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東京地方裁判所 平成4年(行ウ)87号 判決 1996年4月26日

東京都調布市仙川町一丁目八番二六号

原告

高須信子

右訴訟代理人弁護士

盛岡暉道

池本彰郎

東京都府中市分梅町一丁目三一番地

被告

武蔵府中税務署長 山岸捷郎

右指定代理人

小濱浩庸

高田秀子

小田切敏夫

杉本正樹

倉嶋充

植松香一

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

一  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告が平成二年一月一六日付けでした原告の昭和六一年分から昭和六三年分の所得税に対する各更正のうち別表一ないし三記載の各年分の確定申告欄に記載する総所得金額、納付すべき金額を超える部分及び同表記載の各年分の各過少申告加算税賦課決定を取り消す。

第二事案の概要

本件は、美容業を営む青色申告者である原告が、昭和六一年から昭和六三年分まで(以下「本件係争年分」という。)の所得税について確定申告をしたところ、被告が原告のセット椅子台数を基に同業者比率により売上金額及び事業所得金額を推計により算出し、更正及び過少申告加算税賦課決定を行ったので、原告が、被告の課税処分には推計の必要性も合理性もなく、被告が推計により算出した総所得金額は原告の実際の所得金額を上回っているとして所得金額の実額を主張するなどして、右各更正のうち申告額を超える部分及び右各賦課決定の全部の取消しを求めている事案である。

一  本件課税処分の経緯(この事実は当事者間に争いがない。)

原告の本件係争年分の各所得税の確定申告、課税処分及び不服申立ての経緯は、別表一から三までのとおりである(以下、各年分の更正及び過少申告加算税賦課決定のそれぞれを総称して「本件各更正」及び「本件各賦課決定」といい、これをまとめて「本件課税処分」ということがある。)。

二  本件課税処分の課税根拠についての被告の主張

1  本件係争年分の総所得金額及びその算出根拠

被告は、原告が本店事業所である調布市仙川町一丁目八番二六号所在の屋号「たかす美容室」(なお、原告は、昭和六三年六月に「たかす美容室」を閉鎖し、同月末から新たに調布市仙川町一丁目三番五号所在の屋号「美容室レルネ」を本店事業所として開設した。以下、右本店事業所である「たかす美容室」及び「レルネ美容室」をまとめて「本店」という。)及び支店事業所である多摩市鶴牧五丁目一番一号所在の屋号「ハイネ美容室」(以下「支店」という。)において美容業を営むものであるとして、本件係争年分の事業所得金額について、次のとおり、推計の方法によりその額を算出した。

(一) 昭和六一年分 七三六万四一五九円

右事業所得の金額は、左記(1)の本店の特前所得金額(売上金額から売上原価及び経費を控除して算定した所得金額をいう。なお、専従者給与の額がある場合は、同金額を控除した。以下同じ)と(2)の支店の特前所得金額の合計金額である。

(1) 本店の特前所得金額 三一三万三三五八円

<1> 同業者のセット椅子一台当たりの平均売上金額

三二六万二二一六円

右金額は、原告の本店の所在する武蔵府中税務署管内の調布市において、原告と同様に美容業を営む青色申告の個人事業者で、かつ、原告と事業規模の類似する者(以下「本店比準同業者」という。)の昭和六一年分のセット椅子一台当たりの平均売上金額である(別表四の1のとおり)。

<2> 原告のセット椅子の台数 五台

右台数は、昭和六一年における本店のセット椅子の台数である。(この点は当事者間に争いがない。)。

<3> 売上金額 一六三一万一〇八〇円

右金額は、右<1>の本店比準同業者の昭和六一年分のセット椅子一台当たりの平均売上金額に右<2>の本店のセット椅子台数を乗じて算出した本店の売上金額である。

<4> 同業者の平均特前所得率 一九・二一パーセント

右率は、本店比準同業者の昭和六一年分の事業所得に係る売上金額に対する特前所得金額の割合(以下「特前所得率」という。)の平均値である(別表四の1のとおり、ただし、小数点五位以下四捨五入以下同じ)。

<5> 特前所得金額 三一三万三三五八円

右金額は、右<3>の売上金額に、右<4>の平均特前所得率を乗じて算出した本店の特前所得金額である。

(2) 支店の特前所得金額 四二三万八〇一円

<1> 同業者のセット椅子一台当たりの平均売上金額

三二九万一九四〇円

右金額は、原告の支店の所在する八王子税務署管内の多摩市において、原告と同様に美容業を営む青色申告の個人事業者で、かつ、原告と事業規模の類似する者(以下「支店比準同業者」という。)の昭和六一年分のセット椅子一台当たりの平均売上金額である(別表五の1のとおり)。

<2> 原告セット椅子の台数

右台数は、昭和六一年における支店のセット椅子の台数である(この点は当事者間に争いがない。)。

<3> 売上金額 一九七五万一六四〇円

右金額は、右<1>の支店比準同業者の昭和六一年分のセット椅子一台当たりの平均売上金額に右<2>の支店セット椅子台数を乗じて算出した支店の売上金額である。

<4> 同業者の平均特前所得率 二一・四二パーセント

右率は、支店比準同業者の昭和六一年分の特前所得率の平均値である(別表五の1のとおり)。

<5> 特前所得金額 四二三万八〇一円

右金額は、右<3>の売上金額に、右<4>の平均特前所得率を乗じて算出した支店の特前所得金額である。

(二) 昭和六二年分 九三〇万九五一円

右事業所得の金額は、左記(1)の本店の特前所得金額と(2)の支店の特前所得金額の合計金額である。

(1) 本店の特前所得金額 三五八万四〇七二円

<1> 同業者のセット椅子一台当たりの平均売上金額

三二三万六一八三円

右金額は、本店比準同業者の昭和六二年分のセット椅子一台当たりの平均売上金額である(別表四の2のとおり)。

<2> 原告のセット椅子の台数 五台

右台数は、昭和六二年における本店のセット椅子の台数である(この点は当事者間に争いがない。)。

<3> 売上金額 一六一八万九一五円

右金額は、右<1>の本店比準同業者の昭和六二年分のセット椅子一台当たりの平均売上金額に右<2>の本店のセット椅子台数を乗じて算出した本店の売上金額である。

<4> 同業者の平均特前所得率 二二・一五パーセント

右率は、本店比準同業者の昭和六二年分の特前所得率の平均値である(別表四の2のとおり)。

<5> 特前所得金額 三五八万四〇七二円

右金額は、右<3>の売上金額に、右<4>の平均特前所得率を乗じて算出した本店の特前所得金額である。

(2) 支店の特前所得金額 五七一万六八七九

<1> 同業者のセット椅子一台当たりの平均売上金額

三八三万八八九三円

右金額は、支店比準同業者の昭和六二年分のセット椅子一台当たりの平均売上金額である(別表五の2のとおり)。

<2> 原告セット椅子の台数 六台

右台数は、昭和六二年における支店のセット椅子の台数である(この点は当事者間に争いがない。)。

<3> 売上金額 二三〇三万三三五八円

右金額は、右<1>の支店比準同業者の昭和六二年分のセット椅子一台当たりの平均売上金額に右<2>の支店セット椅子台数を乗じて算出した支店の売上金額である。

<4> 同業者の平均特前所得率 二四・八二パーセント

右率は、支店比準同業者の昭和六二年分の特前所得率の平均値である(別表五の2のとおり)。

<5> 特前所得金額 五七一万六八七九円

右金額は、右<3>の売上金額に、右<4>の平均特前所得率を乗じて算出した支店の特前所得金額である。

(三) 昭和六三年分 九四三万二五一七円

右事業所得の金額は、左記(1)の本店の特前所得金額と(2)の支店の特前所得金額の合計金額である。

(1) 本店の特前所得金額 三六六万九一二三円

<1> 同業者のセット椅子一台当たりの平均売上金額

三六〇万一四一七円

右金額は、本店比準同業者の昭和六三年分のセット椅子一台当たりの平均売上金額である(別表四の3のとおり)。

<2> 原告のセット椅子の台数 四・五台

右台数は、昭和六三年における本店のセット椅子の台数である。原告は、昭和六三年六月までは「たかす美容室」においてセット椅子五台で、同月末からは「レルネ美容室」においてセット椅子四台で事業を営んだので、年の中途で減少したセット椅子一台については、これを〇・五台(当該年分の保有月数の六を乗じ、これを一二分して算出した。)とした(この点は当事者間に争いがない。)。

