東京地方裁判所 平成4年(ナ)3450号 決定 1992年12月15日
当事者 別紙のとおり
主文
1 債権者の申立てにより、別紙の担保権・被担保債権・請求目録の2記載の債権の弁済に充てるため、同目録の1記載の先取特権に基づき、債務者兼被保険者が第三債務者に対して有する別紙差押債権目録記載の債権(米ドル建債権)を差し押さえる。
2 債務者及び被保険者は、前項により差し押さえられた債権について取り立てその他の処分をしてはならない。
3 第三債務者は、第1項により差し押さえられた債権について債務者及び被保険者に対し弁済をしてはならない。
理由
1本件は、船舶先取特権の物上代位により、船体保険の保険金請求権の差押えを求める事件である。
船舶先取特権の成立の準拠法については、国により規定に差異があり、契約締結地法、行為地法、旗国法、原因地法、法廷地法とする国々があるが、法廷地法とする国が最も多く、世界の海運をリードする英米両国では、法廷地法によるものとされている。わが国では、実定法規に明文の定めがない。しかし、わが国の船舶先取特権に関する法規は、国際条約を実施するために定められたものであり、準拠法を法廷地法である日本法であると定めても、その日本法が国際条約を国内法化したものである以上、船舶先取特権に関する世界の標準的規定によることには変わりはなく、利害関係人、特に船舶先取特権の負担を受ける船舶所有者及び船舶抵当権者の予測を超えることはないものと判断される。他方、準拠法を船舶の旗国法とすることとすると、船籍が二国にまたがる場合などに、いずれの国の法律を適用するか困難な問題を引き起こすし、また、旗国法の探索・調査について、相当な時間がかかるため、本来迅速な処理を要する船舶先取特権の実行について困難な事態を生じさせ、権利の実現を阻害する可能性がある。そして、船舶先取特権の効力については、その権利が民事執行の手続により実現されることや、他の権利との優劣が、権利実行が行われる国における公序に関する問題であることから、その準拠法を法廷地法とするのが一般的な見解であり、世界の大勢でもあるが、船舶先取特権の成立と効力の準拠法が異なるとさまざまな困難な問題を引き起こすので、両者は一致させることが望ましい。これらのことを考慮すると、船舶先取特権の成立及び効力の準拠法は、法廷地法である日本法であると解するのが相当である。
本件は、日本の裁判所に提起されており、いわゆる法廷地法は、日本法である。そうすると、債権者が主張する損害賠償債権について、船舶先取特権が成立するかどうか、また、その効力として、本件保険金請求権を物上代位により差し押さえることができるかどうかは、法廷地法である日本法によって、判断されるべきである。
2本件において提出された資料によれば、インドネシア・スマトラ島沖のマラッカ海峡において、平成四年九月二〇日、債権者所有のコンテナ貨物船オーシャン・ブレッシング号の左舷に債務者ランサー・ナビゲーション所有のオイル・タンカーであるナガサキ・スピリットが衝突し、債権者に担保権・被担保債権・請求目録記載の損害が生じたことを認めることができる。そして、上記の資料によれば、その衝突については、ナガサキ・スピリットの運航上の過失は免れ難いものと認める。
船舶所有者の責任の制限に関する法律三条一項一号及び九五条によれば、債権者は、上記の損害賠償債権のうち担保権・被担保債権・請求目録の2(1)本船の全損、2(2)乗組員の死亡による損害及び2(3)本船上の貨物損害の損害賠償債権について、相手船であるナガサキ・スピリットの船体及びその属具に対する先取特権を有するものである。
また、本件衝突地点がインドネシアのスマトラ島の沿岸であり、ナガサキ・スピリットから流出する原油がインドネシア領海に達するものと判断される。そして、インドネシア共和国は、油濁損害賠償責任条約の締約国であるから、油濁損害賠償保障法二条六号、三条、四〇条によれば、債権者は、上記の損害賠償債権のうち担保権・被担保債権・請求目録の2(4)流出油対策費について、相手船であるナガサキ・スピリットの船体及びその属具に対する先取特権を有するものである。
3そして、ナガサキ・スピリットの損害による保険金請求権(債務者以外の被保険者が取得するものを含む。)は、ナガサキ・スピリットの船体及びその属具に代わるものであるから、民法三〇四条により、債権者は、物上代位として、これに対しても先取特権を行使することができるものである。
(裁判官淺生重機)
別紙当事者目録
債権者 ロミタ・シッピング・リミテッド
(LOMITA SHIPPING LTD.)
代表者 サイモン・ティー・ブロウ
(SIMON T. BROUGH)
債権者代理人弁護士 平塚眞
同 錦徹
同 津留崎裕
同 小林深志
債務者兼被保険者 ランサー・ナビゲイション・カンパニー・リミテッド
(LANCER NAVIGATION CO., LTD.)
代表者 ジェイ・トーベン・カールショエジ
(J. TORBEN KARLSHOEJ)
債務者兼被保険者 ティ・ケィ・シッピング・ジャパン株式会社
右代表者 松井茂
債務者兼被保険者 ティ・ケィ・シッピング(カナダ)リミテッド
(TEEKAY SHIPPING(CANADA)LTD.)
代表者 ジェイ・トーベン・カールショエジ
(J. TORBEN KARLSHOEJ)
債務者兼被保険者 ティ・ケィ・ノルバルク・リミテッド
(TEEKAY NORBULKLTD.)
