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東京地方裁判所 平成4年(ワ)19523号 判決

原告

永田洋子

荒瀬礼子

右訴訟代理人弁護士

水野彰子

福島武司

被告

右代表者法務大臣

三ケ月章

右指定代理人

野崎守

外四名

判決

一 原告らの請求をいずれも棄却する。

二 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告永田洋子(以下「原告永田」という)に対し一〇万円とこれに対する平成四年六月一六日から完済まで年五分の割合による金員を、原告荒瀬礼子(以下「原告荒瀬」という)に対し五万円とこれに対する右同日から完済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

第二  事案の概要

一  原告荒瀬は、東京拘置所に刑事被告人として収容されている原告永田に対し、アムネスティ・インターナショナル(以下「アムネスティ」という)の担当者が原告永田に治療を受けさせる件で第三者に宛て送付した英文の手紙の写しを差し入れた。東京拘置所長は、部内取扱いに従い、原告永田にその翻訳費用の負担を求めたが、同原告が負担を希望しなかったので、その手紙の写しの閲読を不許可とした(以下「本件処分」という)。本件は、本件処分が違法であり、原告らは、これによって精神的損害を受けたとして、国家賠償法一条に基づき、被告に対し、慰謝料相当額の金銭の支払を求めるものである。

二  在監者の文書及び図書(以下「図書」という)の閲読の制限についての法制及び運用

1  監獄法三一条(以下「法」という)は、「在監者文書、図画ノ閲読ヲ請フトキハ之ヲ許ス」(一項)、「文書、図画ノ閲読ニ関スル制限ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム」(二項)と規定する。右命令である監獄法施行規則(以下「規則」という)八六条は、「文書図画ノ閲読ハ拘禁ノ目的ニ反セズ且ツ監獄ノ規律ニ害ノナキモノニ限リ之ヲ許ス」(一項)「文書図画多数其他ノ事由ニ因リ監獄ノ取扱ニ著シク困難ヲ来タス虞アルトキハ其種類又ハ箇数ヲ制限スルコトヲ得」(二項)と規定する。

2  乙第一ないし第三号証によれば、未決拘禁者の図書、雑誌、新聞紙等の閲読に関する具体的運用基準として次の訓令や通達が発出されていることが認められる。

(一) 「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規定」(昭和四一年一二月一三日矯正甲第一三〇七号法務大臣訓令、以下「取扱規定」という)三条一項は、

「未決拘禁者に閲読させる図書、新聞紙その他の文書図画は、次の各号に該当するものでなければならない。

一  罪証隠滅に資するおそれのないもの

二  身柄の確保を阻害するものではないもの

三  規律を害するおそれのないもの」

と定めている。

(二) 「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規定の運用について」(昭和四一年一二月二〇日矯正甲第一三三〇号矯正局長依命通達、以下「運用基準」という)記の二1は、取扱規定三条一項に規定する閲読の許可基準に照らして、図書、新聞紙等の閲読の許否を決定するについては、

「次に掲げる各事実に留意して図書、新聞紙等の内容を審査し、その閲読が、拘禁目的を害し、あるいは当該施設の正常な管理運営を阻害することとなる相当の蓋然性を有するものと認めるときは、これを許さないこと。

(一)  未決拘禁者に対しては、例えば、

(1) 罪証隠滅に利用するものであるか否か

(2) 逃走、暴動等の刑務事故を具体的に記述したものであるか否か

(3) 所内の秩序びん乱をあおり、そそのかすものであるか否か

(4) 風俗上問題となることを露骨に描写したものであるか否か

(5) 犯罪の手段、方法等を詳細に伝えたものであるか否か」

と定めている。

(三) 閲覧の許否を審査すべき図書が外国文である場合には、その審査のためにこれを翻訳する必要がある。このような場合の取扱いについて、法務省矯正局長は、「外国文の看読書籍の翻訳料について」(昭和三六年八月一八日矯正局長通牒仙台矯正管区長宛矯正甲第七一八号、以下「局長通牒」という)をもって、「在監者の自弁又は差入れにかかる外国文の図書につき、その検閲のための翻訳に要する費用はすべて、本人に負担させるべきである。右の費用を負担する能力なく、又はその負担を肯ぜないときは、当該図書の検閲ができないから、その閲読を不許可として差支えない」としている。

