東京地方裁判所 平成4年(ワ)23171号 判決 1995年7月28日
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
理由
【事実及び理由】
第一 請求
被告は、原告に対し金五五九〇万五八二五円及びこれに対する平成五年一月一四日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要(争いのない事実)
一 原告は、商品取引所法に基づく商品取引員であり、乾繭、貴金属等の売買及び売買取引の受託業務その他を業とする株式会社である。
被告は、乾繭、生糸、絹紡原料の売買、仲介等を業とする商人である。
二 原告と被告は、平成四年八月二一日、原告を買主、被告を売主として、次のとおり売買契約を締結した(以下「本件売買契約」という。)。
1 目的物 被告補助参加人日本シルク株式會社(以下「補助参加人」という。)在庫荷口中国江蘇省産乾繭一八トン九二・五キログラム
2 代金 五四二七万七五〇〇円(一キログラム当たり三〇〇〇円)
三 原告は、被告に対し、同月二四日、右代金五四〇〇万円及びこれに対する消費税一六二万円を支払い、同年九月一日残代金二七万七五〇〇円及びこれに対する消費税八三二五円をそれぞれ支払った。
四 原告は、平成四年八月二七日、九月二日及び九月四日の三回に分けて、本件売買契約にかかる乾繭(以下「本件乾繭」という。)を豊橋乾繭取引所指定倉庫であるマルケイ倉庫株式会社倉庫(豊橋市神野フ頭町一-一)において被告から受領した。
五 原告は、本件乾繭に隠れた瑕疵があり契約の目的を達することができないとして、被告に対し、平成四年一〇月一六日付け書面により本件売買契約を解除する旨通知し、同通知は同月一七日ころ被告に到達した。
六 以上の事実関係に基づき原告は、被告に対し、瑕疵担保責任を理由とする売買契約解除に基づく原状回復請求権に基づき、既払売買代金及び消費税の合計五五九〇万五八二五円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成五年一月一四日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による利息の支払を求めている。
第三 争点及び当事者の主張
一 争点
1 本件乾繭に契約の目的を達することができない瑕疵があるか否か
2 本件乾繭に「隠れた」瑕疵があるか否か
二 争点に関する当事者の主張
1 争点1(瑕疵の存否)について
(原告の主張)
(一) 原告は、本件乾繭の受領後、ただちに本件乾繭の検査(繭の参考検定)を愛知県に依頼したところ、同年九月一〇日次の事実が判明した。
(1) 本件乾繭を選繭(手入れ)して検定したものについて、生糸量二三・九七パーセント、揚り繭、選除繭が多く、全くの粗悪・不良品(くず繭)であること。
(2) 本件乾繭を選繭しないで検定したものについて、生糸量二一・七四パーセント、(一)と同様揚り繭、選除繭が多く、全くの粗悪・不良品(くず繭)であること。
(二) 原告は、一般顧客からの商品取引所の市場における商品取引委託等を業とする商品取引員であり、自ら製糸のために乾繭を購入する実需業者ではない。したがって、原告は、被告との間で本件売買契約を締結するに際しては、取引所での現物受渡供用品として使うに適した乾繭を買い付けることを目的としており、被告もこれを了知して商談が行われたもので、このことは、本件乾繭の売買価格を、豊橋乾繭取引所における本件売買契約当時の乾繭相場である一キログラム当たり三〇〇〇円と定めたことから明らかである。
本件乾繭は、繰糸に適さず、乾繭としての商品価値を全く有しないものである。仮に「選除繭」、「揚り繭」を除いた繭から自動繰糸機による繰糸が可能であるとしても、その商品価値(交換価値)は一キログラム当たり一〇〇円から二〇〇円程度、場合によってはゼロであり、本件売買契約の目的を達することができない瑕疵がある。
