 不正な意見具申

原告aは、原告b及びcと共謀して、「意見具申書及び請願書」と題する別紙書面(以下「本件書面」という。)を所持して、防衛庁長官に対し、正規の面会手続を経ることなく面会を求め、正規の順序を経ることなく意見具申を行うことを企て、平成三年四月二五日午前一一時ころ、原告b及びcとともに、東京都港区<以下略>所在の防衛庁檜町庁舎本館二階の防衛庁長官室に通じる秘書官室前の廊下において、同室入口に向かって横一列に整列した後、「よし行こう。」というcの指示に従って縦一列になって歩き始め、秘書官室職員から入室の承諾を得ることなく、「長官はいますか。長官は在室ですか。」などと大声で叫びながら進むc及び原告bに続いて秘書官室に入り、さらに同室奥にある長官室へ通じる入口ドアに向かって進んだが、その前に立ちふさがった警護官ら及び秘書官らによりその前進を制止された。

原告aは、他の二名とともに、警護官らの制止を振り切りつつ、「掃海艇派遣反対。我々には意見具申の権利がある。長官に会わせろ。」などと、口々に大声で叫びながら、なおも長官室の入口ドア方向に進んだものの、警護官らに背後から取り押さえられてその進行を阻止されたため、警護官らの手を振り払おうとしてもみ合っていたが、警護官ら及び長官室から出てきた防衛庁職員によって廊下に連れ出された。原告aは、そこでも警護官の手を振りほどこうとしながら、「掃海艇派遣反対。長官に会わせろ。」などとわめき立て、なおも秘書官室に入ろうとしたが、警護官らにより制止された。

その後、原告ら及びcは、防衛庁職員により同館二階第一庁議室に連れて行かれ、同室において、応対したd長官官房企画官ら防衛庁職員と押し問答の末、cにおいて、本件書面をd官房企画官に手交するとともに、周囲で状況を見守っていた防衛庁職員ら二、三〇人に対し、右書面の写しを配布した。

ちなみに、外部団体である「反戦兵士と連帯する会」は、原告ら及びcの右行為と並行して、防衛庁に対する抗議行動を行うことになっており、原告aは、本件意見具申の間、右団体と連絡をとるため、トランシーバーを所持していた。

イ 警務官に対する暴行及び傷害

右第一庁議室において、本件書面を手交・配布した後、原告ら及びcは、cの「用件は終わった。よし行こう。」という合図により同室を出たところ、警務官から任意同行を求められたが、これを拒否し、同本館正面玄関の付近まで達したところで、防衛庁正門方向へ走り出した。

しかし、原告bがe警務官により現行犯逮捕されたため、原告aは、e警務官に近づき抗議するなどしていたところ、f警務官から、身分確認のため聞きたいことがあるので、警務隊まで来るようにと告げられ、任意同行を求められた。

そこで、原告aは、f警務官とともに前同所三二号館に所在する警務隊に赴くために、前同所二〇号館一階中央の階段横通路に差し掛かったが、その時、「俺は帰る。」等と言うと、f警務官の右胸に体当たりをして、同所壁面に設置されていた配電盤の下部付近に同警務官の右手背部を打ち当てさせ、全治一週間を要する右手背部打僕及び挫傷の傷害を負わせた。

このため、原告aは、同警務官により公務執行妨害の現行犯として逮捕された。

ウ 不正外出及び正当な理由のない欠勤

原告aは、同月二七日午前一〇時ころ、警視庁代々木警察署で釈放された際、その身柄を引き受けようとして同警察署に赴いたg第三二普通科連隊重迫撃砲中隊長に対し、年次休暇を請求した。これに対し、g中隊長は、規律違反の疑いに基づく調査の必要があるため、休暇は承認できない旨を説明し、直ちに帰隊して勤務に就くよう命じたが、原告aはこれを拒否した。

そこで、g中隊長は、原告aに対し、帰隊命令に従わない場合は正当な理由のない欠勤となり、これが二〇日以上続いた場合は、懲戒免職処分の対象となり不利益を生じる旨を説明し、また、同署に居合わせた原告aの刑事弁護人であるo弁護士も、原告aに対し、「帰らない場合の不利益というのは中隊長が説明したとおりであるけれども、帰る帰らないは君の意思だ。君の判断で決めなさい。」と告げて、その意思を確認した。しかしながら、原告aは、重ねて「帰りません。」と答えて、帰隊を拒否し、その後も勤務に就くことなく、同年六月四日まで三八日間にわたり欠勤を続けた。

(2) 原告b関係

ア 不正な意見具申

原告bは、原告a及びcと共謀して、本件書面を所持して、防衛庁長官に対し、正規の面会手続を経ることなく面会を求め、正規の順序を経ることなく意見具申を行うことを企て、同年四月二五日午前一一時ころ、原告a及びcとともに、前記本館二階の防衛庁長官室に通じる秘書官室前の廊下において、同室入口に向かって横一列に整列した後、「よし行こう。」というcの指示に従って縦一列になって歩き始め、秘書官室職員から入室の承諾を得ることなく、「長官はいますか。長官は在室ですか。」などと大声で叫びながら進むcに続いて秘書官室に入り、さらに同室奥にある防衛庁長官室へ通じる入口ドアに向かって進んだが、その前に立ちふさがった警護官ら及び秘書官らによりその前進を制止された。

原告bは、他の二名とともに、警護官らの制止を振り切りつつ、「掃海艇派遣反対。我々には意見具申の権利がある。長官に会わせろ。」などと、口々に大声で叫びながら、長官室の入口ドア方向に進んだものの、警務官らに制止され、なおも、「掃海艇派遣反対。我々には意見具申の権利がある。長官に会わせろ。」などと叫んでいたところ、駆けつけた防衛庁職員により廊下に連れ出された。

その後、原告ら及びcは、防衛庁職員により同館二階第一庁議室に連行され、同室において、応対したd官房企画官ら防衛庁職員と押し問答の末、cにおいて、本件書面をd官房企画官に手交するとともに、周囲で状況を見守っていた防衛庁職員ら二、三〇人に対し、右書面の写しを配布した。

イ 警務官に対する暴行

右第一庁議室において、本件書面を手交・配布した後、原告ら及びcは、cの「用件は終わった。よし行こう。」という合図により同室を出て、同館正面玄関付近まで達したところ、原告bは、防衛庁職員につかまれていた腕を放された機会をとらえ、原告aに促されて、防衛庁正門方向へ走り出し、e警務官に後方から追跡され大声で停止を促されたが、これに応じず、前方に立ちはだかった防衛庁職員に衝突して停止した。

原告bは、その場で、追いつかれたe警務官により、任意同行を求めるため後方から左肩に左手をかけられたところ、同警務官の腹部に二、三回ひじ鉄を加える暴行を加えたため、公務執行妨害の現行犯として逮捕された。

ウ 制服の無断貸与

原告bは、自己に貸与されている冬制服を無断で部外に持ち出し、自衛官の身分を有していなかったcに対してみだりに貸与した上、前記意見具申の際に着用させた。

エ 不正に外出しようとした行為

原告bは、同月二七日午前一〇時ころ、警視庁麻布警察署において釈放され、迎えにきたh第三二普通科連隊第二中隊長らとともに、自衛隊車両で市ヶ谷駐屯地に帰隊した。

原告bは、同日午後二時ころ、市ヶ谷駐屯地正門付近の面会所において、h中隊長の同席の下、原告bの刑事弁護人でもあるo弁護士ほか二名と面会したが、その際、h中隊長は、原告bに対し、事案の早期解明のために、原告bから速やかに供述を聴取することが必要であったことから、市ヶ谷駐屯地からの外出を制限する旨伝えた。しかしながら、原告bは、右面会の終了後、h中隊長の右指示を無視して、突然走り出し、正規に外出許可を受けることなく、市ヶ谷駐屯地正門門扉を乗り越え、不正に外出しようとしたため、市ヶ谷駐屯地の警備に当たっていた警衛隊司令らに阻止された。

(二) 懲戒事由該当性

(1) 原告a関係

ア 不正な意見具申

法五二条及び自衛隊法施行規則(平成三年総理府令による改正前のもの。以下「法施行規則」という。)三九条は、自衛官が政治的活動に関与してはならない旨定めるところ、自衛官が関与してはならない政治的活動とは、法六一条、自衛隊法施行令(平成三年政令一一三号による改正前のもの。以下「法施行令」という。)八六条、八七条所定の「政治的行為」にとどまらず、自衛官の政治的中立性に対する国民の信頼を損なうような政治的活動を含むものであり、かかる活動をすることによって、自衛官としての信用を傷つけ、自衛隊の威信を損なうことは、法五八条に反し許されない。

また、法六五条、法施行規則五七条二項に基づき防衛庁長官によって定められた陸上自衛隊服務規則(昭和三四年陸上自衛隊訓令第三八号。以下「服務規則」という。)二〇条二項は、自衛官が行う上官への意見具申の方法について、「意見を具申するにあたつては、順序を経てこれを行い、秩序を乱すようなことがあつてはならない。」と定め、また、同条一項は、意見具申の対象となる事項について、「隊務の向上改善に役立つと信ずる事項」と定めている。さらに、請願の手続について、憲法一六条は、「平穏に」請願する権利を有することを定めているのである。

ところが、前記(一)(1)ア掲記の行為において、原告aは、現職自衛官として、原告b及び部外者と協力しながら、防衛庁本庁において直接防衛庁長官に対し、政府が決定した政策である掃海艇派遣につき、掃海艇派遣が、「憲法及び自衛隊法を公然と踏みにじる」「中東派兵」であり、自衛隊の任務を「大きく逸脱した違憲・違法の出動であり」、「アジア・中東諸国への軍事的威嚇であり、戦闘行動―武力行使以外のなにものでもな」く、「このような自衛隊海外派兵の第一歩を許したとするならば、もはや戦後憲法は破壊され、日本が再び戦争への道へ行きつくことは明らかである。」という政治的意見に基づき、反対行動を行ったという事実を対外的に宣伝することをねらった政治的活動をしたものである。

そして、原告aは、原告b及び部外者とともに、意見具申の順序及び面会手続を全く無視して、正規の手続を経ることなく公務遂行中の長官室に侵入しようとし、これを秘書官及び警護官に阻止されるや、「長官に会わせろ。」等の大声を発し、また、制止されて廊下に出されても執拗に防衛庁長官との面会を求めて大声を発して長官室に侵入しようとして騒乱状態を引き起こすという、常軌を逸した行為をしたものである。かつ、右行為に当たっては、外部協力者と共同し、これと連絡通信をとるためトランシーバーを携行し、さらに、防衛庁職員らに対しても、本件書面の写しを配布する等の行為をしているのである。

以上のとおりであるから、原告aの行為は、意見具申や請願に籍口して、自己の政治的意見を対外的に宣伝することをもくろんだ政治的活動そのものであって、自衛官の政治的中立性に対する国民の信頼を著しく損なうものであり、自衛官として到底許されない、重大な規律違反行為である。

したがって、原告aの行為は、隊員たるにふさわしくない行為をした場合として法四六条二号に当たり、法令に違反した場合として同条三号に当たるものである。

原告らは、掃海艇派遣の政府決定が憲法及び自衛隊法に違反するから、右派遣の中止を求める意見具申が、憲法擁護義務を有する公務員たる自衛官として正当なものである旨主張する。しかしながら、被告らは、本件甲処分において、原告aの行為が法四六条二号及び三号に該当するか否かを判断するに当たり、本件書面の内容が憲法及び自衛隊法に反するか否かを考慮しているわけではないから、本件甲処分の適法性の有無は、掃海艇派遣の合憲性の問題とは何ら関係がなく、右主張は失当である。

