大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成4年(ヲ)2585号 決定 1992年11月10日

当事者 別紙当事者目録に記載のとおり

主文

1  買受人が代金を納付するまでの間、

(1)  相手方株式会社エヌアンドジェイは、本件建物一階につき、その占有を他人に移転し、または占有名義を変更してはならない。

(2)  相手方銀座名和美容室は、本件建物四階につき、その占有を他人に移転し、又は占有名義を変更してはならない。

(3)  相手方名和好子及び丸健商事株式会社は、本件建物五階につき、その占有を他人に移転し、又は占有名義を変更してはならない。

2  相手方株式会社○○及び相手方××株式会社は、本決定送達後五日以内に、本件建物二階、三階及び五階から退去せよ。

3  執行官は、本件建物につき、相手方らが第一項及び第二項の命令を受けていることを公示しなければならない

理由

1当事者の地位等

申立人は、本件建物についての抵当権者であり(平成二年二月一九日付けで登記されている)、その実行としての競売を平成三年四月二五日に申し立てた差押債権者である。競売開始決定及び差押登記は同年五月二日付けでなされた。

相手方名和好子は、競売事件の債務者兼所有者である。

相手方丸健商事株式会社・株式会社エヌアンドジェイ・株式会社ナワカンパニー・有限会社銀座名和美容室は、いずれも名和雅一を代表取締役とし、名和好子が取締役を務める会社である。

相手方株式会社○○及び相手方××株式会社は、いずれも不動産の賃貸その他を目的とする会社である。

(以上の事実は記録中の資料によって明らかである。)

2申立の内容

申立人は、以上の事実を前提とした上、相手方らが執行妨害を目的として、本件建物を第三者に占有させようとするなど、「不動産の価格を著しく減少する行為」(民事執行法五五条一項)をしていると主張して、主文に記載のとおりの決定を求めた。

3申立を認めた理由

当裁判所が本件申立を認めた理由は次のとおりである。

(1)  判断の前提とした事実

資料によると、以下の事実を一応認めることができる。

ア  執行官の現況調査(平成三年五月)によると、本件建物は最先順位の抵当権設定前の平成元年一一月一日、丸健商事が賃借し(地下二階と一階を除く)、同日、次のとおり転貸していた。

地下一階 株式会社マススタッフ(バーとして使用)

二階   エヌアンドジェイ(店舗として使用)

三階   ナワカンパニー(美容室として使用)

四階   銀座名和美容室(美容室として使用)

五階   中尾宏(事務所として使用)

そして地下二階はマススタッフ(名和雅一を代表取締役とする会社)が物置として事実上使用し、一階はエヌアンドジェイが店舗(着物の展示室)として事実上使用していた。

なお、丸健商事・エヌアンドジェイ・ナワカンパニー及びマススタッフは、株式会社マッツコーポレーションと共に「名和グループ」と自称している。

イ  ところが、差押後の平成三年八月九日、名和好子は当裁判所宛て上申書を提出し、本件建物は××に賃貸していると主張した。同時に提出された賃貸借契約書によると、××は名和好子から平成二年一二月一日、本件建物を賃借し、同日、上記アに記載の会社(中尾は除く)に転貸したこととされており、××の支払うべき賃料は、期間中(平成元年一一月一日から平成七年一〇月三一日までの七年分)全額前払済みとされている。

ウ  差押後の平成三年六月一三日付けで、××を権利者とする根抵当権設定仮登記及び条件付賃借権設定仮登記が本件建物についてなされている。仮登記された賃借権の内容は、借賃一か月一平方メートルあたり一〇円、期間三年で、譲渡・転貸できるとの特約がある。

また、差押後の平成三年七月一八日付けで、○○を権利者とする賃借権設定仮登記が本件建物についてなされている。仮登記された賃借権の内容は、借賃一か月一平方メートルあたり三〇円、期間三年で、譲渡・転貸できるとの特約がある。

エ  平成四年三月、○○は本件競売事件についての申立人の方針を聞きたいとして、××の代表者及び名和雅一とともに申立人会社を訪問したが、その際に連絡先として示された電話番号にかけると、××とも○○とも連絡をとることができる。

オ  平成四年九月、○○は申立人に対し、「○○は××と同一の企業体である。○○が本件建物を管理している。競売では申立人が買受人となってほしい。そうすれば○○が仲介して松坂屋に国土法価格で買い取らせる。もし申立人が自己使用するということであれば、立退料を提示してほしい。」と言ってきた。

