東京地方裁判所 平成4年(ワ)10176号 判決 1993年9月16日
原告 本木敬介
右訴訟代理人弁護士 荒木新五
被告 有限会社エス・ケイ・マヤ
右代表者取締役 菊池了
右訴訟代理人弁護士 真木洋
主文
一 被告は原告に対し、別紙物件目録記載の自動車を引渡せ。
二 右引渡不能のときは、被告は原告に対し、金四九九万九〇〇〇円およびこれに対する平成四年六月二四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は被告の負担とする。
五 この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告
1 被告は原告に対し、別紙物件目録記載の自動車を引渡せ。
2 右引渡不能のときは、被告は原告に対し金五六九万円およびこれに対する平成四年六月二四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 仮執行宣言
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 原告
1 原告は、平成三年八月九日に被告から金一一〇万円を返済期限を同年九月七日(但し、原告は利息を払うことによって一回のみ、一か月を超えない期間返済期限を延長できる。)、利息を月利四・五パーセントとする約定で借受けた(以下「本件貸金」という。)。
2 原告は同日、前項の借受金を担保するために別紙物件目録記載の自動車(以下「本件自動車」という。)を被告に譲渡担保に供し、被告に引渡した(以下「本件譲渡担保権」という。)。
なお、本件自動車の登録名義は原告に対する売主であるビー・エム・ダブリュー東京株式会社であるが、その内容は売買代金を担保する目的の所有権留保であり、原告は現在代金を分割弁済中である。
3(一) 原告代理人本木英之は、平成三年九月九日(月曜日)に被告方において被告従業員(泉田文明)に対して本件貸金の利息金四万九五〇〇円の提供をして返済期限の延長を求め、同時にもし延長が認められないのであれば借受金の元金を返済するので本件自動車を返還するように催告したが、被告従業員(泉田文明)はその受領を拒絶した。
(二) 原告代理人本木英之は平成三年九月七日(土曜日)にも被告方に電話をしたが、被告は応答をしなかったので同日を被告の非営業日と思い、九月九日に利息を持参したのであり、信義則上九月九日の利息の持参は期限内の利息の提供と同旨すべきものである。
(三) その後、原告代理人本木英之は同月一三日から平成四年四月ころにかけて度々被告に電話にて元利金の支払いの申出(口頭の提供)および本件自動車の返還の催告をしたが、被告はこれに応じないので、原告は平成四年六月四日に元利金一一四万九五〇〇円を供託し、さらに念のため平成四年一〇月五日の本件口頭弁論期日において原告訴訟代理人は被告訴訟代理人に対してそのときまでの本件貸金の元利合計金一二九万五七三九円を現実に提供したが、被告訴訟代理人に受領を拒絶されたので、同日、右同額を供託した。
(四) 右時点までに被告から本件自動車の精算金の提供はないから、本件譲渡担保権は消滅した。
4 本件自動車の価格は、新車価格で金五六九万円であるから、本件自動車の引渡しが不能の場合には、右価格が再調達価格となる。
仮に新車価格が再調達価格ではないとしても、平成三年九月九日時点の時価は少なくとも金四九九万九〇〇〇円である。
5 よって、原告は被告に対し、本件譲渡担保権の消滅による受戻権に基づき、本件自動車の引渡しを求めるとともに、その引渡義務が履行不能となったときには本件自動車の価格相当額の損害賠償金およびこれに対する返還義務発生の後である平成四年六月二四日(本件訴状送達の日の翌日)から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する被告の認否
1 原告の請求原因1、2は認める。
2 同3について
(一) 同3(一)のうち、原告代理人本木英之が被告方に来たことは認めるが、その余は否認する。
(二) 同3(二)は争う。
(三) 同3(三)のうち、原告代理人本木英之が口頭の提供をしたこと、および本件自動車の返還の催告をしたことは争う。
(四) 同3(四)は争う。
3 同4は争う。
