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東京地方裁判所 平成4年(ワ)22235号 判決 1999年2月24日

原告

甲野太郎

原告

甲野花子

右両名訴訟代理人弁護士

河合弘之

安田修

千原曜

久保田理子

清水三七雄

大久保理

原口健

被告

財団法人河野臨牀医学研究所

右代表者理事

河野稔

右訴訟代理人弁護士

平沼高明

堀井敬一

木ノ元直樹

加藤愼

永井幸寿

右平沼訴訟復代理人弁護士

堀内敦

水谷裕美

主文

一  被告は、原告らに対し、それぞれ金一一〇万円及びこれに対する平成五年一月二七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、それぞれ四四九四万五五〇〇円及びこれに対する平成五年一月二七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告甲野太郎(以下「原告太郎」という。)は、甲野英子(以下「英子」という。)の父、原告甲野花子(以下「原告花子」という。)は、英子の母である。

英子は、平成三年六月八日午前八時四五分、東邦大学医学部附属大森病院(以下「東邦大学附属病院」という。)において、胸腹腔内臓器損傷により死亡した。

(二) 被告は、微生物学特に骨関節結核及びリウマチに関する化学的・疫学的研究及び調査、研究成果の普及、研究所の設置経営、付属病院及び診療所の設置経営等を行う財団法人である。

また、被告は、医療法七条等に基づき、被告の付属病院として東京都品川区北品川<番地略>に第三北品川病院(以下「被告病院」という。)を設置し、同病院は、健康保険法四三条の三による健康保険医療機関に、また、国民健康保険法三七条による診療担当機関にそれぞれ指定されるとともに、救急指定を受けて、救急医療に従事している。

2  英子の受傷及び被告病院における診療等

(一) 英子は、平成三年六月八日午前一時ころ、東京都品川区八潮<番地略>所在の都営八潮○○アパートの一一階付近から、精神分裂病の快復過程にかかわる発作から、自殺を図って飛び降りた。しかし、英子は、肋骨骨折及び胸腹腔内臓器損傷の多発外傷を負ったものの奇跡的に助かり、自ら多少移動することができる状態であった。

(二) 英子は、同日午前一時三〇分ころ、駆けつけた救急隊に保護され、同日午前一時五〇分ころ、被告病院に搬送され、救急患者として、同病院の当直医であった沼本ロバート知彦医師(以下「沼本医師」という。)の診療(以下「本件診療」という。)を受けた。

沼本医師は、英子から、一一階から飛び降り自殺を図り失敗した、身体に痛みがあり歩行することができない等の訴えを受け、腰背部その他のレントゲン写真を数枚撮影したが、十分な注意を払って右レントゲン写真を検討しなかったため、英子の前記傷害を発見することができず、速やかな治療を行うことなく、額の傷の手当てを行っただけで英子に対して帰宅するよう指示した。

(三) 英子は、右診療後、診療室内において一人で立ち上がることができないまま、床に倒れ込むなどしたため、原告太郎は、被告病院への入院若しくは英子が帰宅する体力が回復するまで同病院で横臥させてもらえるよう要請した。

これに対し、沼本医師は、「骨は全部良いし、立てますよ。」、「治療も終わったんですから出てください。ここは救急室ですから。」、「とにかく大丈夫です。」などと答えて、右入院等の措置をとることを拒否した。

(四) やむなく、原告らは、沼本医師に依頼して英子を救急車で東邦大学附属病院に搬送してもらい、同病院で診療を受けたが、英子は、同病院到着後ますます容態が悪化し、同日午前八時四五分ころ、胸腹腔内臓器損傷により死亡した。

3  被告の責任

多発外傷、特に高所からの墜落のケースでは、通常相当の衝撃を身体が受けることになり、仮に、幸い緩衝物等により外形的には損傷が少なく見えた場合であっても、胸腔、腹腔の各出血、各内臓器破裂、損傷等の存在が十分にあり得るものである。したがって、本人、付添者等から口頭による説明を受けることや外傷の部位・程度を把握することはもちろんのこと、客観的なバイタルサインチェックとして、血圧・脈拍を計測・確認しなければならない。さらに、胸部は、重要な血管が集中し、空洞が多い肺臓があり、これらを肋骨が取り巻いているのであるから、胸部についてもレントゲン撮影を行い、骨折や血胸、気胸の有無を確認しなければならない。

すなわち、高所から墜落した可能性がある患者の場合には、全身状態の綿密な観察(出血性ショック状態の有無、外観からの受傷部位確認)、バイタルサイン(血圧、脈拍)の確認、動脈血ガス分析、緊急血液検査(貧血の有無の確認、内出血や骨折の有無、循環状態の確認)、試験的胸腔穿刺(胸腔内出血有無の確認、血気胸、肺損傷、肋骨骨折等)、胸部レントゲン撮影(肋骨等骨折の確認)等の初期診断を、救急車による搬送を受けてからおよそ一〇分以内に行うべきであった。

そして、右診断がされていれば、内出血の存在の確認(出血性ショックの第一時的外部的兆候としての顔色不良)、胸腔内臓器損傷(衝撃により破れやすい両肺の損傷、血気胸、肋骨骨折)、腹腔内臓器損傷(肝臓、その他内臓損傷による血性腹腔)等の存在を直ちに確認できたのであり、胸腔ドレナージの実施(胸腔内の血液その他体液の排出による換気、酸素供給、炭酸ガス排出の確保)、気道確保、外出血コントロール、大量出血に対して代用血液点滴や緊急輸血による出血性ショックの防止を、救急車による搬送後一〇分以内に行うことができた。

また、被告病院は省令基準にいずれも合致する病院として救急指定を受けているのであるから、外科的知見を十分持った医師(ただし、本件で問題となる程度の知識は、特に外科専門医でなくとも有する程度のものにすぎない。)により、外見上さしたる傷が見えない場合にも、身体各部に加えられた衝撃により、胸腹腔内の臓器損傷が起こっている可能性があることを予見し、慎重な診断をすべき診療契約上の注意義務があった。

しかし、沼本医師は、右前額部、右下肢挫創、全身打撲といった外観による観察、意識レベルの確認、血圧測定、一応の視診及び触診は行ったものの、頭部、右肘、右下肢、腰背部の各レントゲン写真に異常はないと判断して、その余の検査を行うことなく、英子に退出を求めたものであり、右注意義務に違反したというべきである。

4  沼本医師の注意義務違反と英子の死との間の因果関係

英子は、自殺を図って飛び降りた後、速やかに被告病院に搬送されたのであるから、同病院において適切な診断・診察の下に救急医療が行われていれば英子を救命できたにもかかわらず、英子の診療に当たった沼本医師は、当然看取することができたはずの英子の前記傷害を見落とし、全身状態には何らの異常もないと診断した上、適切な治療をせずに、英子に被告病院からの退去を命じたことから、原告太郎が立ち上がれない英子を介助して抱き上げて自家用車に乗せようとしたり、英子が痛みから胸をさすったり床に横になるなどの所作を行ったため、救急車による搬送時より大きな外力が英子の胸部に加わり、また、原告太郎が要望して、ようやく二時間後に東邦大学附属病院への搬送が実現するなどしたため、多量の出血を止めることができず、英子を死亡させたものであり、沼本医師の注意義務違反と英子の死との間には因果関係がある。

