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東京地方裁判所 平成4年(ワ)8231号 判決 1996年6月27日

甲事件原告

伊藤文雄

ほか三名

甲事件被告兼乙事件原告

岡部か祢子

乙事件原告

岡部保治

甲事件被告兼乙事件被告

丸一運輸株式会社・千葉県

乙事件被告

菅沢利和・国

主文

一  甲事件被告岡部か祢子及び同丸一運輸株式会社は、各自、同事件原告伊藤文雄及び同伊藤和子に対し、それぞれ金二二〇一万一三三四円、同宮下正位喜及び同宮下さいに対し、それぞれ金二一六〇万三九七二円、並びにこれらに対する平成二年六月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  乙事件被告菅沢利和及び同丸一運輸株式会社は、各自、同事件原告岡部か祢子に対し、金二二万一〇三六円及びこれに対する平成二年六月九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  乙事件原告岡部保治の本件請求を棄却し、甲事件原告ら及び乙事件原告岡部か祢子のその余の請求を、いずれも棄却する。

四  訴訟費用のうち、甲事件被告兼乙事件被告千葉県に生じた費用は、甲事件原告ら及び乙事件原告らの負担とし、乙事件被告国に生じた費用は、乙事件原告らの負担とし、甲事件原告らに生じた費用は、これを五分し、その三を甲事件被告らの、その余を甲事件原告らの各負担とし、甲事件被告兼乙事件被告丸一運輸株式会社に生じた費用は、これを一〇分し、その五を乙事件原告らの、その二を甲事件原告らの、その余を甲事件被告兼乙事件被告丸一運輸株式会社の各負担とし、乙事件被告菅沢利和に生じた費用は、すべて乙事件原告らの負担とし、甲事件被告兼乙事件原告岡部か祢子に生じた費用は、これを二〇分し、その四を甲事件原告らの、その三を甲事件被告兼乙事件被告丸一運輸株式会社の、その余を甲事件被告兼乙事件原告岡部か祢子の各負担とし、乙事件原告岡部保治に生じた費用は、すべて同原告の負担とする。

五  この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  甲事件

1  甲事件被告らは、各自、甲事件原告伊藤文雄(以下「原告文雄」という。)及び甲事件原告伊藤和子(以下「原告和子」という。)に対し、それぞれ金三七九四万二〇二一円、甲事件原告宮下正位喜(以下「原告正位喜」という。)及び甲事件原告宮下さい(以下「原告さい」という。)に対し、それぞれ金三六〇一万二四四九円、並びにこれらに対する平成二年六月九日から支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。

2  訴訟費用の甲事件被告らの負担及び仮執行宣言

二  乙事件

1  乙事件被告らは、各自、乙事件原告岡部保治(以下「原告保治」という。)に対し、金三三七三万七四一一円、同岡部か祢子に対し、金三四二二万二〇九五円及びこれらに対する平成二年六月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用の乙事件被告らの負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、上下線が分離された国道と県道が交わる、信号機により交通整理の行われている交差点において、国道下り線を走行していた普通乗用自動車が信号機に従つて右折した後、国道上り線と交わる際の対面信号が赤を表示していたがこれを直進したところ、国道上り線を青色の信号表示に従つて直進してきた普通貨物自動車と衝突して、普通乗用自動車に乗つていた大学生三名が死亡したという事案である。死亡した同乗者二名の両親は、普通貨物自動車の所有者に対しては自賠法三条に基づき、千葉県に対して国賠法二条に基づき、死亡した運転手の母親に対しては自賠法三条に基づき、それぞれ死亡による人的損害の賠償を求め、死亡した運転手の両親は、普通貨物自動車の所有者に対しては自賠法三条、民法七一五条に基づき、その運転手に対しては民法七〇九条に基づき、千葉県及び国に対しては国賠法二条に基づき、死亡による人的物的損害の賠償を請求した。

二  争いのない事実等

1  本件交通事故の発生

本件の日時 平成二年六月九日午前零時三〇分ころ

事故の場所 千葉県千葉市美浜区浜田二丁目一番地先の、国道三五七号の上下線に分離された道路と県道千葉船橋海浜線(以下「県道」という。)が交わる交差点(以下「本件交差点」という。)のうち、右国道の上り線と県道が交わる部分

関連車両 (1) 甲事件被告兼乙事件被告丸一運輸株式会社(以下「被告丸一運輸」という。)が所有し、乙事件被告菅沢利和(以下「被告菅沢」という。)運転の普通貨物自動車(足立一二あ八六。以下「菅沢車」という。)

(2) 甲事件被告兼乙事件原告岡部か祢子(以下「被告か祢子」という。)が所有し、訴外岡部隆志(以下「亡隆志」という。)が運転し、訴外宮下康之(以下「訴外康之」という。)及び訴外伊藤孝司(以下「訴外孝司」という。)が同乗する普通乗用自動車(熊谷五七ま九一九三。以下「岡部車」という。)

事故の熊様 岡部車と菅沢車が衝突し、岡部車に搭乗していた右三名全員が死亡した。

2  被告か祢子は岡部車を、被告丸一運輸は菅沢車を、それぞれ自己のために運行の用に供していた。また、被告菅沢は、菅沢車を被告丸一運輸の事業の執行のために運転していた。

3  相続等

(一) 原告文雄及び同和子は、亡孝司の父母であり、 亡孝司の死亡により、同人を各二分の一の割合て、それぞれ相続した。

(二) 原告正位喜及び同さいは、亡康之の父母であり、亡康之の死亡により、同人を各二分の一の割合で、それぞれ相続した。

(三) 原告保治、被告か祢子は、亡隆志の両親であり、亡隆志の死亡により、同人を各二分の一の割合で、それぞれ相続した。被告か祢子は、岡部車の所有者である。

4  損害の一部填補

(一) 原告文雄及び同和子は、自賠責保険会社から、本件事故による損害の填補として、二五二六万六九三〇円の支払を受けた。

(二) 原告正位喜及び同さいは、自賠責保険会社から、本件事故による損害の填補として、二五一五万〇一四〇円の支払を受けた。

(三) 原告保治及び被告か祢子は、自賠責保険会社から、本件事故による損害の填補として、一二六三万三五〇四円の支払を受けた。

三  本件の争点

本件主要な争点は、本件交差点の瑕疵の有無、すなわち、本件交差点が、信号表示、道路標識、看板等により、車両の運転手をして独立した二つの交差点から成つていることを認識させるに足るものであるかどうか、及び被告菅沢の過失の有無並びに損害額等であり、双方の主張は以下のとおりである。