(三) 取引所の受渡供用品となり得るのは、商品価値がある乾繭の中でも取引所の定めた一定の基準をパスしたものだけであるところ、原告は、被告に依頼した買付先である補助参加人から「検定精算」による取引を拒否されたため、やむをえず被告ら実需筋の業者間で一般的に行われているという見本取引(見本売買とは異なる)によることになったため、本件乾繭が万一取引所の受渡供用品に値しなくてもやむを得ないとは考えており、その旨を被告に話したことはあるが、被告が主張するように「万が一、単価に相当しない品質であっても原告において責任を持つ」という趣旨のことは話していない。本件売買契約は、あくまで実需者に対し取引所における受渡供用品に準じた価格で転売することのできる商品を対象としたものであり、被告もそれを承知して本件売買契約を締結したのであって、本件乾繭のように全く商品とならない乾繭の場合にまで被告の担保責任を免除したことはない。
(四) 被告は、本件売買契約が見本売買であると主張するが、売買の目的物が当事者の眼前に存する本件のごとき取引を見本売買とするのは無理である。しかしながら、仮に本件売買契約が見本売買であるとしても、見本自体に隠れた瑕疵があるときは、たとえ見本に適合したものが給付されても瑕疵担保責任を負うのが原則であるから、本件売買契約が見本売買であるか否かを論ずる実益は極めて乏しい。
(被告の主張)
(一) 本件売買契約は、取引所の受渡供用品とすることを目的として締結されたものではない。仮にそうであれば<1>検定品としての取引あるいは少なくとも<2>検定条件付取引ということが明示されるべきであるところ、本件売買契約ではそのことが明示されていない。本件売買契約は、単に「生糸の原料であるところの乾繭」の取引である。
本件乾繭は、取引所の受渡供用品としての品位を備えていなかったとしても、生糸の原料としては十分に活用できるものであり、本件乾繭を所有していた補助参加人においても生糸の原料として活用する目的で、その商品価値、使用価値を認めて在庫品として保存していたものである。
(二) 原告と被告は、いずれも乾繭取引の専門業者であり、このような専門業者間の売買取引については専門業者が素人である消費者に対し商品を売りつける場合とは全く別個の取引原理がはたらく。
(1) 乾繭の専門業者間における取引の形態は、大別して次の三つに分類される。
<1> 検定品としての取引
公式の乾繭検定所において検定された乾繭で、検定の等級を特定して行われる取引
<2> 検定条件付取引
取引時点では公式の検定を経ていないが、特定の等級に検定されることを条件として行われる取引
<3> 見本取引
取引の交渉段階において、サンプルとしての見本が授受され、それによって、売買価額が決められるもので、検定を念頭に置かない取引
(2) 本件取引は、次に述べる経緯により見本取引として行われたものである。
<1> 原告(仙台支店長・岩井正道)は、平成四年八月六日、被告に対し、「日本シルク株式会社に中国産の輸入乾繭の在庫があるはずだから、売却依頼の商談を打診してほしい。」との乾繭買付けの打診依頼があった。
<2> 被告は、右依頼に基づいて、補助参加人に対し交渉を持ちかけたところ、補助参加人は、検定のための往復の乾繭輸送料や人夫の手間代が多額に見込まれるので、破談となった場合の費用負担が多すぎるので、サンプルによる見本取引なら応じられるが、検定条件付取引では応じられないとの意向であった。
<3> 被告は、右補助参加人の意向を原告(担当者・岩井)に連絡したところ、見本取引でもよいからサンプルを取り寄せてほしいとの回答であったので、次のとおりサンプルが授受され、品評が行われた。
イ 平成四年八月一一日一八キログラム入乾繭一袋を補助参加人から取り寄せ、被告と原告(法人部・緒方広美)とで群馬中央倉庫に運び込み、乾繭品評の専門家の意見を聞いた。
ロ 同月一七日、原告(担当者・緒方)は、乾繭五キログラムを愛知県豊橋市のマルケイ倉庫へ持ち込み、参考意見を求めた。
<4> 被告は、平成四年八月一九日、原告(担当者・緒方)から、「マルケイ倉庫での意見は、思ったより品位的に良いので、価額交渉に入ってほしい。」との連絡を受けた。被告は、緒方に対し、取引量も多く売買金額も多額に及ぶので、せめて参考検定(非公式の検定であるが、公式検定に準じた精度を有するもの)を経てからの方が安全ではないかと助言した。これに対し、緒方は、取引成立を急いでいたようで、直ちに価額交渉に入るよう被告に指示した。
