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東京地方裁判所 平成4年(ワ)16565号 判決 1994年7月22日

原告

ベーベーエス・クラフトファールツオイグテクニク・アクチエンゲゼルシャフト

右代表者社長

ハインリッヒ・バウムガートナー

右訴訟代理人弁護士

竹内澄夫

矢野千秋

小岩井雅行

被告

株式会社ラシメックスジャパン

右代表者代表取締役

井上伸一

被告

株式会社ジャップオートプロダクツ

右代表者代表取締役

井上伸一

被告両名訴訟代理人弁護士

大原義一

主文

一  被告らは、別紙イ号製品目録及びロ号製品目録記載の自動車の車輪を輸入し、販売し、又は、販売のために展示してはならない。

二  被告らは、原告に対し、各自金四八二万〇九〇九円及びこれに対する平成四年一〇月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告らの負担とする。この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

一主文第一項同旨

二被告らは、被告らが各々占有する別紙イ号製品目録及びロ号製品目録記載の自動車の車輪を各自廃棄せよ。

三被告らは、原告に対し各自金一一一八万〇七七六円及びこれに対する平成四年一〇月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、自動車の車輪についての特許権を有する原告が、いわゆる並行輸入商品である車輪を輸入、販売する被告らの行為の差止め及び損害賠償等を求めた事案である。

一基礎となる事実(括弧内の証拠によって認定した事実以外は争いがない。)

1  原告は、以下の特許権を有する(本件特許権。その発明を「本件特許発明」という。)。

(一) 発明の名称 自動車の車輪

(二) 出願日 昭和五八年一〇月二九日(一九八三年五月二七日のヨーロッパ特許出願に基づく優先権主張)

(三) 出願公告日 平成二年一月一二日

(四) 登録日 平成三年一二月二〇日

(五) 登録番号 第一六二九八六九号

2  本件特許の特許請求の範囲

本件発明の特許願に添付した明細書の特許請求の範囲1の記載は、本判決添付の特許公報の該当項記載のとおりである。

3  本件特許発明の構成要件

A スポーク盤はほぼ円盤状の形状をし、

B その中央には回転軸線に共軸的に中央孔が設けてあって、

C 該中央孔のスポーク盤外面よりには固定部が形成してあり、

D さらに、スポーク盤外面には回転軸線に共軸的に該中央孔をとりまく円形の凹みを設けてあり、

E 該凹みにはスポーク盤を自動車の車軸に固定するためのねじボルトを通すための多数個の貫通孔が設けてあり、

F この場合スポーク盤の内面は自動車の車軸へ組み付けられる状態に形成されてあり、

G 車輪キャップは軸部と頭部を有する固定部材と中央孔を有したカバープレートとからなり、

H 該固定部材は該軸部が該カバープレートの該中央孔を通って該スポーク盤の該中央孔固定部に固定可能であり、該頭部は該カバープレートに対する接触面を有していて、

I それにより該カバープレートを該スポーク盤に固定することが可能になっており、

J 該カバープレートは該貫通孔のついた該スポーク盤の該凹みを少なくともカバーするようになっているスポーク盤と車輪キャップとの付いた自動車の車輪であって、

K スポーク盤一一、一一〇は軽金属製であり、中央孔固定部二二、二二〇はスポーク盤一一、一一〇に直接穿設されかつまた五センチメートル以上の直径を有し、

L カバープレート二七、二七〇は、固定部材二八、二八〇の頭部の接触面と共に、ほぼ対向する環状面三一、三一〇のところで内側からスポーク盤一一、一一〇の対向面二四、二四〇に接触可能であることを特徴とした上記スポーク盤と車輪キャップとを有する自動車の車輪

