東京地方裁判所 平成4年(ワ)10699号 判決 1993年7月28日
原告
野上悦子
右訴訟代理人弁護士
石葉泰久
上村正二
石川秀樹
田中慎一郎
被告
大久保三郎
右訴訟代理人弁護士
鈴木敏夫
主文
一 被告は原告に対して、別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。
二 被告は原告に対して、平成四年四月一日から右建物明渡まで一か月金一三万円の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
四 この判決は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一原告
主文同旨。
二被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一本件の概要
1 本件は、原告が被告に対して、別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)の明渡しと平成四年四月一日から右明渡済みまで一か月金一三万円の割合による賃料相当額の損害金の支払いを求める事案である。
2 基本となる事実関係は、次のとおりである。
(一) 原告は、平成二年六月一一日、亡新村甚了(以下亡甚了という)から本件建物を相続により取得した(原告本人尋問及び<書証番号略>)。
(二) 亡甚了は、昭和五二年四月ころ、本件建物を被告に賃貸した(以下本件賃貸借契約という)。
(三) 亡甚了と被告間において、昭和五七年三月八日、①本件建物の賃貸借契約を合意解除したが、その明渡しについては平成四年三月末日まで猶予することとし、その間の賃料相当の損害金は、解除当時の金五万円のまま据え置くという合意もしくは②本件建物の本件賃貸借契約を昭和六七年三月末日をもって解除する旨の期限付合意解約に関する合意(以下右主張を総称して本件合意という)をした。
(四) 原告は、平成二年六月一一日、本件建物を亡甚了から相続した。
(五) 被告は、平成三年三月末日を経過するも本件建物を明け渡さない。
(六) 平成四年四月における本件建物の賃料相当額は、少なくとも一か月金一三万円を下回らない。
二争点
1 本件合意は、①本件賃貸借契約の更新が行われたか、②本件賃貸借契約が昭和五七年三月八日解除され、その明渡しを平成四年三月末日まで一〇年間猶予し、右猶予期間における賃料相当額を金五万円のまま据え置くという合意が成立したか、③本件賃貸借契約を平成三年三月末日限り解除する旨の期限付合意解約が成立したか否かである。
2 仮に、本件合意が一〇年後に明け渡すことを約したものであるとすれば、借家法六条により無効であるか否かである。
第三証拠<省略>
第四当裁判所の争点に対する判断
一本件合意について
原・被告間において、昭和五一年一二月一七日、本件賃貸借契約が締結されたこと(<書証番号略>、被告本人)、亡甚了は、昭和五四年三月三〇日、被告に対して本件建物を自己が使用する必要があることを理由としてその明渡し方を求めたが(<書証番号略>)、被告はこれに応じかねる旨の書面を亡甚了に対し差し出たこと(<書証番号略>)、その結果、本件賃貸借契約の契約期間は昭和五六年一二月一三日まで伸延されたこと(<書証番号略>)、亡甚了は、昭和五六年五月六日、被告に対して生活上の不便があるので賃貸料の増額を遠慮し本件建物明渡を先決とするので、本件賃貸借契約期間の満了の際には更新をしない旨を通告したが(<書証番号略>)、被告において子供が大きくなるまでは本件建物に居住していたい等という申入れがなされたこと(原告本人)、亡甚了は被告に対して本件建物の明渡しを強く求めていたが、結局、亡甚了は被告に対して本件建物を引き続き使用せしめることとしたこと、被告は亡甚了に対して、昭和五七年三月八日、「明渡の件は昭和六七年三月末日に退去を確約します(賃借料は据置とする)」旨を記載した予約書なる書面を作成交付したこと(<書証番号略>)、原告は、本件建物の明渡しに至るまでの間、賃料として一か月金五万円の支払いを受けていたことの各事実が認められる。