<3> 売上金額 一六二〇万六三七六円

右金額は、右<1>の本店比準同業者の昭和六三年分のセット椅子一台当たりの平均売上金額に右<2>の本店のセット椅子台数を乗じて算出した本店の売上金額である。

<4> 同業者の平均特前所得率 二二・六四パーセント

右率は、本店比準同業者の昭和六三年分の特前所得率の平均値である(別表四の3のとおり)。

<5> 特前所得金額 三六六万九一二三円

右金額は、右<3>の売上金額に、右<4>の平均特前所得率を乗じて算出した本店の特前所得金額である。

(2) 支店の特前所得金額 五七六万三三九四円

<1> 同業者のセット椅子一台当たりの平均売上金額

三七四万一九七八円

右金額は、支店比準同業者の昭和六三年分のセット椅子一台当たりの平均売上金額である(別表五の3のとおり)。

<2> 原告セット椅子の台数 六台

右台数は、昭和六三年における支店のセット椅子の台数である(この点は当事者間に争いがない。)。

<3> 売上金額 二二四五万一八六八円

右金額は、右<1>の支店比準同業者の昭和六三年分のセット椅子一台当たりの平均売上金額に右<2>の支店セット椅子台数を乗じて算出した支店の売上金額である。

<4> 同業者の平均特前所得率 二五・六七パーセント

右率は、支店比準同業者の昭和六三年分の特前所得率の平均値である(別表五の3のとおり)。

<5> 特前所得金額 五七六万三三九四円

右金額は、右<3>の売上金額に、右<4>の平均特前所得率を乗じて算出した支店の特前所得金額である。

2  本件各更正の適法性

被告が本訴で主張する原告の本件係争年分の総所得金額は、前記1のとおり、それぞれ左記の金額となる。

昭和六一年分 七三六万四一五九円

昭和六二年分 九三〇万九五一円

昭和六三年分 九四三万二五一七円

これに対し、本件各更正に係る原告の総所得金額は、別表一ないし三の更正・決定欄の総所得金額欄記載のとおり、それぞれ左記の金額となる。

昭和六一年分 六九〇万五六八二円

昭和六二年分 八五八万九八五九円

昭和六三年分 八五二万九八三三円

以上のとおり、本件各更正における総所得金額は、いずれの年分も、被告が本訴で主張する金額の範囲内であるから、本件各更正は適法である。

3  本件各賦課決定の適法性

被告は、本件各更正によって原告が納付すべき所得税額(国税通則法一一八条三項により一万円未満の金額を切り捨てた金額、以下同じ)を基礎として、国税通則法六五条一項及び二項の規定に基づき、次のとおり計算した過少申告加算税をそれぞれ賦課決定したものであるから、本件各賦課決定は適法である。

(一) 昭和六一年分 七万六〇〇〇円

右金額は、右年分の所得税の更正により、原告が新たに納付すべきこととなった税額一〇一万円に、国税通則法六五条一項(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの)に基づき一〇〇分の五を乗じた金額五万五〇〇円と、同条二項の規定に基づき右一〇一万円のうち五〇万円を超える部分に相当する金額に一〇〇分の五を乗じた金額二万五五〇〇円の合計額である。

(二) 昭和六二年分 一九万四〇〇〇円

右金額は、右年分の所得税の更正により、原告が新たに納付すべきこととなった税額一四六万円に、国税通則法六五条一項(昭和六二年法律第九六号による改正後のもの、以下同じ)に基づき一〇〇分の一〇を乗じた金額一四万六〇〇〇円と、同条二項の規定に基づき右一四六万円のうち五〇万円を超える部分に相当する金額に一〇〇分の五を乗じた金額四万八〇〇〇円の合計額である。

(三) 昭和六二年分 一九万四〇〇〇円

右金額は、右年分の所得税の更正により、原告が新たに納付すべきこととなった税額一五五万円に、国税通則法六五条一項(昭和六二年法律第九六号による改正後のもの、以下同じ)に基づき一〇〇分の一〇を乗じた金額一五万五〇〇〇円と、同条二項の規定に基づき右一五五万円のうち五〇万円を超える部分に相当する金額に一〇〇分の五を乗じた金額五万二五〇〇円の合計額である。

三  争点

本件においては、本件課税処分の適法性が争われているが、本件の争点及び争点に関する当事者双方の主張の要旨は、以下のとおりである。

1  推計の必要性

(一) 被告の主張

被告は、原告の本件係争年分に係る確定申告書を検討した結果、原告の保存する帳簿等の記入保存状況を調査し、申告の真実性、正確性を確認する必要性があると判断し、調査担当職員に原告の本件係争年分の所得税の調査(以下「本件調査」という。)を命じた。

調査担当職員は、平成元年四月二七日から同年八月四日までの間、数回にわたり原告宅に臨場し、再三、調査協力及び帳簿書類等の提示を要請したにもかかわらず、原告及び調布狛江民主商工会(以下「調布狛江民商」という。)事務局員からが威圧的・非協力的な態度に終始し、右帳簿書類等の提示を拒否したことから、実額によって原告の所得金額を算定することが不可能であった。そのため、被告は、やむを得ず、青色申告の承認を取り消した上、取引左記等の調査結果に基づき、原告の本件係争年分の所得金額を推計せざるを得なかったのであるから、本件において推計の必要性はある。

(二) 原告の主張

原告は、本件調査の際、昭和六三年分の日計表を原告の手元に置き、被告の調査担当職員に対し、右書類を見てくれるよう申し出ると共に、必要とあればいつでも提示できるよう本件係争年分の月計表、日計表、領収書等の書類を準備していたものであって、被告が原告の本件係争年分の所得金額を実額で算定することは十分可能であった。しかるに、被告の調査担当職員は、第三者の立会があることを唯一の理由として不当にも調査を拒否したものであるから、推計の必要性がないことは明らかである。

2  本件調査の適法性

(一) 被告の主張

被告は、原告に対しては長期間調査を行っていないことなどから、原告の保存する帳簿等の記入保存状況を調査し、原告の本件係争年分の確定申告書による申告の真実性、正確性について確認する必要があった。また、本件調査の方法は、社会通念上相当な限度にとどまっており、調査担当職員の合理的な裁量の範囲内で行われたものであって適法である。

(二) 原告の主張

質問検査権の行使は、調査について必要性があるときにのみ許されるものであり(所得税法二三四条)、右必要性とは、諸般の具体的事情にかんがみた客観的必要性をいうが、本件調査における調査の客観的必要性については何ら立証されておらず、本件調査は必要性の要件を欠く違法な調査である。

また、本件調査に際して、調査担当職員は、身分証明書及び質問検査章の提示をしておらず、原告に対して質問検査を行う旨の事前通知もしておらず、原告が要求したにもかかわらず、具体的な調査理由の開示も行っていない。さらに、調査担当職員は、本件調査の際、原告が信頼できる第三者に立会いを依頼したのに、何らの合理的な理由もなく、右第三者の立会いを認めず、実額調査を拒否したものである。右のように、身分証明書及び質問検査章の提示、事前通知並びに調査理由の開示を欠き、第三者の立会いを認めなかった本件調査は違法である。

3  推計の合理性

(一) 被告の主張

(1) 被告の推計の方法は前記のとおり、比準同業者のセット椅子一台当たりの平均売上金額を算出し、これを原告に適用して原告の売上金額を算出して、右売上金額に比準同業者の平均特前所得率を乗じて原告の特前所得金額を算出したものである。

(2) 本店比準同業者の抽出方法は次のとおりである。

原告と同様に美容業を営む個人事業者のうち、本件係争年ごとに、次のアないしカのすべての基準(以下「本件本店抽出基準」という。)に該当する者を本店比準同業者として別表四の1ないし3のとおり漏れなく抽出した(以下「本件本店比準同業者」という。)。

ア 武蔵府中税務署に所得税の確定申告書を提出しており、管内である調布市に事業所を有する者で、青色申告の承認を受けている者

イ 事業所が一店舗である者

ウ 売上原価が次の範囲にある者

a 昭和六一年分については、被告の把握した原告の本店の売上原価一七八万二一五七円の半分以上二倍以内である八九万一〇七八円以上三五六万四三一四円以下の者

b 昭和六二年分については、被告の把握した原告の本店の売上原価一九〇万三八六三円の半分以上二倍以内である九五万一九三一円以上三八〇万七七二六円以下の者

c 昭和六三年分については、被告の把握した原告の本店の売上原価二〇〇万四五〇七円の半分以上二倍以内である一〇〇万二二五三円以上四〇〇万九〇一四円以下の者

エ 前記アないしウの該当者すべてについて、セット椅子の保有台数を個別に照会し、それに対する回答書から捕捉した本件係争年分におけるセット椅子の台数がそれぞれ次の範囲(年の途中でセット椅子の保有台数に増減があるときは、その増減した台数については、当該年分の保有月数を乗じ、これを一二分した。ただし、小数点第二位以下は四捨五入)にある者

a 昭和六一年分については、原告の本店のセット椅子台数五台の半分以上二倍以内である三台以上一〇台以下

b 昭和六二年分については、原告の本店のセット椅子台数五台の半分以上二倍以内である三台以上一〇台以下

c 昭和六三年分については、被告の本店のセット椅子台数四・五台の半分以上二倍以内である三台以上九台以下

オ 年を通じて美容業を継続している者

カ 次のいずれにも該当しない者

a 災害等により経営状態が異常であると認められた者

b 税務署長から更正又は決定処分を受けている者のうち、当該処分について国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間が経過していない者及び当該処分に対して不服申立て又は訴訟中である者