なお、あえて付言すれば、掃海艇派遣は、平成三年四月二四日に出された政府声明のとおり、正式停戦が成立し、湾岸に平和が回復した状況下で、我が国船舶の航行の安全を確保するため、海上に遺棄されたと認められる機雷を除去するものであり、武力行使の目的を持つものではなく、憲法の禁止する海外派兵に当たるものではない。そして、内閣は、掃海艇派遣につき、安全保障会議に諮ってその決定を得た後、閣議において自衛隊法九九条に基づき、海上自衛隊の掃海艇等を派遣することを決定したものである。したがって、掃海艇派遣は、合憲かつ適法である。

イ 警務官への暴行及び傷害

原告aによる警務官への暴行及び傷害は、隊員たるにふさわしくない行為であることはいうまでもないから、法四六条二号に当たるものである。

ウ 不正外出及び正当な理由のない欠勤

原告aは、g中隊長の職務命令を拒否して、不正に外出を行い、引き続き三八日間もの長期にわたり職務を放棄して欠勤したものであって、右行為は、自衛官としての義務に違反する、極めて重大な規律違反行為であるから、法四六条一項及び三号に当たるものである。

原告らは、原告aが、平成三年四月二七日から同年五月七日までの間、年次休暇中であったから、その間の欠勤が正当なものであった旨主張する。しかしながら、自衛官が年次休暇を取得するには、その時期につき所属長の承認を得なければならないところ(法五四条二項、法施行規則四七条七項)、原告aが、所属長から右期間につき年次休暇の承認を得たことがなく、年次休暇中であったとはいえないから、原告らの右主張は、前提を欠き、失当である。

(2) 原告b関係

ア 不正な意見具申

原告bの行為は、前記(1)アの原告aの場合と同様に、法四六条二号及び三号に当たるものである。

イ 警務官への暴行

原告bによる警務官への暴行は、隊員たるにふさわしくない行為であることはいうまでもないから、法四六条二号に当たるものである。

ウ 制服の無断貸与

服務規則二六条は、自衛官において、自衛隊の管理に属する物品を許可なく私用に供してはならず、また、みだりに駐屯地外に持ち出してはならない旨定めている。

したがって、原告bによる制服の無断貸与は、自衛官としての職務上の義務に違反した場合として、法四六条一号に違反し、服務規則二六条に違反した場合として、法四六条三号に当たるものである。

エ 不正に外出しようとした行為

原告bが不正に外出しようとした行為は、以下のとおり、隊員たるにふさわしくない行為として、法四六条二号に当たり、法令に違反した場合として、同条三号に当たるものである。

すなわち、自衛隊員のうち陸曹及び陸士は、原則として営舎内に居住することが義務付けられ(法施行規則五一条)、営舎外に外出しようとする場合は、外出許可権者から外出許可を得る必要があるのであって(服務規則三二条)、このことは、年次休暇が承認されている場合であっても何ら異ならないものである。

この場合、即応体制維持等の要請から、服務規則三四条は、外出地域を制限できる旨定めるほか、陸上自衛隊服務細則(昭和三五年四月三〇日達二四―五。以下「服務細則」という。)六二条は、許可権者は、訓練、演習、防疫等のために特に必要がある場合においては、全部又は一部の自衛官について外出を禁止することができる旨定めており、右各規定によれば、当然に外出許可の取消し(撤回)をし得ることが予定されている。

そして、原告bは、平成三年四月二二日から同月二六日までは年次休暇の承認を、引き続き同月二七日から二九日の休日までは外出許可をそれぞれ得ていたが、同月二五日における原告bの行為は、自衛隊組織や自衛官に動揺を与え、事実関係の速やかな究明が秩序回復のため急務であったところ、具体的事情や背景事情等について迅速に調査を遂げるためには、原告bからの早急な事情聴取が必要不可欠であったから、h中隊長は、原告bに対し、同月二七日、同日以降の外出許可の取消しを告知したものである(なお、h中隊長は休暇の取消しと言っているが、その趣旨が外出許可の取消しであることは明らかである。)。

したがって、h中隊長が原告bに対する外出許可を取り消したのは、必要最小限の相当な処分であり、原告bが、外出許可の取消しにもかかわらず不正に外出しようとした行為は、法四六条二号及び三号にそれぞれ当たるものである。

(三) 免職の相当性

原告らは、面会及び意見具申に関する手続を無視して、防衛庁長官室に侵入しようとしたばかりでなく、部外者と共謀して、政府が決定した掃海艇派遣について、制服自衛官が直接防衛庁長官に対して反対行動を行うことにより政治的影響を与えることを目的として、政治的及び対外的な宣伝行為を行ったのであり、原告らの右行為は、厳正な規律を遵守し、政治的中立の立場を保持すべき自衛官として到底許されるものではない。

さらに、本件は、報道機関により大々的に全国に報道され、国民に自衛隊に対する不安と不信感を募らせ、自衛隊の威信を大きく失墜させる結果を生じさせるとともに、自衛隊内の秩序及び規律の維持を大きく乱し、自衛隊の職務の遂行上重大な悪影響を及ぼしたものである。

このように、本件における原告らの規律違反行為としての動機及び態様の悪質さ並びに結果及び影響の重大さをかんがみると、右の一事をもっても、原告らに対しては免職処分が相当である。

さらに、原告aにおいては、警務官に対する暴行及び傷害並びに正当な理由のない欠勤の非違行為が、原告bにおいては、警務官に対する暴行、部外者に対する制服の無断貸与及び不正外出の非違行為がそれぞれ認められる上、これら行為の後の原告らの態度にも、一片の反省自戒も認められないのであるから、原告らに対する懲戒処分としては、免職以外にはないといわざるを得ない。

以上のとおり、本件各処分は、社会観念上妥当を欠くものではなく、裁量権の範囲内にあるものとして、何ら違法とされるべき理由がないことは明らかである。

(四) 懲戒手続の適法性

(1) 原告a関係

i第三二普通科連隊長は、原告aに対し、被疑事実の通知及びこれに伴う指示をし、さらに、原告aから直接事情を聴取するために、二度にわたって出頭要求をしたが、原告aは出頭を拒否した。

そこで、i連隊長は、原告aが自らの弁明の機会を放棄したと判断し、関係隊員に対する審問等を実施し、その結果、免職を相当と判断したことから、平成三年六月三日、陸上自衛隊東部方面隊第一師団長(以下「第一師団長」という。)に対し、その旨上申し、同月四日、第一師団長による免職の決定を受け、同日付けで、原告aに対し、懲戒処分宣告出頭要求をしたが、原告aは、これにも応じなかった。そのため、第一師団長は、原告aに対し、本件甲処分に係る同月五日付け処分宣告書を送付した。

また、第一師団長は、原告aから懲戒処分説明書の交付を要求されたので、同月一七日付けで、これを同原告に送付した。

(2) 原告b関係

i連隊長は、原告bが、平成三年四月二七日麻布警察署から釈放され、市ケ谷駐屯地に帰隊した後、原告bから供述聴取を行ったが、原告bがハンガーストライキを始めたため、医務官による問診を受けさせ、原告bの健康状態を確認しつつ手続を進めた。しかし、原告bから人身保護請求がされたため、i連隊長は、同原告の刑事弁護人が保釈中の同原告の身柄を引受け、懲戒手続に応じることを保証することで、原告bの入院治療を了承し、同年五月八日からの年次休暇を承認した。しかし、i連隊長は、原告bに対し、被疑事実通知書を交付し、二回にわたって審理のための出頭要求したが、原告bは、出頭を拒否した。

そこで、i連隊長は、原告bが自らの弁明の機会を放棄したと判断し、関係隊員に対する審問等を実施し、その結果、免職を相当と判断して、免職を決定し、同月二三日付けで、原告bに対し、懲戒処分宣告出頭要求をしたが、原告bは、これにも応じなかった。そのため、i連隊長は、原告bに対し、本件乙処分に係る同月二七日付け処分宣告書を送付した。

また、i連隊長は、原告bから懲戒処分説明書の交付を要求されたので、同年六月五日付けで、これを同原告に送付した。

(3) 小括

以上のとおり、本件各処分に係る懲戒手続は、法施行規則七節(六六条ないし八六条)の規定に従ったものであり、適法である。

原告らは、本件各処分の懲戒手続においては、告知聴聞の機会が形式的に与えられたものにすぎず、出頭すれば不当な身柄の拘束を受け、弁護士の立会いが許されない状況では適正手続の保障が全く期待できず、審理への出頭要請を拒まざるを得なかった旨主張する。しかしながら、身柄拘束を恐れるのであれば、あらかじめ自衛隊と交渉し、身柄を拘束しない旨の合意を何らかの方法で取り付ければ、そのような危倶を排し得たはずである。また、弁護士の立会いについては、部外者を立ち会わせなければならない旨の規定はなく、部内の規律維持のための懲戒手続に部外者を立ち会わせる必要性もない。したがって、原告らの出頭拒否は理由がないものであり、懲戒権者が自らの弁明の機会を放棄したものと判断したことは相当である。

(五) よって、原告らに対する本件各処分はいずれも適法である。

3  原告らの主張

(一) 懲戒事由の不当性

(1) 原告ら共通関係

原告らが行った意見具申は、次のとおり、正当なものである。

ア 掃海艇部隊の派兵の違憲、違法性

掃海艇部隊の派兵は、次のとおり、憲法、国会決議及び法に違反し、その後に制定された国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律(平成四年法律第七九号。以下「PKO法」という。)にも違反するものである。

(ア) 掃海艇部隊の派兵の実態

日本政府は、平成三年四月二四日、ペルシャ湾に海上自衛隊掃海艇部隊を派遣するに当たり、政府声明を発表した。右政府声明は、「正式停戦が成立し、湾岸に平和が回復した状況」、つまり、平和時における平和地域への自衛隊派遣であることを強調し、「海上に遺棄されたと認められる機雷を除去するもの」であって、「武力行使の目的をもつものではな」いと述べている。

しかしながら、右政府声明発表の当時において、多国籍軍対イラクの関係は、交戦状態が続いていたというべきであるから、このような状況下で海上自衛隊が一方的に機雷を除去することは、イラクの軍事作戦に直接対決してその防戦力を減殺するための軍事行動とみなさざるを得ず、武力の行使にほかならない。このことは、掃海艇部隊の艦隊としての編成、掃海艇の装備と能力、掃海作業の実施状況に加えて、掃海作業がイラン・イラクの領海においてイラクの拒否にもかかわらず開始されたことからも明らかである。

(イ) 憲法九条違反

憲法九条は、憲法前文、九条の文理、憲法制定過程における立法者と多くの国民の戦争だけはもう絶対に嫌だという意思、加えて、過去におよそ戦争は常に自衛のためと称して行われてきたという歴史にかんがみれば、自衛権の行使とそのための戦力の保持を否定したものと解すべきであり、自衛隊の存在自体、その実態そのものが明らかに違憲であり、今回の掃海艇部隊の派兵は、かかる違憲事実の更なる拡大以外の何ものでもない。

