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東京地方裁判所 平成4年(ワ)10280号 判決 1995年10月27日

原告

小池正

小池美智子

小池康

小池礼子

右四名訴訟代理人弁護士

溝呂木商太郎

倉科直文

被告

東京都

右代表者知事

青島幸男

右訴訟代理人弁護士

坂井利夫

右指定代理人

尾崎篤司

外二名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告小池正に対して二八二〇万五〇〇〇円、原告小池美智子に対して八五六万五〇〇〇円、原告小池康に対して一七六万五〇〇〇円、原告小池礼子に対して二〇七万九〇〇〇円及びこれらに対する平成四年二月七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告小池正の自宅建物が火災となり、消防署職員の消火活動により鎮火したが、その後再出火したことについて、再出火は消防署職員の消火活動が不完全なために残り火が再燃したことに原因があって、右消火活動を行った消防署職員には重大な過失があり、再出火時に現場の警戒を行っていた警察官も、重大な過失により、再出火前の不審な状況に気付かず、再出火と同時に消防署へ連絡もしなかったために被害が拡大したとして、また、仮に、再出火の原因が残り火でなく第三者による放火又は失火であるならば、現場の警戒を行っていた警察官に、現場看守について重大な過失があるとして、再出火により焼損した動産類を所有していた原告らが、被告に対して、国家賠償法一条一項に基づき損害賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実等

1  当事者

(一) 原告小池正(以下「原告正」という。)は、東京都新宿区高田馬場一丁目八番八号に軽量鉄骨・コンクリートブロック造亜鉛メッキ鋼板葺三階建、床面積一階22.56平方メートル、二階97.20平方メートル、三階73.02平方メートルの建物(以下「本件建物」という。)を所有しており(弁論の全趣旨)、妻の原告小池美智子(以下「原告美智子」という。)、長男の原告小池康(以下「原告康」という。)、長女の訴外小池美和(以下「訴外美和」という。)及び次女の原告小池礼子(以下「原告礼子」という。)と共に本件建物に居住していた。

(二) 後記2項の一回目及び二回目の各火災の消火活動を行った東京消防庁新宿消防署等(以下「新宿消防署等」という。)の消防署職員及び右火災現場の保存を行った警視庁戸塚警察署(以下「戸塚警察署」という。)の警察官は、いずれも被告の職員である。

2  本件建物の火災

(一) 平成四年二月六日午後九時二三分ころ、本件建物は、三階北東側の原告正及び同美智子夫婦の寝室(以下「夫婦寝室」という。)付近より出火して火災となり、その後、新宿消防署等の消防署職員の消火活動により、同日午後一一時四〇分に鎮火したが、本件建物三階の一部(床面積三一平方メートル)を焼燬した(乙四の一ないし八)(以下「一回目の火災」という。)。

(二)  一回目の火災後、原告らは、火災現場を離れて東京都内の親戚宅に行き、戸塚警察署の警察官が、交代で一回目の火災の原因調査のための現場保存を行った。

(三) 同月七日午前五時二五分ころ、本件建物は、再び出火し、新宿消防署等の消防署職員の消火活動により、同日午前七時五九分に鎮火したが、本件建物三階及び二階の各一部(床面積八七平方メートル)を焼燬した(乙九の一ないし九)(以下「二回目の火災」という。)。

三  争点

1  二回目の火災の出火原因

(原告らの主張)

(一) 二回目の火災の出火原因は、一回目の火災の残り火である。

二回目の火災の出火場所は、本件建物三階の原告康の寝室(以下「長男寝室」という。)であると推定されており、右寝室は、一回目の火災による焼損部分と近接しているうえ、一回目の火災の際には、右寝室の床下にある本件建物二階の和室(以下「和室」という。)の天井部分にも火が回っていたのであるから、二回目の出火原因が、和室を含む二階天井付近に残存していた残り火であることは容易に推認できる。

しかも、一回目の火災鎮火後、本件建物は、電源及びガスの供給が止められており、二回目の火災が電気ショート又はガス漏れによる可能性もない。

(二) 仮に、二回目の火災の出火原因が一回目の火災の残り火でないとするならば、その出火原因は、本件建物に侵入した第三者による放火あるいは捨てタバコ等の失火にならざるを得ない。

(被告の主張)

(一) 消防署職員は、一回目の火災に対して入念な消火活動を行い、火災鎮圧後も本件建物の各部屋及び各部分について徹底した残り火処理を行い、更に、鎮火から二時間二〇分後に巡視警戒を行って各部屋毎に煙、蒸気及び熱気の有無を確認し、残り火のないことを確認した。原告らが残り火が存在したと主張する和室の天井付近についても、消防署職員は、徹底した消火活動を行い、和室の天井全部を破壊して残り火のないことを確認し、鎮火から二時間二〇分後に行った巡視警戒の際にも残り火のないことを確認した。そして、二回目の火災は、一回目の火災の鎮火から六時間近くも経過して発生したのであるから、一回目の火災の残り火が二回目の火災の出火原因ではあり得ない。

(二) 本件建物へ入るには、同建物西側の出入口を通るしかなく、現場保存を行っていた警察官は、本件建物一階駐車場内の車内及び本件建物出入口前路上において、右出入口から侵入する者がないかを警戒し、更には、随時、徒歩により周辺道路を巡回して警戒を行っていたのであり、その際、不審者が本件建物に侵入したこともなかったのであるから、第三者による放火又は失火もまた二回目の火災の出火原因ではあり得ない。

2  消防署職員の一回目の火災の際の消火活動について、過失あるいは重過失があるか。

(原告らの主張)

建物火災においては、消火のために消防車による放水を要したような場合には、表面的には鎮火したように見えても、実際には、焼け跡、焼け残り部分及びその周囲の目につかないところに、火気又は熱気が残り、それが原因となって数時間後に再出火することがあり、それは、消防を専門とする職員であれば容易に予測し得ることである。したがって、一回目の火災の消火活動を行った新宿消防署等の消防署職員は、残り火から再出火しないように、火災現場の消火を完全に行い、更に、消火後の点検や見回り等を行って、残り火の再燃を防止する注意義務を負っていた。

