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東京地方裁判所 平成5年(モ)10996号 判決 1994年2月02日

申立人 小野里輝夫

同 小野里信夫

右両名訴訟代理人弁護士 渡邊明

同 湊谷秀光

被申立人 平林久子

右訴訟代理人弁護士 下光軍二

右訴訟復代理人弁護士 藤川明典

主文

一  申立人と被申立人との間の東京地方裁判所平成二年ヨ第三七〇四号不動産仮処分申請事件について、同裁判所が同年一〇月四日にした仮処分決定はこれを取り消す。

二  訴訟費用は、被申立人の負担とする。

三  この判決第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の申立て

一  申立人

主文同旨

二  被申立人

申立人の本件申立てを棄却する。

訴訟費用は申立人の負担とする。

第二事案の概要

一  被申立人は、別紙物件目録記載の土地(以下、「本件土地」という。)を所有しているとし(所有名義に変遷があることについては後述する。平成三年三月からは被申立人と訴外水野繁との共有名義)、同目録記載の建物(以下、「本件建物」という。)の収去及び本件土地の明渡しを求めるために、東京地方裁判所平成元年(ヨ)第四一六七号不動産仮処分申請事件について平成元年八月四日申立人ら及び訴外故小野里キミ(以下、「訴外キミ」という。)を債務者として占有移転禁止の仮処分決定を得て同月一五日執行した(以下、右決定及び執行を「第一仮処分」という。)。

その結果、債務者らには占有が認められず執行不能となったが、訴外キミについては執行が終了した。

二  被申立人は、平成元年八月三〇日、債務者ら及び訴外キミを被告として、第一仮処分の本案たる建物収去土地明渡請求訴訟(東京地方裁判所平成元年ワ第一一四二一号、以下「第一本案訴訟」という。)を提起した。右訴訟は本件土地の賃貸借契約が正当事由により終了したことを理由とするものであった。

三  訴外キミが平成二年七月一八日死亡し、被申立人は、同年一〇月四日、申立人らを債務者として占有移転禁止の仮処分(東京地方裁判所平成二年ヨ第三七〇四号、以下、「本件仮処分」という。)の決定を得て同月五日執行する一方で、第一仮処分については申立てを取り下げ、同月二三日その執行は取り消された。

四  被申立人は同月二二日第一本案訴訟を取り下げ、申立人らは同年一一月六日、訴外キミ死亡につき受継の申立てをすると同時に右取下げに同意し、第一本案訴訟は終局した。

五  平成二年の秋ころから、申立人小野里輝夫の長男小野里陽(以下、「訴外陽」という。)が本件建物に居住するようになっていたところ、平成四年申立人らから被申立人らを相手方として借地条件の変更の申立てがなされて審理が行われたが、被申立人は右事件の担当裁判官が予断を抱いているのではないかとの思いから忌避の申立てを行ったこともあった。

六  平成五年にはいり、被申立人の通報により、本件仮処分を根拠に訴外陽が深夜警察官に警察署まで連行されて取調べを受けるという事態が一度ならず発生し、同年二月一八日に本件取消申立てがなされたが、本件の第一回口頭弁論期日の前日である同年四月一三日に、被申立人は前記水野とともに、申立人ら及び訴外陽を被告として第一本案訴訟とほぼ同趣旨の本案訴訟(以下、「第二本案訴訟」という。)を提起した。

七  なお、被申立人は、申立人らが本件仮処分の公示書を破棄した事実をもって封印破棄罪として告発したが申立人らは起訴されていない。

第三本件における争点と当裁判所の判断

一  本件における最大の争点は、被申立人が第一本案訴訟を取り下げた時点で、本件仮処分についての保全の意思の放棄ないし喪失等の事情の変更により本件仮処分の取消しが認められるかどうかである。

二  本件は、民事保全法三七条の適用はなく、旧民事訴訟法七五六条、七四七条によって判断すべき事件であり、本案訴訟が取り下げられた場合であっても、そのことから直ちに仮処分が取り消されるのではなく、取下げに至った経緯及びその後の対応等からみて債権者に保全の意思の放棄または喪失が認められる場合に取消しが肯定されることになる。

三  本件各証拠によれば、被申立人は、第一仮処分及び本件仮処分の各決定を得て執行したのであるから、第一本案訴訟で被告としていた訴外キミ及び申立人らに対して仮処分の執行がなされている状態であった上、訴外キミが死亡したことにより被申立人が主張するように請求原因を若干変更する必要は生じたものの、第一本案訴訟を取り下げ別訴を提起しなければならないほどのものとは認められず、本件仮処分の本案と言ってよい第一本案訴訟を追行することにより自己の権利実現を図るべく努力することは十分可能であった。

また、第一本案訴訟は、被申立人が取り下げた時点で一年以上審理を続けていたことが認められ、被申立人が右本案訴訟を取り下げた理由としては、単に訴外キミが死亡したということだけでなく、右本案訴訟の経過が必ずしも被申立人にとって芳しいものでなかったことも要因となっていたことが証拠上推認される。

