東京地方裁判所 平成4年(ワ)20144号 判決 1995年7月07日
原告
永沼啓三
右訴訟代理人弁護士
小池通誉
被告
株式会社メディア・テクニカル
右代表者代表取締役
原弘
被告
鈴木安夫
被告
大津豊
右三名訴訟代理人弁護士
寺村温雄
同
瀧田博
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
一 原告と被告株式会社メディア・テクニカルとの間に雇傭契約が存在することを確認する。
二 被告メディア・テクニカル、被告鈴木安夫及び被告大津豊は、原告に対し、連帯して金四〇万円及びこれに対する平成四年一一月二八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 基礎となる事実関係
以下の事実は、当事者間に争いがないか、末尾掲記の証拠によって認めることができる。
1 被告株式会社メディア・テクニカル(以下「会社」という。)は肩書地に本店を有する映像機器の販売等を目的とする株式会社であり、平成三、四年当時、被告鈴木安夫(以下「鈴木部長」という。)は会社取締役・営業企画部長であり、被告大津豊(以下「大津常務」という。)は会社常務取締役・営業推進部長であった。
2 原告は、平成元年一二月二八日、会社に雇用され、AVレンタル業務を担当したが、平成三年九月三日付で営業業務に配置換えとなり、大津常務直属の部下として、新規顧客開拓・機器修理保険処理を担当してきた。
3 会社は、原告に対し、平成四年三月九日に諭旨解雇の意思表示をし、同月一二日に大津常務及び鈴木部長が原告と協議をしたが、原告が退職に応じなかったので、会社は、同月一九日、原告に対し、就業規則二八条に基づき解雇する旨の意思表示をした(<人証略>)。
4 会社の就業規則二八条には、「(解雇基準)従業員が次の各号の一に該当するに至ったときは解雇する。<1>業務能力又は勤務成績が著しく劣り、従業員として不適格と認められたとき。<2>以下略。」と規定されている。
二 争点
1 原告に就業規則二八条所定の解雇理由があるか。
2 大津常務及び鈴木部長が、原告と協議をした平成四年三月一二日に、原告に対して暴行を加えて傷害を負わせたか。
三 当事者の主張
1 原告の主張
(一) 原告は、平成四年三月一〇日、会社から同月一二日付で懲戒解雇する旨の口頭による通告を受けた。原告は、同月一二日午前九時三〇分頃から、会社倉庫兼作業所一階編集室において、高さ約七〇センチメートル・奥行約一三〇センチメートル、幅約一八〇センチメートルの作業用机を間に、大津常務及び鈴木部長と向かい合って交渉を始めた。机の上には既に会社就業規則が置かれていたが、原告がこれを読もうと思い手にしようとしたところ、いきなり大津常務が「お前に読ませる必要はない」とひったくり、左手拳で机をどんと強く叩くや否や、あたかもそれが合図のように鈴木常務(ママ)がいきなり右作業用机を原告に向かって狙い定めて強く突き出したため、同机の原告に面していた縁部分が原告の左胸部を強打した。このため原告は、左肋軟骨骨折の傷害を受けた。原告は受傷直後、医療法人社団同愛会病院においてその治療を受けた。担当医師によれば一〇日間の安静加療を要するというものであったが、原告は、胸部の痛みのためその後約三か月の横臥を余儀なくされ、結局治癒と診断されたのは同年六月一七日になってからであった。
原告は単に違法な解雇処分に付されたばかりでなく、このような暴行行為を受け受傷し相当期間の休養を強要されたことに非常に大きな精神的衝撃を受けた。この苦痛を慰謝するためには少なくとも金四〇万円が必要である。
(二) 鈴木部長は右暴行の直接の加害者として、また、大津常務は右鈴木の原告に対する暴行のきっかけを作る机の強打のほか、鈴木部長と意を通じて鈴木部長の原告に対する暴行を激励・容認したものであり、両名は、本件不法行為の共同行為者として、原告の蒙った本件損害に対し賠償の責任がある。
(三) また、本件不法行為時、大津常務及び鈴木部長は、いずれも会社役員として原告に対する解雇の告知を行い、会社の立場で行動していたのであるから、その行為は正に会社の行為そのものであって、会社も原告に対し同じく右賠償責任がある。なお、直接的な会社の賠償責任が認められないとしても、大津常務及び鈴木部長は、前記のような会社業務の執行に際して不法行為により原告に対して前記損害を与えたのであるから、会社は、民法七一五条に基づき、右損害を賠償する義務がある。