ところで、消防署職員の消火活動について、失火ノ責任ニ関スル法律(以下「失火責任法」という。)の適用があるかについては、失火責任法の過失免責規定は批判の強い規定であり、特に公務員として国家賠償法により個人免責を受け、かつ、火災の鎮圧・予防を専門の任務とする消防署職員について、失火責任法を適用することは著しく不合理であるから、消防署職員の職務上の行為については同法の適用はないものと考える。

しかし、仮に、同法の適用があるとしても、消防署職員は、国民の生命・財産を火災等から保護する機関の職員であり、火災の予防・消火等をその職務とし、かつ、その職務を行うために特別の権限を与えられているのであるから、火災の予防・消火等については、一般人よりも高度な業務上の注意義務を負っている。

本件では、一回目の火災の際、新宿消防署等の消防署職員は、表面上の鎮火状態を見て残り火がないものと安易に即断し、残り火の消火を徹底せず、また、鎮火後の見回りも一回しかしなかったのであり、そのため、残り火が再燃して二回目の火災が発生したのであるから、右消防署職員の消火活動には重大な過失がある。

(被告の主張)

消防署職員の消火活動に関する公共団体の損害賠償責任については、失火責任法の適用があり、公共団体の責任が認められるには、当該公務員に重大な過失が必要である。

本件では、一回目の火災の際、新宿消防署等の消防署職員は、約20.5立方メートルの水を放水して、延焼部分及びその収容物に対して十分に注水して消火し、その後、延焼部分及びそれ以外の残り火の存在する可能性のある部分について、四六分間にわたり約五立方メートルの水を注水して残り火処理を行い、残り火のないことを確認した。そして、新宿消防署大隊長が、再度各室毎に天井裏も含めてすべて煙、蒸気、熱気及び残り火のないことを確認して鎮火と判断し、原告正に対して、予見できない事由による再出火のおそれがあるので監視警戒するように説示し、同人の了解を得て消防署職員を現場から引き上げさせた。更に、消防署職員は、鎮火から二時間二〇分後に約二〇分間にわたり巡視警戒を実施し、各室を子細に調査及び確認し、残り火が存在する可能性のある壁体には、素手で触って温度の確認をしたが、異常を認めなかった。

したがって、新宿消防署等の消防署職員には、職務上の注意義務の懈怠はなく、また、以上の事実からすれば、再出火は予見不可能であったといえるから、重過失はもとより過失もなかったというべきである。

3  警察官の火災現場保存について、過失あるいは重過失があるか。

(原告らの主張)

(一)  一回目の火災鎮火後に現場保存を行う警察官は、火災原因の調査や刑事捜査のための現場保存及び本件建物内の財物の保全のために、本件建物につき侵入者がないように監視すると共に、本件建物及びその中の動産類について、異常な事態が生じることがないようにこれを看守し、異常な事態が生じた場合には、直ちに、現場の破壊、財物の滅失及び公共の危険を防止するための措置を採るべき職務上の注意義務を負っていた。

本件においては、特に、現場保存を行った警察官は、原告らの本件建物への立入りを禁止し、原告らが「本件建物三階の納戸に所蔵している美術品等の貴重品を持ち出したい。」と告げてもそれを拒否し、「本件建物及びその中の動産についての安全看守は全面的に責任をもって行う。」と原告らに告げたのであるから、右注意義務は、いっそう厳しく要求されるべきである。

そして、当時現場保存を行っていた警察官が、二回目の火災前の不審な状況に気付いてその防火のための必要な措置を採り、あるいは、仮に右不審な状況に気付かなかったとしても、再出火と同時に消防署に連絡する等して、本件のように大きな被害を出さずに二回目の火災を最小限に抑えることは極めて容易であった。

しかし、本件では、二回目の火災を最初に発見したのは、付近を通行していた訴外諏訪守茂(以下「訴外諏訪」という。)であり、右火災の第一通報者は、本件建物南隣の建物に居住していた訴外宇野直子(以下「訴外直子」という。)であって、訴外諏訪から火事であることを伝えられて通報したのである。当時、現場で警戒していた訴外種田政宏巡査(以下「訴外種田」という。)は、現場の真下で警戒していたにもかかわらず、二回目の火災発生に気付かず、火災が更に拡大してからようやく火災に気付いたのであるから、訴外種田には、著しい職務懈怠、注意義務違反があり、重大な過失がある。そして、訴外種田が二回目の火災発生をより早く気付いていれば、被害もはるかに小さかったはずである。

(二) また、仮に、二回目の火災の出火原因が、第三者の行為であるならば、本件建物への侵入を許した警察官には、現場看守・警戒義務の著しい懈怠があり、右警察官には重大な過失がある。

(被告の主張)

警察官の公権力の行使にあたっての失火による公共団体の損害賠償責任については、失火責任法の適用があり、公共団体の損害賠償責任が認められるには、当該公務員に重大な過失があることが必要である。

ところで、火災鎮火後に警察官の行う現場保存は、火災が発生した現場の状況並びに現場にある捜査資料及び証拠資料を収集保全して、事後の捜査活動や公判維持のために行われるものであって、現場に存在する私有財産の保護を目的とするものではない。単に、現場保存の結果、反射的に現場に存在する財産についても現状保存の効果が生じることになるだけである。現場保存の右の趣旨目的からみれば、現場保存を行う警察官には、原告ら主張のような注意義務があるとはいえない。

また、本件において現場保存を行った警察官が本件建物及びその中の動産についての安全看守は全面的に責任をもって行うことを原告らに伝えたこともない。

そして、本件では、火災についての専門的な知識や経験もない警察官にとって、二回目の火災を予見することは不可能であったから、二回目の火災発生の予見可能性を前提とした注意義務はないというべきである。また、現場保存を行っていた警察官は、一回目の火災後の現場保存のために、本件建物一階駐車場内の車内及び本件建物出入口前路上において、右出入口へ侵入する者のないように注意を払い、随時、徒歩により周辺道路を巡回する等して警戒を行って不審者等の事前発見に努めていたのであるから、その警戒活動は適切であり、二回目の火災の出火に際しても、当時現場保存を行っていた訴外種田は、これをいち早く察知して戸塚警察署に無線通報を行っていたのであるから、重過失はもとより過失もない。

4  二回目の過失で焼損した範囲

(原告らの主張)