5  原告らの損害

(一) 逸失利益

英子は、死亡当時満二九歳であったから、就労可能年数は満二九歳から満六七歳までの三八年である。そこで、英子の死亡による逸失利益について、中間利息を控除し、その死亡時における現価を計算すると、次のとおり、三二八九万一〇〇〇円となる。

313万7000円×20.970(新ホフマン係数)×0.5(生活費控除)=3289万1000円

そして、原告らは、相続によってそれぞれ一六四四万五五〇〇円を取得した。

(二) 英子本人の慰謝料

英子本人の死亡による慰謝料は、二〇〇〇万円を下らない。

そして、原告らは、相続によってそれぞれ一〇〇〇万円を取得した。

(三) 原告らの慰謝料

被告は、英子に対して適切な診断・診療を行わなかったばかりか、英子の身体には異常がないとして、同病院からの退去を求めた。

原告らは、被告の右行為により、極めて甚大な精神的被害を受けた。

右精神的被害を金銭に換算すると、原告らについてそれぞれ一五〇〇万円が相当である。

(四) 弁護士費用

原告らは、右損害賠償請求のため、弁護士河合弘之に対して、本件訴えの提起を依頼し、着手金及び報酬として、それぞれ三〇〇万円の支払を約した。

(五) 葬儀費用

原告らは、英子の葬儀費用として、合計一〇〇万円を支出した。

原告らの間における右費用の負担割合は、各二分の一である。

6  結論

よって、原告らは、被告に対し、債務不履行による損害賠償として、それぞれ四四九四万五五〇〇円及び平成五年一月二六日付け原告準備書面送達の日の翌日である平成五年一月二七日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)は知らない。同1(二)は認める。

2  同2(一)のうち、英子の身体に肋骨骨折、内臓器損傷等が発生していた事実は知らない。

同2(二)のうち、英子が救急患者として救急隊により被告病院に搬送されたこと、被告病院の当直医である沼本医師の診療を受けたこと、同医師が頭部、右肘、右下肢、腰背部のレントゲン写真を数枚撮影したこと、胸部のレントゲン写真は撮影していないこと、額の傷の手当てのみを行ったことは認める。沼本医師は、英子本人から、建物の一一階から飛び降り自殺を図り失敗したとか、体に痛みがあり歩行に耐えない等の訴えを受けた事実はないが、英子が一一階から飛び降り自殺を図ったのではないかとの情報とともに搬送されてきたことは認める。なお、救急隊が八潮○○アパート付近に到着したのは平成三年六月八日午前〇時五九分ころ、英子が被告病院に到着したのは同日午前一時二四分である。その余は否認する。

同2(三)のうち、英子が診療後、診療室内において一人で立ち上がることができない状態であったことは認める。一人で立ち上がれなかった理由は不明であるが、歩行できないという程度にまで重態であるという所見ではなかった。

同2(四)のうち、原告らがやむなく英子を東邦大学附属病院に搬送してもらったことは否認する。

3  同3は争う。

4  同4は否認する。

5  同5は否認ないし争う。

三  被告の主張

1  被告病院において英子を受け入れた経緯

本件診療当時、被告病院の診療科目は脳神経外科、整形外科、形成外科、理学療養科であり、被告病院は、その他の外科領域については専門的な診療機関としての診療を行うことはできなかった。

また、被告病院は、東京都の救急医療体制の一環として、脳神経外科、形成外科、整形外科について、一次救急医療機関として初期救急業務に協力するとともに、品川区医師会からの依頼で、二次救急医療機関として救急診療を輪番制で行っており、救急情報センターからの依頼に対して、右三科の主に初期段階にある中等症程度の救急患者についてのみ診療を引き受け、胸腔ドレナージを要するような重症患者は、初めから胸部外科を有する他の病院に転送される取り決めとなっていた。

そして、被告病院の本件診療当時の当直医で脳神経外科である沼本医師は、救急隊から被告病院に対して英子の受け入れを要請する電話連絡が入った際、マンションの一一階から飛び降りたのであれば明らかに重症であると考えられること、被告病院はベッドが満床の状態であったことから、大学病院等の救命救急センターに搬送する方がよいとして受け入れを拒んだところ、救急隊から、現時点までにどこも受け入れ可能な病院が見つかっていないこと、マンションの一一階から飛び降りたのかどうかも目撃者がいないためはっきりしないこと、英子には前額部に大きな挫創があるので、とにかく頭部の状態だけでも診察してもらいたいこと、その後の転送先は救急情報センターの方で責任をもって探すことなどの説明を受けたため、以後の診療方針や転送先等を決定するための診察だけを行うこととして、英子を受け入れることとしたものである。

なお、沼本医師は、当初から、次に搬送することのできる病院を探すよう救急隊に対して依頼し、救急情報センターに対しても同趣旨の依頼を行っている。

2  被告病院における英子の診療経緯

沼本医師は、救急隊から英子が一一階から飛び降りて自殺を図った疑いがあるとの情報を得て、全身症状を早急に把握すべく視診を行うとともに、問診で気分はどうかと尋ねたところ、英子は、特に気分は悪くない旨答え、右足の挫創部に痛みを訴えたのみであった。さらに、同医師は、本件診療中に血圧測定を三回行ったが、いずれも正常値であった。

このように、英子は、本件診療当時、救命措置を必要とするような状態ではなかったが、かなりの興奮状態にあり、通常成人のような会話が不可能で、問診に対する受け答えも十分にできず、外傷急性期であることさえ確認できない状態であったこと、仮に英子が一一階から落下した場合、頭蓋骨骨折や腰椎骨折等は、視診だけでは容易に確認することができない場合が多く、しかも生命に対して重篤な影響を及ぼす危険性が高いことから、同医師は、骨折の有無を確認すべく、英子が疼痛を訴えた部位と外傷があった部位(頭部、右下肢、右肘、腰部)に対するレントゲン撮影を実施した。

また、胸部レントゲン撮影については、英子に呼吸困難等、緊急の治療を必要とする肋骨複雑骨折等の症状が認められなかったこと、英子がかなり興奮し、大声で泣きわめいて落ち着きがない状態であり、それ以上のレントゲン撮影は困難であったことから、実施しなかったものである。

なお、被告病院から英子が搬出される時点では、チアノーゼ等も見られず、血圧も安定していたのであって、興奮した結果、疲労が出て顔色が不良となることも少なくないことからすれば、疲労や顔色不良が見られたことのみをもって、英子がショックの前段状態にあったということはできない。

さらに、英子は、東邦大学附属病院到着時点において、ショック状態に陥っていたとはいえない。平成三年六月八日午前三時三〇分に同病院に到着してから同日午前五時四〇分に救命救急センターに入室するまで、二時間以上も経過していることに照らせば、同病院到着後相当時間が経過した後にショック状態に陥った可能性も考えられる。