1  本件交差点の瑕疵の有無

(一) 甲事件原告ら及び乙事件原告ら(以下「原告ら」という。)の主張

(1) 本件交差点には、国道三五七号下り線と県道が交わる部分(以下「甲交差点」という。)と、右国道上り線が県道と交わる部分(以下「乙交差点」という。)とが、それぞれ独立した二つの交差点であるのか、それともそれらを合わせて全体として一個の交差点であるのかが明瞭でないという瑕疵があつた。すなわち、本件交差点が二つの独立した交差点から構成されているのであれば、国道三五七号下り線から県道幕張メツセ方面へと甲交差点を右折した車両は、その後乙交差点を直進する際に対面する信号の赤色表示に従つて停止すべきこととなり、他方、全体として一つの交差点であれば、右折後に対面する乙交差点の信号が赤色を表示していたとしても、そのまま直進できることになるところ、本件交差点はそのいずれであるのかが不明瞭であるという瑕疵があつた。そのため、岡部車は、甲交差点を右折した後に対面する乙交差点の信号の赤色表示に従つて停止すべきかどうかわからず、そのまま直進したところ、本件交差点は二つの独立した交差点として交通整理されていたため、本件事故が発生したのである。

本件交差点が独立した二つの交差点から成つていること、すなわち、岡部車が甲交差点を右折した後に直面する対面信号で停止すべきことが明らかであるようにするためには、<1>電光掲示板等により運転者の注意を喚起し、<2>遮断機を設置し、<3>別紙一の図面のXの地点に、別紙二の図面の道路標識を設置し、<4>別紙一の図面のNの地点に信号機を設置し、<5>同図面のM信号及びN信号の上に、交差点の国有名詞を掲げ、<6>同図面のKのところに「この先別交差点」「次の信号は別交差点」「次の停止線は別交差点」などの立て看板を設置する等の措置を取るべきであつた。

(2) 本件交差点は大きく複雑な交差点であるから、一方向から進入した車両が本件交差点を抜けるまで他の方向からの車両が進入できないように、全体として一つの交差点として交通整理すべきであつたから、本件事故当時、本件交差点を二つの独立した交差点として交通整理していたこと自体が、本件交差点の瑕疵である。

(3) 国道三五七号下り線から甲交差点を右折して乙交差点を直進しようとする車両から見て、国道三五七号上り線の左方が、東関東自動車道及び国道三五七号上り直進線の橋脚並びに右国道上り線沿いに設置された防音壁のために見通しが悪かつたことも、本件交差点の瑕疵である。

(二) 甲事件被告ら及び乙事件被告ら(以下「被告ら」という。)の主張

(1) 被告千葉県の主張

本件交差点は、甲交差点と乙交差点とが独立した別個の交差点となつている。したがつて、国道三五七号下り線から甲交差点を右折した車両は、乙交差点における対面信号の赤色表示に従つて停止すべきである。このことは、両交差点が約七〇メートルも離れていること、右国道下り線から右折した車両の走行道路上には、上り線交差点の手前で停止線が引かれていたこと、右折後に対面する信号機が、見通しの良い場所に設置され、明確に赤色を表示していたこと、国道三五七号の下り線から本件交差点を右折する車両から見やすい場所に、信号機の絵及び停止線で停止を示す絵等とともに、「右折後青になるまで一旦停止」と記載された、縦約二メートル、横約一・五メートルの看板が設置され、それは特殊な塗料で塗られており、夜間でも車両のライトを受けて、明瞭に反射することからして、明らかである。よつて、本件交差点の信号機の設置・管理に瑕疵はない。

本件事故は、亡隆志が、右折後の対面信号が赤色を表示しているにもかかわらずこれを無視したか、あるいはこれを見落としたことによつて発生したものであり、信号表示の管理と本件事故との間には、因果関係は存しない。

(2) 被告国の主張

原告らは、乙交差点において、東関東自動車道の橋脚等により亡隆志の視界が遮られ、左方を見通すことが著しく困難な状況にあったことが瑕疵に当たると主張するが、右交差点において信号機による交通整理が行われていたものであつて、右信号機に従つた運転をしていれば右折車と直進車の衝突事故は未然に防ぐことができるところ、本件事故は、亡隆志の信号機に従わない無謀な運転によつて発生したものであるから、本件交差点に瑕疵があつたということはできない。

(3) 被告丸一運輸及び被告菅沢の主張

本件交差点は、運転者をして一つの交差点か二つの交差点か迷わせるものではない。すなわち、甲交差点と乙交差点とは、七〇メートル近くも離れていること、事故現場の交差点の手前の路上には停止線が明確に表示されていること、亡隆志が右折した後、直進しようとする乙交差点の左方は、東関東自動車道等の支柱で見通しが不良であることからすれば、本件交差点が二つの交差点から成つていることは明らかである。

2  被告菅沢の過失の有無

(一) 原告らの主張

被告菅沢は、国道三五七号上り線を、制限速度である時速六〇キロメートルを越える時速約一〇〇キロメートルで走行していたものであり、制限速度違反の過失がある。被告菅沢が制限速度内で走行していれば、岡部車は衝突する以前に本件交差点を通過できた。

(二) 被告丸一運輸及び被告菅沢の主張

本件事故は、亡隆志の赤信号無視による一方的過失により発生したものである。被告菅沢は、岡部車が赤信号を無視して交差点に進入してくることまで予見することはできなかつた。被告菅沢は、時速七五キロメートル前後で走行していたが、仮に同被告が制限速度である時速六〇キロメートルで走行していたとしても、菅沢車から見て、岡部車の出て来た方向は東関東自動車道等の支柱で見通しが不良であり、岡部車との衝突を避けることは不可能であつたから、被告菅沢の速度違反の過失と本件事故との間には因果関係がない。仮に、被告菅沢の速度違反の過失と本件事故との間に因果関係が認められたとしても、本件事故の原因は、もつぱら信号無視をして乙交差点内に進入してきた亡隆志にあるから、大幅な過失相殺がされるべきである。