3 乙第四号証及び弁論の全趣旨によれば、東京拘置所長は、翻訳しなければ閲読の許否が決し難い図書については局長通牒に従った取扱いをしているが、(一) おおむね初級程度の外国語文で、検査する専従職員によってその大意が把握できるもの、(二) 市販の辞書、教典類、(三) 対訳、大意、概要説明等がついているもの、(四) 既に内容が把握できているものについては、在監者に自費翻訳を求めない取扱い(以下「本件取扱い」という)をしていることが認められる。

三  本件処分の経緯(当事者間に争いがない)

1  原告永田は、昭和四七年二月一七日、殺人等の被疑事実により逮捕されて、同年三月六日から七月二〇日までの間に数次にわたり殺人等の罪で起訴され、引き続き身柄を拘束されて、本件処分を受けた当時に至るまで、一部の期間を除き東京拘置所に刑事被告人として勾留されていたものである。

2  原告荒瀬は、平成四年六月一二日、当時東京拘置所に拘禁中であった原告永田に対し、別紙一のとおりの体裁及び内容の英文の今村幸一宛て手紙の写し(以下「本件文書」という)を原告永田宛に差し入れた。東京拘置所長は、同月一六日局長通牒に基づき原告永田に対し、本件文書の自費による翻訳を求めたところ、同原告において自費による翻訳に応じなかったため、本件文書が取扱規定三条一項の規定に該当するかどうか判断できなかった。同所長は、そこで、本件文書の閲読を不許可とした。なお、今村幸一は、右差入れに約一〇か月先立つ平成三年八月上旬頃、本件文書の本文の部分の翻訳文を原告永田宛に差し入れている。

四  争点及び当事者の主張

(争点一)

法三一条二項及び規則八六条一、二項の各規定並びに局長通牒の憲法適合性

1 原告の主張

(一) 法三一条二項の規定は、何ら委任の目的や基準を示すことなく、未決拘禁者の文書、図画の閲読に関する制限を命令に委任しているから、その閲読の自由を保障した憲法一三条、一九条及び二一条の各規定に違反する。

(二) 規則八六条二項の規定は、局長通牒の根拠となるものではないと解すべきであるが、仮にそうでないとしても、同規定は、監獄の取扱いに著しく困難を来たす虞れという行政当局の単なる事務的な都合を在監者の閲読の自由に優先させる不合理なものであり、また、同条一項の規定は、その要件が著しく不合理かつ抽象的であって、いずれも拘禁の目的又は監獄の規律・秩序に対して危険性を有しない文書についてまで閲読の自由の制限を認めるものとして、憲法一三条、一九条及び二一条の各規定に違反するものである。

(三) 局長通牒は、翻訳料を負担できない在監者に対しては、外国文による図書を読ませないものであって、外国語文書の中にはその内容を翻訳するまでもなく閲読を許しても監獄内の規律・秩序に障害が発生する蓋然性がないと判断できるものが多数存在するはずであることを考えれば、これは、在監者の閲読の自由を不合理に制約するものであるから、憲法一三条、一九条及び二一条の各規定に違反するものである。同通牒は、また、在監者の資力により閲読の自由の享受を左右するという点において不合理な差別として憲法一四条の規定に違反する。翻訳料は国費によるべきである。

2 被告の主張

(一) 法三一条二項の規定が憲法に違反するものでないことは、最高裁判所大法廷昭和五八年六月二二日判決(民集三七巻五号七九三頁)の判示するとおりである。

(二) 監獄は、予算面などからする人的・物的な制約の下において、内部における規律や秩序を維持しつつ、在監者を処遇していく責務を有する。したがって、その限られた人的組織や物的施設の状況によって、未決拘禁者の自由に対して必要かつ合理的な範囲において制約を科することがあってもやむを得ない。

