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東京地方裁判所 平成3年(行ウ)87号 判決 1992年9月24日

原告

打山緑

右訴訟代理人弁護士

岡村親宜

望月浩一郎

内藤功

被告

地方公務員災害補償基金東京都支部長

鈴木俊一

右訴訟代理人弁護士

大山英雄

主文

一  被告が原告に対して地方公務員災害補償法に基づき平成三年三月一二日付でした公務外認定処分は、これを取り消す。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求の趣旨

主文同旨

第二事案の概要

小学校教員である原告が、クラブ活動の指導として、児童に対して、テニスボールで「まりつき跳び越し―あんたがたどこさ」の模範演技をした。本件は、原告が、この模範演技中に右膝部を捻挫したことが原因で右下肢反射性交感神経性ジストロフィーに罹患したことを理由に、被告に対し、地方公務員災害補償法に基づき公務災害の認定を請求したところ、被告から本件疾病は公務に起因したものとは認められない旨の処分を受けたため、この処分の取消しを求めた事案である。

一争いのない事実

1  原告は、昭和四四年四月一日、東京都に公立学校教員として採用され、同日足立区保木間小学校に、昭和四八年四月一日同区立亀田小学校に、それぞれ勤務し、昭和五五年四月一日以降同区立関原小学校に勤務していて、昭和六〇年五月三〇日当時、同小学校の第四学年の児童を対象に公務としてゲームクラブの活動の指導を担当していた。

2  原告の本件疾病罹患の経緯

(一) 原告の公務遂行中の負傷

(1) 原告は、昭和六〇年五月三〇日の放課後午後三時一〇分頃、同小学校四年二組の床が板張りの教室内でゲームクラブの活動として、テニスボールを使用した「まりつき跳び越し―あんたがたどこさ」(以下「まりつき」という。)の演技指導をしていた。

本件まりつきは、童謡の「あんたがたどこさ」の歌に合わせて、テニスボールを身体正面でつき、ボールが床に跳ねたとき右足で踏み切り、歌詞のうち「さ」のつく部分で両足でボールを約四〇センチメートル程の高さで跳び越え、右足から左足の順序で着地し、再びボールをつく動作を繰り返すゲームである。

(2) 原告は、右のまりつきの演技指導中に右膝に痛みを生じた。

(二) 原告の本件疾病

原告は、現在、右下肢につき反射性交感神経性ディストロフィー(reflex sympathetic dystrophy、以下「RSD」という。)に罹患しており(以下「本件疾病」という。)、治療中である。

3  本件処分の経緯

(一) 原告は、平成二年一〇月九日、被告に対し、地方公務員災害補償法四五条の規定に基づき、原告の本件疾病につき疾病名を「RSD」として公務に起因したものであるとして公務災害認定請求をした。

(二) 被告は、平成三年三月一二日、原告の本件疾病は公務に起因するものとは認められない旨の処分(以下「本件処分」という。)をし、同月一四日、原告に対し通知した。

(三) 原告は、同月二六日、地方公務員災害補償基金東京支部審査会(以下「支部審査会」という。)に対し、本件処分を不服として審査請求をした。原告は、支部審査会の裁決がされる前に本件訴えを提起したが、それにはつぎの事情がある。すなわち、

原告は、昭和六〇年六月七日、被告に対し、本件疾病につき傷病名を「右膝内障」として公務災害認定請求をしたが、被告は、同年一一月二〇日、公務外認定処分をした(以下「前処分」という。)。原告は、その後、支部審査会に対し、前処分について審査請求をしたが、支部審査会は、昭和六三年六月二五日、右膝内障が公務上の災害とは認められないとして原告の審査請求を棄却する旨の裁決をした。原告は、さらに地方公務員災害補償基金審査会(以下「審査会」という。)に対し、右裁決に対する再審査請求をしたが、その間に本件疾病がRSDであることが判明し審査会もこれを知ったにもかかわらず、審査会は、平成元年八月九日、本件疾病が公務に起因するものとは認められないとして原告の再審査請求を棄却する旨の裁決をした。