3  本件事故による原告らの損害額

(一) 原告文雄及び同和子の損害

(1) 亡孝司の損害

<1> 治療費 二八万〇六八〇円

<2> 逸失利益 六五五八万一五一五円

<3> 慰謝料 一八〇〇万円

<4> 葬儀費用 一〇三九万〇二二九円

<5> 小計 九四二五万二四二四円

<6> 既払金 二五二六万六九三〇円

<7> 差引損害額 六八九八万五四九四円

原告文雄及び同和子は、右<7>の損害賠償請求権を各二分の一の割合で相続したから、各自の損害額は、それぞれ三四四九万二七四七円である。

(2) 原告らの損害(弁護士費用)

<1> 原告文雄 三四四万九二七四円

<2> 原告和子 三四四万九二七四円

(3) 合計

<1> 原告文雄 三七九四万二〇二一円

<2> 原告和子 三七九四万二〇二一円

(二) 原告正位喜及び同さいの損害

(1) 亡康之の損害

<1> 治療費 一六万八三二四円

<2> 逸失利益 六四七〇万一五五七円

<3> 慰謝料 一八〇〇万円

<4> 葬儀費用 七七五万七四四〇円

<5> 小計 九〇六二万七三二一円

<6> 既払金 二五一五万〇一四〇円

<7> 差引損害額 六五四七万七一八一円

原告文正位喜及び同さいは、右<7>の損害賠償請求権を各二分の一の割合で相続したから、各自の損害額は、それぞれ三二七三万八五九〇円である。

(2) 原告らの損害(弁護士費用)

<1> 原告正位喜 三二七万三八五九円

(2) 原告さい 三二七万三八五九円

(3) 合計

<1> 原告正位喜 三六〇一万二四四九円

(2) 原告さい 三六〇一万二四四九円

(三) 原告保治及び被告か祢子の損害

(1) 亡隆志の損害・逸失利益 五二一一万八九五七円

原告保治及び被告か祢子は、右損害賠償請求権を各二分の一の割合で相続した。

(2) 原告保治の損害

<1> 葬儀費用 一九二万七六八四円

<2> 慰謝料 九〇〇万円

<3> 弁護士費用 三〇六万七〇〇〇円

(3) 被告か祢子の損害

<1> 物損 二三六万八三六九円

<2> 慰謝料 九〇〇万円

<3> 弁護士費用 三一一万一〇〇〇円

(4) 原告保治及び同被告か祢子は、自賠責保険から、それぞれ一二六三万三五〇四円の二分の一ずつの支払いを受けた。

(5) 合計

<1> 原告保治の損害 三三七三万七四一二円

<2> 被告か祢子の損害 三四二二万二〇九五円

(四) 被告らの主張

原告らの主張を争う。

第三争点に対する判断

一  本件交差点の状況及び本件事故の状況等

甲一、八ないし一一(枝番を含む。)、乙イ一、一一ないし一四、一六、一八、二〇、乙ロないし三、乙ハ一ないし七(枝番を含む。)、乙ニ一、証人小林恒雄、同細江孝夫、被告菅沢利和に前示争いのない事実を総合すれば、次の事実が認められる。

1  本件交差点は、千葉県千葉市美浜区浜田二丁目一番地先に位置する、国道三五七号と県道が交わる交差点である。本件交差点の上部には、高架で上・下各三車線が東関東自動車道が設置されているが、それを挟んで、その両側に、国道三五七号の立体部上・下線と平面部上・下線が設置され、右平面部上・下線と県道が交わり、本件交差点を構成している。本件交差点は、国道三五七号上り線と県道が交わる乙交差点と、右国道下り線と県道が交わる甲交差点とから成つている。本件事故現場は、乙交差点である。国道三五七号平面部は上・下とも各二車線であるが、その下り線は、本件交差点に差しかかる手前では、右折用の車線二車線を含む三車線となり、道路の幅員は約一一メートルとなつている。右折用の二車線は、本件交差点内へと白い点線で誘導されている。国道三五七号上り線は、二車線のところでは幅員約八メートルであるが、本件交差点の手前では三車線となり、幅員は約一一・三メートルとなつている。国道三五七号上り線の右側には、これに沿つて高さ四メートルの防音壁が設置され、それは、乙交差点まで続いている。

県道は、国道一四号方面と幕張メツセ方面を結ぶ道路であり、その中央部には、約九・七メートルの中央分離帯が設置されている。国道一四号方面から幕張メツセ方面へ向かう道路は、本件交差点の手前では幅員約一四・六メートルとなり、四車線となつている。

本件交差点には、別紙画面一のとおり、AからDまでの信号機が設置されている。そのうち、幕張メツセ方面に向かう車両に対面するB及びD矢の信号機は、乙交差点の幕張メツセ方面出口に、国道三五七号上り線に並行して設置された横断歩道橋の側面に設置されいる。平成二年六月九日当時、別紙図面一のDの信号が青色を表示している間は、同図面のBの信号は赤色を表示するように設定されていた。したがつて、国道三五七号下り線から甲交差点を右折した車両は、乙交差点に至ると、右横断歩道橋の側面に設置された、別紙図面一のBの、赤色を表示する信号機に対面することになつていた。国道三五七号下り線から甲交差点で右折する車両のために、甲交差点を越えた前方奥の、東関東自動車道等の橋脚の手前に、「右折後青になるまで一旦停止」と記載され、信号の絵と右折の矢印とその先に停止線が描かれた、縦約二メートル、横約一・五メートルのオレンジ色の立て看板が設置されていた。本件交差点内の直線距離は約五三メートルであつた。

本件交差点の中央部には、幅七メートルの中央分離帯が設置され、幕張メツセ方面への道路は四車線、国道一四号方面への道路も四車線であり、各車線はそれぞれ国道三五七号上・下線と交わる手前まで白い実線でペイントされ、甲交差点及び乙交差点の手前で、それぞれ真横に白い実線が引かれその位置でいつたん停止すべく規制されていた。国道三五七号下り線から甲交差点で右折した車両が右停止線まで直進する距離は、約四〇メートルであつた。