規則八六条二項は、図書の閲読について、右の観点からの制約が必要になることを念頭に置いて規定されたものであって、合理性があり、特定の図書の閲読を全面的に禁止するものではないから、憲法の各規定に違反するものではない。

(三) 右大法廷判決は、その前提において、外国文によるため内容の分からない文書については、その内容が明らかとなるまで被拘禁者に対する閲読を許さないとすることもやむを得ないとするものと解される。この場合、内容を明らかにする翻訳をどうするかが問題となるが、膨大な量に上り、かつ多数の外国の言語による文書を監獄の職員が翻訳することはできないから、有償による翻訳を第三者に依頼するほかない。その費用は時に高額となるから、常に国費でまかなうのは行き過ぎであり、これを被拘禁者に負担させることとしているのであって、その内容には、在監者間の衡平という点からしても、十分合理性がある。

また、局長通牒は、すべての被拘禁者に対し、一律に適用されるものであるから、差別的取扱いをするものではない。仮にそうでないとしても、憲法一四条の規定は、事柄の性質に即応した合理的な根拠に基づく差別的取扱いを許容するものと解すべきである。外国語文書の翻訳費用を被拘禁者の負担とすることについては、右のとおり合理的な理由があるから、局長通牒は、右規定に反するものではない。

外国語による文書の差入れについては、社会通念上これをする側において翻訳料を付することを相当程度期待できるものであって、翻訳料の自費負担を求めることが何らかの意味で在監者の経済状態による差別的取扱いにつながることがあるとしても、その影響は著しく抽象的、間接的かつ軽少である。

(争点二)

本件取扱い及びこれに基づく本件処分の法適合性

1 原告の主張

(一) 本件取扱いによれば、市販の辞書、教典類に該当しない限り、当局が文書の内容を把握できないものはすべて翻訳料の自己負担を求めることになるが、文書の中には、辞書、教典類でなくても、その内容の全てを把握するまでもなく、その表題、体裁、作成者等によって、その閲読を許しても監獄内の規律・秩序の維持上放置することのできないような障害が生ずる相当程度の蓋然性があるとはいえないと判断できるものが存在する。したがって、本件取扱いは不合理である。

(二) 東京拘置所においては、外国人である被収容者については、外国語の図書等の翻訳料を本人に負担させない取扱いをしているとのことであり、このことによれば、翻訳料を被収容者に負担させる合理的理由はないというべきである。

また、同拘置所においては、外国人である被収容者については、大使館から監獄内の規律違反等の支障がないとされた雑誌や書籍を、内容の審査をせずに閲読させているとのことであるが、外国の大使館員の判断がどれだけ信頼できるかの点は不明というべきであるから、このことは、結局検閲のために外国語文書を翻訳することが不要であることを認めた取扱いというべきである。

(三) 本件文書は、翻訳するまでもなく、国際的人権擁護機関として著名なアムネスティからの書簡の写しであることが明らかであり、そのこと及びその他の本件文書の全体的な体裁からすれば、これを原告永田が閲読することを許したからといって、監獄の秩序維持のために放置できない程度の障害が発生する虞れがあると認められないことが明らかである。

(四) 本件取扱いを前提としたとしても、本件文書は、おおむね初級程度の外国文であるから、検査に専従する東京拘置所職員によってその大意が把握できるものに該当する。

(五) 被告は、本件訴え提起後、応訴の必要上本件文書を翻訳したとのことであるが、そうであるならば、本件処分時においても、東京拘置所は、本件文書を翻訳できたはずであるから、原告永田に翻訳料の負担を求める必要はなかったことになる。

