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東京地方裁判所 平成4年(行ウ)59号 判決 1992年12月21日

東京都新宿区北新宿一丁目三五番五号

原告

丁海喆

右訴訟代理人弁護士

阿部博

長倉隆顯

東京都新宿区北新宿一丁目一九番三号

被告

新宿税務署長 川人硯郎

右指定代理人

加藤美枝子

時田敏彦

青野正昭

鍋内幸一

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求の趣旨

被告が平成元年九月三〇日付けでした原告の昭和六一年分の所得税についての更正のうち、分離課税の長期譲渡所得金額二、九八二万七、〇一〇円及び納付すべき税額一、二七五万五、二〇〇円を超える部分並びに過少申告加算税賦課決定(ただし、平成三年八月三〇日付けの変更決定によって変更された後のもの)を取り消す。

第二事案の概要

一  本件課税処分の経緯等(この事実については当事者間に争いがない。)

1  原告は不動産賃貸業を営むものであるが、昭和六一年五月二六日、その所有に係る別紙物件目録記載の一の土地(昭和三九年一二月二四日の取得時の価格五六〇万円、以下「東永谷土地」という。)を、横浜市に対し同市立南高等学校の用地として補償金額八、〇二〇万三、六八〇円で任意売却し、昭和六一年五月三〇日、同市から、その代替地として、同物件目録記載の二の各土地(以下「本件各土地」という。)を、取得価格合計三億〇、九九五万五、六六〇円で取得した。

原告は、同年六月六日、株式会社エレガに対し、本件各土地を代金合計九億四、五六〇万円、譲渡費用合計三四万円で売却した。

原告は右の譲渡代金を使って、昭和六二年二月一七日から昭和六三年九月五日にかけて、同物件目録記載の三の土地及び建物(以下「本件各物件」という。)を代金合計八億八、四八三万七、一六〇円で購入した。

2  原告は、昭和六一年分の所得税について、昭和六二年三月一七日に確定申告をし、別表1記載の経過で課税処分を受けた(以下、平成元年九月三〇日付けの更正を「本件更正」と、平成三年八月三〇日付けの変更決定により変更された過少申告加算税賦課決定を「本件決定」という。)。

二  本件更正及び本件決定の根拠(この事実については、後記の1(二)(2)の本件各土地の長期譲渡所得金額、1(五)の納付すべき税額及び2の本件決定の点を除き当事者間に争いがない。また、本件各土地の長期譲渡所得金額、納付すべき税額及び過少申告加算税額の点について、昭和六二年法律九六号による改正前の租税特別措置法(以下「措置法」という。後記の昭和六一年法律第九三号による改正前の租税特別措置法三三条一項を除き、措置法という場合は、この改正前のものをいう。)三七条一項の規定の適用がないとした場合には、右の各金額が後記1(二)(2)、1(五)及び2に掲記の金額のとおりとなることは当事者間に争いがない。)

1  本件更正について(明細は別表2のとおりである。)

(一) 総所得金額 二、五四〇万五、七八七円

不動産所得、利子所得及び雑所得の合計額である。

(二) 分離課税の長期譲渡所得金額 七億〇、九三〇万八、〇二〇円

(1) 東永谷土地分 零円

右土地の譲渡については、譲渡収入金額が代替資産である本件各土地の取得価格以下であることから、昭和六一年法律第九三号による改正前の租税特別措置法三三条一項(以下「措置法三三条一項」という。)の規定により譲渡がなかったものとした。

(2) 本件各土地分 七億〇、九三〇万八、〇二〇円

右の土地の譲渡収入金額計九億四、五六〇万円から取得費合計二億三、四九五万一、九八〇円、譲渡費用合計三四万及び措置法三一条の規定に基づく特別控除額一〇〇万円を控除した額である。

本件各土地は東永谷土地の代替資産として取得されたものであるから、その取得時期は、収用交換等により取得した代替資産の取得計算について定める同法三三条の六の規定により、措置法三三条一項の規定の適用を受ける譲渡資産である東永谷土地の取得時期である昭和三九年一二月二四日とされ、その譲渡所得金額は措置法三一条の長期譲渡所得として計算されることとなる。