(3) 支店比準同業者の抽出方法は次のとおりである。

原告と同様に美容業を営む個人事業者のうち、本件係争年ごとに、次のアないしカのすべての基準(以下「本件支店抽出基準」といい、本件本店抽出基準と併せて「本件各抽出基準」という。)に該当する者を支店比準同業者として別表五の1ないし3のとおり漏れなく抽出した(以下「本件支店比準同業者」といい、本件本店比準同業者と併せて「本件各抽出基準」という。)に該当する者を支店比準同業者として別表五の1ないし3のとおり漏れなく抽出した(以下「本件支店比準同業者」といい、本件本店比準同業者と併せて「本件比準同業者」ということがある。)。

ア 八王子税務署に所得税の確定申告書を提出しており、管内である多摩市に事業所を有する者で、青色申告の承認を受けている者

イ 事業所が一店舗である者

ウ 売上原価が次の範囲にある者

a 昭和六一年分については、被告の把握した原告の本店の売上原価一八六万四三八八円の半分以上二倍以内である九三万二一九四円以上三七二万八七七六円以下の者

b 昭和六二年分については、被告の把握した原告の本店の売上原価二六三万六七二円の半分以上二倍以内である一三一万五三三六円以上五二六万一三四四円以下の者

c 昭和六三年分については、被告の把握した原告の本店の売上原価二二六万三五二八円の半分以上二倍以内である一一三万一七六四円以上四五二万七〇五六円以下の者

エ 前記アないしウの該当者すべてについて、セット椅子の保有台数を個別に照会し、それに対する回答書から捕捉した本件係争年分におけるセット椅子の台数がそれぞれ本件係争年分の原告の支店のセット椅子台数六台の半分以上二倍以内である三台以上一二台以下の範囲(年の途中でセット椅子の保有台数に増減があるときは、その増減した台数については、当該年分の保有月数を乗じ、これを一二分した。ただし、小数点第二位以下は四捨五入)にある者

オ 年を通じて美容業を継続している者

カ 次のいずれにも該当しない者

a 災害等により経営状態が異常であると認められた者

b 税務署長から更正又は決定処分を受けている者のうち、当該処分について国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間が経過していない者及び当該処分に対して不服申立て又は訴訟中である者

(4) 被告が本件比準同業者を抽出するために用いた本件係争年分の原告の売上原価は、原告の取引先である美容材料等の卸売業者に対する調査等により被告が把握した原告の美容材料等の仕入金額である(別表六の1ないし3)。

なお、右卸売業者のうち、オリリー株式会社に係る仕入金額は、本店及び支店の仕入金額の総額は把握できるが、本店及び支店の仕入金額が区分できないため、同社に係る仕入金額については、同社以外の本店及び支店に係る仕入金額の比により本店及び支店の仕入金額とした。

(5) 被告は、右のとおり、原告の本店、支店それぞれにおける売上原価による倍半数値を基準として同業者に抽出し、さらに、セット椅子台数の倍半数値を基準として漏れなく比準同業者を抽出して、原告と同じ美容業を営む青色申告者である右比準同業者のセット椅子一台当たりの平均売上金額及び特前所得率を用いて原告の事業所得金額を推計したものである。

美容業は、美容師(又は補助職員)による技術提供を主たる内容とする人的サービス業であり、物品の移転を伴わず、人と設備の稼働によって成り立ち、収入が顧客の多寡に比例する業種であるところ、被告は、資金能力、資材調達能力等の観点からも、より類似性を高めるに、セット椅子台数のみならず、原告の本店、支店ごとに売上原価による倍半数値を基準として可能な限り実態に即した同業者を抽出し、さらに、美容業の業務遂行に欠かせない施設面での営業規模を最もよく反映するセット椅子の台数を基礎として絞りをかけたものであり、右のような推計方法により算定された所得金額は、原告の実際の所得金額に近似した数値が得られているといえ、右推計方法には合理性がある。

(二) 原告の主張

(1) 本訴において争われるのは、本件課税処分の理由となった被告の認定や判断が正しいか否かという点であるところ、被告が推計の合理性として主張するのは、本件課税処分の理由となったものではないから、被告の主張には意味がない。

(2) 被告の行ったセット椅子台数を基礎とする推計方法には何ら合理性がない。すなわち、セット椅子台数は、収容可能な顧客数を示すものにすぎず、実際の顧客数を示す基準とはなり得ない。セット椅子があっても、それに応じた顧客を処理できる従業員がいなければ、遊休セット椅子が生じるし、従業員がそろっていても、立地条件等で顧客数が少なければ、やはり遊休セット椅子が生じるのである。そして、セット椅子は、美容院にとって重要な営業施設であり、いったん設置したセット椅子を顧客数が減少してからといって捨てるわけにもいかないから、このような場合、セット椅子台数は、実際の顧客数と一切対応しないことになる。実際、被告が抽出した比準同業者なるもののセット椅子一台当たりの平均売上金額は全く一定しておらず、セット椅子台数が売上を推測する基準となり得ないことは明らかである。

被告は、売上原価による倍数値を基準にしたことにより、セット椅子の稼働率をも考慮している旨主張するが、売上原価は、稼働しているセット椅子の台数と関連するが、セット椅子の稼働率とは何ら関係がない。すなわち、売上原価の倍の点であれば、稼働しているセット椅子台数が倍であるとの推定はでるかもしれないが、セット椅子一台の稼働率が倍であるとはいえないのである。

また、被告は、原告の従業員数を把握できなかった等の事情からも、他に合理的な推計方法がない旨主張するが、被告が違法な調査拒否をしなければ、原告の従業員数を把握することは極めて容易であった。また、コールド液やシャンプーの使用量、電気、水道の使用量等を基準として推計をする方法もあるところ、これらの方法が実際の顧客数を正確に反映するかに疑問があるとしても、実際の使用量を基準とする点において、実際の顧客数を何ら反映しないセット椅子を基準とする方法より合理的であることは明らかである。遊休セット椅子が生じることがむしろ通常である美容業界においては、セット椅子を基準に推計を行えば、不当に高額な売上が推計されることは明らかである。とりわけ、後記のように従業員数が少なく、立地条件も悪く、設備投資をした時期より売上が激減したような店舗においては、その不当性は顕著である。

(3) 本件係争年分における原告の従業員数は、別表七の1ないし3のとおりであり、本店における従業員数はセット椅子台数に比べて極端に少ない。

また、本店の立地条件は、狭い二車線の車道に面しているところ、右道路は車の通行量も多く危険なため人通りも少ないばかりか、付近に住宅も少ないため、顧客となるような人も少ない場所的条件の非常に悪いものであった。

原告のこうした事情を何ら考慮していない被告の推計方法は合理性を欠くものである。

4  原告の本件係争年分の実額による事業所得金額

(一) 原告の主張

原告の本件係争年分の売上金額、売上原価、一般経費、特別経費及び総所得金額の実額及びその内訳は、別表八のとおりであり、原告の昭和六一年分の総所得金額は一四七万三七五八円となり、昭和六二年分は三〇万二二九九円の損失、昭和六三年分は八四万一五九円の損失となる。

(二) 被告の主張

(1) 申告納税制度のもとにおける納税者が申告義務を負うとともに、申告を確認するための税務調査に対して直接資料を提示して申告の内容が正しいことを税務職員に説明する義務を負うこと、納税者はもともと事業の当事者であり、証拠の提出につき課税庁より有利な立場にあることからすれば、課税庁に推計課税を余儀なくさせた納税者が、推計額と異なる真実の所得金額を主張して推計課税を違法とするためには、単に実額につきその存在を推測させるに足りる具体的事実を立証すれば足りるものではなく、その主張する実額と真実の所得金額が合致することを合理的な疑いをいれない程度に立証する必要があるというべきである。すなわち、実額主張をする原告においては、その主張する売上金額が当該係争年分のすべての取引から生じた総収入金額であること、その主張する経費の実額が実際に支出されたことのほか、その主張する経費について、所得税法の分類に従い、直接費用については、その主張する実額が当該係争年分の総収入に直接的個別的に対応するものであることを、間接費用については、その主張する実額が当該係争年分の総収入に期間的に対応するものであることをそれぞれ合理的な疑いをいれない程度に立証しなければならない。

しかしながら、原告の実額の主張立証は、以下のとおり、右の程度を満たしていない。

(2) 事業所得を実額で算出するためには、よほどの単純、小規模な事業でもない限り、事業に関して生ずる収入及び支出の一切を最大漏らさず記録した会計帳簿の存在が必要不可欠であるところ、原告は、本訴において、収入及び支出の原始資料等を書証として提出したのみで、これらを検証するために必要な原告の事業所得に係る会計帳簿(総勘定元帳、売上帳、仕入帳、経費帳、現金出納帳等)については、昭和六一年分の現金出納帳を除いて提出していない。

いわゆる現金商売における売上金額の算定は、現金在高の管理すなわち現金出納帳の記帳をもって初めて可能となるものであるが、原告が本訴において提出している現金出納帳、日計帳及び月計帳は、本件係争年当時において作成されていたかどうかは明らかではなく、仮に作成されていたとしても、原告によれば、その記載はまとめてすることがあり、転記ミスや計算ミスがあるということであり、その記載内容は信用性のあるものではない。