4  被告らの行為

(一) 被告株式会社ジャップオートプロダクツ(被告ジャップオート)は、少なくとも平成四年八月頃まで、別紙イ号製品目録記載の自動車用アルミホイールBBS・RS(イ号製品)並びにロ号製品目録記載の自動車用アルミホイールロリンザーRSK(ロ号製品)を輸入してこれを被告株式会社ラシメックスジャパン(被告ラシメックス)に販売し、被告ラシメックスは、少なくとも平成四年八月頃までイ号製品及びロ号製品を販売していた。

(二) 被告らは、現在は本件係争中であるため、右各製品の輸入、販売は行っていないものの、今後も、右各製品を輸入、販売するおそれがある(争いのない事実、甲第三号証の一、二、弁論の全趣旨)。

5  イ号製品及びロ号製品は、いずれも本件特許発明の技術的範囲に属する。

6(一)  イ号製品は、原告がドイツ国内において製造、販売した製品であり、ロ号製品は、原告がドイツのロリンザー社からの委託を受けて製造し、ロリンザー社に販売した製品である(争いのない事実、甲第一二号証)。

(二)  原告は、ドイツにおいて本件特許発明と同一の発明について特許権(ドイツ特許権)を有しており、イ号製品及びロ号製品は、いずれもドイツ特許権の権利範囲に属する実施品である(弁論の全趣旨)。

7(一)  原告は、被告ら以外の我国の自動車メーカー等に対して、本件特許権の通常実施権を設定しているが、その実施料率は工場出荷額の七パーセントである(甲第一二号証)。

(二)  被告ラシメックスが、平成二年一月一二日から平成四年六月二九日までの間に販売したイ号製品の販売額の合計は五七四七万七五七六円であり、平成二年一月一二日から平成四年六月八日までの間に販売したロ号製品の販売額の合計は一一三九万二五六〇円であって、その総計は六八八七万〇一三六円である(争いのない事実、甲第三号証の一ないし三)。

8  被告らは、本件紛争の発生後、イ号製品及びロ号製品の他へ販売済みのものを除く在庫を輸入の際の売主へ返品したので在庫はない(乙第四号証及び乙第五号証の各二、弁論の全趣旨)。

二争点

1  いわゆる真正商品であるイ号製品及びロ号製品の並行輸入、販売は、そのことによって我国での原告の特許権の侵害を否定する事由となるか。

(一) 被告らの主張

(1) パリ条約四条の二(1)は、特許独立の原則ないし属地主義の原則を定めている。しかしながら、特許権の属地主義の原則がいかなる限度まで適用されるべきであるか、すなわち、我国特許権の属地性をどの範囲で認め、属地性をどのように緩和するかは、我国特許法の目的である発明の保護とその利用の双方に照らして、紛争の利益状況をどのように衡量するかの解釈適用に委ねられているのである。

(2) 本件においては、ドイツにおいてイ号製品及びロ号製品を製造した特許権者と日本における特許権者はいずれも原告であって、全くの同一人格である。原告が特許料込みで適法に製品を販売した場合、原告はこれによって既に特許の目的を達し、製品について特許権に基づく追及権は消耗すると解される。それが流通を経て日本に輸入された場合には再び販売の差止め及び特許料の請求ができるとするのは不合理であり、特許料の二重取り等の過分の利益を与えるものである。右のような場合に並行輸入が許容されたとしても、原告は日本国内で違法に本件特許権を侵害して製造された商品に対しては特許権を行使できるし、外国で第三者が本件特許権を侵害して製造した商品の我国への輸入を差し止めることはもちろんできるのである。真正商品の並行輸入が許容されたとしても、原告は日本において特許の登録をする十分な理由はあるし、特許料を納めるだけの十分な保護を受けられるのである。被告らが主張しているのは、特許独立の原則、属地主義の全面的な否定ではなく、本件具体的事例に則した一部の修正にすぎず、発明の保護に欠けるところはないのである。