そこで、原告は、被告に対し、前処分の取消訴訟を当裁判所に提起した(東京地方裁判所平成元年(行ウ)第二一〇号)が、その審理において、被告は、前処分で審査の対象とした災害の疾病名は「右膝内障」であってRSDとは別個のものであるとして、前処分の対象となった災害と本件疾病との同一性を争い、訴えの却下を求める本案前の抗弁を主張した。原告にとって、審査会は疾病名がRSDであることを前提に本件疾病について公務外との判断をして原告の再審査請求を棄却する裁決をしたのであるから、本件処分についての審査請求における裁決は右と同じ結論になることが容易に予測できた。そのため原告は、この争点を回避する趣旨で、前記(一)ないし(三)冒頭記載の手続きを経て平成三年四月一五日本件訴えを提起し、同年七月一九日の口頭弁論期日に前記東京地方裁判所平成元年(行ウ)第二一〇号事件を取り下げたが、被告は、右取り下げに同意したうえ、本件訴えがこのような経緯で提起されたことについて異議の主張をしない旨を陳述した。

二争点

原告の本件疾病が地方公務員災害補償法四五条にいう公務上の疾病に当たるかどうか、すなわち本件疾病と原告の公務との間の相当因果関係があるかどうか、具体的には以下が争点である。

1  原告がまりつきの演技中に右膝に生じた痛みの原因は、まりつきの着地の失敗によるものか。

2  原告が現に罹患している右膝のRSDは、まりつきの着地の失敗による捻挫に起因したものか。

三原告の主張

1  原告がまりつきの演技中に右膝に生じた痛みの原因は、原告がまりつき中に着地に失敗したことにある。すなわち、

原告は、通常は足を大振りせずに、少ない跳躍で足を回転できるようにまりつきをしていたが、当日は児童が足を大きく振り回した跳び方をしていたので、それに近い模範を示そうとして、より高く跳躍し、足を大きく振り回して跳ぼうとしたところ、十分な跳躍ができず、地上から正常な状態の高さを確保することができないまま、足だけ大振りになった。その結果、まず右足が跳躍前の位置より前方にあるままで踵から着地したが、バランスがとれず転倒しかかり、また、上体が右側に移動して重心が右側に移っていたため、瞬間的に右膝を踏ん張った。そして、右足に続き左足を着地したが、右足同様に正常な位置で着地できず、左足が身体正面前方にあるままで着地したためバランスを失い、すぐに後方に足を踏み替えてやっと転倒を免れた。

2  原告は、右の着地の失敗によって、右膝を捻挫した。すなわち、

原告は、右足の着地の失敗により、身体の落下する衝撃を足関節及び膝関節の屈曲で吸収することができず、また、身体の落下する衝撃と膝を伸展させて踏ん張ったために膝に垂直方向に過度の外力が加わり、さらに、右膝を内側に絞り込んだために過度の回旋力が加わったことにより、右膝に過度の負荷が加わって右膝を捻挫した。

3  原告は、右の捻挫に続発してRSDに罹患したものである。すなわち、

RSDとは、外傷や炎症などなんらかの有害刺激による四肢の過剰反応で、激烈な持続する痛みと、神経血管障害と、皮膚・皮下・骨の栄養障害を生じ、機能の回復しにくい疾患である。発症原因については医学的に種々唱えられており、現在なお不明であるが、有害刺激が原因となった発症することは医学的に明らかである。まりつきの際の着地で原告の右膝に加わった外的有害刺激は、RSDを発症させるに足りる強度を有する刺激であり、かつ、その後にRSDが発症したことは明らかである。

4  したがって、原告の罹患した本件疾病は公務上の負傷による疾病に該当し、被告がこれを公務外災害と認定した本件処分は違法であるから、その取消しを求める。

四被告の主張

1  原告が行った本件まりつきの動作は、原告が本件訴訟で主張している内容と異なり、公務災害認定請求書(<書証番号略>)に記載されたとおりであり、日常において通常行われている平凡な動作の集合であって、その動作に災害性は認められない。すなわち、

原告は、まりつきを七、八回やったところ、右膝に違和感と痛みを感じたのであり、まりつきの着地に失敗はない。原告は、まりつきで右膝に物理的な衝撃を受けたのであろうが、経験的に見ても、右の程度の衝撃は日常生活においてままあることであり、原告のまりつきに災害性を認めることは困難である。