国道三五七号上り線を走行する車両からすると、上り線右側に設置された乙交差点まで続く防音壁並びに乙交差点の手前に設置された東関東自動車道及び国道三五七号線の上り線立体部の橋脚のため、乙交差点における国道一四号方面への見通しが悪い。国道三五七号下り線から本件交差点内に右折する車両からすると、右折する際には、東関東自動車道等の橋脚のため本件交差点内の見通しが悪く、右折後直進して乙交差点に至ると、国道三五七号上り線を走行してくる車両、すなわち右国道の左方の見通しが、東関東自動車道及び国道三五七号線の上り線立体部の橋脚並びに防音壁のため不良である。

本件交差点において、被告国は道路本体及び道路付属物を設置・管理していた。すなわち、被告国は、道路本体のほか、道路の方面、方向と道路の通称名を記載した案内標識などの道路標識や、「右折後青になるまで一旦停止」と記載した前記立て看板等を設置・管理していた。被告千葉県は、本件交差点内の信号機、停止線等を設置・管理していた。国道三五七号の最高速度は時速六〇キロメートルに制限され、右国道及び県道は、いずれもアスフアルト舗装された平坦な直線道路であり、本件事故当時、その路面は乾燥していた。

本件交差点では、平成元年六月一日から平成三年六月三〇日までの一三カ月の間に、合計一七件の車両同士の事故が発生したが、そのうち、本件事故と同様に、国道三五七号下り線から甲交差点を右折した車両が、乙交差点の対面信号が赤色であるが直進し、国道三五七号上り線を青色信号に従つて直進してきた車両と衝突した事故は本件のほかに二件あり、他に、本件と類似するものとして、国道三五七号上り線から乙交差点を右折した車両が、甲交差点の対面信号が赤色であるが直進し、同下り線を青色信号に従つて直進してきた車両と衝突した事故が一件ある。

2  平成二年六月九日当時、亡隆志、亡康之及び亡孝司は、いずれも日本大学の三年生であり、ランボルギーニスキークラブの部員であつた。その前日である同月八日、右三名は、同クラブの部員である。訴外小林、訴外大富及び訴外斉藤とともにカラオケに行くことにし、亡隆志の運転する岡部車に亡康之及び亡孝司が同乗し、訴外小林が運転する車両(以下「小林車」という。)に訴外大富及び訴外斉藤が同乗し、岡部車が前を走行し、これに小林車が付いていくことになつた。

岡部車と小林車が、国道三五七号下り線を走行し、甲交差点に差しかかつたところ、同交差点の対面信号、すなわち別紙図面三のDの信号機が赤色を表示していたため、岡部車が先頭で、小林車がそれに続いて、右折用の車線である第二車線で、別紙図面三のの地点で一旦停止した。対面信号が青になると、岡部車は右折を開始し、それに続いて小林車も発進した。小林車が右図面のの地点と<2>の地点の間辺りを走行しているときの速度は、時速三〇キロメートル未満の徐行している状態であり、そのとき岡部車は右図面のの地点の手前の辺りであり、その時速は四〇キロメートル前後であつた。訴外小林が徐行していたのは、右折中に、小林車に同乗していた訴外大富から、本件交差点は危険であり、右折しても一時停止しないと対向車が来ると聞いたからであつた。岡部車が発進して右折を開始してから、乙交差点に達するまで、乙交差点の対面信号、すなわち右図面のBの信号機は、一貫して赤色を表示していた。岡部車が、右折した後、乙交差点を幕張メツセ方面へ直進しようとして右図面の<3>の地点に来たとき、国道三五七号上り線をその左方から走行してきた菅沢車と右図面の<×>の地点で衝突した。そのとき、小林車は右図面のの地点にしたが、訴外小林は岡部車と菅沢車が衝突する直前まで、菅沢車を発見しなかつた。岡部車は、右折してから菅沢車と衝突するまでの間に、加速していつた。岡部車のブレーキランプが点灯したのは、衝突の瞬間かその直前又は直後のみであつた。岡部車は、菅沢車と衝突した後、その車体を回転させ、幕張メツセ方面へ向かう県道の中央分離帯沿いに設置されたガードレールに、その左後部に衝突させた後、右図面の<4>の地点で停止した。訴外小林は、甲交差点前方に設置された、「右折後青になるまで一転停止」と記載された立て看板には気づかなかつた。また、同人は、本件交差点内から幕張メツセ方面へ直進しようとする際、乙交差点出口の歩道橋に設置された信号機には気づかず、また国道三五七号上り線を走行してくる車両の気配も感じられなかつたため、訴外大富の、右折しても一時停止しないと対向車が来る旨の発言にもかかわらず、本件交差点は全体として一つの交差点だと思い、右折時の信号によつて本件交差点を出るまで直進も右折も可能であると思つた。

被告菅沢は、菅沢車を運転し、自宅のある茨城県江戸崎町から勤務先のある東京都江東区に向かつていた。同被告は、成田インターチエンジから高速に乗り、高速を東京方面に向けて走行していたが、給油するため、本件交差点の八〇〇メートルから一キロメートル程度手前にある湾岸千葉で高速を降り、国道三五七号上り線平面部に入つた。菅沢車の前方を走行する車両はなかつた。被告菅沢は、第一車線を走行して別紙図面三の<1>'の地点に来たとき、前方の信号が赤から青に変わつたため、そのまま走行し続けたところ、同図面の<2>'の地点に来たとき、三四メートル先の同図面の<ア>'の地点に、本件交差点内から出てきた岡部車を発見し、慌てて急ブレーキを踏んだが、右<2>の地点から二七・八メートル前方の、同図面の<×>の地点で岡部車と衝突した。右<ア>'の地点から、右<×>の地点までの距離は、約一三・五メートルである。同被告は、東関東自動車道等の橋脚と国道三五七号上り線沿いの防音壁のため、岡部車が<ア>'の地点に出てくるまでこれを発見することができなかつた。同被告は、岡部車と衝突した際の衝撃が大きく、体が前に飛ご出すような、上に浮いてしまうような衝撃を受けたため、ブレーキを踏んでいた足がブレーキから離れた。同被告は、岡部車との衝撃のために自車の車体が左を向き、左方に倒れそうになつたため、ブレーキを踏むと倒れてしまうと思つて、ブレーキを踏まなかつた。また、同被告は、自車が岡部車との衝撃で左方に進行していたため、このままでは左方のガードレールにぶつかると思い、左の方にハンドルを切つた。すると、同車が左方に旋回し、そのタイヤが幕張メツセ方面に向かう県道の端の縁石に擦れているのを感じたのでブレーキを踏んだところ、同車は別紙図面の<4>'の地点に停止した。菅沢車の速度は、同図面の<1>'の地点よりも手前で時速七〇キロメートルから八〇キロメートル未満であつたが、<1>'の地点で信号が青になつたのを確認しても、本件交差点から二〇〇メートル程度先にあるガソリンスタンドで給油するため停止しようと考えていたため、特に加速することはしなかつた。国道三五七号上り線の、本件交差点に至る手前は、緩い下り坂になつていた。