一回目の火災では、本件建物三階について、訴外美和、原告康及び同礼子の各寝室(以下、訴外美和の寝室を「長女寝室」、原告礼子の寝室を「次女寝室」という。)並びに納戸(以下「三階納戸」という。)、本件建物二階について、食堂(以下「食堂」という。)、応接間(以下「応接間」という。)及び和室の各部屋が焼け残っており、各部屋内の動産類も焼け残っていたが、二回目の火災により、右各部屋の主要部分とその中の動産類は、ほとんど焼損又は破壊された。

5  損害額

(原告らの主張)

二回目の火災により、原告らは、以下の損害を被った。

(一) 原告正

二八二〇万五〇〇〇円

(1) 衣類・呉服 九一万円

但し、三階納戸及び本件建物二階の廊下等にあったものである。

(2) 書画骨董 一六三八万円

但し、三階納戸及び和室にあったもので、別紙1書画骨董被害内訳(「物置」は納戸のことである。)のとおりである。

(3) 家具動産類四一八万五〇〇〇円

但し、原告美智子と共有の家具動産類であり、本件建物二階の各室及び三階のサンルーム(以下「三階サンルーム」という。)にあったもので、別紙2家具動産類被害内訳のとおりであり、合計額八三七万円に共有持分二分の一を乗じた額である。

(4) 原告正の母の遺品(衣類・仏壇等) 六七三万円

但し、和室にあったもので、別紙3原告小池正亡母遺品被害内訳のとおりである。

(二) 原告美智子

八五六万五〇〇〇円

(1) 衣類・呉服 四三八万円

但し、三階納戸にあったもので、別紙4原告小池美智子衣類、呉服被害内訳(「物置」は納戸のことである。)のとおりである。

(2) 家具動産類四一八万五〇〇〇円

但し、原告正と共有の前記家具動産類の被害合計額八三七万円に共有持分二分の一を乗じた額である。

(三) 原告康一七六万五〇〇〇円

(1) 衣類 五六万五〇〇〇円

(2) 寝具 二〇万円

(3) 書籍(医学書) 一〇〇万円

但し、右(1)ないし(3)は、いずれも長男寝室にあったものである。

(四) 原告礼子

二〇七万九〇〇〇円

(1) 衣類 一二三万円

(2) 時計(二個) 六万五〇〇〇円

(3) 寝具、机、椅子一式 一〇万円

(4) 書籍(医学書) 三〇万円

(5) ギター(三個) 二一万円

(6) テニスラケット、卓球ラケット(計八個) 一七万四〇〇〇円

但し、右(1)ないし(6)は、いずれも次女寝室にあったものである。

第三  争点に対する判断

一  前提事実(一回目の火災発生から二回目の火災鎮火に至るまでの事実の経緯)

証拠(甲一の一ないし二八、同二、乙一ないし三、同四の一ないし八、同五ないし八、同九の一ないし九、同一〇の一ないし七、同一一の一ないし八、同一二の一及び二、同一四、証人関恵雄、同種田政宏、同田本勝、同河野三喜夫、同桜井一夫、検証、原告小池正本人並びに弁論の全趣旨)によれば、以下の事実が認められる。

1  一回目の火災発生から鎮火までの経緯

(一) 平成四年二月六日午後九時二三分ころ、原告正、同美智子及び訴外美和の三人が、本件建物二階北東側にある食堂(別紙6二階平面図参照)でテレビを見ていた際、三階で「ドーン」という音がしたので、原告美智子が、確かめようとして階段を数段登ったところ、火事に気付き、原告正がすぐに三階に上がったところ、三階の北東側にある夫婦寝室(別紙図面7三階平面図参照)の入口付近に床から一メートル位の高さで出火しているのを発見した。原告らは、バケツの水や消火器で消火を試みたが効果がなく、訴外美和が一一九番通報した。

(二) 新宿消防署等所属の消防署職員は、訴外美和からの右通報を受け(同日午後九時二六分覚知)、新宿消防署戸塚中隊(戸塚1及び2の各小隊で構成されている。以下、右中隊を「戸塚中隊」といい、右各小隊を「戸塚1小隊」、「戸塚2小隊」という。)九名、同新宿1小隊(以下「新宿1小隊」という。)五名、同新宿梯子小隊(以下「新宿梯子隊」という。)四名、同新宿特別救助隊(以下「新宿特別救助隊」という。)六名、同新宿指揮隊(以下「新宿指揮隊」という。)七名、豊島消防署目白1小隊(以下「目白1小隊」という。)五名を含む消防署職員計七五名及び消防車両一八台が出場した。

(三) 同日午後九時二九分、戸塚中隊が最初に現場に到着し、同日午後九時三一分までに、新宿1小隊、新宿梯子隊、新宿特別救助小隊、新宿指揮隊及び目白1小隊が現場に到着した。

到着した時、本件建物は、三階部分が延焼しており、三階北東側の窓から火炎が激しく噴出し、本件建物の北側に隣接する建物(小池医院)(以下「医院建物」という。)へ延焼しつつあった。また、本件建物三階南東側の窓から黒煙が噴出していた。

(四)(1) 戸塚中隊は、戸塚2小隊のポンプ車から直径六五ミリメートルのホースを延長し、本件建物西側路上で直径五〇ミリメートルのホース二本(以下、二本のホースを「戸塚2小隊第一線」、「戸塚2小隊第二線」という。)に分岐させて、戸塚中隊長以下三名が、戸塚2小隊第一線を持って、本件建物二階北側にある玄関(以下「玄関」という。別紙7三階平面図参照)から進入し、新宿消防署一部大隊長の訴外関恵雄(以下「訴外関」という。)の命令を受け、同日午後九時三三分ころから放水を開始して本件建物三階の消火活動及び人命検索を行った。戸塚中隊長以下三名が本件建物三階の階段口付近に至った際、煙を通して北東方向(夫婦寝室方向)に炎が見られたため、その方向にストレート注水(棒状の水流を高圧で放水することをいう。)を行い、火勢を弱めながら前進し、筒先を振り回しながら注水して夫婦寝室に進入した。その後、夫婦寝室西隣の書斎(以下「書斎」という。別紙7三階平面図参照)から火炎が激しく噴き出したので、一旦夫婦寝室から脱出し、その後、再び注水しながら夫婦寝室に進入し、書斎に対しても注水して消火活動を行った。