また、原告は、その必要経費の実額主張について、売上原価に関しては一部の納品書、請求書及び領収書等を、一般経費及び特別経費に関しては「上様」あての領収書やレシート、出納伝票等を根拠資料として提出している。しかしながら、売上原価については、仕入先ごとの納品書、請求書及び領収証等と仕入帳及び実地棚卸高を表す原始記録が備わって初めてその主張する実額を立証する証拠となり得るのであり、一般経費等については、「上様」あての領収書やレシート、出金伝票等のような支払った者が明確でない原始資料は、現金出納帳や経費帳等によりその支払った事実が確認されて初めてその者が必要経費として支払ったものと認められるものであって、原告の提出する資料によっては、支払われた金額が必要経費であることを合理的な疑いをいれない程度に立証し得る証拠とはなり得ない。さらに、原告の提出した書証についても、領収証に係る納品書及び請求書がないもの、同一内容の支払金額を本店と支店とに重複して事業経費として計上していたもの、事業経費か家事関連費か不明なもの、現金出納帳への支出内容の記載についても著しく信憑性のないもの等が多数あり、かつ、原告において支出したものかどうかも不明なものなども多数存在するのであって、到底必要経費に係る実額主張の証拠とならない。

第三争点に対する判断

一  争点1(推計の必要性)及び争点2(本件調査の違法性)について

1  証拠(証人江頭邦子、証人川尻孔之、証人小柳幸夫の各証言(以下、それぞれ「江頭証言」「川尻証言」及び「小柳証言」という。)、原告本人尋問の結果、甲一五五号証、一七四号証)及び弁論の全趣旨によれば、本件調査の経緯については、以下の事実が認められる。

(一) 原告は、美容業を営む青色申告者(なお、原告の昭和六一年度以降の青色申告承認は本件課税処分と同時に取り消されている。)であり、本件係争年分の所得税について、青色の確定申告書を用いて確定申告をした。なお、原告は、本件調査を受けるまで、二十数年にわたって税務調査を受けたことはなかった。

被告は、原告の右確定申告の真実性、正確性を確認する必要があるとして、統括官を介して、被告所部職員である川尻孔之国税調査官(以下「川尻調査官」という。)に原告の本件係争年分の所得税の調査を命じた。

川尻調査官は、平成元年四月二七日ころの午前一一時ころ、事前の連絡をすることなく、調布市仙川町一丁目八番二六号の原告宅に臨場した。

その際、川尻調査官は、応対に出た原告に対して、身分証明書及び質問検査章を提示して、本件係争年分の所得税の調査に伺った旨を告げたところ、原告は、同年四月ころ、右所在地にあった店舗兼自宅を取り壊して原告宅に建て替えて引っ越してきたばかりなので、調査を延期してほしい旨を述べた。川尻調査官が、原告の都合のよい日を質したところ、原告から同年五月一五日午前一〇時半ならよいと返事があったので、同日に再度臨場することとして、その場を辞去した。

(二) 平成元年五月一二日、原告から川尻調査官に対して電話で、同月一五日は都合が悪くなった旨の連絡があり、同調査官が、できるだけ早めに調査を進めたい旨を伝えたところ、原告から同月二六日の午後一時から三時ころなら都合がよい旨の返事があったので、そのころに臨場することを約した。

同月二四日、川尻調査官不在のおりに、原告から電話で、同月二六日は都合が悪くなったので、調査は同年六月六日にしてほしい旨の連絡があり、電話を受けた同僚がその旨を川尻調査官に伝言した。右伝言を受けた川尻調査官は、同年五月二五日に原告宅に電話をし、期日をもう少し早めにしてほしい旨を原告に伝えたが、原告から都合がつかない旨の答を得たため、同年六月六日に原告宅に臨場することを約した。

(三) 川尻調査官は、平成元年六月六日午後二時ころ、原告宅に臨場したところ、玄関脇の居間に通された。居間には、原告のほかに、調布狛江民商事務局の志賀某という男性(以下「志賀」という。)と江頭邦子(以下「江頭」といい、志賀と併せて「立会人」ということがある。)が待機していた。川尻調査官は、原告に対して身分証明書と質問検査章を提示して本件係争年分の所得税の調査で来訪した旨告げた上、立会人がどういう関係であるかを聞いたところ、それぞれ民商の事務局員及び会員ないし原告の友達である旨の返答があった。川尻調査官は、立会人が調査に直接関係のない第三者であると判断して、原告に立会人を退席させた上での帳簿の提示を要請したが、原告は、立会人を呼んだのは自分なので退席してもらうわけにはいかない、立会人がいても黙っていればよい、なぜ立会人がいればだめなのかなどと発言して右要請に応ぜず、立会人も、本人が居てくれといっているから立会いはいいんだなどと発言した。川尻調査官は、原告に対し、調査に関係のない第三者の立会いには守秘義務及び税理士法の問題がある旨説明し、立会人を退席させた上での帳簿の提示を求めたが、右要請に応じてもらえなかったため、調査は困難であると判断し、このような状態が続く場合には独自の調査と青色申告承認の取消しがあり得る旨を告げて、原告宅を辞去した。なお、立会人は、税理士等の資格を有しておらず、原告の帳簿の作成、整理に直接に関与したことはなかった。

同日午後四時過ぎころ、川尻調査官は、原告宅に電話し、先程のような状態では調査を進めることができず、独自の調査への移行と青色申告承認の取消しがあるかもしれない旨を伝えた。

(四) 平成元年六月一二日午前一〇時過ぎころ、原告から川尻調査官に対して電話があり、調査の臨場日を同月三〇日午後二時にしてほしい旨が告げられた。川尻調査官は、もう少し早い日にすることができないかどうかを尋ねたが、原告は多忙を理由に同日しかない旨を申し立てたので、同日に臨場することとした。その際、原告が他の人に聞いたら立会いはよいといっていると答えたため、川尻調査官は、再度第三者の立会いは認められない旨を告げたが、原告は、同月三〇日午後二時に来てほしい旨答えただけであった。

(五) 平成元年六月三〇日午後二時ころ、川尻調査官は、原告宅に臨場し、居間に通されたが、そこには、前回同様、原告のほかに志賀と江頭が待機していた。川尻調査官は、原告に対し、調査に関係のない第三者を退席させた上での帳簿の提示を要請したが、原告は、今後も立会人を呼ぶつもりですから調査をしてください、立会人は何も言わないので調査を進めてくださいなどと発言し、右要請に応じなかった。立会人も、本人が調査してくれといっているのだから進めろなどと繰り返し主張し、川尻調査官の要請に応ずる気配がなかった。川尻調査官は、調査が困難であると判断して、原告に対して、このような状況では独自の調査へ進まざるを得ず、青色申告承認の取消しもあり得る旨を告げ、原告宅を辞去した。

(六) 平成元年七月五日午後四時過ぎころ、原告から川尻調査官に対して電話があり、原告から今度はいつ原告宅に来てくれるのか尋ねられたので、川尻調査官は、前回、前々回と同様の状況であれば、もう臨場しない旨、そのような状況であれば独自調査に進まざるを得ず、青色申告承認の取消しもあり得る旨を告げたが、原告は、調査日についてはまた連絡する旨を答えた。

(七) 川尻調査官の平成元年七月一〇日付けの人事異動により、上司である統括官からの命令で、原告の調査を引き継いだ被告所部職員小柳上席調査官(以下「小柳上席」という。)は、同月二一日午前一〇時ころ、原告宅に臨場したが、原告が不在であったため、本店である「美容室レルネ」に臨場し、応対に出た助成従業員に対し、身分証明書と質問検査章を提示して、原告の所在を尋ねた。右従業員が原告は不在である旨を答えたので、小柳上席は、右従業員に対し、同月二八日午前一〇時に再度臨場する旨の原告への伝言を依頼するとともに、職員名刺の裏にその旨を記載して手渡し、その場を辞去した。

小柳上席は、同日午後一時半ころ、支店である「ハイネ美容室」に臨場し、応対に出た女性従業員に対し、身分証明書と質問検査章を提示して原告の所在を尋ねた。右従業員が原告は不在である旨を答えたので、小柳上席は、右従業員から営業時間、従業員の人数及び経験年数並びに現金管理の状況等を短時間で聴取し、その場を辞去した。

(八) 平成元年七月二五日午前一〇時過ぎころ、原告から小柳上席あてに電話があったが、小柳上席が外出中であったため、原告は、電話に出た所部係官に、同月二八日は都合が悪いので、調査は同年八月三日か四日のいずれかの日の午後二時ころにしてほしい旨を小柳上席に伝言してくれるよう依頼した。右伝言を受けた小柳上告は、その日の午後四時ころに原告に電話し、川尻調査官の人事異動により自分が調査を担当する旨を告げた上、同年八月四日午後二時に原告宅に臨場することを約した。