二  本件交差点の瑕疵の有無

1  以上の事実によれば、本件交差点は、甲交差点と乙交差点との二つの交差点が二つの独立した交差点として交通整理され、国道三五七号下り線から甲交差点を右折した車両は、必ず乙交差点で、幕張メヅセ方面出口の横断歩道橋に設置された、赤色を表示する信号機に対面するように交通規制されていたところ、右交通規制の存在は、国道三五七号下り線から甲交差点を右折する車両の前方には、同交差点の前方奥、東関東自動車道等の橋脚の手前に設置された「右折後青になるまで一旦停止」と記載され、夜間でもその文字が車のライトで反射して見えるようにされた縦約二メートル、横約一・五メートルのオレンジ色の看板によつて明示されていたのである。そして、国道三五七号下り線から甲交差点内に右折を終了した車両は、東関東自動車道等の高架下の直線を約四〇メートルほど直進してから、真横に引かれた停止線に差しかかり、かつ、右直線を走行する車両から乙交差点で対面する信号機の見通しは良好であることもあつて、同車両の運転者にとつては、乙交差点の赤色の信号に対面した際には、その手前の停止線で青になるまで停止すべきであること、すなわち、本件交差点が一つではなく、独立した二つの交差点から構成されていることは、通常の注意を払えば、容易に認識できるものというべきである。そこで、本件交差点に、一つの交差点であるかどうかが不明であるとする原告主張の瑕疵があつたということはできない。

もつとも、本件交差点は、国道三五七号線と県道が交差する交差点であることから、国道三五七号下り線から甲交差点を右折した車両の運転者で、例えば右折バスの直後を追随して右折し直線部分で車線変更したものが、前示の「右折後青になるまで一旦停止」と記載された看板を見過ごし、本件交差点を一つの交差点と理解して、乙交差点の対面赤信号にかかわらず、同交差点に進入する可能性はあり得ないわけではない。しかし、国道三五七号下り線の対面信号が時差式の信号であることを示していたり、右折用の右矢印信号が設置されていれば格別、同信号にはこれらの標識等は無かつたのであるから、右折運転者が本件交差点を一つの交差点と理解した賠償には、国道三五七号上り線は対向車線に当たることから、同道路を通行する車両の進行を妨げてはならず、乙交差点手前の停止線で停止して、国道三五七号上り線の交通事情を確認してからでなければ乙交差点に進入すべきではないこととなり、本件事故のような形態の事故は生じないことは明らかである。なお、乙交差点手前の停止線からは、国道三五七号上り線立体部の橋脚等により、国道三五七号上り線の交通事情が若干わかりにくいことは否めないが、国道三五七号上り線の同立体部に最も近い車線は国道一四号方面に向かうための右折用車線であつて(乙ハ四の2により認める。)、減速した車両しか走行しないから、右折運転者が乙交差点手前の停止線で停止して、国道三五七号上り線の交通事情を確認してから乙交差点に進入する以上、事故の起きる可能性は極めて低いものということができ、結局、仮に本件交差点を一つの交差点と理解する運転者がいたとしても、本件事故の形態の事故が生じる危険性を孕んでいるということはできない。

なお、本件交差点に、一三ケ月の間に本件に類する事故が他に三件発生したことが認められるが、一つ目の交差点を右折した車両の運転者が、何故に次の交差点でそのまま停止することなく直進したのか理由は明らかでないほか、本件交差点が交通量の多い交差点であつたことからしても、右同種事故の存在をもつて、本件交差点に瑕疵があつたということもできない。

2  原告らは、本件交差点が独立した二つの交差点として交通整理されいることを明らかにするため、前記第二、三1(一)(1)<1>から<6>までの各措置を取るべきであったと主張する。なるほど、同(1)<4>で主張されているように、乙交差点で対面する信号が、県道幕張メツセ方面への右交差点の出口に設置されるのではなく、国三五七号上り線の手前に設置されていれば、右国道下り線から本件交差点内に右折してきた車両が、対面する赤信号によつて、停止線の位置で一旦停止すべきことはより明確であり、同(1)<1>や<6>で主張されているように、電光掲示板や「右折後青になるまで一旦停止」の看板が、その主張の場所に設置されていた方が、より運転者に対して強く注意を喚起することができるといえる。しかしながら、前記1のとおり、甲交差点と乙交差点とが別個に信号機により交通整理されていることは、本件交差点内の停止線及び甲交差点前方奥の「右折後青になるまで一旦停止」の看板から明らかであつて、原告主張の各措置が取られていなかつたことをもつて、本件交差点に瑕疵があつたということはできない。なお、同(1)<2>で主張の措置は、本件交差点の形状から現実的ではなく、被告千葉県及び同国においてこれを設置する法的義務はないというべきである。同(1)<3>の措置についても、原告ら主張にかかる道路標識の機能は、東京方面から走行してきた車両の運転者に対する本件交差点を起点とする方向案内にあることから、その一覧性を重要であつて、本件事故当時の道路標識のままでも瑕疵があるとは到底いうことはできない。また、同(1)<5>については、甲交差点と乙交差点とが別個の交差点であることを運転者に対して注意するために、そのような措置がどれほど有用であるのか不明である。