また、同法三三条の六及び平成元年政令第九四号による改正前の同法施行令二二条の六第一項一号の規定により、東永谷土地の取得価格五六〇万円(<1>)に本件各土地の取得価格合計額三億〇、九五五万五、六六〇円(<2>)から東永谷土地の補償金額八、〇二〇万三、六八〇円(<3>)を控除した金額二億二、九三五万三、六八〇円(<4>=<2>-<3>)を加えた金額である二億三、四九五万一、九八〇円(<1>+<4>)が、右取得価格となる。

(三) 所得控除額 四〇万四、四五〇円

社会保険料控除及び基礎控除の合計額である。

(四) 源泉徴収税額 三〇三万九、一七八円

右(一)の利子所得金額に係るものである。

(五) 納付すべき税額 二億四、七〇四万七、七〇〇円

課税総所得金額(右(一)の金額から右(三)の金額を控除したもの)に昭和六二年法律第九六号による改正前の所得税法八九条に定める税率を乗じて算出した税額九八二万九、〇五〇円と右(二)の長期譲渡所得金額を基礎として措置法三一条一項に規定する方法により算出した税額二億四、〇二五万七、九〇〇円との合計額から、右(四)の源泉徴収税額を控除して計算した額(一〇〇円未満切捨て)である。

2  本件決定について

本件更正により原告が新たに納付すべきこととされた税額を対象として、国税通則法六五条一項及び二項に基づいて過少申告加算税額を計算すると、二、二九三万七、五〇〇円となる。

三  争点

原告は本件各土地の譲渡代金をもって本件各物件を購入しているが、本件各土地の譲渡について、措置法三七条一項に定める特定の事業用資産の買換えの場合における譲渡所得の課税の特例(以下「本件特例」という。)の適用があるか、あるいは、被告が本件特例の適用をしないことが信義則に反するかという点が、本件の争点となっている。この点に関する当事者の主張の要旨は次のとおりである。

1  原告の主張

(一) 本件特例にいう「事業の用に供する」とは、現実に事業に供している場合だけではなく、事業の用に供する意思が客観的に認められる場合も含むものと解すべきである。原告は、昭和六〇年六月ころ横浜市から東永谷土地の代替地として本件各土地の払下げを受けるという提案を受けた直後から、本件各土地に賃貸ビルを建築した場合の収支について検討に検討を重ねていたし、また、原告は本件各土地の譲渡代金で取得した本件各物件を現に事業用に供しているものであるから、本件各土地の譲渡は事業用資産の譲渡に該当するものというべきである。

(二) 原告は、昭和六〇年一二月六日ころ、横浜市から、同市と横浜中税務署との事前協議において本件各土地の譲渡について本件特例の適用を認めるとの回答を得たと伝えられ、税務署という国家機関が横浜市を通じて明らかにした右の公的見解を信じて、前記一1のとおり東永谷土地を横浜市に任意売却し、その代替地として取得した本件各土地を譲渡したものである。したがって、本件各土地の譲渡について本件特例の適用を否定した本件更正及び本件決定を取り消さないと著しく信義則に反するものというべきである。

2  被告の主張

(一) 本件特例にいう「事業の用に供しているもの」とは、原則として、その資産の譲渡当時、現実かつ継続的にこれを事業の用に供していたことを要するものと解すべきである。しかし、原告は、昭和六一年五月三〇日に横浜市から東永谷土地の代替地として本件各土地を取得した後、これを現実に事業の用に供することなく、同年六月六日に他に売却しているものであり、本件各土地が右にいう「事業の用に供しているもの」に該当しないことが明らかである。