仮に、憲法九条の解釈として自衛権を認める立場に立ったとしても、自衛権の行使は、日本の領土・領海・領空に対する外部からの不法な侵害を最低限必須の要件にしなければならないところ、掃海艇部隊が一か月の航海の末ようやく到着できたほどに我が国から遠く離れたペルシャ湾における、わが国船舶の航行の安全が、この要件を充足し得ないことは論をまたない。今回の掃海艇部隊の派兵は、日本の軍隊の海外派兵の第一歩であって、「専守防衛」を基本的な了解事項としていた従前の国会決議や政府の国会答弁に明らかに背いている。

今回の掃海艇部隊の派兵の根拠をめぐり、「国際連合の要請」なるものが主張されている。しかし、日本は国際連合憲章の批准の際、集団的安全保障の条項による義務を負うことを留保しているのであり、仮に、政府が国際連合加盟時に右条項による義務を負うことの留保を付けなかったとしても、憲法は国際連合憲章に優位し、国際連合憲章中の集団的安全保障の条項は憲法九条に違反するから、我が国は、国際連合に対し兵力提供などの協力をすることができないことは、論をまたない。さらにいえば、国際連合憲章の解釈としても、軍事的措置への協力は、加盟国の憲法の制約内で決定すればいいのであるから、国際連合憲章を批准したからといって、日本が兵力提供義務を負うものではない。しかも、国際連合によるイラクに対する「武力行使容認決議」は、国際連合憲章上の根拠がなく、国際連合憲章によっても認められない武力行使を容認するものであって、全く無効である。

したがって、掃海艇部隊の派兵は、「武力による威嚇」及び「武力の行使」を行い、「交戦権」を行使するものであるから、憲法九条に違反しており、国際連合加盟国の義務として正当化できるものではない。

(ウ) 憲法前文、一条、四一条違反

掃海艇部隊の派兵決定は、戦後初めての自衛隊の海外派兵という重大問題を、総選挙はおろか国会にはかることも何らしようとせずに、行政府にすぎない政府の手によって強行されたものである。いうまでもなく、法の規定は、国のあり方の基本を定める法規範の一つであるから、当然に立法事項であり、法における原則的規範に修正を加えることは、国会の議決を経て行わなければならない。

したがって、掃海艇部隊派兵は、国民主権の原理を宣言した憲法前文、一条に反し、議会制民主主義を定めた憲法四一条に違反するものである。

(エ) 法三条等の違反

法三条三項によれば、自衛隊は、「領域保全」を目的とする、いわゆる「専守防衛」の範囲でしか行動できないものと解されるが、掃海艇部隊の派兵は、日本の領域をはるか離れたペルシャ湾での航行の安全を確保することを目的とするものである。したがって、本件の掃海艇部隊の派兵は、法三条に違反する。

また、法九九条は、海上保安庁による掃海作業を引き継いだ規定であり、明らかに日本近海での掃海作業の実施を定めるものにすぎず、このような掃海部隊の沿革及び法九九条の制定過程からするならば、海上自衛隊掃海部隊の任務に、ペルシャ湾派兵などは到底含み得ないのである。さらに、同条は、法第八章「雑則」のうちに位置しており、法の基本原則である三条を超えた意味を「雑則」の規定に読み込むことは許されない。したがって、掃海艇部隊の派兵は、法九九条にも違反する。

(オ) PKO法違反

PKO法は、国際平和協力業務の実施等が、武力による威嚇又は武力の行使に当たるものであってはならない旨を定め(二条二項)、国際連合平和維持活動の要件として、武力紛争の停止及びこれを維持するとの紛争当事者間の合意、これに加えて紛争当事者等の当該活動が行われることについての同意があることを求め(三条一号)、国際平和協力業務として、放棄された武器の収集、保管又は処分を例示している(同条三号)が、ペルシャ湾における掃海作戦は機雷戦であって、武力の行使に当たる上、武力紛争の停止及びこれを維持するとの合意もなく、ペルシャ湾における掃海が「放棄された武器の収集、保管又は処分」に当たらないことも明らかである。

したがって、掃海艇部隊の派兵は、その後に制定されたPKO法によっても、正当化することはできない。

(イ) 「政治性の強い行為」を懲戒処分の対象とすることの不当性

被告らは、原告らがした意見具申について、これを「政治性の強い行為」であるとし(懲戒処分説明書)、自衛官の政治的中立性に対する国民の信頼を損なうような政治的活動に関与するもので、隊員たるにふさわしくない行為として、法四六条二号に当たる旨主張する。

しかしながら、法は、隊員が特定の政治的行為をすることを禁止しているが(六一条)、その他に「政治性の強い行為」を禁止する旨の規定は存しない。したがって、「政治性の強い行為」ないし政治的活動を懲戒処分の対象とすることは、憲法三一条に反する。

また、自衛官に対して、政治的中立、すなわち、政治的思想や意見につき不偏不党の立場を保つことを求めるのは、自衛官の内心の自由に対する国家の干渉にほかならないものであり、明白に憲法一九条に反する。

次に、自衛官の「政治的中立」や「国民の信頼」なるものについて更に踏み込んで検討してみよう。その場合、我々は、自衛隊が戦闘行為を日的とする武装集団すなわち軍隊であり、自衛官がその構成員たる兵士であるという具体的事実から出発する。まず、軍隊の存在日的であるところの戦争とはなにか。それは、政治の道具であり、しかも、政治におけるとは異なる手段をもってする政治の継続にほかならない(クラウゼヴィッツ)。そして、兵士の士気とモラルの高さは、戦争に至る政治の目的の正義性に決定的に左右される。したがって、政治と戦争の主体的要素である軍隊とは本質的に不可分であり、戦争の目的や軍隊の存在態様は政治によって規定される。

戦後憲法下の兵士である自衛官においては、右の本質的政治性に加えて、次のような特殊な事情が存在する。第一に、自衛隊の存在自体に違憲の疑いが常に提起されていることから、自衛隊員は、憲法問題に敏感にならざるを得ないという特殊性、第二に、その職務内容が、武器を扱い、武器を取らされて戦うことであって、市民社会一般と全く異なり、日々生命の具体的な危険を最も身近に感じる立場にあるということ、さらに、第三に、自衛隊幹部による隊内での強力な反共イデオロギー教育が、それに同調するか反発するかは格別、個々の隊員の政治的性向を助長していることである。

したがって、自衛官に外形的に「政治的中立」を求め、それに反することが国民の信頼を害すると形式的に断ずることは、右に述べた軍隊と兵士の本質的かつ歴史的社会的実態を無視した、誤った論理である。「政治性」の実質こそが正面から間われるべきであり、それはすなわち憲法及び法の条文と趣旨に沿った政治的行為なのか否かということである。かえって、自衛官に対して政治的中立性を求めることは、自衛官の表現の自由(憲法二一条)及び政治活動の権利を侵害することになるばかりか、自衛隊の暴走及び腐敗に対する批判を不可能にすることになり、極めて不当である。

以上により、原告らの意見具申について、「政府が決定した掃海艇派遣に反対し、対外的アピールを目論んで長官室に侵入しようとした政治性の強い行為」であるとし、政治的活動に関与するものであることを理由に、隊員たるにふさわしくない行為をした場合として、法四六条二号に当たるということはできない。

ウ 原告らの意見具申の実態

原告らは、意見具申の当日、いったん本館とは別の建物の喫茶室に集合し、長官室のある本館へ行き、本館の職員通用門から本館に入り、長官室へと向かったものであり、終始、平穏な態様で行動したものである。

被告らは、防衛庁長官との面会は、事前の申し出により日程を調整して行われるべきものである旨主張するが、原告らは、掃海艇部隊の派兵という重大な違憲違反行為がまさにその翌日に行われようとしている、そのようなときに、掃海艇部隊の派兵の中止を求めて長官に面会を求めようとしたのであるから、事前に面会の申し出をしているような余裕はなく、面会を求める緊急性が存在し、重大な憲法違反行為の中止を求めるという面会の重要性も認められるのである。

また、被告は、原告らが意見具申の手続に違反している旨主張するが、仮に意見具申の手続があったにせよ、本件では、前記のように、掃海艇部隊の派兵を翌日に控えた直前のことであり、通常の手続で意見具申をして間に合うような場合ではなく、このような場合に通常の手続を持ち出して議論することは意味がない。

原告らは、長官室に着き、秘書官室を通り、その際にcにおいて「長官に面会します。」と声をかけたところ、秘書官室の者からは何の反応もなかったため、原告らは、長官室に入っていった。原告らが長官室に入り、原告aにおいて、掃海艇派兵の中止を求める声を挙げたところ、その場にいた警護官らに取り押さえられ、多数の防衛庁職員に制圧されて、ほとんど身体の自由を奪われ、口頭で抗議をする以外抵抗もしていない。

その後、原告らは、第一庁議室に連れていかれ、d官房企画官らとの話し合いになり、本件書面をd官房企画官やその場にいた他の職員に配布し、長官への面会を更に求めたが、d官房企画官から「長官の日程の都合があるから、後日連絡する。」旨約束されたので、原告らは退室した。

原告らの意見具申の状況は、右のようなものであり、警護官らが原告らを制圧しようとして騒ぎになったという場面はあったものの(これは、原告らが引き起こしたものではない。)、それを除くと全く平穏裡に行われていたのである。

(2) 原告a関係

ア 警務官に対する暴行及び傷害

原告aが、f警務官に対して暴行及び傷害を加えた事実はないから、右事実をもって懲戒処分の理由とすることはできない。かえって、原告aは、警務官らから強引に身体を拘束され、暴行を加えられたものである。

イ 外出及び欠勤

(ア) 平成三年四月二七日から同年五月七日まで

原告aは、平成三年四月二七日電話で、同月三〇日文書で、それぞれ、同月二七日から同年五月七日までの年次休暇を請求したので、所属長である被告師団長は、時季変更を適法化する相当な理由がない限り、原告aの右請求を認容しなければならず、「不承認」とすることはできない。

仮に、法施行規則四七条七項を、所属長の承認がない限りは年次休暇をとることができないとすれば、生存権から派生する労働者の固有の権利である年次休暇を否定するおそれがあり、憲法二五条に違反する。また、この場合、現業国家公務員及び地方公務員については年次休暇の承認を要しないとされていることとの関係から、一般職の国家公務員のみを不合理に差別したものとして、憲法一四条に違反することになる。

自衛官による年次休暇の請求については、時季変更権を行使することができるような特殊な事情がない限り、形式的に「承認」がされなかったとしても、右休暇は発生したものというべきである。原告aの所属していた陸上自衛隊東部方面隊第一師団では、当時原告aの体暇を「承認」すれば、「隊務の運営に支障がある場合」が生じるような特殊な事情は存在しなかったから(被告らに隊務の運営に支障があるとの主張・立証がない。)、被告師団長は、原告aの年次休暇請求に対して時季変更権を行使することはできない。したがって、形式的に右師団長の「承認」がなかったとしても、原告aの年次休暇は発生したものと解さなければならない。

よって、原告aは、平成三年四月二七日から同年五月七日まで年次休暇中であったから、この間については、同原告に勤務を命じることはできず、「正当な理由のない欠勤」として処分することはできない。

(イ) 同月八日から本件甲処分まで

原告aは、平成三年四月二七日に帰隊するよう命ぜられたが、原告bに対して違法な監禁及び調査がされており、原告aも同様の扱いを受ける蓋然性が高かったことから、出勤したくてもできない状況にあり、欠勤はやむにやまれないものであったということができ、原告aを出勤不能に至らしめた被告らにこそ帰責事由がある。