3  東邦大学附属病院に対する転送の経緯

前記1のとおり、被告病院は、東京都の救急医療体制の一環として、脳神経外科、形成外科、整形外科について、主に初期段階にある中等症程度の救急患者についてのみ診療を引き受けていたのであって、被告病院が応急の一次処置を終了した段階で同病院の診察医がより高次医療施設での診療が必要と認めれば、救急情報センターに連絡して、総合病院等を紹介してもらうことができる体制になっていた。

沼本医師は、視診、触診、血圧及び脈拍の測定、創部の縫合、単純レントゲン撮影といった応急の一次処置を完了した時点で、生命危機が切迫している状況と認めるべき所見がなかったものの、英子が興奮状態であったため、受傷経過等についての詳細な問診が不可能な状態であり、また、英子が高所から墜落した可能性もあることから、全身状態の把握につき十分な経過観察が可能な高次医療施設に転送すべきであると判断した。

そこで、沼本医師は、右の事情を救急情報センターに説明して転送先を探すよう依頼するとともに、自らも転送先を探していたところ、同センターから、東邦大学附属病院の救命救急センターを含む高次救急医療機関はいずれも満床で受け入れは不可能であるとの回答があった。

しかし、救急情報センターから、従前から患者本人が受診していてカルテが存在する病院があれば、その病院に対する転送が可能かどうか確認するよう依頼されたことから、原告花子に確認した上で、英子が通院していた東邦大学附属病院に対する転送が可能かどうか確認することとなった。

そこで、沼本医師は、東邦大学附属病院神経科の当直医に対し、救急隊から高所からの飛び降り自殺を図ったらしいとの情報を得ており、精査の必要があるが、いずれの救急機関の救急部も満床のため受け入れが不可能な状態であることを説明した上で、英子が興奮状態にあることから詳細な問診をしてもらう必要があったこと、また、救急診療が不要と診断された場合には再度の自殺を防止する必要があったこと、英子がもともと同科に通院しており、同科は英子に関する情報を十分有していることから、同科を経由して救命救急センターでの救急診療を実施してもらうことを前提に、必要な手配をした上で、同科に対して英子を転送したものである。

実際、東邦大学附属病院では、同病院に英子が到着した後、神経科、第二外科、救命救急センターの各当直医が英子の診療に当たっている。

4  沼本医師の診療契約上の注意義務

(一) 診療義務の範囲

前記1のとおり、被告病院は、脳神経外科、形成外科、整形外科を専門としているため、これらの三科についてのみ、救急指定病院の届出を行っていた。

そして、被告病院は、救急情報センターからの依頼に応じて、英子を救急外来患者として診療したものであり、このような場合には、被告病院と救急患者との間に成立する診療契約に基づく診療義務は、右救急医療体制の下で被告病院が引き受けに応じた範囲内(一次救急医療機関として救急情報センターから救急診察の依頼があった脳神経外科についての診察及び応急の一次処置)において認められるにすぎず、多発外傷患者に対する緊急入院を前提とした救急外科治療は右診療義務の範囲外であった。

(二) 適切な診療及び転院措置

肋骨骨折があっても、血圧の低下等が認められない以上、肺損傷等を疑うことはできない。また、腹腔内の液貯留については、腰背部の単純レントゲン撮影という間接撮影だけでなく、CTスキャン等を行わなければそれが何であるかを明らかにし得ない。

そして、沼本医師は、前記2のとおり、搬入された英子の具体的な所見に基づいて適切な診療(応急の一次処置)を行い、本件診療当時、被告病院が満床であり、それ以外の治療を行うことが不可能な状態であったこともあって、前記3のとおり、東邦大学附属病院に対して適切な転院措置を行っており、診療契約上の注意義務を全て尽くしている。

5  沼本医師の注意義務違反と英子の死との間の因果関係

仮に、沼本医師が原告の主張するような診療契約上の注意義務を尽くし、英子に対する診療を行っていたとしても、東邦大学附属病院でのショック状態を必ずしも防ぐことができず、英子の救命可能性は著しく低かったものといわざるを得ないから、沼本医師の注意義務違反と英子の死との間に因果関係は認められない。

第三  判断

一  請求原因1(当事者)のうち(一)の事実は、証拠(甲一、二)により認められる。また、同(二)の事実は当事者間に争いがない。

なお、証拠(乙三、四の2)によれば、被告病院は、本件診療が行われた当時、診療科目として脳神経外科、整形外科、形成外科、放射線科、理学療養科を標榜しており、救急病院の指定に当たっては、脳神経外科、整形外科、形成外科について救急診療を行う旨の申出がされていたことが認められる。

二  請求原因2(英子の受傷及び被告病院における診療等)について

証拠(甲二、四の1ないし6、七、八、九の1ないし23、一五の1、2、一六、乙一、二、七、丙一、二、証人沼本、同有賀徹、原告花子本人、調査嘱託の結果、鑑定の結果)及び弁論の全趣旨によれば、英子の受傷及び被告病院における診療等について、以下の事実が認められる。

1  英子の受傷経緯

英子は、平成三年六月七日夜、自宅でしばらく電話をした後、原告らの知らないうちに外出し、同月八日午前〇時過ぎころ、東京都品川区八潮<番地略>所在の都営八潮○○アパートから飛び降り自殺を図ったが、一命を取りとめた。英子は、自力で右アパートの一一階に行き、同階の居住者に対し、自ら飛び降りたことを明らかにした上で、自宅に連絡するよう依頼したため、右居住者は、直ちに英子の自宅に連絡しようとしたが連絡がつかなかったことから、一一九番通報を行った。

同日午前〇時五五分、東京消防庁大井消防署八潮救急隊に対する救急車出動要請があり、同隊は、同日午前〇時五九分ころ、前記アパートに救急車で到着し、同日午前一時一五分ころ、英子を乗せて同所を出発した後被告病院に向かい、同日午前一時二四分ころ、同病院に到着した(同消防署に対する調査嘱託の結果、甲一五の1)。

2  沼本医師による英子の診察経過

被告病院では、平成三年六月七日夜から同月八日にかけて、沼本医師が当直勤務に当たっていたが、被告病院のベッドはICUを含めてすでに満床の状態であり、新規の入院患者を受け入れられる態勢ではなかった。

しかし、同日午前一時ころ、救急隊から被告病院に対して、「ビルの一一階から飛び降りた可能性のある患者がいるので診て欲しい。」との電話連絡が入ったことから、被告病院では右患者の受け入れを承諾した。

なお、被告は、英子を救急患者として受け入れるに至った経緯について、高所からの転落による外傷であれば、重症と考えるのが一般的であり、当時、被告病院は満床であったことから、被告病院ではなく、他の総合病院や大学病院の救命救急センター等に搬送する方がよい旨救急隊に対して回答したが、これに対して、救急隊は、他の総合病院や救命救急センターに数か所連絡したが、どこも受け入れ不可能であったこと、一一階から飛び降りたというのも本人が言っているだけで目撃者がなく確認が取れていないこと、患者の意識等はしっかりしていることなどの事情を説明した上で、前額部に大きな挫創があるので、とにかく頭部の状態だけでも脳外科的な診察が受けたいと要請してきたことから、沼本医師において、その後の治療方針を決めるための脳外科的な診察のみを行うことを了承したにすぎず、その後の入院先については、救急情報センターで責任をもって探すとの回答があった旨主張し、沼本医師も右主張に沿う証言をする。