仮に原告が、まりつきの着地に失敗したとしても、着地の失敗によって原告が受けた物理的な衝撃は、日常生活において通常受けうる程度の衝撃であり、原告のまりつきの着地の失敗にも災害性を認めることはできない。

2  仮に、原告の着地の失敗が災害に該当するとしても、原告の右災害とRSDとの間には因果関係がなく、原告の右膝のRSDは、たまたま、クラブ活動の指導演技を単なる機会原因として発症したものである。すなわち、

RSDの患者は、特定の素因、すなわち交感神経異常反射の存在を有していることが知られており、また、男性より女性に多い傾向がある。RSDの素因(交感神経異常反射)をもった女性である原告が、たまたま、クラブ活動の一寸したはずみでRSDに罹患したとしても、それは不幸にもクラブ活動を機会として発症した疾患に過ぎず、公務起因性はない。

3  仮に、原告の本件動作とRSDとの間に因果関係があるとしても、経験則に照らして、原告の主張する原因と結果との間には、クラブ活動に従事し、模範演技をしなければ、RSDが発症しなかったとか、模範演技などしていれば、原告はRSDに罹患したであろうという危険な関係は認められない。すなわち、

(一) まりつきは、女子児童の行う遊戯であって、危険を伴うものではなく、その動作により災害が発生することは極めて稀なことである。

(二) RSDは、傷害とか衝撃を受ければ一般的に発症するといった疾病ではなく、発症頻度は、極めて低い割合である。原告を診察した医師も、膝に発症した患者ははじめての経験であると述べている。

(三) したがって、医学上、発症の原因ははっきりせず、原告のRSDがクラブ活動に伴う危険の現実化したものと認められないのはもちろんのこと、法律上、相当な因果関係があったとは認められない。原告の本件疾病には、相当な公務起因性はないと判断すべきである。

第三争点に対する判断

一争点1について

1  <書証番号略>、原告本人尋問の結果によれば、まりつきの状況につき、つぎの事実を認めることができる。

(一) 原告は、本件まりつきの演技指導をする前にも休み時間の児童の遊びに参加してまりつきをしたことがあった。それまでのまりつきは、あまり高く跳ばず、また、足を大きく振り回さず、テニスボールを跳び越えるのに必要な程度しか足を振り回さない跳び方をしていた。

(二) ところが、当日のクラブ活動のまりつきに際し、児童たちは、テニスボールを跳び越すのに必要な程度を越えて高く跳躍し、足を大きく振り回す跳び方でまりつきをしていた。そこで、原告は、通常の自分の跳び方とは異なり、児童たちの跳び方に近い形で模範演技を示そうとし、通常の跳び方より、より高く跳躍し、足をより大きく振り回そうとした。しかし、原告は、自分が思っていたほど十分な跳躍ができなかった。そのため足を大きく振り回してまりつきをするのに必要なだけの高さを確保することができなかったにもかかわらず、足の方は大きく振り回すことになってしまった。十分な跳躍がなされていれば、右足は跳躍前の位置に戻ったところで着地することとなるのに、原告は、十分な跳躍ができなかったため、大きく振り回した右足が、跳躍前の位置に戻る前に右足を振り回している途中の状態で身体の前方に踵から着地することとなった。そのため原告は、身体のバランスがとれず尻餅転倒しそうになった。そこで原告は、転倒を防ぐため、瞬間的に着地した右足の膝に力を入れて伸ばして尻餅転倒を防いだ。

(三) つぎに原告は、上体が右側に移動して重心が右側に移ってくるので、重心の右側への移動を食い止めようとして、伸ばした右膝を内側に絞り込むようにして内側に回旋させて捻じって重心の移動による転倒を防いだ。

(四) 原告は、左足も通常の跳び方よりも大きく振り回していたが、左足も正常な位置に着地することができず、身体の前方に着地したので、一旦着地した左足を着地した地点よりも数十センチメートル後方にもう一度踏み替えて転倒を防いだ。

(五) このように原告は、まりつきの着地に失敗したため、さらに童謡の「肥後さ」の部分で連続して跳躍することができず、テニスボールは、身体の前方にあったが、追いかけることができなかった。