2 被告らの主張
(一) 原告は、AVレンタル業務を担当していたものであるが、平成三年六月頃、大津常務に対し、現場から営業への配転を要望したものの、同常務からさらに現場にて勉強を積んでもらいたいとの回答を受けた際、これを無視し、原告に係長の肩書をつけたうえ営業に移すよう求める書面を作成して従業員に回覧し、さらに大津常務からの厳しい注意を無視し、社長へ同旨の書面を提出し、さらに同年七月六日、日光プリンスホテルの会場に設営した機材の撤去作業の業務命令を拒否し、始末書の提出も拒否した。これらの原告の行為は業務命令拒否(就業規則第六六条二項、八項)に該当する。
(二) 原告は、レンタル業務を約一年半勤めながら技術習得の意思はなく、AVレンタル課員全員から「もう、一緒に仕事はやれない」との強い非難がなされたので、会社は、全社員協調維持のため、原告を平成三年九月三日付で営業担当に異動し、大津常務直属の部下として新規顧客開拓・機材修理・保険処理を担当させた。
しかし、原告は、平成三年九月から平成四年二月までの保険処理による修理可能物件約二〇件分約五〇万円につき、保険未処理のまま放置して会社に損失を与えるなど、基本的な処理が十分になされず、平成三年一二月には、連休の前後に多数日にわたり病気を理由とする欠勤を続け、大津常務からの理由説明の求めに対しても一切明快な説明をしなかった。
これらの原告の行為は勤務状態の著しい不良(就業規則六六条七項)に該当する。
(三) 以上のとおり原告の勤務状態は極めて悪く、会社は原告と再三にわたり話し合いを重ねたが原告に後悔の兆しはまったく見られず、会社はやむなく、平成四年三月九日、原告に対し、就業規則六六条二項、七項、二八条一号により論(ママ)旨解雇を通達したのである。
しかし、原告からの退職の意思表示がなされなかったため、同月一九日就業規則二八条により、原告を普通解雇処分としたものである。
なお、会社は、同日、解雇予告手当て及び同日までの給与を支払ったが、後日原告から解雇予告手当の受領を拒否する旨の文書とともにこれが返却されたので、同月二五日、右解雇予告手当金四二万〇六六六円を東京法務局へ供託した。
(四) 大津常務及び鈴木部長が平成四年三月一二日に原告主張の暴行により傷害を与えたことは一切ない。
3 原告の反論
(一) 平成三年七月六日原告は大津常務から急遽日光プリンスホテルに行くように要請されたが、アルバイトが来ない場合は鈴木部長か大塚係長と一緒に行くことを依頼されたので、大塚係長に対し一緒に同行することを求めたところ、同係長はこれを拒否しておきながら、鈴木部長には原告が単独では日光に行かない意思であると伝えた。原告は、日光に行かないという意思ではなく、鈴木部長が日光に行くのなら、自分も同行する旨申し出たが、同部長は一切取り合おうとせず、部長一人で行くと言い張ったものである。
(二) 原告は、他の従業員の嫌う早出・夜業も進んで行い、組となる同僚はアルバイト一名かあるいはそれすらも欠く単独作業を強いられつつ、顧客からほとんど苦情のない業務遂行をしてきた。
(三) 原告が保険業務を引き継いだ時、未処理案件は五〇件に達していたが、原告は未経験の業務であるにもかかわらず、大津常務の指示に従ってその指示通りこれを迅速に処理して一か月でその相当部分を処理した。これに対し大津常務は、必要帳簿類・見積書の流れを直接原告でなく他の従業員を一旦通じて原告に到達するように変更したため、右担当従業員の部所で書類の滞留が生じたのである。
(四) 平成三年一二月九日、原告は朝から三九度の発熱があり欠勤したい旨早朝大塚係長に電話連絡したが、直接大津常務の私宅に電話連絡をするよう指示された。ところが、電話口で大津常務は原告に対し一旦出勤することを求め、それは健康上できないとする原告と口論になった。そこでさらに原告は原弘社長に電話連絡をしたが、大津常務と同様の指示を受けた。しかし、原告の健康状態は出勤に耐え得なかったので当日は休み、また誓約書・始末書の提出を拒否した。なお、当日の健康状態に関する診断書は被告に提出済みである。