しかしながら、沼本医師は、英子を被告病院に搬送してきた救急隊に対して、転送のために待機するよう要請するなどの措置を講じていないこと、また、救急情報センターがその後も入院先について探していたことをうかがわせる証拠はなく、かえって、後述のとおり、沼本医師が、その後同センターに依頼して転送先の病院を探していること、さらに、同医師は、頭部のみならず、腰背部や右肘、右下肢についてもレントゲン撮影を行って骨折部位がないか確認していること等にかんがみれば、同医師の右証言は採用することができず、被告の右主張は採用できない。

沼本医師が被告病院に搬入された英子を診察したところ、頭部及び右下肢に包帯を巻かれ、右手に擦過傷が見られるなど、多岐にわたって外傷が認められるとともに、顔色不良の状態であった。右搬入の際、沼本医師は、搬送してきた救急隊の隊長から、英子はビルの一一階から飛び降りた可能性があること、倒れているところを発見されたのではなく本人が直接知人宅へ行き救急車を要請したこと、現在の既往症として東邦大学附属病院の精神科で通院治療中であるらしいことなどについて、それぞれ説明を受けた(この点は、乙一の診療録及び外来チェックリストの冒頭にその旨の記載があることから認められる。)。

そこで、沼本医師は、英子の意識レベルを判定するために、救急隊からの情報によってすでに判明していた氏名、年齢、生年月日、住所等を質問して確認したところ、清明に答えたため、英子の意識レベルは正常であると判断した。

次に、沼本医師は、英子をストレッチャーに乗せて、洋服を着たままの状態で手足に外傷、骨折等がないか視診を行い、また、手足や首が動かせるかどうか、痛みはないかどうかについても確認したところ、英子は、気分はこれといって悪くない、右足に痛みがあるが、擦過傷や頭部の挫創については全く痛みがないと答えた。また、沼本医師は、当直の看護士に血圧を測定するよう指示し、右看護士は、三回血圧を測定したところ、それぞれ最高一一〇と最低六二、最高一一〇と最低六〇、最高一一二と最低六二という結果であったため、沼本医師は、英子には特にショックや外傷以外の出血を疑わせるような所見等は見られないと判断した。

しかし、英子は、大声で「パパ。帰りたい。入院するのはいやだ。」と大声を出すなど、かなり興奮して、子供っぽく落ち着きがない状態であり、沼本医師が、英子に対して、どのようにして怪我をしたかについて質問したものの、返答が得られなかった。

そこで、沼本医師は、胸部や腹部に関しても単純レントゲン撮影が必要かどうかを判断するため、英子に深呼吸をさせたり、簡単に腹部や肋骨を押さえて触診をしたが、特に痛みはないと答えたことから、胸部や腹部についてはレントゲン撮影する必要がないものと判断した。

沼本医師は、英子が痛みを訴える部位が挫創や打撲創の認められる部位と一致しなかったため、英子をレントゲン台に移動させ、着衣を全部脱がせてから、もう一度視診を行ったところ、前額部及び右下肢に挫創が、右肘及び腰部に擦過傷が認められた。そこで、再度、胸部及び腹部の聴診ないし触診を行ったが、呼吸困難、腹部の膨満、緊張感若しくは疼痛など、特に異常は認められなかった。しかし、沼本医師は、前記のとおり、英子が痛みを訴える部位が挫創や打撲創の認められる部位と一致しなかったため、気道塞栓等の危険がある骨折等がないかどうかを確認するため、視診によって外傷の認められた部位、すなわち、頭部、右下肢、右肘、腰背部について単純レントゲン撮影を施行した。

そして、右レントゲン写真の現像を待つ間に、沼本医師は、神経医学的な検査、すなわち眼球運動、対光反射、瞳孔不同、顔面神経、下位脳神経、知覚障害、運動障害があるかどうかについて確認を行ったが、全て正常であった。

右レントゲン写真のうち、頭部、右下肢及び右肘を撮影したものについては、骨折等の異常は認められないものの、腰背部を撮影したものには、英子が死亡した後に実施された解剖により確認された両側の多発肋骨骨折の所見のうちの一部と見られる肋骨骨折と、腹腔内の液貯留を疑わせる傍結腸溝の拡大や腸腰筋影の不鮮明といった異常所見が認められる。しかし、沼本医師は、脳神経外科が専門であることなどの事情もあってこれに気づかず、右レントゲン写真のいずれにも緊張性ある異常所見は認められないと判断した。

なお、沼本医師は、胸部の単純レントゲン撮影については、外傷が認められなかったため、その必要性はないものと考えてこれを施行しなかった。また、CTスキャンや血液ガス検査についても、その必要がないものと考えて、これを施行しなかった。そして、沼本医師は、英子の右前額部の挫創について、かなりの出血が見られたことから、五針縫う縫合処置をした。

一方、警察官から英子が飛び降り自殺を図って被告病院へ搬入された旨の連絡を受けた原告らは、直ちに被告病院に急行し、同日午前二時ころ、同病院に到着した。

沼本医師は、原告らに対し、一一階から飛び降りたかどうかについて質問したが答えがなかったこと、他の質問には答えてきたこと、診療の途中で何度か自力で起き上がったり、帰ると言ってかなり興奮していたこと、前額部の挫創については縫合処置をして止血をしたこと、レントゲン撮影の結果、頭部、右肘、右足、腰部に骨折などの異常所見は見られなかったこと等の説明をした上で、全身状態に異常はないということで、英子を帰宅させるよう勧めた。

そこで、原告らは、英子を帰宅させようとしたが、英子は、意識ははっきりしているものの、立ち上がれない状態であり、帰宅することが困難な状況であったことから、沼本医師に対して、英子を被告病院に入院させるよう懇願した。

沼本医師は、前記診療の結果、英子には数か所の外傷は認められるものの、全身状態には異常がなく、帰宅させても支障がないものと考えており、また、被告病院は当時満床で、新たな入院患者を受け入れることができない状態であったため、被告病院に入院させることはできない旨答えた。

しかし、原告らは、それならばせめて他の病院に入院させて欲しいと更に懇願したため、沼本医師は、英子がかなり興奮状態にあったこと、また、精神分裂病の既往症があることの説明を受けていたことから、再び飛び降り自殺を図る可能性があると判断し、英子を入院可能な他の医療機関に転送することとし、東京都消防庁の救急情報センターに英子の転送先を探してくれるよう依頼した。

しかし、同センターから、英子の転送先が探し出せなかったとの連絡があり、さらに、本人若しくは家族が他の総合病院等で診察を受けたことがあり、診察券等を所持していれば無条件に夜間でも入院や診察を受けることができるとの指摘があったため、沼本医師は、原告花子に対して、診察券がないか確認したところ、東邦大学附属病院の神経科の診察券を所持していることが判明した。