したがって、原告aの欠勤は、処分理由とされる「無断欠勤」や「正当な理由のない欠勤」には当たらない。

(3) 原告b関係

(ア) 警務官に対する暴行

原告bが、e警務官に対して暴行を加えた事実はないから、右事実をもって懲戒処分の理由とすることはできない。

(イ) 制服の無断貸与

原告bが、cに対して自己の制服を貸与した事実はないから、右事実をもって懲戒処分の理由とすることはできない。

(ウ) 不正に外出しようとした行為

原告bは、平成三年四月二二日から同月二九日までの間、年次休暇の承認を受け休暇中であったから、この間の外出は認められるべきものであり、右外出を禁止する法令上の根拠は何ら見当たらない。

そして、所属長は、使用目的を定めて年次休暇を「承認」することはできないし、所属長は、「承認」した以外の目的に年次休暇が使用されたとしても、それに対する処分はもとより、何らかの注意を促すことも許されない。また、年次休暇の承認の事後の取消し(撤回)は許されないものと考えられる。そうすると、h中隊長が原告bに対して同月二七日にした休暇の取消しは無効である。

被告らは、h中隊長が原告bに対して同月二七日にしたのは外出許可の取消しである旨主張し、その根拠として、服務規則三四条、服務細則六二条を挙げる。しかし、服務規則三四条は、「外出の地域を制限することができる」だけであって、外出そのものを一切禁止することは予定されず、規定上許されないことは明らかである。また、服務細則六二条は、「許可権者は、訓練、演習、防疫等のため特に必要がある場合においては、全部又は一部の自衛官について外出を禁止することができる」と定めてあるにすぎず、本件は、「訓練、演習、防疫」上の必要に基づく外出禁止ではないし、それに準ずる事態でもないから、外出禁止をする根拠とはならない。また、被告らは、自衛官は「即応態勢維持等の要請」から「非常の場合が発生し又は非常呼集が行われたときは、直ちに帰隊すべき義務を負って」いる旨主張しているが、その法律上の根拠が明らかでない上、本件は、他国から武力攻撃を受ける等の「即応態勢」を取らなければならないような「非常の事態」が発生した事案ではないから、原告bに対して外出を禁止する理由が全くない。

したがって、i連隊長及びh中隊長が原告bの外出を禁止して拘禁を続けた行為は、違法であることが明らかである。

以上のとおり、原告bが市ヶ谷駐屯地から外出しようとした行為は正当なものであり、このことを懲戒処分の理由とすることはできない。

(二) 懲戒手続の違法性

本件の懲戒手続は、次のとおり重大な違法があり、憲法三一条又は一三条による適正手続の要請に違反するものであるから、本件各処分はいずれも取り消されるべきである。

(1) 原告a関係

i連隊長は、原告aに対し、平成三年五月二三日、懲戒手続の審理に出頭するよう要求する旨、同月二九日、右審理を第三二普通科連隊内で行う旨それぞれ通知した。

原告aは、右審理に出頭することを希望していたが、原告bに対する監禁の状況から見て、審理に出頭した場合、再び調査の名目で監禁されるおそれがあったことから、自衛隊関連施設外での審理を繰り返し要求した。しかしながら、i連隊長は、これに応じず、結局、審理は開催されなかった。

i連隊長は、懲戒処分の審理を連隊内で行うとの法令上の根拠がないにもかかわらず、原告aが、原告bと同様に監禁されるであろうという危険を感じており、到底出頭できないであろうと予見して、あえて審理の場所を連隊内に固執し、よって審理を実施しなかった。

このような審理の不開催は、施行規則七一条に反するものであり、原告aに対する懲戒手続には重大な瑕疵がある。

(2) 原告b関係

ア 逮捕後の拘禁の違法

原告bは、平成三年四月二五日、公務執行妨害により逮捕され、防衛庁三二号館に連行され、同所で警務官から取調べを受けた。

しかしながら、原告bは、取調べの当初、公務執行妨害との逮捕理由は告げられたが、具体的な被疑事実を告知されず、また、黙秘権の告知はされたが、その後に「自衛官だからそんなものはないんだ」と、黙秘権を言下に否定された。さらに、逮捕後の留置中、日中は、防衛庁において警務官の取調べを受けたが、その間、机を蹴られたり、立たされたり、食事を妨害されたり等、暴力を駆使され、原告bが、殴られて頭が痛いので治療をしてほしい旨要求しても、医者の下へ連れて行かない等、不当な精神的苦痛、医療の剥奪等の不利益を与えられた。

具体的な被疑事実の告知がなければ、およそ被疑者は適切な防御ができないが、そればかりでなく、黙秘権の否定、暴行、医療拒否等が続いた原告bの逮捕後の留置は違法であり、逮捕後送検までの留置期間は、全体として違法な拘禁であったというべきである。

イ 刑事手続終了後の拘禁の違法

(ア) 原告bは、平成三年四月二七日午前、麻布警察署から釈放された際、h中隊長から同行を求められ、「私は休暇中だから勝手にする。」と抗議したが、h中隊長から「休暇は取り消しだ。」などと言われ、他の幹部陸曹から取り囲まれて車両に押し込まれ、第二中隊幹部室まで連行された。

原告bは、同日午後〇時ころ、刑事弁護人であるo弁護士と面会所で面接し、その際、原告b及びo弁護士は、h中隊長に対し、外出させるよう要求し、h中隊長は、いったんはこれを承諾したが、その後、i連隊長が、「外出は調査が終わるまで絶対させない。ここは自衛隊の駐屯地の中だ。自衛隊法の領域だ。お前たちには関係がない。そんな越権的なことをするんだったら懲戒委員会にかける。」等とo弁護士をどうかつした。

さらに、i連隊長は、原告bが、市ヶ谷駐屯地正門を超えて外出しようとした際、原告bが休暇証を携帯していたことを知っていたにもかかわらず、「そいつを出すな。」と怒鳴って、右休暇証を提示するいとまを与えずに、原告bの外出を阻止した。

(イ) 原告bは、同日から、営内の当直室での寝起きを強制され、自衛官による二四時間の監視体制に付された。そして、同日夜からは、食事も当直室に持ってこさせる「飯上げ」方式に変えられ、トイレに行くにも監視が付けられ、メモされるなど移動の自由が全くない状況であった。

また、原告bは、毎日午前八時三〇分から午後四時三〇分ないし午後七時ころまで、「調査」を強要され、その間、「隊を自発的に辞めろ。」「しゃべるまで、調書を作るまで(調査)を続けるぞ。」「警察の取調べでないから黙秘権はあり得ない。自衛宮には黙秘権なんかない。」「任期満了まで絶対外には出さない。」等のどうかつを連続して受け、また、いすを蹴られる、午後中立たされる、定規で腕をたたかれる、室内で木刀を振り回される等の暴行も受けた。

原告bは、同月二七日公衆電話をかけることを一回だけ許されたが、監視のために自衛官一名が同行し、架電先の電話番号をメモされ、電話の内容を立ち聞きされた。それ以降、同年五月一日までは、電話をかけることを許されず、また、同日ころ、母親からの電話に際しては、連隊長室で電話を取らされ、原告b及びその母親の了解なく、会話の内容を録音された。

原告bは、このような不当な監禁及び精神的虐待に抗議するため、同日朝から食事を拒否する、いわゆるハンガーストライキを開始し、同日夕食時にこのことを宣言した。しかしながら、その後も、j一曹から、同原告の面前でプリンを食べ、外に出て、「bがプリンを食べた。」と騒いで見せるなどの嫌がらせを受けた。

原告bは、同月五日、東京地方裁判所に人身保護請求を行い、同月八日、治療目的で虎ノ門病院に入院し、ようやく監禁状態から脱出した。

このように、原告bは、同年四月二七日から同年五月八日までの間、市ヶ谷駐屯地内において、監禁状態にされた上、精神的虐待を受けてきたものであって、この拘禁は違法である。

ウ j一曹の差別発言

j一曹は、平成三年五月一日から同月八日の間、原告bに対する取調べにおいて、同原告をひぼう中傷する発言の中で、種々の部落差別発言を行った。

ところが、被告らは、これらの事実を否認しており、かつて軍隊及び自衛隊による様々な部落差別が存した経緯、一般民による部落差別が現存している背景等を考えると、被告らのこのような態度は許されないものであり、憲法一四条、一三条、三一条及び九九条に違反する。

したがって、この差別発言だけを見ても、原告bに対する本件乙処分は、その手続に看過できない重大な違法を含むものとして、取り消されるべきである。

エ 審理の不開催

i連隊長は、原告bに対し、平成三年五月一三日、第三二普通科連隊内において、懲戒処分の審理を行う旨通知した。

原告bは、右審理に出頭することを希望していたが、審理に出頭した場合に再び調査の名目で監禁されるおそれがあったことから、自衛隊関連施設外での審理を繰り返し要求した。しかしながら、i連隊長は、これに応じず、結局、右審理は開催されなかった。

i連隊長は、懲戒処分の審理を連隊内で行うとの法令上の根拠がないにもかかわらず、原告bが、退院したばかりで、再度の監禁の恐怖のために到底出頭できないであろうと予見して、あえて審理の場所を連隊内に固執し、よって審理を実施しなかった。

このような審理の不開催は、法施行規則七一条に反するものであり、原告bに対する懲戒手続に重大な瑕疵がある。

三  争点

本件各処分についての

1  懲戒事由該当性の有無

2  裁量権の濫用の有無

3  懲戒手続の違法性の有無

第三当裁判所の判断

一  事実関係

前提事実、証拠(甲一、二・三の各1、2、五、六六、六八、七二の1ないし3、八八ないし九五、甲一〇二ないし一〇七、乙一、三、四、六、七、九ないし一一、一七ないし二一、二六、三四ないし三八、四五ないし四七、五〇ないし五四、七一、証人k、同f、同e、同g、同h、同d、同d、原告ら各本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  原告らの逮捕に至るまでの経過等

(一) 平成三年四月二五日、原告ら及びcの三名は、かねて約束の集合場所に落ち合ってから、cにおいて本件書面を、原告aにおいてその写し二〇ないし三〇枚を、それぞれ所持した上、午前一一時ころ、東京都港区<以下略>所在の防衛庁檜町庁舎本館二階の防衛庁長官室に通じる秘書官室前の廊下に赴いた。

(二) 同日、l防衛庁長官は午前一〇時長官室に登庁し、午前一〇時から一一時まで各部署からの報告を受けた後、午前一一時から一一時一五分までn駐日フランス大使の表敬訪間を受ける予定となっていた。

当日、防衛庁長官は予定どおり登庁し、駐日フランス大使も一〇時五三分同館正面に到着したので、長官室において一一時から表敬訪問行事が開始された。

(三) 原告ら及びcは、秘書官室前の廊下に到着すると、入口に向かって横一列に整列し、cにおいて秘書官室内の様子を何度もうかがった上、前記行事が開始された直後の午前一一時過ぎころ、同人の「よし行こう。」との発声の下に、同人を先頭にして縦一列になって前進を始め、同人において「長官はいますか。長官は在室ですか。」などと大声で叫びながら、いきなり秘書官室に進入した。右三名は、秘書官室内を、そのまま、さらに奥に位置する長官室の入口ドア付近にまで進んだが、異常な事態に気付いた警護官ら及び秘書官らによって、長官室への進入を押し止められた。これに対し、原告ら及びcは、口々に「掃海艇派遣反対。我々には意見具申の権利がある。長官に会わせろ。」などと大声で叫びながら、警護官らの制止を振り切ってなおも無理矢理に長官室に入ろうとしたが、警護官ら及びその場に駆けつけた防衛庁職員らにより阻止され、廊下に連れ出された。