また、戸塚中隊の別隊員は、右ポンプ車から直径五〇ミリメートルのホースを延長し、医院建物三階南東室内に進入し、同日午後九時四五分ころから放水を開始して本件建物三階の消火活動及び医院建物への延焼阻止活動を行った。

(2) 新宿1小隊は、同小隊のポンプ車から直径六五ミリメートルのホースを延長し、本件建物西側路上で直径五〇ミリメートルのホース二本(以下、二本のホースを「新宿1小隊第一線」、「新宿1小隊第二線」という。)を分岐させていたところ、訴外関から本件建物二階の水損防止の命令を受けた。また、新宿梯子隊は、戸塚2小隊第二線を延長し、それを用いて玄関付近から本件建物三階の消火活動及び医院建物への延焼阻止活動を行っていたところ、訴外関から本件建物二階の水損防止の命令を受けた。そこで、右両隊が合同して、本件建物二階の南東側にある応接間(別紙6二階平面図参照)にあったピアノや家具類等に防水シートを展張して水損防止措置を施した。

しかし、その際、応接間の天井全体が落下し、火煙が噴き出したため、新宿1小隊は、玄関まで延長していた戸塚2小隊第二線を用いて、応接間の天井及び三階床下にストレート注水して消火活動を行った。その後、応接間の北側にある食堂の天井(応接間入口から食堂へ入った部分及び食堂南東角部分)を破壊して注水し、更に、本件建物二階南西側にある和室(別紙6二階平面図参照)内の東側にある床の間の天井の縁部分に炎が見えるとの知らせを受けて、床の間の天井部分を破壊して注水した。

新宿梯子隊は、新宿1小隊第一線を延長し、玄関から進入して、新宿1小隊が和室への消火活動に移った後、応接間に進入し、同日午後九時四六分ころから放水を開始して、応接間の落下した天井裏及び三階床下に注水し、その後、食堂へ進入して消火活動を行った。

また、新宿1小隊の別隊員は、訴外関の命令を受けて、新宿1小隊第二線を持って、本件建物南側から梯子により三階サンルーム(別紙7三階平面図参照)に進入し、本件建物三階の消火活動を行った。

(3) 目白1小隊は、同小隊のポンプ車から直径六五ミリメートルのホースを延長し、本件建物東側空地で直径五〇ミリメートルのホース二本に分岐させ、訴外関の命令を受けて、同日午後九時三七分ころから放水を開始して本件建物三階の消火及び人命検索活動を行った。三連梯子を本件建物三階南東側にある長女寝室(別紙7三階平面図参照)の窓に架梯し、梯上注水を行って火勢を制圧し、内部進入可能な状態になった後、目白中隊長以下三名が右窓から長女寝室内に進入して、室内の北側から南側に筒先を移動させながら注水を行った。鳶口で東側壁体を破壊して壁体内を確認したところ、残り火はなかったが、念のため注水を行い、また、西側タンスを移動させ、タンス内の衣類を鳶口で引き出してタンス内部に注水した。また、ベッドのスプリング部分の回りの繊維や机等の炭化物の堆積物を中央に移動させて注水した。

(4) 新宿特別救助隊は、訴外関の命令を受けて、本件建物の人命検索及び医院建物の避難状況の確認を行った後、本件建物三階の消火活動を行った。本件建物東側空地から三連梯子により屋根上に進入し、長女寝室及びその西隣にあり本件建物三階南側中央にある次女寝室(別紙7三階平面図参照)の上方にそれぞれ約一平方メートルの排煙口を設定すると共に、次女寝室及びその北側の廊下の天井を鳶口で破壊した。そして、戸塚2小隊第一線を屋根上へ渡して、そこから小屋裏(屋根裏)に注水し、更に、三階室内から、破壊した天井及び小屋裏へ注水した。

(五) 右消火活動により、一回目の火災は、同日午後一〇時五四分に鎮圧(有炎現象が終息した状態)した。鎮圧までに放水された水の総量は、20.46立方メートルとなった。その後、右各小隊は、訴外関の命令を受けて、残り火処理活動を行った。

(六)(1) 戸塚中隊は、夫婦寝室、書斎、三階廊下及び長男寝室の残り火処理を行った。

夫婦寝室は、天井、壁体及び収容物等に著しい焼けが認められ、東側にある押入は、扉及び棚が焼失し、床上に焼けた布団及び衣類が認められた。戸塚中隊は、天井に僅かに残った根太等がくすぶっていたので、鳶口で引き落して消火し、南側壁体を鳶口等で剥がして投光器(約三〇〇ワットの照度を有する。)を照射して確認し、残り火がある部分については注水して消火した。押入内の蒲団は、鳶口でかき出し、床上で注水した後、踏みつけ、鳶口で裂いて残り火のないことを確認したうえで北側窓から屋外に出した。

書斎は、東側半分の天井及び壁体等にかなり強い焼けが認められ、南東側にある本棚にあった多数の書籍の露出部分にも焼けが認められた。焼け残っている天井を全部鳶口で破壊して投光器を照射しながら注水し、残り火のないことを確認した。また、タンスを手で移動し、壁面と共に投光器を照射して残り火のないことを確認した。本棚は、本を一冊毎取り出し、頁をめくりながら床上で注水した。

三階廊下は、長女寝室入口から本件建物三階北側にある便所(以下「三階便所」という。)の入口まで天井が黒く焦げているのが認められた。夫婦寝室入口から三階便所までの天井部分を鳶口で破壊し、投光器を照射して残り火のないことを確認したが、念のため全体に注水した。更に、本件建物三階南側にある長男寝室(別紙7三階平面図参照)前の廊下の天井を破壊し、投光器を照射して残り火の確認を行った。黒く煤けているのみで残り火は認められなかったが、筒先を廻しながら注水した。

長男寝室については、鳶口で破壊した入口部分の廊下の天井から長男寝室の小屋裏に向けて注水し、残り火のないことを確認した。

その後、戸塚中隊は、訴外関と共に、右各箇所を投光器及び強力ライト(単一の電池を四本使用している。)等で確認したが、いずれも残り火、煙及び熱気等異常は認められなかった。