(五) 平成三年一二月一八日、二〇日の両日は、原告は健康を害して代休を取った。また、同月二四日朝は原告の実母より原告に対し電話があり、具合が悪くなったので病院に連れて行ってほしいと哀願された。母は原告の実弟夫婦と同居しているが、同人らは豆腐の製造・販売業を経営しているため、連日未明より午後三時頃まで寸時の休息も取り得ぬほど繁忙であり、母が遠慮して実子の原告に依頼したものである。
第三争点に対する判断
一 争点一(解雇の正当性)について
1 証拠(<証拠・人証略>)によれば、次の事実が認められる。
(一) 原告は、会社に入社した当初約一年半は大型映像機器の現場における搬入、撤去の業務に従事していた。当時、業務関係の従業員は鈴木部長、大塚係長ほか七名前後であった。ところが、原告は、平成三年六月頃、自分は現場作業には向いていない、営業に移してほしい、営業をやるからには係長の肩書を付けてほしい、との要求を記載した要望書を従業員全員に回覧したうえ上司に提出した。これに対して、原告は、大津常務及び鈴木部長から注意を受けた。
(二) 平成三年七月六日、原告は、午前九時にホテルグランドパレスの会場設営の業務に赴いたが、大津常務から、同所における業務が午前中に終了した後に、助手一名を同行して日光プリンスホテルに赴き、同所内に設営してある機器を夕刻に撤去することを命じられていたところ、助手一名の同行ができなくなったため、単独で行くべきことを要請され、これに応じたにもかかわらず、ホテルグランドパレスにおける業務が終了して会社に戻ったまま日光プリンスホテルに出張することを拒否した。そのため、大津常務は、やむなく、鈴木部長を同所に派遣し、その業務を完了させた。会社は、後日、原告に対し、始末書の提出を求めたが、原告はこれも拒否した。
(三) 会社は、原告が機器のセッティングのミスが多く、技術の習得の意欲が足りず、また、同僚との折り合いが悪かったため、他の多くの業務担当従業員から配置換えの要望が出たことから、平成三年九月三日、原告に対し、大津常務直属の部下として、映像機器のレンタルを求める新規顧客の開拓、獲得及び機器修理の保険処理をする営業の職務に従事させることとした。
(四) 原告は、営業に配置換えになって当初の一か月は、保険処理を順調にこなしていたが、やがてその処理が遅延するようになり、平成三年九月から平成四年二月までの間に約二〇件の保険処理を滞貨させ、同年三月になってこれが判明し、結局、会社に約五〇万円の損害を与えた。また、同年二月、株式会社ヤシマから使用実日数五日間で受注した機器を原告が一日使用で見積もっていたことが発見されたため、大津常務は、原告に対して改めて見積を作り直させて同社に謝罪させた。
(五) 原告は、連休明けの平成三年一二月九日午前七時半頃、大塚係長に対し、電話で、今日は茨城の方へ私用で行かなければならないので、かぜで休むことにするから、会社にそのように報告してくれないかと頼んだところ、同係長から、そのようなことは直接自分で大津常務に連絡すべき旨断られたため、いまのは冗談で本当にかぜを引いて出かけられない状態であると弁解し、直ちに同常務に対し、電話で、かぜで体調を崩したから休みたい旨を申し出たが、同常務から欠勤の理由を疑われ、連休明けでもあるから一旦会社に出勤することを指示されたにもかかわらず、これに応じなかった。原告は、翌一〇日も欠勤したが、診断書を提出しなかった。そこで、同常務は、原告に対して誓約書の提出を命じたが、原告に拒否され、さらに、始末書の提出を命じたが、これも拒否された。
(六) その後、原告は、同年一二月一八日、体調を崩したという理由で欠勤し、さらに、同月二〇日、同じ理由で欠勤し、同月二一日から二三日までの連休明けの二四日午前七時半頃、浅草に在住する実母を急病で病院に連れていくため休むとの電話を会社に入れた。ところが、大津常務が原告と仕事上の連絡をすべきことが生じたことから、同日午前一〇時頃、実母方に電話をしたが、原告は来ておらず、実母に対し原告が来たら会社に電話を入れるように伝えたものの、原告からの連絡はなかった。大津常務は、翌二五日、原告に対し、理由の説明を求めたが、納得がいく説明を得ることができなかった。
(七) 原告は、平成四年三月六日、出勤途中に駅の階段から転げ落ち具合が悪くなったので休むとの連絡を関連会社の有限会社アート写真にしただけで、会社には無断で欠勤した。