一方、特許の利用という特許法のもう一つの目的からは、被告らの行ってきた原告製品の並行輸入は、特許品を利用する消費者に利益にこそなれ不都合なことはなに一つ存しない。世界において、国家間の障壁をなるべく取り払い自由な貿易を目指そうという流れがある。これに対し我国では、輸入品について総代理店制のもと、一手販売権による高価格政策がとられ、それが同一物品の大きな内外価格差となって現われていた。しかし、我国において他の地域より著しく高い価格で販売を続けようとすることは、経済の国際化が進む中で無理なことであり、並行輸入が行われるようになることは自然の流れである。また、並行輸入が許容されると、流通ルートが複数化され、輸入総代理店の価格形成に対し競争圧力として機能することにより、国内市場における競争を促進し、内外価格差を押さえる効果をもつ。

(3) 被告らは、昭和六〇年頃から、本件イ号製品及びロ号製品を含む原告製品及びドイツのロリンザー社製のホイールを輸入し、国内で販売してきた。その間何の問題も生じていなかったが、平成四年七月に至って突然、原告から、本件イ号製品、ロ号製品につき特許権侵害との警告書が送られてきた。被告らとすれば、そもそも特許成立について疑義があること(公知技術の疑いがある。日本国内で他のメーカーが類似品を製造、販売している。)、原告が自ら特許料込みでドイツで販売した製品につき日本国内で再び特許料を請求することは特許料の二重取りであり常識に合わないこと、特許品は通関段階で輸入差止手続ができるにもかかわらず、なぜかこれをせずに放置していたこと等の不満があったが、争いは望まないため、原告の主張に沿って、指定の本件特許製品については今後輸入、販売は行わない、既販売分について原告主張の三パーセントのロイヤルティーを支払う旨の和解案を提示した。ところが、原告は右和解案に加えて、原告及びロリンザー社の全製品を今後取り扱わないことを確約するのでなければ、和解には応じられない旨表明した。原告及びロリンザー社の製品には本件特許製品以外のものも多数あり、これを輸入、販売することは並行輸入として適法であり、むしろ自由貿易、価格競争の見地から奨励されているものである。まして、ロリンザー社は全くの第三者であり、その全製品の輸入、販売の中止を求めるなど筋違いも甚だしいものであった。

原告が被告らに要求しているものは、適法なものまで含めた並行輸入の全面的な禁止であり、このような行為は不当な拘束条件付取引(一般指定一三項)、又は競争者に対する取引妨害(一般指定一五項)に該当し、独占禁止法違反として違法であり、それを目的としている本件訴訟は権利の濫用である。

(二) 原告の主張

(1) パリ条約は、第四条の二(1)、(2)において、(1) 同盟国の国民が各同盟国において出願した特許は、他の国(同盟国であるか否かを問わない)において同一の発明について取得した特許から独立したものとする、(2) (1)の規定は、絶対的な意味に、特に、優先期間中に出願された特許が、無効又は消滅の理由についても、また、通常の存続期間についても、独立のものであるという意味に解釈しなければならない旨規定する。

右規定は、いわゆる特許独立の原則といわれる規定であり、特許権の存立及び効力について、権利を付与した国の法律によって決定されるという属地主義の原則を定めたものである。

したがって、同一発明につき複数の国において特許権を得るためには、国ごとにその国の定める法に従って手続をする必要があり、かつ、一旦特許権が付与された場合においても、その特許権は各々国ごとに独立のものであって、その効力は当該特許権を付与した国の法律により定められることになる。

よって、たとえばA国においてその特許製品を適法に拡布された場合、A国におけるA国特許権は用尽することになるが、右A国特許権の用尽は、右A国特許権と同一発明であるB国における特許権に影響を与えることがなく、A国において適法に拡布された特許製品がB国に輸入されたとしても、B国特許権侵害に基づいて輸入を差し止めることができるのである。すなわち、国際的用尽説は認めることができない。

(2) 特許権の実施料は、特許権の対象となる発明の市場価値によって決定され、その発明の価値は、その国の市場規模、構造により異なってくるのは当然である。そして、その実施料は国内市場を基準として決定されるのであるから、市場の外、すなわち国外に輸出することまで右実施料の算定には含まれていないのである。それにもかかわらず、たとえばA国における特許製品の適法な拡布により、B国特許権が用尽するとすれば、特許権者に予期せぬ不利益をもたらすことになる。