3  ところで、乙ハ六の2ないし9、七、証人細江孝夫によれば、本件交差点は、平成二年一〇月三〇日に信号の現示方法が改められ、甲乙両交差点を一体的に規制し、本件交差点内に一方向から進入した車両が本件交差点を抜け出るまで、他の方向からの車両の進入が規制されることとなつたこと、その後は、車両同士の衝突事故が生じていないことが認められる。そして、原告らはそれ故に、本件事故当時にそのような現示方法を採らなかつたのは、本件交差点の信号設置上の瑕疵に当たると主張する。なるほど、右改正後の信号の現示方法では、車両同士の衝突事故が避けられることは明らかということができるが、右現示方法では、本件交差点の信号は、平均すれば、四分一以下の時間しか青信号が得られず、四分の三以上の時間が赤又は黄色の信号となり、交通渋滞を招く可能性がある。そして、前説示のとおり、本件事故当時の信号の現示方法であつても、通常の注意をすれば、乙交差点の手前の停止線で対面赤信号に従つて停止すべきことは容易に判断し得ることから、右改正後の現示方法を採用するかどうかは、信号を管理する被告千葉県の裁量に属する事項であり(乙ハ六の3ないし5によれば、同被告は、右現示方法を改めるに当たり、交通量を調査し、渋滞が生じないことを確認してから、改正を実施していることが認められる。)、右現示方法を採らなかつたといつて直ちに信号の現示方法に瑕疵があるということはできない。

三  被告菅沢の過失の有無、過失の本件事故との因果関係

1  前記一2の事実によれば、被告菅沢は、別紙図面三の<1>'の地点より手前の地点で、速度計が時速七〇から八〇キロメートル未満であるのを確認し、同図面<1>'の地点で前方の信号が赤から青に変わつたのを認めたが、本件交差点の前方にあるガソリンスタンドで給油する予定であつたことからさらに加速はしないまま、乙交差点にさしかかつたところ、同図面の<2>'の地点で初めて、<ア>'の地点に出て来た岡部車を発見し、直ちに急ブレーキを掛けたが、<×>の地点で岡部車と衝突したというのである。

ところで、菅沢車が岡部車を発見し、急ブレーキを掛けたときの速度については、当事者間に争いがあり、原告らはこれを時速一〇〇キロメートル以上であつたと主張し、乙イ一四はこれに沿い、他方、被告らはこれを時速七五キロメートルと主張し、乙ロ一はこれに沿う。しかしながら、乙イ一四は、菅沢車の前後輪が、衝突後一貫して完全ロツク状態になつていたことを、菅沢車の時速を算定する際の前提事実の一つとしているところ、前記一2のとおり、菅沢車が衝突後に左側にカーブしていつたことからすれば、被告菅沢車のタイヤが衝突後に完全ロツク状態にあつたと認めることは困難である。これに加え、被告菅沢は、岡部車と衝突した際、体が前に飛び出すような、上に浮いてしまうような衝撃を受けため、ブレーキを踏んでいた足がブレーキから離れたこと、岡部車との衝撃分ために自車の車体が左を向き、左方に倒れそうになつたため、ブレーキを踏むと倒れしまうと思つて、ブレーキを踏まず、自車が岡部車との衝撃で左方に進行していたため、このままでは左方のガードレールにぶつかると思い、左の方にハンドルを切つたところ、車体が左方に旋回したことを述べており、右供述は、菅沢車の前後輪が、衝突後完全にロツクされた状態にあつたものではないことと符号する。以上からすれば、乙イ一四の結論をそのまま採用することはできないというべきである。他方、乙ロ一によれば、菅沢車の速度は、時速七五キロメートルであるとするが、乙ロ一は、岡部車の衝突による変形・破損に要したエネルギーのみから衝突時の菅沢車の速度を算定しているところ、菅沢車の衝突によるエネルギーは、その後の岡部車の移動エネルギー等にも転化していることから、これらも考慮に入れて、衝突時の菅沢車の速度を算定しなければ正確な値が出ないことは明らかであり、従つて、衝突時の菅沢車の速度は他の要素を一切排除した乙ロ一による速度よりも相当高速であつたということができ、その結果もまたそのまま採用することはできない。

ところで、前記一2で認定した事実によれば、被告菅沢は別紙図面三の<1>'の地点より手前の地点で、菅沢車の速度が時速七〇から八〇キロメートル未満であることを確認したのであるが、その後、対面信号が青色になつたこと、及び、その走行する国道三五七号上り線が本件交差点の手前で緩い下り坂になつていることからすれば、同図面の<2>'の地点では、菅沢車の速度は、右以上となつていたことは想像に難くはない。そして、前記一2で認定した事実によれば、被告菅沢は、別紙図面三の<2>'の地点で同図面<ア>'の地点にいる岡部車を発見し、それから菅沢車において二七・八メートル、岡部車において一三・五メートル進行した同図面<×>の地点で衝突しているのであり、また、岡部車は、同図面の地点で時速四〇キロメートル前後であり、その後加速したのである。そこで、岡部車の同図面<ア>'から同図面<×>の地点までの速度を時速四〇キロメートルとした場合、両車両の衝突地点までの距離の関係から、菅沢車の同図面<2>'の地点から同図面<×>の地点までの平均速度は約時速八二・四キロメートルとなる。そして、菅沢車は、右二七・八メートル走行する間においてブレーキを掛け、乙イ一四によれば時速一三キロメートル、乙ロ一によれば時速一六・八ないし一九・八キロメートル減速していることから、同図面の<2>'の地点では、菅沢車の速度は、少なめに見積もつても右平均速度に時速六・五メートルを加算した時速八八・九キロメートルということとなる。

このような点を総合すると、制動前の菅沢車の速度は、時速八〇キロメートルを優に越え、時速九〇キロメートルに近いものであつたと認めるのが相当である。したがつて、被告菅沢には、制限速度を三〇キロメートル近く越える過失があつたというべきである。