(六) 原告は、右足が着地したとき、右膝に違和感と痛みを感じたが、児童が見ているので、三〇秒から一分後にもう一度まりつきをした。原告は、その際はあまり足を振り上げない通常の跳び方で七、八回まりつきをしたが、右膝に痛みがでてきたので、まりつきを止め、教室の椅子に腰掛けてクラブ活動が終わるまで休んだ。

2  もっとも、原告が本件疾病につき傷病名を「右膝内障」として公務災害認定請求をした際に被告に提出した昭和六〇年七月六日付公務災害認定請求書(<書証番号略>)及び同日付田熊和子同小学校養護教諭作成の現認書・事実証明書(<書証番号略>)の「災害発生の状況」欄には、「先生上手だねという子供の声援を受け、跳び越える動作(高さ約四〇センチメートル)を七、八回やった。やった後右膝に違和感と痛みを感じたので椅子に腰掛け休んだ。」旨がそれぞれ記載されているが、<書証番号略>は矢野同小学校教頭が、<書証番号略>には田熊養護教諭がいずれも本件事故直後の原告の電話による説明ないしメモに基づいて後日に記載したもので、原告からの十分な事情聴取に基づくものではなく、原告はこれらの書面の記載内容を直接確認しておらず、記名押印部分も原告が直接署名押捺したものではないことが認められ(<書証番号略>、原告本人)、これらの事実によると、<書証番号略>の右記載をもって本件災害の発生状況を認定する資料とするのは相当ではない。したがって、これらの記載のみによっては、前記認定を覆すには足りない。

3  <書証番号略>、原告本人尋問の結果によれば、右膝の治療経過について、つぎの事実が認められる。

(一) 原告は、当日クラブ活動が終了した後、保健室に赴き、田熊養護教諭の診察を受けたところ、右膝が少し腫れているようであった。田熊養護教諭は、原告の右膝に湿布をしたうえ、なるべく足を使わないようにすること、徒歩の部分は車に乗るようにすること、立ったままでいないようにすること等を注意した。

(二) その後も原告は、右膝の腫れ、痛みがひかないので、昭和六〇年六月七日、慶応義塾大学付属病院(以下「慶応病院」という。)に赴き、堀内行雄医師の診察を受けた。さらにその後、原告は、同月八日に岩田医院の岩田秀穂医師の、同月一七日に武里外科脳神経外科病院の遠藤実医師の、同月一九日に武里整形外科病院の太田洋医師の、同年一一月一一日に獨協医科大学越谷病院の今野裕章医師の各診察を受けた。右各医師のうち、堀内医師は右膝内障(右膝部捻挫)との、岩田医師は関節痛の原因は捻挫のためと思われるとの、遠藤医師は右膝関節部捻挫(側靭帯あるいは半月板損傷の疑い)との診断をし、いずれも原告の疾病が捻挫であると診断しており、その他の医師も原告が昭和六〇年五月三〇日に右膝を捻挫したことを前提として診断していることが窺われる。

4 ところで、公務遂行中に災害に遭い、その結果負傷した場合、地方公務員災害補償法四五条に基づく公務災害の認定ができるためには、その災害が内包する危険が現実化したものとして当該負傷が生じたといいうることが必要であるが、前記認定事実によると、原告は、当日、従前経験していた方法によるまりつきを繰り返していて右膝に痛みを生じたものではなく、テニスボールを跳び越すのに必要な程度を越えて高く跳躍したうえ足を大きく振り回す跳び方でまりつきを演技しようとしたが、十分な跳躍ができなかったために、着地に失敗し、右膝に過度の負荷が加わって右膝を内側に捻じったために右膝に痛みを生じたものと認められるのであるから、原告の本件まりつきにおける着地の失敗は、右膝部の捻挫を生ぜしめるに足りる程度の強度、態様を有していたものであると考えられ、原告を診断した各医師の診断結果とも併せ判断すると、右着地の失敗により右膝を捻挫する傷害を負ったものということができる。

二争点2について

1  <書証番号略>によれば、RSDの概念と分類について、つぎの事実が認められる。

(一) RSDとは、外傷や炎症などなんらかの有害刺激によって交感神経の反射の異常による四肢の過剰反応で、激烈な持続する痛み、神経血管障害、皮膚・皮下・骨の栄養障害を生じ、機能の回復しにくい疾患である。