(3) 並行輸入を否定することにより、市場の特性に応じた投資が可能となることから、ライセンサー、ライセンシーともにライセンス契約を締結する動機づけが高まることになる。

現代技術は複雑化しており、実質的には特許が公開されただけではその技術を実施することは不可能であり、特許権のライセンスを受けるとともにノウハウの供与を受ける必要があるのである。したがって、新技術に関するライセンス契約を締結する動機づけを高めることにより、ノウハウも含めて技術情報の効率的伝達が可能となるとともに、実施権者による改良技術の研究開発が可能となる。この結果、国ごとの実施権者ごとに、その市場の特性に応じた多様な新技術の出現が可能となり、技術の進歩に寄与することになるのである。

確かに、並行輸入を肯定すれば、製品開発能力のある大企業は製造コストの低い国に生産拠点を集中し、短期的には製品の価格は安くなり、消費者は利益を受けることになる。しかし、長期的には、市場ごとの特性に応じた投資をなすことは製品コストを上昇させるだけであるから、ライセンスへの動機づけが乏しくなり、仮にライセンスしたとしても、実施権者は世界全体に輸出可能であるから、ライセンス料は高くならざるを得ず、結局、いくつかの大企業に世界市場を独占させて、選択的市場を促進しようとする中小企業の発展を阻害することになる。

2  原告の損害額

(原告の主張)

原告は、原告が被告らの特許権侵害行為によって被った損害として、特許法一〇二条二項に規定する「通常受けるべき金銭の額」を請求する。

(一) 実施料率

原告は、本件特許権について、他の会社(自動車メーカー等)に対しても通常実施権を設定しているが、この場合の実施料率は、前記のとおり七パーセントである。

しかし、これは、本件特許権に関連する製品の他に原告の日本法人である日本ビービーエス株式会社(以下「日本ビービーエス」という。)の取り扱う製品を購入すること及び技術協力を得る等の事情があるために、市場価格よりも低い実施料を設定しているものである。右のような事情のない場合は、結局は日本ビービーエスが製品の品質まで保証していない並行輸入されたイ号製品及びロ号製品まで、日本ビービーエスが品質保証からアフターケアまでしなければならず、かえって、日本ビービーエスが余分な経費を負担することになるのである。したがって、本件のように日本ビービーエスと関連のない企業に対する本件特許権の実施料率は、販売価格の一〇パーセントとすべきである。

(二) 被告ラシメックスに関する通常受けるべき金銭の額

被告ラシメックスが、平成二年一月一二日から平成四年六月二九日までに販売したイ号製品の販売額は、五七四七万七五七六円、ロ号製品の販売額は、一一三九万二五六〇円である。

したがって、被告ラシメックスに関する通常受けるべき金銭の額は、イ号製品分及びロ号製品分を合わせて六八八万七〇一三円となる。

(5747万7576円+1139万2560円)×0.1

=688万7013円

(三) 被告ジャップオートに関する通常受けるべき金銭の額

被告ジャップオートは、被告ラシメックスと代表者を共通にする会社であって、イ号製品及びロ号製品の販売についても、被告ジャップオートがその仕入(輸入)価格で、被告ラシメックスに販売するという密接な提携関係を有するものである。そして、被告ジャップオートの被告ラシメックスに対する販売価格は、イ号製品については、平均して被告ラシメックスの販売価格の六四パーセント、ロ号製品については、平均して被告ラシメックスの販売価格の五四パーセントである。よって、右(二)の被告ラシメックスが販売したイ号製品についての被告ジャップオートの販売額は三六七八万五六四八円、ロ号製品についての販売額は六一五万一九八二円であり、その総計は四二九三万七六三〇円である。