(六) 今村幸一は、平成三年八月上旬頃本件文書の原本を受領し、その本文の部分を自ら翻訳して、その翻訳文を原告永田に差し入れた。その差入れの前後、今村は原告永田に対し、面会等を通じてアムネスティとの遣り取りについて随時報告していた。東京拘置所長は、その経緯を承知していたから、本件文書の閲読を許しても差し支えないものであることを、翻訳を経なくても容易に判断することができた。

(七) 以上によれば、本件取扱いに基づく本件処分は、裁量権を逸脱し、又はこれを濫用していたものであって、違法である。

2 被告の主張

(一) 本件取扱いは、東京拘置所において、自費翻訳を求めない場合について一定の基準を設け、その基準に達しないものについては、一律に在監者に翻訳費用の負担を求めることとしたものであって、十分に合理性がある。

(二) 本件文書を一見して判ることは、それがアムネスティから今村宛てに送付された手紙の写しであるらしいということに過ぎず、そのこと及びそれに加えた手紙の全体的な体裁によっては、その内容が原告主張のように原告永田に閲読させても支障が生じないものであるかどうかが判るものではないし、手紙の内容は、初級程度の外国文とはいえない複雑な文章で記載されていて、翻訳がなければ理解できないから、その翻訳を求めるのは当然である。

(三) 外国人の被収容者は、母国語で記載された図書等に接する機会がないため、孤独感を持ったり、心情が不安定になったり、処遇に対する不満を増幅させたりして、規律違反を惹起することが推測される。そのため、東京拘置所においては、外国人の被収容者の心情の安定を図るため、これらの者に対しては、翻訳料の負担を求めることなく、当該国の在日大使館から差し入れられた外国語図書等の閲読を許可しているが、外国語図書等の閲読許可について、日本語を理解しない外国人の被収容者に対する場合と、多数の自国語の図書に接する機会のある日本人の被収容者に対する場合とで、その取扱いに差異を設けることには合理的な理由がある。

(四) 面会の立会いや信書の検閲は、主にその時点において、面会の会話内容や信書の記載内容に被収容者の拘禁目的に反するものや施設の規律・秩序の維持に支障があるものがないかどうかを審査するために行うものであって、将来差し入れられる文書の内容がこれによって把握できるものではない。

第三  争点に対する判断

一  争点一について

1 未決拘禁者の図書等の閲読の自由は、憲法一三条、一九条及び二一条の趣旨・目的からすれば憲法上保障されているものというべきであるが、逃亡及び罪証隠滅の防止並びに監獄内の規律及び秩序の維持という目的を達するため、必要と認められる限度においては、その自由に一定の制限が加えられることもやむを得ないこととして承認されるべきである。この場合においても、その閲読によって監獄内の規律や秩序が害されるということによる制限は、被拘禁者の性向や、監獄内の管理状況、閲読しようとする文書の内容等の具体的事情によれば、その閲読を許すと監獄内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる蓋然性があると認められるときにおいて、初めて許容されるものと解すべきである。

法三一条二項及び規則八六条一項の各規定も、これらの規定と取扱規定及び運用基準を通覧すれば、右のような要件の下においてのみ、閲読の自由の制限を許容したものと解することができるから、憲法一三条、一九条及び二一条に反するものではないというべきである(最高裁判所大法廷昭和五八年六月二二日判決民集三七巻五号七九三頁参照)。なお、局長通牒は、その根拠を規則八六条一項に求めるものと解される。

2 右1によれば、監獄の長が被拘禁者に文書の閲読を許可するについては、その文書が、その閲読を許すと監獄内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる蓋然性があると認められるものであるかどうかを判断することができることになるが、監獄の長は、その文書の内容を承知しなければ、そのような判断をすることができないことはいうまでもない。

その文書が外国語によるものである場合には、通常監獄の長は、翻訳という過程を経ない限りその内容を承知することができないから、その文書の閲読の可否について判断することもできないことになる。