本件譲渡担保権は本件自動車の所有権でなく利用権をその目的とするものであり、利用権の価格としては一般の中古車価格の二分の一が相場であって、本件自動車の当時の利用権価格は金一五〇万円程度である。
なお、被告は、本件自動車を金一四〇万円にて平成三年九月九日(本木英之の来社前)に有限会社オフィスソニアに売渡して本件譲渡担保権の処分を終了した。
また、被告は、本件譲渡担保権設定の際に原告との間で流質特約(商法五一五条)をしているから、本件自動車を処分しても精算義務はない。
第三証拠関係<省略>
理由
一 1 原告の請求原因1(本件貸金)、同2(本件譲渡担保権の設定)は、当事者間に争いがない。
2 原告の請求原因3についてみるに、証人本木英之の証言によれば、(1)原告代理人本木英之が、平成三年九月九日(月曜日)に被告方において被告従業員(泉田文明)に対して本件貸金の利息金四万九五〇〇円の支払いの申出をして返済期限の延長を求め、同時にもし延長が認められないのであれば借受金の元金を返済するので本件自動車を返還するように催告したが、被告従業員(泉田文明)はその受領を拒絶したこと、(2)その後、本木英之は同月一三日から平成四年四月ころにかけて度々被告に電話にて元利金の支払いの申出および本件自動車の返還の催告をしたことを認めることができ、(3)原告が平成四年六月四日に元利金一一四万九五〇〇円を供託したことは、被告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。また、(4)平成四年一〇月五日の本件口頭弁論期日において原告訴訟代理人が被告訴訟代理人に対してそのときまでの本件貸金の元利合計金一二九万五七三九円を現実に提供したが、被告訴訟代理人に受領を拒絶されたことは記録上明らかであり、原告が右同日、右同額を供託したことは成立について争いのない<書証番号略>によりこれを認める。
証人泉田文明は、本木英之は平成三年九月九日には利息金支払いの申出をしていない旨証言するが、採用しない。
二 そこで、以上の事実を前提として検討する。
1 まず、本件譲渡担保権の法律的性質について検討するに、譲渡担保権は外部的に権利を移転することにより成立するのであるから、原則として譲渡が不可能な権利について譲渡担保権を設定することはできない。本件自動車には原告に対する売主である東京ビー・エム・ダブリュー株式会社の所有権が留保されているのであるから、この留保されている所有権について原告が処分権を有するものではなく、本件自動車の所有権を対象とする譲渡担保権が成立するものではない(被告もこの点を争うものではない。但し、前掲<書証番号略>の記載上は、その点は明確ではない。)。被告は譲渡担保権の対象として「利用権」を主張するのであるが、その実体はつまるところ原告と東京ビー・エム・ダブリュー株式会社との間の契約により生じる使用権能である。そして、この使用権能は所有権留保特約付売買の買主たる地位に基づくものであり、この契約上の地位と「利用権」とは一体のものとみるべきであるから、この契約上の地位の移転なくして「理由権」のみ譲渡可能とは解されない。このように解しないと所有権留保特約付売買の買主は売買代金の支払いが終わっても所有権を取得し得ず、「利用権」取得者が売買代金の支払いもしないのに所有権を取得するに等しいことになってしまう。この場合でも、「利用権」の譲渡代金が相応の額であれば問題は生じないが、本件のように自動車の価格に比して「利用権」の譲渡代金が低廉な場合には、不当なことが明らかである。そして、このような関係を容認し得るような高額の取引が一般にされているわけでないことは、自動車による金融を業としている証人泉田文明、被告代表者本人が、いずれも「利用権」の取引価格は中古車価格の半値である旨供述しているところからも容易に推認し得るところである。
したがって、本件譲渡担保は無効のものであり、被告は原告に本件自動車を返還すべき義務がある。
2 また、仮に本件譲渡担保権が本件自動車の「利用権」の譲渡担保として有効なものであるとしても、原告は、被告から本件譲渡担保権について精算金の提供もしくは精算金はない旨の通知を受けるまではいつでもそのときまでの元利金の提供をして本件自動車を受戻すことができるものというべきところ、本件証拠上、被告が前記認定の原告の提供もしくは供託以前に精算金の提供もしくは精算金はない旨の通知をした形跡はないから、原告が本件譲渡担保権の被担保債権について提供をした以上、被告は原告に本件自動車を返還すべき義務がある。