したがって、被告ジャップオートに関する通常受けるべき金銭の額は、イ号製品分及びロ号製品分を合わせて四二九万三七六三円となる。

4293万7630円×0.1=429万3763円

(四) 右のとおり、原告は、被告ラシメックスの本件特許権侵害行為によって、六八八万七〇一三円の損害を被り、被告ジャップオートの本件特許権侵害行為によって、四二九万三七六三円の損害を被った。

被告ラシメックス及び被告ジャップオートは、代表取締役が同一人で、会社所在地も同一であり、かつ、被告ジャップオートが輸入を担当し、被告ラシメックスが被告ジャップオートの輸入したイ号製品及びロ号製品を全量仕入れて販売しているのであるから、被告らの行為は客観的に関連共同している。

したがって、被告ラシメックスと被告ジャップオートの各自の本件特許権侵害行為は、共同不法行為と認められるから、被告らは、原告に対し、各自連帯して、右六八八万七〇一三円と四二九万三七六三円の合計金一一一八万〇七七六円を支払う義務がある。

第三当裁判所の判断

一争点1について

1  本件においては、前記認定のとおり、原告は、本件特許発明と同一の発明についてドイツ特許権を有しており、被告らがかつて輸入、販売したイ号製品及びロ号製品がドイツ国内において原告によって製造、販売された時期と右ドイツ特許権の効力発生時期の先後については証拠上必ずしも明らかではないものの、少なくとも、被告らが今後、輸入、販売する可能性のあるイ号製品及びロ号製品については、原告がドイツ特許権の効力発生日以後にドイツ国内において製造、販売した商品が含まれると考えられるので、以下、このように原告がドイツ国内における原告の特許権に基づいて適法に拡布した製品について、日本国内でさらに我国の特許権を行使することが許されないか否かについて検討する。

2 特許法二六条は、「特許に関し条約に別段の定があるときは、その規定による。」と定めているから、この争点については、まず、工業所有権の保護に関するパリ条約四条の二の規定の規定するいわゆる特許権独立の原則との関係について検討する必要がある。

パリ条約四条の二は「(1) 同盟国の国民が各同盟国において出願した特許は、他の国(同盟国であるかどうかを問わない。)において同一の発明について取得した特許から独立したものとする。(2) (1)の規定は、絶対的な意味に、特に、優先期間中に出願された特許が、無効又は消滅の理由についても、また、通常の存続期間についても、独立のものであるという意味に解釈しなければならない。」と規定している。

この規定は、特許権の相互依存(非独立)は条約の精神に反するとの考えから設けられたものであり、ここで念頭に置かれている独立とは、各国の特許権自体の無効、消滅、存続期間等が他国の特許権自体に影響を与えないということであって、特許権自体の存立とは直接関係のない、個々の転々流通する実施品に特許権を行使し得るかという特許権の行使の可否の問題について規定しているわけではないと解すべきものである。したがって、甲国内で甲国の特許権を有する特許権者が適法に拡布した製品について、右適法な拡布を理由として、我国における特許権を行使し得ないものと解することが、パリ条約四条の二の規定によって否定されるわけではない。

次に、属地主義の原則について検討する。

属地主義の原則とは、国際私法上の一原則であって、法の適用、効力範囲をそれが制定された国家領域内においてのみ認めようとする主義であり、特許権についていえば、その成立、移転、効力などをすべてその権利を付与した国の法律によって決定し、かつ、その効力はその領域内に限られることを意味する。したがって、我国における特許権者が我国内でその権利を行使することに関し、我国の裁判所が、我国の法の解釈として、権利行使の対象となっている製品が、同一の発明について外国で付与された特許の実施品であり、当該国で適法に拡布されたものであることを考慮して権利の行使を制限することも属地主義の原則に反するものではない。

以上のように、特許権独立の原則を定めるパリ条約四条の二及び属地主義の原則は、真正商品の並行輸入の許否の判断を直接左右するものではない。

3  そこで、我国特許法の解釈として、外形的には、我国の特許権の侵害に当たる輸入、販売行為が、真正商品の並行輸入、販売であることによって、特許権の侵害とならないものということができるかについて検討する。