法には、外国語による文書の取扱いについて何ら規定がなく、規則には、在監者の発受する信書について、それが外国語で記載されているときは、在監者の費用で翻訳させることができ、在監者がその費用の負担を承諾しないときは、その信書の発受を許可しないことができる旨(規則一三一条)が規定されているが、信書以外の図書等については、何ら規定がない。このことは、法が、少なくとも日本語を母国語とする被収容者に対しては、外国語による図書等の閲読の自由を日本語による図書等のそれと同様に保障する意図のないことを示しているとみることができる。

憲法の保障する被収容者の図書等の閲読の自由が、外国語による図書等の閲読には及ばないということはできないが、外国語による図書等は、通常我が国の国民がその内容を理解することのできないものであり、現段階においては、監獄に勤務する公務員についても、その内容を理解することを要求することはできないから、被収容者が外国語による図書等を閲読するについては、その特殊性から、日本語による図書等の閲読と異なった一定の制約を受けることとなってもやむを得ず、それは憲法の許容するところというべきである。

局長通牒は、外国語による図書の閲読の許否について、信書発受のそれと同様に、検閲のための翻訳の費用を被収容者に負担させることとしている。監獄に勤務する公務員に外国語による図書の内容を理解することを要求することができない以上、外国語による図書の閲読の可否を決するためには、その図書が、市販の辞書や教典類のように、内容を理解するまでもなくその体裁の上から、閲読させても支障のないものであることが判断できる場合や、初歩的な英文で記載されていて、学校教育上英文に親しんでいる我が国の国民が通常理解できるものであるような場合を除き、外部に依頼して翻訳の過程を経ることが必要となる。翻訳は通常有償のものとならざるを得ないから、その翻訳費用の負担の問題が生ずる。原告の主張のように、これを全て国の予算で賄うことができれば、これに優るものはないが、外国語による図書等の閲読の自由は、現段階において少なくとも日本語を母国語とする被収容者については、その検閲のための翻訳の費用を国が負担しなければならないとする程に保障する必要のあるものとまでは解されないから、信書の発受についてと同様に、翻訳の費用を外国語による図書の閲読を希望する者の負担とすることには、十分な合理性があるということができる。

そうすると、被収容者が自費による翻訳を希望しない場合には、監獄の長は、その閲読の可否を判断することができないから、閲読を許さないこととしてもやむを得ない。原告は、このような取扱いは憲法一四条の規定に反すると主張するが、被収容者の経済的な状況によって取扱いが異なることとなったとしても、憲法一四条の規定の禁止する差別的取扱いをしたこととなるものではない。

以上によれば、局長通牒は、合理性があり、憲法に適合するものということができる。

二  争点二について

1  外国語図書であっても翻訳の過程を経るまでもなく閲読が許される性質の図書であるかどうかを判断できるものについては、監獄の長は、これを日本語による図書と同様に検閲して閲読の許否を決すべきである。

本件取扱いは、そのような場合であるとして定める一応の基準であるが、翻訳の過程を経るまでもなく閲読の許否を決すべき場合がこれに尽くされているわけではないから、本件取扱いの基準に該当しない場合であっても、翻訳の過程を経ないで閲読許否の判断をすることができるような具体的事情があるときには、東京拘置所長が、それにもかかわらず、在監者に翻訳料の負担を求め、負担に応じない場合に閲読を許さないという取扱いをすれば、それは違法な取扱いとなるといわざるを得ない。

2  そこで、本件文書が、東京拘置所長において翻訳の過程を経るまでもなく閲読の許否を判断することができるようなものであるかどうかについて検討する。

(一) 本件文書は英文によるものである。英語は、我が国の高等学校における教育や義務教育においておおむね必修科目とされていて、我が国の国民に親しみのある外国語であるから、東京拘置所の担当職員にも高等学校の教育によって習得できる程度の英語能力は、これを具備していることを前提として差し支えないものというべきである。そして、アムネスティという団体が、各国における人権を擁護する活動を行っている国際的な団体であることは常識に属し、東京拘置所の職員にその知識のあることを期待しても酷とはいえないと考えられる。そうすると、東京拘置所の担当職員は、本件文書の上下の定形印刷部分を見れば、本件文書の用紙が著名な団体であるアムネスティの使用している便箋であることを理解することが可能であったと認められる。また、東京拘置所の担当職員は、本件文書の宛名を読めば、本件文書の原本が日本人の「いまむら こういち」という人物に宛てられた手紙であったことを理解することが可能であると認められる。

