東京地方裁判所 平成4年(ワ)19021号 判決 1994年6月30日
主文
一 被告は、原告株式会社乙山に対し、金七八一万一六三〇円及びこれに対する平成四年一一月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを八分し、その七を原告らの、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
理由
第一 請求
一 被告は、原告株式会社乙山に対し、金五四六七万〇一八五円及びこれに対する平成四年一一月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告甲野太郎に対し、金四〇五万四九二三円及びこれに対する平成四年一一月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、被告との間でワラント取引及びオプション取引をした原告らが、これらの取引が極めて投機性の強いものであるのに、被告の担当者は必要な説明及び情報提供をしなかつたとして、被告に対し、債務不履行又は不法行為(使用者責任)に基づき買付金相当額の損害賠償を求めた事件である。
一 基礎事実
1 被告は、有価証券の売買、取次等証券取引法二条八項各号に定める行為を業とする証券会社である。〔争いがない。〕
2 原告株式会社乙山(以下「原告乙山」という。)、甲野商事株式会社(以下「甲野商事」という。)及び原告甲野太郎(以下「原告太郎」という。)は、被告との間で、別紙ワラント取引明細表記載のとおりワラント取引(以下「本件ワラント取引」という。)を行つた。また、原告乙山は、被告との間で、別紙株価指数オプション取引明細表記載のとおり株価指数オプション取引(以下「本件オプション取引」という。)を行つた。
3 ワラント(新株引受権証券)は、一定の期間内に一定金額を払い込むことによつて一定数量の発行会社の新株を引き受けることができる権利を表章した有価証券である。ワラントの価格は、株価と連動して上下するが、その変動率は株式に比べて大きくなる傾向にあり、ワラント売買は、株式売買に比べて、高い投資効率を上げることも可能である反面、投下資金の全額を失うことも起こり得るという、非常に投機性の強い取引である。また、ワラントは期限商品であるため、権利行使請求期間の満了によりその価値を失うことになる。
本件オプション取引の対象となつた株価指数オプションは、一定の期間内に日経平均株価を一定価格で買い付け又は売り付ける権利であり、株価指数オプション取引は、右権利を売買する取引である。株価指数の上昇あるいは下落により取引対象であるオプションの価格が上昇して利益を得ることができる反面、投資した取引代金全額を失うこともあり、また、株価指数が大きく変動すること、少ない資金で多額の取引を行うことができることから、極めて投機性の強い取引である。〔争いがない。〕
4 甲野商事は、平成四年一一月二日、原告乙山に吸収合併された。〔当裁判所に顕著である。〕
二 争点
被告担当者である被告渋谷支店営業課長田中謙悟(以下「田中」という。)及び同所沢支店外務員幸嶋浩司(以下「幸嶋」という。)の原告乙山、甲野商事(いずれも原告太郎が代表ないし代理)及び原告太郎に対するワラント及び株価指数オプションの商品説明、個々の取引銘柄についての説明及び買付け後の情報提供が十分されたといえるか。
第三 争点に対する判断
一 《証拠略》によれば、次の事実が認められる。
1 原告太郎は、昭和六〇年四月ころから、山一証券株式会社との間で株式、転換社債等の取引(信用取引を含む)を行つていたが、平成元年九月ころの時点で、取引総額は約二億円に達し、約二〇〇〇万円の損失が生じていた。
2 そこで、原告太郎は、友人の株式評論家に山一証券との取引により生じた損失を取り戻すにはどうすべきかを相談したところ、同人は、確実でよいところを世話するとして、被告を紹介した。右友人は、原告太郎とともに、被告の渋谷支店の営業課長田中に面談し、じつくり投資をするように、信用取引はしないように、手数料かせぎをしないようになどと、堅実な取引を要請した。
しかし、原告太郎は、田中と二人になると、山一証券での損失を取り戻すため多少リスクがあつても短期で成果を挙げたいとの趣旨の依頼をした。そして、原告太郎は、平成元年九月一八日から、原告乙山の名前で、田中の勧めに従つて、店頭株(一般に上場株より変動幅が大きい。)である株式会社商工ファンド株式七〇〇〇株の取引を手始めに、証券取引を開始するとともに、信用取引口座を開設した。