(2) 新宿特別救助隊は、次女寝室の前の廊下及び次女寝室の残り火処理を担当した。次女寝室の前の廊下に焼けは認められなかったが、念のために注水をした。次女寝室には、焼けは認められなかったが、破壊した天井から小屋裏に念のため注水した。

その後、新宿特別救助隊は、訴外関と共に、右各箇所を確認したが、いずれも残り火、蒸気、煙及び熱気等異常は認められなかった。

(3) 目白1小隊は、長女寝室の残り火処理を行った。長女寝室は、天井が燃え抜け、壁体及び収容物等にも強い焼けが認められた。残存している天井部分を鳶口により破壊し、小屋裏に注水して残り火のないことを確認し、室内のタンス及びベッド等の什器及び収容物に注水し、堆積物を鳶口で掘り起こし、残り火のないことを確認した。

その後、目白1小隊は、訴外関と共に、右箇所を確認したが、残り火、蒸気、煙及び熱気等異常は認められなかった。

(4) 新宿1小隊及び新宿梯子隊は、本件建物二階の応接間、サンルーム(以下「二階サンルーム」という。)、食堂及び和室の残り火処理を行った。

応接間については、垂れ下がった約三〇センチメートルの天井板及び右サンルーム中央よりの天井を破壊し、三階床下及び根太と床板の交差部分へ注水し、投光器を用いて残り火のないことを確認した。

二階サンルームについては、天井を三か所(各約七〇センチメートル四方)鳶口で破壊し、そこから天井裏に注水した。投光器及び強力ライトで照らし、脚立及び机を用いて天井裏に煙、熱のないことを視認すると共に素手で触りながら残り火のないことを確認した。

食堂については、残存部分の天井を鳶口で破壊し、三階床下、根太と床板の交差部分へ注水し、投光器を用いて残り火のないことを確認した。

和室については、天井を全部鳶口で破壊し、三階床下へ注水し、南側附室、北側押入及び北側廊下の各天井裏にも水が掛かるように注水した。その後、投光器や強力ライトで照らし、脚立及び机を用いて天井裏に煙、熱のないことを視認すると共に素手で触りながら残り火のないことを確認した。

その後、新宿1小隊及び新宿梯子隊は、訴外関と共に、右各箇所を確認したが、いずれも残り火、蒸気、煙及び熱気等異常は認められなかった。

(5) 新宿梯子隊は、更に、玄関ホール及び廊下の残り火処理を行った。玄関ホールの天井について、玄関東側にある下駄箱の天井を二か所、食堂入口部分の天井を一か所及び玄関の西隣にある便所前の廊下部分の天井を四か所それぞれ約六〇センチメートル四方で破壊し、天井裏へ注水し、残り火のないことを確認した。

その後、新宿梯子隊は、訴外関と共に確認したが、残り火、蒸気、煙及び熱気等異常は認められなかった。

(七) 右残り火処理活動により、同日午後一一時四〇分に一回目の火災は鎮火(残り火、熱気、煙及び湯気等が完全になくなって、消防隊の活動が不要になった状態)し、翌日午前零時ころまでに、右消防署職員は順次引き上げた。一回目の火災により、三階床部分三一平方メートル、二階天井部分五一平方メートル、三階天井部分七平方メートルを焼燬した。そして、鎮圧後、鎮火までに放水された水の総量は、5.04立方メートルとなった。

(八) 一回目の火災鎮火確認時の各室の状況は、以下のとおりである。

(1) 夫婦寝室及び書斎

夫婦寝室は、室内が全面的に焼けており、天井の大部分が焼失していた。東側の押入及び物入れは原形を止めておらず、北側の窓ガラスはすべて溶解して落下しており、南側壁に接して置かれていた本棚及びタンスは、下部が若干残っている程度でその他は焼けていた。押入等の収容物は、部屋の中心部に出され、注水されており、畳面も水が溜まっている状態であった。

書斎は、天井全面が破壊され焼けており、室内も夫婦寝室寄りに焼けていた。北東隅の本棚は原形を止めておらず、南東隅のタンスも下部が若干残っているだけで上部は焼けていた。部屋の中央から西側の収容物は、水で濡れているが焼けは認められず、西側小屋裏並びに西、北及び南側の壁体にも焼けは認められなかった。

(2) 長女寝室

全面的に焼けており、天井、野縁、回り縁の大部分が焼けていた。東側の内壁は焼け落ち、南側の窓は三階サンルーム方向に若干焼けており、北側の壁もほとんど焼けていた。西側壁に接して置かれているタンスは、下部が焼け残っている他は焼けており、タンスの裏側も注水されていた。タンスの収容物は、入口付近の床上に水浸し状態で散乱しており、ベッドや机も原形を止めていなかった。

(3) 次女寝室

天井全面が破壊されており、収容物の上に天井材が落下していた。天井への注水により収容物は濡れていたが、焼けは認められなかった。小屋裏には、注水の跡があるが、焼けは認められず、東側だけ煤が付着していた。

(4) 長男寝室

入口付近の天井(約一メートル四方)が破壊されており、小屋裏への注水により室内の収容物の全体に水が掛かった状態であったが、焼けは認められなかった。

(5) 三階納戸(本件建物三階南西側)、洗濯場(同北西側)、三階便所(洗濯場の東隣)(各別紙7三階平面図参照)

延焼していなかった。

(6) 応接間

天井が落下しており、三階床下スラブ面(二階天井裏のすべての構造材及び三階床下面を指す。)に焼けが認められた。室内は、天井材が散乱しており、また、注水のため水浸しの状態であった。

(7) 二階サンルーム

天井裏を確認したが焼けは認められず、室内にも焼けは認められなかった。

(8) 食堂

天井は全面破壊され、天井材が散乱していた。三階床下スラブ面にも注水の跡が認められた。応接間寄りの天井裏が焼けており、野縁、野縁受にも焼けた箇所が認められた。食器棚、机等の収容物及び壁体には焼けは認められなかった。