しかしながら、以上のようなことによっては直ちにその手紙を差し出したことに関するアムネスティの具体的な活動内容が明らかとなるものでもないから、これによってその手紙の内容が監獄内において閲読を許可すべき要件を充たすものであると認めるべきであるとはいえない。したがって、その閲覧の許否を判断するためには、なお、本件文書の意味内容を把握する必要がある。しかし、本件文書の本文は、高等学校における教育によって修得できる英語能力によっても読解困難と考えられる単語や熟語及び構文を使用して記載されており、辞書を参照したとしても短時間にその意味内容を把握できるようなものということはできない。前記のとおり、現段階において監獄の職員に、我が国の国民に通常期待される以上の英語文の読解能力を備えることを要求すべきではない。

以上によれば、翻訳の過程を経なければ本件文書の閲読の許否を審査できないとした東京拘置所長の判断には、その事実の認識において誤った点はないものというべきである。

(二) 原告らは、本件文書の翻訳文が事前に差し入れられているから、東京拘置所は本件文書の内容を把握していたはずであると主張する。

よって検討するに、甲第六号証及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 今村は、平成二年一〇月頃から原告永田の健康状態を案じ、同原告に対する監獄の医療上の処遇の改善を図るためアムネスティに援助を要請していた。

(2) アムネスティは、平成三年七月二六日付けの手紙(本件文書の原本)を今村に郵送したが、その内容は、概ね、アムネスティが今村の協力要請につき援助を行う用意があること、原告永田の状態の変化があればその点の連絡をして欲しいというものであった。今村は、その受領後間もなく原告永田と面会し、アムネスティから右手紙が届いた旨を話して聞かせたところ、原告永田は、右手紙を読みたいと希望した。そこで、今村は、そのころ本件文書を原告永田宛に差し入れたが閲読が許可されなかったため、その代わりに、今村作成の別紙二のとおりの翻訳文を差し入れた(今村による翻訳文差入れの事実は争いがない)。

(3) 原告荒瀬は、右翻訳文の差入れから約一〇か月が経過した平成四年六月一二日、再び原告永田に本件文書を差し入れ、本件処分が行われた。

右認定事実によれば、本件文書の翻訳文が東京拘置所に差し入れられたのは、本件処分の約一〇か月も前であった。差し入れられた図書の閲読の許否の審査は、差入れの都度これを行わざるを得ないから、本来は外国語図書の差入れと同時に翻訳文の差入れが行われるのでなければ、翻訳文を手懸かりとして当該外国語図書の内容を把握することができないものである。しかも、今村作成の翻訳文というのも、別紙二のとおり、簡略なものであって、これがアムネスティから今村に宛てられた本件文書の翻訳文であるということが翻訳文自体から直ちに判るものとは認められないし、翻訳者の住所氏名も記載されておらず、翻訳の正確さがどの程度まで担保されているかが翻訳文自体から知ることができるものとも認められない。したがって、このような翻訳文が本件処分の約一〇か月も前に差し入れられた事実があるからといって、本件処分の際、東京拘置所長は本件文書の内容を把握できたはずであるということはできない。

したがって、翻訳をするのでなければ本件文書の閲読の許否を決することができないとした東京拘置所長の判断には誤りはなく、本件処分に裁量権を逸脱し、又は濫用した違法はない。

三  結論

以上の次第で、本件処分が違法であることを前提とする原告の本訴請求は失当であるから、これを棄却することとし、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中込秀樹 裁判官榮春彦 裁判官橋詰均)

別紙一、二<省略>

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