(一) 我国の国内において、特許権者自身又は特許権者から許諾を受けた者が販売した特許発明の実施品を業として再販売したり、使用する行為は、特許法二条三項一号所定の発明の実施に該当し、外形上、特許権者の有する特許発明を実施する権利の専有を侵害するかのようであり、しかも、そのような行為が特許権の侵害とならないとする明文の規定はない。

しかし、特許権者自身又は特許権者から許諾を受けた者が特許発明の実施品を譲渡することにより、その物については、特許権は用い尽くされたものであり、以後、その物の販売、使用に対し、当該特許権の侵害を主張して差止めあるいは損害賠償を請求することはできないものと解するのが相当である(特許権の用尽)。そう解するのが現在の特許法立法当時の共通の理解であったもので、特許権者又は特許権者から許諾を受けた者が特許発明の実施品を譲渡する際に、特許権者には独占販売による利益あるいは実施許諾料という形で、特許権者としての利益を確保する機会があり、多くの場合その利益を得ているのに、それより後の当該実施品の再販売、使用について特許権の侵害として差止めあるいは損害賠償を認めることは、特許権の効力を強いものとするあまり、商品の流通を妨げ、産業の発展を阻害する結果を招き、「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与する」という特許法の目的(特許法一条)に反することになり、特許制度による特許権者と社会公共の利益の調整についての社会一般の意識にも反するからである。

(二) ところで、真正商品の並行輸入といっても、我国における特許権者と最初に拡布された外国における特許権者との関係、当該外国における特許権者の保護の程度等には種々の場合が考えられるが、本件の場合、我国における特許権者、ドイツにおける特許権者は共に原告であり、また、ドイツにおける特許権者である原告の保護に特別の制限が加えられたことを認めるに足りる証拠はないから、原告はイ号製品、ロ号製品のドイツ国内における販売について、特許権者としての利益を確保する機会があるものと認めるのが相当である。

(三)  我国における特許発明と同一の発明について外国で特許権を有する者自身又はその外国の特許権者から許諾を受けた者が外国で販売した特許発明の実施品を、業として我国へ輸入し、販売し、使用する行為が、特許法二条三項一号所定の発明の実施に該当し、文言上、我国の特許権者の有する特許発明を実施する権利の専有を侵害するものと解されること及びそのような行為が特許権の侵害とならないとする明文の規定がないことは、(一)に説明した場合と同様である。

そして、外国における特許発明の実施品の譲渡によりその国における特許権が用い尽くされたことを理由として、我国への当該商品の輸入や、我国での販売、使用が我国での特許権の侵害に当たらないとすることが、「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与する」との特許法の目的に沿うものとも、特許制度による特許権者と社会公共の利益の調整についての国際社会における意識に合致するものとも認められない現在においては、特許法の文言のとおり、当該商品の輸入、販売、使用は我国の特許権を侵害するものというべきである。

(四)  すなわち、現在の世界の特許制度は、世界を一つの法域として一個の特許制度があるのではなく、各国がそれぞれの国内で効力を有する特許制度を有するものであり、したがって、新しい技術を公開して技術の進歩と産業の発展に寄与した者にその代償として特許権という独占権を認め、発明のための投資の回収と利益獲得の機会を与えるという、特許制度の存在理由も、国毎に考えられるものである。同一の発明について複数の国で特許されることを望む者は、各国に出願し(あるいは国際出願後各指定国において所定の手続を経て)、各国で独立に特許の要件の審査を経て特許を受けることを要するのであり、右のようにして、同一の発明について複数の国で特許権を得た者は、それぞれの国における技術の公開によるその国の技術の進歩と産業の発展への寄与の代償として、付与された特許権の効力により、当該特許発明の実施品である商品のその国への輸入や最初の譲渡をその国毎に支配することが認められているのである。