<5> 被告と補助参加人との交渉結果に基づいて、被告が補助参加人から仕入れて、本件売買契約が結ばれた。
被告は、単価が一キログラム当たり三〇〇〇円では高い印象だったので、交渉過程において、緒方に対し、品評に過誤があったとしても、被告においては全く責任が持てない旨を述べた。これに対し、緒方は、万が一、単価に相当しない品質であったとしても原告において責任を持つので商談を進めてほしいということを繰り返し述べたため、右単価が決定された。
(3) 見本取引は、乾繭取引の専門業者間の取引であるから、取引対象の乾繭の品質、等級等の評価及びその売買価額の決定は、各専門業者の責任と危険負担において行われる。したがって、本件乾繭が結果的に原告の期待していた品位を備えていなかったとしても、それは乾繭取引の専門業者である買主の品評の過誤として、買主の危険負担に帰すべきものであり、「瑕疵」が存在したとの評価になじまないものである。
2 争点2(「隠れた」瑕疵の存否)について
(原告の主張)
本件乾繭は、江蘇省産のものであり、江蘇省産というだけである程度の品質が保証されているといってもよく、被告のような実需筋の業者でさえ、江蘇省産の繭で劣悪なものがあったと聞いたことはないと述べているほどである。
しかも、原告は、被告と共にサンプルを群馬中央倉庫に運び、取引所で繭の品質検査をする専門家(封印担当者)に検査を依頼して品質に問題ないという意見をもらい、豊橋のマルケイ倉庫の封印担当者にもサンプルの品質検査を依頼し同様の結論を得、被告自身もまた知人で輸入繭を専門に繰糸をしている某製糸業者の工務課長にサンプルの品位について意見を求め、本件乾繭は品位的に良いものであるという結論を得ており、本件のような事態は全く予想ができなかった。したがって、本件乾繭には「隠れた」瑕疵があるというべきである。
(被告の主張)
(一) 見本取引における品評の方法としては、通常、次の三方法が行われている。
<1> 五感による判定
切歩(きりぶ)計算といって、繭を割って、サナギを取り出し、糸部分とサナギ部分の重さを測定し、全体的な糸部分の重量を算出する。これにより糸目(糸部分の量)が判明する。加えて、繭を口に含んで息を通してみると、解じょ率、解じょ糸長等が判明する。サナギをつぶしてみると繭の乾燥具合等がわかる(四二パーセントくらいが理想的)。その他経験上の五感によって、繭の品評がかなり高度の確率で判明する。
<2> 試験びき
製糸工場で、試験的に生糸にして検査してみること。この方法は見本品が数キロあれば一日で可能である。これによっても繭の品評が十分にできる。
<3> 参考検定
非公式の検定であるが、公式検定に準じた精度を有するものであり、通常で三日間位、検定所が繁忙の時でも七日間位あれば、品評の結果が得られる。
(二) 民法五七〇条にいう「隠れた」瑕疵とは、取引界で要求される普通の注意を用いても発見されないもの、換言すれば買主が瑕疵を知らず、かつ知らないことに過失のないことを言う。
原告は、本件乾繭に「隠れた」瑕疵が存在したとし、それは専門的検定を経なければ発見できない事実であると主張する。しかしながら、本件取引では、品評に必要かつ十分な重量の見本品が買主に引き渡され、売買契約締結までに買主が慎重に商品の品評を行うため必要かつ十分な一三日間もの期間が設定されており、原告が右期間中に取引界で要求される普通の注意を用いて、(一)のような方法で品評を行っていたならば、本件乾繭の品評が的確に行われていたはずである。したがって、本件乾繭が結果的に原告が期待していた品位を備えていなかったとしても、そのことを知らないことについて原告に過失があり、「隠れた」瑕疵にはあたらない。
第四 争点に対する判断
一 当事者間に争いのない事実、《証拠略》によれば、次の事実が認められる。