そこで、沼本医師は、同センターに対し、英子が東邦大学附属病院に通院していることと、診察券に記載されていたカルテの番号を通知したところ、同センターから、同病院の神経科で英子の診察ないし入院を受け入れることができるとの連絡があった。ただ、同時に、沼本医師から同病院の医師に直接連絡して欲しいとの指示があったため、沼本医師は、電話で、同病院の神経科の医師に対し、英子がビルの高所から飛び降りた可能性が高いこと、英子の具体的な状態について診察をしたが全く異常がないこと、英子はかなり興奮していて入院加療が必要であること等を説明したところ、同病院で受け入れ可能との返事を得た。

そこで、沼本医師は、東邦大学附属病院神経科に英子を転送することとし、救急車を要請した。平成三年六月八日午前三時〇三分、東京消防庁品川消防署五反田救急隊が救急車出動の要請を受け、同日午前三時一二分ころ被告病院に救急車で到着し、英子は、沼本医師作成の東邦大学附属病院神経科に対する紹介状等と共に、救急車で被告病院から東邦大学附属病院に搬送され、同日午前三時二九分ころ、同病院に到着した(同消防署に対する調査嘱託の結果、甲一五の2)。

なお、被告は、英子が、高所からの墜落により受傷した可能性があったものの、興奮状態で沼本医師の問診に対して十分受け答えができない状態であり、詳細な問診を尽くしてもらう必要があったこと、英子が東邦大学附属病院神経科に通院していたため、同科を通じて同病院の救命救急センターで全身状態についての経過観察が受けられることになったことから、沼本医師において、同科へ転送したものであり、再度の自殺防止という目的は副次的なものであったにすぎない旨主張し、沼本医師も右主張に沿う証言をする。

しかしながら、前記認定のとおり、沼本医師は、英子の全身状態に異常はないものと判断し、原告らに対して英子を帰宅させるよう依頼したこと、東邦大学附属病院神経科の当直医に対しても英子の全身状態には問題がないと説明していること、乙一の診療録に、再び飛び降り自殺をする危険があるため、英子に入院を勧めた旨の記載があることにかんがみれば、沼本医師は、英子が再度自殺するのを防止するために同科に転送したものというべきであり、これに反する同医師の右証言は採用することができず、被告の右主張は採用できない。

なお、英子は、被告病院を出発する時点において、疲労及び顔色不良が見られる状態であり、いわゆるプレショック状態にあった。

3  東邦大学附属病院における英子の診療経過

英子は、東邦大学附属病院に到着した後、直ちに、神経科に搬送され、神経科、第二内科及び救命救急科の各当直医による診察を受けたが、特に訴えはなく、「家に帰りたい。」と言ってはいたものの、顔色が蒼白で、全身にチアノーゼがあり、バイタルサインは、血圧が測定不能、脈拍は心電図モニターで一五〇から一四〇、意識レベルは一けた、腹部は軟らかいもののわずかに膨満しており、眼瞼結膜、貧血が見られる状態であった。

英子は、同日午前四時三〇分ころには、意識レベルが一けたから二けたで、心拍数が一五〇から一六〇となり、血圧が一〇〇台に落ち込み、呼吸抑制が見られ、意識が混迷となったことから、挿管してポンプ輸血を施行したが、血圧測定不能となったため、担当医師は出血性プレショック状態ではないかと疑い、CTスキャンを施行したが、頭部CTスキャン施行後、急に徐脈して心停止したため、心肺蘇生を施行したところ、脈拍は一時的に一三〇台に回復したものの、血圧は測定不能、対光反射は消失、瞳孔は散大し、意識レベルは三〇〇となり、胸腹部CTスキャンの結果、胸部両側に血気胸、腹部には後腹膜出血が疑われ、第一外科に診療を依頼し、ICUへの入室を待ったものの、ICU入室時には、心拍数が一一〇から八〇、血圧三八となり、プレショック状態が続き、肺や肝臓等からの出血量が多くなった時点で、急にショック状態となり、心停止した。

同日午前四時五〇分ころ、英子は、多発外傷と診断され、救命救急科に入室したが、午前八時一〇分には心拍数が四〇以下、血圧測定不能の状態になり、心肺蘇生を施行したが回復せず、午前八時四五分に死亡が確認された。

英子の解剖所見は、①胸腔内臓器損傷、すなわち、両肺損傷、血気胸(左血性胸腔液六〇〇ミリリットル、右血性胸腔液三〇〇ミリリットル)及び肋骨(左二ないし六、右三ないし六)骨折、②腹腔内臓器損傷、すなわち、肝臓損傷、血性腹腔液八〇〇ミリリットル、③その他、脾臓器貧血等であり、その結果、英子は、高所から飛び降りた際に受けた胸腹腔内臓器損傷により死亡したことが判明した(甲二)。

三  請求原因3(被告の責任)について

1  多発外傷患者の診療方法について

証拠(甲六、一一ないし一四、証人沼本、証人有賀徹、鑑定の結果)及び弁論の全趣旨によれば、本件診療が行われた当時の救急外傷患者の診療に当たる医師の基本的知見として、多発外傷患者に対しては以下のような診療方法をとるべきであったことが認められる。

何らかの処置ないしは治療を早急かつ適切に行われなければ生命に影響を及ぼす損傷が五つの体区分(頭部、頸部、胸部、腹部、骨盤・四肢)の二か所以上に存在することを多発外傷という。多発外傷の受傷原因のほとんどは、交通事故又は高所からの墜落である。

多発外傷は、ある損傷の病態やその治療が他の損傷の病態を著しく修飾したり悪化させることが多く、その重症度は各損傷臓器の重症度を単純に加算した数値にプラスアルファを加えたものとして考えなければならない。

そして、多発外傷患者の診断と治療に当たっては、以下のとおり、気道確保、呼吸管理、循環管理等の生命維持機構の安定化に必要な救急処置を行いつつ、それぞれの病態の緊急性を基準として治療の優先順位を決定し、その順位に従って治療を実施しなければならない。

まず、来院後五分以内に行うべき処置として、心停止や呼吸停止の状態にないことを確認した後、着衣を全部脱がせて全身を観察し、主たる外傷部位を診断すると同時に、救急隊員より簡単な受傷機転を聴取する。この時点では、視診(受傷部位・程度)、触診(圧痛ないし筋性防御の有無・程度)、バイタルサインの把握など、理学的所見のみで、直接生命を脅かしている病態を判断しなければならない。舌根沈下、吐物、異物、声門浮腫などによる急性上気道閉塞と緊張性血気胸、気管・気管支損傷などが最も緊急性が高いが、これらは、チアノーゼ、努力性呼吸、頻呼吸、胸郭の異常運動、呼吸音の左右差、上気道狭窄音、頸部・胸部の皮下気腫、口腔内の観察により比較的容易に判断できる。緊急性血気胸等が疑われる場合には、胸腔ドレナージや気管内挿管等を施行し、気道を確保すべきである。そして、頭部外傷による意識レベルの低下や胸部外傷の関与が否定できれば、まず複数の静脈路(少なくとも一本は中心静脈路)を確保すべきである。