RSDの症状としては、①分布が皮膚分節に一致しない、先行する外傷に不釣り合いに強い激烈な疼痛(灼熱痛。疼痛は、接触、自動運動、他動運動によって著しく増悪する。)、②腫脹(最初は外傷局所にとどまるが、すみやかに手足全体に広がる。)、③硬直(関節可動域制限は、通常の外傷後の場合と異なって漸次増悪する。)、④皮膚の変色(はじめは発赤が強いが、漸次蒼白ないしチアノーゼを呈するにいたる。)を主徴とし、副徴として⑤骨の萎縮(ズディック骨萎縮。早期に手・足根骨や手・足指節骨両端に生じ、ついで班点状萎縮を呈し、一年以上を経過すると骨萎縮は漸次均一的となり、摺りガラス様のびまん性骨萎縮となる。)、⑥皮膚の栄養・血管運動障害が挙げられる。

(二) RSDの発症の機序は未だ十分に明らかにされていないが、末梢神経とその部位、脊髄及びそれより上位の中枢神経系のすべてが関与しているものと考えられている。RSDは、発症原因を基準とするランクフォードの分類によると、(a)末梢神経知覚分枝の損傷によるマイナー・カウザルギー、(b)打撲・捻挫・挫傷等の小さい外傷によるマイナー・トラウマティック・ディストロフィー(小外傷性ディストロフィー)、(c)脳卒中後遺症にみられる肩手症侯群、(d)骨折等の筋・骨格等の大きい外傷によるメジャー・トラウマティック・ディストロフィー(大外傷性ディストロフィー)、(e)末梢神経幹の損傷によるメジャー・カウザルギーがあり、医学界に広く知られている。(a)と(e)は神経損傷に基づくものであり、(b)(c)(d)は神経損傷に基づかないものであるが、前記(一)①ないし⑥に挙げた症状としての激しい疼痛や骨萎縮等は、いずれのRSDにも共通して存在し、これらの症状の程度の違いによって(a)ないし(d)の態様を分類することは困難である。

(三) 臨床医学上、小外傷により発生するRSD、すなわち、さきに挙げたランクフォードの分類上aのマイナー・トラウマティック・ディストロフィーの原因として、手、足指、あるいは手、足の打撲、擦過傷、骨折等が挙げられ、もっとも見逃されやすいものであると指摘されており、小外傷が捻挫である症例が学会で多数報告されており、特に膝部分の捻挫に続発したRSDの例も最近は我が国の臨床医学専門誌に多く報告されるようになった。

2  <書証番号略>、原告本人尋問の結果によれば、本件まりつきの着地の失敗と捻挫の関係につき、つぎの事実を認めることができる。

(一) 原告は、本件動作の後、次第に右膝の痛みが増し、五、六日後には足の曲げ伸ばしをすることもできなくなり、痛みのあまり歩くことも困難となった。昭和六〇年六月七日、慶応病院で堀内医師の診察を受けたが、受診のために足を引っ張られると、その後一時間位経過するとさらに痛みが増した。このときの堀内医師の所見によると、膝蓋骨周囲及び膝蓋下脂肪体部に圧痛があり、関節水腫はなかった。

(二) その後原告は安静にしていたところ、同年八月後半には立つことができるようになったが、堀内医師の指示により、足の筋力をつけるために足首に二キログラムの重りをつけて一日に二〇回程度足を上げ下げする運動をし、また、出勤して勤務を始めたが、かえって痛みが増した。原告は、同年一一月二一日、慶応病院における受診時に下腿を引っ張られたところ、痛みが増し、触られるだけでも痛みを生じるようになった。

(三) 原告は、昭和六一年二月二二日から同年五月一〇日まで及び同月二八日から昭和六二年五月一三日まで、みくに病院に入院したが、同病院の三國明医師の診断によると、当時、原告には、膝関節運動時痛、圧痛著明、膝関節前面に知覚異常、カウザルギー様疼痛があり、レントゲン写真によると軽度の変形が認められた。また、入院中の昭和六一年二月二二日、右膝が腫れ、一部青紫色に変色し、足を下げていると下肢が紫色に変色した。