(一) 原告は、本件乾繭の取引について検定精算取引(概算金を決定したうえで商品の受渡しと代金の支払を行い、検定の結果により差額を精算する取引)を申し込んだところ、本件乾繭の所有者である補助参加人から検定の経費がかかること等を理由にこれを拒絶されたため、平成四年八月一一日に本件乾繭の見本を受け取り、被告の勧めに従い前橋乾繭取引所の指定倉庫である群馬中央倉庫の関係者に参考意見を求めたところ、一〇パーセント位の選別をして消毒すれば問題なく供用に値すると意見を得、被告が意見を求めた製糸業者の関係者からも同様の意見を得た。被告は、原告担当者に対し、参考検定を受けるよう勧め、原告においても参考検定を受けることを検討したが、原告は、その前橋分室から前橋では参考検定の結果が出るまで一か月以上かかるとの報告を受け、当時原告において市場に供用するための繭を早く確保する必要があるとの判断から、参考検定を実施せず、当時の豊橋乾繭取引所の取引相場である一キログラム三〇〇〇円の単価で同月二一日に本件売買契約を締結した。当時、繭の検定所は全国で七か所あったが、原告では前橋以外の検定所に参考検定に出すことは検討しなかった。
なお、この際、原告担当者の緒方は、被告に対し、万が一取引所の検定で供用品として不適格との結果が出たとしても止むを得ないだろうという趣旨の話をした。
(二) 原告は、平成四年八月二七日、九月二日及び九月四日の三回に分けて、被告から愛知県豊橋市の倉庫で本件乾繭の引渡しを受けた後、直ちに本件乾繭の参考検定(非公式の検定ではあるが公式検定に準じた精度を有するもの)を愛知県に依頼したところ、同月一〇日次のとおりの検定結果が出された。
<1> M-1号の荷口について、生糸量二三・九七パーセント、選除繭歩合(繭検定所で選除した繰糸に適さない欠点のある繭を選除繭といい、その選除繭の検定試供繭に対する重量歩合を百分比率で表したもの)九・三パーセント、繭糸長(一粒の繭から生糸に繰り取られる繭糸の長さ)九三八メートル、解じょ率(繭糸を切り取る場合その途中で切断する回数の多少を表す係数でほぐれの良し悪しをあらわす。)二五パーセント、選除繭多し。
<2> M-2号の荷口について、生糸量二一・七四パーセント、選除繭歩合一二・九パーセント、繭糸長九一一メートル、解じょ率二三パーセント、選除繭多し。
(三) 原告は、本件乾繭について、愛知県に正式検定を依頼したところ、平成四年九月二二日、生糸量二五・三七パーセント、選除繭歩合八・二パーセント、繭糸長九一〇メートル(点数三八・五)、解じょ率二八パーセント(点数四七・〇)、等級点(合計点数)八五・五で四等格、選除繭多しとの検定結果が出された。
また、原告は、本件乾繭の製糸業者による購入価格を調べるため福島県の製糸業者にサンプルを渡し、右製糸業者が福島県繭検定所に正式検定を依頼したところ、平成四年一〇月六日、生糸量二六・九八パーセント、選定除繭歩合九・五パーセント、繭糸長九三五メートル(点数三八・五)、解じょ率二八パーセント(点数四七・〇)、等級点(八五・五)で四等格との検定結果が出された。
(四) 乾繭の検定は、繭糸長の成績(長い方が点数が良い)及び解じょ率の成績(パーセントが高い方が点数が良い)の合計点を出し、右点数によって優等格(九一・五点以上)、一等格(九〇・五点、九一・〇点)、二等格(八九・〇点、八九・五点、九〇・〇点)、三等格(八八・〇点、八八・五点)、四等格(八七・五点以下)に格付けをするものであり、どのように低品位の乾繭であっても最低四等格には格付けされる。
このため、乾繭の商品取引所では次のとおり品質制限を設け、極端に品質の悪いものは取引所での受渡しに供用できないようにしている。
<1> 白繭で繭格が優等格、一等格、二等格、三等格及び四等格に格付されたもの。
<2> 生糸量三七パーセント以上のもの
<3> 繭糸長一〇〇〇メートル以上のもの
<4> 解じょ率三六パーセント以上のもの
<5> 選除繭歩合八パーセント以下のもの
ただし、解じょ糸長(繭糸長×解じょ率)が四〇〇メートル以上の乾繭である場合は、<2>ないし<4>の規定にかかわらず、生糸量三五パーセトン以上、繭糸長八〇〇メートル以上及び解じょ率三五パーセントのものであれば受渡供用品とすることができる。
