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東京地方裁判所 平成4年(ヲ)2108号 決定 1992年3月25日

異議申立人

株式会社ユーコー

主文

本件異議申立を却下する。

理由

一  判断の前提となる事実

(1)  当裁判所は、別紙物件目録記載の不動産の売却のため、期間入札を実施した。最低売却価額は四一二七万円、保証の額は八二五万四〇〇〇円と定めてあった。

この入札において、入札書を差し出したのは、異議申立人のみであった。

異議申立人の差し出した入札書には、入札価額の欄に八三〇万円、保証の額の欄に四一二七万円と記載されている。

(2)  開札期日において執行官は、異議申立人の差し出した入札書は入札価額が最低売却価額に満たないとして、これを不適法と判断し、異議申立人を最高価買受申出人と定めなかった。

(3)  異議申立人は、入札価額と保証の額を誤って逆に記入したもので、そのことは社会通念に照らして明らかだから、上記入札書は有効であり、執行官の上記判断は誤りだと主張し、異議申立人を最高価買受申出人と定めなかった処分に対して本件異議を申し立てた。

二  問題点

異議申立人の差し出した入札書の入札価額の欄には、八三〇万円と記載されている。従って、これを入札価額と見る限り、最低売却価額に満たない額による入札であり、不適法なことは明らかである。

ただ、保証の額の欄に記載されている四一二七万円を入札価額と見ることができるのであれば、これは最低売却価額を下回らないから、適法な入札であり、かつ異議申立人を最高価買受申出人と定めるべきことになる。

そこで問題は、そのように考えることが許されるか否かである。

三 当裁判所の判断

当裁判所は、執行官の上記判断を相当と認め、本件異議申立を却下することとする。その理由は以下のとおりである。

(1) 競争における公正

開札手続は、多数の入札人が入札という競争に参加している状態で行われる。競争の参加者は、手続が公正に行われることに大きな期待を抱いており、手続の公正は、公正な競争が実現するための基盤となっている。

競争における公正は、様々な側面を有するが、公正を維持するうえで重要なことの一つは、競争条件が明確なことである。そのような競争条件の一つとして、入札書の記載方法が定められている。入札書の記載方法が定められているのに、これと異なる記載を有効とすると、競争条件は不明確なものとなり、競争そのものの基盤を揺るがすおそれがある。従って、予め定められた記載方法と異なる記載を有効としてよいのは、万人が納得できるような、ごく限られた場合のみである。

(2) 時間及び資料の面での制約

入札書の記載に不備があった場合、その効力の有無を判定するにあたっては、次のような事情を考慮する必要がある。すなわち、開札期日は同一の日時に多数の事件(東京地裁においては、通常は数十件)について行われ、各事件ごとに複数の入札書が差し出されていることも多い。従って、取り扱われる入札書の数は膨大なものとなる。その膨大な数の入札書について、執行官はその効力を判定し、そのうえで最高価買受申出人を定め、次順位買受けの申出を催告するといった作業をしなければならない。そして、その作業のために執行官に与えられている時間は極めて限られたものであり、殆ど瞬間的に判断することが強いられる。また、その判断のために用いることのできる資料は、入札書のみである。他の資料をも併せ、時間をかけて検討するといったことは許されないのである。

(3) 確実な根拠の必要性

入札書が、その現実の記載内容に従えば無効になるとしても、だからといってその記載内容を否定し、それとは異なる内容の入札書として有効と扱うことが、常に入札人の意思に合致するとは限らない。そして、入札人がそのような取扱いを希望するときは有効な入札書として扱い、希望しないときは無効なものとして扱うということも相当でない。なぜなら、開札期日において、入札人の希望の有無を確認する確実な手段はないうえ、そのような取扱いは、競争における公正の観点から問題があるからである。

そうすると、入札書の現実の記載内容を否定し、それとは異なる内容の入札書として有効と扱うためには、そのように判定するに足りる十分な証拠が存在し、仮に入札人が入札書の無効を主張してもこれを覆すことができるだけの確実な根拠がなければならないことになる。

(4) 本件の検討

以上のような観点から本件を検討すると、次のような点を指摘することができる。

ア 異議申立人は、入札価額の欄の記載と保証の額の欄の記載とを逆にして、入札書を有効と扱うよう求めている。けれども、そのような取扱いをすることは、他に入札参加者がいた場合、異議申立人のみを一方的に有利に取り扱うもので、不公平であるとの印象を与えるものである。

もっとも本件では、異議申立人の他に入札参加者は存在しない。しかしながら、他に入札参加者が存在するか否かによって入札書の効力の判定方法を変えるわけにはいかないのである。

イ 入札書の現実の記載内容を否定して、それとは異なる内容の入札書として有効と扱うためには、入札書以外の確実な証拠を探さなければならない。なぜなら本件では、入札書自体の中にはそのような確実な証拠が存在しないからである。しかし執行官に対し、開札期日において、入札書以外の確実な証拠を探したうえ、直ちにその証拠価値を判断して入札書の効力の有無を判定するよう求めるのは、困難を強いるものである。

ウ 本件のような入札書ついて、入札人が、入札価額の欄に記載したとおりの金額で入札する意思であったと主張したとき、これを覆して、保証の額の欄の金額が真の入札価額であると断定することは困難である。単に入札価額の欄の金額が保証の額の欄の金額より少ないとか、あるいは入札価額の欄の金額が現実の保証額と一致しているというだけでは、上記のように断定するには足りないのである。

(5) まとめ

以上のとおり、本件のような入札書を有効とするには、他の競争参加者を納得させるに足りる根拠がなく、競争における公正の観点から問題がある。また、本件の入札書について、入札人の真意の探究を経てその効力を判定しようとすると、入札書以外の証拠を探し、その価値を評価するよう執行官に求めることになって、執行手続上許容しがたい。さらに、現実の記載内容と異なる内容の入札書として取り扱うことにつき、入札人が反対の意思を表明した場合に、それを覆すに足りる確実な証拠もない。

以上いずれの観点から見ても、本件の入札書を有効とすることはできない。

(裁判官村上正敏)

別紙<省略>

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