(九) 平成元年八月四日午後二時ころ、小柳上席は、原告宅に臨場し、玄関先で原告に身分証明書と質問検査章を提示した。その後、小柳上席は、居間に通されたが、そこには、原告のほか、志賀、江頭及び民主商工会会員の女性である長谷川某が待機していた。小柳上席は、川尻調査官の人事異動により調査を担当することになった旨、原告の本件係争年分の所得税の確認に来訪した旨を告げた。小柳上席は、原告に対し、右立会人らがどういう関係かを尋ねるなどした上、立会人らが調査に直接関係のない第三者であると判断し、資格のない第三者の立会いは税理士法に抵触するほか、調査の過程で取引先や取引金額などの守秘義務に該当する部分が出てくるので、調査に関係のない第三者を退席させた上で本件係争年分の帳簿書類等を提示するよう要請した。原告は、自分が頼んで来てもらったのだから帰らせるわけにはいかない、立会いを認めて調査をしてくださいなどと発言し、右要請に応じなかった。立会人らも、立会いを認めて調査の理由を説明しろ、今日は帳簿は用意してあるなどと発言するとともに、葛飾の個人タクシーの人は違法な税務署の調査により自殺したなどと申し述べ、右要請に応ずる気配はなかった。

小柳上席は、右要請を繰り返したが、原告がこれに応じる気配は全くなかったので、このような状況では青色申告承認の取消しがあり得ること、調査は独自に進めざるを得ないことを告げ、原告宅を辞去した。

なお、長谷川某も、税理士等の資格を有していなかった。

(一〇) 小柳上席は、以上のような経緯から、もはや原告自身の協力を得て調査を発展させることは不可能であると判断して、上司である統括官の指示を受け、原告の取引先等に対する調査結果に基づき、原告の本件係争年分の所得金額を推計により算出した。

小柳上席は、平成二年一月二二日、昭和六一年分以後の青色申告承認の取消しと推計により算出した本件係争年分の原告の所得金額を伝えるべく、原告宅に電話をして、修正申告を行う意思があるのであれば、同月二四日の午後一時から三時までの間に来署してほしい旨を伝えた。原告が、その日は都合が悪いと言うのみであったので、小柳上席は、同日午後一時から三時まで待っている旨を伝え、電話を切った。その後、本件各更正等を行うまで、原告から連絡はなかった。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

なお、原告は、川尻調査官が、原告宅への臨場に際し、いずれも身分証明書及び質問検査章の提示をせず、名刺のようなものを示しただけであった旨、川尻調査官が当初原告宅に臨場した際に帳簿の数字が違うので記帳の指導に来たとの説明をしただけで、川尻調査官及び小柳上席は本件係争年分の所得税の確認という調査理由を一切告げなかった旨主張し、原告本人尋問の結果及び甲一五五号証(原告の陳述書)中には、これに沿う供述部分及び記載部分がある。しかしながら、身分証明書等の提示に関する原告の右供述部分及び記載部分は、原告が当初原告訴訟代理人に述べた内容(平成四年一一月三〇日付け準備書面、原告本人尋問の結果)とやや異なるなど曖昧な部分があり、税務署の調査官が自ら名刺を示しながら身分証明書等をあえて提示しないことも考え難いことからすれば、この点に関する右供述部分及び記載部分は直ちには信用し難いし、川尻調査官が当初原告宅に臨場した際の説明が原告主張のとおりであるとすれば、原告の主張する本件係争年分の帳簿書類等の準備や立会人の立会いが何故なされたのか十分説明できず、この点に関する右供述及び記載部分等を措信することはできない。

また、原告は、川尻調査官及び小柳上席が原告宅に臨場した際に原告に帳簿書類等の提示を求めたことはなく、現に原告は右いずれの際にもテーブルの上に昭和六三年分の日計表を置いて提示しており、本件係争年分の帳簿書類等の段ボール箱に入れて準備しておいた旨主張し、原告本人尋問の結果、江頭証言及び甲一五五号証中には、これに沿う供述部分及び記載部分がある。しかしながら、原告本人尋問の結果中には、昭和六三年分の日計表については、江頭及び志賀に内容まで見せて説明した旨の供述部分があるところ、江頭証言中には、右書類の内容は見ていないし、説明も受けていない旨の供述部分があるなど主要な部分における矛盾があるし、志賀が記載したとされる甲一七四号証(高須調査経過と題する書面)中には、平成元年六月三〇日の二回目の臨場の際から、昭和六三年分の日計表のみを机の上に出した旨の記載があるなど、原告本人尋問の結果と、江頭証言又は甲一七四号証との間の不一致に照らすと、原告が何らかの帳簿書類の準備をしたとしても、右各供述部分及び記載の部分のとおりの時期、態様で帳簿書類等の準備をしていたかどうかについては疑問があり、さらに、これを具体的に川尻調査官及び小柳上席に提示したと認めるには足りない。また、川尻調査官及び小柳上席が第三者の退席を求めるに当たり、帳簿書類等の提示を要請しなかったとする点も、川尻証言及び小柳上席に照らして直ちには採用できないといわざるを得ない。

そして、前記認定事実に照らせば、川尻調査官及び小柳上席が立会人のいる状態で帳簿書類等の提示を現実に要請しなかったことは認められるが、同人らの臨場の目的が原告の所得調査にあり、そのために帳簿等の提示が必要となることは原告も認識していたものというべく、川尻調査官及び小柳上席が立会人の退席を求めた理由は原告の所得調査を行うためであったのであるから、同人らが立会人の退席を求めた趣旨が立会人のいない状態での帳簿書類等の提示を要請する趣旨であったことは明らかである。

2  以上の認定事実によれば、被告の所部職員らは、平成元年四月二七日ころから同年八月四日までの間、数回にわたって、原告宅に臨場し、原告に対して、本件係争年分の所得税の確認のための調査である旨を告げ、同年六月六日の調査時以降は、再三にわたって、調査に関係のない第三者を退席させた上で帳簿書類等を提示するよう要請したにもかかわらず、原告は、調査に関係のない第三者の同席に固執して、所部職員らの要請に応ずるつもりがないことを明らかにし、立会人らと共に本件調査に非協力的な態度をとり続けていたものと認めることができ、被告が、原告の所得金額につき、原告に対する質問調査等によりこれを把握することができないと判断して、独自の調査を行い、その結果を基に推計の方法によって右金額を算出したことはやむを得なかったものであると認めることができるから、本件において、推計の必要性はあるものというべきである。

3  原告は、本件調査は調査の客観的必要性を欠く違法な調査である旨主張する。しかしながら、所得税法二三四条一項にいう調査の必要性とは、当該調査の目的、調査事項、申告の体裁・内容、帳簿等の記入保存状況、事業の形態等の諸般の具体的事情にかんがみ、客観的な必要があると判断される場合をいい、過少申告の疑いが存する場合のみならず、そのような疑いが当初から明らかでない場合でも、申告の真実性、正確性を確認する必要がある場合も含むと解すべきところ、本件調査当時、青色申告者であり、美容業という現金取引の多い事業を営む原告に対して二十数年間の長期にわたって税務調査が行われていなかったことからすれば、被告が原告の保存する帳簿等の記入保存状況を調査して申告の真実性、正確性を確認する必要があると判断したことに不当な点はないというべきである。

また、原告は、本件調査においては、身分証明書及び質問検査章の提示、事前通知並びに調査理由の開示を欠き、合理的な理由なく第三者の立会いを認めなかったのであるから、本件調査は違法である旨主張する。

しかしながら、まず、川尻調査官及び小柳上席が身分証明書及び質問検査章の提示を行っていることは、前記認定のとおりであるから、原告の主張は前提を欠くものといわざるを得ない。また、所得税法二三四条による税務調査において、質問検査の範囲、程度、時期、場所、調査理由の開示の可否、開示の程度、事前通知の有無等の実施の細目については、法律上特段の定めがなく、これらは質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との較量において社会通念上相当な程度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択、裁量にゆだねられているものというべきである。これを本件についてみると、前記認定のとおり、川尻調査官及び小柳上席が事前通知をすることなく原告宅等に臨場したことはあったが、その際の質問検査の内容等に照らせば、これが社会通念上相当な限度を超えているということはできないし、調査理由については、川尻調査官及び小柳上席が本件係争年分の所得の確認である旨告げていることは前記認定のとおりであり、それ以上に個別、具体的な調査理由を告げなかったとしても、これをもって、本件調査が社会通念上相当な限度を超えているということはできない。また、質問検査は、調査対象者の資産、営業上の秘密等に立ち入るのみならず、取引先たる第三者の右秘密事項等にも調査が及びおそれがあることなどを考慮すれば、川尻調査官及び小柳上席が、原告の要求する税理士でもなく本件調査内容にも直接関係のない立会人らの下での調査を拒否したことは、税務職員の裁量にゆだねられた権限の範囲内の行為であり、これをもって、右社会通念上相当な限度を逸脱した行為ということはできない。この点につき、原告は、立会は原告の右要請に基づくものであり、しかも、取引先等の第三者の秘密は納税者に対しても秘密のはずであるから立会いを拒否する理由とならない旨主張する。しかしながら、税務調査において一般私人の立会いを認めた場合に、納税者の知る取引先等の第三者の秘密等に質問検査が及んで納税者がこれに答えたときは、税務職員と異なり守秘義務を負わない一般私人がその内容を聞知することになり、調査を受ける納税者の取引先等の営業上の秘密を守るという守秘義務を定めた方の趣旨が実質的に損なわれる事態が、税務職員の質問検査を契機として生ずるおそれがあり、税務職員としての守秘義務が納税者の要請の故に免除されるものでもないから、税務職員がこうした事態を考慮して、調査に関係のない第三者の立会いを拒否したとしても、これは税務職員の裁量にゆだねられた権限の範囲内の行為であるというべきであり、原告の主張は失当である。