(9) 和室

天井が全面破壊されており、応接間から床の間上部のところまで弱い焼けが認められ、室内は注水により全面的に濡れていた。

(10) 玄関ホール、廊下、その他

本件建物二階にある、玄関、便所(以下「二階便所」という。)、洗面所、浴室及び二階納戸(以下「二階納戸」という。)(各別紙6二階平面図参照)には焼けは認められず、玄関ホールは天井を四か所破壊され、注水の跡が認められた。

2  一回目の火災鎮火後の消防署職員による巡視警戒状況

(一) 訴外関は、現場引上げの際、戸塚中隊長に対し、同月七日午前二時に巡視警戒するように指示した。

戸塚2小隊の戸塚中隊長以下五名は、同日午前一時五七分に新宿消防署戸塚出張所を出発し、同日午前二時二七分まで巡視警戒を実施した。現場到着後、中隊長以下四名が玄関から本件建物に進入し、中隊長と隊員一名が本件建物の三階部分、他二名の隊員が同二階部分を、それぞれ懐中電燈を携帯して巡視警戒した。

(二) 三階についての巡視警戒は、以下のとおり(別紙9警戒出向時の確認順路図(3階)参照)である。

(1) 夫婦寝室及び書斎

小屋裏、床、壁体及び収容物に懐中電燈を照射して視認により確認し、書斎の南側(西寄り)の壁体床上約一メートルの部分を素手で触れて確認した。

(2) 長女寝室

天井、床、壁体及び収容物に懐中電燈を照射して視認により確認した。

(3) 三階サンルーム

懐中電燈を照射して視認により確認した。

(4) 次女寝室

天井、床、壁体及び収容物に懐中電燈を照射して視認により確認し、東側(中央部分)及び北側入口付近の壁体床上約一メートルの部分を素手で触れて確認した。

(5) 長男寝室

天井、壁体及び床に懐中電燈を照射して視認により確認し、北側押入等も同様の方法で確認し、西側(中央部分)の壁体床上約一メートルの部分を素手で触れて確認した。

(6) 三階納戸

天井、壁体及び収容物に懐中電燈を照射して視認により確認した。

(7) 洗濯場

屋根裏及び壁体に懐中電燈を照射して視認により確認し、東側(北寄り)の壁体床上約一メートルの部分を素手で触れて確認した。

(8) 三階便所

入口から、天井、壁体及び床に懐中電燈を照射して視認により確認し、東側の壁体床上約一メートルの部分を素手で触れて確認した。

(9) 廊下

壁体及び小屋裏に懐中電燈を照射して視認により確認し、書斎の南側(西寄り)の壁体床上約一メートル部分を素手で触れて確認した。

(三) 二階についての巡視警戒は、以下のとおり(別紙8警戒出向時の確認順路図(2階)参照)である。

(1) 玄関ホール

天井及び壁体に懐中電燈を照射して視認により確認し、東側(中央部分)の壁体床上約一メートルの部分を素手で触れて確認した。

(2) 応接間

落下した天井、小屋裏、床、壁体及び収容物に懐中電燈を照射して視認により確認し、北側にある飾り棚の背板(西寄り)及び南側(東寄り及び西寄り)の壁体床上約一メートルの部分を素手で触れて確認した。

(3) 食堂

天井、壁体、床及び収容物に懐中電燈を照射して視認により確認した。

(4) 廊下

天井及び壁体に懐中電燈を照射して視認により確認した。

(5) 和室

天井、壁体、床、収容物及び押入(扉を開放した状態で)に懐中電燈を照射して視認により確認し、床の間(中央部分)の壁体床上約一メートルの部分を素手で触れて確認した。

(6) 二階納戸、浴室、洗面所、二階便所

天井、壁体及び収容物に懐中電燈を照射して視認により確認した。

(四) 右巡視警戒において、本件建物内には、煙、蒸気及び熱気等異常は全く認められず、素手で触れた壁体は、すべて冷たかった。

その後、扉を閉めて屋外に出て、本件建物西側路上から本件建物西面及び北面を確認し、更に、本件建物東側空地から東面を確認したが、煙の流れ等異常は認められなかった。

3  一回目の火災の際に原告らが本件建物に入った状況

(一) 原告ら家族は、一回目の火災が発生した後、本件建物の西側の道路を隔てた向いの中小路宅へ避難していたが、一回目の火災の鎮圧後の同月六日午後一一時二〇分ころ、原告正は、消防署職員から本件建物の図面を求められて、小池医院の職員である訴外河野三喜夫(以下「訴外河野」という。)及び消防署職員二名と共に、右図面を取りに本件建物に入った。原告正らは、玄関から食堂に入って探し、その後、和室に入り探したが、結局、右図面は見つからず、数分足らずで戻った。

(二) また、訴外小池育美は、消防署職員に「位牌を持ち帰らせてほしい。」と頼み、訴外河野、同美和及び知人である訴外杉森昭祐と共に、本件建物に入り、数分足らずで和室内の仏壇から位牌を持ち帰った。

(三) 更に、同月七日午前零時四五分ころ、原告正は、原告礼子が試験を受けられないことを担当教授に連絡するために、知人の訴外桜井一夫(以下「訴外桜井」という。)と共に、電話帳を取りに本件建物に入ったが、その際、現場を警戒していた訴外田本勝巡査部長(以下「訴外田本」という。)も同行した。原告正らは、玄関から食堂に入り、数分足らずで電話帳を見つけて外に出た。

4  一回目の火災鎮火後の警察官による警戒状況

(一) 戸塚警察署では、同署地域課勤務員を一回目の火災時から現場警戒にあたらせており、一回目の火災鎮火後からは、出火現場の保存のため、同勤務員一名を一時間ないし二時間交替で警戒にあたらせた。

(二) 同月七日午前零時三〇分ころから同日午前一時三〇分ころまでの間は、戸塚警察署戸塚一丁目派出所に勤務する訴外田本が右警戒にあたった。訴外田本は、それまで警戒にあたっていた訴外三枝司佳巡査部長から引継ぎを受け、右三枝と医院建物の北東にあった警戒車両を本件建物一階の駐車場に移動させ(右車両の前面を道路側に向けて駐車させた。別紙10図面参照)、その後、主に本件建物の出入口前付近の路上(同図面参照)に立って警戒し、ときどき徒歩により医院建物の北西角のT字路までの外周警戒を行った。