(五) 本件乾繭のうち選除繭、揚り繭を除いた正常繭については自動繰糸機や座繰による繰糸が可能であるが、本件乾繭の品質を若干上回る(生糸量三〇パーセントから三三パーセント、解じょ率三五パーセント以上)乾繭が国内より安いコストで円滑に輸入されており、採算面からみて本件程度の品質の乾繭を原料として生糸を製造している業者はほとんどなく、その価格は、一キログラム当たり一〇〇円から三〇〇円程度である。
二 争点1(瑕疵の有無)について
1 被告は、本件売買契約は、単なる生糸の原料としての乾繭の売買であり、商品取引所の受渡供用品とすることを目的とする売買ではないと主張するが、原告が商品取引所法に基づく商品取引員であり商品取引所での売買を業とする会社であることは明らかであること、被告自身、原告が本件乾繭を商品取引所の受渡供用品として使いたい意向であることを認識していたこと(被告本人尋問の結果)、本件乾繭の売買価格も当時の商品取引所の相場を参考に決定されたこと等を総合すると、本件売買契約は、条件として明示はされていないが、商品取引所の受渡供用品とすることを当然の前提とした売買であるとするのが相当である。
もっとも前記認定によれば、原告担当者は被告に対し、本件乾繭について正式検定を経ていなかったため、検定の結果受渡供用品として不適格の結果が出ても止むを得ないとの趣旨の発言をしたことが認められるが(被告は、原被告間において、最悪の場合は受渡供用品に値しない結果が出ても原告が責任を持つとの話が出た旨主張し、《証拠略》中には右主張に沿う記載及び供述があるが、右記載及び供述は《証拠略》に照らし採用することができない。)、前記認定によれば原被告は、本件乾繭につき倉庫関係者から受渡供用品として問題ないとの参考意見を得ており品質に極端に問題があるとは考えていなかったものであることに照らすと、右発言に品質のいかんを問わず原告が責任を負うとの趣旨まで含まれていると解することはできない。
2 右によれば、本件売買契約は、商品取引所の受渡供用品として用いることができる品質を有するか、検査の結果仮に受渡供用品として不適格であっても供用品に準じた品質を有する乾繭を対象としていたと解するのが相当である。
そして、前記認定によれば、本件乾繭は、繰糸は可能であるものの、商品取引所の受渡供用品としての適格を有しないことが明らかであり、またその取引価格も一キログラム一〇〇円から三〇〇円程度で受渡供用品に準じた品質も有していないから、本件売買契約の目的を達することのできない瑕疵があると言うべきである。
被告は、本件売買契約が見本売買ないし見本取引であるからそもそも「瑕疵」の概念を入れる余地がないと主張するが、見本自体について瑕疵が存在し、見本と引き渡された売買目的物本体との間に品質の相違がなかった場合であっても、後記のとおり買主がその瑕疵を発見できなかったことにつき過失が認められるかどうかは別として、「瑕疵」の存在まで否定されるものではないから、右主張は失当である。
三 争点2(「隠れた」瑕疵の有無)について
1 民法五七〇条にいう「隠れた」瑕疵とは、契約締結当時買主が瑕疵の存在を知らず、かつ知らないことにつき過失のないことをいう。
2 前記認定によれば、原告は本件売買契約締結前に被告から本件乾繭の見本の引渡しを受け、被告から参考検定を勧められたにもかかわらず、取引成立を急いでいたため、参考検定を行うことなく本件売買契約を締結し、本件乾繭の引渡しを受けた後に直ちに参考検定を実施したところ前記瑕疵が判明したものである。右参考検定の結果は本件乾繭の引渡日(同年八月二七日、九月二日及び九月四日)から間もない平成四年九月一〇日に出されていることから、原告が売買契約締結前に右参考検定を行うことは容易であり、右参考検定を実施していれば瑕疵を容易に発見できたと解される。したがって、原告が売買契約締結前に見本につき参考検定を実施しなかった結果瑕疵を発見できなかったことには過失があり、本件乾繭の瑕疵を「隠れた」ものと言うことはできない。
3 したがって、瑕疵担保責任に基づく本件売買契約の解除は認められない。
四 以上によれば、原告の請求は理由がない。
(裁判官 阿部正幸)