続いて、来院後一〇分以内に行うべき処置としては、外出血のコントロールと動脈血ガス分析が重要である。四肢の開放性骨折を合併している場合には、とりあえず抗生物質を局所に散布し、清潔なガーゼで覆い、シーネ固定をしておく。動脈血ガス分析の結果を踏まえた上で、呼吸管理及び循環管理(輸血ないし輸液を含む。)を行い、ショック状態に陥らないよう注意する。そして、腹腔内大出血や心大血管損傷が明らかであれば、全身管理の一環としての止血手術、すなわち緊急開胸・開腹術を施行すべきである。なお、右診断に際しては、胸部単純レントゲン撮影を施行する必要があるが、その読影に当たっては、まず生命を脅かす緊急性血気胸、縦隔気腫や皮下気腫、上縦隔の拡大、中心陰影などに注目し、その後に一般的な読影法に準じた読影を行うべきである。

以上の診断及び治療が完了した後は、詳しい受傷経過と各外傷の検索を行う。右検索に際しては、各部のレントゲン撮影、エコー、CTスキャン等が有用である。特に、受傷原因が明らかでない、あるいは大きな外力を受けた(例えば、高所からの転落等)可能性のある鈍的外傷については、生命予後に直接関与する可能性の高い中枢神経系、胸腹部、骨盤等への損傷に対する評価を行う必要があるから、頭部、胸腹部等の単純レントゲン撮影を施行するべきである。

なお、意識障害を伴う頭部外傷や四肢麻痺を伴う頸椎損傷は、胸腹部の理学的所見、例えば、腹部については、大量出血を伴わない腹部実質臓器損傷、腸管破裂、あるいは十二指腸や膵臓などの後腹膜臓器損傷等を隠蔽することが多く、初療時に診断されない危険性がある。このように、理学的所見や検査結果は、そのときの状態であって数時間後には変化する可能性があるため、ICUに収容して経過観察を行うことが重要である。

2  胸腹腔内臓器損傷の診療方法について

証拠(甲五、六、一一ないし一四、証人沼本、証人有賀徹、鑑定の結果)及び弁論の全趣旨によれば、本件診療が行われた当時の救急外傷患者の診療に当たる医師の基本的知見として、胸腹腔内臓器損傷に対しては、以下のような診療方法をとるべきであったことが認められる。

(一) 胸腹部救急患者の診療方法

診察に当たっては、まず全身状態を確認するため、意識レベル(瞳孔散大・不同の有無)及び呼吸状態(自然呼吸・上気道閉塞の有無)、血圧、脈拍数、体温などのバイタルサインの確認を行う。チアノーゼ、顔面蒼白、四肢冷感、呼吸切迫、血圧低下、頻脈などの症状があれば出血性ショックを疑い、血液ガス検査、胸部・腹部レントゲン撮影など、手術に必要な最低限の検査を行うべきである。

胸腔内臓器は、骨性胸郭によって庇護されており、明らかに見える損傷はなくとも臓器損傷が起きる可能性がある。したがって、目立ちやすい損傷に目を奪われることなく、全身を系統的に検索して、治療の優先順位を速やかに決める必要がある。胸部外傷の診断に当たっては、胸部単純レントゲン撮影が非常に有効であり、個別の臓器損傷に特有な臨床症状や所見を示すことも多い。気胸がある場合には、肺虚脱が認められ、著明な循環不全の病態を示す緊張性では、肺完全虚脱、縦隔の反対側への偏位、横隔膜の下方への圧排などの所見が見られる。血胸がある場合には、立位像で液体形成像が、臥位像で肺野にスリガラス状陰影が、それぞれ認められる。

腹部単純レントゲンは、通常横隔膜から骨盤まで入る写真を、状態が許せば立位(ただし、ショック状態、激しい疼痛発作、意識障害等のある場合には行うべきではない。)と仰臥位正面前後像で撮影する。これによって、仰臥位像での傍結腸溝の開大と骨盤腔液体貯留像が見られれば、腹水ないし腹腔内出血貯留を疑うべきである。

また、外傷患者については、レントゲン写真の骨折像により、加わった外力の方向、大きさを推定することができるが、胸腹腔内臓器損傷についても、その骨折部位によって、右下位肋骨骨折があれば肝損傷を、左下位肋骨骨折があれば脾損傷を、それぞれ疑うべきである。

なお、診断及び治療方針の決定が困難な症例や、出血があるがバイタルサインの安定している症例では、保存的治療を行いつつ、経過を観察するとともに、必要であれば検査を繰り返し、治療方針を選択していく必要がある。

(二) 肺損傷の診療方法

肺損傷には、肋骨骨折に伴う肺末梢単純損傷など軽度の血気胸から、肺破裂など重篤な損傷まで、種々の程度のものがある。

(1) 肺挫傷患者の診療方法

肺挫傷は、鈍的直接胸部外傷のみならず、墜落事故、爆発事故にも見られるように、胸壁に直接外傷を認めなくても発生し得る。

症状は呼吸困難と喀血であり、胸部レントゲン写真上の変化は、数時間から四八時間後に発生することが多い。限局性又は瀰漫性雲状浸潤陰影を示し、三ないし四日後、遅くとも一週間後には消失する。病理組織学的には肺実質浮腫、肺胞破裂と肺胞内出血が初期の所見であるが、破裂した肺胞からの滲出液と出血は細気管支に入り、局所的気道閉塞を生じ無気肺となることがある。また、初期の胸部レントゲン写真に異常がなくても数日後には重篤な呼吸不全に進行することがあり、PaO2とA-aO2の測定が早期診断に不可欠である。

応急処置としては、軽症例の場合、酸素吸入、ネブライザー、間欠的陽圧呼吸法、気管内吸引の保存的治療を早期に開始して、胸部レントゲン写真、血液ガス測定を経時的に行う。重症例では、気管内挿管して人工呼吸管理が必要である。

(2) 肺破裂患者の診療方法

胸壁に大きな外力が加わり反射的に声門が閉鎖すると、気道内圧と肺胞内圧が急激に上昇して肺破裂が起きるとされている。症状は、重篤な呼吸困難でショックを示すことも多い。少量から中等量の喀血を伴う。胸部レントゲン写真は血気胸と浸潤影を示す。

応急処置としては、血気胸に対して、まず胸腔ドレーンを挿入する。肺が再膨張すると出血とair leakは減少するが、大量のair leak又は出血のため、緊急手術を要することが多い。

(三) 肝損傷患者の診療方法

肝臓は、腹腔内最大の臓器であり、体表近くに位置するため腹部外傷で損傷される機会は多い。

症状としては、腹腔内出血が主体となるが、大量では出血性ショック症状を呈する。また、腹部膨満、腹膜刺激症状を示す。

検査方法としては、腹部単純レントゲン写真の腹腔内出血像、腹腔穿刺による血液の証明、US、CT、血管造影などの画像診断が有用である。また、血液検査ではGPTの上昇が見られる。

治療方針としては、循環動態が安定しており、腹部所見の進行しないものでは保存的治療が可能である。しかし、臨床的に肝損傷が確認され出血性ショックに陥った場合や、そのおそれのある場合、血管造影による塞栓術の無効な場合には、電気メスによる止血処置、肝動脈結紮、肝縫合、肝切除等の開腹手術を行う必要がある。この場合には、輸液・輸血による循環動態を安定させることが重要であり、必ず上大静脈系に輸液路を確保すべきである。

