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東京地方裁判所 平成4年(ワ)4807号 判決 1993年4月28日

原告

株式会社岩田母型製造所

右代表者代表取締役

高内一

右訴訟代理人弁護士

安田有三

被告

株式会社イワタエンジニアリング

右代表者代表取締役

水野弘一郎

右訴訟代理人弁護士

横山正夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、別紙目録記載の各文字と各文字枠からなる岩田書体文字設計図を文字枠を含む態様で複製してはならない。

第二事案の概要

一本件は、原告が、別紙目録記載の岩田書体文字設計図(原告設計図)について著作権を有するとして、原告設計図によって主にワープロ用の文字を複製し、第三者に譲渡している被告の行為が原告の有する右著作権を侵害するものであるとして、被告に対し、前記行為の差止めを求め、これに対して、被告において、原告設計図の著作物性等を争った事案である。

二争いのない事実

1  原告は、昭和二二年一〇月に設立された会社であるが、以降昭和四三年までの間、原告設計図を作成しているところ、原告設計図に記載された文字は、その書体の字形が固有の特徴を有し、「岩田書体」として、印刷及び文字業界に定着している。

2  原告設計図は、2.15インチのサイズの文字の場合には、フォント用紙に縦横とも54.6ミリメートルの正方形の文字枠が細線で設定され、右の54.6ミリメートルの中心を示す短い線が、その枠外の上下左右の四箇所に文字枠を設定する直線に接して記載され、このような文字枠内に、縦横とも五〇ミリメートルの大きさ(文字のはね先などはこの大きさを一ミリメートルの限度ではみ出すこともある。)の文字が墨で記載されている。別紙記載のものは、「亜」「哀」「逢」の字の原告設計図の写しである。

三争点

原告設計図が著作権法上保護される著作物といえるか否かが主たる争点であり、この点に関する両当事者の主張は次のとおりである。

1  原告の主張

原告設計図は、文字の枠、同枠に対する文字の字面の大きさと配置の関係及び文字の字形からなっているが、それは、均整のとれた文字の字形自体に創作性があることはもとより、文字設計図の創作においては、作られた文字が多数の文字として一連のまとまり、すなわち熟語あるいは文章という形で読まれるときに、読みやすく、かつ美しい配列になることが肝要であるため、例えば2.16インチサイズの文字を設計するに当たっては、54.6ミリメートル四方の文字枠のどの位置に五〇ミリ四方の字面の大きさを有する文字を描くか、いわゆる文字の重心をどこに置くかに、創作者が苦心するのである。そして、文字の重心は、文字線中のある部分に限られず、空白中のある部分というように文字毎に異なりかつ創作者の感性により異なるのである。さらに、文字と文字が連なったときにできる両文字により形成される文字間隔の空白も読み易さ、美しさにとって重要である。したがって、原告設計図は、単なる文字の書体ではなく、文字の枠という図面中に各文字の重心と文字のふところを典型とする空白の大小をどのように表現し、一連のまとまりの文字として読み易くかつ美しくするか、という思想を創作的に表現したものであり、また原告設計図はバックアップ用に二、三組複製し保存しているものの、本来複製が予定されていない一品のものであるから、著作権法第一〇条一項六号における「学術的な性質を有する図面、図表あるいは図形の著作物」として保護される著作物である。

2  被告の主張

原告は、文字枠に対して文字が所定の配置をもって描かれていることに著作物性があると主張しているようであるが、いかなる書体も、ある基準線または点からの距離、カーブ等で形が決定できるもので、ある基準線または点なくして書体等は成り立ちえないのである。「書体」というときに特に枠に著作権を認めることがありえないのと同じく、枠を付加したからといって書体のみの著作権の主張と実質上は異なることはないのである。なぜなら、書体の枠は、あくまで書体を作成するための技術的道具にすぎず、完成後の書体にとっては基準線以上の意味は持たないからである。

この点、原告は、枠付の書体を「文字設計図」として書体とは別個のものであると主張するが、そもそも「設計図」とは、土木建築工事や機器等の製作の計画図面を言い、そこには、一定の有形物を完成させるプロセスとしての図面が予定されているのである。これに対して、原告の主張する「文字設計図」は、有形物を完成させるためのプロセスとしての図面ではなく、それ自体が既に完成した「書体」として商品となっており、単に枠付書体にすぎないから、著作権法の予定する設計図には該当しない。

仮に、原告の主張する「文字設計図」が「設計図」の範疇に入るとしても、以下に述べる理由によって、著作権法上の保護は及ばない。

すなわち、一般の設計図において保護される対象は、方眼紙でも中心線でもなく、その上に描かれた創作的部分であるが、前述したとおり、原告の主張する枠はあくまで書体を作成するための技術的道具にすぎず、完成後の書体にとっては基準線以上の意味は持たない。言い換えれば、本件「文字設計図」に創作性が認められるか否かは、描かれている書体に創作性が認められるか否かという問題なのである。

そして、原告の主張する「文字設計図」が著作権法上の「設計図」にあたるとするためには、その設計図中に描かれた書体が、文字が持っている本来の情報伝達機能を失わせる程のものであることまでは必要でないが、当該文字が本来の情報伝達機能を発揮するような形態で使用されたときの見やすさ、見た目の美しさだけでなく、それとは別に、当該書体それ自体が、これを見る平均的一般人の美的感興を呼び起こし、その審美感を満足させる程度の美的創作性を有するものでなければならないところ、本件においては創作性の内容を具体的に特定できず、また、実用性が強いから、右記のような美的創作性も有しないことは明らかである。