以上のとおりであるから、本件調査が違法であるとする原告の主張は理由がない。

二  争点3(推計の合理性)について

1  被告は、本訴において、原告の本件係争年分の事業所得の金額を算出するに当たっては、原告の本店、支店それぞれについて、武蔵府中税務署及び八王子税務署に確定申告書を提出しており、原告の本店所在地である調布市及び支店所在地である多摩市を有する者で、青色申告の承認を受けている美容業を営む事業者のうち、本件係争年分の各年分ごとに、それぞれの売上原価による倍半数値を基準として同業者を抽出した上、さらに、それぞれのセット椅子台数の倍半数値を基準として、その余の本件各抽出基準のすべてを満たす本件比準同業者を抽出して、本店、支店ごとのセット椅子一台当たりの平均売上金額及び特前所得率を用いて、原告の事業所得の金額を推計した旨主張する。

そして、乙二号証、三号証の一ないし三、四号証、五号証の一ないし三及び弁論の全趣旨によれば、本件比準同業者の抽出は、武蔵府中税務署及び八王子税務署に対し、それぞれ本件各抽出基準を満たす対象者すべてにつき課税事績報告書の作成及び報告を求める右通達に対する各税務署の報告書により、別表四及び五の各1ないし3のとおりの本件比準同業者(昭和六一年分の本店比準同業者については六件、支店比準同業者については一四件、昭和六二年分の本店比準同業者については一一件、支店比準同業者については九件昭和六三年分の本店比準同業者については一一件、支店比準同業者については一三件)が抽出された。

2  そこで、以下、右推計方法の合理性について検討する(なお、証拠により認定した事実については、適宜文中に証拠を掲記する。)。

(一) 美容業は、美容師又はその補助者による技術提供を主たる内容とする人的サービス業であり、ほとんど物品の移転を伴わず、人と設備の稼働によって成り立つ業種であるところ、セット椅子は、美容業において必要不可欠な営業施設であり、美容業の収入の多寡は、セット椅子の稼働率に依拠するところが大きい。そして、美容業の通常の合理的な経営形態としては、顧客数に見合う台数のセット椅子を設置するものと考えられるから、セット椅子の台数は、美容業における店舗施設の規模を最もよく反映するものということができる。もっとも、セット椅子の稼働率の差異により、その収入に差異が生ずることは当然であるが、セット椅子が常時満席で稼働しているということは一般的にはなく、来店する顧客数よりセット椅子台数が多く、空いたセット椅子が稼働していないということは常態としてあり得ることであるから、セット椅子の稼働率の差異は、業者間に通常存する差異というべきであり、特段の事情がない限り、比準同業者の平均値をとることにより希釈され、捨象されるものというべきである。(甲一四二号証、乙一五号証、証人宮下千鶴子の証言)

また、本件各抽出基準においては、右店舗施設の規模の類似性に加えて、売上原価の倍半数値による基準も用いられているところ、美容業における売上原価の多寡は、売上高の多寡とも関連し、営業規模を相当程度反映するものということができる。そして、売上原価の倍半数値を基準として比準同業者を抽出すれば、少なくとも、原告の保有セット椅子台数の倍半数値の範囲内で、セット椅子の稼働率が極めて高い等により売上原価が原告のそれの倍を超える者、セット椅子の稼働率が極めて低い等により売上原価が原告のそれの半分を下回る者が一応除かれることになる(もとより、これによりセット椅子の稼働率が倍を超える者及び半分を下回る者が除かれることにはならないが、極端に稼働率の異なるものが一応除外されるということはできる。)。

(二) 以上によれば、本件各抽出基準は、業種の同一性、事業所の近接性、事業規模の近似性等の点において、同業者の類似性を判別する要件として合理的なものといえるというべきである。また、本件各抽出基準に該当する者のすべてを抽出したものであって、その抽出過程に特に被告の恣意等が介在する余地も認められない。さらに、本件比準同業者は、いずれも帳簿等の書類の裏付けを有する青色申告者であって、経営状態が異常であると認められる者や更正等に対して不服申立て等をしている者が除外されていることに照らすと、その総収入金額及び必要経費の算出根拠となる資料の正確性も担保されているということができる。そして、抽出された本件比準同業者の数は、いずれも同業者の個別性を平均化するに足りるものであるということができ、本件比準同業者のセット椅子一台当たりの売上金額については業者間の開差が存するものの、セット椅子台数の多寡により、セット椅子一台あたりの売上金額及び特前所得金率に著しい偏差があるとも認められない。

したがって、被告の推計方法には合理性があるというべきである。

(三) これに対し、原告は、セット椅子台数は、収容可能な顧客数を示すものにすぎず、実際の顧客数を示す基準とはなり得ず、立地条件等で顧客数が少なければ、遊休セット椅子が生じる旨主張する。しかしながら、前示したとおり、顧客数が少ないことによりセット椅子が一部が稼働していないということ自体は、美容業において一般的に生ずることであり、そうした差異は、原則として、比準同業者の平均値をとることにより、希薄化し捨象されるものというべきである。

また、原告は、セット椅子台数に応じた従業員数が不足している場合にも遊休セット椅子が生じるのに、この点を考慮していない推計方法は不合理である旨主張する。確かに、従業員数が設置されたセット椅子台数に比べて極端に少ないため、設置したセット椅子の一部が常時物理的に稼働不可能で遊休化しているような場合には、右遊休化したセット椅子を推計の基準とすることはできないというべきである。しかしながら、美容業における作業には、多種の工程があり、従業員が資格の有無及び経験、技能の程度に応じ、分業で流れ作業を行うものであり、従業員が薬液をかけた後の待ち時間やドライヤーによる乾燥のための待ち時間等を利用して他の顧客の作業を行うということは通常されるところであり、従業員数以上の顧客を手掛けることもできるのであるから(乙一四号証ないし一六号証、証人宮下千鶴子及び柳瀬ミツ子の各証言)、セット椅子台数と同数の従業員がいなければ、常にセット椅子の遊休化が生じるものではない。そして、原告自身の主張によっても、支店においては、概ねセット椅子台数と同数ないしはそれを上回る数の従業員が稼働し、本店においても、資格と経験を有する原告を含めて三名又は四名(多いときでは六名又は七名)の従業員が稼働していたというのであり、また、原告本人尋問によれば、本店の従業員が休んだ場合等の本支店間の応援体制もあったのであるから、原告の店舗における従業員数から恒常的に遊休化したセット椅子があったということはできない。また、美容業における従業員数自体は、事業規模を一定程度反映するものといえるが、美容業における従業員の移動は、激しく従業員数自体は極めて流動的なものであるし(原告の主張自体からみても、従業員数が一定していないことは明らかである。)、経験、技能の程度が高く質のよい従業員の有無が売上高に影響することは格別、単なる人数の増減によって直接的、比例的に売上高の増減が生じるものではないから(証人宮下千鶴子及び柳瀬ミツ子の各証言、原告本人尋問の結果)、そうした売上高に影響のある従業員数を把握することが困難である以上、これを考慮していない推計方法が直ちに不合理であるということはできない。

また、原告は、コールド液やシャンプーの使用量、電気、水道の使用量等を基準として推計をする方法もあるところ、右方法は、実際の使用量を基準とする点において、実際の顧客数を何ら反映しないセット椅子を基準とする方法より合理的である旨主張する。確かに、コールド液やシャンプーといった美容材料の使用量は、売上高を一定程度反映するものであり、これを指標とする推計方法には一定の合理性があるということはできるが、これを指標とする推計方法には一定の合理性があるということはできるが、そうした美容材料の使用量は、従業員によって一人の顧客に使用する量が異なり、また、顧客の希望する美容作業の内容によっても異なるものであるから(証人宮下千鶴子及び証人柳瀬ミツ子の各証言)、右使用量のみが事業所得を正確に反映する指標であるとまではいえず、これを指標とする推計方法が可能であることが、他の推計方法を直ちに不合理とするものではないというべきである(なお、被告の推計方法においては、美容材料の使用量を含む売上原価の点を、売上金額の指標としてではなく、同業者の抽出の基準としてではあるが、一定程度考慮しているとはいえる。)。また、電気、水道の使用量は、売上高を直接反映するものではないし、売上原価に算入すべきものと販売費一般管理費に算入すべきものとの区別経理が困難であることから、これを指標とする推計方法が可能であることが、他の推計方法を直ちに不合理とするものではないというべきである。

(四) また、原告は、一旦設備投資したセット椅子は業績が悪化したからといって簡単に減らすことはできないところ、原告の本店は、その立地条件が悪く、設備投資をした時期より売上高が激減したのであるから、こうした特別の事情を考慮すべきであるとし、昭和五一年にセット椅子を五台に増やした本店の売上高は昭和五七年以上激減したものであり、その原因は、第一に、本店正面の道路の道幅が狭く、以前はバスも通り人通りも多かったが、その後、バスが通らなくなる一方、一般車の通行が多くなり、車二台がすれ違うのがやっとの道幅の狭い道路で人が通るのが危険なため人通りがほとんどなくなったこと、第二に、本店付近の美容院の数が多くなり、大型化したこと、第三に、本店従業員が少なくなったこと等である旨主張し、第一、第二の点については、原告本人尋問の結果及び甲一五五号証中にはこれに沿う供述部分及び記載部分がある。