3  救急医療制度について

証拠(乙三ないし五、六)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

救急病院等を定める省令(昭和三九年二月二〇日厚生省令第八号)一条は、救急病院ないし診療所の基準(以下「省令基準」という。)について、

(一) 事故による傷病者に関する医療について相当の知識及び経験を有する医師が常時診療に従事していること。

(二) 手術室、麻酔器、エックス線装置、輸血及び輸液のための設備その他前号の医療を行うために必要な施設及び設備を有すること。

(三) 救急隊による傷病者の搬送に容易な場所に所在し、かつ、傷病者の搬入に適した構造設備を有すること。

(四) 事故による傷病者のための専用病床その他救急隊によって搬入される傷病者のために優先的に使用される病床を有すること。

と定め、消防法二条九項に規定する救急隊により搬送される傷病者の救急業務に関し協力する旨、都道府県知事に対して申し出たものが、救急指定病院ないし診療所となる旨定めている。

このうち、「事故による傷病者に関する医療について相当の知識及び経験を有する医師」とは、救急医療に関し必要な知識及び経験を有する者とされるが、別に指示するところに従って行われる救急医療を担当する医師に対する研修課程を修了した医師はこれに該当するものとされており、「常時診療に従事する」とは、同号に規定する医師が病院又は診療所において常時待機の状態にあることを原則とするが、搬入された傷病者の診療を速やかに行い得るよう、施設構内又は近接した自宅等において待機の状態にあることもこれに含まれるとされている。

また、「麻酔器」はガス麻酔器、「エックス線装置」は透視及び直接撮影の用に供しえる装置とし、「輸血及び輸液のための設備」とは輸血のための血液検査に必要な機械器具を含むとされ、「その他の施設及び設備」とは酸素吸入装置、人工呼吸器等を指すとされている。

さらに、「救急隊によって搬入される傷病者のために優先的に使用される病床を有する」とは、救急病室又はこれに準ずる病室を有すること又は救急隊により搬入される傷病者のために一定数の病床が確保されている状態を意味するとされている。しかし、実際には、いつ搬入されるか分からない救急患者のために空床を確保して待機することは事実上困難であり、専門病床を確保している救急病院は極めて少なく、我が国の救急告示医療機関のほとんどは、右省令の基準を満たしていない状況にある。

そして、被告病院は、本件診療が行われた当時、東京都緊急医療体制における救急医療対策の下で、主として外来の救急患者の初療を行う一次救急告示医療機関として初期救急医療業務に従事するとともに、品川区医師会からの要請により、輪番制で、救急患者の初療及び入院・手術等専門的治療を行う二次救急告示医療機関として救急医療業務に協力していた。

なお、東邦大学附属病院救命救急センターは、右救急医療対策の下で、生命危機を伴う重症、重篤救急患者に対する救命処置ないし高度専門医療を行い、併せて当該地域における救急医療の中心的機関として機能する三次医療施設として救急医療業務に従事していた。

4  診療契約上の注意義務違反について

(一) 前記二2のとおり、沼本医師は、救急外来患者として被告病院に搬送されてきた英子に対し、意識レベル確認のため問診を行い、バイタルサイン(血圧及び脈拍)の測定を看護士に指示し、いずれも正常であることを確認した上で、視診によって外傷部位を確認し、英子に痛みのある部位はどこか質問したが、右足のみが痛いと訴え、胸部や腹部については痛みがないとの回答を得たことから、念のため、外傷の認められた頭部、右肘、右下肢、腰部について単純レントゲン撮影を行い、骨折の有無を確認したが、特に骨折等の異常は認められないものと判断したことが認められる。

ところで、前記二1及び2のとおり、沼本医師は、英子が被告病院に搬送されてきた際、同人を搬送してきた救急隊員から、英子はアパートの一一階から飛び降りた可能性がある旨の説明を受けていたこと、英子が被告病院に搬送されてきた際、英子は顔色不良の状態であったこと、英子が前額部に五針縫う縫合処置を必要とする挫創を受けており、その他にも右下肢、右肘及び腰部と、多部位にわたって外傷が認められたこと、それにもかかわらず、英子は、外傷の認められた前額部や腰部の痛みを訴えず、右足の痛みのみを訴え、また、本件診療時、英子は極度の興奮状態にあり、正常な問診が不可能な状態で、詳細な受傷経過が不明であったこと等の事情が認められたのであるから、前記三1認定の事実に照らして、同医師には、視診、触診、バイタルサイン(血圧、脈拍、呼吸数など)の確認、胸部・腹部の単純レントゲン撮影等を施行して、脳神経外科的診察のみならず、強度の外力が英子の全身に加わった結果、胸腹腔内臓器損傷に起因する血気胸ないし腹腔内出血が発生していることをうかがわせる所見がないかどうか十分に検索すべき診療契約上の注意義務があったというべきである。そして、右検索によって、気胸や血胸、腹腔内出血、胸腹腔内臓器損傷等が疑われるような異常所見が見られれば、前額部の挫創の縫合に先立って、末梢静脈路を確保し、輸液を開始するなどして、ショック症状の発生の防止に努めるとともに、速やかに英子を開腹術による止血操作等の継続的治療ないし全身状態の経過観察が可能な高次医療施設へ転送すべき診療契約上の注意義務があったというべきである。

なお、被告は、救急外来患者である英子との間に成立する診療契約に基づく診療義務は、被告病院が東京都の救急医療体制の下で救急情報センターからの具体的な依頼に応じて救急診療を引き受けた、脳神経外科領域に関する診察及び応急の一次処置の範囲内においてのみ認められるにすぎない旨主張する。

しかし、前記二2のとおり、沼本医師は、英子の救急診療を受け入れるに際して、英子がマンションの一一階から飛び降りた可能性がある外傷患者であって、全身状態の把握が必要な患者であることを認識していたこと、実際に、同医師は、英子の血圧の確認や全身の骨折の有無の確認、挫創部位の縫合処置等を行っていることに照らせば、被告が診療契約上英子に対して行うべき応急の一次処置には、前述の循環系や呼吸系を含む全身状態の把握や、生命に対する危機を回避するための基本的な応急処置も含まれていたというべきであって、被告の右主張は失当である。

また、沼本医師は、脳神経外科を専門とする医師であるが、前記三1及び2の医学的知見は、眼科や皮膚科等が専門である場合はともかく、それ以外の外科系で救急外傷患者の診療に携わる医師であれば、その専門科目にかかわらず、基本的な知識として有すべきものである(鑑定の結果)から、沼本医師が脳神経外科を専門とする医師であることをもって、右認定の診療契約上の注意義務が発生しないと解することはできない。

なお、原告らは、被告病院は、本件診療当時、ICUやこれに準ずる施設の下で英子に対する緊急治療を実施する必要があったのに、これを実施せず、ベッドが満床であることを理由に英子の入院を拒絶したのは不合理である旨主張する。