代表者 ジェイ・トーベン・カールショエジ
(J. TORBEN KARLSHOEJ)
債務者兼被保険者 ティ・ケィ・シッピング・リミテッド
(TEEKAY SHIPPINGLTD.)
代表者 ジェイ・トーベン・カールショエジ
(J. TORBEN KARLSHOEJ)
債務者兼被保険者 ティ・ケィ・シッピング(UK)リミテッド
(TEEKAY SHIPPING(UK)LTD.)
代表者 ジェイ・トーベン・カールショエジ
(J. TORBEN KARLSHOEJ)
第三債務者 日本火災海上保険株式会社
代表者代表取締役 佐野喜秋
第三債務者 エイアイユー保険会社
日本における代表者 得平文雄
第三債務者 朝日火災海上保険株式会社
代表者代表取締役 越智一男
第三債務者 千代田火災海上保険株式会社
代表者代表取締役 鳥谷部恭
第三債務者 大同火災海上保険株式会社
代表者代表取締役 宇良宗真
第三債務者 第一火災海上保険相互会社
代表者代表取締役 松室武仁夫
第三債務者 大東京火災海上保険株式会社
代表者代表取締役 小坂伊左夫
第三債務者 同和火災海上保険株式会社
代表者代表取締役 岡崎真雄
第三債務者 富士火災海上保険株式会社
代表者代表取締役 葛原寛
第三債務者 興亜火災海上保険株式会社
代表者代表取締役 笹哲三
第三債務者 共栄火災海上保険相互会社
代表者代表取締役 行徳克己
第三債務者 三井海上火災保険株式会社
代表者代表取締役 松方康
第三債務者 日動火災海上保険株式会社
代表者代表取締役 江頭郁生
第三債務者 日産火災海上保険株式会社
代表者代表取締役 川手生巳也
第三債務者 日新火災海上保険株式会社
代表者代表取締役 縄船友市
第三債務者 住友海上火災保険株式会社
代表者代表取締役 小野田隆
第三債務者 大成火災海上保険株式会社
代表者代表取締役 松村哲昭
第三債務者 太陽火災海上保険株式会社
代表者代表取締役 簗木清
第三債務者 東亜火災海上再保険株式会社
代表者代表取締役 日下部澄義
第三債務者 東京海上火災保険株式会社
代表者代表取締役 河野俊二
第三債務者 東洋火災海上保険株式会社
代表者代表取締役 高尾榮藏
第三債務者 安田火災海上保険株式会社
代表者代表取締役 後藤康男
別紙担保権・被担保債権・請求目録
1 担保権
船主責任制限法九五条所定の先取特権(物上代位)
油濁損害賠償保障法四〇条所定の先取特権(物上代位)
2 被担保権及び請求債権
米貨68,290,710.82ドル
平成四年九月二〇日頃、マラッカ海峡にて、債権者所有の機船「オーシャン・ブレッシング」号(M/V “OCEAN BLESSING”、以下「本船」という)が債務者ランサー・シッピング・カンパニー・リミテッド所有のタンカー「ナガサキ・スピリット」号(M/V “NAGASAKI SPIRIT”)と衝突して炎上し、本船及び同積載貨物が全損となり、本船乗組員が全員死亡し、多量の油が流出した事故により、債権者が債務者らに対して有する下記の損害賠償請求権(船主責任制限法三条の制限債権)。
1 本船の全損 米貨四、七五〇、〇〇〇ドル
(船主責任制限法三条一項一号)
上記事故当時の本船の市場価格
2 乗組員の死亡による損害 米貨4,240,710.82ドル
(船主責任制限法三条一項一号)
乗組員二一名との雇用契約により債権者が補償義務を負担することによる損害。
一名当り慰謝料を二四〇〇万円、葬儀費用一〇〇万円一名当り小計二五〇〇万円の二一名分合計五億二五〇〇万円を衝突日直近の平成四年九月二一日の円/米ドル換算レート一ドル一二三円八〇銭にて換算
3 本船上の貨物損害 米貨五四、三〇〇、〇〇〇ドル
(船上責任制限法三条一項一号)
債権者が、本船上の貨物の全損につき、損害賠償債務を負担することによる損害。
4 流出油対策費
米貨五、〇〇〇、〇〇〇ドル
(油濁損害賠償保障法二条六号、同法三条の制限債権)
本船救助契約にもとづき、流出油対策作業を行った救助者にその費用を填補する義務を債権者が負担することによる損害。
別紙差押債権目録
米貨68,290,710.82ドル
(邦貨換算8,453,024,185.29円相当―平成四年一二月一二日付為替相場による換算)
但し、下記(一)記載の船体保険契約に基づき、別紙当事者目録記載の被保険者らが第三債務者らに対して有する保険金請求権のうち、下記(二)に記載する順序に従い、頭書の金額に満つるまで。
記
(一) 保険契約
保険者 第三債務者
保険契約者ないし被保険者 別紙当事者目録記載の債務者兼被保険者ら
保険の目的 機船ナガサキ・スピリット号及びその属具
(M/V NAGASAKI SPIRIT)
保険の種類 船舶保険
(二) 差押の順序
(1) 各被保険者の有する保険金請求権の差押の順序は、別紙当事者目録記載の債務者兼被保険者の順序による。
(2) 第三債務者の上記(一)の船舶保険金支払義務の差押の順序は、別紙当事者目録記載の第三債務者の順序による。