3 まもなく、平成元年九月二一日、原告乙山が本件ワラント取引を開始したが、その際、田中は、原告太郎がワラントについての知識を有しなかつたので、説明書を示しつつ、ワラントについての説明をした。その概要は、ワラント取引は、相対(店頭)売買であること、ワラントとは一定期間内に一定の数量の株式を新たに取得できる権利であること、転換社債に償還期限があるようにワラントにも期限があること、転換社債は一〇〇円で発行するが、市場で一三〇円の値がついている場合に、それが一五〇円になつたときは、上昇率は一五・五パーセント位になるのに対し、その三〇円の部分(転換権の部分)のみを売買すると、それが五〇円になれば右の四倍の上昇率となるように、ワラント取引はいわば転換社債における転換権の部分のみの売買と同じようなものであつて、収益率が高いこと、転換社債においても転換権の部分は償還のときには〇円になるように、ワラントも期限を過ぎると価値が〇円となることなど、転換社債を例にとつての説明であつた。
その後、原告太郎は、形式的には代表権はないが実権を握る甲野商事の名前で、平成元年一一月八日に被告との取引を開始し、平成二年一月一九日に本件ワラント取引を開始した。また、原告太郎自身の名前では、平成元年九月一八日に被告との取引を開始し、平成二年五月一四日に本件ワラント取引を開始した。
本件ワラント取引の各銘柄については、田中から電話で説明があつたほか、取引・応募報告書に明記されて送付され、かつ、月次取引報告書によつても報告がされ、原告太郎も確認の上、回答書を被告に返送していた。
原告乙山買付けのマキノフライ1ワラントを平成二年六月一日に売り付けた時までは、本件ワラント取引は約二五〇万円の利益を生んでいたが、同年七月四日に売り付けた原告乙山買付けのニホンセメントワラントで損失を出して以降、株式市場の大幅な下落傾向を反映して、ワラントの売付けがされなくなつた〔前記基礎事実のとおり〕
4 原告太郎は、田中の所沢支店長への転勤に伴つて、平成二年一〇月、取引店を同支店に改めた。その時点では、既に本件ワラント取引により五〇〇〇万円以上の評価損が出ており、また、株式でも一億円を超える評価損が出ていた。そこで、原告太郎は、田中に、評価損を何とかするように迫つたため、田中は、担当外務員の幸嶋に利益優先で取引をするように指示した。幸嶋は、株式市場はこれからも下がる可能性が高く、手持ち株も値下がりが考えられるが、プットオプションは相場が下がつたときに利益が出るので、これを取り入れて値下がりを回避することを提案した。
幸嶋は、原告太郎に対し、電話でオプションの話をしただけでは理解が得られなかつたため、直近のオプションの実例四銘柄の値動きを示したコンピュータデータを持参して、原告太郎の事務所を訪ね、値動きの仕方を説明した。その説明の概要は、オプションとは日経平均株価を買い付け又は売り付ける権利であること、オプションの買いの場合には投資金額がリスクの最大限になるが、売りの場合いはリスクの限定は不可能であること、買いにはコールとプットがあり、コールは株式市場が上昇したときに利益が出て、プットは下落したときに利益が出ること等であつた。そして、幸嶋は、相場が下がると思うならプットを買つてはどうかと勧め、原告太郎は、売りはやりたくない、買いのみを五〇〇万円から一〇〇〇万円でやりたいと申し出た。
そこで、本件オプション取引が開始されたが、最初の取引でいきなり三三三万以上の損を出した。原告太郎は、それでも取引を続けたが、結局別紙株価指数オプション取引明細表のとおりとなつた。〔前記基礎事実のとおり〕
本件オプション取引についても、幸嶋から電話で説明があつたほか、取引・応訴報告書に明記されて送付され、かつ、月次取引報告書によつても報告がされ、原告太郎も確認の上、回答書を被告に返送していた。
二 本件ワラント取引に関する説明義務違反の有無
前記認定の事実によれば、田中のしたワラントに対する説明は、説明書(乙七)を示して、ある程度分かりやすく行われており、利益の大きさを強調した点に問題があるものの、原告太郎の証券取引の経験に照らして、そのリスクについても理解は得られたものと認めるのが相当である。そして、原告太郎は、被告との取引を開始した当初から、店頭株の取引、信用取引を行い、数日後にはワラント取引に及んだというのであつて、山一証券での損失を取り戻すため、被告との取引においては、リスクが大きくても儲けの大きい商品の取引を好んで行つたということができる。本件ワラント取引も、リスクを理解した上、承知して行つたものであり、被告に説明義務の不履行はなく、また、田中の行為を不法行為と断定することはできない。