(二) 本件各土地の譲渡について本件特例の適用があるとの税務官庁の公的見解が表明された事実はないし、そもそも東永谷土地の買収に関する事前協議において、公共事業用地の買収と無関係である本件各土地の譲渡に関する特例の適用の有無についてまで協議が行われることはあり得ない。したがって、本件処分及び本件決定が、原告に対して与えられた公的見解の表示に関する処分であるということはできず、本件処分及び本件決定について信義則が適用される余地はない。

第三争点に対する判断

一  本件特例にいう「事業の用に供しているもの」への該当性について

右にいう事業の用に供しているもの」とは、営利の目的をもって計画的に行われる経済的な活動のために使用する資産をいい、原則として、その譲渡時に現実かつ継続的に事業の用に供していたことを要するものと解される。

しかし、前記のとおり、原告は、昭和六一年五月三〇日、学校用地として売却された東永谷土地の代替地として横浜市から本件各土地を取得したが、その一週間後の同年六月六日、これを株式会社エレガに譲渡したものであり、原告が本件各土地を所有している間にこれを現実に原告の事業の用に供したという事実は、本件全証拠によってもこれを認めることはできない。確かに、乙五号証によれば、昭和六一年初めに原告は本件各土地を事業用に使用する計画を検討していたことが認められるが、本件各土地を取得した後に原告がこれを事業用に何ら使用していない以上、本件各土地が「事業の用に供しているもの」に該当するものとはいえないことは明らかである。

原告は、「事業の用に供する」とは、現実に事業に供している場合だけではなく、事業の用に供する意思が客観的に認められる場合も含むと解すべきであると主張するが、右主張は原告の独自の見解であって採用することはできない。

二  信義則の適用について

租税法律関係についても信義則の法理が適用される場合があるが、その適用が肯定されるのは、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、後に右表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受け、かつ、納税者が税務官庁の右表示を信頼して行動したことにつき納税者に責めに帰すべき事由がない等の特別の事情がある場合に限られるものと解するのが相当である。

原告は、東永谷土地の買収に関する横浜市と横浜中税務署との事前協議において、税務官庁が本件各土地の譲渡について本件特例の適用を認めるとの回答をし、これが横浜市を通じて原告に対して表示され、原告は右公的見解の表示を信頼したと主張する。

しかし、証人西島和夫の証言、乙二号証及び乙四号証によれば、昭和六〇年一二月六日に横浜市と横浜中税務署との間において東永谷土地の買収に関する事前協議が行われたが、協議の対象は東永谷土地の買収事業が措置法三三条一項に定める公共事業用地の買収に関する特例制度の対象事業となるかという点に限られていたことが認められ、右の事前協議において本件各土地の譲渡に関する本件特例の適用について協議され、税務官庁から本件各土地の譲渡につき本件特例の適用を認める旨の回答がされたと認めるに足りる証拠はない。

そもそも右の事前協議は、収用等に伴う各種特例制度が事業施行者の発行する一定の証明書を基礎として適用されるものであるところ、事業施行者の不適正な証明書の発行によって特例の適用に関し事後のトラブルが発生することを防止するため、事業施行者と税務署等が当該収用事業等の特例の該当性について協議し確認し合うという制度であって(乙一号証)、公共事業用地の買収とは直接に関係しない代替地の譲渡に対する本件特例の個別的な適用の有無についてまで事前協議が行われることは通常はあり得ないものというべきであるし、証人西島の証言によれば、横浜中税務署においては右の事前協議の趣旨に従って運用がなされており、東永谷土地の買収についても右の運用に従って処理されたことが認められる。