しかしながら、本件診療当時、実際の救急医療体制は、省令基準を満たしていない状況にあったことは前記三3のとおりであり、また、当時被告病院は満床であったという具体的状況にかんがみれば、被告に対し、英子を被告病院に入院させた上で経過観察まで行うべき義務があったとまではいえない。

(二)  そして、前記二2のとおり、沼本医師は、視診、触診、血圧・脈拍の測定及び確認は行っているが、英子が痛みを訴えた部位は右足のみであり、外傷の認められた部位と一致しなかったことから、念のため、頭部、右肘、右下肢、腰部について単純レントゲン撮影を施行しているところ、腰部のレントゲン写真には、右下位肋骨骨折、傍結腸溝の拡大及び腸腰筋影の不鮮明といった異常所見が認められ、英子がアパートの一一階から飛び降りた可能があること、右骨折の位置等を総合すると、肋骨骨折に伴う肝損傷による腹腔内出血が存在するのではないかと疑うべきであったにもかかわらず、右異常所見を見落とし、その結果、英子の全身状態には全く異常がないものと判断し、胸部についてはレントゲン撮影すら施行しなかったのであるから、同医師は、前記(一)の診療契約上の注意義務を怠ったといわなければならない。

なお、被告は、当時英子が興奮状態にあったことから、胸部レントゲン撮影等を行うことは不可能であった旨主張するが、沼本医師は、前記二2のとおり、頭部や腰背部については実際にレントゲン撮影を行っていること、本件診療によって、英子の全身状態は生命に危機を及ぼすような緊急状態ではないと認識していたことにかんがみれば、胸部レントゲン撮影を行うことも十分可能であったというべきであり、被告の右主張は採用することができない。

そして、前記二1及び2認定の事実によれば、沼本医師が右検索を十分に施行して、腰背部のレントゲン写真に前記のような異常所見を発見できたならば、同医師は、多発肋骨骨折及びそれに伴う肝損傷による腹腔内出血を疑うことができ、場合によっては気胸をも疑うことができたのであるから、前額部の挫創の縫合に先立って、末梢静脈路を確保し、輸液を開始するなどして、ショック症状の発生の防止に努めるとともに、速やかに英子を救命救急センター等の高次医療施設へ転送すべきであったのに、右異常所見を見落としたため、英子の全身状態には全く異常がないものと判断し、再度の自殺を防止するために、同人を東邦大学附属病院神経科に転送したにすぎないのであって、同医師は、この点においても、前記(一)の診療契約上の注意義務を怠ったというべきである。

四  請求原因4(沼本医師の注意義務違反と英子の死との因果関係)について

前記のとおり、本件診療当時、沼本医師が胸部単純レントゲン撮影をしていれば、多発肋骨骨折の所見を得ることができたということができるものの、前記三1及び2認定の各事実及び証拠(証人有賀徹、鑑定の結果)並びに弁論の全趣旨によれば、肺損傷については、肋骨骨折に伴う軽度の肺挫傷の場合、レントゲン写真上の異常所見が数時間から四八時間後に発生することが多いこと、また血気胸については、英子が被告病院から東邦大学附属病院に転送された際に生じた可能性も否定できないことが認められ、これらの事情からすると、英子が受傷した直後である本件診療時に、胸部単純レントゲン撮影によって肺損傷や血気胸の所見を得ることは困難であったことがうかがわれ、また、右証拠によれば、沼本医師が前記三4の注意義務を尽くし、静脈路を確保し、輸液を開始していたとしても、静脈路の確保と輸液だけでは英子のショック状態を防ぐことができなかったことがうかがわれる。

ところで、鑑定事項に対する意見・回答には、被告病院から東邦大学附属病院に英子を搬送する時点で、同女をプレショック状態であると認識して、静脈路を確保し、輸液を開始し、かつ、胸腔ドレナージも行って、同女をショック状態に陥らせることなく同病院に到着し、当初より救命救急センターのスタッフないし外傷外科医からなるチーム医療によって治療を開始されていれば、救命の可能性が八〇ないし九〇パーセントあったものと思われる旨の記載もあるが、他方、それに続いて、静脈路の確保と輸液のみでは同病院到着時点での英子のショック状態を防ぐことが必ずしもできなかったという推測が可能であるとすれば、また、我が国では、外傷外科医からなるチーム医療が初療の時点では必ずしも実施されているわけではないことを考慮すれば、救命の可能性は著しく低かったといわざるを得ない旨記載されていること、前記の救命の可能性が八〇ないし九〇パーセントであったとの記述も、病院前救護(救急隊による処置)と医療施設(外傷センター等)を含めた北米地域における整備された外傷治療体系に基づく統計を利用したものであり、しかも、当初から救命救急センター等に搬送された場合を前提としていること(証人有賀徹)などの事情を考慮すれば、結局、英子を救命ないし延命することができた可能性はかなり低いものであったといわなければならない。

なお、原告らは、本件診療が適切にされていれば、被告病院における二時間にもわたる無駄な時間を費やさずにすんだはずであり、また、英子が帰宅しようとして自立歩行を試みるなどして英子の身体に大きな外力が加わることもなかったはずであるから、英子を救命ないし延命することができた旨主張する。

しかし、前記二2のとおり、英子が被告病院に搬入されてから、東邦大学附属病院へ搬送するための救急車を要請するまでに要した時間は、約一〇〇分であって、これよりも短い時間で適切な診療をすることができたと認めるに足りる証拠はないこと、また、仮に、英子が原告ら主張のように自立歩行を試みるなどしたとしても、それが英子の腹腔内臓器損傷にどの程度関与したか不明であることからすれば、右原告らの主張はいずれも採用することができない。

以上のとおりであるから、沼本医師の前記三4の注意義務違反と英子の死との間に因果関係があったと認めることはできないといわなければならない。

五  請求原因5(原告らの損害)について

前記四のとおり、沼本医師の注意義務違反と英子の死との間に因果関係が認められない以上、その余の点について判断するまでもなく、英子の逸失利益、英子本人の慰謝料及び葬儀費用は、これを沼本医師の注意義務違反による原告らの損害と認めることはできない。

しかしながら、前記三4のとおり、沼本医師は、英子の腰背部のレントゲン写真に肋骨骨折等の異常所見があったのにこれを見落とし、全身状態には全く異常がないものと判断し、右前額部の縫合処置のみを行った上で、英子に対して被告病院から退去するよう求めたのであって、同医師は、診療契約上の注意義務を怠ったといわなければならないのであり、原告らは、右のような沼本医師の対応によって精神的損害を受けたことが認められ(原告花子本人、弁論の全趣旨)、これを慰謝するためには、原告ら各自につきそれぞれ一〇〇万円が相当である。

そして、本件事案の難易、審理経過、本訴認容額等の諸般の事情にかんがみれば、沼本医師の注意義務違反と相当因果関係のある弁護士費用としては、原告ら各自につきそれぞれ一〇万円が相当である。

六  結論

以上のとおりであるから、原告らの請求は、不法行為による損害賠償として、それぞれ一一〇万円及びこれに対する平成五年一月二六日付け原告準備書面送達の日の翌日である同月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、その限度でこれを認容することとし、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・木村元昭、裁判官・青沼潔、裁判官・大森直哉)

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