(四) 防衛庁長官に対して面会を求める場合には、予め長官官房総務課に面会を申し出て、面会手続を経る必要があり、秘書官室入り口にも、そのことを示す内容の、「大臣 政務次官 事務次官に御用の方は受付けにお申し出下さい。」との注意書が掲示されていたが、当日、右三名は、防衛庁長官に面会を求めるに当たり、このような手続を踏んでいなかった。また、自衛官が上官に対してする意見具申について規定する服務規則二〇条は、意見具申の方法について、順序を経てこれを行い、秩序を乱すようなことがあってはならない旨定めているところ(二項)、右三名は、このような順序も、一切、経ていなかった。

(五) その後、d官房企画官ら防衛庁職員らは、原告ら及びcの三名を、秘書官室前の廊下から同じ本館二階にある第一庁議室に誘導したが、右三名は、そこでも、しばらくの間、「長官に会わせろ。」などと叫んだりした。その後、右三名は、cにおいて、その場で最も職位が高い防衛庁職員であると知ったd官房企画官に対して本件書面を手渡し、原告aにおいて、室内の防衛庁職員ら二、三〇人に対し、本件書面の写しを配布するなどし、右三名の行動の目的を明らかにした。

一方、d官房企画官は、その場の混乱した状況を一刻も早くおさめる目的で、cに対し、当日の日程上防衛庁長官との面会を認めることはできないことを説明し、「今は会えないが、後日連絡する。」旨告げたところ、やがて、cは、原告らに対し、「用件は終わった。よし行こう。」と声をかけ、これを合図に、原告ら及びcは、そろって第一庁議室から退室し、本館一階の正面玄関に向かった。

(原告らが、右同日、防衛庁長官室に通じる秘書官室前の廊下に赴いてから、第一庁議室を退室するまでの間、cと共にした前記一連の行為を、以下「本件各行為」という。)

(六) (1) その後、原告ら及びcは、警務官から同行を求められたのを拒否し、「もう用が終わった。」などと叫びながら、正面玄関に向かって突然走り出し、本館を出て防衛庁正門を目がけて走って行ったので、これ見たf警務官は、「警務隊の者だ。逃げるな。待て。」等と大声で叫びながら、右三名を追いかけた。e警務官も、正面玄関付近で、原告bが正門方向に走っているのを発見し、「警務隊の者だ。待て。」などと大声で叫びながら、その後を追ったが、原告bは停止しようとしなかった。しかし、原告bの進路前方にいた防衛庁職員が、二〇号館の北西路上で、原告bの進路をふさぐ形となったので、同原告は、その場に停止した。

そこで、e警務官は、原告bに近づき、事情聴取のため、その左肩に自分の左手を置いて、「警務官の者だ。待て。」と言ったところ、原告bは、なおも逃げようとしてe警務官ともみ合いになり、その際、左右の手で同警務官の腹部に二、三回、ひじ鉄を加えた。このため、e警務官は、公務執行妨害罪で逮捕する旨告げて、原告bを取り押さえ、同日午前一一時七分、同原告を現行犯として逮捕した。

また、そのころ、cも、二〇号館付近で、建造物侵入罪の現行犯として逮捕された。

(2) 一方、原告aは、原告bが逮捕されるのを目撃して、「不当逮捕だ。何の権限があるんだ。」などと大声で叫びながらe警務官に詰め寄ったが、e警務官は、公務執行妨害罪の現行犯で原告bを逮捕した旨、これに答えた。その際、f警務官が、原告aに近づき、事情聴取のための任意同行を求めたところ、原告aは、いったんはこれに応じて歩き出したものの、二〇号館一階中央通路に差し掛かった際、f警務官から任意同行であることを確認すると、突然態度を変え、「おれは帰る。」と言って歩いてきた方向に戻ろうとし、f警務官の右胸付近に体当たりをした。そのため、f警務官は、身体を通路壁に打ち当てられ、その際、右手甲が通路壁面上の配電盤下部付近に激突させられたため、全治一週間を要する右手背部打撲及び挫傷を負った。そこで、f警務官は、原告aに対し、公務執行妨害罪で逮捕する旨告げて、同日午前一一時一四分、同原告を現行犯として逮捕した。

(七) 当日、原告ら三名は、いずれも陸上自衛官の制服(冬服上衣・冬服ズボン)を着用していたが、cは、平成元年四月二七日付けで懲戒免職処分を受け、既に自衛官の身分を喪失していたため、原告bがcに対して自己に貸与されていた冬制服を貸与し、cはこれを着用していたものであった。

また、当日、原告ら及びcと外部団体である「反戦兵士と連帯する会」とは、右三名の行動と並行して、防衛庁への抗議行動を行う旨打ち合わせてあったので、原告aは、右団体と連絡を取る目的で、トランシーバーを携帯していた。

(八) 本件書面は、「意見具申書および請願書」と題し、「陸上自衛隊第三二普通科連隊重迫中隊三等陸曹」の肩書で原告aの氏名を、「陸上自衛隊第三二普通科連隊第二中隊陸士長」の肩書で原告bの氏名を、「陸上自衛隊第三二普通科連隊第四中隊二等陸曹」の肩書でcの氏名を、各記載してその名下に指印らしきものを顕出させた、B四版一枚の平成三年四月二五日付けワープロ作成文書であって、「防衛庁長官l殿」の宛先が手書きで記されているものであるが、その内容は、「私たちは、憲法および自衛隊法を公然とふみにじる海上自衛隊・掃海艇部隊の中東派兵を、即時中止するよう陸上自衛隊服務規則第二〇条に基づき意見具申するとともに、請願法第五条の定めにより一市民として請願する。」との前文を付した上、①「今回の「機雷除去」を口実にした自衛隊の海外出動は、この任務を大きく逸脱した違憲・違法の出動であり、私たちは断じてこれを黙認できない。」、② 「今回の「日の丸」をつけ、武装した艦隊の海外出動は、アジア・中東諸国への軍事的威嚇であり、戦闘行動―武力行使以外のなにものでもない。」、③ 「もしも、このような自衛隊海外派兵の第一歩を許したとするならば、もはや戦後憲法は破壊され、日本が再び戦争への道へいきつくことは明らかである。」、④ 「いまや、中東・アジア諸国の人々はこうした自衛隊海外派兵に強い危倶を抱いており、国内でも多くの民衆が懸念を表明している。」との見解を表明し、⑤ 「違憲・違法の海上自衛隊掃海艇部隊の海外出動を即時中止すること。」などの要求を掲げるものである。

(九) 我が国政府は、同月二四日、安全保障会議及び臨時閣議を開いた上、ペルシャ湾の機雷除去のため海上自衛隊の掃海艇部隊の派遣を正式決定し、その翌日である同月二五日掃海艇部隊が出港する運びとなっていたことから、右同日の原告ら及びcの前記行動は、秘書官室前とおぼしき場所における右三名と防衛庁職員らとのもみ合いの様子を撮影した写真が当日の新聞に掲載されるなど、マスコミで大々的に採り上げられ、多くの国民に強い衝撃を与えるものとなった。

2  原告らの釈放後の経過等

(一) 平成三年四月二五日、原告ら及びcは、警務官の取調べを受けた後、原告aは代々木警察署に、原告bは麻布警察署に、cは愛宕警察署にそれぞれ移監されたが、その後、原告ら及びcは、同月二七日、いずれも処分保留として釈放された。

(二) (1) 原告aは、同日午前一〇時ころ、代々木警察署から釈放されたが、同警察署には、g中隊長ら重迫撃砲中隊の隊員四名のほか、原告らの刑事弁護人であるo弁護士が、出迎えに来ていた。

g中隊長は、原告aの釈放に当たり、o弁護士に対し、原告aを帰隊させるために連れて帰る旨述べたが、これに対し、o弁護士は、帰隊するか否かは本人が決めることであるから、原告aを強制的に連れて帰ることはできない旨の意見を述べた。

原告aが釈放されると、g中隊長は、原告aに対し、規律違反の疑いがあり、速やかに調査する必要があるので帰隊するよう命じたが、原告aは、「帰りません。」と答え、これに応じなかった。そのため、g中隊長は、この命令は中隊長としてのものであり、命令に応じないのであれば、上司の命令に服従する義務に違反して、正当な理由のない欠勤となり、欠勤が長期に及べば懲戒免職の対象となる旨説明した。

これに対し、原告aが、年次休暇を請求したので、g中隊長は、規律違反の疑いがあり、調査のために速やかに話を聞きたいので、年次休暇を承認するわけにはいかない旨述べたが、原告aは、「やはり、帰りません。」と述べた。

その際、g中隊長が、原告aに対し、貸与した制服を一旦返納するよう述べると、原告aは、これに応じて制服を脱いで私服に着替えた。g中隊長らは、原告aに対し、着替えの間も、帰隊するよう説得したが、原告aは、これに応じなかった。その後、原告aは、g中隊長に対し、今後の連絡先を東京都中央区<以下略>所在m事務所(株式会社社会批評社)とする旨述べて、代々木警察署を立ち去った。

(2) 同日三時ころ、原告aは、g中隊長に対し、電話で、同日から同年五月七日までの間年次休暇を請求する旨述べたが、g中隊長は、年次休暇を承認できない旨回答した。その後、g中隊長は、原告aに対し、同日、帰隊しなかったら正当な理由のない欠勤になることについて、o弁護士の立会いの上言い渡したから、年次休暇を承認することはできない旨の書面を送付し、同年五月一日にも同様の書面を送付した。これに対し、原告aは、同日、再度年次休暇を請求するとの書面を送付したので、g中隊長は、さらに、前同様の書面を送付した。

そして、原告aは、同年四月二七日から本件懲戒処分がされた同年六月五日まで、第三二普通科連隊に出頭しなかった。

(3) なお、原告aは、同年四月一六日付けで、同月三〇日から同年五月二日までの間、年次休暇を請求していたが、g中隊長は、ゴールデンウィーク中の隊員の年次休暇を調整する必要があったことや、同月二五日以降、原告aがいつ釈放されるか不明な状況であったことから、同月二七日までに原告aの年次休暇を承認する手続をしておらず、したがって、原告aの休暇証も作成されていなかった。

(三) (1) 原告bは、同月二七日午前一〇時一五分ころ、麻布警察署から釈放された。同警察署には、h中隊長ら第二連隊隊員が、原告aを帰隊させるために、迎えに来ていた。

h中隊長は、釈放された原告bに対し、「身柄を引受けに来た。中隊に一緒に帰るぞ。」と帰隊を命じたが、原告bは、「四月二九日の午前八時三〇分まで休暇です。」と答えた。

これに対し、h中隊長が、「四月二五日に防衛庁で重大な規律違反の疑いがある行為があったので、君の休暇は取り消しだ。」旨述べて、再度帰隊するよう命じると、原告bは、これに応じてh中隊長に同行し、出迎えの車に乗り、市ケ谷駐屯地に帰隊した。