3 被告は、本件譲渡担保権について流質特約の存在を主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。成立について争いのない<書証番号略>(契約書)一一条をみても、そのような解釈をとることはできない。
なお、仮に本件譲渡担保を有効のものとみるとすると、本件自動車の「利用権」は指名債権とみることになるが、指名債権質の場合には流質契約が禁止されていること(民法三四九条)との対比からしても、流質特約は無効であると解すべきである。
以上の次第で、いずれにしても、被告は原告に本件自動車を返還すべき義務があるといわなければならない。
なお、被告は、平成三年九月九日に本件自動車を処分した旨主張し、証人泉田文明、被告代表者本人はいずれもこれに沿う供述をするが、仮にその供述どおり以前から取引のある業者に引取らせたというのであれば、その当日に返還を求めることが不可能であるとは到底考えられない。被告代表者は業者に話をして買戻しの話をしたところ転売されていて、買戻しの交渉をしたが結局うまくいかなかった旨供述するが、転売先も聞いていないというのであり、到底採用し難いものであるから、本件自動車について本件譲渡担保権を平成三年九月九日に実行した旨の被告の主張も、そもそも採用できない。
三 1 そこで、被告は原告に対して本件自動車を返還すべき義務があるので、本件自動車が引渡不能の場合の損害賠償額について検討するに、前記のとおり本件自動車は所有権留保にかかる自動車ではあるが、無条件の自動車と同額の価格を有するものと解すべきである。
このように解すると、被告は一方で所有者の東京ビー・エム・ダブリュー株式会社から所有権に基づく返還請求を受ける可能性があり(被告は東京ビー・エム・ダブリュー株式会社に対抗し得るなんらの権限も有していない。仮に、被告主張のとおり他に転売していたとすると東京ビー・エム・ダブリュー株式会社から所有権に基づく返還請求を受けたその後の買受人からなんらかの請求を受ける可能性もある。)、他方で原告に対して全額の損害賠償義務を負担することになって、二重払いの危険を負担することになる。これに対して原告は本来支払うべき分全額の支払いをしていない時点で(その意味で完全な所有者とはいえない時点で)、完全な所有者と同様の保護を受ける結果となり、やや原告に対する保護を優先させると考えられなくもない。
しかし、逆に、これを本件譲渡担保権設定時もしくは本件口頭弁論終結時までに原告が既に払い込みを終わった部分と同額と解すると、原告は本件自動車が返還されると否とにかかわらず全額の支払義務を東京ビー・エム・ダブリュー株式会社に対して負っているのであるから、その後に支払うべき部分について損害の填補を受けられなくなってしまうことになる。したがって、その非合理なことは明らかであり、前記被告の二重払いの危険はやむを得ないものとして、仮にそれが生じた場合には、原告に対する不当利得の法理によって解決を図るべきであると思料する。
なお、被告は利用権の価格は一般の中古車価格の二分の一が相場である旨主張するが、この価格に合理性がないことは、前説示のところより明らかである。
2 本件自動車の価格であるが、前記のところからすれば、被告は原告に対して本木英之が口頭の提供をした時点で本件自動車を返還すべきであるから、平成三年九月一三日時点における本件自動車の価格についてみるに、<書証番号略>により、これを金四九九万九〇〇〇円であると認める。同号証によれば、右価格は平成三年九月九日現在の時価であるが、四、五日の差であるから、ほぼ右同様の価格と推認される。原告は新車価格を主張するが、再調達価格は当然中古車価格であるから、新車価格を採用すべき理由はない。
四 よって、原告の本訴請求は主文一、二項掲記の限度で理由があるから、これを認容し、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条を、各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 綿引穣)
別紙 自動車目録
登録番号 横浜二三ね三九三七
種別 普通
車名 BMW
型式 E-H二五
車台番号 WBAHC二一-〇二〇 GA四六六一八
原動機の型式 二五六K