我国の特許法も右のような状態を当然の前提として立法されたものであり、現行特許法の立法当時外国における特許権者自身又はその者から許諾を受けた者が外国で販売した特許発明の実施品を、業として我国へ輸入し、販売し、使用する行為が、同じ発明についての我国の特許権を侵害するものではないと解すること(特許権の国際的用尽)が、我国における共通の理解であったものとは認められない。

そうすると、同じく明文の規定を欠くとはいっても、国内における特許権の用尽の理論は現在の特許法の立法当時から我国における社会の共通の理解として、特許法が前提としていたものと言うことができるのに対し、特許権の国際的用尽は、現在の特許法が前提としていたものとは認められないから、業としての並行輸入及び並行輸入品の販売、使用は、文言のとおり、我国の特許権の侵害に当たるものと解するのが素直な解釈である。

また、国際的用尽を認めず、特許権者が真正商品の並行輸入を差し止められるとすれば、外国で自ら適法に拡布した製品について、再度他国で同一発明についての特許権を行使し得るということになり、その結果、商品の自由流通が阻害され、特許権者に国別の市場支配を許し、同一商品の内外価格差が維持され、あるいは独占価格によって我国消費者の利益を害するおそれがある等被告らが前記第二の二1(一)(2)に主張するような問題点が指定される一方で、原告が第二の二1(二)(3)に主張するようにライセンス契約を締結する動機づけが高まり、国毎の手続の特性に応じた多様な新技術の出現が可能になり技術の進歩に寄与するとの指摘もいちがいに理由のないことと言えず、逆に国際的用尽を認めて、特許権者が並行輸入を差し止められないとした場合、商品の流通を促進し、内外価格差のある商品に一定の価格競争が行われる可能性があり、消費者の利益になると言えるとしても、原告が前記第二の二1(二)(3)に主張するように、我国へのライセンスの動機が弱まり、技術発展の契機が失われ、仮にライセンスが行われる場合にも、諸外国においても並行輸入が認められれば、我国の特許権についてライセンスをすることは、全世界への輸出を許諾するのと同様になり、許諾料もそれに応じて高額とならざるを得ず、その支払いが可能な大企業が実施権者となることにより、長期的にはかえって大企業に世界市場を独占させ、選択的市場を促進しようとする中小企業の発展を阻害することになるとの見解もあり、真正商品の並行輸入を認める場合にもたらされる結果、ことにそれが我国の産業に短期的、長期的に及ぼす影響については十分な認定資料がなく、現段階において、並行輸入を認めることが、「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与する」という特許法の目的に沿うものということはできない。

また、諸外国においても、我国と産業発展の程度を同じくする諸国の裁判例においては、条約の締結されたEU域内諸国間の輸出入の場合以外には、真正商品の並行輸入が輸入先の国における特許権を侵害すると判断される例が多いとされ、GATT、WIPO等の国際会議においての諸外国の対応についての報告によっても、真正商品の並行輸入が輸入先の国の特許権を侵害しないものとすることについて国際的な認識が一致しているものとは認められず、むしろ特許権の侵害に当たるとの認識も有力であると認められる(甲第六号証、甲第八号証、甲第一一号証、乙第七号証)。これらの諸外国における社会的認識も、我国の国内法の解釈上の問題とはいえ、国際的な通商問題、多国間の特許権保護のあり方に関係する本争点について検討する上で考慮する必要がある。

以上のような点を総合すれば、現在においては、真正商品の並行輸入が我国における特許権を侵害するものとすることが、社会的に是認され得ない状況にまで至っているということはできない。

また、被告らは原告が本件訴え提起前に被告らに対し要求した和解案の内容が独占禁止法に違反する内容であり、権利の濫用であると主張するが、仮にそのような事実があったとしても、当事者間の話し合いの過程における原告の一方的な要求にすぎず、本件においてそのような内容の請求をしているものでもないから、これによって、原告の本訴による権利の行使が濫用となるものではない。