訴外田本は、その警戒途中の同日午前零時四五分ころ、前記のとおり、原告正及び訴外桜井から電話帳を取りに入りたいと言われ、同人らに同行して本件建物内に入った。

その後、訴外田本は、本件建物の出入口前付近の路上で警戒中、原告正から、「現場から引き上げてよいか。」と聞かれ、一晩中警戒している旨を答えた。原告ら家族は、訴外田本に挨拶をして現場を引き上げた。

(三) 戸塚警察署高田馬場駅前派出所に勤務する訴外種田は、同日午前四時三〇分少し前ころ、本件現場に到着し、それまで警戒していた訴外浜武雅博巡査から、異常なしとの報告及び本件建物の出入口付近の重点警戒と概ね二〇分毎の外周警戒をすることの申送りを受け、まず、本件建物の南西角から前記中小路宅との間の道路を進み、突き当たりを東に曲り、北陸銀行敷地の出入口まで(別紙10図面参照)、約五分かけて外周警戒を行い、その後、本件建物一階に駐車中の前記警戒車両(同図面参照)の運転席で、右車両の窓を三分の一程開けて、約一五分間、本件建物の出入口付近の警戒を行ったが、いずれも警戒中に異常は認められなかった。その後、再び同じ経路で外周警戒を行い、本件建物の出入口付近に立って警戒を行ったが、その間も異常は認められなかった。更に、右警戒車両内での警戒を行っていた際、物が落ちる音がしたので、道路に出たところ、本件建物の南側窓から火炎が噴出しているのを発見したので、直ちに携帯無線で戸塚警察署に再出火の連絡をした。訴外種田は、物が落ちる音がして道路に出たとき、前記中小路宅の玄関のドアを叩き、本件建物の南隣に居住している訴外宇野多加子(以下「訴外多加子」という。)の自宅の玄関の方に走っていった男性(訴外諏訪)を見かけた。

5  二回目の火災発生から鎮火までの経緯

(一) 同月七日午前五時二五分ころ、訴外諏訪が本件建物の北西側にある道路を歩いていたとき、本件建物三階の窓から火炎が噴き出しているのを発見し、訴外多加子の自宅に飛び込み、火災である旨を知らせた。訴外多加子が屋外に出てみると、本件建物三階の南側の西寄りの窓から火炎が噴き出しており、間もなく南側全面の窓から火炎が噴き出すのが認められた。そして、訴外多加子の娘である訴外直子が一一九番通報した。

(二) 新宿消防署等所属の消防署職員は、右通報を受け(同日午前五時二八分覚知)、戸塚中隊九名、新宿消防署大久保1小隊五名、目白1小隊五名、新宿1小隊五名、新宿特別救助隊六名、新宿梯子隊四名、同早稲田1小隊四名、同宮園通梯子小隊三名、新宿指揮隊七名を含む消防署職員計七七名が出場した。

(三) 右消防署職員が到着したとき、本件建物は、三階北東側及び北西側の窓から火炎が激しく噴き出しており、三階南側の窓からも火炎が噴出していた。また、三階南東側の窓から青白い炎を含んだ火煙が噴出していた。

(四) 右消防署職員の消火活動により、二回目の火災は、本件建物のうち、二階床部分五平方メートル、天井部分一七平方メートル、三階床部分八二平方メートルを焼燬して、同日午前六時三六分に鎮圧し、同日午前七時五九分に鎮火した。

(五) 一回目の火災で焼損を免れていた次女寝室、長男寝室、三階納戸、三階サンルーム、応接間、食堂及び和室のうち、次女寝室、長男寝室、三階納戸、及び三階サンルームは部屋全体が焼け、和室は、落下した天井板の裏側に焼損が認められたが、室内の収容物は水や煤で汚れているだけで焼損は認められず、応接間は、焼損しているのが天井及び天井裏だけで、壁、床及び収容物等は汚れているものの焼損は認められなかった。食堂は、天井の内部が焼損していたが、他は汚れているだけで焼損は認められなかった。

以上の事実が認められる。

これに対し、原告らは、一回目の火災の状況と動産の被害状況について、「一回目の火災の鎮圧後、原告ら及びその知人らが三回にわたり食堂及び和室に入った際、食堂は、天井から水が滴り落ちる状態ではあったが、水浸しの状態でなかったし、食堂内の動産上に天井材が散乱、堆積していたこともなかった。また、和室も、全体としては湿っていたものの、床が水浸しという状態でなかったし、天井が全部破壊されていたこともなかった。」と主張し、証人河野三喜夫、同桜井一夫、原告小池正本人の各供述中には、それに沿う部分がある。

しかし、前記認定のとおり、原告ら及びその知人らが食堂及び和室に入ったのは、図面、位牌及び電話帳を持ち出すためであり、その時間も各数分足らずであったこと、その当時は深夜であり、かつ、一回目の火災後、本件建物の電気及びガスが止められていた(この事実は、前記各証拠により認められる。)こと等に照らすと、原告正らは、右図面等を持ち出すために食堂及び和室に入った際に、周囲の状況をそれほど詳しく見ていなかったものと推認される。また、前記認定のとおり、食堂は、一回目の火災の出火場所である夫婦寝室の直下に位置し、夫婦寝室には、多量の注水がなされたのであるから、食堂にもかなりの水が落ちていると推認される。更に、証拠(証人関恵雄及び弁論の全趣旨)によれば、一回目の火災についての被告の報告書等である乙一ないし三、同四の一ないし八、同五、同一〇の三及び四並びに同一一の八は、消防活動の専門家である消防署職員が職務上の義務として作成した公式の記録であるところ、いずれも二回目の火災直後に作成されたものであるうえ、その記載内容も具体的かつ詳細であり、その内容に矛盾した点もないことが認められる。以上の諸点のほか前記各証拠を総合的に考慮すると、前記各供述部分は採用できず、他に前記原告らの主張事実を認めるに足りる証拠はない。

また、原告らは、「現場保存を行っていた警察官は、原告らに対し、本件建物及びその中の動産についての安全看守は全面的に責任をもって行う旨告げた。」と主張し、証人河野三喜夫、原告小池正本人の各供述中には、それに沿う部分があるが、右各供述部分は、証人種田政宏及び同田本勝の各証言に照らして採用できない。