原告太郎は、説明書(乙七)を受け取つていないと供述するが、ワラント取引に関する確認書(乙四)には記名押印しているのであり、少なくとも右説明書を示されて読んだものと認められる。原告太郎は、右確認書は中身を読まずに押印したと供述するが、右供述のみで直ちにそう断定することはできない。確かに、確認書は、本来説明書の一部を切り取つて作成することになつているのに、乙四はコピーされた用紙を用いているものであり、確認書の徴し方としては切り取る方式の方が優れているが、さりとてコピーされた用紙による方式ではそこに明記してあるように説明書を読んだことの証拠にならないかというと、反証のない限り、受領を証するものというほかはない。そして、原告太郎は、平成三年九月末ころ(本件オプション取引をしている時期である。)に被告から送付された、ワラントについての詳しい説明の記載された「権利行使最終日の近づいたワラントについてご案内」と題する書面を、金額を除いては読まなかつたと供述しているが、そのことは、原告太郎が既にワラントの内容を理解していたからであると解するのが自然である(ワラントについての知識がなかつたのに、右書面を全然読まなかつたとすると、投資家としてあまりにも杜撰な態度というほかはない。)。なお、原告太郎が、当時既にワラントの内容を独自に知るに至り、田中のワラントについての説明に欠けるところがあつたことに気付いており、そのゆえに、田中に不信感を抱いていたとすると、後述するように不十分な説明のみで、幸嶋の勧めるままに本件オプション取引を行なうことは考え難いのであり、原告太郎の当時の不満は、あくまで多額の評価損が出たこと自体にあつたものと考えるのが自然である。甲八によれば、原告太郎は、平成四年三月二日になつて初めて、ワラント取引の説明がなかつたと田中に抗議したことが認められることからしても、平成三年九月の時点では、そのような抗議をしていなかつたことが明らかである。
また、原告太郎は、田中から口頭でワラントの説明を受けたことはなく、また、ワラント取引は必ず儲かると言われたと供述するが、右の点に照らしても、直ちに信用し難く、甲八によれば、本件訴訟前(平成四年三月二日)においても、田中は、原告太郎の抗議に対し、ワラントの説明は何度もしたと主張していたことが認められることに照らせば、証人田中の証言の方がより信用性が高いというべきである。
なお、前記認定の諸事実によれば、個々の取引銘柄についての説明や、買付けの後の情報提供に不足があつたともいえない。平成二年九月以降ワラントの売却がされなくなつたのは、当時の何人にも予想の困難であつた株式相場の大幅な下落により売却時期を失つたためと考えられ、被告が適切な情報提供等を怠つたことが原因であるとはいえない。
したがつて、本件ワラント取引について被告は損害賠償責任を負わない。
三 本件オプション取引に関する説明義務違反の有無
日経平均株価指数オプション取引は、株式市場全体の動向を膨大な情報をもとに正確にかつ短時間のうちに判断することを必要とするものであり、それでも判断を誤る危険性も極めて大きく、一般投資家がたやすく行い得るものではないと考えられる。また、その内容についても、一般投資家が理解することは容易ではなく、現に証人田中の証言によれば、被告の支店長である田中ですら、オプション取引はよく分からないと自認しているところであるにもかかわらず、幸嶋は、説明書を示すでもなく、単に実例を示して口頭で値動き等について概括的な説明したにとどまるのであり、説明の内容において不十分というべきである。しかも、本件においては、山一証券において二〇〇〇万円もの損失を生じた原告太郎が、その損失をカバーするために始めた被告における取引においても、逆に一億五〇〇〇万円を超える巨額の評価損を上積みしてしまつていたというのであるから、原告太郎がこれを取り戻す方法はないかと強く迫つたからといつて、また、その了解を得たからといつて、更に損失を拡大する危険も大きいオプション取引を勧めること自体、不適当といわざるを得ない。もつとも、原告太郎は、五〇〇万円から一〇〇〇万円の範囲内では失敗してもやむを得ないと考えて、本件オプション取引に踏み切つたとも見られるのであるが、たとえそうであつても、巨額の損失に動揺していた時期にある原告太郎は、損失を取り戻すための賭ともいうべき行動に出たと評すべきであつて、それを勧めて行わせた被告の責任は否定し難いところである。
以上の諸点に照らせば、被告は、本件オプション取引における契約上の義務に違反したものというべきであり、被告は債務不履行の責任を免れない。
(裁判官 大橋寛明)