四  ところで、被申立人は、本件仮処分を執行した後間もなく第一仮処分及び第一本案訴訟を取り下げたことを強調し、本件仮処分が第一本案訴訟とは別の本案訴訟のためのものだったと主張している。

しかしながら、被申立人は、第一本案訴訟の取下げの直後に、本件土地の所有名義を真正な登記名義の回復を原因として訴外水野繁外二名に移したというのである。(その後被申立人に所有権が一部戻ってきているが、それは税務署からの指摘により元に戻したものと被申立人も自認している。)本件仮処分及び第一本案訴訟はともに、被申立人が単独で債権者または原告になって申立人らを相手に申し立てていたものであるから、被申立人が本件土地の所有権を移転することは、もはや自己の名前では本案訴訟を追行しないとの意思の表れと考えられ、これと前記第一本案訴訟の取下げの経緯及び事実並びにその後平成五年に本件仮処分の取消訴訟が提起されるまで何らの訴訟行為に出ていないこと(かえって、申立人ら側は本件土地について借地権があることを前提に借地条件変更の申立てを行っている。)を併せ考慮すると、被申立人は第一本案訴訟の取下げの際に、本件仮処分につき保全の意思を放棄または喪失したものと推認される。

五  被申立人は第二本案訴訟を提起し、現在、本件仮処分決定の被保全権利についての訴訟的解決を求めている。このこと自体は、事後の事情ではあっても、被申立人が、本件につき保全の意思を放棄または喪失したものとの推認を覆す極めて有力な事情であることは疑いない。

しかし、本件の場合、被申立人において、第二本案訴訟を提起したことをもって保全意思の存続を主張することは、以下の事情の認められる本件においては信義則上許されないものと思料する。

1  まず、第二本案訴訟が提起された時期は、本件取消しの申立てがなされ、その第一回口頭弁論期日の前日であることに鑑みれば、被申立人が第二本案訴訟を提起したのは、本件取消しの申立てがあって、そのままでは本件仮処分決定が取り消されることをおそれて第二本案訴訟を提起したものと推認せざるを得ない。(逆に言えば、本件取消申立てがなかったら、被申立人がこの時期に第二本案訴訟を提起したかどうかは疑問である。)

2  本件においては、第一本案訴訟が取り下げられてから第二本案訴訟の提起まで二年半が経過しており、この間本件仮処分のみが存続していたことになる。

仮処分制度が、一定の本案訴訟を予定し、そのための仮定的、暫定的な措置であることに鑑みると、仮処分のみの状態が長期間継続することは決して望ましいことではなく、また、民事保全法施行による民事保全手続全体の改革の柱の一つである、保全手続全般の適正、迅速化の要請も十分尊重されるべきである。

3  また、申立人らとしては、第一本案訴訟が取下げになった時点以降、本件の紛争につき被申立人においてこれ以上建物収去、土地明渡しという形で訴訟的解決を目指すことはないとの期待を大きくしていったことは当然である。このような申立人の期待も訴訟において保護されるべき利益として無視できない。

4  被申立人は、訴訟経済に反するという点から、本件仮処分決定の取消しは認められるべきではないとも主張している。

確かに、本件仮処分決定を取り消しても、被保全権利が本件と同じである仮処分を再度申し立てることは可能であるし、その結果が本件仮処分決定とまったく同じ結論になるとすれば、訴訟経済に反するとの批判は可能であろう。

しかし、本件仮処分決定がなされたのは平成二年一〇月四日であり、既にそれから三年以上経過し、その間の経済情勢の変化、第一本案訴訟の経緯、借地条件変更の申立てがあったこと等に鑑みれば、仮処分決定がかりに再度発令されるとしても、保証金の額等をも含めれば本件仮処分決定とまったく同じ結論になるかどうかは疑問である。

さらに、訴訟経済の点を問題にするなら、ほぼ同一内容の本案訴訟が二度にわたって係属すること自体が訴訟経済に反することなのであり、そのような事態に至ったのはやはり被申立人において第一本案訴訟を取り下げたことに起因していると言わざるを得ない。自ら訴訟経済に反する事態を作出しておいて、訴訟経済に反するとの理由で本件取消申立てを封ずることは訴訟上の信義則に反するといって差し支えない。

以上の理由により、被申立人が、本件取消訴訟の申立後に第二本案訴訟を提起したことをもって、本件仮処分の保全意思の放棄または喪失の推認を覆すことは許されないものというべきである。

六  したがって、本件仮処分決定は、被申立人がこれにつき保全意思を放棄または喪失したとの事情の変更により取り消されるべきであり、申立人らが主張するその余の点について判断するまでもなく、本件仮処分取消申立ては理由がある。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 村山浩昭)

別紙 物件目録

一 土地

所在 東京都新宿区南元町

地番 一一番一一

地目 宅地

地積 九九・一九平方メートル

二 建物

所 在 新宿区南元町一一番三

家屋番号 同町一一番三

種 類 居宅

構 造 木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建

床面積 一階 四五・八五平方メートル

二階 二六・四四平方メートル

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