(2) 同日午後〇時ころ、原告bは、市ケ谷駐屯地に来たo弁護士と面会所で面会した。その際、o弁護士が、同席していたh中隊長に対し、原告bを外出させない理由及び根拠を尋ねると、h中隊長は、原告bに対する調査の必要があるうえ、自分が警察に対する身元引受人になっているから、外出は許可できないが、必要な条件が整えば外出させることもできる旨答えた。

同日午後二時ころ、原告bは、o弁護士との面会を終えた後、市ヶ谷駐屯地の正門に行き、身分証明書のみを提示して外出しようとしたが、外出許可がされていないとして、外出を差し止められた。

さらに、同日午後二時一〇分ころ、原告bは、正門の柵を乗り越えて門外に出ようとしたが、h中隊長らに取り押さえられ、連れ戻された。

(3) なお、原告bは、同月一九日付けで、「出発月日 平成三年四月二二日、帰隊月日 平成三年四月二九日、休暇中の所在地 営内及び叔父宅」との年次休暇を承認する旨記載された休暇証を取得していたが、外出許可の手続は経ていなかった。

3  懲戒手続の経過等

(一) 原告a関係

(1) i連隊長は、原告aに対し、平成三年五月二〇日付けの被疑事実通知書により、被疑事実を通知し、同月二三日付けで、同月二九日午後一時三〇分から午後三時三〇分まで審理を実施するので、同日午後一時までに出頭されたい旨の審理実施に伴う出頭要求書を送付した。

原告aは、i連隊長に対し、同月二五日付けで、被疑事実通知書記載の被疑事実に対する反論のほか、懲戒手続が違法かつ不当なものであること、審理を実施する条件として、① 原告bに対して同月八日までに行われた監禁及び転向と退職の強要を謝罪すること、② 審理を自衛隊関連施設外において行うこと、③ 代理人を付き添わせることなどを記載した回答書を送付したのみで、同月二九日の審理期日に出頭しなかった。

i連隊長は、同月二九日、原告aに対し、同年六月三日午後二時から午後四時まで審理を実施するので、同日午後一時までに出頭されたい旨の審理実施に伴う再出頭要求書を送付した。これに対し、原告aは、同年五月三〇日付けの書面で、前記回答書に対する回答が正式にされておらず、審理実施の条件が整えられていないなどとする回答書を送付し、同年六月三日の審理期日にも出頭しなかった。

(2) そのため、i連隊長は、原告aが弁明の機会を放棄したものと判断し、同日午後一時三〇分から午後三時三〇分まで審理を開き、g中隊長に対する尋問及び証拠調べを実施して審理を終えた。その結果、i連隊長は、原告bを懲戒免職とするのが相当であると判断したので、同日、第一師団長に上申し、同月四日、同師団長による懲戒免職の決定を受けた。

(3) さらに、i連隊長は、原告aに対し、同日付けで、同月五日に懲戒処分を宣告するので出頭するよう要求をしたが、原告aは同日も出頭しなかった。そこで、i連隊長は、原告aに対し、同日付けで懲戒処分宣告書を送付した。また、原告aが、懲戒処分説明書の交付を求めたので、i連隊長は、原告aに対し、同月一七日付けで懲戒処分説明書を送付した。

(二) 原告b関係

(1) 第三二普通科連隊は、同年四月二七日、市ヶ谷駐屯地内において、原告bの規律違反行為に対する事実調査を開始した。原告bに対する供述聴取の担当者は、調査官がh中隊長ほか二名、書記官がj一曹ほか一名であった。

原告bに対する供述聴取は、休憩をはさみながら、一日三時間又は四時間行われ、原告bが同年五月二日ハンガーストライキを開始してからは、原告bの健康状態に留意しながら、継続された。

(2) o弁護士らは、同月五日、東京地方裁判所に対し、原告bの人身保護請求をした。裁判所立会いの下で関係者が協議した結果、原告bを同月八日から病気休暇として虎の門病院に入院させるとともに、o弁護士が、身柄引受人になり、懲戒手続に応じることを保証することに協議がまとまって、人身保護請求は取り下げられた。

i連隊長は、そのころ、原告bに対し、被疑事実通知書を交付した。

(3) 原告bは、同月一三日、第二中隊に対し、電話で「これから退院する。連絡先は、mの事務所にする。」旨連絡した。

i連隊長は、同日付けで、原告bに対し、同月一七日午後一時三〇分から午後三時三〇分まで審理を実施するので、同日午後一時までに出頭されたい旨の審理実施に伴う出頭要求書を送付した。これに対し、原告bは、同月一五日、同月一四日付けで、同月一五日一七時から同月二八日までの間の休暇請求届を郵送した。そこで、h中隊長は、原告bに対し、同月一六日付けで、請求された右休暇を承認するが、懲戒手続の審理及び宣告には出頭すべきことなどを記載した書面を送付した。

原告bは、同月一五日付けで、i連隊長に対し、被疑事実通知書記載の被疑事実に対する反論のほか、懲戒手続が違法かつ不当なものであること、審理を実施する条件として、① 同月八日までに行われた監禁及び転向と退職の強要を謝罪すること、② 審理を自衛隊関連施設外において行うこと、③ 代理人を付き添わせることなどを記載した回答書を送付した。

i連隊長は、同月一七日付けで、原告bに対し、同月二一日午後一時三〇分から午後三時三〇分まで審理を実施するので、同日午後一時までに出頭されたい旨の審理実施に伴う再出頭要求書を送付した。これに対し、原告bは、同月一八日付けで、前記回答書に対する回答が正式にされておらず、審理に出頭するための条件が整えられていない旨の回答書を送付した。

(4) i連隊長は、それまでの経過から見て、原告bが弁明の機会を放棄したものと判断し、同月二一日午後一時三〇分から午後三時三〇分まで審理を開き、h中隊長に対する尋問及び証拠調べを実施して審理を終えた。その結果、i連隊長は、原告bを懲戒免職とするのが相当であると判断し、懲戒免職処分を決定した。

(5) i連隊長は、同月二三日、原告bに対し、同月二四日午前八時三〇分に懲戒処分の宣告をするので、同日八時一五分までに出頭されたい旨の書面を送付した。これに対し、原告bは、同月二三日付けで、出頭に関する条件が改善されていないので、出頭することができない旨の回答書を送付し、処分宣告期日に出頭しなかった。

そこで、i連隊長は、同月二六日、原告bに対し、同月二七日付けで、懲戒免職とする旨の懲戒処分宣告書を送付した。また、原告bが、懲戒処分説明書の交付を求めたので、i連隊長は、同年六月五日付けで、懲戒処分説明書を送付した。

二  争点1(懲戒事由該当性の有無)について

1  本件各行為について

(一) 前記一1認定の事実関係によれば、(1) 原告らが行った本件各行為は、政府が、平成三年四月二四日、海上自衛隊の掃海艇部隊の派遣を閣議決定し、これに基づき、翌二五日海上自衛隊の掃海艇部隊が出港するという、まさにその当日、制服着用の三名の自衛官(一名は元自衛官)が、右派遣に反対の意思を表明する目的で、防衛庁長官との面会を求めて、防衛庁庁舎内の長官室への進入を企て、これに隣接する秘書官室内に至ったというものであったこと、(2) その行為態様は、面会手続を経ず、意見具申の順序を経ていないことはもちろんのこと、大声を上げ、制止を振り切って無理矢理に長官室に進入しようとするなどという、無秩序で乱暴極まりないものであったこと(右当時、長官室には駐日フランス大使が在室し、表敬訪問行事が開始中であった。)、(3) 原告ら及びcは、本件書面ないしその写しをd官房企画官その他の防衛庁職員に交付することによって、右三名の行動の目的を明らかにしようとしたものであるところ、本件書面は、海上自衛隊の掃海艇部隊の派遣について、「今回の「日の丸」をつけ、武装した艦隊の海外出動は、アジア・中東諸国への軍事的威嚇であり、戦闘行動―武力行使以外のなにものでもない。」、「私たちは断じてこれを黙認できない。」などの極めて強烈な表現を用いて、その即時中止等を求めるという、国の政策決定への確信に満ちた反対の意思表明を内容とするものであったこと、(4) 当日、右三名は、他の外部団体との間で、右三名の行動と並行して、防衛庁への抗議行動を行う旨打ち合わせてあり、原告aは、右団体と連絡を取る目的で、トランシーバーを携帯していたこと、(5) 当日の原告ら及びcの行動は、マスコミで大々的に採り上げられ、多くの国民に強い衝撃を与えるものとなったこと、等の事情が認められる。

以上の事情に照らして、本件各行為を見てみると、それは、掃海艇部隊の派遣の閣議決定の翌日で、かつ、掃海艇部隊の出港日でもあるという当日のタイミングをねらい、掃海艇部隊の派遣に反対する制服自衛官らが制止を振り切って防衛庁長官室に進入しようとするという、一見して極めてセンセーショナルな事態を引き起こし、これがマスコミによって報道されることなどを通じて、国の防衛政策の遂行に影響を与えようとする意図に基づくものと評価することができる。

(二) ところで、法は、五二条において、隊員は、わが国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身をきたえ、技能をみがき、強い責任感をもつて専心その職務の遂行にあたり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に努め、もつて国民の負託にこたえることを期するものとする旨、五六条において、隊員は、法令に従い、誠実にその職務を遂行するものとし、職務上の危険若しくは責任を回避し、又は上官の許可を受けないで職務を離れてはならない旨、五七条において、隊員は、その職務の遂行に当つては上官の職務上の命令に忠実に従わなければならない旨、五八条一項において、隊員は、常に品位を重んじ、いやしくも隊員としての信用を傷つけ、又は威信を損するような行為をしてはならない旨、それぞれ定めている。また、自衛官が上官に対してする意見具申について規定する服務規則二〇条二項は、意見具申の方法について、順序を経てこれを行い、秩序を乱すようなことがあってはならない旨定めていることは、前記判示のとおりである。

このような立場にある自衛隊員が、前記(一)後段判示のような評価を受ける活動をすることは、本来政治的中立を保ちつつ一体となって国民全体に奉仕すべき責務を負う自衛隊の内部に深刻な政治的対立を醸成し、そのため職務の能率的で安定した運営が阻害され、ひいては議会制民主主義の政治過程を経て決定された国の政策の遂行にも重大な支障を来すおそれがあるもの(なお、本件各処分に係る懲戒処分説明書が、本件各行為を目して「政治性の強い行為」と述べているのは、このことを指すものにほかならないと考えられる。)というべきであるから、原告らがした本件各行為については、「隊員たるにふさわしくない行為」として、法四六条二号に当たるとともに、法五二条、五六条ないし五八条一項及び服務規則二〇条二項の各規定に違反した場合として、法四六条三号に当たるものというべきである。

(三) 原告らの主張について

(1) 原告らは、海上自衛隊の掃海艇部隊の派遣について、① 憲法九条違反、② 憲法前文、一条、四一条違反、③ 法三条、九九条違反、④ PKO法違反等を、るる主張するが、本件各行為の法四六条二号及び三号所定の懲戒事由該当性が、掃海艇部隊の派遣についての、原告ら主張に係る各規定違反の有無にかかわりのないものであることは、前記(二)判示によって明らかであるから、原告らの右主張は、本件各処分の違法事由の主張として採用の限りではない。