(四) 原告は、昭和六二年七月二〇日、武里外科脳神経外科病院の遠藤医師の診察を受けたが(二度目)、右膝関節は、変色、腫脹、疼痛、特に圧痛が著しく歩行困難を呈していた。原告の膝関節の運動は屈曲は自動運動で約六〇度、伸展は〇度、椅子での座位で下肢の挙上はかろうじて可能であり、また、膝関節の他動的屈伸運動は疼痛のため困難であった。右下肢の外転、内転、外旋、内旋は可能であった。

(五) 原告は、昭和六三年八月一〇日に至り、東京医科歯科大学付属病院の山本晴康医師の診断を受けたが、医師が触れると激烈な痛みが生じ、触診不能であり、発汗が減少し、皮膚がカサカサし、軽度の浮腫が認められ、また、レントゲン写真によると、班点状陰影が認められた。

(六) 原告は、平成元年二月一四日、島根医科大学付属病院の廣谷速人医師の診断を受けたが、膝関節関節包、膝蓋骨下脂肪体に腫脹があり、右膝関節部は赤茶色を呈していた。また、ニンヒドリンによる発汗試験で膝関節内側に発汗減少がみられ、サーモグラフィーによる皮膚温測定では右膝関節部は左側に比べて二度低い温度差が認められた。原告のレントゲン写真によるとびまん性というべき状態となっており、班点状の陰影も残っていた。さらに大腿周径右41.5センチメートル、左43.5センチメートル、下腿周径右31.5センチメートル、左三五センチメートルと右下肢に顕著な筋萎縮が認められた。

3  <書証番号略>、証人山崎典郎の証言によれば、原告の本件疾病と右膝の捻挫との関係についての専門医師の意見内容につき、つぎの事実を認めることができる。

(一) 原告を昭和六三年八月一〇日に診断した前記山本晴康医師は、原告代理人の照会に対し、平成四年三月一三日付書面で、原告の疾病はRSDのうちのマイナー・トラウマティック・ディストロフィーであり、その原因は捻挫、打撲であると判断する旨の回答書(<書証番号略>)を作成し、また、原告を平成元年二月一四日に診断した前記廣谷速人医師は、原告代理人の照会に対し、平成四年三月三日付及び同付一〇日付書面で、原告の疾病はRSDのうちのマイナー・トラウマティック・ディストロフィーであり、その原因は原告の本件まりつきの動作にあり、捻挫、挫傷、打撲のような軟部組織の軽微な外傷によってRSDが発症することがカウザルギーよりもむしろ多いと判断する旨の回答書(<書証番号略>)を作成し、さらに、東京都立大塚病院整形外科医長石橋徹教授は、原告の本件動作によりRSDは生じないとする医学的な見解は正しいかどうかとの原告代理人の照会に対し、平成四年三月一九日付書面で、原告の本件動作に続発した膝の痛みは外傷の程度に照らして激しすぎること、その痛みが剣山の針の束で突き刺すようなものと形容される程度であったこと、痛みがいつまでも遷延していることから、原告の本件動作によりRSDが生じないとする医学的な見解は正しくないとする旨の回答書(<書証番号略>)を作成した。

(二) これらに対して、東京都目黒区碑文谷保健所長山崎典郎は、被告宛の平成三年一一月一三日付書面で、結論的に医学的にみると原告が被ったとする外傷がRSDの原因であることを証明することはできない、なぜRSDが発症したかは、RSDの発生機序が完全に確定されておらず、また、外傷時期とRSD発生時期との間に別の有害刺激があったか否かも不明であり、原告にとって、まりつきという日常業務態様のなかで、一般的にいって極めて稀なRSDがどのような機序で発症したかは不明というほかないとする鑑定意見書(<書証番号略>)を作成し、かつ、証人として同趣旨を供述している。

4  右1ないし3の認定によれば、原告がRSDに特徴的な灼熱痛を本件まりつきの直後から一貫して訴えており、昭和六〇年六月七日の堀内医師の診察時に同医師が原告の足を引っ張ると痛みを増したほか、その後もリハビリのために足の筋力を増すための運動をした後必ず痛みを増していること、昭和六一年二月二二日には、右膝の腫れ及び変色が見られていること、昭和六三年八月一〇日の山本医師の診断時においては触診不能の状態であり、レントゲン所見で班点状陰影がみられていることなどの経過からすると、原告は、本件動作の直後からRSDに罹患したものと認めるのが相当であり、その他に医原性の損傷があったなどの他原因を推認させる事実を認めるに足りる証拠はない。