二  判断

1  争点1(二回目の火災の出火原因)について

証拠(乙一一の一、二、五ないし七及び弁論の全趣旨)によれば、二回目の火災の出火場所は、長男寝室西側の壁付近であると推認される。そして、長男寝室が一回目の火災による焼損部分と近接しているうえ、一回目の火災の際には、右寝室の直下にある和室の天井部分にも火が回っていたことは、前記認定のとおりである。原告らは、右認定の事実関係から、「二回目の出火原因が、和室を含む二階天井付近に残存していた残り火であることは容易に推認できる。」と主張する。しかし、前記認定のとおり、消防署職員は、一回目の火災において、徹底した残り火処理と鎮火から二時間二〇分後に巡視警戒をして見回りを行っており、その際も異常はなかったのであるから、二回目の火災の出火場所である長男寝室が一回目の火災の焼損部分と近接しており、一回目の火災の際に、右寝室の直下にある和室の天井部分にも火が回っていたことだけで、出火原因が残り火であると推認することはできず、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。

また、原告らは、「仮に、二回目の火災の出火原因が一回目の火災の残り火でないとするならば、その出火原因は、本件建物に侵入した第三者による放火あるいは捨てタバコ等の失火にならざるを得ない。」と主張する。しかし、前記認定のとおり、一回目の火災後、警察官が交替して現場の警戒を行っていたことに鑑みると、その間に、第三者が本件建物に侵入した可能性は低いものと考えられ、右可能性が高いことを認めるに足りる証拠もない。

ところで、前記認定のとおり、一回目の火災後、本件建物の電気及びガスが止められていたのであるから、二回目の火災については、ガスに起因する出火又は電気的原因による出火の可能性もないものと推認できる。

叙上の諸事情を勘案すると、二回目の火災の出火原因は、残り火あるいは第三者による放火又は失火のどちらかであると推認できるが、これを特定することはできないといわざるを得ない。

2  争点2(消防署職員の一回目の火災の際の消火活動について、過失あるいは重過失があるか。)について

消防署職員の消火活動が不十分なため残り火が再燃して火災が発生した場合における公共団体の損害賠償責任については、失火責任法の適用があると解すべきである(最判昭和五三年七月一七日・民集三二巻五号一〇〇〇頁、最判平成元年三月二八日・判例時報一三一一号六六頁参照)。

そこで、一回目の火災の消火活動を行った消防署職員に重大な過失があるかどうかを検討する。

前記認定の事実関係、殊に、新宿消防署等の消防署職員は、一回目の火災に対して、延焼部分及び延焼した各部屋の動産に十分な注水を行い、鎮圧までに20.46立方メートルの水を放水して消火活動を行っていること、残り火処理についても、5.04立方メートルの水を注水して、延焼した部分及びそれ以外の残り火が存在する可能性のある部分に注水していること、残り火が存在する可能性のある天井は、鳶口で破壊して注水を行い、また、本については、頁をめくりながら注水をしていること、二回目の火災の発生場所と推定されている長男寝室については、鳶口で破壊した入口部分の廊下の天井から長男寝室の小屋裏に向けて注水し、その直下にある和室についても、その天井を全部鳶口で破壊して三階床下へ注水し、南側附室、北側押入及び北側廊下の各天井裏にも水が掛かるように注水していること、その後、訴外関は、各隊と共に、投光器、強力ライト、脚立及び机等を用いて子細に確認したが、残り火、煙及び熱気等異常は認められなかったこと、鎮火から二時間二〇分後に約二〇分間にわたり巡視警戒を実施し、各室を調査し、残り火が存在する可能性のある壁には、必要により素手で触って温度の確認をしたが、異常を認めなかったこと、二回目の火災は、一回目の火災鎮火後六時間近くを経過して発生していること等に鑑みると、二回目の火災の出火原因が一回目の火災の残り火であると仮定し、かつ、消防署職員には、消防活動においてその専門家として一般人よりも高度の業務上の注意義務を負っていることを考慮しても、消防署職員の一回目の火災の際の消火活動について重大な過失があると認めることはできない。

3  争点3(警察官の火災現場保存について、過失あるいは重過失があるか。)について

火災鎮火後の警察官の行う現場保存は、事後の捜査のために出火現場を警戒して現状をそのまま保存することを目的としているのであって、現場に存在する私有財産の保護を直接的な目的としているものではない。そして、前記認定のとおり、一回目の火災鎮火後から、戸塚警察署では、勤務員一名を一時間ないし二時間交替で現場保存のための警戒(本件建物出入口付近の重点警戒と約二〇分毎の外周警戒)にあたらせていたところ、二回目の火災が発生した当時現場保存にあたっていた訴外種田は、同日午前四時三〇分ころから、まず、本件建物の道路を外周警戒し、次に、本件建物一階に駐車中の警戒車両(前面を道路側に向け、本件建物の出入口付近が見渡せる状態であった。)の運転席に乗車し、右車両の窓を三分の一程開けて、約一五分間、本件建物の出入口付近の警戒を行った後、再び同じ経路で外周警戒を行い、本件建物の出入口付近に立って警戒を行い、更に、右警戒車両内で警戒を行っていた間に、物が落ちる音がしたので、道路に出た際に、二回目の火災を発見し、携帯無線で戸塚警察署に再出火の連絡をしたが、右道路に出たときに第一発見者の訴外諏訪が第一通報者である訴外直子の自宅の玄関の方に走っていったのを見ていることからすると、右連絡も第一通報からさ程遅れていないと推認される。火災鎮火後に警察官の行う現場保存の目的が前記のとおりであることのほか、右警察官による警戒状況等に徴すると、仮に、二回目の火災の出火原因が一回目の火災の残り火あるいは第三者による放火又は失火であったとしても、現場保存を行った警察官には、その職務執行について重大な過失があると認めることはできないし、過失があると認めることもできない。

第四  結論

以上の次第で、二回目の火災の出火原因については特定できないうえ、仮に、二回目の出火原因が、一回目の火災の残り火あるいは第三者の放火又は失火であったとしても、消火活動を行った消防署職員及び現場保存を行った警察官に重過失は認められず、右警察官については過失も認められないから、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がないので棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官飯田敏彦 裁判官田中治 裁判官井上直哉)

別紙<省略>

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