(2) 原告らは、「政治性の強い行為」を懲戒処分の対象とすることは、これを禁じた法の規定が存しないから、憲法三一条に違反する旨主張するが、本件各処分に係る懲戒処分説明書が、本件各行為を目して「政治性の強い行為」と述べているのは、本件各行為が、本来政治的中立を保ちつつ一体となって国民全体に奉仕すべき責務を負う自衛隊の内部に深刻な政治的対立を醸成し、そのため職務の能率的で安定した運営が阻害され、ひいては議会制民主主義の政治過程を経て決定された国の政策の遂行にも重大な支障を来すおそれがあるとの趣旨で、法四六条二号に当たる旨を述べるものにすぎないことは、前記(二)判示のとおりであるから、右主張はその前提を欠き、採用することができない。

(3) また、原告らは、自衛官に対して政治的中立を求めることは、思想及び良心の自由を定めた憲法一九条に違反する旨主張するが、自衛官による政治的中立性を損なうおそれのある行為を懲戒処分の対象とすることは、自衛官に対して一定の行動を禁止するものではあるが、それは、自衛官の有する思想及び良心そのものを何ら制約するものではないから、憲法一九条に違反するものということはできない。

(4) さらに、原告らは、自衛官の政治的中立性を損なうおそれのある行為を制約することが、表現の自由(憲法二一条)に違反する旨主張するが、表現の自由を制約することが、国民全体の利益を守るために必要かつ合理的な措置として許容される場合があることは、一般に認められるところ(最高裁平成七年七月六日第一小法廷判決・判例時報一五四二号一三四頁参照)、本件各行為が、本来政治的中立を保ちつつ一体となって国民全体に奉仕すべき責務を負う自衛隊の内部に深刻な政治的対立を醸成し、そのため職務の能率的で安定した運営が阻害され、ひいては議会制民主主義の政治過程を経て決定された国の政策の遂行にも重大な支障を来すおそれがあるものであることは、前記判示のとおりであるから、これを懲戒処分の対象とすることは、国民全体の利益を守るために必要かつ合理的な措置として、憲法二一条に違反するものということはできないというべく、これに反する原告らの右主張は採用することができない。

(5) その池、原告らは、政治と戦争との関係について論じ、政治と戦争の主体的要素である軍隊とは本質的に不可分であるなどとして、自衛官に「政治的中立」を求めることを否定するが、右主張は、独自の見解に立脚したものであって、到底採用することができない。

2  原告aの警務官に対する暴行及び傷害

原告aが、f警務官の右胸付近に体当たりし、そのため、同警務官が全治一週間を要する右手背部打撲及び挫傷を負ったことは、前記一1(五)(2)認定のとおりであるところ、同所認定の事実関係の下で、原告aがf警務官に対して加えた右暴行及び傷害が、法四六条二号の「隊員たるにふさわしくない行為」に当たることは明らかである。

3  原告aの外出及び欠勤

(一) 原告aが、平成三年四月二七日、代々木警察署から釈放された際、g中隊長の命令に従わずに外出し、その後、同中隊長から休暇を承認しない旨告げられたが、懲戒免職処分を受けるまで欠勤を続けたことは、前記一2(二)認定のとおりである。

ところで、法一〇八条は、隊員につき労働基準法を適用しない旨定め、法五四条二項は、隊員の勤務時間及び休暇は、勤務の性質に応じ、総理府令で定める旨定めるところ、法施行規則四七条七項は、年次休暇については、その時期につき所属長の承認を受けなければならない、この場合において、所属長は、隊務の運営に支障がある場合を除き、これを承認しなければならない旨定めている。そして、自衛官の勤務時間及び休暇に関する訓令(昭和三七年防衛庁訓令第六五号)は、休暇の承認を受けようとする自衛官は、休暇を記録する書類にあらかじめ記入することにより所属長に請求しなければならない旨(一六条一項)、右請求について、所属長は速やかに承認するかどうかを決定し、当該自衛官に対して当該決定を通知するものとする旨(同条三項)、所属長は、営舎内居住の自衛官に休暇を承認した場合には、休暇証を交付するものとする旨(一七条)、それぞれ定めている。そして、隊員の勤務時間及び休暇の細部取扱いに関する達(昭和三七年達四〇―二九)は、休暇の請求及び整理は、休暇簿によるものとする旨定めている(六条一項本文)。

また、営内居住者の外出について、法五五条は、自衛官は、総理府令で定めるところに従い、長官が指定する場所に居住しなければならない旨定めるところ、法施行規則五一条は、陸曹長又は空曹長以下の自衛官は、長官の指定する集団的居住場所(営舎)内に居住しなければならない、ただし、長官の定めるところに従い、長官の指定する者の許可を受けた者は、営舎外に居住することができる旨定め、自衛官の居住場所に関する訓令(昭和二九年防衛庁訓令第一九号)は、法施行規則五一条の規定により営内に居住すべきとされている自衛官は、部隊等のために設けられた営舎に居住するものとする旨定めている(一条一項)。そして、服務規則三二条は、営内に居住する陸曹及び陸士は、陸上幕僚長が指定する外出許可権者の許可を得て外出することができる旨定め、服務細則は、中隊等に勤務する自衛隊員につき、中隊長が外出許可権者である旨(六〇条、別表4)、外出許可権者は、訓練、演習、防疫等のため特に必要ある場合においては、全部又は一部の自衛官について外出を禁止することができる旨(六二条)、外出許可権者は、外出を許可し、又は公用のため外出を命じた自衛官に対し、外出の種類に応じ、外出証、特別外出証又は公用外出証を交付するものとする旨(六七条一項)、それぞれ定めている。

さらに、懲戒手続について、法施行規則六九条は、懲戒権者は、隊員に規律違反の疑があると認めるときは、直ちに部下の隊員に命じ、規律違反の事実を調査しなければならない旨、同七〇条は、懲戒権者から規律違反の疑がある隊員の規律違反の事実の調査を命ぜられた者は、当該事実を調査し、調査報告書に当該隊員、参考人等の供述調書又は答申書その他当該事実の有無を証明するに足る証拠を添えて当該懲戒権者に提出しなければならない旨、それぞれ定めている。

一方、法五六条は、隊員は、法令に従い、誠実にその職務を遂行するものとし、職務上の危険若しくは責任を回避し、又は上官の許可を受けないで職務を離れてはならない旨、同五七条は、隊員は、その職務の遂行に当つては、上官の職務上の命令に忠実に従わなければならない旨定めている。

これを本件について見ると、原告aは、g中隊長から帰隊を命じられた際、三等陸曹として営内居住者であり、かつ外出許可を得ていなかったのであるから、自衛隊法五五条、法施行規則五一条に基づき、営内に帰隊すべき義務を有しており、かつ、本件各行為等の規律違反の疑につき、法施行規則六九条、七〇条所定の懲戒手続に係る事実調査に応ずべき立場にあったものというべきである。

したがって、原告aが、g中隊長から帰隊命令を受けたにもかかわらず、これに応じずに外出し、その後も、g中隊長から年次休暇を承認しない旨告げられたにもかかわらず、欠勤を続けた行為は、正当な理由なく職務を放棄したものであって、職務を怠った場合として、法四六条一号に当たり、法五六条、五七条に違反した場合として、法四六条三号に当たるものというべきである。

(二) 原告らの主張について

(1) 年次休暇の取得について

原告らは、原告aが、g中隊長に対し、平成三年四月二七日電話で、同月三〇日文書で、それぞれ、同月二七日から同年五月七日までの年次休暇を請求し、右請求により年次休暇を取得したのであるから、原告aが、同年四月二七日から五月七日まで勤務しなかったことは、正当である旨主張する。

しかしながら、前記(一)のとおり、法一〇八条は、自衛隊員について労働基準法の適用を排除し、法五四条二項は、隊員の勤務時間及び休暇は、勤務の性質に応じ、総理府令で定める旨定めるところ、法施行規則四七条七項は、年次休暇については、その時期につき所属長の承認を受けなければならない、この場合において、所属長は、隊務の運営に支障がある場合を除き、これを承認しなければならない旨定めているから、同項の規定によれば、自衛隊員は、所属長から年次休暇の承認を受けた場合に初めて、年次休暇を取得するものと解される。

そして、法施行規則四七条七項ただし書が、所属長は、隊務の運営に支障がある場合を除き、これ(年次休暇)を承認しなければならない旨定めていること、自衛隊は、わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対しわが国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たるものとするとの、自衛官の任務の性質(法三条一項)及び隊員は、何時でも職務に従事することのできる態勢になければならないとの、自衛官の勤務態勢(法五四条一項)にかんがみると、法施行規則四七条七項が、自衛隊員による年次休暇の取得を違法又は不当に制限するものということはできない。

原告らは、自衛官による年次休暇の請求については、労働基準法三九条の規定と同様に、時季変更権が行使されない限り、右請求により年次休暇が成立する旨主張するが、以上の次第であるから、右主張は採用することができない。

また、原告らは、このように解する場合の法施行規則四七条七項が、生存権から派生する年次休暇権を侵害するものとして、憲法二五条に違反し、また、現業国家公務員及び地方公務員については年次休暇の承認を要しないとされていることとの関係から、憲法一四条一項の平等原則に違反する旨主張する。しかしながら、憲法二五条が年次休暇に関する権利を勤労者に直接付与するものとは到底解されないから、法施行規則四七条七項が、原告ら主張のごとく、憲法二五条に違反するということはできない。また、現業国家公務員又は地方公務員に労働基準法三九条が適用されることをもって、法施行規則四七条七項が、合理的理由のない差別として、憲法一四条一項に違反するということができないことも明らかというべきである。したがって、原告らの右主張も採用することができない。

そこで、本件について見ると、原告aに、本件各行為等についての規律違反の疑いがあって、同原告に対して懲戒手続に係る事実調査をする必要があったことは、前記2(二)のとおりであるところ、原告aの年次休暇を承認することは、懲戒手続の実施という「隊務の運営に支障がある場合」に当たるというべきであるから、g中隊長が原告aの年次休暇を承認しなかったことをもって、法施行規則四七条七項に反するものとはいうことはできない。

したがって、原告aは、平成三年四月二七日から同年五月七日までの間、所属長から年次休暇の承認を得ていない以上、年次休暇を取得したということはできないのであるから、この間の原告aの欠勤が正当な理由に基づくものである旨の原告らの主張は、前提を欠き理由がない。

(2) 原告らは、原告aが、平成三年五月八日以降も欠勤を続けた理由について、原告bに対する懲戒手続において違法な監禁又は調査がされていることから、出勤をすれば同様な取扱いを受けると考えたためであり、右欠勤は正当な理由がある旨主張する。

しかしながら、原告bに対する懲戒手続において違法な監禁又は調査がされたと認められないことは、後記四2のとおりであり、仮にそのような事実が存したとしても、そのことから直ちに原告aが帰隊命令に反して帰隊しないことが許されるということはできない。

したがって、原告らの右主張は、いずれにしても採用することができない。

4  原告bの警務官に対する暴行

原告bが、e警務官の腹部に二、三回ひじ鉄を加えたことは前記一1(五)(1)認定のとおりであるところ、同所認定の事実関係の下で、原告bがe警務官に対して加えた右暴行が、法四六条二号の「隊員たるにふさわしくない行為」に当たることは明らかである。