(八) そこで会社は、同月九日、原告に対し、就業規則六六条二項、七項、二八条一号により論(ママ)旨解雇を通告したが、原告がこれに応じなかったので、同月一九日、原告に対し、同規則二八条に基づき解雇する旨の意思表示をした。
2 原告は、本人尋問において、自己の主張に沿う供述をするが、主張供述が変遷しているうえ、その内容があいまいであって、にわかに信用することができない。
日光プリンスホテルの件は、原告は、当初、搬入作業は単独では無理であるから拒絶したと主張しながら、のちに、鈴木部長が日光に行くのなら自分も同行する旨申し出たにもかかわらず一切取り合わずに部長一人で行ったとの主張に変更したが、合理的に首肯できる説明供述もなく、いずれも、前掲各証拠に照して採用することができない。
平成三年一二月九日、二四日の欠勤の件は、私用休暇を病休にしておくことは大塚係長に鎌をかけたにすぎなかったとか、早朝浅草の実母を病院に連れて行ったが大したことはなかったので午前一〇時には自宅に戻り、会社はそのまま休んだとか、にわかにその行動の意味が弁解どおりのものであることが理解できないにもかかわらず、原告本人尋問においても合理的な説明がないことからして、少なくともその行動に疑問を持った大津常務に納得が得られるように対処すべきであったが、それすらもなく、結局、原告の供述を信用することができないというほかない。
3 以上によれば、原告は、平成三年六月頃から平成四年三月に欠けて、たびたび業務命令を無視し、事務処理能力に欠け、勤務態度が劣り、その反省心が全くなかったものというべきであるから、原告は、会社の就業規則二八条一号の「業務能力又は勤務成績が著しく劣り、従業員として不適格と認められたとき」との解雇事由に該当するものであり、前記の事実経過のもとにおいては、会社が原告を同条項に基づき解雇したことが権利の濫用に当たるものとは認められない。
よって、本件解雇は有効なものというべきである。
二 争点二(傷害の不法行為)について
1 証拠(<証拠・人証略>)によれば、次の事実が認められる。
(一) 平成四年三月一一日、大津常務は、原弘社長及び鈴木部長の同席のもとで、解雇の理由について話し合うために、原告と会社の会議室で会ったが、原告は、大津常務及び鈴木部長に対し、自分が辞めるよりもあなたが辞める方がよい旨話して会議室を出て行った。
(二) そこで、大津常務は、同月一二日朝、再び、鈴木部長とともに会社の会議室で机を挟んで対座したが、原告が「解雇理由を聞かせてほしい。」との要求に対し、鈴木部長がこれに応じようとしていたのに対し、「お前なんか上司と認めていない。」などと暴言を吐いたため、大津常務及び鈴木部長は、原告の反抗的態度に興奮し、原告が就業規則を見せてほしいと言ったのに対し、お前には見る資格がないとの趣旨の反駁をしたところ、原告が机の上に置いてあった就業規則を取りあげようとして大津常務との間で引っ張り合う格好となり、結局、原告はこれを見ることができないまま出て行ってしまい、話し合いが進まなかった。
(三) 原告は、右同日、江戸川区松島所在の医療法人社団同愛会病院左(ママ)肋軟骨骨折で一〇日間の安静加療を要するとの診断を受け、同年六月一七日に治癒したとの診断を得た。
(四) 原告は、その間の同年四月一九日、警視庁深川警察署長に対し、右傷害が原告主張のとおり鈴木部長が机を告訴人に向って強く突き出したために生じたものであるとして同部長を被告訴人として厳重な処分をすべき旨の告訴に及んだ。
2 しかしながら、平成四年三月一二日において右事実以上に大津常務及び鈴木部長が原告に対して右告訴に係る傷害を与えたことを伺わせる事情はこれを認めるに足る証拠はないのであって、仮に原告が同日同所において診断書記載のとおりの傷害を受けたと仮定しても、前記事実関係のとおり大津常務、鈴木部長及び原告が興奮状態で机を挟んで就業規則を取り合った状況のもとにおいては、その傷害が大津常務及び鈴木部長の違法な行為に基づくものであると断ずることはできないというほかなく、本件全証拠をもってしても原告主張事実を認めることはできない。
よって、原告の不法行為の主張は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。
第四結論
以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 遠藤賢治)