そうすると、単純な捻挫、打撲等からRSDに罹患した事例は多数報告されていること、RSDの一つであるカウザルギーの発症原因としては末梢神経の部分断裂が指摘されているが、同じくRSDの一つであるマイナー・トラウマティック・ディストロフィーは、捻挫程度の軽い外傷により生じることが医学上一般的に肯認されていて、その発症のためには末梢神経の部分断裂は必要とはされていないこと、膝部位のRSD発症が捻挫、打撲等の軽い外傷により発症することが医学上認められていることからして、原告の場合、まりつきの着地の失敗による捻挫が右膝のRSDを発症させたというべきであり、原告の右膝部分における捻挫とRSDとの間には相当因果関係が認められる。

なお、<書証番号略>の記載及び証人山崎典郎の供述によると、RSDは、末梢神経の部分断裂によって生じるものであって、まりつきによる衝撃によっては右膝の末梢神経の部分断裂が生じるとは到底考えられないから、まりつきと原告のRSDとの間には因果関係が認められないというのであるが、山崎典郎の証言によると、同人の意見及び<書証番号略>の記載は、原告が前記認定のようにまりつきの着地に失敗したことを前提にしていないこと、証人山崎典郎は、捻挫によってRSDが生じた例を経験したことがなく、その知見がないことが認められるのであり、同人の見解を本件で採用することはできない。

三1  被告は、原告にRSD発症の素因があったことを理由として公務起因性を否定すべきであると主張し、<書証番号略>によると、RSDの発症のためには素因として交感神経異常反射の存在が指摘されていることが認められる。

しかしながら、<書証番号略>によると、原告には、疼痛図示法、ミネソタ多面的人格目録によっても特に異常な点はなく、全身的所見においても検査所見はすべて正常とされており、原告に特別な素因があるとは認められず、他に原告にRSDの素因があったことを認めるに足りる証拠はない。また、<書証番号略>によると、RSDの患者の男女比は、以前は一対二、あるいは一対1.6と女性に多いと報告されていたが、最近の報告では二対三、五五対四五、一対2.9と一定しないとされていることが認められ、女性であることが必ずしもRSDの素因となることを根拠づける資料は他に見当たらない。したがって、原告には、RSDの素因があったものということはできない。そうすると、本件まりつきの着地の失敗による捻挫により原告のRSDが発症したというべきであって、この点についての被告の主張は採用できない。

2  また、被告は、原告の本件動作とRSDとの間に因果関係が存したとしても、さらに、原告の本件動作とRSDとの間に「危険な関係」が必要であると主張する。

本件まりつき自体は、確かに重大な危険を伴う遊戯とはいえないが、その失敗により捻挫程度の負傷を生ぜしめる危険は内包しているものであることは前記のとおりである。すなわち、何が危険かは、その災害により生じた負傷、疾病との関連ではじめて定まるものであり、その結果を除外して抽象的に一定程度の危険を措定することはできない。また、RSDは傷害とか衝撃を受ければ、一般的に高い蓋然性をもって発症するといった疾病ではなく、発症頻度は極低い割合のものであるといえるかも知れないが、医学上因果関係の存在が明らかにされているにもかかわらず、発症頻度が低いからといって公務起因性を否定する理由はない。結局、クラブ活動における本件まりつきには膝の捻挫を生ぜしめる程度の危険はあったのであり、捻挫には膝にRSDを発症せしめるだけの危険は存したのである。原告のRSDの罹患は、本件まりつきに伴う危険が現実化したものということができる。

四以上のとおり、原告の罹患した本件疾病は公務上の負傷による疾病に該当するから、被告がこれを公務外と認定した本件処分は違法である。

なお、本件訴えは、審査会に対する再審査請求及びその裁決を経たうえで提起されたものではないが、前記の経緯に鑑みれば、これを不適法とすることはできない(行政事件訴訟法八条二項)。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官遠藤賢治 裁判官坂本宗一 裁判官塩田直也)

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