カ  ○○は、山口組系暴力団△△組の関連会社であり、国土利用計画法違反の疑いで、その代表者が平成四年一一月三日に逮捕された。

キ  本件建物の三階は、平成四年三月ころから閉鎖され、「都合によりしばらくの間お休みいたします。」とのはり紙が出されていたが、九月下旬にはそれが剥がされており、また正面玄関にあった三階部分の社名表示もなくなっていた。そして申立人従業員の質問に対し、ナワカンパニーの取締役は、三階を誰かに貸すようだと述べた。

ク  申立人は、このような事態が生じたため、名和雅一と連絡をとろうとしたが、その所在は判明しない。また名和好子は「本社がやっていることなので、よく分からない。」と答えるのみである。

ケ  一一月五日には、三階に「パパノエル」という看板が掲げられており、その場にいた者は、「美容室を一一月一八日にオープンする。経営者は名和グループではない。詳しいことは二階のトヨダ氏に聞いてほしい」と述べた。そこで申立人の従業員が二階へ行ったところ、二階ではエヌアンドジェイの営業が行われている形跡はなく、留守番と思われる者がいた。そこで申立人従業員が質問したところ、留守番と思われる者はどこかに電話を架け、オチという者を呼び出した。オチは質問に対し、三階を誰から借りようと申立人には関係ないなどと答え、後は何を聞いても「そんなことを聞く権利があるのか」といった調子で凄むばかりであった。

なお、上記の留守番と思われる者がどこに電話を架けたのかは不明であるが、その机の上の電話番号一覧表の一番上には「××」と大きく書かれており、またオチは、○○の代理として、申立人のところに電話を架けてきたことのある人物である。

コ  一階及び四階の占有状況は従来と同じである。また五階は中尾が既に退去し、現在空家である。

(2)  「不動産の価格を著しく減少する行為」の存在

以上の事実によれば、相手方らは執行妨害を目的として、本件建物の占有を第三者に移転する準備行為をしており、二階及び三階については、既に××及び○○に占有が移転されたもの、五階についても占有が移転された疑いが強いものと認められる。

そして、××及び○○が、暴力団と深い関係を有することからして、このまま放置すると買受希望者が激減することは確実であり、全く現れない可能性も高い。

また一階及び四階についても、暴力団関係者に占有が移転されるおそれが大きい。

したがって、相手方らの行為は「不動産の価格を著しく減少する行為」に該当する。

なお名和好子以外の相手方らは、名和好子の関与のもとに、執行妨害の目的でこのような行為をしていると考えられるから、名和好子の占有補助者と認めてよい。

(3)  執行官に対して公示を命じた点について

当裁判所は、このような公示を命じることは適法で、かつ必要なものと認める。その理由は次のとおりである。

民事保全法上の仮処分については、不作為を命じる仮処分とともにその公示を執行官に命じることは、法的には必要がなく、必要のないことを命じることは許されないと解されるのが通常であろう。

つまり、民事保全法上の仮処分において、公示を命じることは通常は許されないと解されているが、それは、法的には必要のないことだからにすぎない。逆にいえば、法的な必要性が認められれば、公示を命じることも許されるのである。

本件は、民事保全法上の仮処分ではなくて、民事執行法上の保全処分である。民事執行法上の売却のための保全処分においては、第三者に対してこれを命令することができるのは、法律の認める特定の場合に限られる。したがって、競売物件の所有者に対する保全処分がなされた後に第三者がこれを占有するに至った場合、その第三者が保全処分の存在を知っていたか否かは、その第三者に対して保全処分を命じることができるか否かの判断においてきわめて重要な意味を有することになる。

よって、公示を命じる法的な必要性を認めるべきである。

(裁判官村上正敏)

別紙当事者目録

申立人(差押債権者) ミネベア信販株式会社

代表者代表取締役 石塚巖

申立人代理人弁護士 阿部昭吾

同佐長(さいき)功

同 田口和幸

相手方 名和好子

(債務者兼所有者)

相手方 株式会社エヌアンドジェイ

代表者代者取締役 名和雅一

相手方 株式会社○○

代表者代表取締役 本間吉

相手方 ××株式会社

代表者代表取締役 寺田雄紀

相手方 丸健商事株式会社

代表者代表取締役 名和雅一

相手方 有限会社銀座名和美容室

代表者代表取締役 名和雅一

別紙物件目録

所在 中央区銀座六丁目三番地三〇

家屋番号 三番三〇の一

種類 店舗 事務所

構造 鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根地下二階付五階建

床面積 一階86.67平方メートル

二階92.37平方メートル

三階92.37平方メートル

四階93.19平方メートル

五階80.37平方メートル

地下一階85.58平方メートル

地下二階19.45平方メートル

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例