2  そこで、次に、被告菅沢の制限速度違反の過失と本件事故との間の因果関係について検討する。前記一2のとおり、被告菅沢が急ブレーキを掛けた地点から衝突地点までの距離は二七・八メートルであつたところ、時速六〇キロメートルで走行する普通乗用自動車の停止距離は、運転者の反応時間を〇・七五秒とし、路面とタイヤ間の摩擦係数を〇・七とした場合で、三二メートルとなる。また、被告菅沢が職業ドライバーであつて、かつ、本件事故当時二二歳であつたことを考慮して、運転者の反応時間を〇・五秒とすれば、二八・一九メートルとなる。したがつて、いずれにしても、仮に被告菅沢が、制限速度である時速六〇キロメートルで走行していたとしても、岡部車との衝突地点の手前で停止することはできなかつたということができる。

もつとも、仮に菅沢車が、別紙図面三の<2>'の地点で、制限速度を遵守し、制限速度である時速六〇キロメートルで走行していたとすれば、時速六〇キロメートルの場合の秒速が一六・六六七メートルであるところ、同図面の<2>'の地点から<×>の地点までの二七・八メートルを走行するには約一・六六七秒を要することになる。他方、岡部車の速度は、同図面のの地点の手前の辺りで時速は四〇キロメートル前後であつて、同車がその後加速していつたことからすれば、同車が同図面の<ア>'の地点に達していたときには、少なくとも時速四〇キロメートルであつたということができる。そして、時速四〇キロメートルの場合の秒速が一一・一一一メートルであることからすれば、岡部車は、菅沢車が同図面の<2>'の地点から<×>の地点までに達したときには、同図面<ア>'の地点から約一八・五二メートル直進し、すでに右<ア>'の地点から約一三・五メートルである右<×>の地点を通過してしまつていることになるから、両車両はその衝突を免れることになる。とするならば、被告菅沢の速度違反の過失と本件事故とは、因果関係があるというべきである。

四  被告らの責任原因の有無

1  被告千葉県

前記二のとおり、本件交差点に原告主張の瑕疵は認められないから、本件交差点内における信号機の設置・管理に当たつていた被告千葉県の責任は認められない。

2  被告国

同様に、本件交差点に原告主張の瑕疵が認められない以上、本件交差点内における道路本体及び道路付属物の設置・管理に当たつていた被告国の責任も認められない。

3  被告菅沢

前記三のとおり、被告菅沢には速度違反の過失が認められ、右過失と本件事故との間に因果関係も認められるから、同人は民法七〇九条に基づき、本件事故によつて乙事件原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

4  被告丸一運輸

前記争いのない事実によれば、被告丸一運輸は菅沢車の運行供用者であるから、同被告は、自賠法三条に基づき、本件事故によつて甲事件原告ら及び乙事件原告らの生じた人的損害を賠償する責任があり、また、被告丸一運輸は、被告菅沢の使用者であり、本件事故は被告菅沢がその業務を執行中に生じたものであるから、民法七一五条に基づき、本件事故により乙事件原告らに生じた物的損害を賠償する責任がある。

5  被告か祢子

前記争いのない事実及び前記一の事実によれば、被告か祢子は岡部車の運行供用者であるから、同被告は、自賠法三条に基づき、本件事故によつて甲事件原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

五  損害

1  原告文雄及び同和子

(一) 亡孝司の損害

(1) 治療費 二八万〇六八〇円

甲二〇、二一より認める。

(2) 逸失利益 五一八〇万八九一八円

亡孝司は、死亡当時、二一歳の大学生であり(甲二の1、四)、本件事故に遭わなければ、大学卒業時である二二歳から六七歳までの四五年間稼働して、毎年少なくとも賃金センサス平成二年第一巻第一表大卒の平均年収額である六一二万一二〇〇円を得ることができたと推認することができる。そこで、同人が独身であつたことから生活費控除率を五〇パーセントとし、中間利息の控除についてライプニツツ係数を用いて、その逸失利益の現在額を算定すると、右金額となる。

6,121,200×(1-0.5)×(17.88-0.9523)=51,808,918

(3) 慰謝料 一二〇〇万円

亡孝司の年齢、家族構成等のほか、被告か祢子が保険料を負担する搭乗者傷害保険金一〇〇〇万円がすでに支払われたこと(原告文雄本人及び弁論の全趣旨)等、本件訴訟に顕れた一切の事情を考慮すると、その死亡による慰謝料としては、右金額を認めるのが相当である。

(4) 葬儀関係費用 一二〇万円

亡孝司の葬儀関係費用として支払われた金額(甲六の1ないし9によれば、一〇三九万二二九円である。)のうち、本件事故と相当因果関係ある損害額として、右金額を認める。

(5) 小計 六五二八万九五九八円

(6) 既払金 二五二六万六九三〇円

(7) 差引損害額 四〇〇二万二六六八円

原告文雄及び同和子は、それぞれ右<7>の損害賠償請求権の二分の一、すなわち二〇〇一万一三三四円を相続した。

(二) 原告文雄及び同和子の損害・弁護士費用

本件事案の内容、審理の経緯及び認容額等、本件訴訟に顕れた一切の事情を考慮すれば、本件訴訟追行に要した弁護士費用は、原告文雄及び同和子の各自につき、それぞれ二〇〇万円を認めるのが相当である。

(三) 合計

(1) 原告文雄 二二〇一万一三三四円

(2) 原告和子 二二〇一万一三三四円

2  原告正位喜及び同さいの損害

(一) 亡康之の損害

(1) 治療費等 一五万三五九〇円

甲二三の1及び2により認める。

(2) 逸失利益 五一四八万四四九五円

亡康之は、死亡当時、二二歳の大学生であり(甲三の1、五)、本件事故がなければ大学卒業時である二三歳から六七歳まで稼働して、毎年平成二年当時の大卒の平均年収である六一二万一二〇〇円を得ることができたということができる。そこで、同人が独身であつたことから生活費控除率を五〇パーセントとし、中間利息の控除についてセイプニツツ係数を用いて、その逸失利益の現在額を算定すると、右金額となる。

6,121,200×(1-0.5)×(17.774-0.9523)=51,484,495

(3) 慰謝料 一一六〇万円

亡康之の年齢、家族構成等のほか、被告か祢子が保険料を負担する搭乗者傷害保険金一一〇〇万円がすでに支払われたこと(原告正位喜本人)等、本件訴訟に顕れた一切の事情を考慮すると、その死亡による慰謝料としては、右金額を認めるのが相当である。