右事実によると、原告は、本件建物を昭和六七年三月末日まで賃料は従前のまま一か月金五万円として引き続き賃貸すること及び被告は右期間の満了により本件建物を明渡すという合意が成立し、その旨の書面が作成されたものと認められる。そうであるとすれば、本件合意は、本件賃貸借契約の期限付合意解約であると解するのが相当であり、したがって、本件賃貸借契約は、昭和六七年三月末日の到来により解約されたものと解される。
ところで、被告は、亡甚了から本件建物を近所の寿司屋に売るので一〇年後に明渡してもらいたい旨をいわれ、前記のような内容の記載をした承諾書を書いたが、その後、右寿司屋に右売買の件をたずねたところ、売買には携わっていないということであり、亡甚了からもその後何の連絡もなかった旨を供述するが、本件関係証拠によるも、亡甚了の被告に対する本件建物明渡しの目的・動機が被告の供述のとおりであると認めることはできないから、本件合意の成立後、亡甚了から何らの連絡がなかったとしても、本件合意の効力を消長するものでないことは明らかであり、他に本件合意が左右されるべきことを認める証拠もない。
二借家法六条違反について
本件合意は、右に認定したように、被告に対して一定期限後に本件建物の明渡しを約せしめたもので、本件賃貸借契約の期限付合意解約と解される。被告は右合意解約は借家法六条に違反する合意であるからその効力を否定するべきである旨主張する。
本件合意は、従来存続していた一定の期間従前のまま使用を継続することを是認し、右期限の到来により本件建物を明渡すということを内容とするいわば期限付合意解約を定めたものであり、このような合意は他にこれを不当とする事情の認められない限り許されないものでなく、したがって右のような合意をしたからといって、直ちに借家法六条にいう借家人に不利益な条件を設定したものと解することはできないというべきである。
本件において右期限付合意解約を不当とする事情の有無を検討するに、被告は、本件賃貸借契約を締結した際、亡甚了に対し権利金として金一二〇万円を支払ったが、右権利金は当時としては高額であったこと、本件建物において被告が車椅子のシートの製造をして、家族五名が居住しており、内一名は身体障碍認定を受けていること等の事情から直ちに転居することは困難であること等を主張しこれに添う供述をするが(<書証番号略>、被告本人)、一方、亡甚了は、自己使用の必要性から本件賃貸借契約の期間が満了するにあたって契約更新を拒絶したが、被告の事情を考慮して、賃料は従前のまま一か月金五万円に据え置いたまま昭和六七年三月末日まで賃貸借を継続することを約したこと(<書証番号略>、原告本人)、被告は、右期限の到来により本件建物の明渡しを約したが、本件賃料は、本件賃貸借契約の当初である昭和五一年一二月一七日から右期限付合意解約の期限到来に至るまでの間、改訂されることなく金五万円のまま据え置かれ比較的低廉な賃料のまま据え置かれていたこと、本件賃貸借の合意解約に至るまで一〇年という期間があったにもかかわらず、この間、被告において明渡しを前提とした配慮等をした事情も何ら窺えないこと等の事実が認められる。右のとおりであるから、被告が右供述するような事実を斟酌しても、これが本件合意を不当とする事情に該当すると認めることはできない。
三本件賃貸借締結当時である昭和五一年一二月一七日の賃料が一か月金五万円であったこと、本件賃貸借の合意解約がなされた平成四年四月一日まで約一六年を経過していること、被告側の本件建物の使用の要請や明渡しの確約等の事情を考慮して賃料が据え置かれたこと、<書証番号略>により認められる本件建物の土地の借地権価格や本件賃料設定時からの諸物価等の経済的指数等の事実を総合すると、本件建物の平成四年四月一日現在の賃料相当額は一か月金一三万円を下らないものと認められる。
四右の事実によると、原告の被告に対する本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官星野雅紀)
別紙物件目録
所在 東京都北区赤羽北二丁目一九四一番地二
種類 居宅
構造 木造セメント瓦葺二階建
床面積 一階 33.05平方メートル
二階 33.05平方メートル
(未登記)