5  原告bの制服の無断貸与

(一) 本件各行為当時、原告bがcに対して自己に貸与されていた冬制服を貸与し、cが右制服を着用していたことは、前記一1(六)認定のとおりである。

(二) 原告らは、右制服貸与の事実はない旨主張し、証人cの証言及び原告b本人の供述中には、右主張に沿う部分がある。

しかし、証拠(乙一七、一八、二六、三四ないし三八、五四、証人h)及び弁論の全趣旨によれば、愛宕警察署警務課留置係職員が、平成三年四月二六日、同警察署に留置されていたcが着用していた制服を見分したところ、冬服で、サイズが五号Bであり、ズボンの氏名記載欄に「b」と記載されているのを確認したこと、警務官が同警察署からその旨連絡を受け、同月二七日午前一〇時ころ、同警察署において、釈放されたcに対し、着用していたズボンを任意に示すよう求め、これを調査したところ、ズボンの氏名記載欄に「b」と記載されているのを確認したこと、かつてcが自衛隊に勤務中貸与されていた制服のサイズが、四号Y又は四号であり、原告bが貸与された制服のサイズが、五号B又は五号であること、cが平成元年四月二七日懲戒免職処分を受けた後、貸与されていた制服はすべて返納されていたこと、原告bに貸与された冬服の上下二着(サイズは五号B)について、一着は平成三年五月二日に返納されたが、他の一着が返納されずに行方不明になっていること、以上の事実が認められる。

右事実を総合すると、本件各行為当時、原告bが自己に貸与されていた冬制服をcに対してさらに貸与し、cが右制服を着用していたものと認められ、証人cの証言及び原告b本人の供述中、原告ら主張に沿う部分は採用することができない。

(三) 服務規則二六条は、自衛官は、自衛隊の管理に属する物品について、許可なくこれを私用に供してはならない旨(一項)、また、みだりに駐屯地外に持ち出してはならない旨(二項)、それぞれ定めているところ、原告bの右行為は、自衛隊の管理に属する物品である自衛官の制服を、許可なくこれを私用に供したものとも、みだりに駐屯地外に持ち出したものともいうことができるから、同条一、二項の定めに反するものである。

したがって、原告bのcに対する制服貸与は、職務上の義務に違反する場合として法四六条一号に当たり、法令に違反する場合として同条三号に当たるものというべきである。

6  原告bの外出しようとした行為

(一) 次休暇の承認及び外出許可について

原告bは三等陸曹であるから、営舎内に居住する義務を負う者であることは原告aと同様であるところ、原告bが、平成三年四月一九日付けで、同月二二日から二九日までの間、休暇を承認するとの休暇証を交付されていたこと、h中隊長が、原告bに対し、同月二七日、帰隊を命じるとともに、右休暇を取り消す旨述べたこと、原告bが、同日、市ヶ谷駐屯地から外出しようとしたが、外出を阻止されたことは、前記一2(三)認定のとおりである。

法五四条二項は、隊員の勤務時間及び休暇は、勤務の性質に応じ、総理府令で定める旨定めているところ、法施行規則は、日曜日及び週休土曜日は、休養日とする旨(四四条二項)、国民の祝日に関する法律に規定する休日には、隊員は、特に勤務をすることを命ぜられない限り、勤務することを要しない旨(四五条)定めており、これらの規定によれば、隊員は、休養日又は休日においては、年次休暇の承認を得るまでもなく勤務を要しないものと解される。

これを本件について見ると、原告bに交付された休暇証には、同月二二日から二九日までの間休暇を承認する旨記載されてはいるものの、証拠(甲八八)及び弁論の全趣旨によれば、同月二七日が第四土曜日、同月二八日が日曜日、同月二九日が国民の祝日であることが認められるから、同月二七日、二八日はいずれも休養日に当たり、同月二九日は休日に当たること、前記一2(三)(3)認定のとおり、右休暇証には休暇中の所在地につき営内及び叔父宅と記載されていたこと、原告bが同月二二日から二九日までの間につき外出許可の手続を経ていなかったことを併せ考えると、h中隊長は、原告bに対し、同月一九日付けで、同月二二日から二六日までの間については年次休暇を承認し、同月二七日から二九日までの間については外出を許可したものと認めることができる。

以上の事実を前提とすれば、h中隊長が原告bに対してした休暇を取り消すとの発言は、同月二七日から二九日までの間の外出許可を撤回する趣旨のものと解される。

(二) 外出許可の撤回

(1) 原告bが、同月一九日付けで外出許可を受けた後、同月二五日本件各行為等による規律違反の疑いのため、原告bについて懲戒手続に係る事実調査をする必要が生じたものと認められることは、前記3(一)の原告aの場合と同様である。

この場合、原告bに対する右外出許可を維持することは、懲戒手続の実施による自衛隊内における秩序維持という公益に適合しないものというべきであるし、他面、原告bが、右規律違反の疑いのある者として、懲戒手続に係る事実調査に応じるべき立場にあることを考えると、右外出許可の撤回によって原告bが被る不利益を考慮しても、なお右許可を撤回すべき公益上の必要性は高いということができる。

そうすると、外出許可の撤回について法令上直接明文の規定は存しないものの、法五四条一項が、隊員は、何時でも職務に従事することのできる態勢になければならない旨定め、服務細則六二条が、外出許可権者は、訓練、演習、防疫等のため特に必要ある場合においては、全部又は一部の自衛官について外出を禁止することができる旨定めていることを併せ考えると、h中隊長は、原告bの外出許可権者として、その職権によって、原告bに対する右外出許可を徹回することができるというべきである。

したがって、h中隊長が原告bに対してした外出許可の撤回は有効である。

(2) 原告らは、休暇の承認が撤回の許されないものであるから、h中隊長が原告bに対してした休暇を取り消す旨の命令は無効であり、原告bが外出しようとした行為は正当である旨主張する。

しかしながら、h中隊長による「休暇の取消し」が外出許可の撤回が許されないものではないと解されること、外出許可の撤回が許されないものということはできないことは、以上に見たとおりである。

したがって、原告の右主張は採用することができない。

(三) 小括

以上によれば、原告bは、h中隊長により営外への外出禁止を命じられたにもかからわず、営外に外出しようとしたものであって、右行為は、「隊員たるにふさわしくない行為」として、法四六条二号に当たり、法五六条、五七条に違反した場合として、法四六条三号に当たるものというべきである。

三  争点2(裁量権の濫用の有無)について

公務員につき、定められた懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、懲戒権者の裁量に任されているものと解される(最高裁第三小法廷昭和五二年一二月二〇日判決・民集三一巻七号一一〇一頁参照)。

これを本件について見ると、本件各行為が、公務員の政治的中立性の維持、ひいては行政の中立的運営の確保及びこれに対する国民の信頼の維持、並びに自衛隊内の厳正な秩序維持という国民全体の利益を侵害するおそれのあるものであることは、前記二1(二)のとおりであり、加えて、原告aが、本件各行為の後、警務官に対して暴行を加えて傷害を負わせ、また、不正に外出した上で、正当な理由のない欠勤を続けたこと、原告bが、本件各行為に際し、部外者に対して制服をみだりに貸与し、本件各行為の後、警務官に暴行を加え、また、不正に営外に外出しようとしたことを併せ考えると、原告らを懲戒免職とした本件各処分が、社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したものということはできない。

四  争点3(懲戒手続の違法性の有無)について

1  原告a関係

原告らは、原告aは、右審理に出頭することを希望していたが、調査の名目で監禁されるおそれがあったことから、自衛隊関連施設外での審理を繰り返し要求したのに、i連隊長は、審理の場所を連隊内に固執し、これに応じず、審理を実施しなかった(審理の不開催)旨主張する。

法施行規則七一条は、懲戒権者が、規律違反の事実調査の結果、規律違反の事実があると認めたときは、当該事案につき審理をしなければならない旨定めているが、右審理の場所については、特に定めていないことから、懲戒権者の合理的裁量に委ねられた事項であると解されるところ、懲戒手続が自衛隊内の秩序保持のためにされるものであることを考えると、懲戒手続の審理を自衛隊施設内で行うことを、懲戒権者の裁量を逸脱又は濫用したものということはできない。

法施行規則七六条一項は、懲戒権者が、事案の審理を終了する前に、懲戒補佐官を列席させた上、被審理者又は弁護士の供述を聴取しなければならない、ただし、被審理者又は弁護士が供述を辞退した場合、故意若しくは重大な過失により定められた日時及び場所に出席しない場合又は刑事事件に関し身体を拘束されている場合は、その者の供述についてこの限りではない旨定めている。

そして、原告aが、調査の名目で監禁されるおそれがあることを理由に、自衛隊関連施設外での審理に応じられないとして、同原告が審理に出頭しなかったことは、前記一3(一)のとおりであるところ、そのようなおそれがあったことを認めるに足りる証拠はないから、右不出頭は、被審理者が供述を辞退した場合又は故意若しくは重大な過失により定められた日時及び場所に出席しない場合に当たるものということができる。さらに、被告らが、原告aの審理を開き、関係者に対する尋問及び証拠調べをして審理を終えたことは、前記一3(2)のとおりである。

以上によれば、原告らの前記主張は、いずれも採用することができない。

2  原告b関係

(一) 原告らは、原告bに係る懲戒手続の違法性について、① 逮捕後に、警務官から、具体的な被疑事実を告知されなかった、加えて、逮捕後の留置中、黙秘権の否定、暴行、医療拒否等を受けた、② 麻布警察署から釈放された後、第二中隊に強制的に連行された上、休暇中であるにもかかわらず、外出を阻止された、③取調中に暴行脅迫を受けたり、外部との連絡を制限されるなど、不当な監禁及び精神的虐待を受けた、④ j一曹から差別発言を受けた旨主張する。

しかし、以上のうち、②中の休暇中であるにもかかわらず外出を阻止されたとの点については、外出の阻止が違法でないことは、前記二6判示のとおりであるし、①、③及び④と、②の右以外の点に関しては、原告b本人の供述中、その主張に沿う部分は採用することができず、他に、右主張を認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告らの右主張は、採用することができない。

(二) さらに、原告bは、審理に出頭した場合に再び調査の名目で監禁されるおそれがあったことから、自衛隊関連施設外での審理を繰り返し要求したが、i連隊長は、これに応じず、結局、右審理は開催されなかった旨主張する。

しかし、懲戒手続の審理を自衛隊施設内で行うことを、懲戒権者の裁量を逸脱又は濫用したものということができないことは、前記1判示のとおりである。

また、原告bに対する暴行脅迫、監禁等があった旨の主張が採用できないことは、前記(一)判示のとおりであるし、加えて、前記一3(二)(2)認定のとおり、原告bが市ヶ谷駐屯地を出て病院に入院した際、o弁護士が同原告の身柄引受人となり、懲戒手続に応じることを保証したことを併せ考えると、原告bが不出頭を続ける合理的理由は見出し難いものというべきである。

にもかかわらず、原告bが、審理に出頭しなかったことは、前記一3(二)(3)認定のとおりであるから、右不出頭は、法施行規則七六条一項にいう、被審理者が供述を辞退した場合又は故意若しくは重大な過失により定められた日時及び場所に出席しない場合に当たるものということができる。さらに、被告らが、原告bの審理を開き、関係者に対する尋問及び証拠調べをして審理を終えたことは、前同認定のとおりである。

したがって、原告らの右主張も、採用することができない。

3  以上のとおり、懲戒手続の違法をいう原告らの主張も、すべて採用することができない。

五  結論

以上の次第であるから、本件各処分の取消しを求める原告らの請求はいずれも理由がない。

よって、原告らの請求をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 福岡右武 裁判官 飯島健太郎 裁判官 細川二朗)

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