(4) 葬儀関係費用 一二〇万円

亡康之の葬儀関係費用として支払われた金額(甲七の1ないし9によれば、七七五万七四四〇円である。)のうち、本件事故と相当因果関係ある損害額として、右金額を認める。

(5) 小計 六四四三万八〇八五円

(6) 既払金 二五一五万〇一四〇円

(7) 差引損害額 三九二八万七九四五円

原告正位喜及び同さいは、それぞれ右<7>の損害賠償請求権の二分の一、すなわち一九六四万三九七二円を相続した。

(二) 原告正位喜及び同さいの損害・弁護士費用

本件事案の内容、審理の経緯及び認容額等、本件訴訟に顕れた一切の事情を考慮すれば、本件訴訟追行に要した弁護士費用は、原告正位喜及び同さいの各自につき、それぞれ一九六万円を認めるのが相当である。

(三) 合計

(1) 原告正位喜 二一六〇万三九七二円

(2) 原告さい 二一六〇万三九七二円

3  原告保治及び被告か祢子の損害

(一) 人損分

(1) 亡隆志の損害

亡隆志は、死亡当時、二〇歳の大学生であり(乙イ八、一九)、本件事故がなければ大学卒業時である二二歳から六七歳まで稼働して、毎年平成二年当時の大卒の平均年収である六一二万一二〇〇円を得ることができたということができる。そこで、同人が独身であつたことから生活費控除率を五〇パーセントとし、中間利息の控除についてライプニツツ係数を用いて、その逸失利益の現在額を算定すると、右金額となる。原告保治及び被告か祢子は、それぞれ右損害賠償請求権の二分の一、すなわち二四六七万〇八八四円を相続した。

6,121,200×(1-0.5)×(17.981-1.8594)=49,341,768

(2) 原告保治の損害 三三五五万四一一二円

<1> 葬儀費用 一二〇万円

亡隆志の葬儀関係費用として支払われた金額(乙イ九によれば、三二二万六九九五円である。)のうち、本件事故と相当因果関係ある損害額として、右金額を認める。

<2> 慰謝料 八〇〇万円

亡隆志の年齢、家族構成等、本件訴訟に顕れた一切の事情を考慮すると、その死亡による原告保治の慰謝料としては、右金額を認めるのが相当である。

(3) 被告か祢子の損害

慰謝料 八〇〇万円

亡隆志の年齢、家族構成等、本件訴訟に顕れた一切の事情を考慮すると、その死亡による被告か祢子の慰謝料としては、右金額を認めるのが相当である。

(4) 合計

<1> 原告保治 三三八七万〇八八四円

<2> 被告か祢子 三二六七万〇八八四円

(二) 物損分

証拠(甲九、乙イ二、三、四ないし七)によれば、被告か祢子は、平成二年六月七日、岡部車を二一八万〇一〇〇円で購入したこと、本件事故は同月九日に発生しており、それまでの走行キロ数は、一九六キロメートルであること、岡部車は本件事故により大破したこと、岡部車は本件事故後、警察署まで運搬されたが、その費用として三万三二六九円を要したこと、同車は、その後警察署から廃車処分とするためにデイーラーまで運搬され、その費用として一万五〇〇〇円を要したことが認められる。右車両代金及び運搬費用は、いずれも本件事故と相当因果関係ある損害と認められるが、車両代金については、購入後の使用期間、走行距離等を考慮して、右購入価格の一割を減じえ額である、一九六万二〇九〇円を認める。

(三) 過失相殺

前記一認定の事実によれば、被告菅沢は、国道三五七号上り線を走行して乙交差点にさしかかつたところ、その対面する信号が青色であつたのでそのまま直進し、その際の菅沢車の速度は、制限速度時速六〇キロメートルを三〇キロメートル近く越える速度であり、他方、岡部車は、乙交差点の対面信号が赤色であつたが、これを時速四〇キロメートルで直進したというのである。そして、前記二のとおり、本件交差点に瑕疵が認められないことからすれば、亡隆志には、対面する信号機が赤色を表示していたにもかかわらず、これに従わずに走行した過失があつたといわざるをえない。このように、信号機により交通整理の行われている交差点において、青信号で直進した車両と赤信号で直進した車両が衝突した場合には、後者の信号無視の過失が基本的に重大であり、また、被告菅沢にとつて国道三五七号線の上り線立体部の橋脚等のため岡部車の動静を事前に知ることが不可能であつたことも参酌すれば、被告菅沢と亡隆志との過失割合は、一対九の割合とするのが相当である。

したがつて、原告保治及び被告か祢子の過失相殺後の金額は、人損分について、原告保治につき、三三八万七〇八八円、被告か祢子につき、三二六万七〇八八円となり、物損分について、被告か祢子につき、二〇万一〇三六円となる。

(四) 損害の填補

原告保治及び被告か祢子は、自賠責保険から、それぞれ一二六三万三五〇四円の二分の一ずつの支払を受けたから、原告保治の損害及び被告か祢子の損害のうち、物損を除く部分は、既に填補されていることになる。

(五) 弁護士費用

被告か祢子の右物損分の損害についての弁護士費用は、本件事案の内容、審理の経緯及び認容額等、本件訴訟に顕れた一切の事情を考慮して、二万円を認めるのが相当である。

(六) 合計

被告か祢子の損害(物損分) 二二万一〇三六円

第四結論

以上によれば、甲事件については、原告文雄及び同和子の、被告丸一運輸及び同か祢子に対する請求は、それぞれ二二〇一万一三三四円及びこれらに対する本件事故の日である平成二年六月九日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、原告正位喜及び同さいの、被告丸一運輸及び同か祢子に対する請求は、それぞれ二一六〇万三九七二円及びこれに対する本件事故の日である平成二年六月九日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余はいずれも理由がないからこれらを棄却することとする。また、乙事件については、被告か祢子の被告菅沢及び同丸一運輸に対する請求は、二二万一〇三六円及びこれに対する本件事故の日である平成二年六月九日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないからこれを棄却し、原告保治の本件請求については理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条、九二条及び九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 南敏文 竹内純一 波多江久美子)

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