原告は、税務官庁が前記公的見解を表示したことを立証するものとして、甲六号証(横浜市教育委員会校地整備課長渡辺章一作成の副申書)を提出し、右書面には、原告の主張にそう内容が記載された原告作成の覚書が添付され、横浜市と原告との間で行った事前協議等の経緯については、右覚書のとおりである旨の記載がある。しかし、証人渡辺章一の証言によれば、右渡辺は東永谷土地の買収を直接担当したことがないが、原告の依頼があったため、前任者等から右土地の買収の経緯に関する事情を聞いて右副申書を作成したこと、右渡辺は右副申書作成当時には本件特例の趣旨や適用要件に関する正確な知識を有していなかったことが認められ、また、甲六号証の記載が「横浜市と原告との間」でした事前協議等の経緯については覚書のとおりであるというものであることからすると、右渡辺は、横浜市と横浜中税務署との間の事前協議の内容及び本件特例の趣旨に関する知識と理解とが必ずしも十分でないままに、右の事前協議と横浜市と原告との間における東永谷土地の買収に関する交渉とを十分に区別することなく、右副申書を作成したものにすぎないものというべきであるから、甲六号証をもって税務官庁が公的見解を表示したことを認めることは到底できないし、また、前記認定を左右するものであるということもできない。

以上によれば、横浜市が、原告に対し、東永谷土地の買収に関する横浜市と原告との交渉の中で、その代替地である本件各土地の譲渡に関する本件特例の適用の可能性について、何らかの形で交渉事項としたことがうかがわれないではないが、本件特例の適用について決定する権限を有する税務官庁が、原告に対し、自ら又は横浜市を通じて、公的見解として、本件各土地の譲渡につき本件特例を適用する旨を表示したことを認めることはできないから、信義則の適用に関する原告の主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

三  本件決定について

原告は、本件各土地の譲渡所得について、税務官庁が横浜市を通じてした本件特例の適用があるという公的見解の表示を信頼して確定申告し、また、被告が約一年半も本件特例の承認申請を放置した上本件更正に及んだことを考慮すると、国税通則法六五条四項に定める正当な理由があるから、過少申告加算税賦課決定は取り消されるべきであると主張する。

しかし、前記のとおり、税務官庁が原告に対し本件各土地の譲渡について本件特例の適用があるという公的見解を表示したことを認めることはできないし、また、本件処分は国税通則法七〇条に定める国税の更正、決定等の期間制限内に行われているものであるから、右主張は失当であるといわざるを得ず、他に右の正当な理由を認めるに足りる主張、立証もない。

四  結語

右のとおり、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却すべきこととなる。

(裁判長裁判官 秋山壽延 裁判官 小池裕 裁判官 近田正晴)

物件目録

一  所在  横浜市港南区東永谷二丁目

地番  一、四〇三番二

地目  山林

地積  五五六・九七平方メートル

二1 所在  横浜市西区北幸一丁目

地番  五番四

地目  宅地

地積  一四一・三七平方メートル

2 所在  横浜市緑区もえぎ野

地番  一番二一

地目  宅地

地積  一七三・八七平方メートル

三1 所在  高崎市羅漢町

地番  一番一

地目  宅地

地積  一一二・〇六平方メートル

2 所在  高崎市羅漢町二番地二、一番地一、一番地二

種類  共同住宅・店舗

構造  鉄筋コンクリート造陸屋根七階建

床面積 一階 二一三・一八平方メートル

二階 二二六・二〇平方メートル

三階 二二六・二〇平方メートル

四階 二二六・二〇平方メートル

五階 二二六・二〇平方メートル

六階 二二六・二〇平方メートル

七階 一四・七二平方メートル

3 所在  高崎市柳川町

地番  三五番四

地目  宅地

地積  四七・〇七平方メートル

4 所在  高崎市柳川町三四番地一三五番地四

種類  店舗・共同住宅

構造  鉄骨亜鉛メッキ鋼板葺地下一階付三階建

床面積 一階 五四・八〇平方メートル

二階 七一・二五平方メートル

三階 五五・五四平方メートル

地下一階 六六・六三平方メートル

5 所在  小平市学園東町一丁目

地番  五四番一四

地目  宅地

地積  二二七・五七平方メートル

6 所在  小平市学園東町一丁目五四番地一四

種類  店舗・共同住宅

構造  鉄筋コンクリート造陸屋根三階建

床面積 一階 一七五・一二平方メートル

二階 一五一・二四平方メートル

三階 一五一・二四平方メートル

別表1

課税の経緯

<省略>

別表2

所得金額及び税額の計算書

<省略>

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