しかしながら、第一の点については、原告本人尋問の結果中には、本店前野道路幅は、本店の移転の前後を通じて変わっておらず、昭和五〇年ころまではバスが通っており、バスがすれ違うことができたという供述部分があり、甲一七〇号証の一ないし六の写真からも、本店前の道路幅が人の通行が困難であるほど狭いということはできず、原告本人尋問の結果中の本店前の道路の交通量の増加の時期についての供述部分は曖昧であるし、少なくとも、昭和五〇年以降は徐々に車の通行量が増加したといいながら、昭和五七年までは、本店の売上高は上昇していたというのであるから、本店前の道路幅や交通量の点が本店立地条件において特殊な事情として考慮されなければならない程度のものと認めることはできないというべきである。また、第二の点については、原告本人尋問の結果によれば、付近の美容室数が昭和五一年当時の七軒程度から昭和六二年には一五軒程度と倍以上増えているというのであるが、乙一九号証によれば、本店付近(調布市仙川町一丁目)の美容室数は、本店の売上高が最も上昇していたという昭和五七年当時でも約一三軒程もあるし、原告の本店付近の美容室数が、本件本店比準同業者に比して、その推計を不合理ならしめる程度に顕著に過当になっていると認めるに足りる証拠もないといわざるを得ない。さらに、第三の点については、原告自身も、原告本人尋問の結果中において、昭和五七年に支店が開店して本店の従業員が支店に移転したこと自体は売上の減少となったことを認めるに足りる証拠はない。

以上のとおり、原告の主張する営業諸条件の差異は、推計を不合理ならしめる程度に顕著なものということはできず、比準同業者間に通常存在する程度のものといわざるを得ないから、比準同業者の平均値を算出する過程で捨象されるものというべきであり、原告の本店の立地条件等に特殊事情があるとする右主張は採用できない。

(五) 以上によれば、原告の主張はいずれも理由がなく、本訴で主張する被告の推計方法は合理性を有するというべきである。

なお、原告は、右推計方法は、本件課税処分の理由となったものではないから意味がない旨主張するが、課税処分取消訴訟において、その実体的違法が争われている場合、審理の対象となるのは、客観的租税債務の存否及び範囲であり、当該課税処分によって確定された税額が処分時に客観的に存在した税額が上回っているか否かが審理されるのであるから、被告は、処分時の認定理由に拘束されることなく、その後に認識、発見した事実を追加し、あるいは変更して、その課税根拠を主張できるというべきであり、原告の主張は採用できない。

3  そして、推計の基礎となった本店及び支店のセット椅子台数については当事者間に争いがなく、乙六号証ないし一二号証によれば、原告の本店及び支店における売上原価の金額が被告主張額のとおりであることが認められるから、被告の主張する推計方法によって、原告の本件係争年分の所得金額を算出すると被告主張額のとおりとなる。

なお、原告は、本店及び支店における売上原価の金額について、被告主張額と異なる金額を主張し(別表八の売上原価欄記載のとおり)、請求書、領収書及び納品書(甲五号証の一ないし八二、七二号証の一ないし八二、七二号証の一ないし八二、九三号証の一ないし七八、一一七号証の一ないし八一、一五六号証の一ないし一二六、一五七号証の一ないし九二、一五八号証の一ないし一八〇、一五九号証の一ないし一五九、一六〇号証の一ないし二〇二、一六一号証の一ないし一五四)、青色申告決算書(甲一六二号証、一六四号証)、棚卸し表(甲五〇号証の一ないし四、七三号証の一及び二、九四号証の一及び二、一一八号証の一ないし六)等を提出する。

しかしながら、原告提出の仕入れに係る右各書証においては、領収証があるが納品書及び請求書がないものなどが多数存在し、また、原告の提出する現金出納帳(甲一四四号証、一四六号証)及び日計表(甲一四七号証、一五〇号証、一五二号証、一五四号証)の記載と相違するものなどが多数存在しているし、甲一一七号証の五八、一六〇号証の一六五及び一六六によれば、仕入れに算入すべきでないと考えられるものも含まれており、さらに、期首期末の商品棚卸高についても、一部については原始資料が存在しておらず、その正確性を検証することができないなど、右各書証により、原告主張の売上原価の金額を認定することはできないものといわざるを得ない。また、仮に、売上原価が原告主張のとおりであったとしても、昭和六一年分の本店分及び昭和六三年分の支店分を除いては、いずれも被告主張の売上原価の金額の範囲内であるし、昭和六一年分の本店及び昭和六三年分の支店分についての原告主張額と被告主張額との差額は、それぞれ約三〇万円及び五〇万円程度であるところ、被告の推計方法は売上原価自体を直接の基準として売上金額及び所得金額を推計するものではなく、同業者の抽出過程において、資金能力等の類似性を求め、また、セット椅子の稼働率に極端な差のある者を排除するために、売上原価の倍半数値を考慮したものであるから、右の程度の差額が生じること自体から直ちに右同業者の抽出が合理性を欠くことにはならず、被告の推計方法が不合理となるものでもないというべきである。

4  本件抽出基準及び本件比準同業者の平均売上原価率及び平均特前所得率を用いた推計方法が合理的であることは、以上のとおりであり、これによれば、本件係争年分の原告の総所得金額は、被告主張のとおりとなり、いずれも本件各更正に係る総所得金額を超えることとなる。

三  争点4(原告の本件係争年分の実額による総所得金額)について

1  被告の主張する推計課税に対して、原告は、本件係争年分の総収入金額及び必要経費の実額は、前記第二の三4(一)のとおりである旨主張する。

ところで、推計による更正は、その必要性があるときに合理的と認められる方法をもって各種所得の金額を推計するものであり、収入の発生原因、その金額、控除すべき経費、その金額等を個別的に推計するものではないから、このような推計課税に対して、原告が実額による課税をすべき旨を主張する場合には、原告は、収入又は支出の一部についてではなく、その収入金額と必要経費の全部についての実額及び必要経費が収入金額に対応するものであることについて立証する必要があることはいうまでもない。そして、この場合、収入金額についていえば、原告は、その主張する収入金額が原告の当該係争年分のすべての取引から生じたすべての収入(以下「総収入」という。)であることを主張、立証する必要があるというべきである。

2  原告は、その主張する収入金額が、原告の総収入である旨主張し(別表八売上金額欄記載のとおり)、その証拠として、レジペーパー(甲三号証の一ないし三〇九、二六号証の一ないし二八、四八号証の一四ないし三二一、九二号証の一四ないし三二四)、月間ノルマ対実績表(甲四号証の一ないし一三)、売上月計表(甲四八号証の二ないし一三、九二号証の二ないし一三)、コンピューター売上帳(甲二七号証の一ないし一一、七一号証の一ないし一二)、コンピューター日計表(甲一四五号証、一四九号証、一五三号証)、現金出納帳(甲一四四号証、一四六号証)、日計表(甲一四七号証、一五〇号証、一五四号証)、月計表(甲一四八号証、一五一号証)、計算書(甲一八八号証ないし一九〇号証の各一及び二)及び支店売上日別合計表(甲一九二号証)等を提出している。

そこで、これらの証拠により、原告の主張する収入金額が、原告の総収入であると認められるか否かについて検討する。

原告本人尋問の結果、甲一七三号証及び弁論の全趣旨によれば、まず、右計算書及び支店売上日別合計表は、原告自身が作成したものではなく、本件訴訟提起後に、レジペーパー、コンピューター日計表等の資料を基に作成されたものであることが認められるから、このような資料を原告の主張する収入金額が総収入であることを認めるべき資料として採用することはできないというべきである。そして、昭和六二年分の日計表及び月計表(甲一四七号証、一四八号証、一五〇号証、一五一号証)についても、事業の必要性などから日々原告が作成していたものではなく、いずれも本件各更正が問題となった後に作成されたものであることが認められるところ、右資料が作成された原因、経緯に関する原告の供述及び陳述は、一方で、平成元年の引っ越しの際に昭和六二年当時作成していた現金出納帳が紛失したため改めて作成したものとし(甲一六九号証の一)、他方で、右現金出納帳を本件審査請求における資料として提出するために書き換えたものであるとする(原告本人尋問の結果)など曖昧であるし、仮に右日計表及び月計表が、昭和六二年当時に作成していた現金出納帳を基に作成されたものであるとしても、その内容は本件審査請求における資料として提出するために書き換えたというのであるから、原始資料である現金出納帳と同一性を有する資料でないことは明らかであるから、これをもって原告の総収入を認定する資料として採用することはできないというべきである。

また、昭和六一年分の現金出納帳(甲一四四号証、一四六号証)及び原告が昭和六三年分の現金出納帳に相当すると主張する日計表(甲一五二号証、一五四号証)についてみても、原告本人尋問の結果によれば、右現金出納帳等は、日々必ず記載したものではなく、数日分まとめて記載することもあるし、日々原告本人において現金残高との照合を行って記載していたものでもないというのであり、現に、昭和六一年分の売上の記載は全て値引き前の売上が記載されているため、実際の売上金額より過大になっているというのである。そうすると、右現金出納帳は、通常の現金出納帳のように日々の現金の現実の出入金を十分管理し得るものではないといわざるを得ない。