第三争点に対する判断

一<書証番号略>によれば、日本工業規格のドットプリンタ用24ドット字形の作成において、文字の実質的に設計されている大きさであるレターフェイス(文字の設計枠)、このレターフェイスに余白をとった大きさであるボディーフェイス(文字の外枠)といった文字枠が用いられ、訴外株式会社写研によって行われたタイプフェイスのコンテスト(創作タイプフェイスコンテスト)においても、正方形の文字枠やその枠の中心を示す短い線の入ったデザイン用紙に、文字をデザインすることが要求され、また訴外株式会社モトヤにおいても、正方形の文字枠やその枠の中心を示す短い線の入った用紙を使用して書体を作成している事実が認められる。

二原告は、原告設計図は文字の枠という図面中に各文字の重心と文字のふところを典型とする空白の大小をどのように表現し、一連のまとまりの文字として読み易くかつ美しくするか、という思想を創作的に表現したものであって、著作権法第一〇条一項六号にいう図形の著作物に該当する旨主張するので、検討する。

1 前記争いのない事実によれば、原告設計図には、正方形の文字枠、その枠の中心を示す短い線及び文字が記載されているものであるが、同設計図は「設計図」と称されているものの、表現しようとしている内容やその表現形式において、他の、例えば建築物や機械の設計図等の場合とは著しく異なるものである。すなわち、建築物や機械の設計図に記載された文字、数字及び図形等は、これらが本来的に有する情報伝達能力を使用して、最終的な製作目的である建築物や機械の具体化という思想を表現しているのに対し、原告設計図に記載された文字は、この文字が本来的に有する情報伝達能力を使用しているのではなく、記載された文字の形自体により、いわば文字を図形として利用することにより、当該文字に関する重心や空白の大小といった原告主張のような思想を直接的に表現しているものである。

2  図形著作物も著作物である以上、思想又は感情の創作的表現物でなければならないが、原告設計図に記載された正方形の文字枠は平面上の一定の区画を示す方法としてはありふれた表現方法であるし、文字枠の中心線を示す短い線も一定の線分の中心を示す方法としてはありふれた表現方法であって、また前記一の認定事実に照らせば、このような正方形の文字枠や中心を示す線は、原告主張のような書体や一定区画における文字の配置の思想を表現する方法としてごく普通に用いられるものであって、正方形の文字枠や中心を示す線に創作性があると認めることはできない。したがって、原告設計図の図面著作物性は、一定区画に記載された図形としての文字について、検討されなければならない。

3 文字は、これを共有する人間相互間において思想や感情その他の情報を表現し伝達するための手段としての記号ないし符号であることから、その形は同一ないし類似することが本来的に予定されているものである。本件においても、原告が昭和二二年一〇月に設立されて以来原告設計図を作成してきたことは当事者間に争いがないが、情報伝達機能を担う文字の性格から考えて、原告が設立される以前から、同設計図に記載された一定区画中の各文字体に近似する文字が多数存在したであろうことは容易に推測できるものである。しかも、文字は、それが共有されるようになってから極めて長い間、文字による情報がよりよく伝達されるように、書体や空白部分を含めて一つの文字の書き方に工夫がなされ、また連続する各文字相互間の配置方法に工夫が加えられてきたことは明らかであるから、文字を作成するについて何らかの工夫が加えられたとしても、それが通常行われる範囲内の手法でなされる限り、そしてまた、以前から存在した文字に比べて顕著な特徴を有するものでない限り、作成された文字に、著作物性を認めることはできないというべきである。

そこで、原告設計図についてみてみると、原告設計図の一定区画に記載された文字は、別紙を見ても明らかなように、標準明朝体等の書体の文字体が一定区画に黒く記されたものであるし、また原告自身も原告設計図が一連のまとまりの文字として読み易くかつ美しくする目的のもとに作成されたものであることを認めているところであって、文字の書体や一定区画における配置方法等に何らかの工夫があったとしても、それは文字の有する本来の情報伝達機能をよりよく発揮させる範囲内のものにすぎないから、図形著作物性を考えるに当たって、通常行われる範囲内の手法で記載したものということができる。

また、原告としては、原告設計図に記載されたそれぞれの文字が、以前から存在した文字に比べて、いかなる特徴を有し、その創作性はどこにあるのか等をも具体的に明らかにしなければ、原告設計図の著作物性に関する主張立証がなされたものとはいえないところ、原告は、右の点に関する具体的な主張立証をなしていないから、原告設計図中の文字が、以前から存在している同種の文字に比べて顕著な特徴を有するものと認めることはできない。

4 以上に述べたところから明らかなように、原告設計図中の文字およびその書体に著作物性を認めることはできないし、また、文字枠及び中心を示す線それ自体に創作性を認めることはできないから、文字並びに文字枠及び中心を示す線からなる原告設計図に著作物性を認めることはできない。

三結論

以上検討のとおり、原告設計図に著作物性は認められないから、その余の点について判断するまでもなく、原告の主張は理由がない。

(裁判長裁判官一宮和夫 裁判官足立謙三 裁判官前川高範)

別紙目録<省略>

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