二争点2について

1  被告らが輸入、販売するイ号製品、ロ号製品はいずれも本件特許発明の技術的範囲に属するものであるから、被告らは、本件特許権及びその仮保護の権利を侵害するものであって、右侵害の行為について過失があったものと推定される。

2  以上の認定、判断によれば、被告ジャップオートはイ号製品及びロ号製品を輸入してこれを全て被告ラシメックスに販売し、これを更に被告ラシメックスが他へ販売したもので(甲第三号証の一ないし三、弁論の全趣旨)、かつ、被告らの代表者は同一人であって、両被告はあたかも同一会社の輸入部門と国内販売部門のような密接な関係にあるもので、被告らの行為は共同不法行為に当たる。

3  そこで、原告が被った損害の額について検討する。

前記基礎となる事実7(二)によれば、被告ラシメックスの販売価格はイ号製品については五七四七万七五七六円、ロ号製品については一一三九万二五六〇円であって、その総計は六八八七万〇一三六円である。

そして、原告が被告ラシメックスから通常受けるべき実施料の率は前記基礎となる事実7(一)によれば、右販売価格の七パーセントと解するのが相当である。原告は、他の業者に通常実施権を設定する場合の実施料率と本件損害を算定するについての実施料率は異なるべきであると主張するが、これを異なるとすべきだけの資料、根拠は存しない。また、前記のとおりイ号製品は原告が製造、販売している製品であり、ロ号製品は原告がロリンザー社から委託を受けて製造、販売している製品であるが、この点によって原告が実施許諾契約を締結する場合の実施料率が異なるものとは認められない。

以上によれば、原告が被告ラシメックスから通常受けるべき利益の額は四八二万〇九〇九円となる。

原告は、被告ジャップオートの輸入、販売についても、別個に実施料相当額を算定し、被告ラシメックスの販売についての実施料相当額と合算して請求している。しかしながら、特許発明の特定の実施品が製造業者又は輸入業者、卸売業者、小売業者と順次転々流通する場合においては、特許権者は各段階の販売者のうちのいずれか特定の者(多くの場合製造業者又は輸入業者)とのみ実施契約を締結して実施料を取得し、それ以降の販売者には特許権の効力が及ばない(用尽)ものとなり、一個の実施品の流通から一回だけ実施料を取得できるのが通常であるから、共同不法行為の場合の損害額も右のような通常の場合において特許権者が取得し得る実施料の額にとどまると解するのが相当である。そうすると、被告ラシメックスについて通常受けるべき金銭の額として前記のとおり算出した額は、通常、特許権者である原告が本件特許権の実施品の転々流通によって取得し得る通常の実施料額に達しているものと認められるから、被告ジャップオートが特定のイ号製品、ロ号製品を輸入し、被告ラシメックスに譲渡したことについての実施料相当額は、被告ラシメックスの当該イ号製品、ロ号製品の販売についての実施料相当額によって評価し尽くされているものというべきであり、被告ラシメックスの実施料相当額に加えて被告ジャップオートの実施料相当額を加算するのは相当でない。

そうすると、前記四八二万〇九〇九円が、原告が被告らに対して請求することのできる額ということになる。

三結論

前記第二の一8のとおり、被告らが、現在イ号製品又はロ号製品を占有しているものとは認められないので、原告の被告らに対する、イ号製品及びロ号製品の廃棄請求は理由がないが、前記第二の一4(二)のとおり、被告らが今後イ号製品又はロ号製品を輸入、販売及び販売のため展示するおそれは認められるから、原告の請求は、被告らに対して、イ号製品及びロ号製品の輸入、販売、販売のための展示の差止め並びに連帯して金四八二万〇九〇九円及びこれに対する訴状送達の日の後である平成四年一〇月九日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判長裁判官西田美昭 裁判官大須賀滋 裁判官宍戸充は差支えのため署名押印することができない。裁判長裁判官西田美昭)

別紙<省略>

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