結局、原告の総収入を把握できるか否かは、原告自身が本件係争年分の売上金額に関する直接な原始資料として最も正確に原告の売上金額を認定し得る旨主張するレジペーパー、ノルマ対実績表、売上月計表及びコンピューター日計表により、これを認定し得るか否かに帰することになるのであるから、この点について検討する。

ところで、原告の営む美容業は、その売上のほとんどが現金で決裁されるいわゆる現金商売と称される業種であり、そのような業種においては、売上の痕跡が残りにくく、いったん売上が除外されるとそのまま不明となってしまうことは否めないところであるから、その売上金額の立証においては、現金の管理が適正かつ正確に行われているか否かが重要な要素となるというべきである。そして、日々の出入金及びその結果として現金在高の管理を適正かつ正確に行われていたかどうかを判断するには、現金の出入金をその場で記録するレジペーパー等の原始資料及び右レジペーパー等の記載と現実の現金残高とを日々確認して現実の現金の流れを記載した現金出納帳等の帳簿が重要な資料となるところである。しかしながら、原告の提出する現金出納帳等が日々の現金の管理を行う帳簿として十分なものでないことは前示のとおりであるし、現に前掲各書証を照合すると、現金出納帳及びこれに相当するという日計表に記載された金額とレジペーパー等に記載された金額とが相違するものなどが多数存在するのであり、こうした現金出納帳等との照合等により、原告の提出するレジペーパー等の記載が正確になされたものかどうかを検証することもできないものといわざるを得ないし、また、右レジペーパー等の記載が正確に成されたものかどうかを検証することもできないものといわざるを得ないし、また、右レジペーパーの記載とノルマ対実績表、売上月計表の記載とが相違する部分も多数存在するところ、右相違の原因が明らかでないことを原告が自認している部分もあり、右ノルマ対実績表、売上月計表の記載によりレジペーパーの記載の正確性を検証することもできないものといわざるを得ない。

原告は、右レジペーパー及びコンピューター日計表には日々の売上金額が正確に記載されており、右レジペーパー等の記載と現金残高は従業員が日々照合しており、原告は現金で受け取った売上金額と従業員が現金と照合した上で金額を記載した表とを照合している旨主張する。

しかしながら、甲三号証の一ないし三〇九、二六号証の一ないし二八、四八号証の一四ないし三二一、九二号証の一四ないし三二四及び原告本人尋問の結果によれば、右レジペーパーには、売上金額を手書きで訂正したり、追加記載したりされたものが多数見受けられるし、レジペーパーにレジスターを閉めた符号が印字されていないものや合計金額が印字されていないもの、さらには、日付の誤っているものもあり、また、金額を打ち込まないでレジスターを開閉して現金の出し入れをすることがあるというのであるから、右レジペーパーの記載が適正かつ正確に行われていたか否かについては疑問があるものといわざるを得ない。原告本人尋問の結果中には、右レジペーパーの訂正や追加記載は、レジスター内の現金と印字されたレジペーパーの記載との照合を行って記載する旨、また、レジスターを閉めた後に入金があった場合には手書きで追加記載する旨、また、レジスターを閉めた後に入金があった場合には手書きで追加記載する旨の供述部分があるが、原告本人尋問の結果によっても右訂正や追加記載の経緯については曖昧な部分もあり、レジスターを閉めた後に入金があったといいながら、レジペーパーにはレジスターを閉めた場合に印字される合計金額が印字されていないもの(甲四八号証の八二等)があるなど、右訂正や追加記載が正確に行われていたか否かは必ずしも明らかではないし、また、原告本人尋問の結果中には、レジスター内の現金とは別に経費支払用の小口会計があり、経費の集金に来た際には、右小口会計から支払い、小口会計では支払えない場合には、レジスター内の売上から一時借り入れて支払い、その日の内に売上に戻しておく旨の供述部分があるが、そうであるとすれば、そうした売上とは関係のない経費の支払が何故にレジペーパーに手書きで記載されるのか、また、その経費支払用の小口会計なるものについては、いかなる現金管理がなされているのかが明確ではなく、レジペーパーの記載の正確性にはやはり疑問があるといわざるを得ない。また、甲九二号証の三四、三六ないし三八、一二二号証の一及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和六三年一月二五日から五日間、従業員とともに香港旅行をしたというのであるが、右期間中のレジペーパーには、原告が顧客を担当したことを示す1という符号が印字されているところであり、やはりレジペーパーの記載の正確性に疑問があるといわざるを得ない。

また、支店のコンピューター日計表についてみるに、原告本人尋問の結果中には、原告自身は、支店のレジスター内の売上については日々確認してはいないかのような供述部分もあるところであり、原告主張のように支店の従業員が日々の現金残高を確認して、その金額を表に書き入れ、原告が受け取った現金と表を照合しているというのであれば、右表には実際の現金残高が記載されているはずであるところ、原告が何故現金出納帳を記載するに当たって値引き後の実際の売上金額ではなく、値引き前の売上金額を記載したのか疑問であるし、甲一四五号証、一四六号証及び原告本人尋問の結果によれば、コンピューター日計表の売上合計額と値引き後の純売上額のいずれとも異なる金額が現金出納帳に記載してある部分もあるところ、原告本人の説明によれば、右齟齬は、現金の入っている袋の上に従業員が記載した金額を現金出納帳に記載したためであるというのであるが、そうであるとすれば、コンピューター日計表の記載と実際の現金残高が異なっていたということになるが、その原因については、コンピューター日計表には何ら記載がないところであり、原告の主張するようにコンピューター日計表が正確に日々の売上を記載したものであり、支店の従業員により右記載と現金残高との照合が行われていたということには疑問があるといわざるを得ない。さらに、甲二七号証の、一四五号証及び原告本人尋問の結果によれば、コンピューター日計表とコンピューター売上帳の売上金額に相違があるが、コンピューターに日計表を入力すれば、自動的に売上帳ができるはずであるといいながら、何故このような相違が生じたかについては何らの合理的説明もなく、コンピューターへの入力及び集計が適正かつ正確に行われていたのか否かについて疑問があるものといわざるを得ない。

以上のとおり、原告の売上及び現金の管理は不十分なものといわざるを得ず、レジペーパー及びコンピューター日計表の記載も、入力誤りや入力漏れ、記載誤りや記載漏れ等があるのでその内容には疑問があり、その正確性を現金出納帳等によって検証することもできないから、右原始資料もその正確性の裏付けを欠く信ぴょう性の低い資料であるというほかはないのであって、これにより、本件係争年分の原告の総収入を認めるには足りないというべきである。

以上によれば、本訴で提出された前掲各証拠をもってしても、いまだ、原告が本訴で主張する売上金額が原告の総収入であると認めるに足りないものといわざるを得ない。

3  したがって、原告の総収入金額及び必要経費についての実額の主張は、その余の点について判断するまでもなく、これを採用することはできないというべきである。

四  結論

以上のとおり、本件推計課税においては、推計の必要性及び合理性が認められ、本件各更正の総所得金額は右推計により算出した本件係争年分の総所得金額の範囲内である。したがって、本件各更正には何ら違法な点はなく、また、これに基づく本件各賦課決定にも何ら違法な点はないから、原告の請求はいずれも棄却すべきこととなる。

(裁判長裁判官 富越和厚 裁判官 岡田幸人 裁判官竹田光広は補填につき署名捺印できない。裁判官 富越和厚)

別表一

昭和六一年分 本件更正処分の経緯

<省略>

別表二

昭和六二年分 本件更正処分の経緯

<省略>

別表三

昭和六三年分 本件更正処分の経緯

<省略>

別表四の1

昭和61年分の調布市の美容業(個人)業者の課税実績表

<省略>

別表四の2

昭和62年分の調布市の美容業(個人)業者の課税実績表

<省略>

別表四の3

昭和63年分の調布市の美容業(個人)業者の課税実績表

<省略>

別表五の1

昭和61年分の多摩市の美容業(個人)業者の課税実績表

<省略>

別表五の2

昭和62年分の多摩市の美容業(個人)業者の課税実績表

<省略>

別表五の3

昭和63年分の多摩市の美容業(個人)業者の課税実績表

<省略>

別表六の1

昭和61年分の美容材料等の仕入金額の明細表

<省略>

別表六の2

昭和62年分の美容材料等の仕入金額の明細表

<省略>

別表六の3

昭和63年分の美容材料等の仕入金額の明細表

<省略>

別表七の1

昭和61年度

<省略>

ア)○印の月が実際に働いた月 但し、月のうちの一日でも働いたことになる。

昭和62年、昭和63年も同じ。

イ)名前の左横に<有>とあるのは当時美容師資格を持っていた従業員、昭和62年、昭和63年も同じ

別表七の2

昭和62年度

<省略>

別表七の1

昭和61年度

<省略>

別表八

原告の本件係争年分の所得金額の実額

<省略>

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